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2004年09月のてくてく

04/09/30/thu

■合格しました

 同居人の人間ドックにつきあって、若干の早起き。そしたら、今月末の目標体重であった「5*.0」を達成。ただし起床後1時間くらい経ってからだけど。えらい、自分。でもお尻と太股のようにお腹は減ってくれない。お尻と太股が一段落したら、次に減るのは腹じゃなくて胸らしい。同居人からも「胸が小振りになった気がする」という指摘があった。そっか、そういう順序なのか。この前見た映画『デブラ・ウィンガーを探して』によると、ウーピー・ゴールドバーグは「自分の尻にストーカーされる」んだそうだ。40歳過ぎて、お尻が巨大化するのを嘆いていた。私の場合は自分の腹にストーカーされている。ちなみに、ゴールドバーグの胸は「落ちる」と脅しているとのこと。まったくもって同感です。

 定例作業をして、ニュースチェックをしていたら、ものすごいニュースに遭遇。【2156年五輪の100m最速は女性? 英科学者予測(09/30 02:54/asahi.com)】。この内容、もしスティーブン・ジェイ・グールドが生きていたら、確実に一笑に付されること請け合い。いや、怒り心頭に発するか。『ネイチャー』に載るっていうけど、今日はエイプリルフールでもないよね。なんだろう? 第一、記事にあるグラフを見て明らかなように、ここのモデルは線形。このモデルだと、いずれは100mを0秒で移動できちゃうよ。肉体量子テレポーテーションですか? このグラフは朝日オリジナル? それともネイチャーに載る記事にあったものを書き直したの? こういうモデルにのっけていること自体、ものすごく変でしょうに。

 2番目の問題。これはグールドが『フルハウス』(ハヤカワ文庫→[bk1amazon])で指摘していたことを援用すると、「女性の100m走というスポーツが未成熟だということ」を意味するだけで、このままのスピードで記録が更新されるわけではない。過去100年で女子はたしかに記録を大きく伸ばしただろう。だけど男子は100年前以前にもこうした記録を作っている。古代オリンピックに登場していたのは男子ばかりだったではないか(そこに同じ100m走があるというわけじゃないけど)。今の大リーグに4割打者がいないのは、それだけ野球というスポーツが成熟し、平均的なところに選手の力が厚く集まっていることを意味しているとグールドはいう(たぶん)。『フルハウス』で取り上げられているのは女子マラソンだけど、その記録の傾斜が急なことを指して今回のネイチャー記事のようなことをいう人々をたしなめている。

 この記事、大元を見るとまた全然違うものなんでしょうか。むー。なんか私が間違っているor勘違いをしているのかなぁ。

 というような記事を見ているうちに10時になった。じつは受けていた大学院の合格発表(ウェブ)の時間。ぜーったいに無理だろうと思っていたので、おそるおそる自分と関係ないところの表示から見てみたりして(←極めて意味がない)、ウロウロした後、諦めて自分の番号のところをクリックした。けっこうな数があるので、一瞬では見あたらない。やっぱだめかーと半ば不合格を受け入れつつ、周辺の番号に近づいたら、あれれ。ある。何度見直しても手元の受験票にある番号だと思える数字があった。もしかして1次の発表を見ているんじゃないかと、その辺を確認してみる。いちおう2次と書いてある。

 手が震えてきました。来年の4月から法科大学院の学生になっていいというお許しをいただきました。信じられないけど。これからある国公立はいちおう受験する予定ですが、十中八九、早稲田のロースクールに行くことになりました。

 まさに、四十の手習い。
 受からないだろうと思って受けていた気楽さから一転、ものすごいプレッシャーと不安に押しつぶされそうな感じになっている。勉強したいなという気持ちはずっとあったものの、当たり前だけど卒業(も難しいけど)の後にある司法試験も背負うわけで、かなりしんどい。社会人向けのカリキュラムのところではないから、仕事もほとんどできないと言われているし……。収入面を考えると、短期アルバイト的な方向性はなんとか探りたいものだ。

 そういう個人の事情による不安よりも、「私が行ってほんとうにいいの?」という怖さも正直なところ、ある。緩和されたとはいえ、指定席の数が少ないところ。責任が重いなと思う。さらに、推薦状を書いてくれた人や協力・応援してくれた同居人や上司、知り合いたちの期待を裏切ってはいけないというプレッシャーも大きい。贅沢な悩みだとわかってはいるけれど。
 ものすごいドキドキしているけれど、勉強する機会を与えてくれたことに感謝し、私ができるフィードバックをなにがしかの形でしていきたいと思った。
 あと半年、基礎的なことだけでも少しは勉強しないといけない。もちろん仕事の手当も考えないと。当面、バタバタする日々になりそうだ。

 その後、今日はお世話になった某社のSさんが退社するというのでちょっと張り込んだランチで慰労。合格確認後、初めて会う人なので一緒にお祝いの乾杯をしてもらう。いろいろお疲れさまでした。Sさんのこれからにも乾杯。
 人間ドックから帰ってきた同居人と日常品の買い出しを一緒にして、帰宅。ふだん以上に、あれやこれやと時間が過ぎていった1日だった。夜は同居人がお祝いをしてくれた。こりゃ、明日の計測は壊滅的な値になるな。



04/09/29/wed

■変更に継ぐ変更

 8時半に起きて、体重を計って(変わらず)、お湯を沸かしてみたりする。朝ご飯をどうするかは、いまだに悩む。同居人は食べたり食べなかったりだから。私は基本的に在宅なのでブランチでかまわない。ちゃんと毎朝、食べるようにした方がいいんだろうな。この間の【『ためしてガッテン』糖尿病! 日本人のための新常識】で、血糖値を下げる方法として「起きたらなるべく早く朝食を食べる」というのがあった。これはなかなか意外な方法で、朝目覚めても、それだけでは膵臓は起きないので、何も食べていないにもかかわらず徐々に血糖値が上がる。何かを食べることで膵臓も起きるし、勝手に上がってしまうその分をさっさと朝ご飯にすることで防ぎ、血糖値が一番上がるポイントもその分低く抑えられるというものだった。
 今のところ糖尿病ではないけれど、家族因子を見ると注意をしておいた方がいいのはたしかだし(同居人のこと)。

 そういえば、リンクを張った懐かしい【森祐治くん】からメールをもらった。嬉しいものである。お元気そうで何より。時差はあるけど同じところに関わっていたのだったね。私は現在進行形。その進行形の仕事で調布へ。さすがに今日は傘を持って出た。先週、ずっと世界中のスタッフが集まる会議があったので、今日は出張帰り組からその報告会。いろいろ大きな路線変更が(また)あって、えらく驚く。謝らないといけない〜。でも、傷が浅いうちでよかった。次の版に向けて私ができるのは手当作業がメインになりそう。一部の人たちはやたら大変そうなことが降りかかってくるわけで、非常なアンバランスに申し訳ない気分。でも、少しのんびりさせてもらうことしますです。

 車で移動していたスタッフに駅まで送ってもらい、帰宅。雨がそれほどひどいタイミングじゃなくてよかった。お腹が減ったなぁと思いつつ、そばを茹でるのも面倒で雑用をあれこれ。そうこうしているうちに同居人のカエルコールがあり、明日の人間ドックに備えて早めの夕食をお外で。9時以降は食べられない人なのだ。しっかり食べないとあまりに空腹になるということで、彼はステーキなんぞを食べている。パンもたくさんお代わりして、ダイエットどこ吹く風。私も2口ほどおこぼれに預かったりしたので、文句はありません。
 お腹が減るだけの夜はごろっとしながらビデオ鑑賞。今晩は『キル・ビル』だった。タランティーノだし痛いよねぇと防御態勢で見る。『マトリックス』の影響か、あまり生々しくない映像で、比較的痛くなかった。同じタランティーノだったら、『レザボア・ドッグス』の方が痛かったと思う。でももちろん大きなスクリーンでは見たくない。それはいや。で、『キル・ビル』はというと……。誰かも公開時に書いていたような気がするけど、ユマ・サーマンやルーシー・リューの日本語にもお願いですから字幕つけてください。何言っているんだかわからないところが多々あります。あとはねー。なんだろう。いろいろ脱力笑いはさせてもらえたけど、かったるいかな。「えーと、いま何人殺した?」「まだ2人」「じゃ、これから3人殺すの?」「あと何時間かかるんじゃ」というところで、とりあえずエンディングが始まりほっとした。続編はたぶん見ません。痛いのキライだし。



04/09/28/tue

■40代

 いちおう朝は8時過ぎに起きる。同居人の休暇群が終わり、一定の生活リズムが戻ってきた。私の仕事も徐々に前のペースに戻りつつある。だらけた夏から、ちゃんと復帰できるといいのだけど。……考えたら、今年の夏頃のようにメインがヒマな時期はほかの仕事もやってこないもんだな。忙しくなるとやってくる。毎度のこととはいえ、平準化してくれればどれだけ楽か。

 定例作業とウェブ巡回などを済ませてから、10月配信の細かい作業の残りをせっせと。休み前にだいぶ進めておいたので、それほど数はない。あっさりお昼頃に終了する。それからその次の月用の下準備。登録したり、写真の様子を確認したり。
 と、珍しく家の電話がなった。最近、家の電話がなるのは、同居人のカエルコール以外9割方セールスだよなぁ。いやになるかも。今日はカード会社からの保険の案内だった。いらんちゅうに。昨日はマンションセールスだった。かといって携帯電話はもっと嫌いな私。あれでしゃべるとものすごいストレスになる。

 昨日「いずれ」と書いた『デブラ・ウィンガーを探して』について、忘れないうちにメモしておこう。
 この映画は、ハリウッドと呼ばれる異世界で生きる女優達35人のインタビューをまとめたもの。自身も女優である監督のロザンナ・アークエットが抱える「家庭と仕事の両立」という問題をベースに、いろいろな、しかし同じ境遇の当事者たちに聞いて回ったものだ。タイトルは、デブラ・ウィンガーが「引退する」と言ったことから、アークエットのこのドキュメンタリーが始まっていることによっているようだ。
 登場する35人は、日本でハリウッド映画にそれほど興味もなく過ごしていると、ぱっとわからない人も少しはいる。だけど、大半がかなりのビッグネームだ。たとえば、メグ・ライアン、シャロン・ストーン、ウーピー・ゴールドバーグ、シャルロット・ランプリング、ジェーン・フォンダ、そしてデブラ・ウィンガーなどなど。

 こんな有名女優達がみな「仕事と家庭の両立」に悩んでいる。さらには年齢を重ねるにつれ、向き合わされる「若くはない」という現実。特にアメリカの女優達は、シワや体型の変化など容姿の衰えが、そのキャリアにとってきつくなるらしい。ハリウッドで要求されるのは「若さ」が圧倒的のように伝わってくる。
 それでも、50代後半になればまた変わってくる。映画には“年寄り”も必要だから。でも、そこにいたるまでの十数年間は彼女らにとってとても厳しい時間でもある。つまり「40代であることの難しさ」こそこの映画のいちばんの中心だった。

 20代前半で出産をする女優は多くない。実際は30代中頃になりがち。そうすると子どもが学校に上がって、家庭内ではすまない対応が必要になってくる時期も、ちょうど40代になる。もちろんそれまでの乳児のころだってたいへんだ。ロケは必ずしも自宅から通えるわけではない。長期間海外に行かなければならないこともある。赤ん坊を連れて行きにくいところのことだってある。それでもまだ就学前は可能な限り連れて行くという選択もとれないわけではない。
 移動しにくくなる40代には、さらに仕事の内容での葛藤が起こりやすい。納得できる役柄、出演したいと思う役柄が、ない。がむしゃらにやってきた人も、賞味期限をつきつけられる。作られる作品に同世代の大人の女性に向けた作品は少なく、ほとんどは20歳前後の若い子ら向けの内容。そんななかで女優という仕事をどうやって続けていくのか。なぜ続けていくのか。

 女優達が役ではなく個人として語る映像は、とても興味深かった。ふだんみられる個人はせいぜいが映画公開時のインタビュー程度。そうではなく総体としての個人が向き合っていること、感じていることが全編にあふれている。
 女性にとって、女優に限らず40代は難しいものかもしれない。39歳とはいえ40代の周辺にいる者として、それはすでに少し感じている。幸か不幸か子どもはいないので、自分自身の身の振り方がメインではあるけれど。更年期も向かえるわけだから、第二の思春期みたいなものか?(笑) 勢いでやってこれた30代とは違いそう。でも、ありがたいことに20代にも30代にもなかったものも40代にはもれなくついてくる。この映画を見終わって、自分がどんな40代になるか少し楽しみにもなった。

 映画を見ながらずっと思っていたことは、ちゃんと作り手側も自覚していた。ここに登場する女優達はなんだかんだ言っても成功者である。最後に「私たちは恵まれている」という言葉があったので、とても落ち着けた。自分勝手な不平不満を言っているわけではないのだから。「恵まれている」人であろうとなかろうと、難しさや厳しさ、苦しさは同じように訴えていってほしい。

 夜は、帰ってきた同居人と大きなウサギになって野菜をバリバリ食べてから、レンタルビデオ消化モードに入る。ジム・キャリーの『ブルース・オールマイティ』。く、くだらん……。途中何度か笑ったけれど、いわゆるオバカともちょっと違う。見ていると脱力してくる感じかな。いろんな映画や逸話、ちょっとした小道具が散りばめられていて、お腹一杯にもなれる。が、途中で眠たくなりますた。いかにもジム・キャリーらしい演技だし内容なんだけど、食傷しているなすでに、わし。神様役のモーガン・フリーマンとジム・キャリーを見る映画なんでしょう。



04/09/27/mon

■におい

 涼しくなったからか、ばっちり秋眠暁を覚えず状態。暁どころではなく、上の方にあるお日様も覚えません。昨日も夜早めに寝たのに、8時前に起きたら、午前中から眠くて眠くて。一通りの定例作業を済ませて、ため込んでいた洗濯を始めるころにはガマンができないくらい眠くなっていた。お腹も減っていたが、それより眠い方が勝ったくらい。昼日中に追加睡眠してしまいました。心当たりはあるが、やっぱり疲れているらしい。

 起きあがってくると、洗濯が終わっていた。そりゃそうだ。でも、懸案だった草津の硫黄臭がとれていなーい。悲しい。もう一度、洗濯機を回してみる。洗剤を多めに投入。しかし、洗い終わってもまだほのかな硫黄臭が……。強烈だったんだな。考えたら、現地では気にならなかった自分の硫黄臭が、上野に着いたとたん、ものすごく強烈に思えたからなぁ。とりあえず乾燥機で半乾きにしてから、干す。洗濯物に顔を近づけると、ほんのり硫黄ちゃん。涙。乾いたら、もう一度洗った方がいいのかな。とりあえず2つに分けた洗濯物のうち、残り半分も終わらせる。

 においはほんとうに不思議だ。記憶との結びつきが強いと思う。においを司っているのは、脳の中でわりと原始的な部分だったっけか。草津で入った温泉でも、ちょっとした木のにおいとかに反応して、昔のことを思い出したりしていた。木のにおいは、よく舞台関係のこととつながるかも。山台のにおいや高校や大学の舞台上のにおいが、私にはインプットされているらしい。硫黄のにおいは、草津の記憶が勝つのだろうか? それとも和歌山の温泉? もしくは箱根? なんかこの洗濯の記憶が勝つような気がしてならない。洗面台と洗濯機がぼわっと思い出されそう。

 人のにおいもそれぞれで面白いかも。いい大人でも赤ちゃんのにおいと似ているなと感じることがあったり、整髪料らしきもののにおいが完璧にその人全部をカバーしていたり。好きな人のにおいは基本的に落ち着くかな(ただし、つきあい始めは逆に落ち着かなくさせられる。それが嬉しくもあるのだが)。というより、好きで一緒にいるうちに、そのにおいを安心するにおいとして学習するのか。あと安心するにおいになるっていうのもあるかも。人の汗は緊張しているときに出る汗とそうじゃないときでは成分が違うはずだから。
 私はどういうにおいなんだろうか。こればっかりは自分じゃわからない。

 そうこうしているうちに、お腹が減ったので、おそばを茹でて食べる。前みたいに一袋全部を一気には茹でなくなった。意味はないが、褒めて使わそう。あとはそば湯を飲んで温まる。
 そういえば、今朝、1の位が9月末の目標体重にしていたところにきた。「5*.8」だけどね。今月末の目標は「5*.0」。中旬の停滞で「無理なのかなー」と思っていたけれど、ちょっと光が差してきた。まぁでも、あと数日なので無理はしないようにしましょう。朝起きたときにこの1の位を維持できていればよしとするか。あ、でも同居人は末に人間ドックがあるのか。ちなみに今は私の方が勝っている(=少ない)。えっへん、ってふつうのことですね。……へんに特殊なことをすると、せっかくの検査で身体の実態がわからないということで平常通りにしてもらおう。

 同居人の帰宅にあわせてスーパーに買い出しし、ウサギ路線の夕飯。ただしてんこ盛り。生野菜はアゴが疲れて食べ続けられなくなるのが吉、かも。夜になってもやっぱり眠い。ここのところなにがしかレンタルビデオがある家になっているので、『天国への百マイル』という浅田次郎の小説を映画化したビデオを見る。小説は浅田らしい技巧派だったとのことことだが、映画は途中でイヤになる。監督と脚本と演出がよくないのだろうか。出演者のレベルもてんでんばらばらで、見ていると疲れた。義務感のみで最後まで見通したのみ。ファンタジーにしたいなら、きっちりそう作ればいいのに。

 先週見た『デブラ・ウィンガーを探して』はよかったなぁ。それについてはまたいずれ。


■入手本

原田正治著・前川ヨウ構成『弟を殺した彼と、僕。』ポプラ社
→[bk1amazon] 著者略歴を紹介すると「<原田>1947年愛知県生まれ。1983年に起きた「半田保険金殺人事件」の被害者の遺族。現在、犯罪被害者の救済支援および、確定死刑囚との面会の自由を主張し、講演活動などを行う」とある。先日の森達也氏の講義で紹介され、翌日購入して、その翌日に読んだ。でもわさわさしていて、書けなかった。集中できない、とても劣悪な環境で読んだのだが、それでも引き込まれてしまうほどの内容だった。私がどうこういうのがおこがましく思えてならない本だ。
 死刑廃止を訴える人たちに浴びせる「被害者の遺族の気持ちをどう思っているんだ」という言葉は、その言葉を発する人の無責任のあらわれなのかもしれない。もちろんそうじゃないケースもあるだろう。だが、圧倒的に多くの人が、自分の問題ではないままに、便利な印籠のように「被害者」を持ち出す。それは、わかりやすい被害者像に被害者を押し込めてしまいかねない。加害者を「長谷川君」と呼び捨てにしない著者も、ステロタイプの被害者像を押しつけられることに苦しんでいた。他人の辛さはなんであれ理解できない。ただ、そこに辛さがあるということだけは理解したい。
 自明と受け止められるだろうが、もし改めて言っておいた方がいいのであれば、私は死刑廃止に賛成していると明らかにしておく。さんざ議論されている問題でもあり、理由はいくつもある。ただし刑そのものよりも、まずは刑務所をどうにかしないといけないという気が、最近は強くしている。やはりいろいろな背景が個々の刑にはある。罪と社会に対して向き合う場所にいまの刑務所はなっているとはとうてい思えない。しかし、刑務所をどうにかするためには、その前に被害者支援が重要になる。被害者をないがしろにしたままの刑務所改善は受け入れられない。被害者の多様な傷と思いを受け止められる環境ができてからでないと、刑務所や死刑の問題はきっと冷静に話せないのではないかと思っている。だが、いずれは刑務所のありようを変えていかないと、巡り巡って被害者の思いも取り残されてしまうように感じる。そんなことを改めて思った。

E・T・ベル著『数学は科学の女王にして奴隷 1』ハヤカワ文庫NF《数理を愉しむ》シリーズ
→[bk1amazon] ご存じ『数学をつくった人びと』のベル著作第2弾。このタイトル、ほんとにいいところをついているなと思う。いただきました。ありがとうございます。



04/09/26/sun

■穴埋め・その2

 引き続き穴埋め。日曜日だというのに、この日もわりと朝早くにおでかけ。渋谷に出かけて用件を済ます。お昼前に終わったので、同居人を呼び出し、飯田橋で合流した。お目当ては神楽坂のKADO。ここで今度はランチをしてみたいな、と。考えたら、朝からなーんにも食べていないし、水分も取っていなかったので、はらへりへりはら。朝食はまだしも、水分をちゃんと補充していなかったのは身体に悪いったらありゃしない。多少涼しくなっているとはいっても、大半が水でできているんだもんね。

 KADOは日曜日もランチに定食があるのはうれしい。1000円だけどね。小鉢2つにお豆腐と豚肉のあっさり煮、おみそ汁、ご飯、デザートの一口杏仁豆腐。決して量は多くないけれど、ゆっくり食べると大満足だった。
 しとしと雨の中を自宅へ向かう途中、出来上がった新築マンションの棟内モデルルームを冷やかしてみる。残り2戸だって。ほんとか。「余っていて安くなったら買ってあげてもよろしくてよ」という気分だけ高飛車だったので、ちょっと意外。まぁ予算的にはちょいとオーバーだし、便利は便利だけどロケーションがいまいちなのもあるから、金額交渉も腰がひけちゃっているし、しかたないか。まぁまぁの物件であることはわかっているんだけど。案内してくれたお兄ちゃんが1年だけ関西の大学に通っていて、同居人の後輩だったらしい。こっちではあんまり同窓生に会わないらしいので、珍しい出会いだったのに活かせませんでした。

 しかし悩むなー。あと1年半で引っ越ししないといけないからなー。どうしようか。買うか、借りるか。真ん中へんでそこそこの広さかつ新しめの物件を借りると、高いんだよね。かといって大借金を抱え込むのも性に合わないし。ローン組んで、本来の1.5倍も返すのはばからしいのじゃ。どっかからお金が降ってこないかな。

 家に戻ってからは、おねむ。というわけで、同居人のキーボード音を子守歌に夕寝をしばし。起きて一段落してみるともうお腹が減る人間の業。今日はちゃんとウサエサの日にしようと、スーパーへ出かけて、がさがさ野菜中心に買い込む。ブロッコリーとアスパラを茹でて、トマトとピーマンを切って、出来合の野菜サラダと総菜と、がんもどきとさつまいもというよくわからない食事になった。野菜ばっかりだけど、量はたくさん。ごちそうさまでした。



04/09/25/sat

■穴埋め・その1

 気分次第のことではあるが、穴埋めをしてみる。というわけで書いているのは27日月曜日。

 朝、けっこう早起きをして、9時前にとことこと目黒方面へおでかけ。この辺は不慣れである。出先でがりがりと作業をして、コンビニ・サンドイッチでお昼ご飯。さらに少し時間をつぶしてから、もう1件の案件を済ます。待ち時間の間は、引き続き『フルハウス 生命の全容 四割打者の絶滅と進化の逆説』(S.J.グールド著、ハヤカワ文庫→[bk1amazon])をめくる。考えたら、イチローが大リーグの最多安打記録更新に迫っているわけで、そんなときにこの本はとてもタイムリーだったかも。ちなみに、最多安打でも4割ではないんだよね?

 案件後は、おうちに直行。それにしてもいろいろと自分の年齢を感じた日だった。そっちの新鮮さに目先が奪われてしまった。休みの同居人はシャワー中だったらしく、電話をしても出ない。とりあえずはまっすぐ帰宅後、荷物を降ろして、着替えて休む。などといっているうちにお腹が減ってくるわけで、人間は悲しいのぅ。ええーい、と八重洲のダバ・インディアに向かう。行き帰りとも徒歩だい。途中、思い出して丸の内にオープンしたオアゾを探してみる。行きゃわかると踏んでいたが、遠目にはわからん。エリアを概観した案内板で確認していったら、旧丸の内ホテルのところなのかとわかった。
 まずはやっぱり丸善へ。日本最大級の売り場面積らしいけど、なぜかゴミゴミしていた。単にオープンしてからまだ間がないから? でも丸ビルのオープンのときとは比べものにならないくらい、1階の様子はゆったりしていた。やっぱり作りのせいじゃないかな。本棚と本棚の距離が狭めなのと、動線がとにかくよくない感じ。途中に大きなレジやエスカレーターや吹き抜けがあって、店内の空間がやけに分断されているような印象。本をなんとなく眺めて回るのには向いていない作りだと思う。大阪・梅田にあるジュンク堂の広々&整然とした空間を身体が覚えている分、厳しい評価になってしまうかもしれん。

 吹き抜けを上り下りするエスカレーターは高所恐怖症にはつらい代物だったね。私はまだしも同居人は硬直していた。

 ついでに5階のレストラン街へ。親戚がアルバイトをしているというので、覗きに行ったのだ。開店前から行列していて、こりゃ下手に我々が目にとまると迷惑だろうなと、店を確認するだけで出てきた。Kちゃんお疲れさま!

 ダバインディアは、サンバルとラッサムがいつになく濃い塩味で、舌がしびれた。こんなことなかったのになぁ。ふだんはお代わり自由なサンバルとラッサムを2杯は頼むのだけど、最初の1杯すら残してしまった。でも初めて食べたオニオンドーサがとても美味だった。ショウガのチャツネは初体験! こんなのあるんだと感激した。
 インド料理の難点は、塩加減が安定しないところかな。これはどの店でも感じる。よく行っていた店だと、シェフがインドに里帰りして戻ってくると変わってしまうことが多かった気がする。こっちの体調のせいだろうか? でも同居人も同じように反応していたしなぁ。まぁ、我々が塩を少なめにしているのもあるから、敏感になっているのかもしれない。

 またとぼとぼと歩いて帰ってきたら、さすがに疲れた。お風呂に入ってばたんきゅ。



04/09/24/fri

■ただいま

 昨日まで、3泊4日で遅めの夏休みをとり、草津でちゃぷんと温泉に浸かっていました。初草津。同居人の学校や私の仕事の関係で、この時期しか休めないというのはわかっていたものの、気力がなくて遠出はできなかった。結果、とーっても有名なのにまだ行ったことのない温泉というわけで草津にしてみた。お宿は【草津ホテル】。たしかに宿中に片岡鶴太郎の絵だの書だのがかかってた。それは別になくてもよいのでわ…。

 ほんとは「ての字屋」とか「つつじ亭」とかがいいんでしょうけど、直前の予約だったのと、さすがに3泊となるとちょいと敷居(正確には値段)が高すぎて。草津ホテルは、気軽な足湯コーナーがあったのと、いつでもセルフサービスで飲めるコーヒーサービスがあったのがよいポイント。コーヒーがないと生きていけない同居人は温泉場でいっつも禁断症状になっていた。いちいち豆のカットからしてくれて、エスプレッソも選べるサーバーだったので非常によかったようだ。

 何をするでもなく、お風呂に入って、ご飯を食べて、湯あたりして、本を読んで、寝る生活。1冊目は、同居人が読み終わった『教養としての<まんが・アニメ>』(大塚英志・ササキバラゴウ著、現代新書→[bk1amazon])。10人に絞った漫画家やアニメ作家について個別の論考がありつつ、全体もゆるやかに繋がっている構成で、それほどこゆいまんが読みではない私は大いに勉強になった。特に吾妻ひでおのところは全然知らないことばかりで、驚きまくり。少年マンガは読まないできたし、少女マンガでも王道は避けてきたきらいがあるので、改めていろいろ読んでみたいなと思わせられた。萩尾望都なんて、そう言い続けてもう10年くらい経っているけど。

 次は、S先生ご推奨の『物語古代ギリシア人の歴史』(周藤芳幸著、光文社新書→[bk1amazon])。7章立ての本書は、それぞれの章が「イントロダクション」「物語」「解説」の3つの要素で組み立てられている。イントロはほんとに簡単な時代背景や場面設定が短く書かれ、その後の「物語」を読む手助け的位置づけ。この「物語」には主人公がいて、いわば小説のようなストーリー仕立てになっている。とはいえ、ギリシャ史が専門の著者。最新の史料に基づいた話を作り、そこへ自身の考えや想像を加味したものなので、すでに広まっている教科書的事柄をつなぎ合わせたおはなしというわけではない。その辺のことは「解説」でもフォローされている。
 研究者てずからこういう手法をとることが新鮮だし、とても魅力的だ。7つの話はどれも面白かったが、個人的に読んでいるロケーションと相まって気に入ったのが第1章。ロドス島出身の主人公がエジプトの傭兵として各地に赴き、ケガをして帰ってくるというストーリーなのだが、途中途中でどうやら神殿とかの石に名前を刻み込んでいるのだ。草津の奈良屋旅館のお風呂にあった「園子」というイタズラ書きが妙にシンクロしてしまう。迷惑なイタズラ書きだけど、古代ギリシャ時代とかのイタズラ書きだと、その当時の様子を知る手がかりとして二千数百年後の人には有用になっているって、なんかしみじみ。

 朝寝・散歩・昼寝・入浴・夜寝の合間にゆるゆると読んでいるので、あまり量は進まなかった。最後に手を出したのは、『ワンダフル・ライフ』に続いてのグールド、『フルハウス 生命の全容 四割打者の絶滅と進化の逆説』(S.J.グールド著、ハヤカワ文庫→[bk1amazon])。何気なく持っていった文庫だったのだけど、ちょうどよく『ワンダフル・ライフ』を引き受けた形の内容だった。この本は単行本で買っておきながら、パラパラめくっただけで、ちゃんと読むのを忘れていたしなぁ。統計に興味・関心・必要がある人、谷岡本もいいけど、この本もよさげですよ。どうしてもちょっとくどいけど、統計だけでなくいろいろな話題が盛り込まれているし。さらに【向井万起男ちゃんのお題(04/03/22のてくてく)】のネタ本でもある。
 いまのところの私の疑問。「繁栄」っていうのは、たとえば種でいえば個体の数なんでしょうかね。類でいったら、その類に含まれる種の数とか。ほかの比較はないのだらうか。サイズというか、占めている体積(個体の大きさ×数になるかな)とか、個々のサイズとかは考えられないのかな。そんなことを思っている、半分のところくらいでした。

 初めての草津は、湯畑に圧倒された。さまさないととてもじゃないけど、お風呂には使えない温泉が噴き出ている。においは硫黄泉のところにありがちな卵系。湯気がもうもうと立ち上るところは、「これぞ温泉!」と思わせられるものだった。【草津温泉の公式サイト】には湯畑中継もある。
 まぁ、お湯がよいので、宿だの料理だののレベルはあまり高くないという評判らしい。草津ホテルも料理はごくごくふつー。3泊もしたもんで、最後は調理場も困ったのか、エビチリまで出てきた(笑)。
 お風呂は「西の河原」泉源から引いたお湯で、透明だけど若干の硫黄臭。箱根・大涌谷や谷間にある和歌山・湯の峰に比べると大人しい印象だった。が、2日目に【大滝乃湯】、3日目に別の泉源「白旗の湯」を引いている【奈良屋】で立ち寄り湯をしたら、草津ホテルのお湯より白っぽかったし、においもきつめだった。これだけの狭いエリアで硫黄ベースとはいえ、いくつかのタイプのお湯があるのは楽しいな。箱根はいろいろあるけどエリアが広いので、車じゃないと楽しみきれないから。

 温泉に行くと、どうしても湯あたりしてしまう。今回は草津だというのもあり、露天風呂で腰湯しながらのんびり読書というのは諦めて、1回1回の入浴時間は短めにした。でも3日目には軽い頭痛とだるさが到来。しゃーないか。今回の収穫は、足湯の気持ちよさ。最初は熱めに感じたお湯に足をつけながら本を読んでいると、だんだんと上半身もぽっぽしてくる。じわっと汗をかくあたりで部屋に引き上げてゴロンとなると、なんともいえない気持ちよさがやってきた。
 あと困りものは、大量の食事なのだが、頑張りました。白飯大好きな私ですが、ほとんどご飯には手をつけず。それでもおかずだけで満腹になる。いくら温泉に入って、2時間以上散歩もして、代謝をよくしたとしても、食い過ぎちゃぁねぇ。3日目はやや食べ過ぎ。でもある瞬間から身体がよく燃焼しているような感覚になって、東京に帰宅後計測した時点で行く前より0.4キロ減っていた。すごーい。温泉に行って、満腹だったのに、かろうじて減少傾向だったなんて。

 が、日常にはまだ復活できてません。だるい。眠い。いちおう今週はお休みだからということで。

 あ、そうだ。草津に行く前、日曜日にふらっと行った日比谷で『華氏911』を見た。冒頭に出てくるアメリカ下院でブッシュの大統領就任に対する異議申し立てに、上院議員が誰一人として署名しなかったことは、全然知らなかった(or覚えていなかった)。たしかに私は物事を知らない。それでも、私が知らないってことは、少なくとも一般的ではないというくらいには知っているつもりだ。結局、この映画をさして「新しいことは何もなかった」とする批判は、立花隆が田中角栄研究を書いたときに「そんなことはみんな知っている」と言った政治部記者と何も変わらないと思う。
 あと、新しい映像が少なく、切り貼りの編集で作っているというようなことも言われていたかと思うけれど、映画を見終わったときに「なんかホンダがP2を作ったときに言われていることと似ているかも」と感じた。二足歩行ロボットのP2も、「すでにある要素技術を寄せ集めただけじゃないか」とか、「新しいことはない」とか一部で言われていたはず。でも、P2は全体としてどう見せるかとか、どう動かすかとか、それまでなかった視点でもしっかり作り上げられていたわけで、自分たちがやらなかったこと(できなかったこと)だったからといって評価しないのは変なのと思ったのと通じる。

 もはや事前情報がありすぎて、映画そのものを見ていない気もする。その後、草津のお湯で脳みそまで湯あたりしているし。トータルとして、映画自体は『ボウリング・フォー・コロンバイン』の方がいいと思う。突撃番組としての『アホでマヌケなアメリカ白人』もその力強さと脱力が故にすごいと思う。『華氏911』で前作と同じような何かを感じたわけではないけれど、ひきつける力の強さは素直に認める。がしがしヒットしてほしい。もちろんアメリカ本国でとくに。



04/09/17/fri

■疑問

 この前、編集部というか全体の打ち上げでも話題に出した疑問がある。ここのところ計測マニアなので、当然、体重計のこと。よろしかったら三中さんのところでも検証などいただけないでしょうか。

 我が家の体重計は、タニタのTBF-531という機種である。買ったのは大阪にいた頃だからもう5〜6年くらい前かな。体重は0.2kg単位、体脂肪率は0.1%単位で計測できる。で、この体重計には、個人別データを3人分入れることができる。データといっても、大人/子どもの区別に性別と身長だけ。だが、体脂肪率はそのデータに大きく依存しているらしい。

 身長もさして変わらないので、「大人・男性・164センチ」の同居人用データで乗ってみた。そしたら、ふだん「大人・女性・160センチ」の私のデータで乗る体脂肪率よりきっちり10%低い。ええーっ? ためしに、同居人に私のデータで乗らせると、男性用の自分のデータで乗ったときよりきっちり10%多い。えーと。これって、なに?
 実際に計っている体脂肪率に性別変数みたいなのがかかっているんだろうけれど、いまいちしっくりこん。【タニタの「よくある質問〜体脂肪編」】を見ると、そりゃ「大人・子供、男性・女性などの設定を間違えたり、わざと変えて測定しても体脂肪率 は表示されますが、それはなぜですか?その数字は信頼できるのですか?」という問いには、「体脂肪計は計算可能な限り、設定された条件で体脂肪率を計算し表示します。しかし、その計算結果は測定条件に合っていない計算結果ですから、信頼できる値ではありません」という回答があるけれど、どうして10%の差になるのかはよくわからない。

 もちろん「タニタの体脂肪計はどのような方法で測定していますか?」というQでは、「インピーダンス(電気抵抗)の他に、性別、身長、体重、年齢等を入力して回帰式にし、水中体重計で測定された体脂肪率と同じ値が表示されるようにしています」というAがあるわけで、なんらかの計算式があることはわかるんだけどね。

 結局、男女の体脂肪率の差っていうのは、だいたい10%違いってことがいえるんだろうか? でも、そういうことじゃなくて、なんかどこかでだまくらかされている気も一方でしちゃうんである。それをうまく言えないのが難。
 えーと。工学チックに見えること(どこがという気はする)は妙に苦手。何を、どういうふうに考えればいいんだ? 同じ人物が性別が異なる設定で計測しているわけで、そのとき計測している脂肪分は同じはずである。男女では、男性の方が脂肪分は少ない傾向があるはずで……。あああ、ぱんく。私はなにが知りたいのでしょう。←自分で考えろって。


■よろしかったでしょうか再燃

 上で「よろしかったら」と書いたら、カワバタさんの【バイト語について、知っていたり知らなかったりするいつくかのこと】を思い出した。ほかにも「よろしかったでしょうか撲滅委員会」とかあったなぁ。

 私の場合、これに気づいたのは2001年の1月。大阪で。そのとき疑問に思ったことを日本語教育関係のMLに投げたものがあったので、こっちにも備忘のため転載しておこう。

 ところで、先日、2つの「よろしかったでしょうか」に触れ、「ふぅん」と思ったことがあります。
 (その1)扇町ミュージアムスクエアの1Fレストラン・スタッフに入った時です。飲み物としてトマトジュースを、ピザなどと一緒に注文しました。注文をし終えたとき、ウェイトレスは
 「トマトジュースは先にお持ちして<よろしかった>でしょうか」
と確認で聞きました。
 ふと、なぜ過去形<よろしかった>を使うのだろうという疑問が頭をかすめました。ふつうは「よろしいでしょうか」と現在形を使う場面と思われます。
 なんとなく思ったのは、彼女が過去形のほうがよりていねいだと思っているのではないかということでした。なぜそう感じるかなどははっきりしませんが、やや婉曲さが増すのかもしれないと想像しました。
 また、「よろしかった」という言葉からは、ふつうは客を常連のように扱う「いつもは先に注文していらっしゃいましたよね」のようなニュアンスがあるとも感じました。常連客のように恭しく扱うという狙いなのでしょうか? 実際は初めて会うウェイトレスですし、馴染みのバーなどで言われるときとは様子が違いましたけれど。

 その後、ウェイトレスは追加注文した料理に対して取り皿を配ろうとしました。でも、新しい取り皿はいらない状態だったので、いりませんと断ったところ、再度、彼女はいいました。「あ、よろしかったでしょうか」
 こっちはさほど違和感を感じませんでした。でも単にていねいな言葉遣いだと思って使っている口癖の「よろしかった」なんじゃないかな、と思った瞬間でした。私の内心=「フツーにしゃべれ!」でしたねー。なんでも同じ表現で済ませようとするな、なんてね。

 (その2)天満のお好み焼きの老舗「菊水」に行ったときのこと。いつものように「五味焼き、2枚」と注文しました。少し待たされた後、店員が五味焼きのセット(具とタネ)を2つ持って来て、言いました。
 「五味2つで、<よろしかった>でしょうか」
 スタッフのウェイトレスのときと違って、あまり違和感は感じません。実際に手に持ってきたものが客の注文にあっているかどうかの確認だからでしょうか。

 同じような場面で使われた「よろしかったでしょうか」なのに、違和感を感じたり、感じなかったり。そういう自分を発見しての「ふぅん」でした。
 この問いかけに対し、けっこういろんな発言があった。もちろん「物忘れの激しいウェイトレスだなと感じる」とか、「おしつけがましい」「変」とか、いま言われている拒絶感と同等なものもあったし、東京出身で関西にいたことのある人のコメントには、

「関西に初めて行った(少なくとも数日以上は滞在した)関東人がたいてい驚くのが、まさにこの表現でありました。神戸に住んでいたとき、関東から遊びに来たお客さんが、まず例外なく「『よろしいでしょうか』じゃないの??」と驚いたり、おもしろがったりしていたことを思い出します。東京で生まれ、二十数年暮らしてきましたが、こちらではまず聞きません」
というものもあった。でも、大阪出身の同居人にとっても、違和感のある表現だったようで、地域や年代によっても差がありそうだなということまではなんとなくわかった。

 で、その少し後。ちょうどこの「よろしかったでしょうか」問題がテレビで取り上げられていた。その様子をMLに報告した部分が以下。

 さっきまでMBSの夕方の番組「ちちんぷいぷい」で、なんと「よろしかったでしょうか」が取り上げられていました。「最近気になるこの言葉」として出ていたので、関西でもわりと最近広まっている言葉のようですね。違和感を感じる人もまだ多い言葉なのでしょう。

 で、このコーナーのなかで、「よろしかったでしょうか」が町中でずっと使われているエリアとして、名古屋が紹介されていました。
 言語学的な考察も少しされていて、名古屋の大学の大曽さんという女性教授の話がありました。彼女は7年前に名古屋に赴任し、レストランでメニューを見ているときにウェイトレスから「注文よろしかったでしょうか」と言われ、仰天したそうです。注文はおろか、まだ何も声を発していない段階で過去形で聞かれ、その後注意して様子をみると、名古屋ではよく聞かれる表現だったとのことでした。

 大曽さん曰く、「遠回しにいうことで丁寧さを表すのは世界共通」ということで、その例として英語のwould youがやはり言及されていました。will youよりもていねいな形として同じ過去形ですからね。Sさんの解釈はぴったり!

 その後、武庫川女子大の佐竹教授も取材に答え、「商い言葉としては定着しやすかったのではないか」と見解を述べていました。例えば「お皿をお下げしてよろしかったでしょうか」は相手が断りにくい表現となるようです。実際、下げながら言うから余計にそうなのでしょうけれど(^^)。

 しかし、敬語表現はインフレするものとはいえ、そのインフレに私は疲弊しています。東京はまだ「よろしいでしょうか」が主流のようなので、ホッ。3月中頃、東京へ戻ることとなりました。
 しかし、東京に戻って3か月もしないうちに、東京でも「よろしかったでしょうか」汚染が始まっていることを痛感させられたわけです。はい。



04/09/16/thu

■うげげ

 朝から、一通りできあがった同居人のゼミ論を読む。長くないのでよかった。単なる校正要員である。誤字脱字とか変換ミスとか、「テニヲハがおかしい」とか、「文章が変」とか、「エリザベト? エリザベート?」とか、「文末に『だろう』ばかり続いてる」とか、些末で揚げ足取りみたいなことをする。内容的な面での疑問は2カ所のみ。事実関係のチェックまではしなかったから、障子の桟を指でなぞる姑になった気分だぁ。別に、エリザベトでもエリザベートでも読む上で問題はないもんね。まぁ、でも読み手の混乱や負担にならないための作業なんだと言い聞かせて、せいぜい意地悪な姑になろう。

 それが終わったら、今度は自分の原稿書き。書き書き。短いだけに苦労する。あらかた仕上がった時点で、ちょっと声に出して読んでみたりして。それを聞きつけた同居人に一言言われる。「地方局の下手なアナウンサーみたい」と。それは地方局のアナウンサーに失礼ではあるが、言いたいことはアナウンサーではなく、下手がメインだってことだな。しゃーないじゃん。“しゃべる”んじゃなくて、“読む”とそうなるのよ、素人は。

 原稿は8割くらいのところで放置して、夕方、駒場へ。見ていなかったとある作品を見ることができてありがたい。かつその後、ディスカッション主体の講義も拝聴する。私も2月27日に寒い中日比谷公園へ出向いて、某通信社の傍聴券のために並んだ。私はあたらなかったけれど、その動員のなかで当たった分が有益に使われたのだとわかって、なんだか嬉しかった。でも、【その直後に突きつけられたこと】で落ち込んだこともあわせて思い出し、涙が出てきそうになった。「なぜ?」という問いを発するのが精一杯な自分がいる。

 聞いてみたかったことは人に託して、慌てて帰宅。原稿書きの続きをするつもりが体調悪化。うげげげげ。



04/09/15/wed

■追体験

 今日から同居人はお休み。といってもゼミ論をしこしこ書くためのお休みで、こういう場面だけ院生さんらしい。私は、いつも通り、週に1度のお勤めで調布へ。だんだんと会議の中身が出てきて、「始まったんだな」ということが実感できる。去年(といってもこの前できあがったばかりで、かつ発売はこれから)の特別企画と同じ内容の拡張があるので、そのためのすりあわせが延々と続くのだ。とはいえ、予算三重苦も判明。難題が次から次へと降ってくるもんである。

 会議の後、「この後ユーザビリティ・テストがあるから」と案内され、見学することになる。行く予定だった講義は仕方なくおあずけ。
 出版社だとあまりピンとこない「ユーザビリティ・テスト」というプロセスだが、メーカー系ではそれなりに開発担当者が携わっていることだろう。じつは、私も取材ではこの話を聞いたことがあるものの、実際に見るのは初めてだった。前に特別企画用のユーザビリティテストをしたときは見損ねていた。

 今回は、来年用のユーザーインターフェースのデモを触ってもらってその様子を調べることがメインだった。被験者として協力してもらう人の部屋の様子と触っている画面の様子を別室でモニターする。被験者は、極力やろうとしていることを声に出して説明しながら、指示にあることをこなしていく。事前説明などを入れると、1人につき1時間くらいはかかる。これをそれなりの数こなして、また開発にフィードバックして、新しくできたらまたテストしてという繰り返しをするわけで、ソフトの開発というのもたいへんだなぁとちょっと思った。でも、それだけのことをやっていながら、どれもこれもなんであんなに……というのも別の本音だったりする。

 面白かったのは、今ある完成版と使い勝手を比べてもらう様子。昔、ユーザビリティを取材したとき、別のソフトの担当者が「モニターを開発者が見ていると、『ちがう! そこじゃない! 右、右』とか、相手に聞こえないのについ言っちゃうんですよ」と言っていたのとまったく同じことがおきた。見学している編集者たちは、目的の項目をうまく検索できない被験者に「下に出てる。出てる。そこそこ」とかいう反応をちゃあんとしてました。私はその様子を見学して、「あのときの担当者が言っていたのは、これなのか!」と実感。システムの開発者じゃなくても、表記の関係でうまく検索できるかどうかが関係してくるからね。

 結局、夜まで編集部にいたので、諦めてまっすぐ帰る。最寄り駅で同居人と落ち合い、ご飯を食べて帰宅。秋の味覚・サンマの塩焼き定食と金目鯛の煮付け定食。サンマとキンメは半分こ。漏水問題は、たらい回しにあっているところ。どこもかしこも、まともに連絡一つできんのか!



04/09/14/tue

■ちまちました日常を愛す

 ふふっ。しっかり捕捉してますことよ、【三中さん】。どうやら同じく0.2kg刻み計ですね。ま、お互い、ぼちぼちやりまひょ。無茶は禁物。今度こそっと実測値交換など。トップシークレットで。でも、それは誰も気にしちゃくれんだろう数字。

 【森山さんのブログの方】を見ていたら、【CNET Japanの森祐治コラム】が紹介されていた。前にやっていたブログが終わって、「げんちゃん=森祐治くん」のパートはそのままかと思っていたら、いつのまにかコラムで始まって(?)いたのね。どうもCNET Japanを見る習慣がないから、いっつも誰かのところから貼られるリンクでのみ把握している。同期のげんちゃんがNTTに就職したのはいかにもな気がしたし、卒業後は全然会ってもコンタクトもしてないけど、略歴を見て「やっぱりげんちゃんぽい」と思ったものだ。また見に来よう。でもなんでげんちゃんなんだかは、忘れた。

 あ、私も共感覚の本を書いたシトーウィックの講演会は、聞きたかったなぁ。すっかり世事に疎いままだ。まずいぞ。

 身につまされた問いかけは、久々のご登場な気がする【極端大仏率のナカムラ先生】。“最近,オリンピック関係でドーピングが話題になってますが,もし研究者向けドーピング薬が開発されたら,どうします? 「これを飲むとあなたもアインシュタインになれます。ただし,濫用すると10年後には廃人同様になるかも」ってなやつ”に、私だったらどう答えるだろう? もちろん「研究者向け」じゃなくて、なんだろう?? 「編集者向け」「ライター向け」か? そしたら「ベストセラー本をばんばん作る」ってなことがドーピング効果になるのかな。

 正直、あんまり単行本自体が自分の仕事として意識に上がってこないタイプなので、「ベストセラー本」だと自分の話じゃないみたいだけど、これがいちばんわかりやすいよな。「ばんばん」じゃなくてもいいか。1冊あれば十分かもしれない。ってことは濫用しないで済んじゃいそうな気もする。いやいや。それでは問いが成り立たない。「濫用するとベストセラーが最低1冊できる」ってくらいのことにしておこう。

 ぬーん。どうかなぁ。赤字が出ない本、少し黒字が出る本を細々作っていくっていう地味メな路線で満足しそうだ、私は。どっかーんというのは、なんかこあい。1つでどっかーんより、ちまちまでもアレコレできる方が楽しそうな気がする。あ、たくさんどっかーんというのも考えられるのか。……それは疲れそうだ。クスリは子どもの頃さんざん飲み倒したから、もういらんと身体が思っているのかも。

 むむっ。……蚊がいる。昨日いたやつと一緒だろうか? マンション暮らしになってから蚊に悩まされることはほとんどなくなっているのだけど、たまに入ってくるな。もうおばちゃんの皮膚には虫さされを治す力が残ってないのよ、わかってやってよ。
 と、だらだら書いているのは、朝から一歩も外に出ないで、久々に仕事でPCに貼り付いていたら飽きてきたから。自分の日常に書くことがない私。あ、あったあった。水道局の人が来て、「使用量が前回の1.5倍になっているので、再確認に来ました」。漏水しているかもしれなーい。やっぱりトイレかな。そういえば、音がしなくなったんで、そのまま放置していた。まだちょっと流れている感じだし、やっぱり見てもらわないとダメっぽいなぁ。
 にしても、朝からずっとPCだと肩凝りましたです。さ、悪化させるべく、仕事に戻ろう。



04/09/13/mon

■さよなら

 急ぎで確認したいものと、急ぎで手に入れたい本があったので、神保町の三省堂へ朝イチで行った。まぁ、朝イチといっても11時くらいであるが。さすが三省堂で、欲しい本は全部あって、ガガガッとまとめてもらうとかなーり重い。朝ご飯もまだだし、11時半も過ぎていたし、近場というとやっぱりカーマかなと思って、行ってみた。

 で、窓際のテーブル席で荷物をおろしながら例のごとく「野菜カレーお願いします」といったら、奥さんらしき女性が「少しお時間かかりますが」というので、急いでもいないし「かまいません」と答えて座って水をごくごくと飲んでいたところ、奥からご主人さんがいちばん遠くの私のところへ出てきた。

 ご主人「野菜カレーは準備がまだなんで時間がかかってしまうんですが」
 私「はい。かまいませんが、すごくかかるんですか?」
 (さっきもOKって答えたのに、変なの。1時間はオーバーにしてもまさか30分とか40分とかかかる? それは席がふさがってしまって申し訳ないかな)
 ご主人「15分くらいは…」
 (予想範囲内だし、それくらいならいいや)
 私「それくらいなら」

と答えた。時間がかかって迷惑になってはいけないという配慮かなと思ったら、逆よ逆。なんと、「はっきりいって、その間作業が止まると、こっちが迷惑。ラーメン屋とちがっておんなじものを出しているわけじゃないんだから」と宣う。
 メニューに掲載されているものを頼んだ“客”が迷惑だったんだって♪ へぇぇ。私みたいなたかが客一人のために野菜カレーを作る時間はかけられないってこったね。しかもラーメン屋さんが聞いたら怒るよ、これ、きっと。その後はこんな感じ。

 私「ほかのメニューだったらなにが?」
 (サブジはいいのかな?)
 ご主人「うちはチキンかキーマしかほとんど出ないんだから」

 そうですか。チキンかキーマ以外のメニューに載っている種類を頼む客は、文句を言われるわけですか。正直なところ、ここらあたりで一瞬、取りやめて出ようかなという気もよぎる。でも重い荷物をまたすぐ持ち上げるのが億劫で、「じゃ、チキンで」と答えた。ここのチキンカレーは、チキンとジャガイモしかなくて味が単調になるので、ほんとはさして好きではないのに。チキンな私。

 でもやっぱり変だよなぁ、これ。メニューに「昼はチキンとキーマのみ」とか「野菜カレー(夜のみ)」とか書いてあればそれでかまわない。そうじゃないもんなぁ。仕込んでないものだから頼まれると迷惑って、客商売でやっている店の人間がいうか?
 もしくは「あいにく昼は今、キーマかチキンしかやっていなくて」とふつうに言ってくれるんでもいいのに、「迷惑」っていわれるのはやっぱりとてつもなく不愉快。一言くらい、「すみません」っていうよねぇ、仕込んでないのは店側の問題なんだから。あのご主人の口調じゃ、(繰り返すがメニューに掲載されている)野菜カレーを頼んだ私が一方的に悪いってことになるんだけど。

 そういえば、いままで自分たちに被害が及んでいなかったからあえてスルーしていたけど、奥さんらしき女性への態度がひどいんだよね。「○○だって言ってんだろ!」とか聞こえてきて、いやぁな気分になることがたまにあった。常連だった友人も奥さんを怒鳴っているところを見たと言っていたなぁ。DVのケースってこんな感じなのかしらんとか秘かに思ってました、私。

 ちょっといやな気分だったので、抗議の意味を込めて、チキンカレーのチキンだけまるまる残してみました。でも、あんまり抗議になってません(笑)。いちおう会計のときに、「お昼にだめなメニューがあるなら、そう書いておいてください。そしたら注文しませんから」と奥さんの方にこそっと言ってみた。でも、効果ないだろうなぁ。大声でご主人に言っても、まわりのお客さんが不愉快になるかなぁとか思ってしまったのだよ。とほ。

 ま、さよならなんで、もうどーでもいーです。ちょっとだけ塩辛いのを除けば、味は好きだったんで残念だけど、毎回これを思い出しながら食べることになるのは御免被る。

 あとちょっと考えた。その時、お店に女性客は私一人だった。もしたとえば私が強面の男性客だったら、どうだったんだろう? ご主人はおんなじように「こっちが迷惑」と言ったんだろうか? もしくは私が同居人と一緒だったら? なんかそういうジェンダーバイアスもあるんじゃないだろうかとか考えはじめてしまったぁよ。

 「ごちそうさまでした」とドアを開けて外に出てから振り返ると、店先の看板には「チキンカレー、キーマカレー、野菜カレー、サブジ」と書かれていましたとさ。



04/09/12/sun

■とりあえず

 なんか気分的に日記逃避症候群のここ数日。書きたいこと、メモしたいことはけっこうあるんだけどねぇ。

 あ、【三中さんも計測記録始めている!】。これ、現実を直視できるのでよいですよね。ウェブ周辺では【結城さん】の「プログラマのダイエット」があるけれど、私が最初にこの方法を聞いたのはタレントの羽賀たみこさんという人のインタビュー時。かれこれ9年くらい前かな。友人がやっていた女性雑誌のお手伝いをしたときに、彼女にダイエット法を紹介してもらったのだ。そういえば、165センチあるとはいえ、テレビでレポーターとかしている彼女が60キロあると聞いて驚いたなぁ。
 でも、もちろん要所要所でダイエットをする。仕事の一環みたいなものだ。たとえふだん60キロでも必要に応じて、彼女はきちんと落とせる方法を身につけているので、開き直りでもなく、悲壮感もなく、いい感じだった。彼女のコントロール方法が、まさに「細かい記録」だった。ダイエット期間中は、方眼紙に1日の体重をこまめに書き込む。朝いちばんから帰宅直後、お風呂の後などなど。そうやって、体重変化をグラフにしていた。もちろん体重計はごまかしのきかないデジタル表示。しかもグラフは55キロから57.5キロとか一定幅ごとに背景が色分けされている。ずっと取ってあるというそのグラフを見せてもらったところ、変動の様子が一目瞭然。なるほどなと思った。

 私自身は色気より食い気だったので、記事を書いた後はこの情報もそのまま脳みその倉庫にしまいこんでいた。結城さんのところを見て、「あ、そういえば」と思い出して、実行してみたのだ。自覚的になるってだけでも、全然違うのだなぁと実感ちうです。ただ、食い気より色気になったわけではなく、食い気より服がキツくなったという悲しい必然性。

 あ、そうそう。ついでに。私の「腐れ罫線文書」的経験。とある某有名文書作成ソフトで、印刷しようとしたところ、文字設定がウソをつく。設定画面では1行文字数20字になっているのに、実際に印刷すると21字。よくよく数えてみると、表示も1行21字。なんじゃい、それ。だったら設定画面でも21字になっていたのかと再度確認しても、印刷設定は20字になっている。設定可能範囲外の文字数ではないのに。これってバグ? こんなん、国産文書作成ソフトでは経験したことがない。だまされたー。文字数調整やり直しの羽目に。腐れ文書印刷め。

 いろいろ不運が重なる中、昨日の高田馬場・夢民で食べたグリーンエッグポークカレーが美味しかったので、ヨシとしよう。たとえ出歩いてかつ1時間くらいの徒歩帰宅をしたのに、夜、体重を量ったら朝に比べて1キロも増加していたとしても。ま、夢民以外に中野・大勝軒のもやしつけそばも食っとるからね。美容院に行ったら、近所にある大勝軒にはどうしても抗えないのだ。


■入手本

金井淑子・細谷実編『身体のエシックス/ポリティクス』ナカニシヤ出版
→[bk1amazon] この前、S先生と会食したときにいただいた本。S先生の同僚がこのうちの1編を執筆されている。私の興味や関心にあわせて盛ってきてくださったのだ。ありがたい。執筆者一覧を見ていて、私の回りではけっこう問題があると言われていた人がとある大学でポストを得ていたことを発見した。ま、世の中、そういうもんなんだろう。被害にあった当人じゃないと、なかなかわからないことだろうしね。私は何を読んでもぴんと来なかったし、一部の人に都合がいいデータの切り取り方、提示の仕方をする人のような気がしている。とりあえず読んでみましょ。この本で取り上げられている話題は、私も若干関係があったことみたいだし。

周藤芳幸著『物語古代ギリシア人の歴史』光文社新書
→[bk1amazon] やはりS先生にお目にかかったときに「良くできている面白い本ですよ」とご紹介を受けて購入。古代ギリシャ好きなもんで。プラトニック・ラブならぬ、プラトンらぶ。でも最近ちょっと考えちう。『国家篇』は読んでないからのぅ。『知識篇』で熱愛しただけだもんで。そんな偏った私にとてもぴったりじゃないかと。



04/09/09/thu

■1.5日後の筋肉痛

 昨日は、打ち上げの前になぜかボーリング大会。何年ぶりだという久々で2ゲームほどやって、私は2ゲームの女ではなく1.5ゲームの女になっていたことを発見。もう2ゲームももちません。結果1ゲーム目は105なのに、2ゲーム目は79だった。2ゲーム目の途中から握力なくなって、まっすぐ転がせなくなった。

 その後、宴会で飲み食い。久々にエビフライを食べた気がする。とにもかくにも、みなさまお疲れさまでした。

 今日は、朝から身体中がギシギシ。足や腰がだるいったらありゃしない。夕方には本格的に、出来損ないのロボット化。いまのロボットと比較すると、絶対にロボットの方がましに動いているはず。酒もちょっと残っていて、ぼんやり気味。昨日の夜は、喉が痛くて「やば。風邪?!」と思っていたが、それは悪化しないですんでよかった。夜中中、目が覚めるたんびにうがいしていたからなぁ(飲んで帰ってきたので、眠りが浅めだったのがこれ幸い)。

 午前中は定例作業と調べもの。ざぶっとシャワーを浴びて、夕方、なくなりかけていたうがい薬と『モーニング』を買いに出る。ついでにクリームなぞも。そして夕寝。やっぱり寝不足だったようだ。
 8時過ぎに同居人からカエルコールがきたので、傘を持って最寄り駅に向かう。一緒にスーパーへ行って、野菜とお総菜を買い込む。帰ってきて野菜と湯豆腐メインのご飯。よく続いているものである。まぁ、外では自由に食べているからなぁ。

 最近、8月始めに同居人が「脂っこいものが食べたい」と言っていたことがわかってきた。トンカツが食べたい〜。一昨日のCICADAで思い出したようだ。でもあっちはポルトガル風。ソースをかけるトンカツが食べたくなっている。ぐっとがまんの子。



04/09/08/wed

■誕生日その2

 同居人の次の日は、私の誕生日。今年初めてハケーンしたのが、私の誕生日は【グーグル様】と同じってこと。そうだったんか。

 39歳になりました。ふふふっ。やった。奇数だ。偶数を脱せて、なんかうれしい。
 同居人は昨日、「こっちは素数だよー」と自慢してくれました。いいもーん。あと2年で私も素数だもーん。40代って、41・43・47と3つもあるのか。30代は31・37の2つだけ。

 30代最後の1年。楽しもうっと。もちろん40歳になってもそれはかわらんが。というわけで、今日はこれから会議でその後ほんとの打ち上げ。では。



04/09/07/tue

■誕生日その1

 今日は、同居人43回目の誕生日。おめでとうさんです。

 定例作業のあとは、朝からやっぱり書類書き。しこしこ。お昼頃、どうにか仕上がる。お昼過ぎにコンビニとさらに歩いて、ラクーアまで同居人のプレゼント物色に行った。途中、いきなりものすごい風に大粒の雨が乗ってきて、傘で防いだら、見事に骨が折れ曲がった。傘を閉じてもぶかっこうなままという……。手で無理矢理もとに戻してみる。

 プレゼントは、デイパックが汗まみれになってきたらしいのと、大学院生活でA4ファイルが入りやすいサイズのカバンがいいなと言っていたので、またまたカバンにする。ここのところ、私が同居人にプレゼントしているのはカバンばっかりだ……。いま背負っているMilletのデイパックは去年のバレンタインで、今年のバレンタインは「小さいカバンがほしー」と言っていたので吉田カバンの小さいの。Milletのデイパックは、わざと小さめを選んだものだったので(そのころはA4書類はほとんど必要なかった)、無理がきていた。

 汐留に毎日背負っていくわけだし、サラリーマンとしてどうよとなるのは避けようとしても、A4が入って、かつ背負えるタイプとなるとそれほど多くない。私はSAZABYの黒い定番背負子カバンのリピートユーザーだけど、背負子だけのカバンよりは2WAYか3WAYがいいみたいだし。
 で、うろうろしていたら、ハケーン。【AIGLE】。エーグルと読むんだそうだ。最初に見つけたのは、【2ウェイトートショルダー】で、じつはトートがわりと好きな同居人(出し入れしやすくて、かつポケットが少ないのがいいみたい。ポケットが多いと悩むそうだ。つくづくものを所定の位置に片づけられない人なんだな)にはいいかなと思いつつ、ビジネス系にはちょっとなぁと悩む。変でしょ。で、もっとかっちりした背負えてA4が入るのはないかと聞いたら、あった。あったけどウェブでは見つからないや。わりとフツーな横型の手持ちで、ショルダーにもなって、さらにはポケットがない方のジッパーをあけると……。背負子用のベルトが出てくる。

 ほかのところも見て回ったけれど、結局、このタイプのグレーに落ち着く。アイボリーは汚れが目立ちそうだし、黒だと重そうだし、紺だと靴と合わないから。
 ついでに調子の悪いペッパーミルを買い換えて、スーパー寄って、再びコンビニ寄って帰宅。大荷物で郵便受けスペースから、オートロックのカギを開けようとしたら、前を歩いていた高校生のお兄ちゃんが玄関側から入ってきていたらしく、内側からドアを開けてくれた。郵便受けに用があるのかなと思っていたら、単に開けてくれただけのようだ。こういう細かい心配りが嬉しいのよ、おばちゃんは。きゅん。

 ちょこちょこ細かい作業をすませて、4時過ぎに化粧をしてみる。【なんで女の子に会うときに化粧するの?】と難詰(←ウソ)されたので。サービスサービス。ってこれもウソ。広尾だし、化粧の練習しなきゃというのもあってさ。練習じゃないな。使える化粧品を確認したいというのもあってだ。ちなみに、この「使える」というのは物理的な意味である。ちゃんとファンデーションから塗ってみると、コマシじゃん、わし。

 しかし、化粧が台無しになる湿度。知り合いの事務所に所用で寄ってから、今日の誕生日ディナー場所である広尾の地中海料理レストラン【CICADA】につくころには、すごい風と雨と湿度でボサボサドロドロになっていたような気がする。誕生日ディナーだし、元イ・ピッゼリだけあって小洒落系でよかったけど、期待したほどではなかったかな。もちろんいろいろ楽しめて、満足ではある。
 個人的には「スパイシーブラッディガスパチョ」なるカクテルがよかった。ようはブラッディマリーを強引にガスパチョ化したもの。きゅうりスティックがグラスに突き刺さってました。飲めない同居人が一口舐めたら、ガツンときていた模様。「ガスパチョは好きなのに、入っていてはいけないものが入っている感じ…」とのこと。この感じがよかったんだけどなぁ。

 頼んだのは、ラムとクスクスのコロッケみたいなのにヨーグルトソースが添えられたの(ラムのキベ、タジキソース)、フェタチーズとピーマンやきゅうりやトマト等々のサラダ(フェタチーズ、カラマタオリーブのサラダ、オレガノドレッシング添え)、魚介類のタジン(要は煮込み)、黒豚のカツレツ(黒豚のコスタレッタ、トマトサルサ添え)。どれもまぁまぁ美味しいが、薄味に慣れた我々にはちょいとだけ塩がきつめ。でも塩は美味しかった。パン代わりなのかな、フラッドブレッドというインドでいえばチャパティ(の薄いの)みたいなのが出てきて、クミンとかフェンネルとかと一緒に焼いたものだという説明を受ける。これにかかっていた塩がわかりやすくて、美味しかった。
 エスニック好きとしては、いろいろな香りが楽しめるのは嬉しい。最後のデザートに出てきたライスプディングのご飯量、お茶碗まるまる1膳分以上ありましたわ。あとジェラートとコーヒーを頼んで二人で1万円だからお安めかも。ワインを飲んでないからか。満腹〜。

 雨風がすごいので、さすがに大人しく電車で帰宅。



04/09/06/mon

■コツは姑息

 8月19日に体重をメモし始めてから、20日間で約2キロ減ったことになっていた。ほくほく。8月頭の焦った時期からすると、19日の時点で1キロくらい減っているから、トータル3キロくらいは取り戻したってことだな。しかし胸が痩せている気がする……。重力さえなかったら、別にかまわないんだけどなぁ〜。ほかのところと違って、私の回りの重力だけ、1.5倍くらいありそうだからな〜。地球のいぢわる。

 ただ、「げっ、太った」とヤヴァさを感じたきっかけの太股と二の腕のうち、太股からお尻にかけては極力いろんなところから歩いて帰ってくるようにしているのもあって、あっさり落ちた気がする。問題は二の腕。これも落ちはしたような気がするのだけど、落ち方がねぇ。たるるるる〜。
 それにつけても腹身の落ちなさよ。同居人と二人で実感中。

 定例作業のあとは、午前中から明日〆切の書類書きをしこしこ。しこしこしこしこ。だんだんと同居人が定時ごろに上がる体質を取り戻してきて、カエルコールの時間が早くなってきた。

 mixiの方には、体重の変位と食ったもんをひたすらメモするようにしている。食ったら体重計、しばらく経ったら体重計、体重計に乗ったらメモメモ。これを繰り返している。こういうためにはmixiみたいなのはよい感じ。

 で、mixiでの記録から6日の日中変化をまとめてみる。昨日買っておいたトマトとナスとチーズのサンドイッチをブランチに食べて、おやつにヨーグルト、中途半端な時間にお豆腐1丁と納豆。こんな感じで+0.4kgにはなっていた。
 同居人とスーパーで待ち合わせて買い込んだ夕ご飯は、野菜バリバリモードのつまりはウサエサ系。ただし、やや和風。もやしとブナシメジをしょうが酢を入れたお湯でゆがいて、刻んだミョウガをのせ、ポン酢で和えたの。生シイタケが安かったから、焼いて醤油をつけて食べる。豆腐と魚のハンバーグ2種。プチトマトとピーマン、ベビーリーフのサラダに、めかぶこんにゃく。でも、夜寝る前には朝の体重に戻っていた。

 こうやってメモを見るとハードなダイエットに見える気もする。が、量が膨大なのだ、我が家の場合。一人で家にいるときは、動いてもいないわけだし、ぐっとガマンしやすい環境になる。でも、感覚的には、ガマンしている感じではない。もともと家で食べるのは面倒な方なので、空腹の限界まで放置していることが多い。で、二人で家にいると「お腹減ったー、なんか食べ行こう」となってしまいがちでも、一人でいるときは空腹限界で食べるカロリーを抑えめにしているくらいの印象かな。カゴメデリとかすぐできる低カロリー系のものを常備しておくのが、私の場合のコツ。それで当座しのぎができる。その連続。あ、このダイエットは、「姑息ダイエット」だな!
 夕ご飯は大量ウサエサor外食。外では、量も中身も、好きなだけ好きなものを食べる。よく食べる。で、ひたすら歩いて帰ってくる。これは、精神衛生上、とてもよいです。



04/09/05/sun

■NGな日

 睡眠時間はぐちゃぐちゃになるし、心千々に乱れてよくわからない日になってしまった。キャパの狭いやつです。かろうじて、明日〆切と水曜〆切の作業を済ませる。



04/09/04/sat

■えろいケラ芝居とつまらないシンポ

 当然、体重は増えてました。昨日、あれだけ食べたんだから、しょーがないでしょう。午前中は洗濯と雑事。徒歩帰宅すると汗だらけになるので、洗い物が増えやすい。2回洗濯機を回している間に、乾いていた洗濯物を畳んだり、洗い物をしたり。雑事は朝の定例作業で終わってしまった。細切れ時間にやっつけるとちょうどいい水曜日〆切の書類を仕上げたかったのに。

 同居人を11時半頃起こして、朝兼昼みたいな形で冷蔵庫の中にあったほぼ唯一の食料「しらたき」を食す。withめかぶ。昨日のめかぶとはまるっきりちがうもんだのー。とりあえず何かお腹に入れないとならんというだけの食事。ミネラルやビタミンなど、サプリメントも飲んでます。

 1時前に家を出て、7〜8年ぶりの下北沢に一人で向かう。15年くらい前は平均すると週2回くらい来ていたはずなのに……。しみじみ。
 でも、下北にきた理由は、昔と一緒。今日は、友人がミスオーダーしたという【ナイロン100℃】の『男性が好きなスポーツ』のチケットを譲り受けることができたのだ。これ、前に『ぴあ』買ったときに見つけて、「どうしよう、当日はもうしんどいなー」とか思っていた芝居なのだ。らっきー。
 ケラさんの芝居は、じつはあんまり縁がなくて、劇団健康のころに3つくらい見ただけだと思う。その後、ナイロンになる前の一時期に、劇団としての間がちょっと空いた記憶がある。シリーウォークでは手塚とおるがいろいろやっていたような…。そのころから芝居にあまり行かなくなっていたので、じつはナイロンはお初なのだ。うそみたいなほんとの話。

 新作『男性の好きなスポーツ』は、「おおっ、R指定必要っぽいじゃん」という感じ。「エロチック」というキーワードは前半に関しては伊達ではありませんでした。「ええのん?」という気もちょっとした。中身の詳しくは、【講演の詳細】【「男性の好きなスポーツ」日誌】へ。観客は、健康のころから一緒に年取った気配があって、あんまり若くないかも。20歳前後がじつは少なくないかな。それにしてもよく笑うねぇ、最近のお客さんたち。
 客演している京晋佑は、ムダにテンションがモノトーンで高い。彼らしいので、相変わらずっていうだけである。小沢真珠は、犬山イヌコが出ていれば彼女がやっていそうな役だけど、考えたらものすごい美人の役っていうのは犬山イヌコではありえないか。素っ頓狂な役柄に救われていそう。よく知らないけど、みのすけは久々の出演なんだそうだ。やっぱりうまいなーと思う。

 ナイロンになってから、こういう作りが多いのかな。全然つながりそうにない4つくらいの話が、少しずつ少しずつ重なっていって、最後はだいたい一つにまとまる。よくいうと、アルトマンの『ショートカッツ』的みたいな。前に見たのは、一つの話が流れていて、そこにサイドが絡むっていうようなのが多かったような気がするんだけど、これは単なる記憶違いかも。昔のは、ちゃんとしたストーリーとか思い出せないし。
 基本的にわけわかんない話が重なり合っていくのは好きなので、楽しんでみていた。あと驚いたのは、ナイロンって休憩入れるほど長い芝居なのね。トータル3時間半ですって。

 芝居がはねた後、ミスオーダーしたHさんに会いチケット代を支払う。ついでに一杯引っかけてから、雷と土砂降りの中、駅に移動しただけでびしゃびしゃ。家を出るときに、傘を持って出るべきでした。雨が降るなんて知らなかったんだよぉ。
 ぬれねずみになりながら、神楽坂に向かう。同居人がすでに入っている森達也×宮台真司×松田政男のシンポに合流。ありがたいことに同居人は傘を2本持ってきてくれていた。後光が差して見える。

 話題の人々によるシンポではあるが、つまらない。爆睡する同居人、かったるい私。唯一、カンヌで主演男優賞をとった『誰も知らない』の是枝監督が森氏に言ったという話が面白かった。是枝監督は、現地で受けたインタビューで「なぜ、(子どもを置き去りにした)あの母親を罰さなかったのか」と必ず聞かれたのだという。
 このシンポを教えてくれたKさんは、「つまんないから帰る」と休憩時間に抜けていた。賢明だ。私らも、後半の半分くらいで出てきた。これ、宮台×森の2人にしたら、もすこし面白かったんじゃないだろうか。そしたら、批判的に『華氏911』をみるにしても、あんなにたるくはならんかっただろうに。
 その後は、前から目を付けていた【KADO】で雷雨の中、夕ご飯。お野菜メインのコースと追加でご飯セット。5皿くらいあれこれ出てきて、どれもていねいで嬉しいし、最後のご飯セットのお汁は野菜と魚出汁がほんっとによく出ていて、感激。しかもご飯が焼いたサンマをほぐして上にのせてあるもので、魚をお箸できれいに食べられない私には極めてありがたいものだった。美味しいし。お座敷なので、足がちょっと疲れるけど、心の底からよかった。

 若干おさまった雷雨の中、帰宅。今日も美味しい1日でした。



04/09/03/fri

■至福飽食

 朝、起き抜けの体重が、ここ最近では今まででいちばん低かった。だいたい去年の春時点に戻ったことになる。9月中にあと2キロくらい減らせるといいなー。そうするとほぼベスト。去年の春時点の体重が、やや増加気味だったから。というわけでダイエットはしばらく続行。っていうか、美味しいものを食べ歩くために、それ以外はセーブする日々は続く。

 私の場合、体重が減ってもその体重通りに見てもらえないのだよね。下半身に比べて上半身ががっしりしているのと、肩から腕のあたりがどどーんとしているからだろうなと思う。「人を持ち上げて『わー、痩せてますね』とか『太っている』というやつはいない。見た目で判断するから、お前は体重を落としてもムダだ」と20歳ころ、父親に言われた。その通りである。
 というころから20年近く経って、ちゃーんと下半身も肥え、そこらじゅうたるみ、地球の重力をこういう形で実感できるようになるとは思わなかった。ま、見た目より、実質ですよ。と、開き直るしかない。実質的に自分の身体へ負担が増えないようにするためのものとして体重も意識しておこう。ド中年だからね(涙)。もう発情期は終わったのよ。しくしく。

 午前中、すっかり忘れていたあることの結果が出て、なぜかうまくいったことでぶっ飛ぶ。なんでーー?? ほんとーー?? というのが、嘘偽らざる気持ち。まぁ先があることなので、この段階でどうこういうものではないのだけど、「ここにいていいんだよ」といわれたシンジ君の気分。半信半疑ではあるけれど、素直に嬉しいな。

 ドキドキしたまま銀行に寄って、その後、本郷三丁目へ。ういろう片手に上京されたS先生と待ち合わせ。有名なのに行ったことがなかった【楠亭】でランチ。飽食の1日の始まりである。定食Bで、グリーンピースのポタージュ、ホタテと白身魚のクリームソース、あんずのタルト、コーヒー。に加えて、ちょっと嬉しかったのでランチビール。パンも2個食べてしまったぁよ。

 S先生は、いっつもちゃんと話題を用意してくださるなぁと改めて思う。私もと思っているのだけど、今日は出かけがてら乾杯させてもらおうというくらいしか思いつけなかった。いまS先生が連載されている記事の話から、さらに当時の社会制度のことを解説してくださったり。それを現代の日本で当てはめたらどうなるかとか。とっても面白いし、そういう発想が大昔にあったことをすごいと思うけれど、今、「文京区と諏訪市と佐渡島を同じ選挙区にするようなもんですよ」と現実的に言われると、「ぎゃぁ、それはヤメテ」と叫んでしまう。
 某氏の某本について書かれていたことを聞かれて、「じつは…」と話すと「そりゃそうですよ。一言声をかけてくれれば、金をドブに捨てなくてすんだのに」と一蹴。いや、わかってはいたんです。それにそういう本にもお金はかけたいので、全然いいんです。けど、その裏話が面白くて、本の代金以上のことをゲットした気分。さらに私の興味にあいそうな本を、「同僚が書いているから」と1冊くださったり。申し訳ない〜。せめてもと、海外の友人が書かれたという本についての翻訳戦略で、アイディアを絞り出す。あれからなんとなく考えてみましたが、私はあっちの先生がやっぱりベストだと思いますよ。それか研究者ではなく翻訳者に頼むか。たとえば沖縄在住の方とかあたり。

 家に戻って、アップデート項目の登録やメール書きなど、細かい作業を少し。ふむぅ。段取り君になって、チャカチャカ進めるようにしないといけないな。ゆったりしていた夏は過ぎぬ。6日〆切の提出物1件、7日〆切の書類2件、8日〆切の書類1件、早急に手をつけなければならない修正作業3件+2件、とりあえずこのあたりは来週中にケリをつけないといけない。

 夕方、今度は築地に向かう。勝鬨橋近くの【魚四季】で、フリー仲間のおじさん2人と会食。っていってもうち1人は【いずもり・ようさん】なので、おじさん扱いしちゃかわいそうか。新婚だし。一昨日から、いずもりさんのイラスト展が池袋ジュンク堂7階の売り場で始まってます。興味のある方、お見逃しなく〜。
 しかし、このYおじさん+おじさん予備軍は、二人して「地図の読めない男」たち。近くまでは来るのだけど、店にたどり着けない。たしかにいつもわかりにくい店で申し訳ないが、私も初めてですんなり着くんですけど。片方がこないなーと思っていたら、ケータイが鳴って「迷っています」。店の外に出て聞くと、「晴海通りにいます」「勝鬨橋の方へ歩いて」「どっちに行ったらいいかわからない。右に行くと銀座だという表示が出てます」「って、言われても。東京駅や銀座方面を背にして、海の方へ歩けばいいんだけど。東の方」というともうアウト。東西南北で言われると、まるきりわからないそうである。「とりあえず近くの人に『勝鬨橋はどっちですか?』って聞いて、そっちの方へ歩いてきて」と伝え、じっと待つ。5分後くらいに本人登場。「ここの近くまで来たんですけど、入っていいものやらわからなくて、引き返してしまいました」。ううーん。建物の名前見て到着しよーよ(笑)。

 中は、わいわいとおじさんの楽園のようになっているが、ぽちぽちと女性卓もある。7時過ぎると見事に満席。さすが。魚の種類は瀬戸内育ちのYさんや、サカナくん的いずもりさんも未体験なものがたくさんあった。魚介類以外で頼んだものは、最後のご飯を除くとめかぶのみ。これも海産物だよね。ちなみに、真子鰈塩焼、金目鯛煮付、新秋刀魚刺身、生シラス刺、烏賊肝煮、ネギトロ磯辺、真鯒薄造、カマトロ刺身の炙り、めかぶ、青ノリ汁と炊き込みご飯をいただきました。至福。
 たしかに3人というのは1匹の魚をつつくときによい人数かも。マックス4人だな。鯒が読めなくて、お店の人に聞きました。コチだって。煮付けや汁物は塩味が濃いめだが、まぁ、このロケーションで薄味というのも難しかろう。堪能しました。とくに鰈の塩焼き、秋刀魚の刺身、金目鯛の煮付けは美味しかった。ネギトロもそこらのスーパーのと違って、「おお、こんなに幸せが広がるモノだったのか」という感じ。生シラスは、茹でてないので透明だった。これだと「スケス」が本来の名前なんじゃないかなという気もした。

 築地なら近いし、また歩いて帰る。Yさんと一緒に銀座を抜けて行った東京駅までは、混んでいるのと信号で時間がかかり気味。そこから皇居の回りを歩いていったが、けっこう蒸し暑い夜だった。



04/09/02/thu

■1人だと1時間半

 今日からほぼオリンピック前の日常に戻る。8時半起きで、同居人が出社したあとに、ゆるゆる定例作業など。来月のアップデート分の登録作業、書類書き、ひぇぇとすることの判明、8月のニュースで対応を悩んでいたものの相談などなど、私の方も細かい日常が復帰しつつある。7月以降、できることが制限されていたので、「らっき♪」と怠け癖がつきまくってしまっていたのを実感中。
 途中、いきなり「排水溝の点検です」というピンポンがあり、慌てた。「ちょっとお待ちください」と言って、最初にすることが着替えだもんな。あと、視野に入りそうなところに変なものがないかチェック。そういえば毎年9月に点検があったよな。流しにはコップやスプーンがちょっと放置されていただけだったのが幸い。お風呂場を見ている間に、チャチャッと洗う。点検自体は20分程度であっさり終わり。とはいえ、こういう中断があると仕事が捗らなくなるな。それでなくても効率が落ちているわけだから。  合間に換気扇の点検係も来て、どれも問題なしということだった。……そういえば。ビルトイン浄水器のフィルター交換しないといけないんだった。やばいやばい。

 ああっという間に夕方。4時前に出て、駒場の先端研へ。某コースの講義の前に、今度講師で来る人の作品を見る会があったので、一緒に見せてもらう。見逃していたのだよ。この作品の場合は、活字の方が受け入れやすいなぁ。映像だと厳しい。なんでだろう。
 講義の方は、ジャーナリスト向けの統計入門講座基礎の基礎という感じで、ついでに楽しく受講させてもらった。講師は、【労働経済学の梅崎修先生】。話を聞いているうちにわかったけれど、たぶん、例の毎日新聞「理系白書」で取り上げた「関西地方の大学の工学部と経済学部の卒業生がもらっている賃金格差」のデータを出したグループの方のようだ。なるほど。
 紹介されたサイトをリンクメモ。社会科学系の統計演習には使いやすいデータがそろっていそうな1つめと、データの倉庫のようになっている【東大社会科学研究所】のアーカイブが2つめ。後者を使うには一定の条件があるみたいだけど、いろいろなデータが蓄積されて、二次分析用に公開されているのはよいなぁと思う。

  【人事統計解析センター】
  【SSJデータアーカイブ】

 それにしても、注目してほしいのは、ほんとに「どうばらついているか」なんですよ。成果主義を入れた私の知っている某社の評価では、じつに90%の人が真ん中へんの評価値に収まっているだから。それで「賃金格差が拡大している!」とあおられてもねぇ。ちなみに、私の統計に対するスタンスは、【2月17日のてくてく】とか、【2月19日のてくてく】あたり。自分のための備忘リンク。梅崎先生のお話も、「統計を使えなくても、読めようになるだけでもだいぶ違う」というものでした。平均以外の基本的な見方をぜひ。

 講義が終わってからは、「じゃっ!!」と東北沢からの徒歩帰宅に挑戦。初めての道なので新宿までは地図片手だった。参宮橋から新宿へ向かう途中に、唐沢俊一氏の日記で出てくる「くりくり」らしき店を発見。さらに歩くと、巨大な文化学園エリアが出てきた。文化服装学園って、こんなにドデカいビルだったのね。この辺は初めてゆっくり歩いた。都内を歩いて移動すると、テレビや活字でしか知らなかった情報が突如として目の前に現れたりして、面白い。

 しかし新宿駅をまたぐのは大変。巨大ターミナル駅って、ほんと巨大。……トートロジーってしまうくらいに。えっちらおっちら東口に抜け、靖国通りを東へ進む進む進む、がだんだん飽きてきた。歩き始めて1時間半くらいたったところで、いい加減飽きて、電車に2駅分ほど乗る。音楽を聴いたり、誰かとしゃべったりしがらとかじゃないと、2時間は飽きるものなのだな。まぁ、一昨日の筋肉痛が2日目で悪化していたからというのもあるけれど(涙)。

 家に着いたら、少し前に帰宅したらしい同居人が、居間で爆睡中だった。お風呂をわかしたところで力尽きたらしい。少ししてから起こして、風呂に入れ、改めて寝る。



04/09/01/wed

■筋肉痛

 10時前に起きたら、同居人がすでに起きていた。今日は、週に1度のお勤めで調布にいかないといけないので、定例作業だけすませて、お昼前に家を出る。腕がほんのり筋肉痛。さすがに2時間、背中に荷物背負って、たまにシリーウォークになりながら歩いて帰ってくると、疲れるものなんだな。途中、同じ側の手と足が出る「ナンバ走り」をしてみたりもしたし。意識的にナンバにするのはけっこう大変だとよくわかった。
 あ、そういえば、昨日の夜、家に着いた瞬間、足がつったのだった。何年ぶりだろう。ムリして動かないようにしたら、すぐにおさまった。で、たまに薬局の前の看板で「足のつる人」っていう惹句があるよね。あれはなに? 「足のつる人」向けの薬があるってこと? そうなんだろうけど、玄関で何年ぶりかで足をつる人にも効くんでしょうか。

 電車のお供は、『クルーグマン教授の経済入門』(ポール・クルーグマン著、日経ビジネス人文庫 →[bk1amazon])か『裸のサル』(デズモンド・モリス著、角川文庫 →[bk1amazon])と思って、持って出る。前者は、「何持っていこう〜」と騒いでいた私に、「これは?」と同居人が差し出した本。後者は目にとまった積読本から。こんなのが未読って問題だよなぁ。

 結局、車内ではクルーグマン教授の本をぱらぱらめくる。冒頭部分に書かれた一節がお気に入り。クルーグマンは、「89年に『ワシントンポスト』から連絡があって、学問的な水準を保ちつつ、しかも専門家以外の一般読者にもわかるような、アメリカ経済についての短い本を書かないかと言われた」そうだ。経済の方以外も、ぜひこの路線でよろしくです。特に最後の「短い本」というあたりに注目していただけると助かります。
 読み始めたものの、「ほぅほぅ」と思いながらも、興が乗ってこない。少し前に出た本だからかな。なんか妙な時間的ズレがあるように感じるのは仕方ないのか。もちろん、そういう問題が問題にならないような書き方をしているのは重々承知。とすると、残るは、結論は出ないことをわかっていながら、まったく知らない分野を読むことのしんどさみたいなものかなぁ。「現実的には、きっとどうしようもないんでしょ」という悲観的な思い込みが、私の根っこにあるのかもしれない。ま、「短い本」つっても、私が読んだ100ページ弱だとまだ4分の1未満ってくらいではあるから、そのうち慣れてくるだろう。

 モリスに乗り換える気力はなくて、2〜3駅はぼーっと乗っていた。そしたら、少し離れたところに座っている20代か30代っぽい会社員風の男性が、反対側のシートに座って眠りこけているミニスカ女子高生の様子をケータイで撮影しようと、あれこれ角度を狙っている様子。別にパンツが見えていたわけではなさそうな様子なので、ミニで太股あらわにして電車で寝ている女子高生を撮りたかったのかもしれない。が、その様子は、あまりいい体裁ではない。ケータイで撮影する音が聞こえてきたと思ったら、次の駅で男性は降りてしまった。

 会議は中身がほんとになんにもなくて、夏休みの報告会になっていた。うう。終わってから、雑誌から必要な記事のコピーだけ取り、3時半頃退社。4時半過ぎに家についたら、やっぱり夕方になると眠いらしい同居人が爆睡していた。

 こっちのパソコンからは、すんなりLANハードディスクも認識できた。もう片方はやっかいだなー。わからん。あまりに汚れてしまったラグを買い換えに出て、ついでに夕飯におそばを食べて帰宅。お風呂に入って、空いたお腹を抱えながら、寝るのだ。




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