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2004年01月のてくてく
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04/01/31/sat
■紅茶のおいしい喫茶店
今日は、いろいろと燃えさかっている作業をちょっとだけそのまま燃えていていただいて、少しゆっくりした。気分的にも久々な感じ。9時過ぎに起き出して、これだけは欠かせないニュースチェックをして、久々にいろんなところのウェブ巡回をして、起き出してきた同居人と昨日の日亜vs中村修二の200億円地裁判決についてあれこれ話してみたり。リンクメモは、ココ【Copy & Copyright Diary】の1月30日かな、とりあえず。
このニュースでいちばん違和感があったのは、興奮した表情の中村氏から「若い人に夢を与える」という言葉が出たことだった。映像で彼自身が「子供に夢を」といったかどうかは確認していないので、「若い人」が「子供」の意味なのかどうかは私自身はわからない。毎日新聞のウェブニュースでは、中村氏の代理人が「子供」と言っていたように書かれていた。
「若い人」が、すでに研究者や技術者として職を得ていたり、大学卒業間近だったりするケースならまだわかるけれど、「子供」つまり「小学生」あたりを指しているのだと、全然わからない。小学生に200億円と200万円と2万円の差が、実感としてどれだけわかるのだろう。もちろん一部の子供たちは「お金が稼げること」を目指しているのでしょう。それでも、それは金額の数字の大きさではなく、金を持っているからできること、たとえば豪華な家に住んでいるとかそういったイメージで把握しているのだろう。実際のところ、大半はお金とは別に「カッコいい」から憧れるのであって、200億円だから憧れるわけではないだろう。
ま、本人が嬉しいのはわかる。「本音はお金」という人ならなおさらそうでしょう。同居人も、はっきりしていていいという印象をもったようだ。
あともうひとつの違和感は、利益の算定方法だ。特許期間に得られる利益を計算している。これから得る利益(=まだ得ていない利益)も含めているのだが、これはどういうふうに判断すべきなのだろうか? 同居人曰く、「これまでのものだけで計算するのも変」とのこと。それはそうだ。でも、その特許の有効性というか、利益を生み出す力が特許期限まで持たなかったら? ほかの、より有効な方法で青色LEDができちゃったら、どうするんだろう? そういうリスクは企業だけが背負わないといけないものなのか? そこまで含めて計算している? だったらどうやって? その正当性は?
まぁ、地裁レベルでたまにとんでもない判決がでることはあるものだ。今回も「と」とまでいうつもりはないけれど、高裁や最高裁(どうせここまで行くでしょ)では、減額されるだろうなぁ。チザーイな判決の代表例になるだろうし。
となると、最大の問題は裁判の公平性だ。たしかに今回は、(これまでの感覚では)極めて特異な発明だったケースなので、その前の日の日立に対して1億円の支払い命令を出したケースとは比べられないのはわかる。が、どうしてもいわゆる「みせしめ」的な判決であるように感じてしまう。「一罰百戒」ともいう。
法が公平であっても、その公平性は運用次第でどうとでもなる。そして運用の場面で、この「みせしめ」が発生する。で、確定した判例ではなく、往々にして「みせしめ」だけ記憶に残っていたりするんだよなぁ。
あ、いちおう私はあんまりにも特許だ著作権だというのはどうにも……、という立場です。
てな話を昼前にごちゃごちゃしていて、お腹が減ったので古本屋さんに行きがてら食べることにする。珍しく御茶ノ水回りで神保町に出て、ついでにあまり歩かない駿台の西校舎(か本部校舎)方面へ行ってみたら…。ない。これって、立て替え中? 結局、その近くの「LEMON II」でランチ。駿台生にはけっこう懐かしい店だったりする。
そのまま神保町へ下りて、【明倫館】へ。目的の著者の本はあるひと揃いを除いて、売り払ってしまったところだったようだ。ここでないとなると……。出回らない著者なのかもしれない。
私が明倫館にいる間、東京堂へ行っていた同居人と合流して、その目の前の【Tea House TAKANO】に入る。ずっとルノートルのアールグレイが好きで(でもここ何年もルノートルのはどうも変。レピシエの方がいい)、ダージリンが苦手だった私が、ダージリンはこんなにおいしいものなのだと初めて知った店だ。
ダージリンはトマトの茎の匂いがするものと思っていたけれど、そうじゃないのね。ファーストフラッシュには、マスカットのようなもっとふんわりと華やかな香りがあった。味もなめらかで、これまで飲んできたダージリンとは全然違う。今日は、同居人がダージリンのセカンドフラッシュを頼んで、私はストロングブレンドのセイロンティー。この前、ウバのたしかセカンドフラッシュだったから、ヌワラエリアにしたかったんだけど、残念。なかった。
ダージリンはファーストフラッシュよりも色が濃くなり、香りはメニューで紹介されている言葉で言えば、「ほっくり」。おいしい。一気に心落ち着く時間になるのはなんでだろう。不思議。セイロンティーはストロングだからストレートで飲むと、ちょいとシブイ。ミルクティー用だからね。というわけでミルクを注ぐとあら不思議。渋味が裏側へ回って、コクが前面に出てくる。これも気持ちが落ち着く時間を持ってきてくれる。紅茶好きの方は、神保町へ行ったらぜひお試しを。
家に戻ってからはダラダラ。押井守の『Avalon』をDVDで見て、途中、二人してうたた寝したり。にしても、あれ、なんでポーランド語なんでしょうねぇ。あまりワールドワイドに知られていない言語だから? ポーランド語ネイティブは、どういう印象をもったんだろう。寝ちゃったし、またいずれ再視聴しましょ。
■ヤとタニ
昨日、中谷宇吉郎のことを書いて、その後に思い出したことがあった。中谷の本の奥付を見ると「なかやうきちろう」とルビが振ってある。中谷は石川県片山津の出身。で、ふと「これは本名の読みだろうか?」と疑問が出てきた。なぜなら、関西では「谷」を「ヤ」ではなく「タニ」と読むことが多いからだ。
前に、関西で「金谷」という名字を「カナヤ先生はいらっしゃいますか?」と電話で言ったら、相手が一瞬間をおいてから、「カナタニ先生ですね」と答えてくれたことがあった。大阪出身の同居人にしてみると、「東京は谷をヤと読む」と違いを感じていたそうだ。私自身、「金谷」を最初に音にすると「カナヤ」になってしまう。でも大阪の感覚ではファーストチョイスが「カナタニ」らしい。
一方、たしかに大阪あたりだと中谷も「ナカタニ」となる。中谷彰宏だっけか? ナカタニと読む彼も、堺の出身だったはず。「桃谷」という地名は「モモダニ」。谷を「ヤ」と読む方が少ない気はたしかにする。
石川県は言葉の文化圏として東と西でいうとどっちになるのか微妙。西ではあろうけど、関西とも違う。ただ、意識としては、京都に近い感じなのかな。というわけで、中谷宇吉郎が「ナカヤ」と読んでいることがちょっとばかり気になったのでした。ま、移り住んだりすることもあるから、あまり厳密なものではないけれど。
04/01/30/fri
■復活気味
相変わらず、机の一部ではある。けれど、ここのところ時間の余裕のなさ以上にきつかった、気持ちの余裕のなさがだいぶ改善されてきた。自分自身に、ほっ。
「時間がない」とよくいろんな人がいうけれど、その実際にないのは「時間」じゃなくて、「余裕」なんだろうなと思う。時間なんて誰しも1日24時間しかないわけで、そのやりくりをどうつけているかってことなんだし。私自身、「仕事その1+仕事その2+仕事その3+ナイショのこと」で机にへばりつく生活をしながらも、ふっと空いたときに日記をつけるでも、何かほかのことをするでも、できないわけじゃなかった。だけど、気持ちに余裕がないから、まとまらないし、途中ですぐ気が散っちゃうし、という感じだったような気がする。
新年にメールでやりとりした友人が、「24時間忙しい、裏を返せば24時間ヒマ」と書いてきたときに、ほんとそうだと思った。あ、ランチの約束を反故にしていた。ごめん。連絡するわ。……した。お返事待ってます。
ただ、こういう仕事をしているんだから、忙しかろうと、余裕がなかろうと、本くらいはちゃんと読まないといけないし、日記くらいはかけないといけないなぁと痛感もした。仕事以外の本をほとんど読んでいないもんなぁ。しかも、今は大著の『史上最悪のインフルエンザ』(アルフレッド・W.クロスビー著、みすず書房→[bk1|amazon])を抱えているから、また気分的にいっぱいいっぱいだぁ。まぁ、本でいっぱいいっぱいになるのであれば、わりと本望である。
にしても、作業がままならないのはつらい。ここのところネットワーク系の不具合がたて続いていて、お尻に火が点いている作業が分断されまくり。合間に、ちょこちょことやはりお尻に火が点いている原稿読みを進めてはいるのだけれど、燃えさかり方がちがうからなぁ。不安だ。ま、気持ちが復活してきたので、どうにかなるでしょう。
■インドで中谷を考えた
昨日は、考えたら2年目に突入した、SWなグルメの会は中谷inマンダラ@神保町。元締めの【植木不等式さん】、Wさん、Iさん、Fさん、そして今回のリーダーNさんと、雪の中谷宇吉郎を、インド料理で迎え撃つのは面白かった。
なにかというと、科学系の物書きでは寺田寅彦が取り上げられる。でも、私はひそかに「寺田より中谷」と思っていたわけで、そのあたりが段々と明確になってきた。寺田はやっぱり文人趣味の人で、こっち(読み手)のことは2番目くらいに考えていたような気がしてならない。対する中谷は寺田の弟子ながら、こっちのことをちゃぁんと考えている。だから、読んでいて納得できて素直におもしろがれるのは、中谷なのだ。とくに私のように文人系の素養に乏しい、情緒に欠ける、つるんとした論理至上主義的な人間には圧倒的に中谷。こんなのに好かれても迷惑かもしれん。
ただ、やっぱり寺田はいまそのまま出すと厳しいなと思う。中谷は今現在でも、組版さえ今風にすれば何の問題もなく読める。その辺が、読者を意識しながら、かつ論理的に相手を納得させ、しかも、人間としての科学者の側面を折り込みながら書いていった中谷との違いかもしれない。
……そういえば、この前、ある著者に対し「ストーリー」という単語の後に、カッコをつけて「内容展開力」と書いてみた。「ストーリー」だけだとコミュニケーション・ギャップがあるかなぁと思ったからなんだけど、編集者がよく使う「ストーリー」ないし「物語」って、必ずしもドラマを求めているわけじゃないし、主人公が必要なわけでもない。なんというか、やっぱり「次へ、次へ」と文章を追わせる何か、なんだろうなと思う。そういう次へと進めてくれるものを「ストーリー」と呼んでいるけれど、あえて日本語にすればそれは「物語」というよりも、「内容展開力」なのかなって。中谷はこの内容展開力がものすごく強いと感じた。現実的に考えた場合、中谷はとてもとてもよいお手本であり、目標になる書き手だろう。
「寺田ファン」を名乗る人はものすごく多い。けれど、その人たちのかなりの割合で、「実は中谷の方が好き」っていう人がいるんじゃないかなぁ。特に理系とされている人たちの間では。
D3のFさんに感覚的に答えてもらったところ、院生含めて学生で中谷を知っている人の割合はおそらく1割くらいじゃないかということ。まぁ、そうだろうなぁ。
にしても、中谷は恵まれている。いや、恵まれすぎている。文才ももちろんあって、かつ絵も書もかける。さらにポジショニングの妙。夏目漱石−寺田寅彦という系譜をもち、かつ、研究テーマがとりあえずぱっとイメージしたもらいやすい雪の結晶。やっぱり門外漢も最初っからピンとくる地の利は大きい。自分と比べるべくもない人なのに、ちょっと嫉妬してしまいました。……嫉妬くらいは許されるよね。
寺田寅彦、石原純、中谷宇吉郎と、古典的な人たちの作品を読むいい機会だった。これも得難い時間。あ、いま手に入りやすい中谷の中では、最近作られた『アラスカの氷河』(岩波文庫→[bk1|amazon])がやっぱり読みやすいかな。ただ、これには有名な「立春の卵」が入っていない。もし「立春の卵」をご所望なら、『中谷宇吉郎随筆集』(岩波文庫→[bk1|amazon])をどうぞ。
04/01/20/tue
■開き直り
まずい、ほんとうに旬期になってしまっている。諦めて1月は旬期にしちゃおうか。
いろいろあって、下手に書くと愚痴っぽくなりそうなので自粛したり、突発的な〆切作業に追われたり、従来からある〆切作業に追われたり、ちと心乱れることが故にぼぉっとしたり……。
その実態は? 机の一部と化してます。ほんとに。肩がもうバリバリじゃ。
■神田神保町1丁目の怪
夕ご飯に「麺が食いたい」という同居人は、神田神保町1丁目に、出雲そばの店があることを発掘してきた。そばの中では出雲そばが好きらしい。私もそばは嫌いじゃないというか、好きなのでその話に乗って机の一部から脱却することにした。
で、地図を片手に住所の地番を探す我々。店の閉店時間まであまり間がないので、焦る。「神保町1の31」と唱えながら、「ここが40で、こっちが32だからこの辺かな」と探りを入れながら探してみた。……ない。31番地が見つからない。東西では32番地の隣に34番地がきちゃうし、30番地もその近く。31はどこ? 地図を見ると、ちょうど地名が書いてあって、31がはっきりしない。うろうろうろうろと歩き回った結果、「ない!」という結論にたどり着いた。住居表示はないけれど、空き地があったので、もしかしたらそこのスペースにあった店が解体された後だったのかもしれないと想像していた。
諦めて近くの居酒屋をかねたそば屋で間に合わし、テーブルの上でもう一度地図をめくってみると……。
靖国通りを挟んだ南側に、奇数ばっかりの地番が並んだエリアがある。なにこれ? ここって、一ツ橋だよね。白山通りを挟んだ反対側はだいたい一ツ橋の地名だ…、だ…、だ…、だけどあのか細い点線がちょっと変なところにある。岩波ホールのある神保町の交差点のあたりと、小学館のある一ツ橋のエリアと地図の色が違う…。これって…、もしや北側の神保町2丁目の続き? だとすると、白山通りの東側の神保町1丁目も靖国通りを挟んで南北にある? し・か・も! 北側には偶数番地ばっかりで、南側には奇数番地ばっかりってこと?!
ここから『トルーマンショー』ばりに現実がメリメリと引きはがされていくんじゃないかという気に、二人して陥った。だって、偶数ばっかりの地番を集める? なんで? 靖国通り挟んで反対側は奇数ばっかり? 同じ丁目だよ。地番が飛ぶことはしょっちゅうあるし、ぐちゃぐちゃなこともわかる。でも、整然と偶数だけを並べたエリアと、同じく整然と奇数だけを並べたエリアに、別れるなんてこと、あるの?
ええ、ええ、もちろんさっさとそばをすすって、店を出てから確認しに行きましたよ。靖国通りの南側。地下鉄を上がってきたところに出ている地図を見ると、そこには「神田神保町1丁目」とデカデカとあり、書かれている地番は……。見事に奇数ばっかりだった。
くらっ。
ほんとにこんなことがあるなんて。「1−31」には、ちゃんと出雲そばのお店がありました。よかった、現実が裂けていかないで……、じゃないよ! なんでこんなことになっているの?
「神田神保町 奇数 偶数」の検索キーでヒットしちゃいました。
たとえば、【神保町の「奇偶」】によると、表神保町と裏神保町が合体されるときの争いが元のようだ。神田小川町、神田錦町も同じタイプなんだそうだ。
千代田区の【特集ページ−町名由来板の設置−神田神保町一丁目】というところにも解説がある。こっちは地図付き。ぜひご確認くだされ。
他のサイトも見て回ると、どうやらこの辺以外にも偶数・奇数でエリアを分けちゃう…、いやちがうな、偶数エリアと奇数エリアを別々に区画する…?…こんな感じ? ところはあるのね。麹町あたりもそうらしい。
いやー、久々に不思議な体験をしました。神保町はしょっちゅう行くけど、地番を気にしたことがなかったからなぁ。今回の敗因は、地図を見るときに「神田神保町1丁目」という文字を探し、その周辺のみに限定して地図をみてしまったことだ。たまたまこの文字が靖国通りの北側にあったから、そのまわりで奇数番地も探そうとしたわけでして…。誰かその辺のお店の人にでも聞いてみればよかった。ご飯を食べに行く程度なので、あまりせっぱ詰まっていなかったのも異次元体験が延長され、自力発見の楽しみに遭遇できた。にしても、これは強烈。
……トリビアに投稿できないだろうか?
「神田神保町1丁目は、奇数の番地と偶数の番地が別々に分けてまとめられている」
とか、どうでしょうねぇ。補足トリビアもけっこういけそうじゃん。あ、最大の問題。これは、「明日使える有益知識」だな。
■入手本
リネヤ・ハーン著『PMS(月経前症候群)を知っていますか?』朝日選書
→[bk1|amazon] はい、知っています。ほんと切実です。旬期中の日記阻害要因の一つでもありました。で、問題。知ってはいるが対処法がわからないのだよぉ。いくつか経験的にやっていることはあるけれど、もうちょっとなんとかならんか。PMSのチェックリストだけじゃなくて、いくつかの対処法が書いてあるみたいなので、すがろう。すごい大変なのはできないけれど、もしかしたら自分に合うものが見つかるかもしれない。というわけで、個人的にとてもありがたい本なのだ。いただきました。ありがとうございます。
平木典子著『カウンセリングの話 新版』朝日選書
→[bk1|amazon] こちらは15年前の入門書を改訂した「新版」。15年といえば、カウンセリング業界にはかなりの変化があったはず。理論もアプローチもいろいろ変わっているのだろうなぁ。カウンセラーも変化に対応しなければいけない職種の一つでもある。筆頭格はやっぱりお医者さんかな。でも変化に対応つかないお医者さんが多いんだよねぇ。他山の石。いただきました。ありがとうございます。
アルフレッド・W.クロスビー著『史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック』みすず書房
→[bk1|amazon] 某誌某月号の課題図書。いつの間にやら鳥インフルエンザと呼ばれるようになったH5N1型インフルエンザが日本でも発生した年に、なんとタイミングのよい。こちらは、まさに史上最悪だったインフルエンザ「スペイン風邪」にターゲットをあてた医学史といったところかな。みすず+翻訳+科学系=分厚い。というわけで、訳注以外でも約400ページときた。サイズもA5版だし……。つ、つらい。というか、(物理的に)重い。
04/01/11/sun
■欠席理由
いつの間にやら、10日間も経ってしまっていた。オタク風邪は飼い慣らしたものの、同居人がインフルエンザではないインフルエンザに似た症状の風邪を引き込み高熱を出して、2日間ほど看病中心の生活をしたり、自分が後ろ向き期間だったり、細かい作業をやったり、の日々。何もしていないに等しい。
今日もこれからお出かけして、夜帰宅することになる。
日々の記録だから日記だけど、10日毎の記録だと旬記になるのかな?
04/01/01/thu
■元旦
何が変わるわけでもありませんが、とりあえずは新年あけましておめでとうございまする。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
……などと書いても、どうにもピンとこないなぁ。29日からずっと37度から37度5分の間を行ったり来たりする微熱状態だし、口の中は口内炎×3状態だし。サエないことこの上ない。昨日の大晦日は、なんで3つのテレビ局で格闘技の番組があるんじゃいと思いながら、ひたすら切り替える時間帯だったし。
同居人がずっとリモコンを握っていたんだけど、フジのプライドの番組に変えると「男祭り」と言い、日テレのイノキ・ボンバイエなる番組で「猪木祭り」と必ず言っていた。昨日、彼が言った「祭り」という単語は50回は下るまい。途中、ビートたけしの超常現象番組もちょこちょこチェック。例の「アポロは月に行かなかった」話をあれこれイジっている。だけ。フランスのエイプリル・フールねたの番組だったし。にしても、柴田理恵あほすぎ。
でも、「痛いのはイヤ」な私としては、かなり頑張って格闘技系の番組にも付き合ってみた。ただし、猪木と藤波の絡みでは、猪木が落ちて周りが慌てるという、あまりに不出来なシナリオに唖然。とことん、情けないこと考えているなぁ。猪木が考えたんだろうか、あれ。脱力。それ以外の場面でも、くんずほぐれつの男子2名を見る会なのだと理解した。
曙とボブ・サップの試合は、同じような時間にやっていたプライドの大トリの試合に比べて、なんともはや。桜庭和志がけっこうなパンチを食らっても立っているのに対して、曙はヘロヘロとすぐにダウン。相撲にも張り手はあろうに、殴られるとダメなのかー。首が弱いのかな。ここだけを見るとプライドの方がまともに見えるけど、その前に出てきた吉田秀彦の登場シーンは猪木並にあんぐりした。柔道の元オリンピック金メダリスト・吉田の背後にある、文字。それは「ビバ 柔道」だった。これ、どうつっこめばいいんでしょう。ここで、「ビバ」って、いったい…。【藤波俊彦】の絵柄が私の中では飛び交ってしまった。どうせなら、藤波俊彦に「ビバ 柔道」でカットも描いてもらえばよかったのに。
この3つのうち、猪木祭りが別口なのは私でもわかる。だけどK-1とプライドの違いとか、出てるメンツの錯綜具合とかがわけわからん。両方でグレイシーの名前を見たぞ。というわけで、ダメ元で「エンカルタ」を引いてみる。「プロレス」。おお、あったよ。「プロ・レスリング」という項目で、あれこれ熱く書いてある。いきなり小見出しに「プロレスはアート(芸術)である」とかあるよ。
歴史のセクションを読み上げると、テレビのこちら側は地味に盛り上がる。「NWAヘビー級の王者に長く君臨した「鉄人」…」と私がいうと、同居人が「ルー・テーズ」と勝手に後を続ける。「AWAの帝王…」と言えば「バーン・ガニア」。「人間発電所…」は私が言い終わるのがもどかしそうに、「ブルーノ・サンマルチノ」。まさに立て板に水状態。子供の頃は、好きだったようです。何十年ぶりかで口にする名前にもかかわらず、完璧だもんなぁ。
こうやって日本のプロレスの歴史や他の項目も読んでみると、同居人もまったくわからない最近の概況がなんとなくわかった。打撃格闘技がK-1で、総合格闘技がプライドなのね。そっか。それでプライドは男子2人がくんずほぐれつしている場面が、K-1より多かったのか。納得。
こういう話は、『世界大百科』や『日本大百科全書』には出とりゃせんな。
大晦日に珍しくテレビをいろいろ見て、気づいたことがある。「行く年来る年」がない! いつから? もちろんNHKはあるけど、昔、各局が合同で作っていたらしい民放の「行く年来る年」は? もしかして、単に私が気づき損ねただけで、だいぶ前に横並びではなくなっていたのかなぁ。そんな気もする。
まぁ、そんなふうにダラダラと過ごした大晦日が1晩明けたら、謹厳実直な時間になるわけもなく。去年、にんじんジュースを作った後に出た絞りカスを凍らせておいた。それを解凍して、お手軽キャロットケーキを焼いてみたり。単にホットケーキミックスににんじんの絞りカスをまぜてフライパンで焼くだけっす。キャロットケーキなんて大層なことを言って、すんません。
あとは、いちおう実家に電話を掛けて、新年の挨拶。母親が出て「元気〜?」「軽い風邪引きました」という新年らしくない挨拶が一通りあった。その後電話口に出てきた父親には「明けましておめでとうございます」などと言ってみたり。お年玉が12月の半ば過ぎに振り込まれていたのでそのお礼も。……孫にお年玉をやれないもんで、いつまでたっても娘がもらうんである。ま、お年玉は目下の人間がずっともらう役目なはずなので、38歳であろうがありがたくいただく。
こんなふうに書くと、さぞや遠いところに実家があるように思えてくるから不思議だなぁ。東京に勤める人の平均通勤時間より短いくらいで帰れるんじゃないかな。うまく接続すれば、1時間ちょいだから。親には1年に1回くらい元気な顔を見せればいーやという判断してます。半年くらい前に会ったから、ま、いーかと。
新聞と年賀状を取りに出たら、外がふだんの日曜日とはまた違った静けさなので、喜んで出歩いてみることにする。熱はまぁ、7度くらいだからOKということで。散歩がてら出て行った神保町はまさに正しい正月という感じでよろしい。どの店も、きっちりシャッターが降りている。でも明るい。人はほとんどいない。白夜ってこんな感じかしらん。
神保町から上がった水道橋周辺は、東京ドームで何かあるのか妙に人が多くてゲンナリ。
ぐるっと1周して戻ってきてから、おもむろに『A2』をビデオで見る。『A』は公開当時に劇場で見たけれど、『A2』は逃した。どっちも劇場で見るのはけっこう苦労する作品だ。いいなぁ、あの静岡県の人たち。引っ越しちゃうオウム信者から本をもらったり、貸していた本を返してもらったり。塀越しにふつうの関係が出来上がっている。他のエリアでの様子と比べると、地域性ってあるんだろうなぁとか思ってしまう。
途中で、同居人が深夜勤務に出なければならない時間になったので、中断。後半は後日。
こんなふうな2004年初日だった。今年もどうか呆れないでやってくださいませ。
先月のてくてく→2003年12月