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2004年7月のてくてく
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04/07/31/sat
■こまごま
同居人は大阪へ。私は細々と自宅で作業、日長一日。いろいろ取りそろえてコピーしたり、整理したり。めんどーだよー。
夜遅く帰宅した同居人は、大阪・天満の「菊水」でお好み焼きを食べてきたようだ。うらやましー。ふーんだ、ほてい様のままでいやがれ。
04/07/30/fri
■三田から徒歩帰り
急ぎの確認事項がないか、ちょこちょことチェックしながら、洗濯だの片づけだの。
あと、メインの仕事で、この1年の振り返りみたいなものを書く。提出しないとならないから。しかしどうしたものやら。経済的・人的資源の不足が続く以上、現実的にはどうしようもないなぁ。できることから少しずつという優等生的な対応しかできない。
指摘できる点は極力具体的に書いたつもり。が、反映はされないだろう。そういう点を書いたので仕方ない。
……にしても。自分の肯定的な記述って難しい。根っこのところで「できて当たり前」というのがあるからかな。これって、精神衛生上よろしくないなぁ。でもそういう精神構造なんである。あ、でも矛盾。「自分のよいところを見つける作業」は、「できて当たり前」になってない!
7時過ぎに、所用で三田に向かう。【稲葉振一郎さんのリーディングリスト】で知った『ぎりぎり合格への論文マニュアル』(山内志朗著、平凡社新書 →[bk1|amazon])を、地下鉄の中で読んでいたら面白くて、降り損ないそうになった。
所用をすませて、同居人に電話をしたら、あと少しで会社を出られるという。肥えた二人は当面、夕飯から穀物を駆逐しようという決意だけはしている(たまに剛毅に食べるためにも)。というわけで、内幸町のフォルクスでサラダバーに決定。三田からなら3駅分だしと、久々に都内を歩いてみた。
夜というのに加えて、台風が西日本に来ているせいか、東京も風があって、比較的楽。ひたすら日比谷通りを北上していった。この辺を歩くのは初めて。いきなり暗がりに立派な三門が出てきて驚いたが、考えたらこの辺は「芝」。これが増上寺かぁとしみじみ通り過ぎた。そのあたりにはなにやらクラシカルな建物もいくつか。今度時間があるときにまた寄ってみたい。
都心の3駅分はあっという間に歩き終わってしまう。9時ちょうどに内幸町に着いた。同居人は会社を出損ねていたらしいので、先に店に入る。一足先に注文し、昼もあまり食べていなかったからと理由をつけて、スープセットとサラダバー。けっこうおいしいパン2つ付きなもんで。えへへ。なんとなく欠乏感があった野菜をバリバリ食べる。2ラウンド目あたりで、同居人着。二人してウサギのようになる。フォルクスさんごめんなさい。ベジタリアンはたいへんだ。
食べ終わってから、外に出て、今度は家まで歩いて帰ることにした。これまた久々。何度か背中にしょったカバンと背中の間に空気を入れてみたものの、途中からけっこう汗がしたたってきた。ここのところ全然身体を動かしていなかったので、気持ちよい。
家に着いたら、シャワーを浴びて、こてんと疲労感に身をゆだねて寝る。
04/07/29/thu
■顔取材
台風はそれほど直撃しなさそうということだが、間歇的にすごい大雨。その合間を縫うように、H社へ。Nさんと約2年ぶりにお目にかかる。Nさんのお仕事のブレスト的お手伝い雑談。何人かの名前を推薦しておく。自薦しないと私には仕事になってないなーと気づくが、ま、いいや。いまは自薦したい気分じゃないし。お昼に出ようとしたら、店に入る直前でひどい降りになる。日々の行いが問われる感じがしていやん。
家に戻ってから、ちょぼちょぼと雑用を済ました後、駒場へ。ちょっとだけお手伝いしているジャーナリスト養成講座の夏休み前最終回。お題が「取材」だったもので、「取材こわい」な私としては必聴だったのだ。年を経るごとに、取材が怖くなっているかも。
よく言われるのは、「ちゃんとわかった上で行き、初めて聞くように取材する」ということだったかな。なんかもっと収まりのいいフレーズがあったような…。つまりは、下調べや事前準備をちゃんとして、それでありながら取材現場ではまっさらな状態として聞くということ。
これがねー、難しいのよ。「ほんとにまっさら」か、「なぁなぁ」かのどちらかに寄りがち。
すごく準備していても、その場で「ただ単なる真っ白」状態になったこともあるし…。あとから「わかっているのに、なんでこんないらんことを聞いているんだ(怒)」と自分にツッコミとか。極めてとほほ。
難しい言葉を一つ覚えて帰ってきた。「傾聴マーカー(CAM)」。オーラル・ヒストリーとか、エスノメソドロジー的には「相づち」や「うなづき」をこう呼ぶらしい。「私はあなたの話を聞いていますよ」というサインなのだ。
日本語ネイティブは「うなづき」がノンバーバルコミュニケーションとして身に付いているから、相づちにも「ええ」とか「はい」とかいう以外のバリエーションになるんだろうな。実際、相づちのタイミングはけっこう難しくて、それよりも「うなづき」の方が間合いは楽かも。
これ、自分がリアクションのない相手にしゃべってみると、いかに重要かわかる。特に電話の場合は、相手の表情が見えないだけに、音声での反応がないと「切れているんじゃないか」とか、「聞こえていないんじゃないか」とか、そういう心配すらしちゃうくらい。話している途中で「もしもし」を連発する人は、自分の話が聞かれているかどうか不安なんだなということで、多めに相づちを打ったほうがいい。
リアクションの高等テクとしては、表情。前にもどっかで書いたような気がするけど、わからないときには顔で質問しちゃえる。下手に音声で遮るより、話者が流れを止めずにフォローしてくれることにつながったり。あとは、顔で「面白いです」を伝えるとか。「もっともっと」と顔でリクエストすることになる。おめめキラキラ路線である。目指せ、一瞬さとう珠緒。
声で反応するより、録音のノイズになりにくいので、あとあと楽かもとかそういう算段もあったりするのだけど、これ、一生懸命やると、取材の後で顔中の筋肉が悲鳴をあげます。頑張った取材で疲れるのは、圧倒的に顔。
というような話も、今は昔よのうとか思いつつ(最近取材してないから)、終わった後は6人でビールとおつまみというか、おばんざいで雑談。誰か「私をクラブに連れてって」とメモしておこう。クラブは平板アクセントの方でーす。受講生の一人が、とても近くに住んでいることがわかったりして、一緒に帰宅。遊んでもらえてラッキー。
04/07/28/wed
■コピーとインストールの日
週に1度のおつとめで調布へ。今日は、できあがった他の国の新版をインストールするためにエンカルタ用のノートパソコンも持っていく日。が、銀行などの用事をすませたところで気づいた。「電源忘れたー」。延々と回すんだから、今日は忘れちゃダメじゃん。
暑い中、出戻りである。最寄り駅から家まで往復。調布についてから気づいたんじゃなくてよかったとしよう。家に着いた時点で汗びっしょり。水分補給して、電源をカバンに詰め込み、再度、家を出た。
ああ、悲しい。
台風が来るらしいし、晴雨兼用の小振りな傘では不安かなと、雨用の白目の傘を日傘代わりにしたが、そんなんじゃ真っ昼間の日差しはふせげんね。まぶしすぎる。やっぱり黒い日傘は偉大だ。
編集部についてからは、会議の後、ひたすら新版入れ作業。古い版を5カ国分アンインストールして、まずやるべきはデフラグ。これがやっぱり時間かかって…。そいでもって、ハードディスクの空き容量と相談しながら、アメリカ版、イギリス版、ドイツ版を内臓のハードディスクに入れ、フランス版とスペイン版とオランダ版はポータブルの外付けハードディスクに入れる。しめて12ギガくらい? 内蔵HDはもうぴっちぴち。特にエンカルタ以外の辞書エリアにしていたところにイギリス版とドイツ版も入れちゃったもので、デフラグすらできません状態。やばすぎかも。ま、ここは入れたら最後触らないからよしとしましょう。
出し入れする日本版(のビルドなるもの)とアメリカ版はCドライブに残して、ドイツ語の立ち上げ問題をクリアしてもらう。ウムラウトがついた名前が使われていて、日本語環境だとやっかいなのだ。
コピーやデフラグの待ち時間に、まんが図書館状態になった一角にある『花とゆめ』別冊など眺めてみる。
なんでまんが図書館状態になったかというと、もう一人割とまんが読みがいて、彼女が買っていないまんが雑誌を私が提供しているから。『イブニング』『オリジナル』『コーラス』『キス』『ヤング・ユー カラーズ』あたりを、読み終わると持っていく。私にとっては家に溜まるより、こまめに持っていった方が捨てる作業が軽減されるのでありがたいという理由である。編集部でもだんだんと溜まりつつあって、その山を見ると、「これだけ運んだのか」としみじみ。
で、その山に『花とゆめ』の別冊が紛れていた。パラパラ眺めると、お話が雑すぎるのが多くないか? 絵も雑だけど。あとなんか冒頭の3本がどれもこれも「やおい」っぽいというか、なんというか。同性愛はいいけど、少女まんがの同性愛ものって『風と木の詩』みたいなのじゃないのか?とか思う私は年寄りなんだろうな。わかってますって。
持ち主によると、『JUNE』みたいなノリが軽くなって、あまねく少女まんがに浸透しているみたいな…。ふーん。でも、もうちょっとマシな構成にならんかのう。
マシなところを読む前に、コピー作業が終わってしまった。あとはインストール作業だけなので、帰宅。私の『花とゆめ』観は、いま、大いに偏ったママです。久々に編集部に6時頃までいた。
家に帰ってからは、お米をつけて、再デフラグやら、インストールやら、再デフラグやら。夕ご飯は質素にと思いつつ、白いご飯が好きな私はつい食べ過ぎるのであった。玄米に戻そうかしらん。でも玄米だと合うおかずがすくないのだよね。お刺身とかNGだし。さて、対策を考えねば。
04/07/27/tue
■新たなしょっく
肥えた。
夏ばてを警戒して、家の中にじっとし、栄養だけはとっていたら……。代謝が落ちるというのはこういうことなのだと大実感中。2週間で見事に結果が出た。「なんかむくんでいるな〜」と思っていたら、むくみじゃなくて太りだったなんて。夏風邪にやられていた同居人も静養と栄養により、ほてい様気味。種々のズボンのウエストがきつくなっているらしい。二人してなにやってんだか。
ちなみに、最近の同居人のセリフは、「いいなぁ女性は」である。そのこころは「胸があると、お腹が目立ちにくい」だってさ。
04/07/26/mon
■しょっく
はぁぁぁぁぁ。ため息しかでない。自分で自分がイヤになる。
今日、ずっとずっと傍聴してきた民事裁判の判決だった。2年半。準備書面の交換のころから、最初のころは、ほとんど次の予定を聞くためだけに足を運び続けた。そして、今日……。東京地裁に到着したら、判決は終わっていた……。うわーん。あと10分早ければ、聞けたのに。ツメの甘さがイタすぎる。
エレベーターを下りたら、関係者が集っていたので、「えっ?」と驚き、慌てた。も、もしや? 確認しに行ったら、私が時間を間違えていた。20分ほど後ろに…。この中途半端さがイヤ。関係者の表情が穏やかだったので、判決は問題なかったのだろうと思いつつ、諦めて家に戻った。結局、電車賃使って、駅の近くにある本屋で『イブの眠り』第2巻を買いに行ったようなものだ。うぇぇぇぇん。『イブの眠り』は、やっぱりなにを読んでいるんだかわからなくなるし。←やつあたりといふ。
当の判決は、やっぱり読売がいちばん大きく、【日本医大の賠償請求棄却、医療ミス告発医師に過失なし】とあった。ほっ。「林道晴裁判長は「記者会見での情報提供などに故意・過失はなく、名誉・信用棄損は成立しない」と述べた」とあり、この手の裁判では当然の「医師が真実と信じた相当の理由があった」ということを確認している。
しかし、情報提供者である医師だけを訴えて、掲載した読売新聞などなどは一切訴えないっていうのが、日医最大のミステークじゃなかろか。そっちはメがないとはなからわかっていたっていうより、単に、内部告発者への嫌がらせみたいに感じられてならない。控訴するんだろうか? こういう情報って関係者になっていないとわかりにくいのが難。さすがにこの件での控訴は、あってもベタ記事にもならないだろうし…。
■おとり捜査?
裁判ネタを書いたので、もひとつ備忘的に。
SankeiWeb【警官に売春勧誘…59歳女性を逮捕 札幌】(07/25 13:13)
という記事があった。記事によると、「札幌・中央署は24日、売春防止法違反の現行犯で現職の警察官に売春を持ち掛けた札幌市豊平区の女性(59)を逮捕した」とあり、「調べでは、24日午後11時50分ごろ、同市中央区の路上で、私服姿でパトロール中の同署の巡査(26)に「遊びなら1万円でもいいよ」などと声をかけ、自分との売春の勧誘をした疑い」で、「女性は、生活費のためにやったと供述しているという」んだそうだ。ちなみにこれで全文。これから従になっていきますので大丈夫。
「路上で……声をかけ」たんで、売春防止法第5条の「勧誘」にあたるわけだな。区名を見ると、場所は札幌の繁華街ススキノではないようだ。が、札幌では、なぜに日本人女性が街角で勧誘する相手に警官が多いの? 部屋の隅にまとめてあるダンボール箱を開けないと資料が出てこない上に、ネットだと手頃な解説も見つからない。ううー、悔しい。
昔、同じ札幌で、ほとんど「おとり捜査じゃないの?」というような逮捕が街娼に対して行われたことがあるのだ。あんまり逮捕だったので、闘った。売春防止法で珍しく最高裁まで闘った例になった。それも、声をかけたのが札幌の警官だったわけで……。なんで? と思ってしまう。
しかも今回の「遊びなら」ってなんだ? なんか変なお誘い。年齢を見ても、いろいろ裏がありそうな気がする。高齢の売春婦は全国津々浦々いるけれど、なんか札幌は不遇かも。
この辺のデータ、ないかなー。第5条勧誘で逮捕されたケースで、相手が警官だったかどうかと、場所がどこか。
【ネットワーカー弁護士の独り言】の24日分【おとり捜査は必要か?】を読んでいたので、この札幌の件ももしかしたら「おとり捜査?」のような気もしたわけで、お久しぶりです。>山下さん
……てな挨拶するくらいなら、コメントにしろよ、という気が自分でもする。けど、しなーい。なんとなくだけど。
04/07/25/sun
■似てる系
【みやのさんの日記で「ヨン様ってフジテレビの男性アナウンサー系じゃない?」(7/23分)】というのがあって、いろいろ感じていた「似てる系」を思い出した。
そのヨン様は、かなり苦手な部類なんだが、なんでだかわかった。ヨン様を肥やしてシワ入れて横柄にすると、三枝成彰になるから。とくに笑顔時。あの目と口の引きつり方が、似ちゃっている(ように思えるんです。ごめんなさい)。
で、この前、ウィンブルドンをひっさびさに見ていて、気づいたのが杉山愛の似てる系。じつは、杉山愛を見ていてわかったのではない。格闘家の角田信朗というか、私にとってはNHKの朝ドラ『まんてん』で黒田屋の大将役の人。バラエティなんかもそつなくこなす器用な人なのだが、「だれかににてるー、だれだー?」と思っていたら、杉山愛だった。
年を考えると、杉山愛が角田信朗に似ているんだが、知ったのは杉山愛のが先だから。
あと、この間、とあるブログを読んでいて、オオウケするとともに深く納得したのが、『はじめての構造主義』の橋爪大三郎と、競馬評論家の井崎脩五郎の混乱。たしかにたしかに。一度混乱すると、それは混迷となり、混沌の淵に沈んでいくかんじ。もはや私の脳内では、区別できません。
それと……。火曜日にさんまの『踊るさんま御殿』を見ていたら、41歳になったというローリーが出ていて、むむむっ。とある方を即座に思い出しました。同居人に言ったら、「そっかぁ?」と非難気味に言われたので、手控えた方がいいんだろうか。髪型が似ているだけやもしれんが、なんとなーくそこはかとなーく、2ちゃんで知られた某先生に似ていらっしゃるようないないような……。
全然関係ないが、大好きな松尾貴史が最近、NHKによく出ている。それだけ毒がないと判断されはじめたということかや。そう思うとちょっと悲しい。ま、もともと毒が強かったわけじゃないけど。
■驚愕の6等分
ここのところ、同居人はずっと「お好み焼きが食べたい…」とつぶやいていた。大阪生まれ、大阪育ちの人間にとっては、お好み焼きは週に1度とは言わないまでも、2週に1度は食べて当然のものらしい。しかし、東京ではなかなかおいしいお好み焼きがない。自分で作ればいいんだけど、うちにはホットプレートがない。前に食べに行った神楽坂の店はハズレだった。町中の「もんじゃ」や「鉄板焼き」と一緒に看板に書かれたお好み焼きはちょっと不安が大きい。
というわけで、行ってきました。とりあえず【ぷれじでんと千房 銀座コリドー店】。大阪にいたときは、試しにミナミとキタで1度ずつ入っただけの千房といえども、東京ではランクアーップ。恵比寿でも入った。銀座にあるらしいと聞きつけてきてからは、「いつ食べに連れて行ってくれるの?」と、目をうるうるさせていた。
「ぷれじでんと」な千房は、別にふつうの千房と変わりませんでした。でも、大阪と東京の違いと思われる大きな違いがありました。
それは、切り方。なんとピザのように放射状に6等分されて出てきたのです。
これ、どうなんでしょう。千房も箱根を越えると、切り方を変えるんでしょうか。いくらなんでも大阪の千房じゃ、こんなふうには切らないでしょう?
大学1年生のとき、コンパで使ったお好み焼き屋さんで、関東出身の人間がピザのようにお好み焼きを切ったら、即座に関西出身のやつらは「こないな切り方あるかー」とツッコミを入れた。「ケーキとちゃう」「ピザともちゃう」と、お好み焼きは半分に切ったら後は横だと実演する。関東の人間だけでは気づかない点。私、それまで1度もそんな切り方を見たことなかったもん。
そんなこんなで、大阪出身の同居人と一緒にいるようになってからは当然のごとく、そして大阪で暮らしていたときはお好み焼きの作法として、横に切っていた。
千房の切り方に記憶がないのは、自分で焼いていたから。菊水派としては、具は生地の中でじっくり焼きたいわけで、先に鉄板で具を焼く千房の焼き方はゆるせんのだ。しかも、ペタペタ叩くから、ふんわり感が減るし。
個人的には、ふわっと感が足りない気がしたが、「それでも他の店に比べれば、よっぽどお好み焼きらしい」と同居人はご満悦。よろしゅうおあがり。←この表現も東京・横浜にはなかった。「ごちそうさま」というと、「はーい」か、せいぜいが「どういたしまして」だった。
04/07/24/sat
■べきOK?
ああ、これ、よくやった。【いろもの物理学者・前野さんの「さて、ここで問題です2」】。前日の「さて、ここで問題です」に引き続きの「4桁数字を四則演算で10にする」やつ。
私は、電車の切符の番号でよくやったなぁ。よく覚えているのは、中学時代、テニス部で試合や応援に行くために乗った電車の中、みんなでワイワイとやったこと。同じ券売機で買うと1番違いなんてのが出てくる。数字にすると1しか違わないけれど、10にできたり、できなかったりするのが面白かった。
……沖縄だと車のナンバーか。電車の切符はないからねぇ。
けっこう、人によって発想の違いとかが出てきて、そういうのも面白かった。いろんなパターンを見つける子とかもいたんだけど、私は1つの解を見つけてしまうと、なかなか別の解が見つけられないタイプだった。
で、今もそうです。これ初日の「1991」も、次の「1158」も「1337」も、できたにはできたんだけど……。ダメかな? それは「べき乗OK」。これ、思いついちゃったもんで、ちがうパターンの解が駆逐されている。
ううー。「できた!」と言いたい。「べきOK」だといいなぁ。
そういえば、もうちょっと広げるローカルルールでは、数学記号だからと「√(ルート)OK」のこともあったなぁ。
■お、誕生日じゃん
日付を打ったら思い出した。妹の誕生日。えーと、いくつになるんだっけ? 私の約2コ下で、今の私の年ひく1だから……。とうねんとって27歳か。って、さむい表現。
37歳おめでとう。いいなぁ、素数だ。よい1年でありますように。修論おきばりぃ〜。
04/07/23/fri
■うげげげげ
最悪のうげげげげ。朝から6時間おきに鎮痛剤。身体中が毛羽立っている感じがしてならない。かゆいし、なんかもわっとするし、痛いし。
一方、同居人は咳が止まらず、結局、休みを取った。近所のクリニックへ行き、薬を出してもらって、その薬を飲んだらやたらと眠いらしい。「何か食べる→薬を飲む→寝る→起きる→何か食べる→薬を飲む→寝る」を繰り返していた。咳止めってそんなに眠い成分があったっけ。
まぁ、私も痛みが引くと、眠気がやってくる。痛みは体力を消耗するのだなぁ……、なんてこと、毎月なんて実感したくないわい!
横になっていると咳は出ないが、縦になると咳がでるという同居人の症状を見て、去年、私もそうだったなぁと思い出す。ちょっと不思議だ。
04/07/22/thu
■うげ
ビルドがわやで、仕事が1週間も進められないのは困る。ということで、渋谷に出るというデータベースの担当者と神保町で落ち合い、ランチ。……じゃなくて、再コピー。13時の待ち合わせなので、もう大丈夫かなーと思いつつ「マンダラ」の階段を下りたら、まだ行列。でも3組くらい。店員さんに待ち時間の予想を聞くと「5分10分だと思いますけど」ということなので、暑い中、移動するよりはとそのまま待つ。ほんとに10分以内には着席。ちょうど入れ替わりの時間帯だったんだろうとは思うけど。
とりあえず担当者のノートPCから私のポータブルHDへ再コピー、というよりはまずご飯ご飯。じつは「マンダラ」にランチで来るのは初めて。1150円で、カレー1品、ナン、ライスちょっと、ヨーグルト・デザートか。ちょっとお高めだな。カレーの量はけっこうあるけど。私はマッシュルームにして、担当者は基本のチキンバターマサラ。大辛でいくという、頼もしさ。ここの大辛は普通から数えて4番目で、かなり辛い。ちなみに後は上に激辛があるだけ。
辛いけど、「クセになる辛さ」と言い放ち、お互い少しずつシェアしながら食す。うまー。
食べ終わってから、やおらノートPC出して、コピー。けっこう時間がかかるのでチャイを注文したり。今日のチャイは、紅茶の味が強く出ていて、いつもより美味だった気がする。ポータブルHDにコピーが終わると、念のためもっていった私のノートPCにコピーしてみる。無事終了。彼女は編集部へ、私は家へ。
しかし、家に戻ってしばらくすると「うげ」な状態。薬なぞ飲み、じっとする。夏風邪がぶり返したという同居人もめずらしく早く帰宅したので、早めの夕飯を取り、二人してじっと寝る。
04/07/21/wed
■記録更新翌日
水曜日だから、週に1度の会議で調布。あづがっだ……。サインをして、ポータブルHDに新しい「ビルド」なるものを入れてもらう以外――つまり、会議だ――は、「時間つぶし」でもある。いまだピーク襲来中の方々、ごめんなさいである。しかし会議が30分で、午後2時とかに終わっても、帰るのがしんどい時間。やっぱりしばし「時間つぶし」が必要なのである。
ということを、3日後(7/24)に書いたら、この前日の記憶が若干よみがえった。20日は、東京で39.5度を記録し、最高気温が更新されたんだった。だから家から一歩も出なかったんだった。お外がこあくて。
まぁ、21日は記録更新してないとはいえ、やっぱりあづいのだ。ただ、駅からの徒歩時間に、雲が出てくれたり、夕立直後だったりで、多少は運がよかったように思う。
そうだそうだ。会議の帰りに、本屋さんで『dancyu』と『日経サイエンス』と『サイゾー』を買ったのだった。『dancyu』は夏恒例カレー特集。今年はカレーライスがメインだった。家に着いて、ポータブルHDにコピーしたビルドのファイルが壊れていたことが判明し、翌日にどこかでコピーしなおす算段を担当者とつけながら、「昼はカレーにしよう」と心を決めた。
しかも、その『dancyu』、同居人がたまに昼を食べに行く「カリ」という店が載っているだけではなく、大阪・南森町(というか西天満)の「玄氣」が出ていて歓声。旧、キタの「ルー・デリー」であったこの店は、「ルー・デリー」のころから最低でも週に1回は行っていた店。そのころから『ナチュラル・レストランガイド』(柴田書店)にも出ていたくらいだし、浪速の有名店のひとつだったのだが、こうやって出ていると嬉しい。
「玄氣」の林さんに紹介したら行きつけになっていた大阪・天満のインド料理店「ジャイプール」はつぶれてしまったので、「玄氣」には頑張って欲しいなぁと思う。
ああ、久々に「玄氣」のアヤム・カレーが食べたいな。
ちなみにこの号には、日式カレーライスではない南インド料理ニューフェース2店「ダバインディア」(八重洲)と「ダルマサーガラ」(東銀座)も出ていて、個人的な思い入れが高い号になりそう。
04/07/20/tue
■忘却
見事になんも覚えていないものだ。←わずか4日後(7/24)の感想。つまり、この日に私が何か犯罪絡みで取り調べを受けても、なーんにも身の潔白は証明できないことだけは明らかである。
04/07/19/mon
■夏風邪2日目
引き続き、夏風邪の家。同居人、悪化ちう。昨日より熱が上がった。喉の痛みはだいぶ緩和したらしい。少ししゃべるようになる。が、熱により身体中がだるいという。とくに腰から膝にかけてがだるいんだそうだ。珍しい。結局、昨日の夜に引き続き、タイガーバームを塗りまくる。寝室に変なにおいがこびりついてしまった。
ほんとは友人夫妻のところへ子供の誕生祝いをもっていく予定だったが、新生児のいる家に風邪っぴきはいけない。本人も動けない。というわけで、キャンセル。ごめんなさいです。
私はといえば、「この世の終わり」みたいなメンタリティ。どうせどうせ私なんてといじけてみたり、「畑仲さんがいないと、生きていけない」なんて言ってみたり。「あなたは生きていくでしょ」と返されると、さらにいじける。たしかに精神的依存度が高すぎると我に返ると、そこは単なるPMS。ふと気づくと、そういう後ろ向き期間だった。いやー、なんてネイチャーな。暑さによる寝不足に、さらなる眠さが加わっている理由も判明。
ホルモンの状態に振り回されるのを自覚するっていうことは、振り回されていないってこと? わかっていても振り回されているってことか。よくわからん。とりあえず洗濯などしてみる。
メンタリティはこの世の終わりだが、フィジカルにはふつう。口呼吸なので、同居人の風邪がうつらないように、うがいは私もこまめにしているが、時間差でくるのかなー。気を付けよう。
04/07/18/sun
■夏風邪初日
私ではない。同居人がダウン。結局、連休中に大阪へ母親の様子を見に行くことは無理そう。喉が痛いらしく、話さないので、珍しく家の中が静か。ひたすらうがいをさせる。
食料だけ買い出しに行って、あとはじっと家の中にる。
04/07/17/sat
■食べているか、寝ているかのどちらか
起きたら9時半。だらだらとしているうちに、11時過ぎて、同居人も起き出してくる。ほんとうは大阪へ行くつもりだったらしいが、すでにお昼近い時間なのでとりやめるという。入院先の様子もだいぶ落ち着いてきているらしいので、こちらもゆっくり休ませてもらうという感じだろう。
少し経つと、猛烈な空腹感に襲われる。木曜日に買ったpiyokoの日持ちする方のケーキを取り出す。このチョコレートケーキも濃厚で美味しい。お腹が落ち着いたもんで、そのままだらだらしていたら、再び空腹攻撃。慌てて食べに出るも、暑さにめげる。ずっと「しばらく休業します」という貼り紙が出ていた近所のそば屋が再開していて、速攻で入り、冷やしたぬき。でもここの冷やしたぬきは、あまり美味しくなかった。しょぼん。そばが細すぎるとよくない。あと揚げ玉がまずい。
食べ終わるとさっさと帰って、お昼寝。ぐー。暑いと眠くなるのは万国共通、万人共通だよね。起きてしばらくすると、もう空腹。悲しい。冷蔵庫の冷やしトマトでごまかしてみる。焼け石に水か? すぐ行動すればいいものを、ナマケモノなみにとろくなっているので、食べると落ち着いてしまう。挙げ句は、「腹が減ったー」と叫ぶ状態。ほんとは広尾のモロッコ料理店に行きたかったが、遠いし暑いし腹が減っているということで、結局、近所の中華料理店へ。ジェットコースター並に出来不出来の差が大きい店だが(同じ日に同じ料理を注文しても全然別っぽいものになることもままある)、今日は、とってもよい日でした。きしめん状の平べったい豆腐「白頁」と青唐辛子を炒めたものと、酢豚。この酢豚がまた香ばしくて、そそる。定番のラーチャーハンは、ふんわりした仕上がり。前に来たときはベッチャリした仕上がりだったから、今日は総じてアタリだった。
げふ。満腹。となると、家に帰ったらゴロン。ぐーぐー夕寝。3時間くらい寝ていたんではなかろか。地震がなかったら寝続けていたにちがいない。
起き出して、ごちょごちょ細かい確認作業をして、お風呂入ったり、日記書いたり。昼寝も夕寝もしなかった同居人はさっさと寝ていたが、私はおめめパッチリになってしまった。当たり前か。結局3時半頃まで起きてみたり。
■新書3冊から感じたこと
ここのところ何冊か、本をいただいたり買ったりしている。その中から、まずは新書3冊をご紹介。
石井政之編著『文筆生活の現場 ライフワークとしてのノンフィクション』中公新書ラクレ →[bk1|amazon]
野口やよい著『年収1/2時代の再就職』中公新書ラクレ →[bk1|amazon]
じつは、この2冊は、8日の木曜日に同時に届いた。『文筆生活の現場』は、その直前までご一緒していた【粥川準二さん】が送ってくだっていたもの。ありがとうございます。で、似たような袋がもうひとつあるんで、「誰か他の著者が同じ本を別ルートで送ってくれたのかしら」と思いながら、開けたら『年収1/2時代の再就職』だった。大学の同期で、卒業してから親しくなった友人の処女作だった。サプラーイズ! 訳書はすでにある彼女の初の書き下ろし。おめでとう!
内容的にも、補完しあうような2冊に感じられてならない。『文筆生活』は登場する12人のジャーナリストのうち、女性は江川紹子だけ。一方の『年収1/2時代』は、女性の再就職の話だ。それを書いているのは、やはり結婚・転勤・出産・育児をしてきた女性ジャーナリスト。そして、描いているのはまさに両者とも「生活」である。
とはいえ、肌合いはまったく違う。『文筆生活』は、サブタイトルにあるように「ライフワーク」としてのジャーナリストが全面に出る。「生活」とタイトルにはあるものの、「生活」を支える「生き方」というか、そんな感じのところに軸足が置かれているように思う。登場する12人など、詳しい構成は【編著者の石井さんのサイトにある紹介コーナー】で見ていただくとして、ここでは感じたことなど。
いまのノンフィクション業界の3分の1くらいはここに登場する人たちでカバーされちゃうかもしれない…。そんな現実を突きつけられるのだけれど、この本自体は、「ほとんど反則技のような、熱っつい内容」というのが私が最初に感じたことだ。そういうメンツを集めたってところもあるけれどね。ノンフィクション系の書き手の中でも、けっこう声の大きい人たちがほとんどなんだから(笑)。
ある種のうやらましさは隠せない。それは、私はやっぱり「職人」であって、ここに登場する人たちのように「自分自身で/を、表現していく」ようなタイプではないからだろうな。もう自分の「職人性」が十二分にわかっている(し、職人も必要な)ので、決して自分を卑下しているわけではない。でも、やっぱり「ないものねだり」くらいは、まだしたい年頃なんである。
このなかで特に私の気持ちをとらえたのは、著者の一人・藤井誠二氏が、雑誌を中心に仕事をしながら自身が抱えていた不安感を、宮台真司の言葉にすると「入れ替え可能性」ということだったと書いていた場面だった。「つまり、ぼくでなくてもいいのではないか、ぼくが取材して書かなくとも、他の優秀なだれかがやれば少なくとも同等以上の、いやもっとクオリティの高いものができるのではないかという思いに常に囚われてきたのだと思います」。この一文は、まさに一時期の私、そして今もたまに顔を出す私の一部と重なる。きっと、物書きだけに訪れる不安感ではないのだろうとも思う。
そこから抜け出していくプロセスは、藤井氏の場合、私とは大きく違う。彼は、取材相手と密接な関係を作り、入れ替えられない関係を作っていった。私の場合は? 抜け出しているのは事実だが、まだうまくまとめられない。ごめんなさい。私が職人であることを自覚し、それをちゃんとやれることに自信をもちはじめたのと重なっていることはたしかなんだけど。
こんな話がゴロゴロ12人分。たしかにオトクだ。大泉実成氏の部分は爆笑漫才仕立てだし。石井さんの、柳美里裁判傍聴(『石に泳ぐ魚』の出版差し止め)にまつわる原告とのインタビューの話は、彼しか体験できず、彼しか書けないものだというのを改めて感じるし。
というような本なのであるが、もちろん違和感があったり、自分との違いをまざまざと見せつけられて軽い落ち込みになったりしながら、最大の不満点を書いておこう。タイトルに「生活」が入ってくるのに、文筆をこなすための生活に必要な、流しに溜まっている食器を洗うこととか、アイロンは夏場暑くてたまらんとか、妻・子供がいる人もそこそこいるのに子供のうんちやおしっこや家庭での細かい生活は、ほとんどと言っていいくらい現実が出ていなーい(笑)。徹頭徹尾、「生活」=「仕事」というか、自己実現なのだね。
いや、出さなくても、いいんですけど。そういう主旨の本だろうし。たまたま併読したのが『年収1/2時代』というきわめて具体的な生活の話だったんで、その対比が面白かった。
正直なところ、私は家庭生活の責任を負っていない。独身男性が2人で共同生活を送っているようなものだ。メンタリティもかなり男性的になっている(なにが男性的かはおいておいてね)。フェミニズム的にいえば、完璧な「名誉男性」だもんなぁ。……え? ちゃう? そんなにガリガリやっていないって? そうかも(笑)。
だから、やよいちゃんが書いた『年収1/2時代』の方が、読みながら感じる違和感は大きい。そんなにキリキリしないでも、どーにかなるでしょ、とか思ってしまうのだ。それは私が恵まれているんだということも半分くらいはわかった上で。
しかし、現実的には、私だってエンカルタの仕事をしなけりゃ、年収はせいぜい300万円くらいなわけで、キリキリしそうになるはず。ただ子供を作らなかったので、大人一人なら1年間300万円あればフツーに暮らせるし、400万円あったら貯金もほんのちょっとはできるという実感もある。しかし家は買えないな(笑)。ローンを組んでくれないもん。
そんな私が読むと、『年収1/2時代』はまさに別の現実が、これでもかこれでもかと紹介されている。子供を産み、育てながら生きるという、まぁ「動物的に正しい行為(animally correctか?)」をするために、世の女性たちが向き合っている実情は、どんどん変わっているのだ。やっぱり名誉含めて、男性たちに読んでほしいなと思う。
さて、最後の1冊は、買った本。
小松美彦著『自己決定権は幻想である』新書y →[bk1|amazon]
帯にも、カバーの袖にも「売春の自由」が列挙されている。だから買った。でも、売春について具体的に書かれているのは、「売春というある種の人身売買も、少なくとも道義的には禁止する傾向にありました」(p.57)という1文だけしか見つからなかった。
あとは、せいぜいがブルセラ系のパンツ売りで、ピアッシングなど他の事例とあわせて、すぐに「周りに迷惑かけなければ何をしてもいいじゃない」という主張にすり替えられている。あんまりだと思う。安楽死や臓器移植のことで書くのなら、帯に「売春の自由」を列挙しないでほしい。基本は一緒というのかもしれないが、そこに現実的な検討も何もないのだから、羊頭狗肉だと思う。そしてセックスワーカーとして働いている人たちへの侮辱だとも思う。
「安楽死」や「臓器移植」に絡んだ話を期待する人には、賛否はさておきいいのかもしれない。売春に絡んだ内容を期待する人は、買わない方がいい。
04/07/16/fri
■美味しい胸腺、含む不良T細胞
またも朝から細かい確認作業など。そういう時期なんである。
しかし、連日暑くて、へばりんこ。なんか食べなきゃ、と思うし、実際お腹は減っているんだけど、暑い中出かけていくのが億劫。つい食べるタイミングがぐちゃぐちゃになる。そんな中で、今日は午後2時から飯田橋のブリティッシュ・カウンシルで、【科学とメディア〜火星隕石報道の経験から】を聞くために、暑くても外に出る。途中、モスバーガーで何か食べようと思ったのだが、出てくるのが遅くて(モスを選んだ私がバカ)、3口くらいかじって、諦める。食べにくいものを頼んだのも敗着。まぁ、ラッシーを一気飲みしておいたので、血糖値はかろうじて保持できた。
かのクリスマス・レクチャラーをつとめたモニカ・グレイディ教授の話は、いづこも同じ秋の夕暮れ感が漂いまくり。隣の芝生はみんな青いしねぇ。たとえば、記者さんと話すのが好きらしいグレイディ教授自身の存在に、うらやましさも感じちゃうからね。イギリスでもそういうタイプの研究者が多いわけじゃないだろうことも容易に想像はつくけれど。
そうそう。最近は、メディア・トレーニングが定着しつつあるのに、クリスマス・レクチャーであっても「なんのトレーニングも情報もありませんでした」というのは少し驚いたかも。そういうのはしっかりするのかと思っていた。選定はかなり早いので、準備期間だけはながーくあるのだけど、それは単なる日常が間に続いているだけだし。
しかし、質問が質問にならない人がいて、うんざり。グレイディ教授の英語の方が、日本人の話す日本語よりもわかったぞ。意見やコメントも言えばいいけど、それと質問は切り分けろって。それから、自分自身のせまいターミノロジーに固執するなって。意味不明になる。同時通訳がかわいそうになる瞬間である。あんまりなので、別の通訳さんが日本語を日本語に通訳して、同時通訳さんに伝えていた。
会場では、見知った顔もちらほら。夜、一緒に美味しい胸腺に集うSさんも。講演後は、スコーンとお茶が振る舞われ、ここでもちょっと血糖値アップする。でもたくさん食べると後に響くので、ぐっと堪える。
会社に戻らないでいいというSさんと、読み切れなかった免疫本を読みに、喫茶店へ移動する。前に見つけたものの、営業時間の終わりの方で諦めた、【神楽坂 茶寮】へ行ってみる。ゆったりして良い感じ。美味しそうなケーキや和菓子を、ここでもぐっと堪えて、お茶。多田先生の本をいちおう読了。
で、二人して、一駅分ほど歩いて「ル・デッサン」へ。もうWさん、Nさん、Fさん到着済み。あとは【植木不等式さん】だが、少し遅れるとのこと。この前、植木さんとここで食べたときに発見した、『免疫の意味論』(多田富雄著、青土社→[bk1|amazon])の刷りによる「印刷の劣化」をお披露目する。私の44刷は、写植を貼り込んだところにできる影を消せない稚拙な印刷。ひどいと思って付き合わせると、早い刷ではそういうことは全然なかった。早い刷りでやっていた印刷所、なくなっちゃったんでしょうかねぇ。出版界の現実を、こんなところでも垣間見る。
で、今日のメイン報告者はFさん。さすが生物学専攻で、読み込みが細かい。だが、それだけではない。私が読みにくかった4章から6章は「わかりやすい」と。一方、けっこういい導入と思った1〜3章が、「ここらへんで本を閉じ、ついでにまぶたも閉じる」部分だったという。たしかにふにゃふにゃしてはいたが、別に気になるふにゃふにゃ感ではなかった。「がんばってわかりやすく書いてみました」という部分が、「よくわかんない文学的な表現」になったんだろうなという印象かな。それが妙な深遠さを生み出し、現代思想的にぴったりはまったんだろうなとか考えると楽しかったし。
にしても、編集者の介在がほとんど感じられない、この出版社らしい仕上がりではある。生物系の物言いに慣れていないNさんの作った「気になる表現」は、たしかにそう。たとえば「非特異的」って、いっつも苦労するもんね。これをなんの意識もせずに使うようになったら、立派な生物研究者。と、医者。
さらにわいわいと思いつきを言い合いながら食べる料理の美味しかったこと。絶対に、2週間前の下食い時より、出来がいい。シェフの気合いでこんなに料理が変わるのねー。同じ魚料理の焼き加減が絶妙になっていて、皮はパリパリサクサク、身はふんわり。私の前に座っていたSさんが肩をふるふるさせて「美味しい」と喜ぶ姿がかわいらしい。
不良T細胞のすくつ、というかT細胞のゆりかごである胸腺、つまりリドヴォーはクラシカルな料理法とシェフのスペシャリテと3人ずつ。私はスペシャリテ。軽くカレーパウダーをまぜたフリカッセ(だったような?)という感じらしい。カブとアスパラ、ベーコンなどと一緒になって出てきた器をあけると、ふわっとネギのいい香り。真剣に美味しかった。リンゴソースのソテーというクラシカルなのを選んだ向いのSさんと、3分の1くらい残したところで交換。クラシカルな方も美味しかったが、私はスペシャリテの方がさらに美味しいかな。と思ったら、スペシャリテを食べたSさんも「これ、美味しい」と感激した感じ。うまいよねぇ。
このころにはワインも赤になり、白白と来ていたから3本目か。
すっかり楽しくなりながら、今日の2冊目、本川達雄著『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)にうつる。こちらは多田本とはうってかわって、ストレート。率直。面白いから楽しんでもらえるように書くんだ、というのが素直に溢れてくる感じ。これも50刷を超えているとか。すごいわ。
「これを最後まで読み通した人はどれくらいいるんだろう」というWさん。私はたいていの人が読み通すんじゃないかなと思ったけれど、たしかに数式は生物の本というか、新書とは思えないほど多いから、そういう観点でひっかかるかも。
ただ、この著者は、えらい。「3/4−1=-1/4」という計算のステップも省略しないで説明していた。「いくらなんでも」と思って省略する1行の初歩的な計算で、たいていの読者は行方不明になります。
しかし、一方でlogやらが出てくるややこしい数式はすんなりスキップさせている感じ。無理はしない。読み飛ばし上等、というところかな。たいした苦労がなくわかるであろう小学校レベルの計算でできるところはちゃんと説明して、読者に満足感をもってもらうことも忘れないんだからたいしたもんだ。
二人の著者に共通している点は、つかみのうまさ。本川さんは第1章だけやたらと硬くて「あれ?」とは思うけど、それ以降はいいペースになっている。ベストセラー本のこういう共通点をみると、やっぱり書き出しはほんとに重要なんだなと実感する。
あれこれと話は広がりながら、デザートがまた濃厚で。美味しいけれど、甘いものはちょっとでいい私は、チョコレートのココットはエスプレッソダブルがあって、どうにか食べ切れた。
朝からほとんど食べていなかった私が、満腹になったわけで、やっぱりボリュームも満点どした。ほんとうに美味しい胸腺の夜。
04/07/15/thu
■音のするシフォンケーキ
朝から、細かい確認などをしてみる日。比較的のんびり。ほんとはのんびりしていてはいけないのだけど。あ、でもいろいろメールを書いていたんだ。いわば恩人に、「あなたのおかげです」みたいな主旨のメールを書くのは恥ずかしいもんだー。すっごい昔のことだし。でも、そこを一度書いておかないと、先に進めないもんで。
翌日の美味しい胸腺の集まりに向けて、『免疫の意味論』(多田富雄著、青土社→[bk1|amazon])を少し読み進めたり。4〜6章は、不慣れな人間にはどれがどれだかすぐにわからなくなる細かい免疫用語の海。それでも合間合間になんともいえない“文学表現”が差し挟まれていたから、息をつけた気がする。7章以降は、また楽になった。
夕方、【先週の初体験】でしてもらった作業に、コメント付けしたブツを持って、【東大先端研の某プロジェクト】へ。
でも、教室に入る前に寄り道。それは、【まきちゃん】が紹介していた、【piyoko】。ここのシャンプーを買ってみようというのだ。ついでに、「花まるマーケット」の年間おめざベスト5に入ったというシフォンケーキも。そういえば、このシャンプーって【かかりつけ美容院】でも扱っていたような気がしてきた。違ったかな。別のと間違えているか。
シャンプーと一緒に、洗濯洗剤も買ってしまい、さらに、切れたまま補充していないバルサミコが目の前にあってくらくら。味見させてくれたのだが、濃厚でしかもフルーティ。オレンジかなんかがつけ込んであるんだっけか。これ、ソーダで割ったら、それだけでけっこう美味しい夏向けドリンクになる。というくらいなので、かなり甘め。重くなりすぎるのと、甘いというので今回はやめておく。でも、せっかくなので「フォークを入れると音がする」という評判のシフォン2種類と、日持ちのするケーキ2種、さらにドライアップルなど買い込む。
喫茶店も兼ねている店なので、1杯アールグレイをいただいて、教室に向かうと5分前だった。帰りに拾ってもらえるように、後ろの机の上に、名前が見えるようにしてコメント付きの原稿用紙を並べて、あとは一緒に講義内容を拝聴する。あー、そういえば、最近は取材をあんまりしていないなー。取材、前にもまして怖いかも。「まんじゅうこわい」の意ではありません。取材はいつも怖い。もちろん原稿書くのも怖いけど。
講義が終わって、自分の原稿用紙を手にした学生さんから、「ここなんて読むんですか?」と質問。ご、ご、ごめんなさーい。久々の手書きだとダメだわ。
そいでもって、「先生」と呼ばれると「ひぇぇ」と思う。まぁ、1度でも講義しちゃうとそういう感じになるんだろうけど、慣れない。先に生まれはしたけど、どこをどう切ってもセンセイではないから。
あと、翻訳ソフトの相談なども受けたな。こういうのだと多少は情報提供できる。でも、考えたら情報提供をするっていうのは答えをそのまま教えちゃうことか。ま、最初はいいけど(別に学生さんじゃなくても一緒。聞かれれば最初は素直にすぐ答える)。次からは、自力で情報収集できるようになってもらうように伝えていかないといけないのだな。
この件に関しては、じつは、【竹中明夫さん】が事前にいろいろアドバイスをしてくれていて多謝。一段落つきましたです。
帰宅すると、すでに同居人が家にいて、ちょうどコーヒー豆をごりごり挽いていた。グッドタイミング。さっそくシフォンケーキをつついてみた。ほんとに「しゅわしゅわ〜」と音がする。そして、フォークで切りにくいほどにフワフワなシフォン。はむはむ。美味しい。
04/07/14/wed
■契約最終週
週に1度のおつとめで、調布へ。この日、同居人は休みを取っていたので、珍しく見送られて家を出た。自分でカギをかけないですむと、「カギかけたっけ?」「ガス止めたっけ?」といった不安感にさいなまれないで目的地に向かえて、とても気楽だった。
編集会議は、相変わらずさしたる話題もなく、けれど、考えたら契約更改をしないといけない時期なのに、そういう話がこれまでされていなかったため、会議のあと、一人ずつの面談に急遽なった。契約は7月20日までなんである。この話をしないで来週の会議になると、すでに契約終了後になってしまう。大慌て。
で、契約更改面談。なーんにも変わりません。そんなもんよね。
それでも、いろいろ役には立ったようで、感謝の意を伝えられ、少しほっとする。プロダクション・ワークだと、誰か一人くらいは〆切通りに進行しないとにっちもさっちもいかなくなる。振り返ると、大昔からそういう役目だったなぁ。これって、「カギかけたっけ?」と不安がる傾向が影響しているのかも。この場合は、「終わらなかったらどうしよう」不安感。というわけで、比較的早め早めに動く方なんである。小心者。いじいじ。
ああ、次の1年が始まるのか。この9月でエンカルタの仕事も丸2年。そろそろ収束させないといけないかなと思ってしまう私は、安定すると壊したくなるタイプってことだ。
面談後、編集統括にある評価にかかわる頼み事をしたら、なぜかとっても面白がられた。人によっては、こんなに楽しんでくれるのかと意外。ふつうは単に面倒がられるものなのに。まぁ、彼もめったになかった経験ということなんでしょう。でも、こういうのを頼みやすい人でよかった。
帰宅すると、同居人はもういなかった。ゼミのコンパがあるんだそうだ。本人は後ろ向きだったが、「横のネットワークを作らなければ、落ちこぼれそうになったとき、困る」とはっぱをかけておいたのが、功を奏したようだ。42歳のゼミコンパ。帰ってきてから様子を聞くと、教員2人+院生6人のこぢんまりとした、しかも平均年齢の高い、落ち着いたコンパだったようだ。どこもかしこも高齢化する日本ってか?!
04/07/13/tue
■腑抜け
まずい。腑抜けている。
ここのところ何をしていたかというと……。あれ、何していたんだろう。
先週の木曜日(8日)が初体験で、金曜日(9日)はあれこれ細かいことをしていて、日記書いたりしていたら、1日中ご飯を食べ損ない、夕方というか夜になって、お腹ぺこぺこになっていたような気がする。
6時とか7時になると、へんに食べると同居人がしばらくしたら帰ってきそうだなとか思い始めて、そのまま空腹を放置してしまった。結局、9時頃合流して、前に行ったら満席で入りそびれた神楽坂のスペイン料理店に行った。入れたのはいいけれど、空腹の反動で、食べ過ぎるほどに頼んでしまった。出されたご飯は残さず食べる。どっかの鉄の掟と似ている感じで、ついつい食べたら、やっぱり食べ過ぎ。げふ。
その後、前に行って気持ちの良かった「コルトレーン・タイム」に向かってみた。冷房がなくて、大小あわせて確認できただけでも5個の扇風機が回っていた。1杯だけひっかけたあたりで、お客さんが増えてきたので帰った。
土曜日(10日)は、参院選前の一瞬休める日だった同居人と、だらだーら。なんかの拍子で思い出した「じねんじょ」の薬膳カレーを久々に食べ、神保町をぶらぶら。いくつか高い辞書をチェック。やっぱり、生の書店はええわー。重いものはオンライン書店に限るけど。神保町に昼間来たらはずせない「TAKANO」でお茶。今日はヌワラエリヤにしてみた。しぶめ。同居人の選んだ、「ぽっくり」した味わいのダージリン・セカンドフラッシュとは大違い。でも、基本的にはヌワラエリヤが好き。
ちょっとプラプラして、久々に「一太郎」なぞを買い求めてみる(ATOKはずっとユーザーだが、一太郎を最後に買ったのは…。あ、OS/2warpバージョンのだ!笑 なんともはやver.2のころからのユーザーだったというのに)。そんなこんなをしていたら、ブランチをかねた薬膳カレーからわずか3時間程度で、小腹が空いてきた。で、ずっと行きそびれていたラーメン屋「さぶちゃん」に寄ってみる。知り合いがここの大ファン。いつも行列か休みでなかなか入れなかったが、今日はほとんど行列なしで入れた。……うう。残念。どうもあわなかった。しょっぱいチャーシューと甘いシナチク。麺とスープは懐かしい感じで嫌いじゃないけど、それほど魅力は感じなかった。ただ、ほんとに安いわ。
てれてれと帰ってくると、足がけっこう疲れていた。なので、横になって、マンガなぞ読んだり。そうこうしていると、お腹が減ってくるわけで、人間は悲しい。ユープケッチャになりたい。
近所にできたマンションの1階に入った料理屋さんに、チェックがてら入ってみる。基本はうなぎの店。でも、私はうなぎ嫌いなので、焼き魚定食。メニューをみると、一品ものもけっこうあって、良い感じ。薄味だし。ちょっとお高めではあるけれど、夜にこの値段でちゃんとした定食を食べられるのは嬉しい。入ってみてよかった。
翌日曜日(11日)は、参院選挙。この日のために、同居人の今年前半はかなり忙しかったらしい。おつとめご苦労様。あとはオリンピックだね♪ 出勤前に、一緒に投票所に向かう。近くのクリーニング屋さんに毛布をついでに出そうとして、後悔した。あづい。毛布を抱えて歩くのは拷問だ。
その後、小学校で投票。私は今まで一度も出口調査に会ったことはありません。みかけたこともない。出口調査の人に聞かれてみたい〜。答えないけど。私が出口調査員だったら、つい感想とか言っちゃいそう。「死に票ですね」とか。ズキュン。これ、私だ。自爆。
同居人とお昼というかブランチというかを食べて、いってらっさい。私は、昼間もう外に出ないでいいように食材を買い込み、家に戻った。冷蔵庫には、手を出してはいけない危険物しかありませんでした。たとえば、卵。何ヶ月前からここにいる? たとえば、豆腐。黄色っぽく見える気がする。たとえば、ローストビーフ。安かったので買ったのに、食べ損なったのよ。変色ちう。
そんなこんなの様子を見ているうちに、掃除がしたくなる。ついでに洗濯も。ここのところ外に出ると大量に汗をかくので、必然的に洗濯物の量が増えている。洗濯物をより分け、スイッチを押したら、台所でごそごそとゴミをまとめる。冷蔵庫の中の危険物も一緒に処分。そしたら、レンジ周りが汚いのが気になって、全部はずして、洗ってみたり。熱いお湯を使うと、油汚れもかなり簡単に落ちる。
ちょっときれいになると満足しちゃうのが、私の悪いところである。結局、ここで大満足してしまった。部屋全体は、きれいにならん。
木曜日の講義でやってもらった作業にコメント付けとかをしながら、ウダウダしていると、すぐ選挙速報。なんとなーく見ながら、つまらない思いをする。民主は躍進しただろうけど、自民はほとんど負けてないじゃん。実際は、自民より、少数政党や共産党の票を民主が持っていっただけでしょう。つまらん。
つまらんといいつつ、結局、最後の議席がどうなるかがなぜか気になって、宵っ張り。さすがにラス1で沈没したけど。
明けて、月曜日(12日)。同居人は帰ってこない。始末書ものの事態が起こったとかか? と思っていたら、11時ごろやっとご帰還。じつに23時間のおつとめご苦労様です。もろもろスムーズにいって、問題の少ない選挙だったようだ。
で、本来の腑抜けに戻る。細かい確認事項を済ませながら、やらなきゃいけないことを整理する。忘れていたメールを書いたり、もろもろ。としていたら、はっと大事なことを思い出した。あわてて、元いた会社で一緒だった人に連絡をとる。「明日どうですか?」と言ったら、「明日は厳しい」ということなので、「じゃ、これからは?」と結局、夕方、時間を作ってもらった。久々に会う、【現代人文社】の【成澤壽信さん】は、相変わらずひょうひょうとしながらも、前よりハリが出て、つやつやしている気がする。お元気そうでなにより、お世話になりますです。
一通り話が終わって、外に出て、同居人と連絡を取り合い、新宿の「コートロッジ」に向かった。こちらもひっさびさのスリランカ料理店。月曜日のせいか、店内はお客さんがまばら。ここのカレーはかわらんのう。もちろんテーブルには出ていないカッタサンボールという調味料ももらいます。チキンカレーをご飯にかけ、野菜カレーをご飯にかけ、パリプカレー(豆カレー)もかけたら、カッタサンボールをちょっとすくい取り、ポトン。あとは一心不乱にまぜまぜまぜ。あ、チャツネも。まぜまぜまぜ。マトンカレーもあるので、半分だけ残して、まぜまぜまぜ。で、食す。複雑な味と香りのハーモニーだー。
ここの大阪店のご飯はものすごく多かった。新宿店はそれほど盛りが多くなかったので、ふつうに頼んだら、けっこう盛りが多くなっていて、結果、やっぱり食べ過ぎ。スリランカのカレーは口当たりがよくて、するする食べられてしまうのもいけないのだけど。
そのままコテンと寝たくなるほど、食べました。はい。
今日、火曜日(13日)もわたわたと細かい確認作業と、原稿の手直しがメイン。関係者諸氏のレスポンスがとても早くて助かる腑抜け約1名。眠いったりゃありゃしない。
04/07/09/fri
■初体験
昨日、ついに経験してしまいました。38歳にして初体験。恥ずかしくって、ちゃんと顔も見られなかった……。初めてだとすごく緊張するー。でも、すごく良かったわ。
最後の「良かったわ」はウソです。初めてやったのは、「90分の講義」だったから。まじにつかれたよー。30人程度とはいえ、日々、授業や講演をしている人たちは別人種だと思えてきた。初めてだったからよけいに緊張したというのだろうけど、毎回同じお客さんならまだしも、そうじゃないとしたら毎回初めてみたいなものだし。
しかもお題は、「表記について」。この細々した、ルールがあるようでない、しかしやっぱりルールはある、ケースバイケースのことどもを、どうやってこれまでほとんどモノを書いたことのないお客さん相手に話せと? というのが、最初に話を受けたときの困惑。だいいち、ネイティブなら一通りの基本は学校教育で身に付いているはずであることも入ってくるわけで、「なに、当たり前のこと言ってんの?」と思われて当然。でも、「その“当たり前”を意識・自覚することが大事」なわけで、そこをピンとくるように、伝えないといけない。
今回、まだ楽だったのは、「表記について」が組み込まれるような講座であるわけで、お客さんはジャーナリスト志望の人が多かったことと、学生さん中心とはいえ、いわゆる高偏差値な方々だったのである程度の基礎リテラシーレベルは持っていたということ。その分、「当たり前」が増えちゃうけど(笑)。
それに、ここのところ飲み会が続いていて、じゅじゅじゅ準備がぁぁ。パワーポイントは使ったことないです。書画カメラも初めてです。ある程度の内容はずっと頭の中に出来ていたけれど、それを具体化するためには細々した教材が必要。ちょこちょこと溜めておいたものを整理して、家にある使える資料を探して…。ここは日々の仕事の中で、「あ、これ使えるかも」と集めておけたが、連ちゃんで飲んで帰ってきてたもんで、パワポは一切手つかずだったのが手痛い。
昨日は、朝6時に自動的に目が覚めた。見よう見まねで素っ気ないけれど、少なくとも見やすくはあろうパワポ資料をシコシコ作り始める。だんだん面白くなってきて、凝りそうになるけれど、それは時間を食うので、ひたすら素っ気なくとりあえず最後まで流して作ってみたら、9時頃に一通りでけた。あとはブラッシュアップを少しして、今度は渡すレジュメ作成。参考文献リストは前に作っておいたので、パワポと授業シート(これは土曜日に作っておいた)にあわせて、コピペして整えて、完了。どうにか昼過ぎにいちおう仕上がった。
もし、日本語教師の資格を取るときの「教授法」を受けて、実習をしていなかったら、何やっていいんだか困りまくっただろうなー。一方的にしゃべる講義スタイルでは学生さんの関心を引き続けにくいし、受け手によほど興味があったり、話し手が話術に長けていたり、緊急性が高かったり、なにがしかのそういう要素がなければ、やっぱりある程度は最近の教授法のメインとなっている「ファシリテーター」という役目が、講義をする側に求められる大事なことだろうから。
となると、授業の成否は、ほんとうのところ【やはり台本を作り込んで一言一句違わぬつもりの意識で演技ができるまで必死に練習するほかない(by 0x0aの鈴木さん)】のだ。特に初心者は。
……でも、そこまでの準備はできませんでした。ごめんちゃい。パフォーマンスに関しては、ほぼぶっつけ本番。受講料を払っている受講生に申し訳ないなーと思いつつ、なるべく受講生との掛け合いを盛り込んで、受講生自身が手や頭や口を動かす作業をしてもらおうとしたら、かなり駆け足になってしまった。それは、雑な内容ってことになるからなぁ。取りこぼしもいくつかしてしまったし…。だいいち、決めのセリフを言い忘れたのが、本人としては非常に悔しい。悔しいから、それだけここに書いちゃる。
「何かを書き、表現していくときに大事なことは2つ。1つは、“なにを書くか”。2つめが“どう書くか”。この“どう書くか”は文章表現のことだが、その文章表現を支えるのが、基本的な表記法だと思う」
言語には「制度」の面がついてまわる。言い方をかえれば、「制度」そのものでもある。別々の経験を背負った人々がやりとりしていくためには、共通とできる場がなければならない。その共通をつくるのが、文章というコミュニケーションの場合は、表記になると思う。受け手という他者の存在を意識できなければ、きっと気づけないことでもあるんじゃないかな。
さて、ここのところの睡眠不足をすっきり解消できたので、思いが千々に乱れる原因だった初体験も終わったことだし、細々したことをこなしていく日常に今日から戻りましょう。
04/07/07/wed
■あづすぎ
さすがにけっこう焼酎を飲んでいたからか、変な時間に何度か目が覚める。水分補給しとこ。今日の週1会議は、夕方からに移動。おかげで昼間にまとまった時間ができた。えいさ、ほいさ。
一通りの巡回をして、気になったことをメモしてみる。
charlie氏による【読む力:犯罪報道と三菱自動車】
「まずポイントになるのは、そもそもなぜ現在の犯罪に対して過去の犯罪履歴が併記されているのかということ」という指摘は、その後の「故無きことだと断ずるわけにはいかない」という部分も含めて、一度は立ち止まっておきたいな。参照されているリンク先も。
そいでもって、「社会問題を考えるスキル」かぁ。そうだなぁ。このスキルは大切だけど、けっこうな高等スキルのような気もする。続く、「簡単に言うと「私は私の子供になら厳しく接する」という話と「社会全体で子供に厳しく接するべきだ」という話がないまぜになっているのだ」が、私の場合なら、いわば“簡単に言うと「私は私の子供にならやさしく接する」という話と「社会全体で子供にやさしく接するべきだ」という話がないまぜになっているのだ”という部分があるし。私の子供はいないけど。
んでもって、飛んでいった先で、“勝P≠かっちゃん=カツヤ”だったはずなんだけど…。どっかで、変わったっけ? もう、かっちゃんは出てこなくなったなぁ、しみじみ。
憂鬱なプログラマによるオブジェクト指向日記の【白紙投票の価値は】
「白紙で投票することは無意味ではない」。はっ、ごもっともでございます。昔、白票を投票していたころは、「政治的無関心」の表明が大事とたしかに思っていた。今でもそう思う。棄権するくらいなら白票を、というのは変わらない。
じゃあ、なにが変わったのか。私の中での余裕である。白票を投じると、無効票となり、それはそれでカウントされるのはわかっていても、現実的に今回の選挙で組織票に利してしまうことへの焦りというか、違和感がぬぐいきれない。もちろん、全員が白票じゃないと無意味というのは勢い余りまくっての感覚なので、実際は、白票率が50%でも、20%でも、ものすごいことになるだろう。最近は何%くらいだっけ。一時期は気にしていたんだけど。
てなことで、あとは原稿を一通り仕上げて送信し、会議。といっても、ほとんどあまり議題はない。来期に向けての予算話と特別企画の反省点など。終わっているわけじゃないのに反省が漏れてきてしまうあたり、編集のピークは本格的に過ぎたのだと伺える。お金の割り振りは、ほんとやっかいやねー。あとは来期に重なる個人的な事情を少し根回ししてみたり。いちおう早めに相談くらいはしておかないと申し訳ない。
会議が2つ終わってからは、中締めというか編集作業の小打ち上げ。2日続けて飲んでいるなんて、めずらしいかも。15年前は、当然のように毎晩飲んでいたのだけどね。
おめでた報告もあった。私は産まなかったから、産む人たちに感謝。無事に出産までこぎつけてほしいな。
調布で飲んでいると、ふつうにお開きになった後が長いよぉ〜。帰ってきたら11時半すぎ。いくつか細かい仕事を片づけて、寝るのだ。
04/07/06/tue
■優先順位は難しい
朝8時半に起きて、あれこれ細かい雑事をすまし、洗面所にいったら洗濯機からは洗濯物があふれ出ていた。しゃーない。お洗濯、お洗濯。汗かく季節だからね。そうこうしていると、やっとこさスイッチが入り、〆切に向けて10分の1(以下)にするえいやっの端緒につく。が、時間切れ。夕方、「久方ぶりの一献」へ向けて、銀座に向かった。W先生とYさんと一緒にご飯@「七厘や・圓」。6時半からなのに、Yさんは延々と来ず。W先生と先に生ビールで喉を潤し、ざる豆腐や旬の野菜の焼き物など頼んでしまう。
W先生とはほんとにお久しぶり。お目にかかるのも3年ぶりくらい。一緒にご飯はもう7〜8年ぶりじゃないかな。いやー、嬉しいな。かんぱーいして、近況報告を少し。そうですかそうですか。私も年をとるわけだなぁ。
と、差しつ差されつの晩になるのかなというころになってYさん登場。30分間違いしていた上、5分の遅刻で、都合35分という中途半端さ。まぁ、それでもやいのやいのと一夜干しを焼いたり、地鶏(宮崎のなんとか・名古屋コーチン・比内地鶏の類似品)の食べ比べをしたり、もろもろ。ここはやっぱり楽しいな。炭火ですぐに焦げるので、ちゃんと見張っていないといけないけれど。
いろいろアクティブにやっていらっしゃるW先生に、あれこれ生意気なことを寄った勢いでトークしてしまったり。すみませんです。わかっていらっしゃることかとは思いますが、つい。シンクロしたいところとシンクロできないところがないまぜなんですよ。その気持ちは正直に伝えようかな、と。遅くまであーでもない、こーでもないとすみませんです。でも、あのプロセスはひどすぎだと思いますです、はい。イケシャーシャーと言ってしまう奴ですが、また中間地点あたりで、ぜひ。ちなみに最近、私が買った例の本は、以下の通りです。
店を出て、タクシーを拾われるW先生と別れ、銀座から帰ると、会社から久々に歩いて帰ってきたという同居人がくたっとしていた。この暑い中、ウォーキングで帰ってくるなんて、えらいというかなんというか……。おやすみなさい。
■入手本
パオロ・マッツァリーノ著『反社会学講座』イースト・プレス
→[bk1|amazon] 同居人が大学院に行くとき、真っ先にお勧めしたウェブサイトが本になった♪ 私、いぢわる? でもねー、やっぱりねー、そういう気がしたのよ。同居人はこの内容をプリントアウトして読んだので、私は本で読むの読むの読むの。サイトではてけとーにしか読んでなかったんだもん。
ラス・パースンズ著『理屈で攻める、男の料理術 食材と調理法の基本をきわめる』草思社
→[bk1|amazon] 料理と理屈とあらば、気にならないわけがありません。いただきました。多謝。某所の課題図書になりました。
多田富雄著『免疫の意味論』青土社
→[bk1|amazon] なんとなくこれまで読もう読もうと思って通り過ぎてしまったのでした。今度の免疫会食に向けて。私が手に入れたのはなんと2003年10月の44刷。ひぇぇぇ。売れているんだねぇ。でも印刷所が変わったからか印刷は悪化して、写植の貼り跡がくっきりのこっていたりして。その辺は8刷の方が上出来どした。
本川達雄著『歌う生物学 必修編(CD3枚付)』TBSブリタニカ
→[bk1|amazon] じつはこれも免疫関連で出てきた話題の図書。買おう買おうと思いつつ、スルーしていたのでした。歌はいいんだけど、本川先生の歌いっぷりはちょっと…。CDは誰かに歌ってもらってもよかったような気がしないでもない。
04/07/04/sun
■週末
起きたら10時。久々に同居人共々ぐっすり寝た気分。毎日、最低でも6時間は寝ているけれど、基本的には7時間半くらい寝たい方なもんで。
昨日は、日帰りで大阪に行く同居人が家を出た後、細かい作業を少しして、あとは比較的のんびり。〆切があるので、その内容を頭の中で組み立ててはいるのだが、まだ「えいやっ」がうまく来てくれなくて、端から見たらぼーっとしているだけのようだろう。
夕方、睡魔に襲われ、20分くらいソファで意識を失っていた。でも、その後、【植木不等式さん】と牛込柳町の「ル・デッサン」で下見ならぬ下食いの予定があるので、目は勝手に覚めてくれた。
植木さんの書くとおり、インターネットで拾った地図がワヤ。ただ、大久保通りの北側、原町という住所は頭にたたき込んでおいたので、たすかった。地下鉄から上がって、地図によると目印は金融機関。だが、その金融機関が近場に見あたらない。とすると、やっぱりこの地図は頼りにならなそうと判断するしかない。北側に渡り、大久保通りを地図の感じとは反対に飯田橋方面へ歩いたら、どんぴしゃり。あった。
久々のフレンチ。こじんまりとした店で心地よいのだけれど、植木さんを待っている間に、近くのテーブルからいろいろと関係する人々の名前が飛び出て、ドキドキしていた。別の席も似たような業種っぽいし…。御用達の店? そのへんがちょっと気になったり。
まぁ、それでも植木さん到着後、これがうまいだ、ああだこうだと言っているうちに、すっかりワインでよい気分。この値段でこの内容はなかなかお見事でしょう。最近は、フレンチもしっかりした量になって、魚と肉の両方があるコースにしたら、まーんぷくまんぷく。今朝になっても、背中が痛いくらいでした。
今日も今日とて、編集ツールを立ち上げると、追い込みに関わっている方々が奮闘している様子がわかって、心の中で応援する。あともうちょっとだー、がんばれー。仕方がないこととはいえ、ほとんど休みなしになってしまうのはどうにかしたいものだ。
私は、一足先に一段落ついているので、比較的のんびりと確認作業をしたり。お腹が減ってお昼を食べに出ると、選挙のポスター板があって、「この人たちのだれかに投票しないといけないのか」と暗い気持ちになる。まだ入れてもいいかなと思う人はどう考えても死に票。この前の衆院選の時に、初めて「死に票にならないように」というようなことを考えて投票したなぁ。こんな投票行動をするようになるとは、と自分でも驚いたもんだ。昔は何度か意思表示のために白票を投票したりしたけれど、それは全員が白票を投じない限り、意味がないとわかった。今回はどうしようか。絶対に入れない人たちだけは決まっているけれど…。
しかし、社民党は前回の保守党と似たような位置にいるんじゃなかろか。党首落選、解党という憂き目にこの選挙でなったりして…。
午後は、久々にビリー・ジョエルのCDなぞを聞いてみたり。コンサートにも3回は行ったぞ。中学高校時代にいちばん好きなミュージシャンだったなぁ。でも、今日、スーパーで聞いたビリー・ジョエルの曲が入ったCDはなかった。捨ててしまった別のテープにあったようだ。残念。曲のタイトルが思い出せないっ。くやしー。曲のタイトルになっている部分のフレーズだけ出てこない。
夕飯は久々にトプカ。最近、辛いカレーライスを食べていなかったので、鼻水が出てきた。てくてくと歩いていって、歩いて帰ってきたら、カプサイシンとあいまって汗びっしょり。
04/07/02/fri
■後半スタート
今年は閏年というのもあり、7月2日の今日が、後半スタートなんだそうだ。残り183日。
それにしても、今年は前半がキツかった。1月は某案件と代理執筆でわしゃわしゃし、2月以降はメインの編集作業にどっぷり。やってもやっても終わらないとはこのことかと痛感した。が、それでも「終わらない仕事はない」という言葉にすがっていたら、どうにか終わるもんなのだ。だいたい終わった。後は問い合わせ回答要員として7月を過ごす。もちろん、別の〆切はいくつか抱えつつ……。ありがたいことです。
なんだか、たまたまこのサイトを3年前の6月終わりに開いたことと、いまやっている仕事が7月決算なので、ここのところ1年のケリが7月頃にやってきている。さて、これからどうしようか。当面は、残務処理がメインではあるけれど、いくつか来年用の仕込みもしないといけない。月刊誌をやっていると月の感覚が狂うけれど、年刊の仕事をしていると年の感覚が狂う。今は2004年? でもこれまで作ってきて、いま最後の追い込みになっていて、今年の秋に出るのは2005年版。でもってこれから仕込むのは2006年版。出るのは2005年。私はいったいいくつなの〜。
まずは、片づいていない〆切に向けて、えいやっと心を決めて原稿書きだな。書評1本、インタビューもの1本、あとなぜか引き受けることになったとある講義の準備。初めてなんでドキドキしちゃる。
その前に、読まないといけない本が1冊。免疫関係。これは趣味と実益をかねた集まりのための準備。読まないとと思ってずっときてしまった本なので、いい機会になってくれてとてもラッキー。
7月も前半はなんやかやとあるなー。でも、メインの仕事のケリがつきつつあって、その重石がとれた分、だいぶ楽だ。今度こそ、仕事もゆるゆるしたスケジュールにするぞ。じゃないとやってられん。
腑抜け気味なのか、夜、ひどい頭痛に襲われて困ってしまった。せっかく後半のスタートなのに。空腹がいけなかったのかな。片頭痛は空腹が誘因になるらしい。ほっとしたときに出るタイプの片頭痛持ちだし、気をつかないと。幸い、頭痛薬を飲んで横になり安静にしていたら、わりあい素直に痛みはやわらいでくれた。ほっ。
先月のてくてく→2004年6月