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2002年02月のてくてく
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05/02/27/sun
■印象と伝染
日曜日だというのに、朝から目の前の道路で工事。うるさいことこの上ない。日曜日に工事をするって、なんだろう? 水道みたいなんだけど、日曜日に工事予定が入るってのは、1カ月も竣工予定が繰り上がった大型マンション絡みなんだろうか?
で、そんな工事とは関係なく、この前の木曜日に買った『週刊モーニング』で気になるマンガがありましてん。動物系がお好きな方、お見逃しなく。とりのなん子さんという方が描く「とりぱん」。作者名とタイトルからわかるように、主役は「鳥さん」たち。しかも『文鳥様と私』(今市子)のような飼い鳥ではなく、野鳥さんたちが中心。ヒヨドリ、ツグミ、オナガ、エナガといったあたりが、今回はご出演中だ。第17回MANGA OPEN大賞受賞作らしい。4コマっす。
……ほんとに新人さんなんだろうか? 欄外に「再び無職(プー)。背水の陣で漫画に懸けるとりの氏に励ましのお便りを」とはある。でも、絵柄を一瞬見て、最初「あ、逢坂えみこだ」と思ったくらい。逢坂えみこのアシさんをしていたとか? 好きとかかなぁ? ちょっとした線の雰囲気とか、動きのあるポーズとか、似てる気がする。
その昔、見せてもらった【山本夜羽音氏】の絵はいまとだいぶちがっていて、なんか山本直樹に似ているなーと思ったことがある。そのときの絵では、瞳の角度、というか下から掬い上げるような目線の描き方が山本直樹っぽい印象だった。いまはそういう印象はないのだけど、ご本人も若干意識していた(時期だった)のかもしれない。
絵だけじゃなくて、文章も、気になると似ちゃうときがあると思う。一時期、私は吉田司ぽい感じに惹かれていたら、なんとなーくそんな感じの原稿が出来上がったりしたこともあった。あと、なぜか、影響を受けやすいのは15年くらい前から【前川麻子】だったりする。「どこが」と言われそうだが、たまに文章やふるまいの感じが一部だけ感染する気がする(と自分では思っている)。
05/02/23/wed
■ちょっとうれしい
今日、会議に行ったら、マーケティングの担当者から入った連絡として、今年の製品が小学校で使われている様子を映したものがあると紹介された。
【エンカルタ 総合大百科 2005 活用事例ビデオ】
もちろんマーケが販売促進のためにアップロードしたものではあるのだけど、実際に小学校2年生がエンカルタのキッズを見ながら、「わー」「すごーい」「気持ちわるーい」などといいながら触っている様子は、ひーひー言いながら作っていた辛さもふっとぶ、とまではいかないまでも、元気になる。もっとああすればよかった、こんなふうにできないかな等々、終わってから感じることも多々あったけれど、動画や写真、パズルといったものが盛り込まれているものならではの魅力もあるらしいとわかって、嬉しいことこの上ない。ふだん自分たちが使う分には、「かったるい」と思うこともあるけれど、子供向けはやっぱり違うのだな。
というわけで、お世話になった著者の方々、よろしければ上記の事例をぜひ見てやってください。メディアプレーヤーが必要です。
05/02/21/mon
■慣れない
決まらない。間取りが。
というわけで、なぜかマンションではなく戸建てになってしまった家問題。狭いし高いし。あははのは。こんなことになってしまったのを、実際のコトどもが動き出してから痛感させられている。これまでずっとマンションでの暮らししかシミュレーションをしてこなかったので、なかなか階段のある戸建ての感覚がつかめないのだ。でも打ち合わせは進めないとならない。
3月中にある程度のことを決めてしまえるのだろうか? 4月以降にずれこみたくないなぁ。でも照明に関しては4月になりそうだし、最終的な詰めは5月初旬になりそう。うう。つらい。
2月で刑法が終わるのが救いか。でももっと勉強しなきゃ。憲法とか忘れまくっているし。仕事も3月中にできるだけやらないといけない。ここでめげていてはならぬ。
悶々としながらも生きております。
05/02/15/tue
■ギャボー
いろいろ――ほんとにイロイロ――あって、いっぱいいっぱい。
05/02/07/mon
■じっと家で仕事をしている結果
昼前のTBSニュースを見ていたら、逮捕直前の萩原健一独占インタビュー映像が流れた。ふつうはドアから出てきて、車に乗り込むという連行される様子を家の外からカメラは撮影する。今回は、カメラはすでに家の中にあって、早朝のテレビで「逮捕令状をとった」というニュースを見る萩原健一の様子や、逮捕に備えて準備したものを写した後に、逮捕にやってきた刑事(か検事)がドアから入ってくるところが内側から写される。これはなかなか。めったに見ることのできない視点からの映像だった。刑事に「外に出てください」と言われて、そこで終わったのが残念。連行される萩原健一の肩越しにずっと写せたら、どういうものになったのかな。
寝しなにベッドサイドで読んでいる『希望格差社会』(山田昌弘著、筑摩書房→[bk1|amazon])に、なんだかはっきりしない違和感がいくつかつきまとっている。何種類かの違和感がまざっているからか、読みやすいものの、読後感ならぬ読中感がまとまらない。さんざんこの本の中で登場する苅谷剛彦や佐藤俊樹を読むときには感じない違和感。なんだろう。
最近、飛行機の音がよくするような気がしてならない。とくに暗くなってから。8時とか、9時、場合によっては10時くらいまで、ジャンボジェット機が上空を飛んでいるときの音が聞こえてくる。中野で暮らしていたときにはなかったんじゃないかな。でも、都心部で暮らしはじめて4年経つけれど、気づいたのは最近。飛行ルートとか、制限がなにか変わったのだろうか。わからん。
東京の場合は、大阪と違って音だけ。大阪に初めて暮らしたときは、「墜落する!」と思ったほど低く飛んでいたのが懐かしい。伊丹空港に向かう着陸態勢の飛行機は、地上から見てもけっこう大きいのだ。
などと思っていたら、メーラーの調子がどうも悪い。ここのところ仕事用マシンが不安定だったかと思えば、今度はこっちですかい。しかもよくわからない症状。困ったもんだ。面倒な手段を使えば、いまのところメール受信はできるものの、後々を考えるとメーラーの乗り換えが必要なんだろうか……。ううううむ。激しくうううううむ。
■続・非対称
あ、早速にお返事いただいていたんですね。>【武田さん】 どうもです。
いろいろ深い意味があったようで、失礼しました。ペランとした読み方をしているので、そういうことは考えてなかったです。気を付けまーす。
で、さらに何を私自身のこととして考えていたかというと、また明後日な方向。「なんで、『男性が多かったので、今やお父さんになっている人も多いのだろう』という書き方は一般的には成立しないと、私は思うんだろうか」ということだったりする。そうやって言ってもいいじゃん。でも違和感を感じられそうな気がする。とするとどういうふうだったらいいのか? たとえば「“若い”男性が多かったので」なら、ありそうだな。ってことは、ここの「男性」は男女問わず「人」とも置き換えられるよね。「“若い人”が多かったので、今やお父さんやお母さんになっている人も」。つまり「若い−(ならば)→いずれ親になる」というステロタイプ化が私の中にもあるんだろうなと、「昔は若かった−(なのに)→結局、親にはならなかった」自分を見ながら思い至る。
毎度思うけれど、バイアスやステロタイプな見方がどう貼り付いているのか、自覚するのは難しいもんだ。
05/02/06/sun
■長い帯と短い襷
今日も仕事と親族会議とお見舞いと家問題で終日、出ていた。ふーっ。くたびれた。93歳のばーちゃんが手術をしたものの、お見舞いは私の風邪が治ってからと思っていたら入院後10日目になってしまった。昼間もすーすー寝ているばーちゃん。また刺激を与えにいかないとな。
家問題は、自分たちの購入問題の続き。あれこれ細かい事柄を突き合わせる作業が必要で、疲弊することこの上ない。「帯に短し襷に長し」と前に書いたが、家問題は「長い帯と短い襷」がたくさん発生することだと気づいた。高いもんはひたすら高くて、狭いもんはひたすら狭いんである。しかも検討ジャンルが広がってしまって、悩みがどんどん増えていく。マンション派のつもりだったけど、戸建てという選択肢も生まれちゃったよ。
この家問題、ほんとに決着は付くんだろうか。不安になってきた昨今。
05/02/05/sat
■二日酔い
わりとよく寝たものの、起きてしばらくたつと、やっぱり二日酔いだとわかる。頭痛はないものの、また寝たい。が、今日はこれからお出かけ。
食前酒のあとに、ワインがぶがぶ、仕上げに食後酒までいったし。久々によく飲んだ日の翌日でした。まる。
05/02/03/thu
■怖い無限ループ
家を買おうというのはほんとうにやっかい。短い帯と長い襷がそこここに散らばってしまう。でも根っこには「どういう暮らしがしたいのか」という自分が問いただされるわけで、それもやっかい。やり損ねているドラクエの代わりにRPGとでも思ってやりすすめるしかないかも。
「クニエは家探しの旅に出た。チャラララチャチャチャーン♪」。とりあえずテツオを仲間のパーティに入れないと。
と、RPGのウォーミングアップをしおえて、細かい仕事をしながら、プリンター電源を入れたら、仕事用のマシンがいきなりブルースクリーンと再起動の無限ループにはまってしまった。ひぇぇぇぇ。終了させようとタイミングを見計らってもダメ。ちょっと触るとすぐブルースクリーン。でもって再起動。アクセスIBMボタンを押せばあれこれとお助けっぽいところには行くけれど、かといって再インストールなどいきなりできないし。結局、exitをするしかなくて、またすぐにブルースクリーンと再起動のループ。無理矢理スイッチを押しても、考えたらこのスイッチは電源を入れるためのものだった。残念。
少ししてプリンター電源を入れたとたんに変になったことを思い出して、とりあえず切ってみる。ループが途切れてくれたようだ。ふだんは出さないエラーリポートを出すと、しばらくしてデバイスドライバの問題だというお返事が来た。まぁ、タイミングを考えるといかにもな解析。ほんとにそうなのかな。でも信用するしかないし……。無限ループから脱却できて最初にしたことは、もちろん現在稼働中の原稿ファイルをUSBスティックに移すことだった。
ほんとは原因究明をしないといけないけれど、刑法に出かけないといけない時間。諦めて再度終了させた。そのときの気持ちは、「次も無事に立ち上がってくれますように、パンパン」だったよ、ほんと。
この世にブルースクリーンほど心臓に悪いモノはないんじゃなかろか。しかも再起動とのカップリング無限ループ付き。最悪である。
帰ってきて立ち上げたら、プリンタを切っているおかげか、いまのところ無事。ここのところルーターというかネットワーク絡みの不安定さが気になっていたので、その辺とあわせてチェックが必要かも。あ〜あ。週末はパソコンとお友達確定。
■非対称
ふらふらとウェブを徘徊していたら、【武田徹氏のオンライン日記】の2月3日付け「ジャスト」を読んでいて、ふと気になる表現があった。先日の一太郎ヘルプモード訴訟の話を受けて、ジャストシステムの変容について思い出話を交えて書かれている。あそこの出版部はいろいろマニアックな本を出していた。実際、うちにはその出版部にいた友人が作った、たしかに分類が難しいといえる本が何冊かある。で、武田さんはこう書いている。
「最後はやはりいろいろあって、決して円満退社だけではなかったと思う。しかし女性が多かったので、今やお母さんになっている人も多いのだろう。むしろ残された浮川夫妻の方が我が子のように育てていた一太郎が、こんな結果になって、心中察するに余りあるが。」
私の知人も女性だ。直接の面識はないが、別の出版社にいて「ジャストに行った」と聞かされた人も女性だ。ということはわかっているものの、太字にした部分を読んで、もしここの出版部に男性が多かったら武田さんは「今やお父さんになっている人も多いのだろう」と書いただろうかと感じた。
もし「僕の担当をしてくれた編集者も、いまやお母さんだ。」という一文だったら、なんの違和感も感じなかっただろう。そういう事実の振り返りから、浮川夫妻と一太郎の関係に思いをはせるのもありだと思う。
しかし、事実の振り返りというわけではなさそうだ。書かれていることからすると、推測のようである。これをジェンダーバイアスと呼ぶべきなのかどうかはわからない。ただ、こんなところにも非対称が出てくるものなのだなとは思った。
05/02/02/wed
■時空を超える読書
如月は刑法の月。というわけで、昨日から刑法に入りました。なんか妙に馴染む気がするのはなぜだろう。見聞きするのは刑事事件が多いからかな。
ところで。花粉症になった最初は、どうやってみんなわかるんでしょう? 風邪との区別は病院以外じゃつかないのだろうか? そんな心配をしている私は、鼻風邪がぐずぐずしているわけでして……。これって花粉症なの? 同じような心配を去年もしたような気がする。しばらくすると忘れることを期待しようっと。
今日は週に1度の会議。行き帰りで、ガリレオの『天文対話』を読んでいた。不思議だ世なぁ。ガリレオって16世紀に生まれた人だよ。その人が書いた本を日本語で21世紀に読めるんだもんなぁ。進捗状況は、まだ第1日目が終わったところ。先は長いが、妙に好きかも。くどいくらいに(へ)理屈を展開して、相手を納得させる。翻訳の日本語が古めかしいせいもあって、このやりとりが、学生時代に読んだプラトンの著作を彷彿とさせるんである。たとえば、月の表面が鏡のようにツルツルじゃないということを、実際の鏡がどう見えるかで説いたり。昔の人は、月面が鏡みたいだと思ったこともあったのか。知らなかった。でも、そう言われてみれば鏡みたいだと考えるというのも一理ある気がする。
対照的に現代的なものを、ちまちまトイレで読んでいた。『大人のための文章教室』(清水義範著・講談社現代新書→[bk1|amazon])は読了(文章を意識している人にはオススメよ)、次はガリレオにしようかと一瞬思うが、だらだらと対話が続くのは不向きである。なので、『世界が完全に思考停止する前に』(森達也著・角川書店→[bk1|amazon])をベッドサイドから移動することにした。そういえば、今月の『諸君』で森達也が批判されているらしい。立ち読みしてみよう。
■ベットは別途
……ベッドサイドと書いたら思い出した。
必要があって「差額ベッド」のことを調べていたら、すごいものをみつけたのだった。
【国税庁:質疑応答事例(所得税)「差額ベット料」】
【厚生労働省:平成15年度税制改正の概要(厚生労働省関係)より「…差額ベット…」】
うーん、国税や厚労省までもが「ベット」になっているよ。差額を賭けないといけなそうな気分。
こういう状況じゃ、「ベッドがないなど病院側の都合で特別室などに入るときは、病院は差額ベッド代を請求できない」ということが知られていないのもむべなるかな。ちゃんと説明をうけないまま、「差額ベッド代を払う」という同意書にサインさせられちゃうケースもありそうだなぁ。
みなさん、ご家族が入院して病院側から「差額ベッドしかありません」と言われてもひるまないでください。自分が希望しないのであれば、支払う必要のないものです。
【読売新聞2000年7月3日:「差額ベッド料 払い損に注意 」】
■入手本
戸田山和久著『科学哲学の冒険』NHKブックス
→[bk1|amazon] 【三中さんのとこ】はじめ、各地で話題の本。手に入れたのはもっと早かったのに、なんか出遅れた感がありそれが悲しいかも。基本的に好きな著者です。
山田昌弘著『希望格差社会』筑摩書房
→[bk1|amazon] 「格差」が気になっているところへグッドタイミングな本。というわけで、現在のベッドサイド本。『パラサイト・シングル』という大ヒットを飛ばした著者だけあって、読みやすいように思う。じつは私はお初。どういう展開になるのかなー。
ASH編『悪魔のマーケティング タバコ産業が語った真実』日経BP社
→[bk1|amazon] 『医学者は公害事件で何をしてきたのか』(岩波書店→[bk1|amazon])の著者である津田敏秀氏が訳者の一人で入っている本。私は98年の11月に喫煙者ではなくなった。別に禁煙しようとしたわけではなく、タバコを受け付けなくなったからで、「タバコも吸えない身体になったのか」とちょっと悲しかった。それまでも2年周期で吸ったりやめたりしていたのだが、今回はそのまま途切れている。喫煙者の肩身がとっても狭い今日この頃なので、少しだけ吸えない自分が悲しくなくなった。……タバコ、おいしいかったよなぁ。悪魔の掌の上を転がされているとわかっていても。
先月のてくてく→2005年01月