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2004年05月のてくてく
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04/05/31/mon
■ハトも飛んでくれない
昼前だというのに、眠い。夕べ、寝ようと思ってベッドに入ったのに、ちょっと喉がいがらっぽい気がして、うがいしに起きたら、目が冴えてしまったのだ。結局、寝たのは5時。見事にお外は明るかった。長々寝ていたいのだけど、なんとなく9時に起きてしまったから、やっぱり眠い。
昨日、新聞を読んでいたら、【なぜなぞ科学:ハトが前後に首を振るのは?(毎日新聞5月29日東京朝刊)】があって、わーいと喜んでいた。【ハト】や【ハトその後】や【鳥頭】なんてくらいに、そのときどきに知ったことをメモしているわけでして、なぜか気になるんです。
メモはしなかったけれど、たまに言われていたものには、「ハトは両目で一つのものをみることができないので、頭を振ることで、視差を作り出している」という説もあったけれど、これはどうだろうと思っていた。他の鳥たちの動作が必ずしもこの説を補強しないため。
今回の「眼球運動の代替動作」というのは、この視差説とはまたちがって、なんとなく「なるほど」と思いやすい。「頭をなるべく動かさないように」するための首振りってことか。まだ、ピンとこないところもたくさんあるけど、バランスにも関係しているっていうあたりが、個人的には「そうでしょ!」。
ただねー、この記事を見た後に、2ちゃんに「科学ニュース+」が出来ていたのを知って、「きっとなー」と思ったことがあった。【このニュースの該当スレ】(これでリンクが張れているのだろうか。不安)をみたら、案の定のコメント。お約束のツッコミかもしれないけど、「こんな研究に税金を使っているのか」というような内容だった。
去年の秋に、研究者の友人K君とやりとりしながら、「どう使われているのかに意識を払うのは大事なことではあるけれど、“税金つかっているんだから”というフレーズがあんまり声高になるとどうだかなぁと思う」という主旨のことを、メールに書いたことがある。そのときの気持ちを思いだした。別の言い方からアプローチすると、この“税金つかっているんだから”の根っこには「役に立たないことすんな」がある。
「役に立たない」って、怖い言葉だなと思う。外向きに使われるときは、とくに。
……「役に立つ」ってなんだろう。経済的な役? 精神的な役? なに? でもって、どれくらい役に立ったら、「ヨシ」と認めてもらえるのかな? そいで、それは、誰に許認可権があるんだろう。納税者っていっても、全部だとかなり多いぞ。
まるわかりだとは思いますが、そーです、ここんとこ、どっさり落ち込んでいるんです。
■決済方法
いまの私の状況というきわめてワガママ個人的には、ニフティのiRegiがいちばん楽かな。これは単に、必要性があって、すでに使ったことがあるからというだけの理由。amazonは登録していないので(つまりamazonでは買い物をしたことがない!)、いまんところ選択肢には入れられない。
いちおう会社を辞める前に2つほど作ったので、クレジットカードを使える状況ではあるのだけれど、私の場合、結局は、クレジットカードを使うところを新規に登録したくないってだけになる。でも、クレジットカードをふだんから使う方じゃないので、けっこうな閾値なのだ。それなりには、こういうタイプのユーザーもいると思ってはいます。
光熱費も何もかも、自動引き落としにはしていないので(昔、自動引き落としにしていて、面倒なことがあった)、コンビニで支払いができれば、それはクレジットカードの番号を打つよりは個人的にとても手軽。手数料を考えると、郵便振替がコンビニでできるのがいちばんいいかな。でも、バーコードがつかないと、コンビニでは扱えないか…。郵便局だと、支払える時間帯に制限ありすぎるので、そこが緩和されると助かるな。たとえば、本局の休日窓口でもOKとか、それくらいでいいんだけど。
04/05/28/fri
■ショートカット
【飯田橋から池袋に行く】には、有楽町線を使えばいいと思う。
■お金のシステムは苦手
日記書く時間がメチャクチャ。気分次第度増大中。
【有料メルマガとはいえ、月20回以上の配信って、松沢さんらしすぎる】。いきなり登録も増えたみたいだし、6月には100人になっていそうだ。無料から有料にすると、だいたい読者は100分の1から1000分の1になるものと思っていたけれど、少し変わってきたのかな。アクセス数ではなく、読者が1万人はいたってことなのかも。「100〜1000分の1」という感覚をもったのは5年くらい前(このへんのことがわかりやすく動いたのは、【築地達郎さんによる京都経済新聞社での試み】だった記憶がある)だから、事情も変わってきたか。
しかし、松沢さんがこれだけの量を出せるというのは、内容というか畑の違いも大きいよな。それに加えて、【森山さんも書いているようにスタイルをどうするか】。松沢さんの場合は、もともとの「黒子の部屋」のスタイルを援用して、お話ごとのまとまりをつければ、ひとつの形にしやすいところがあると思う。というよりは、松沢さんのそのものがすでにひとつのスタイルか。森山さんのスタイルはそういうのとはちがうから、本人が書くように、日記に起承転結をつけて、というのではダメだろうというのも納得。じゃあどうすれば…、で、振り出しに戻るなのだよね。よくある雑学系でもなし、かといって今のインタビュー・メールでもない形で、というと……(もちろん、スポンサーがなくなったらインタビュー・メールも有料化でアリだろうと思う)。いい企画を思いついたら、森山さんに売り込もうっと(笑)。商売人になれない企画力の自分を思い知らされるんだよな、こういうとき。
もうひとつ別にはじまった【Mynewsjapan】は、これからどう動くのかな。会員登録があり、いちおう月額固定でやっていくみたいだ。いまのところ、無料でもけっこう読めちゃうみたいだけど(マイナーブラウザで、いろいろ切っていると、よくわからない。IEでアクセスしなおすのはまだやってなくて)。ここは、すでにあるものでいうと、月額固定ではなく、記事ごとに値段がついている【日刊ベリタ】的な位置づけと近くなるのか。
お金がらみのことでいえば、フリーになってずーっと、気になっていることがある。「謝礼」。原稿料とかギャラとかではなく、コメント謝礼とか取材謝礼の方。つまり、もらうお金ではなく、払うお金のことだ。この前、とあることで受け取ったメールに触発されて、頭の中ではあれこれと、これまでのことを整理してみようとトライしている。が、気力がいまはなくて。ちょっとだけメールに書いたまま放置してしまった。自分への課題でメモしておこう。ってこんなのばっかり溜まっていくけど。
04/05/26/wed
■お金の払い方
結局、3時までかかって1本仕上げ、入稿してみた。ふーっ。カウントダウン3。ふつうの時間帯に生活するようになっているので、この時間まで原稿を書いているのはめずらしい。というわけで、眠い今日。
有料メルマガは、たしかに、ライターなら一度は考えるでしょうし、試算したりして、いろいろ悩むことですね。どう実現するかが、とーってもやっかいで難しいことなので、私自身は送り手としての実現を具体的に考えたことはないけれど。
自分で考えるのは、おもに受け手の立場かな。私の場合、いちばんのネックはお金の支払い方法だったりする。松沢呉一さんのメルマガは、その辺をかなり考えているみたいなので、そういう点でも注目している。どうやっても少額決済ではあるので、その金額を気楽に、かつ安全に支払えれば、個人的には月500円は別にかまわない。実情を考えると、ある程度は、支援の意味も入ってくるし。
支払い方法という点の悩みで、私が結局会員登録できていないのが、【ビデオニュース・コム】だ。これも、月500円。払いたい。でも、オンライン決済しかない。まだ払えずにいる。あと、このサイトではcookie情報必須ということもある。その点も若干面倒。95%以上の人がIEを使い、大半がcookieだのなんだのを切っていないわけだから、私の方が圧倒的に少数者になる。
仕事柄、この辺のことにお金を払うのは、全然いやじゃないんだけど、払い方がなぁ。年間で払ってもいい。ただ、全部が全部プリペイドばっかりじゃあなぁという気がしないでもない。気分的には、パチンコ台みたいに、マシンの横に500円玉を入れられる口があればいいのに…。って、どこに転がっていくんじゃ。
あ、東浩紀はよくわかんないけど、松沢さんと森山さんだとだいたい似たような感じじゃないかなー、有料メルマガ登録者数は。もしかしたら森山さんの方が多いかも…。ネットでの浸透度もあるから。あと、松沢さんのエロって端的に言って抜けないエロが多いし、対象へのへばり付き方って、サイエンス系と似ている気がするし。
■足使え、足
上の話と関係するようなしないようなニュースを、たしか【部室】経由で知った【おおやにき:愚かさと私の貧乏性について】で知る。
う〜ん。「南山大学の学生さんが作った自費出版の本(平和メッセージ集で、販売収益をNGOに寄付する予定)が、本屋さんに並べてもらえなくて、困っている。協力者を探している」(朝日新聞)というような話らしい。やっぱり関係しないか。
大屋先生の脱力はごもっとも。ただ、出版流通のことなんて、たとえば新聞記者さんだってほとんどがわかってないからなぁ。
って、ああ、もう会議に行かないと。
04/05/25/tue
■バラと連番
じつは、ずっと考え込んでいる。宝くじの話。バラと連番で、期待値が変わるわけではない。それはどうやっても一緒。200円4000枚なら80万円だから、8万円のバックというのは1割で、たいていの宝くじの期待値が46円(じゃなかったっけ?)くらいだというのを考えれば、まぁ、さほど悪い訳じゃないなという気がしてきた。
でも、そもそも、ずっとわかんなかったことがある。宝くじの10枚セットをつくるとき、どういうふうにバラと連番で割っているんだろうか? バラ用ユニットと連番用ユニットがあるんだろうか? それに、バラって言っても、1の位は、0から9までつながるように集めてあるから、けっこう不思議だったのだ。どうやってあの10枚セットを作っているんだろう? とーっても面倒くさい作業のように感じてしまうけど、それは素人考えなんだろうか?
■宝くじと中華学校
夕方のニュース巡回をしていたら、楽しいニュースに遭遇。
【宝くじ4400枚窃盗容疑で男逮捕 当たった8万円換金】
【宝くじ4400枚盗み、8万円だけ当選…会社員逮捕】
わははは。4400枚っていっても、うち400枚はスクラッチらしい(by東京新聞)。で、4000枚の「全国自治宝くじの日記念宝くじ」は、1000枚に1枚は1万円、100枚に1枚は3000円があたるやつだったんだそうだ(byテレ朝「スーパーJチャンネル」)。
にもかかわらず、ぜーんぶ末等。200円。道行く人は、「神様は見ているってことですね」とかコメントしていたけど、単に、この泥棒さんが当選クジを見逃したんじゃなければ(4000枚のチェックは徹夜だったそうだ)、盗んできたものが悪かったにちがいないと思うんですが、どでしょうか。
つまり、連番じゃなくて、バラの山から取ってきたとか。連番も袋の中だけが連番で、並んでいる袋は必ずしも連番じゃなかったりするからやっかいだけど、大量枚数での連番とバラのあたり方の差みたいなのもあってよさそうかな、と。ちゃっちゃと計算できる頭が私にあればよかったにゃ。
最終的には、1ロットがどれくらいの規模の宝くじかによるか? どっかの記者さん、この盗まれた宝くじが連番だったか、バラだったか調べちゃくれんだろうか。
で、もうひとつ。
【3カ国語が学べる中華学校に人気 2割が日本人の学校も】
実家の近くに中華学校があって、その体育の様子がよく聞こえてきたんだった。だから、私は麻雀を覚える前に、中国語で1から8までの読み方を覚えていた。「イーアールサンスー、ウーリューチーパー」というかけ声で体操をしている。次は、「アールアールサンスー…」とつづく。ここを聞いて、「日本の体操とかけ声も一緒なんだー」と、妙に納得した記憶がある。「イチニイサンシ、ニイニイサンシ」というやつである。
なんで、「ニイニイサンシ」になるんでしょうねぇ。
ただ、かけ声では9や10が出てこないので、いまだに私は中国語の9も10もわからない。麻雀の9は、日本語と同じ「キュー」で呼ばれていたけど、中国語もそうなのかな?
なんか懐かしいことを、ちょっとだけ思い出してしまった。
■頼りにならない脳のオーナーによるメモ
あっという間に、時間が経っている。カウントダウンは5。力学トラウマにやられて、遅々。中途半端なのが3つあるから、気分的にはあと3.5なんだけど。
こういうときにタイミング悪く、頭痛いし。ここのところ、お外は暑いらしいけど、我が家はいまだにひんやりしている。かゆくて、眠い時期なので、ふだん冷えない足が氷のようになってしまったよ。どうにか今日は冷えは抜けたみたい。が、しんどい。
唐突だが、山に登る人であるところの野口健さんって、今度の参院選は立候補しないのかな。まだかな。なんとなーく、全般的に立候補する布石に感じられるのだ。なんでかわからんけど。参院より衆院志向の人かな? まぁ、山に登るためには金集めができないといけないわけで、それを自力で、しかもああいうスタイルでやってのけるってのはお見事だと思う。で、その才能を活かして、選挙に出るんではないかなーとか。
あと、松沢呉一さんが、【有料メルマガの試み】に取り組んでまーす。私はまだ39人の一人にはなってません。どっしようかな。
思いつく断片。漫画家のくさか理樹って、なにがあったんだろう。熱血路線で、どっちかっていうと日の丸系というかヤンキー系というか、そんな印象があった。が、少し前の『モーニング』で連載していた「書きくけこ」という書道マンガで、「どした? 担当編集者が変わったか?」と思っていたら、『イブニング』じゃ、「ヘルプマン!」てな介護マンガをじっくりやっているし。どっちも熱血は変わってないけど、描く対象が外向きになってきた。
やっぱり、担当の好みが大きいのかな? 男性誌でもいける絵柄だし。
以上、当てにならない自分の記憶の代わりにメモ。
04/05/20/thu
■カラオケ好きなアメリカ人
昨日の水曜日は、定例の会議。でも、この忙しいときにアメリカさんから日本版の担当者が来ているので、時間が夕方にずれる。その後に、接待という名目の息抜きがあるから。ほんとに忙しいんだろうか?>編集部
そのアメリカ人の担当者Kさんは、日本語は会話なら全然問題がない。妻が日本人だから。ただし、ちゃんと習っていないので、たまに女言葉っぽいのが楽しい。漢字があるので、読み書きは難しいが、話したり聞いたりするだけなら、日本語は簡単という印象に、「ぴんぽーん」。「日本語は難しい」と思われがちだけど、文法はとくに簡単なのだ。語順の制限がきわめてゆるいし、活用も少ない。母音が少ないから、同音異義語が増えるといデメリットはあるけれど、その分、発音も負担が少ない。
欧米系の人にとって、唯一の問題が、漢字だというくらい(敬語もあるかな)。平仮名や片仮名はそれほど負担はないし。漢字はルビが振ってあればOKだから、マンガはうってつけかも。
さらに、Kさんは、ちゃんと習っていないので、要所要所で日本語教師の勉強をしていれば、回答しやすい質問も出てくる。ポイント高し。ちなみに、「なんで八王子の子は、コじゃなくてジとか読むのか。シもそうだし、あれが難しい」んだそうだ。
え〜と、どうしようかな。とりあえず切り返してみる。「え〜、じゃぁなんで英語は、roughとか、ghなんて綴っていてfって読むの〜? スペルにはあるのに読まないアルファベットもあるでしょ」と言ったら、「それは、英語にはこれまでの歴史がいろいろあって…」「日本語の漢字も一緒よーん。中国の漢時代に入ってきた読みもあるし、呉時代、宋時代といろんなときのを採り入れているからね」「うっ。負けました」。言い忘れたけど、もともと日本にあった言葉の読み方もあるしね。
飲み屋での勢いで、しかも相手がとっても便利な答えを言ってくれたから、こういう返事にしてみたけど(しかも納得してくれた)、実際の日本語教育の現場ではどう答えているんだっけかな。資料をダンボール箱ひっくり返して出さないと、ちゃんと調べられない。
で、彼がくると必ずいかされるという、カラオケにgo。口火はKさんの「リンダ・リンダ」。彼の選曲を聞いていると、いったいどこで育って、どこに住んでいるんだという気がしてくる。「マジンガーZ」を入れるわ、ホワイトベリーの「夏祭り」を入れるわ、なにもん? 結局終電を10分の差で逃し、新宿に戻るタクシーに便乗して、帰宅。そいでも1時だった。タクシー帰りの割には早め。
今日は、朝から焼酎くさい自分に嫌気をさしながら、お仕事。いまいち能率があがらないのは、台風が近いからということにさせてください。そして、カウントダウンは7! あとちょっとだ。
夕ご飯を食べながら、なんとなーくいやーな気分の世情が話題になる。同居人はオウムのとき以来感じている「どうしようもなさ」みたいな感覚が、再燃しているようだ。私は、「ケチくさい」というか、「ケチ」がキーワード。そのうち、病人や障害者は存在価値ナシだからいなくていいと言い出しそうな風潮を感じる。もしくは、「いてもいいけど、主張するなよ」とかそういう圧力。景気がいいときは他人の監視よりも自分の快楽に意識がむいてくれるのかなー、でも、景気が悪いと自分の快楽を求められないし、余裕がなくなって監視に走りやすい気分が増えそう。景気よくなっているらしいけど、多少は変わるかなぁ。無理かな。印象論の晩飯談義をメモ。
04/05/18/tue
■えびすめの食べ方
日曜日に、同居人が大阪の実家に日帰りで行ってきた。親の様子見ですって。えらいー。圧倒的に距離の近いうちの親は、娘にそろそろ1年くらい会ってない。その間、圧倒的に距離の遠い同居人の親は、息子に3〜4回会っている。
で、お土産に【小倉屋山本の「えびすめ」】を買ってきてくれた。わーい。
子供の頃に、父親が大阪出張するとお土産がこれで、大好きだった。めったに行かないし、8歳のときに腎炎をやっているので、あんまり食べさせてもらえなかった(塩分控えめ食が基本)から、余計に思いは募る。「一人2枚まで」という鉄の掟があった。ほんとうのところは、私の腎臓より、「えびすめは高い」というのが理由じゃないかと思われる。
父親が大阪出張しない仕事になってしまってからは、すっかり縁遠くなっていた「えびすめ」。思い出させてくれたのも、同居人だった。10年くらい前に、箱入りのとても高級なのをお土産に買って帰ってきたのだ。私にではなく、私はついでだったけど。
それからは、たまに「えびすめ」を食せる。大人になってからは、なにが嬉しいって、「一人2枚まで」という鉄の掟がなくなったことだ。最初は、おそるおそる「もう1枚食べていい?」と聞いて、「へ?」と驚かれたなぁ。大人は便利だ。
ただ、私の体には掟の時代に染みこんだ、えびすめの食べ方がある。四角いえびすめは、その厚さと下手をするとはやる気持ちに負けて、1枚を一口で食べてしまいかねない。けっこうかたいし。だから、縦に細く細くちぎるのだ。それをご飯の中に埋め込む。そうすると、回りにもほんのりえびすめの香りが移って、とても心豊かになれる。なんて小市民。
塩昆布は当たり前の日常で育った同居人は、そんなことをしなかった。今日、確認したら、四角いえびすめをご飯にチャッチャとこすりつけ、一部かじる。で、ご飯を食べる。再びご飯にえびすめをこすりつけ、一口かじり、またご飯を食べる。なんか、お大尽様みたいー(<どこがだ?!)。
えびすめ貧乏な私には、まだマネのできない芸当である。
04/05/17/mon
■信仰告白(ってすでにどこかで書いているか)
ふぅ。カウントダウンは9。やったー、ついにヒトケタまできた。その後ろのエベレストは見ないことにする。
【宮台真司・仲正昌樹トークセッション〜「共同体」と「自己決定」〜発言録 (前半)】と【同(後半)】をざっと読んで、「ああ、行けばよかったなぁ」と思った。この日、セッションが始まる1時間くらい前に、告知を改めて見て、「うう〜」と思っていたのだ。
仲正昌樹って、元・統一教会信者だったのか。ふと、自分がカトリック信者だということを思い出した。思い出さないといけないくらいっていう不敬虔な信者。私はその程度の感じが好きなんである。無教会派のカトリックを名乗ってます。これでも、20歳になって洗礼受けたとは。だから、自分で洗礼名もつけたりしてみたり…。ふつうは代母からもらうんだけど、マグダラのマリアがよかったんだもん。えへ。お、ミドルネームにしようかな。鈴木・マリア・クニエ…。うーん、カタカナが2つ続くとしまらない。やめ。
親はなんであれ信心からはほど遠かった。いまもほど遠い。私は布教せん。たまたま私が近所のカトリック教会にあった幼稚園に入って、引っ越すときも、近所のカトリック教会の幼稚園を紹介されて、なんの因果かリサちゃんにライバル心を燃やしたが為にカトリックの小学校に入ってしまったので、妙に信者の家庭みたいなルートになっている。
ものごころついたときから、「天にまします我らが父よ…」とか言葉も意味もわからず唱えていて(こっから先が独力では出てこないぞっ!! 願わくはじゃ、なんかすっとばしている気がする)、クリスマス会にはイエズス誕生の場面を園児たちがやってしまうような環境というのは、けっこうでかい。まぁ、ふつうはそれだけで終わる。学校に入ってからも、たまたま仲のいい友人に信者家庭があったもんで、なんとなーく教会なんぞにも高校生のころから行き始めたり。もちろん高校生の集まりがあったから。ミサはかったるかった。形式的なもんはじつは嫌いじゃないんだけどね。
要は、サークルなんである。いろんな高校から、信者を中心に集まって、あーでもないこーでもないと議論したり、たまにボランティアとかしたり、どっか行ったり、顧問的な大学生の人たちと知り合ったり。例会は例会でおもしろかったけれど、その後にうだうだ遊んでいるのがやっぱり楽しかった。私は未信者で、当時の比率は若干信者が多いくらいだったかな。大学生になってからも、高校生のときほどではないにせよ、それなりに集まっていたなぁ。合宿とか年に2回あったし。高校生の合宿のまかないさんもやってたし(この経験はよかった。100人とか140人とかの食事を作るというのは、なかなかできる経験ではない。かえすがえす、食中毒とか出なくてよかった)。おっ、ホームページがあるじゃん。【横浜学連】が教区全体の集まり。個別の教会ごとにもいろいろやっていた。
で、まぁ、なにが書きたいかというと、ほとんど教義的なことには無頓着だったのだけど、80年代前半は、高校生の間でも一部には「人としてのイエズス」てなとらえ方が流行っていた(おませさんはどこにでもいるんである。私じゃないけど)。昨日の朝日新聞書評で、宮崎哲弥が田川健三の新刊を紹介していて、その大元の『イエスという男』(三一書房)というような本が出ていたからかななんてことも考えたりした。が、私はその本をまったく読んでません。
いい加減な信者として棄信せずになんとなーく続いてきたのは、「神はメディアだ」と思えたからかな。もちろん「メディア」とは「媒介」という意味で。ちなみにカトリックといえども、離婚や避妊や中絶や同性愛やポルノや売春(こうやってみるとみんな性がらみのことばっかり。つくづく人は性に手を焼いてきたんだろう)に反対なわけじゃないですよん。
そうそう。私にも一カ所だけ、聖書で好きなところがある(そもそもほとんど読んでいなーい)。「ヨハネの福音書第4章39節」からのところ。手元の新約聖書(へぇ講談社だった)には、「その町のサマリア人の多くは、<私がしたことを全部話した>と女が証明したことから、イエズスを信じた。そしてイエズスのもとに来て、自分たちの所にとどまってくださいと頼んだので、二日とまられた。その間なお多くの人が御言葉を聞いて信じた。彼らはあの女に向い、「私たちが信じたのは、もうあなたの言葉のためではない。自分であの方の話を聞き、ほんとうに彼こそこの世の救い主だと確信したからだ」と言った」とある。
年食ってから改めて読むと、町のサマリア人のいけすかない部分も感じるけれど、若かりしころは「自分で聞いて、自分で考えて、自分で決めた」というのに惹かれたんだった。どう考えるかがけっこう難しいってなことは、この部分に惹かれたころの2倍も生きてしまったから感じるんだろうか。
04/05/16/sun
■図版まみれ
結局、図版まみれの週末になってしまった。今日は60個くらい。これでも、まだ1割強しか終わってないのよん。うへぇ。
近所にできた新築マンションで、1部屋だけまだ売れ残っているようなので、実際に部屋に入ってみた。結局、最後に踏ん切れないのは、値段なのだ。が、売れ残りは値引きも発生する。「1割は引けます」と仲介業者の段階できっぱり。それ以上は、売り主さんと交渉になるので、「買う」という意志が前提になるようだ。いきなり射程圏内に入るなぁ。っていうか、そうなら、残り物を探していって、妥協できるのがあれば、当初の上限よりもすこし高いのもいけそうだ。
とはいえ、残り物に福はあんまりないのが、この手の話。やっぱりどこかにひっかかりがあるのだ。今日は、階と間取りが問題。もちっと低い階がいいなぁ。高いとなんだか落ち着かない。3〜5階がいい。
それにしても、家賃補助もあと2年弱で切れるし、そろそろマジに考えないといけないのだなぁ。うう、めんどう。
04/05/15/sat
■塩ラーメンが塩辛いのは仕方ないの?
気持ちよく目覚めたのは、寝る前にウコンの錠剤を飲んでおいたからかな? 昨日のジンくらいなら、飲まなくても大丈夫だったかもしれない。けど、最近、日常的には酒を飲まなくなって、肝臓が解毒作業を忘れていそうなので、ウコンに肝臓を助けてもらった。
それに、メシを食いながら飲むんじゃなかったのも、よかったかも。不満の多いお好み焼きのお供は生ビール1杯。それからゆっくり(でもないか)、度数の強めの酒を飲む分には、さして翌日に残らない(と思う)。メシ食いながら、ビールだの日本酒だの醸造酒をバンバン飲むと、二日酔いになる気がする。私の場合。やっぱ、宴会は体質的にも苦手なのだな。というわけで、宴席ではとりあえず食ってます。
目覚めた後は、引き続き、冬物をクリーニング屋さんに運ぶ。午前中だと1割引なのだ。新しくできたラーメン屋さんにひやかしで寄ってみる。う〜ん、その場ではそれほど感じなかったが、後でのどがかわくかわく。塩、多すぎ。あと、店員が軽い知的障害かなにかのある子で、いろいろ思い出したり、考えたりした。700円たす800円を1400円にはできないのが現実だから。帰りに再びクリーニング屋さんによって、昨日出した分を引き上げる。同居人と二人で行ったので、わりと楽だった。クリーニングって、行きはよいよい帰りは怖い。きれいにクリーニングされると、カサが増えるし、ずっしり感も増える。
戻ってからは、箱やクローゼットに仕上がった冬物をしまって、お金をおろしに行って、マンガ読んで、仕事して。図版作業の目処を測るためにまたこっち。途中、夕飯を挟んで、夜までに50個分くらい。貼り位置決め、タイトル決め、キャプション書きなんだけど、基本的にキャプションは極力短く。場合によってはナシもあり。というわけで、数はそれなりに進むとわかった。ただ、これは写真だからなぁ。イラストになると、もうちょっと手間がかかりそうだ。にしても、1日に100個は厳しそうなわけで、時間的な目処が立たないという目処が立った。みーん。
■先週の復習
考えたら、先週の土曜日は日記を吹っ飛ばしてしまった。ちなみに、【人間学アカデミーの浜田寿美男氏の講座第2回目】があったのだった。第1回のお題は「虚偽自白」(やってないのにやったと言ってしまう自白)で、2回目は「羞恥心――その自縄自縛の罠:関係の網の目に搦められて」だった。来週の3回目は「「私」はどこで自由なのか、どこまで自由なのか:不自由の引き受け方と生きるかたち」。これも、将来のための仕込みの一つかな。いちおう「哲学・思想」も担当しているしねぇ(無謀)。興味があるということはもちろんだけど、お金と時間をかけないといけないわけでして。
書こうと思って忘れていたのだけど、この2回目に出てきた話で、前日の北田暁大講演会とつい比較しちゃった点があった。基本的に、浜田さんの話はわかりやすい。そういう流れの中でではあるけれど、彼がついでに引用した「自己中心的利他性」という加藤周一の言葉に、「なーんだ、昨日のローティの主張の一部はこれでまとめられるじゃん」と思ってしまった。とっても雑だけど。
「自己中心的」とはピアジェのいうところの自己中心的で、巷間いわれいる「ジコチュー」とはちゃう。「自分以外になれない」てな意味合い。アメリカを中心に考えれば、北田講演会で出てきた「エスノセントリスム」になりそう。でもって、「利他性」は「相手のためになる」ということ。これが合わさると、「自分の視点から、相手のために」であり、「よかれと思って」であり、つまりは「おせっかい」なんだな。
「おせっかい」がありがたいこともあるのかもしれない。でも、こあい…。高校生くらいから、嫌いな言葉の筆頭が「思いやり」だった私は、怖さが先に立つなぁ。
04/05/14/fri
■久々のジャズとタンカレー
昨日書いた、昔見た記憶のある、フィギュア・スケート選手にふだんとは違う状態で回ってもらった実験は、氷の上でやっていた。で、なんか条件を変えて回ってもらったら、ヘロヘロになったような気がする。あくまでもおぼろげな記憶なんで、まちがいかもしれないけど。
朝から、仕事を少しして、さすがにそろそろやらないと着るものがなくなってしまうので、夏物を出した。そして、冬物の半分をクリーニング屋さんにえっちらおっちら運ぶ。この作業がけっこう面倒なんだよね。同時に、家で洗濯してしまえばいいものを洗濯。
てなことをしていると、あっという間に過ぎ去るのが、午前中の時間だ。午後は、子供の時間。放置していた図版類の作業を少しだけ様子見にしてみる。去年と同じ段取りでいいのだけれど、今年は少しステップが変わったので、その確認のためにも。そしたら、はまってしまった。わずか20個分の図版処理だけで、午後がふっとんだ。
夕方になってしまい、慌てて、外出準備。こんなタイミングで、【ドイツ医療がPMセミナーのテーマ】なのだ。日本はドイツからいろいろ医学の知識や制度を採り入れたはずなのだけれど、最近出てくる話題は、もっぱらアメリカ。留学する人が多いと仕方がないのかな。アメリカ以外では、イギリス、フランスあたりの様子はまだ伝えられるけれど、ドイツはめっきり少なくなっているように感じている。
しかし、いま目の前にある仕事を片づけつつ、直接仕事に結びつかないこともやっていかないといけないのは、忙しいときは正直なところしんどい。このセミナーに行ったからといって、原稿を書くわけでなし、みえない将来の自分のためみたいなもんだから。それでも、現在の一部を使ってインプット作業をしていかないと、アウトプットし続けられなくなるからね。わかっちゃいるけど、たまにへこたれますです。
今日の講師は、【岡嶋道夫・東京医科歯科大学名誉教授】で、ご自身がドイツ語圏の医療についての情報を訳して、このサイトに載せていらっしゃる。定年後、しばらくたってからやっとできた時間を使って、この調査や翻訳をなさっているというのは、すばらしいと思う。
時間を30分くらい延長して、事前に出された質問にも答え、8時45分ごろ終了。その後、神楽坂を探訪して、9時半に同居人と合流できた。あちこち細こい路地に入り込んでみたら、楽しい発見があった。同居人と向かったタパスのお店は満席でアウト。その先に大阪寿司の店をみつけていたけれど、なんとなく入りにくい感じだったので、さらに少し先に見つけていた「お好み焼き・鉄板焼き」の店へ。
通された3階は天井が高くて気持ちよかったけれど、お好み焼きはアウト。山芋はお願いですから、全部すり下ろしてください。そういう方針らしいんだけど、刻んだ山芋は焼いたあとの食感に悪影響を及ぼす。せっかくしっとりふわっと焼き上げても、山芋のポクポク感とぶつかったら、だめだわ。まぁ、もういかない店でしょう。お好み焼きは大阪で食べるに限る。東京では諦めました。
店を出てから、細こい路地で発見した店などを同居人に案内してまわる。この辺がいわゆる神楽坂の料亭街なのね。「木屋町とか、先斗町とか、そんな感じかな」というのが京都支局にいた同居人の感想。ところどころ一見さんもOKっぽい店や、ふつーの小じゃれた店もあったので、今度行ってみたい。
神楽坂に戻り、神楽坂上に出て、大久保通りを歩いていたら、みょーな風貌の店を発見。「コルトレーン・タイム」というジャズの喫茶店とかバーというか。ドアにペタペタと貼られたポスターの隙間から中をうかがうと、「ガラガラ」とのこと。思い切って入ってみることにした。下戸の同居人用にコーヒーもある店だったし。
入ってみると、L字型のカウンターというかなんというかの横に、屋台の長椅子みたいな感じのイスがある。お客さんはゼロ。はっきり言って、コキタナイです。5人客が入ったら、いっぱいじゃなかろうか。
とりあえず、奥に座って、壁一面のポスターやらなんやらを見ながら、その合間にあるメニューからカルバドスを選んで注文。「どうします?」「そのまんまで」と、何年ぶりかのカルバドス。いい香りだぁ〜。
同居人のコーヒーは、深煎りと浅煎りを豆を見せて選ばせてくれて、濃いめ薄い目も希望を聞かれていた。と、おもむろに、ゴリゴリゴリゴリという音。ミルで挽き始める。コーヒーのものすごくいい香りが、カルバドスの香りをものともせずに広がってきた。なんか丁寧。ドリップもペーパーとはいえ、最初にちゃんと蒸らしていて、時間をかけることかけること。ふだん飲んでいるブレンドとはかなり違ったブレンドだったようだけれど、美味しそう。
で、かかっている曲は、店の名前とはうらはらに、セロニアス・モンクの曲だった(私は、「うちにあるCDに入っているのと同じ曲だ」としかわからない。同居人がモンクの曲はすぐ指摘する)。ただし、演奏は別。CDを見せてくれて、なんとかカルテットが最近録音したものだった。
そうこうしているうちに、ジャズ談義。「いちばん好きなのはマイルス? モンク?」「モンクかなぁ」とか言っていると、マスターもたまに笑いながらチャチャを入れてくれる。そしたら、今度は、モンクの曲を、マイルス・デイビスとコルトレーンが演奏しているのを入れたCDをかけてくれた。「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」。モンクの名曲「ラウンド・ミッドナイト」だけれど、敬意を表して、コルトレーンは自分たちの演奏に「アバウト」を入れたんだそうだ。
学生時代に、ジャズ喫茶でバイトして、このアルバムを繰り返し繰り返し聞いていたという同居人は、ほんとうに懐かしかったようだ。手振り身振りをつけながら、聞いている。1曲目が終わると、2曲目の出だしを口三味線で歌うし。気持ちはわからんでもない。気に入ったアルバムは曲順含めて、体に染みこんでいるからね。そして、奏者が変わるところでは、漫才のツッコミよろしく、右手が差し出される。「ここを聞いて」という案内なんだそうだ。それは、いらんて。
なんか、楽しそうだなぁ。
私は、ジャズは適当に聞くだけなので、わからん。でも、「なにが好き?」と聞かれると、「ジャック・デジョネット」なんてジャズを聞いていない人は知らない名前を答えるもんだから、妙に通じていると勘違いされるらしい。うしし。
昔の男が録音してくれたキース・ジャレットのアルバムも、偶然、ジャック・デジョネットとのトリオかなんかだったし。その後、同居人が教えてくれたジャック・デジョネットのアルバムは、私の原稿書き促進音楽だった。ちなみに、ジャック・デジョネットが太鼓叩きだと知ったのは、かなり後。てへへ。彼の太鼓が好きで聞いていた、というわけではないのであ〜る。
久々にちゃんと聞くジャズと、美味しいコーヒー。私は、美味しいお酒。もちろんカルバドス1杯で済むわけはなく、なんのジンがあるかと聞いたら「タンカレーとボンベイ」と言われたので、すかさずタンカレーのロック。氷を先に洗って、そこにタンカレーを注ぐわ、小豆島産というオリーブを出してくれるわ、オリーブをつまんでいると指をふけるように、ティッシュをちょっとだけ引っ張り出しておいてくれるわ、非常にていねいな、よい店でした。お尻は痛いけどね。
タンカレーをお代わりして、少しだけ酔っぱらった気分。家に帰ったら1時で、ばたむ。
04/05/13/thu
■不可避かぁ
ふーっ。カウントダウンは、12(午後4時現在)。あとは、S先生とM先生だけ。おまちくださーい。いま、やってまーす。って、おまえはそば屋の出前か。たいへん申し訳ありませんです。
昨日は、GW明け初の会議で調布。先週の水曜日が休みだったので、2週間ぶりだった。基本的には週に1度なんだけど、そんなになくてもいいかなーというところ。2週間に1度くらいだとちょうどいいと思う。どうしてもロスが大きくなるし、会議自体の必要がそれほどない時期だと、行き帰りにかかる時間が会議の倍くらいあるって、なんか損した気分になる。
それに、ショッキングな業務命令をうっちゃる名案を考えていったのに、あっさり却下された。ほんとに「却下」という単語でいわれたのよん。悲しい。ずびずび。
あー、なんだか、だらだら飲みたい気分。ちゃんとメシ食って、飲んで、じゃなくて、20代中頃くらいまでによくやってた感じで。10時とか11時くらいから、だらだら。サクッと飲むのが30代なんだろうけど、だらだらがいい。だれか、だらだら付き合ってくれる人、おらんかな。同居人は、下戸なのでダメなのだ。私もだいぶ飲めなくなったから、酒量は控えるけど、だらだらと。っていうか、無意味に酔っぱらいたいのだね、うん。あとで思い出すと、はずかしーい、なさけなーい雰囲気で。
みんな何気なく忙しいから、こういうだらだらはなかなか誘いにくくなってしまったんだよね。年齢的にも。手頃な友人は、東京にいなかったりするし。
多くの人にとって、最大の問題は、「翌日」、か。むー、私はかまいませんことよ。
しかし、そんな時間がいまの自分にあるのかという気がしないでもないが、とりあえず、願望くらいはさっ。
■くるくる
昨日の「トリビアの種」は、【森山さんも書いている】ように、おもしろかった。フィギアスケート選手の安藤美姫を、ひたすらくるくる回す。1000回くるくる回されても、彼女は目が回らない。
これ、大昔(たぶん中学生とか高校生とか)に、たしかやっぱりNHKかなんかで、似たような実験をしていたのを見たことがある。それは、森山さんが書くように、「1点を見つめて、頭を一瞬でくるっとまわす」というのではなかったような気がする。いや、そうだったか? どうもこの辺の記憶があいまい。その1点を見つめる回り方の一番わかりやすい例は、バレリーナの回転かな。顔はいっつもお客さんにむけないとね。
なんとなーくの記憶でいえば、フィギア選手の場合は、「回る方向の先を見る」んじゃなかったっけ? 昨日の安藤美姫も、回転方向の先を見ていたように見えたけど…。ちがうのかな。
もし彼女が、真正面を見ていたら、目は回るのかな? あと、よくバットの上におでこをのせて、バットの回りを5回とか10回とかまわらせて、歩くというのがあるでしょ。あの手のをやらせたらどうなんだろう? 平衡感覚が優れているのなら、こういうのもへっちゃらなんだろうか? もちろんふつうの人よりはずっといいと思うけど。
■入手本
大久保修平編著・日本測地学会監修『地球が丸いってほんとうですか? 測地学者に50の質問』朝日選書
→[bk1|amazon] 測地学会の方々が執筆した本。いいタイトルだぁ〜。けっこう熱い雰囲気らしい。測地学って、じつはかなり数学で出てくる話のはず。むふふ。いただきました。ありがとうございます。
04/05/11/tue
■気になるニュース
先週の木曜日(5/7)、ちょっと気になるニュースがあった。ほかでも出ないかなと思って待っていたが、ここのところの管だのなんだので、すっ飛んでいるんだろうか? まぁ、記事を読むと、いちおう独自ネタっぽいのかな。
asahi.com【精神障害者も法定雇用率算定対象へ 厚労省が法改正検討】
記事によると、「厚生労働省は7日、精神障害者の雇用を促進するため、障害者の法定雇用率の算定対象に加える障害者雇用促進法改正案を、05年通常国会に提出する方向で検討していることを明らかにした」んだそうだ。
ある一定数以上の従業員をかかえる企業には、1.8%以上の身体・知的障害者を雇う義務がある。この割合は法定雇用率といい、障害者雇用促進法で決められているものだ。さらに、301人以上の従業員がいる企業でこの法定雇用率を達成できないと、不足分を国に納めないといけない。
だいぶ前には、法定雇用率を守らない企業の企業名公表とかそういう話もあったけれど、あれはどうなったんだろうか。ちょっと調べてみると、【2003年9月に東京都の未達成企業は公開された】みたいだ。わー、隔世の感。しかし、去年の秋、私がすっかり見落としていたことも明らかになった。えへ。ちなみに9000社ですって。
で、今回の、話。精神障害者も対象となってしかるべきだと思う。ただ、この議論でひっかかってきたことはどうなっているんだろうか。「精神障害者であること」を拡大解釈されていくことを懸念していたんじゃなかったっけ。ぼちぼちフォローしておこう。
ついでにいえば、やっぱり法案を出すのは、霞ヶ関なのねん。日本じゃ、一般的な感覚として、立法と行政の区別はつけらんないと思う。
あ、あともうひとつ気になるニュースがあった。歯科医師会の会長たちが逮捕されたりすごいことになっているのだけど、あまり注目されていないような気がする。タイミングが悪かった(よかった?)のもあるけど、これ、医師会だったらどうなんだろうか。歯科医師会だから、なんとなく扱いが小さくなっているような気がするのは、やっぱ気のせい?
■本に限らず評価は難しい
昨日は、夕方、どうしても科学読み物サークルに参加したくて、ギリギリに家を飛び出た。課題本は、『瞬間をとらえる(びっくり、ふしぎ写真で科学 5)』(滝沢美絵文・ガリレオ工房編・伊知地国夫写真、大月書店→[bk1|amazon])。いろいろ不満もあるけれど、かなり気に入っていた本だ。人間の目ではどうやっても「見えない」瞬間を見せてもらえる。写真という動かないメディアをフルに使える素材でもある。1〜6のシリーズで、ほかに『見えない光を見る』とか『ズームアップで発見』とか。でも、理科教育的な発想からは、あまり評価が高くなさそう。
うーん、「科学」は「科学」という枠の中にだけおさまっていなくてもいいのではないかな。でも、そういうことはあまり通じそうにないのが、ちょっと残念。まぁ、もちろん、この本が学校図書館とか、教師をかなり意識しているわけで、そのターゲットを考えると、仕方ないのかな。ほんとうに一般ということでやるなら、もっと腹をくくって『ロボサイエンス』的な作りでやることもできただろうに。教育的な視点の限界を感じた。本自体よりも、科学読み物が、たいてい理科教育的な枠組みでしか語られないのも残念だ。というか、教育先行の感想って、“読み物”じゃない気がする。それって、教科書ないし副教材でしょ。
私の不満は、なんといってもレイアウト。おもしろい写真の横に、無粋なイラストがあるのは興ざめする。見開き単位で、写真中心見開きと解説中心見開きにわければいいのに。
■今日のワーク
今日は、ニュースチェックしたあと、午前中からずっと子供の日。「今日も」か。ちょぼちょぼ大人のもやっているんですが、ほんとに遅々としてしまっている。カウントダウンは、13。予定外のとこで手間取ってしまって、なかなか進まない。
04/05/09/sun
■コメント集
なんだか疲れている。気持ち的には元気になりつつあるのだけれど、体が追いついてない感じ。というわけで、「つながっている[*0]」小ネタ集(リンクなしバージョン)にしてみました。
今日、同居人に、「1立方メートルの水の重さは?」と聞いたら[*1]、あわてふためきながら最初に出てきた答えが、「10トン」でした。最終的には、5分後くらいに「1トン」が出てきましたが、大汗。しかも、このあと、「人を試そうとする」とか「ジョーシキとはどうこう」とか、一触即発状態に。家庭内不和を引き起こす話題とは! まぁ、たしかに、私がちょっとアキレちゃったところはあるんで、それを機敏に察知したんでしょう。
しかし、私がおもしろいと思った話題を、身近で共有しようとするときには、注意が必要です。前日には、「汐留周辺で、『ポール・オースターってどういう人』と100人に聞いたら、どうなるか?」と聞かれて、「うーん、『アメリカの作家』と答えられる人は、20人いないくらいじゃない?」と返事をしてあげたりしていたのに。そのあと、「その人のうち、作品名を答えられるのはどれくらいかなぁ」とも聞かれて、「ううっ、私も『スモーク』と『ルル・オン・ザ・ブリッジ』くらいしか、いまぱっと思い浮かばない」とか、お返事してあげたのに。はい、ポール・オースターに対し、10トンとは答えてない私を自慢してます。
わー、なんか同じようなことを感じている人[*2]って、いるもんなんだなぁ、やっぱり。私の感覚では、ここんとこいろんなところでふっと「赤ちゃんみたい」と思っていた。自分で直感的にそう思って、なんだろう?と問いかけたら、「全能感」って言葉がふっと涌いてきた。でも、ほんとは「全能」ってわけじゃないなと、さらに自問。「全能」にはセットになる言葉があった。こっちだったんだね。「全知」。そーだ、そーだ、「全知感」だったのだ。
なんというか、かなり不思議でもある。自分だけは、(なぜか)全部を知りうる立場にいて、実際、全部知っているようなふるまいをする人がけっこういる。でも、冷静に考えてみれば、それはやっぱり「赤ちゃん」的なふるまいなんじゃないだろうか。単に表現上の問題と言われればそれまでだけど(留保が少なく断定調で書く)、その表現を支えるメンタリティが無自覚な全知感みたいに思えて仕方ない。行き過ぎる必要はないにしても、やっぱり相対化は大事なんじゃないかと思ったり。
……この手のことに関して、自家撞着にならないようにするのは、ほんと難しい。天唾勘弁。
よかった。賛同者が得られて[*3]。でもって、「ふつー」におもしろいもんが、ドカドカ売れちゃうと、ほんっと、なにが売れるかなんてわからんです。あんなに売れたのは、ふつーの感じでしかも国際結婚てあたりがウケたのかなぁ。絵柄? 太田垣晴子とかそういう路線といえなくもない。ドドーンとした大ロマンまんがより、あの手のエッセイマンガの方が、気楽に読める層が増えている? ってこともないか。両方読んでるもんね。
そいでもって、明日あたり「2」が届くはずです。結局、ミーハーな日本の私。高橋さんのトルコも全部持っているし、5年くらい前から、『Yong You』で全部読んでいる私。でも『ハチクロ』には降りおっこどされた。かわぐちかいじもすぐ落っこちるんだけど、ハチクロも早々に落っこち。いまのところかなり読んでいるなかで、ギャンブルレーサーを加えたこの3つが、読めない3大作品。
マイケル・ムーアの新作が配給停止ってなニュースが、ヤラセ[*4〜5]だっとか。……この「ヤラセ」って言葉遣い、なんかおかしくないか? この前の人質に絡んだ「狂言」も不思議な物言いだと思ったのだけど、今回のヤラセはさらに変な気がする。私、なんか一般的ではない意味を身につけちゃったのかな。
今回の話で言えば、ムーアが配給停止をミニマックスに頼んでおきながら、外向けには「ディズニーの圧力で配給停止になった」ということであれば、「ヤラセ」じゃないかと思うけれど、そういう話ではないよね? 「1年前から配給はしないと言われていた」わけで、それを「昨日、配給停止と言われた」として、カンヌにむけたPRに利用したわけだから、平たくいうと「ウソついた」というだけのことじゃないんだろうか。でも「ヤラセ」にはウソという意味合いもあるだろうから、いいのか? うーん、わからん。
個人的には、ペーパーフィギアの背景にカッティング・ボードが写っている[*6]のがツボでした。編集者必携ツールの一つだったなぁ、とトオイメ。マンガ編集者さんにはいまも必携なんだろうな。なんのためかというと、写植切りなど。カッティングボードとカッターがないと、図版の版下とか直せないのだ。もちろん、ペーパーボンド(ペーパーセメントとも)も必携。接着剤は、貼ったり剥がしたりができないと、意味がない。
我が家にもカッティングボードはあるはず。あるはずなのに、この前の引っ越し後も見つからなかった。間違えて捨てちゃったのかなぁ。4年に1度くらい「あると嬉しい」状況になるんだけどね。私が前に「なんでないの?」と探しまくったのは、日本語教師の勉強をしていて、宿題の教材をつくろうとしたときでした。
「クリエイティブ・コモンズ」バナーと「copyright」表示の同居(*7〜8)には、オオウケ。でも、ぼけっとウケてちゃいかんな[*9]。伝えるべき先はこの場合、どこになるんだろう? とりあえずヤノベケンジ氏になるんだろうか?
てなことを、リンクなしだと気楽っちゃ気楽に書ける。手間が少しだけ減るから。でも、記憶力に難のある自分のために、リンクはっとかないとわかんなくなっちゃうのよー。ごくごくたまーに、意図的にリンクしないこともあるけど、それ以外の張らない場合は、ほとんどが一瞬だけめんどうだからで、でもめんどうがるとあとでわけがわからなくなるのもわかっているので、たいていは張る。ただ、リンクに依存しない[*10]のも時間を経てからのことを考えればとても大事なので、ほんとは、出典元としてリンクをして、必要なものはちゃんと引用するのがベストなんだけど、そのときの元気さと時間に依存しているのです。
というのが、基本的にリンクをはる私のスタンスでした。あと、いちいち読み手に探させるのも申し訳ないときとか、読み手にリンク先のサイトを紹介したい気分が強いときとか、そういう要素もタイミングによってあります。知り合いにメールで教えるタイミングを逸したときに、日記で張っておくとかもやってます。
というわけで、[*0〜9]は、以下の通り。
[*0]Systematic Neutral 〜Memoの下書き〜
[*1]前野[いろもの物理学者]昌弘ホームページ
[*2]医学都市伝説
[*3]感情廃棄物集積所
[*4]唐沢俊一裏モノ日記
[*5]町山智浩アメリカ日記
[*6]B.M.Factory
[*7]hirokiazuma.com/blog
[*8]展覧会実況BLOG←どこを引っ張ってくればいいのかわかりにくいのでとりあえず
[*9]YAMDAS現更新履歴
[*10]日々の雑感的なもの−田崎晴明
04/05/07/fri
■シングルには戻れない、ってなんの話かな
さすがに、起きたら10時だった。同居人が9時過ぎに出て行く音だけは気づいたけれど、またうつらうつら。で、やっと起き出してからも眠い。ダメですね、睡眠時間が妙になってしまうと。
セコセコと細かい月例作業の最後のところをしてから、また子供ベースの日にする。大人と子供がまざると、ほんっとに、発狂しそうになるのだ。カウントダウンは21になった。ふーっ。
でもって、夕方、同居人に、「今日はどーするの?」というメールを入れる。折り返し電話があって、「予約して〜」とのこと。【北田暁大先生】の講演会「【アメリカ的プラグマティズム:リベラリズムと<帝国>】」があるので、電話をしてみる。当日だけど、まだ大丈夫そうなので、開演の7時直前に同居人と落ち合い、席に着いた。
100人定員のところ、オンタイムに一見満席くらい。85人くらいは来ていたかな? すごい。私が何より驚いたのは、男女比(女子率1割くらいかな)よりも、若い人が多かったことだ。なんてババアな発言。でも、講演会とかで、人の頭の色が灰色(ないし肌色)じゃないところって、最近少ないんだもの。夜や土日だとちがうかなぁ。
いや、そんなこともない気がする。ロボワンとかそういうのだったら若いのだろうけど、科学系のシンポジウムなんかはたいてい高齢者率が高い。うーむ、この違いはなんだろうとか思ったりする。って、言っても今日も、同居人含めオーバー40はけっこういたんだけどね。
そして、冒頭の北田発言におののく。「大学教員などをしていると、こういう場で私語があることに慣れてしまって、私語がないととても緊張しています。適当にザワザワしてください」。大学の先生に頭が下がる。考えたら、小学校じゃ、子供の学級崩壊どころじゃない現状があるからねぇ。参観にきた親の私語がうるさいって、PTA崩壊じゃないのかね。
話は、かけあしでローティのアイロニーだのスタンスだのを北田流に解説して、質疑応答へ。最後の質問をした方が【稲葉振一郎先生?】。マイケル・ムーアとポール・クルーグマンを同列に登場させてくるあたりに、えらいたまげたトーシロの私でした。
でも、こうやって並べられると、上司のMさんが「宮台とか、あーいう人たちはオリコウ」って言っていたところの意味合いが、またちがって感じられてきたのだ。私は、「でも、オリコウ路線でやっている人に、オリコウといってもなんにもならんのでは?」と思っていたのだけど、Mさんとしては、稲葉先生の質問(正面から批判してツッこむべきでは?というようなこと)的なものを指摘したかったんだろうな。
そのときはMさんの言ったことが、ピンとこなかった。愚直さとか、ガサツだけど人を巻き込むものとか(なんかもっと違う言葉が飲み会では出てたけど失念。悔しい)、いわばマイケル・ムーアみたいなもんを言いたかったんだろうと思えてきた。いまの日本に、マイケル・ムーアの役回りをできる人はだれかいるんだろうか。いや、日本じゃ、そういうふうに対峙すべき相手もないか。とはいえ、だれかいるかな。森達也? 少しちがうな。はじけ方は人それぞれだけど。ポール・クルーグマンはだれ? 山形浩生? ちょっとちがう気がする。なんでだろう。
ふだん「なんてナイーブな…」とあんぐりすることの多いアメリカさんの、やっぱりダメっぽいところとか、でもそれにどう対するかとか、まじめに考え出すとキーッとなりそうなことを改めてまとめてもらういい機会になった。
ただ、慣れない分野は、言葉がしんどい。「虚焦点」ってなんじゃ? 「従属変数」とか出てくると、「じゃ、どこに独立変数はあるの?」とか思ってしまったりするたちなもんで。それより何より、ぜひ「広辞苑でわかる社会学」とか「広辞苑でわかる哲学」とか出してもらいたいなー。辞書は頑張って引くから。できれば「広辞苑でわかるレジメ」きぼんぬ。
考えたら、私も、“シンプルな論理”を突きつけてくる外資系の仕事に携わっているんだ。たまに感じるかなー。んー、そうでもないか。論理も何もあったもんじゃない。号令だけが降ってくる感じだもん。あ、これがシンプルな論理かっ(ウソ)。
結局、質問できなかったことがある。あまりにトーシロなので、していい質問なのかどうかすらわかんないのだ。
最近、流行っている物言いに、「宗教国家」としてのアメリカがある(たしかに、昔、三浦綾子の本で読んだ一部プロテスタント教会の様子に似ている気がする。いい加減なカトリックで育ったので、小学校のホームルーム的ゴリゴリ感にものすごい違和感があった。ま、カトリックも原理主義になるとこあいよね)。でも、北田解説によるローティが描くアメリカでは、宗教の部分がはずされているように思えた。それとも明言していないだけで、包含されているの? もしくは、意図的にはずされているとか? それでもなくて、宗教は別立てで考えないといけないことなのかな? そんなことがもやもやとしていた。
終わってからご飯を食べて、満腹になり、帰ってきた。途中、切れてしまったトイレット・ペーパーの補充。シャワートイレ用と銘打たれたのにしてみた。が、使用してみて判明。ダブルに慣れてしまっった身には、シングルはなんか頼りない。人間、後戻りはしにくいものだよね。きっとアメリカもトイレットペーパーをシングルにゃ戻せないって感じなんでしょう。
04/05/06/thu
■な、なにをするんですか
ふだんとほとんど変わらなかったGWが明けたことは、いちおう目覚ましをかけて起きたことで確認できた。いちおう朝から同居人が出勤していったし。
昨日もそうだったが、今日も家の中は寒い。何枚も着込んで、まだ出しっぱなしのファンヒーターを点けることだけはぐっと堪えた。って、さすがに堪えるほどではなかったです。
ただ、私は知っている。5月に入ってまもなくのとある朝。一足先に起きた同居人は、寒かったらしい。一瞬だけ、ファンヒーターを点けたようだ。少し遅れて起きた私は、妙なあったかさで、「ん? いれたの?」と気づいたけれど。にしても、ほんとに、ひえびえする家だ。真夏の夜だけは、こうはいかないのが口惜しい。
でも、まぁ、やっぱり仕事である。こぼれていた図版の処理に3時間以上かかってしまった。細かいものではあるし、必須のものなので、仕方ないけれど圧迫されてます。
といったこと以外、書くことがないのが悲しい。しかも、なんだか寝付けなくなってしまったし。現在4時半。朝じゃん。7日じゃん。
あ、そうだ。たしかに、そういうの好き〜。というわけで、【吉田進み矢さんの難儀日記】より、【荒い順に並べると、「何さらしとんねん→何しくさっとんねん→何しとんねん→何してんねん→何してはんねん」】。わし、見抜かれてますな(←吉田調)。
これは関西弁の語尾比較級。そっかー、「と」になると荒いのね。学習。
ちなみに我が家の関西弁では、荒い最上級は「けつかんねん」じゃないかなー。ほんとの使用語彙じゃないかもしれないけど。ネイティブが寝ているので、おぼろげな記憶です。「さらし」にもくっつけられるかな。「何さらしてけつかんねん」。淡々とキーボードに打ち込んでいるだけだど、なんの荒さも感じない。やっぱ、アクセントが必要なんやね。
東京弁だとどうなんだろう。ていねいな順でいくと、何なさっているんですかor何していらっしゃるんですか(二重敬語をさけると両方あるよね)→何してるんですか→何してるの→何してんの→何すんの→→→………、この先はなんだろう? 女性言葉だとなんかあるか? 男性だったらどうなるんだろう? 「あ〜ん、何したぁ」としゃくりあげるような感じか? ちがうか。意味合いが変わってきてしまいそう。あ、「何してやがる」とか「何しやがる」とかか。うん、きっとこれのような気がする。
あ、お腹減ってきてしまった。非常によろしくない。無理矢理寝てみよう。
04/05/05/wed
■辛飯たべ子
子供の日だから、子供の日にする。いみふめーで失礼。カウントダウンは24(午後4時現在)。結果、大人の日のない休日群でした。ごめんなさい>Tさん
なんだか、ここのところのどんよりした気分に、自分自身で飽きてきた。景気が上向いているっていうらしいけど、これも、「不景気に飽きてきた」からだったりして。「景気って、“気ぃ”のもん?」と聞いたら、同居人に「あほなこといいなさんな」とたしなめられたけど。
GW最終日。といっても、自宅作業をぽちぽちと続けていたので、ふだんとなんら変わらない日々であった。それでも最終日。ちょっと、夕ご飯に遠出をしてみる。行き先は、小岩。あまり川越えしない生活をしているので、総武線から見える町並みが新鮮な感じ。えーっと。わかりやすくいうと、西では中野あたりから先で感じられる場末感(除く吉祥寺)が、東でも同じように漂っていた。で、思いついたことがある。駅のホームから見える看板に、サラ金の占める割合が高いんじゃないだろうか。場末度の指標というか。実際には、サラ金の看板の数はどこも似たようなものなんだろうと思う。が、そのまわりにある看板の数が都心部と圧倒的に違うので、いきおいサラ金看板占有率が上がってくるという仕組み。どでしょう…、って尋ねられても困るね。
にしても、通り過ぎた平井は、真っ暗だった。これが23区内かと思うほどに、集合住宅ばっかり。なんだか、ここだけ別路線みたいなほど。ふしぎー。
で、夕ご飯は、「辛飯たべ子」出現。この前、Wさんから「辛飯」というタイトルのメールが来て、一瞬、「辛酸」と読めてしまい、「辛酸なめ子」を思い出したのだ。その直後に、よくよくタイトルをみたら、「辛飯」だったので「あ〜、辛飯たべ子だなぁ」と我が身および同居人身を振り返ったのでした。というわけで、行き先は小岩の「【サンサール】。新宿店もあるのではあるが、いちおうメインの小岩店から。
よかった。ラサムスープもあるし、個々のカレーも頑張っている。私が行ったことのある都内のインド料理ではベスト5に入る感じ。今日は、広く浅く食べるために、セットを頼んだが、今度はサグ系のカレーとネパール料理系を食べてみたい。モモ(チベット餃子)はどうかな〜。楽しみ。あと新宿店も行ってみたいな。あ、ただ、ご飯がジャポニカ米なのはちょっと残念。やっぱりインディカ米のほうがいいな。
GW最終日のささやかなリフレッシュでした。
■要塞の構成要因紹介
ここのところ入手した本が、机の左上で、ただ単に積み上がっている。感じとしては、左側からの攻撃をふせぐ要塞の壁みたいになっている。ほんとは、なんだか行き場がなくなってしまっているだけ。まずい傾向。というわけで、せめて、要塞の中身をご紹介して、自分自身の整理としておくのだ。
マット・リドレー著『やわらかな遺伝子』紀伊国屋書店
→[bk1|amazon] リドレーは前作の『ゲノムが語る23の物語』(紀伊國屋書店→[bk1|amazon])がけっこうよかった。たしか【ネットで百科@HOME】あたりで書評も書かせてもらった。その続編的な位置づけになる本。近刊情報だったころ、中村桂子訳ということしか出ていなくて、「え?」と心配していたけれど、前作同様の斉藤隆央訳みたいなので、少しホッ。中村訳は苦手なのだ。今回の本も、某誌で書評予定。いただきました。ありがとうございます。
リチャード・ドーキンス著『悪魔に仕える牧師 なぜ科学は「神」を必要としないのか』早川書房
→[bk1|amazon] ご存じ御大ドーキンスの新作。前作の『虹の解体』からは3年か? 帯の背のところに「著者初のエッセイ集」ってある。レイサ・メノンという編集者が選んだものらしい。カバーの返しに編集者の紹介まであるって、珍しくない? 訳者あとがきをみると、『「知」の欺瞞』がけっこう出てくるようだ。わくわく。いただきました。ありがとうございます。
粟野諭美・福江純共編『最新宇宙学 研究者たちの夢と戦い』裳華房
→[bk1|amazonはまだ?] ポピュラー・サイエンスの近刊。太陽系以外にある惑星についていろいろ研究成果が出ている時期だから、この方面も大忙しだろうな。いただきました。ありがとうございます。
溝口敦著『食肉の帝王 巨富をつかんだ男浅田満』講談社
→[bk1|amazon] 少し前から買おうと思いつつ放置していたら、浅田満容疑者逮捕の報。私が注文したときは、取り寄せに落ちてましたね。大増刷がかかったにちがいない。講談社さんウハウハかな。著者の溝口さんの本は、いままで読んだことがないのでした。たしか週刊文春あたりで短期連載していたのを読んだことがあるくらい。肌合いがあうといいのだけど。
オリヴィア・ジャドソン著『ドクター・タチアナの男と女の生物学講座 セックスが生物を進化させた』光文社
→[bk1|amazon] じつは、けっこう前に買っていた本。【ダーウィンで科学を楽しむ!(04/03/22のてくてく)】で拝見して、「これは読まねば」となっていた(まんまオヤジである)。この本を買えば、なんで私がオヤジ化したかすぐわかるはず。でも、買っただけでまだ最初の数ページしか読んでいない。けど、身持ちが悪い女子、必読。女子にハラハラさせられる男子、必見。きっと著者の写真を見るともっとハラハラできるよ。
マーカス・チャウン著『奇想、宇宙をゆく 最先端物理学12の物語』春秋社
→[bk1|amazon] マーカス・チャウンも前作がよかったので、つい。ちなみに前作は、『僕らは星のかけら』(無名舎→[bk1|amazon])。もう手に入りにくくなっているのかも。
鎌田浩毅著『地球は火山がつくった 地球科学入門』岩波ジュニア新書
→[bk1|amazon] チャウンのとあわせて読むのにちょうどいいかもしれないな。ハワイ島に行くときのお供にすると、臨場感があってよろしそう。いただきました。どうもありがとうございます。
藤原帰一編『テロ後 世界はどう変わったか』岩波新書
→[bk1|amazon] 【『歴史学ってなんだ』の小田中直樹さん(04/03/17のてくてく)】がbk1で★5つつけている本。この期に読みたいと思う自分を誉めてあげたいが、実際には読めない自分をけなしてあげたい。
藤原帰一著『戦争を記憶する 広島・ホロコーストと現在』講談社現代新書
→[bk1|amazon] こっちは、現在カバンの中の外出お供。けっこういい感じで読んでいる。ただし少しずつカメの歩み。
橋本治著『上司は思いつきでものを言う』集英社新書
→[bk1|amazon] 私にとって、清水義範はネジを逆に回したいときにご登場いただく作家だが、橋本治はなんだろう? こういうと思いっきり著者にイヤがられるのを覚悟でいえば、「すがりたいとき」にご登場いただくかな。そーだよ、すがりたいんだよ、いま。
長谷部恭男著『憲法と平和を問いなおす』ちくま新書
→[bk1|amazon] 折しも憲法記念日…、じゃなかった。それは一昨日。報道によると、改憲賛成派が増えているんだそーだ。稚拙な意見をいわせてもらえば、憲法を手直しする必要を私は感じていない。
桜井哲夫著『〈自己責任〉とは何か』講談社現代新書
→[bk1|amazon] 今流行りの言葉を6年前に、桜井哲夫はどう論じていたのかなと思って。この時代ならではの単語が目次にあった。それは「住専問題」。いろいろ違いそうだ。
04/05/04/tue
■大学時代の知り合いたち
お仕事カウントダウンは、4日の午後11時現在、29になった。うち2つは放棄できそうだから、実質27かな。しかし、このカウントダウンがゼロになっても、他の作業がエベレストよりも高い山のようにあるのかと思うと、終わりが見えてきたと喜びもできない。
さて。【技術系サラリーマンの交差点】を経由して、【Do you think for the future?】というブログに飛んだら、そこの最初の記事に「喫煙者を救え!」という文字と、「岩城さん」という文字が目に入った。で、なーんでだか知らないけれど、ピピとくるものがあって、当の【喫煙者を救え!】を見に行ったら、やっぱり先輩の岩城さんだった。
高校の関係者では、さすがにウェブサイトをもっている友人はあんまり知らない。とくに実名系では。ママさん系(「○○ちゃんのママ」「××ママ」とかそーゆーの。要は育児系)にはいるのかもしれないけれど。
それに比して、大学の知り合いにはけっこういるなぁ。というわけで、いま把握している大学方面の知り合いをリストアップしてみた。
【ようこそ。】:先の岩城さんのサイト。青年団の照明をやっている方。ICU用語でいうところのD館関係者の一人。ちなみに、私の場合、専攻についても先輩でもある。
【ことばをうたうバンドあなんじゅぱす Web Site】:というわけで、岩城さんが照明をあてている一人であるところの、ひらたよーこがやっているバンドのサイト。理学科の同期でもある。英語のクラスはちがったが、1年の初っぱなから知っていた一人。平田オリザさんの妻。
【青年団】:というわけで、平田オリザ主宰であるところの青年団のサイト。
【マチコのミッシュマッシュ】:というわけで、青年団の役者である松田弘子さんのサイト。私が1度だけ役者をやったときの演出なわけで、頭があがらない人の一人である。
【Matsuyama's Homepage】:というわけで、あなんじゅぱす方面で、かつ同期の松山龍彦くんのサイト。理系組ではあるが、やっぱりD館関係だろうなぁ。
【木内達朗イラストレーション】:というわけで、あなぱ系のところからもう一人。奥泉光氏が朝日新聞で連載小説を書いていたときの挿画は、彼、木内達朗くんだった。同期でかつ、英語のクラス(ICU的にはセクション)も一緒。さらに小さなクラスに別れるラボでも一緒だったから、私の下手な英語もさんざん聞いている人。
【クィーン岡崎響子、MA, LCPC, NCC, MAC】:というわけで、セクションメートその2で響子ちゃん。こやつなら実名サイトを持っているだろうと思って検索したら一発でした。
【京都女子大学現代社会学部平川研究室Le Savoir】:というわけで、となりの英語のクラスだったにもかかわらず、たしかラボは一緒だった平川くん。とゆーか、平川。ちがったっけ? 覚えてらっしゃらないかもしれませんが、D館だけじゃないのよん。物理の子らもめっきりとらなくなった数学の講義まで取っていた平川の姿がなつかしい。
【川村龍俊ホームページ】:というわけでD館関係で、1こ上の川村さんのサイト。この前、オンライン古書店で岡潔の本を探しているときに、とある古書店のユーザーリンクで見つけた。
【武田徹 the official web site】:というわけで、先輩の武田さん。お目にかかったのは卒業後ですけど。
とりあえず、面識のある人々はこんな感じかな。匿名やHNでやっているケースはわかってません。『論座』で見かけた「ちず」もたしかフリーランスみたいなもんだし、あってもよさそうだなぁと思っていたけど、みつからなかった。あと、ほかにもいくつか知っていたけど、改めてアクセスしてみようとしたらなかったり。
04/05/02/sun
■意表をつく着地点
5月ですか…。
金曜日の夜は、がんばってひっさびさに『朝まで生テレビ』を見た。いつ以来だろう。宇さんが「9・11」がらみで出たときのを、翌日の朝日ニュースターで再放送していたのをみて以来かも。1時20分スタートで、3時間だから、4時半ごろまで。あんまり朝までじゃなくなっていたのね。しかし、自局の番組なのにあんなにボロボロなコメンテーター(川村さんという人)を出すのは、人選ミスなんじゃないでしょうか。安田純平さんが元・信濃毎日で、たとえば、直前までバグダッドにいた人はアジアプレスで、だから、「みんな組織にいた/いる人です。大手は社員記者を引き上げてフリーを使っているだけだという批判はちがうんじゃないか」とか言って、立場を超えて出席者全員の失笑を買っていた。失笑を買ったのはそのときだけじゃないしなぁ。大手vsフリーという枠組みでだけ延々話す必要はないと思うけれど、これじゃオハナシにもなんない。
で、今日は、がんばって、郡山&今井ペアによる記者会見2つをノーカットで見た。ありがたいことに、神保哲生さんが【ビデオニュース・ブログ】にノーカット版で、即日、あげてくれている。知ってはいたけれど、両方見ると1時間以上になるもんで今日になってしまった。
トップは【ビデオニュース・コム】
もちろん、その前に行われた「安田&渡辺会見」もノーカット版で出ている。記者会見は、CSで「速報記者会見」という番組があったけれど、地上波だと難しい。実際、ナマの記者会見は、コメントとちがってダラダラしている。たいていは30分から1時間超。これを仕事でもないのに、テレビで見つづけられる人は、あまり多くないだろう。というわけで、ふつうのニュース番組では会見をフルには流さない(し、物理的にも流せない。時間が長すぎ)。でも、全部みたいという人が少数ながら増えてきてはいる。地上波では無理だと思うけれど、CSやネットでみられるようになってきたのはとてもとても喜ばしい。
で、今日、外国人記者クラブでの郡山&今井会見を見ていたら、質問者が「トニー・ラズロ」と自己紹介した。質問者用のマイクのあるところは、暗くてよくみえなかったけれど、たーっぷりしたヒゲがたくわえられている。むむっ。これは。
まぎれもなく、【『ダーリンは外国人』のダーリン、トニー】でした。この『ダーリンは外国人』(小栗左多里著、メディアファクトリー→[bk1|amazon])、売れたんだよねぇ。たしかに、面白かったんだけど、そこまで売れるかーという気もちょっとした。……でも面白かったから、やっぱり、最近出た『ダーリンは外国人2』(小栗左多里著、メディアファクトリー→[bk1|amazon])も買うことにした。
ちなみに、ダーリンのトニーさんは、「オタクである。はっきりと、語学オタクである」と妻の著者に書かれている。英語の母語以外に、日本語・北京語・スペイン語・ポルトガル語を勉強して、タイ語とかハングルとかもかじっている。そんな人なので、出てくる話題が期せずして、いちいち日本語教師向きなのだ。
人質事件のノーカット版会見を見ていて、こんなところにたどり着くとは…。
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