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2005年4月のてくてく
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05/04/30/sat
■4月末日
そういえば、花が散ったのを気づかないまま、桜は葉桜になっていた。ふっと視線をあげるとイチョウの若緑が目に鮮やかになっていた。
そういうわけで、4月も終わるのだ。
学校が始まったのと、ばーちゃん死すが重なったからか、この4月は気持ちがとても忙しかった気がする。追いつかないお勉強で肉体的にも忙しいのだが、それ以上に気持ちが忙しくて、まさに「心を亡くした」状態。情けない自分がどどーんといるし。何事も経験とはいえ、「焦っても仕方ない」という気持ちと「焦らないとまずい」という気持ちが同居するって、しんどいことだなーと実感ちうです。はい。
■大問題
3月から懸念だった事柄が、やっぱり大きな問題になっている。
それはカバン問題。
法学系といえば、大荷物で有名なのだ。
いちおうロッカーはあるものの、まだどこでどう勉強するかがはっきりしないので、結局、『判例六法』とたまに持って行くノートPC用のアダプターくらいしかおいていない。でも、これまで使っていたサザビーの背負子タイプでは2科目分の教科書やらレジュメやら参考書やらは入らない。4月はそれにミスドで昔もらったトートバッグをあわせて持って行っていた。けっこう大きいのを2つ持って歩くはめになる。
これはあまり使いやすい&歩きやすい状態ではない。
とりあえずA4サイズのノートPCを持ち運ぶときのために買っておいた背負子タイプのカバンを取り出してみた。いちおう今度の月曜日分は、パンパンになりながらも収まった。ただし小物系は別のポーチに入れないと無理。
ただし、このタイプのパソコン用バッグはあまり好きではない。ほかにいいものはないだろうか。細めの持ち手やショルダーストラップだと、荷物がずっしりと肩に食い込むからダメ。あんまり大きすぎても中で本やノートが泳いでしまうし、実際バランスがとれなくて、持ちにくくなりがちでダメ。でも小さいのは論外。
エディターズバッグと呼ばれるカバンが品切れになるほど、時代はデカバッグらしい。が、エディターズバッグ系でもちょいと不安が残る。できれば見た目にあまりではないデザインの背負子系で大きめのカバンがほしいな。無理だったらショルダーでもいいのだけど。
結論からすると、「大きいの一つ」では無理そうではある。ポーチ系と組み合わせて持つことを考えた方が現実的なのかも。コロコロ転がすキャリングバッグはなんだか苦手だし。当面、同居人のカバンなども活用しながら、あれこれ試して見るしかなさそうだ。
……うーん。中学高校も、うまく学校に教科書を置いていけないタイプだったなぁ。全部勉強するわけでもないのに。結果、毎日重いカバンを持って行っていた。人間、そうそう変わらないってことやね。
05/04/29/fri
■先輩だけど後輩
世の中は心ウキウキゴールデンウィークらしい。
私は心中真っ青つかの間の休息……、じゃなくて予習と復習と課題のために与えられた時間である。
混沌の淵に落ちている間に、約3週間がすぎてしまったわけだ。生活のペースがつかめないのが厳しいなー。でもどうにかして慣れていかないといけない。ふぅ。
ところで、社会では圧倒的に少ない(でもメディア方面ではそこそこに目立つ)ICU卒業生が、東大ローにはけっこう多い。去年の未修コース(3年制コース)では1割に迫る勢いだったし、今年も若干減ったものの片手では足りない。なんか不思議である。
まぁ、出身大学がどこであるかは出てしまうとあまり意味がないのであるが、一時期を同じキャンパスで過ごしているので、話が重なるのはありがたい。ただし大問題もある。私がICU卒の最年長で、どうも若い子らとキャンパスの様子が大きく変わっていること。在学中にはなかった学科ができているし、ICU名物英語のカリキュラムも1年間から2年間になっているし、必ず英語による授業もとらないといけなくなっているし。ああ、そういう仕組みになる前に卒業して良かった。大学入学前の英語力しかない私です。
こんなことを書いたのは、昨日、ICU卒で2年生に在学中の先輩(10コ下)がさそってくれて、1年生の同級生(17コ下)とご飯を3人で食べたからである。右も左もわからない1年生としては、2年生の(くどいようですが)先輩がしてくれるこういう気遣いがとてもとてもありがたい。
来年、新1年生に恩返しができるといいのだけど。そのためには来年の1年生と同級生にならないことが大前提というプレッシャーである。
■あたりまえの言葉
ありがちなことであるが、新しい分野の勉強をしはじめると独特な「言葉」にとまどう。いままさにその状態。けっこうなストレスである。特に本でそういう表現に触れると、「担当編集者は何を考えとるのだ!」と気になってしまって身体によくない。
それでもテクニカル・タームはまだいい。辞典類にも載っているし、本の中で説明をほどこされているものも多い。いちばんきついのは、やっぱり「辞典には載っていない、どうやら使用者はごくふつうの日本語と思っている言葉」である。本だけではない。そういう言葉は、授業でもぽんぽん飛び出す。
いまの段階で私が気づいたこの手のジャーゴンは、「実質」である。この「実質」が日常的な意味合いと微妙にずれている。見かけるたび、耳に入るたび、「えーと、それはどういうこと?」「なんかちがう」ととまどうのだ。
当然まだうまく使いこなせないのであるが、登場してくる傾向を自分なりにまとめると、「犯罪の実質」「法律の実質化」「この事案の実質論」といった形で出てきやすいような気がする。具体的にどういう意味かというと、まさに「具体的なこと」というようなこともあるし、「法律論の枠組みだけではなく」とか「現実的には」とか「実体」とか、あれこれが重層的にもりこまれているようないないような……。「実質」がつく言葉の中でいちばん気持ち悪いのは「実質化」です。
じつは同じ法律専門家でも使う人と場面によってもさらに微妙なずれがあるので(たとえば物理と数学の人の間で同じテクニカル・タームを使ってもずれているようなもんじゃないかと推測中)、なんともいえない居心地の悪さが残る。
もちろんこういう問題は、法律に限ったことではない。どの分野の方々も、ぜひテクニカル・タームではないところの独自用語に少しだけ意識をもって、書いたり話したりしていただきたいなーと思う。広く受け入れられる書き手、話し手は、おそらくこの「業界独特の物言い」を無意識のうちに避けているからこそ、受け入れられやすいのではないかな。そういう部分って、受け手も肌感覚でふるいにかけてしまうので、なかなか顕在化しにくいけれど。
とはいえ、特に法律方面では要注意。司法制度改革真っ最中で、いずれは裁判員制度も始まるわけで、そこへ向けての関係者の取り組みが重要になっている時期ですもんね。
05/04/24/sun
■バスターbyバスター
昨日は、私もバスターされました。おかげで、貴重な土曜日の午前中が吹っ飛び〜。
しかし、あれ、セーフモードで立ち上げることを知らない人とか、パソコン1台のみの人とか、どうするんだろう? いきなりリカバリーCD取り出してきちゃった人も少なくないんじゃないかな。私も一瞬脳裏をよぎったもんなぁ。ただ、その前日に作っていた仕事のファイルをまだほかにバックアップしていなかったので(そのファイル以外はほとんどしてあった)、なんとかファイル救出をしたいと粘っていたから助かったともいえる。救出作戦をあれこれやっているうちに、「これはきっとウイルスバスターくさい」と気づけたから。
あれやこれやと電源を落として(ふたたびバッテリー外し技。CPU100%と気づいていなかったのでちょっと変なフリーズかと思った)再起動したりしつつも、結局、ウイルスバスターのパターンファイル更新がかかってから調子が悪くなったことを思い出して、とりあえずウイルスバスターを終了させたら多少よくなった。最初はオフィスとバスターがコンフリクトしていたんだと思っていた。もちろんすぐにしたのは仕事ファイルのバックアップ。
その一方で、プライベートPCからとりあえずは2ちゃんねると思って(当然のことながらトレンドマイクロにはなんにも出ていなかった)、セキュリティ板にいったら、案の定「ウイルスバスター」スレが一番上に来ている。一通り読むと似たような症状の人がわらわら登場していた。そうこうしているうちに共同通信のシステムダウン速報が入ってきて、これはどうやら決定的だとわかったし、対処としてはリアルタイム検索とインテリジェントアップデートをはずせばすみそうだとわかり、早速やってみたら成功!
でも、CPU100%状態は強烈だった。ふだんからすると考えられないほどの熱い風が出てくるし、ファンの音が不気味なまでに大きくなるし。
JR東日本とか朝日新聞とかは賠償されても、こんな個人はされないんだろうな。実質的な被害は「土曜日の午前中」という時間だったわけだし。私を時給で雇うと高いと言ってもムダってことか。むぅ。ま、洗濯しながら対処していたから、それほど時間的な被害もなかったってことでよしとしましょう。
05/04/19/tue
■密かにあたためていたこと
こんな形で、しかも公開で書くのも変かなーとは思うけれど、さすがに疲れているらしくお勉強の頭に切り替わらないので、前々から思っていたことを書いちゃおうと思う。あたためていたのだけど密かすぎて、このままだとそのまま忘れそうだから。ま、まだ中途半端だし。
「ロボットの本を読んでいると脳のことを連想し、脳の本を読んでいるとロボットのこ とを思い出す」というのを読んで、改めて「ぜひ、ロボットと脳と進化の3本柱で書いてみてほしい」という密かな企画案を思い出した。
イメージとしては、渋谷の東急ハンズ。あそこは1A、1B、1C、2A、……と螺旋状にフロアがつながっている。そんな感じでロボット1を書いたら、脳1を次の章で書いて、進化1へと続く。でもってロボット2のフロアに行く……。そんな感じの本ができないかなーとか。3階だとさみしいから、できれば5階建てくらいで。ちょっとぶ厚めの本になっちゃうね。
各フロアにあたるトピックの組み立て次第で、けっこう息の長い本にできるんじゃないかと思うのだけど、どうだろうか。
■コンクラーベ
始まったそうだ。
誰しもが一度は口に出して言ってみる「コンクラーベ」。
そういえば、この前、夕方のニュースをつけたら、いきなり枢機卿になっていた浜尾さんが出てきてインタビューに答えていて驚いた。いまはバチカンか〜。この浜尾さんは、皇室関係の話題でよくテレビに出てきた元春宮侍従の浜尾実さんの弟だっけか。お兄さんだっけか。どっちかである。
15年くらい前までは、浜尾さんが横浜教区の司教さん。その横浜教区で司教座のある教会では、必ず新年のミサ(大晦日というか元旦の夜中12時に始まる)を浜尾さんがやっていた。いい声なんだよね。彼の歌ミサは好き。いつの間にやら枢機卿になっていてそのときは驚いたなー。
さてさて、今度は誰だろう?
05/04/18/mon
■孫孝行
なんていいタイミング。めったにない休講に、ぴったりと告別式の時間がはまった。その後、斎場に行って、お骨を拾って、葬儀会場に戻り繰り上げ初七日の法要もすませて、学校にあがるとどんぴしゃりの4限目スタート。喪服で飛び込んで一番後ろだっただけど。なんて孫孝行なばーちゃんだろう。
92歳とは思えないほどしっかりした骨で、あやうく骨壺に入りきらないほどだった。背骨なんてちゃんと重ねられたし。そのままダルマ落としができそうだと思った私は不謹慎な孫です。私の骨のがスカスカだわ、きっと。
というようなことを経て、思い出したことがひとつ。私のいちばん最初の取材相手はこのばーちゃんだった。小学校4年か5年の時、国語で「聞き書き」の宿題があった。それで、大正元年生まれのばーちゃんに関東大震災のことを聞いたのだった。そのとき、朝鮮人の大虐殺があったこともばーちゃんが教えてくれた。微妙に事実関係が違っていた気もするけれど、どわわーとそれを書いたら、毎年、1年から6年までそれぞれから少しずつ拾い出して集めて作っている文集に掲載されていた。これも初めての他人様に見ていただく記事になったわけだな。
なんとなく感傷に浸っております。
05/04/17/sun
■下方修正
お通夜に出てミス発見。ばーちゃんは92歳だった。大正元年生まれではあるけれど、誕生日はまだ。たとえ約90分の1でも歳を上に間違えたら、おこられてまう。
■大往生
結局、土曜日の未明に93歳のばーちゃんが息を引き取った。ばーちゃん、たくさん生きたねー。
先週の誤嚥問題が引き金となっているようではあるが、私は伝聞だらけなので判断がつかない。ただ、それまでは少しなら歩けるほどに回復してきていたというのを聞くと、やはりなんらかの感染症による症状でおこした機能不全だろうとは思う。木曜日に「危ない」という情報は入っていたし、生命維持装置はつけないという確認を子供たちの間でしていたというのも聞いていたので(生命維持装置はつけるとその後のはずすタイミングが難しい。それをわかってつける分にはいいが、けっこうやっかいな問題ではある)、覚悟はしていたけれど。
年齢も年齢だし、家にいたって何かの拍子に誤嚥をおこすことはあり、急変は仕方がない。ただし、それが病院内でおこると、それまでの対応のまずさも思い起こされ、気持ちがざわざわするのはたしかだ。
たとえば、まず、救急で行って入院が必要になったとき、部屋がなく特別室に入ったところ、病院側の都合なのに差額ベッド代を請求されて支払った。その後、妹がMSW(メディカル・ソーシャルワーカー)らと別件で話をしたときに、「差額ベッド代は病院側の都合の場合、請求できないですよね?」と確認をしたら、すぐに払い戻されたという。家族が知らないことに乗じて本来請求できないものを支払わせて、問い合わせが来たら返還するという態度は、患者に対する公平さに欠ける。
また、患者の状態の把握がおろそかで、それまでふつうに食事もできていたことすら知らず、自力で食べられるのにどんどん看護師が食べさせていたという。で、妹がばーちゃんにスプーンとお茶碗をもたせて自分で食べるのを介助していたら、看護師が一言。「あら、ご自分で食べられるんですね」。患者のQOLを下げることに看護師が荷担しているケースにあたる。ほんのちょっとの期間で、足に褥瘡まで作られた。体位交換はしなかったのだろうか。しかも褥瘡ができたことを家族の誰にも伝えていなかった。
細かいことはいろいろほかにも聞くが、なにより問題なのは感染症コントロールがどうもずさんなこと。点滴を入れている腕が腫れていたので確認したら、「針からばい菌がはいっちゃったんですね」と無邪気に看護師が言ったという。腕が腫れる以外にも今回以前に発熱があり、その原因を聞いても「よくわからないんですよね」。
みんなで退院後の施設を検討していたが、なんとなーく元気で出られる気がしないなーと思っていたら現実になってしまった。ちなみに入院先は【ココ】。病院そのもの以上に、担当看護師のあたりはずれも大きかったんだろう。もちろん事故も不手際もあってはならないなんて思わない。ただ、なにかあったらそれがどんなにささいなことでも、家族にはきちんと伝えてほしい。……受け手の側の問題があることもわかる。しかし、知識面含め、病院側の方が圧倒的に慣れている以上、対応のしようはいくらでもあるはずだ。
こういう状態にもかかわらず解剖もカルテ開示もしていないわけで、そのあたりが遺族側としての私もかかえている課題のひとつかもしれない(今回はほかの事情もあるけれど)。別に訴えるどうこうではなく、何がまずくてこうなったのか、1つのケースを病院側にも共有してもらえる機会を活かさないままに受け入れてしまう。でもフィードバックが機能しなければ、改善も期待できないはず。
というわけで、今日はお通夜です。
05/04/16/sat
■1週間
月曜日に民法学び、火曜日は入門クラス〜、水曜日も2コマとってぇ、木曜日も入門受けて、金曜日は民法刑法〜、ちゅらちゅらちゅらちゅらちゅらちゅらら〜。それが私の1週間。ただひたすら予習〜♪
というわけで、あっという間もなく1週間がすぎていった。現在、「カオスな世界の私」になっている。入学前から決まっていることではあるが、予定通りオチコボレている。三拍子そろってわかりません。「なにを聞かれているかわからない」「どう答えればいいのかわからない」「なにがわからないのかわからない」。完璧です。教科書やら参考書やらを買いまくる日々。あいかわらず荷物が減らない。
はやいところ、法律をお勉強すること自体になじまないとならぬ。
ということと、1回目の講義で初学者向けだからこそ、よく出てきた言葉はこれ。
「数学は1+1は2になりますが、法律は数学と違って1つの答えがあるわけではありません」
あの、せめて「数学」じゃなくて「算数」にしていただけないかと。どの先生も言っていたなぁ……。でも数学だって、いろいろだよねぇ。1+1が2になる世界もあれば、1+1が10になる世界もあるし、1+3が1になる世界もあるし、それに、ある世界では2+5は7でもあるけど5+2でもあるわけだし、そもそも先の方にいけば「答えがあるのが数学」というわけでもないよね……。あと、1+1が2になることを組み立てる部分とかを読んだことがあると、ぽーんと所与のもののように「1+1は2」と扱われると寂しい気持ちもしてきたりしてます。
ただ、ふりかえると、これは法律の人だけにかぎらないなー。日本語教師の勉強をしていたときも何度かあったような気がするし、どの分野の人も同じ感じだもんね。そういうイメージがこびりつくような数学だけを経験してきたことに違いはないわけだし。まー、現実的には当然ではある。
なにより、三拍子そろった私は、こんなことで抵抗感をもっていてはいかんのだ。
■赤絨毯その後
【インチキ化学者さん】、お祝いの言葉ありがとうございまーす。で、早速、2つめの赤絨毯報告もいただいた。【赤絨毯は、図書館にも引いてある】とのこと。たしかにそうでした。はじめて入った総合図書館はなかなかに荘厳でよい雰囲気だった。
これで2つめの赤絨毯。ほかにも見つけたら報告しようっと。
でも、法学部研究室(というか3号館)の赤絨毯と総合図書館の赤絨毯は全然イメージが違う。総合図書館はだれでも入れるし、みんなが使うところで、そこに赤絨毯が敷いてあるからか、あんまり閉鎖的な雰囲気は感じられない。一方、3号館は教授室がずらっと並んでいて、学生すら入りにくい雰囲気が立ちこめている(というか、原則、4号館の資料室への許されたルート以外立ち入り禁止。たまたま迷い込んだので発見した)。
もちろん立法に携わる人も多いわけで、いろいろな問題もあって管理をちゃんとしないといけないのはわかるけど、そういう機密事項はどの分野でもあるわけだよね、とか思ってしまうのでした。「別格」という単語がこれほど似合うところは初めて出会ったかも。なんで別格な(ままいられる)のかはおいおい知りたい気がする。
05/04/10/sun
■民法のケースメソッド
今日はこれから家の請負契約がある。……ひたすら欠陥住宅にはなりませんようにと祈るのみ。
と、これまで土地の売買契約をして、今度は請負契約という話を、金曜日に初めてあったクラスコンパで話したら、「おー、錯誤だったりして。大丈夫ですか?」というような声がそこここからあがる。なんか法律のお勉強をしはじめたノリが満載で楽しい。「まさに民法のケースメソッドだ」とも。でしょ。
やっぱり、今度、契約書をみんなで見てみよう。というのも、昨日読んでいた教材に「契約の内容も不確定的になりがちであり、『支払フコトアルヘシ』といった不定量の義務を規定する建築請負契約や」(六本佳平、放送大学教材『日本法文化の形成』)という一文があったのだ。なにこれ。いきなり建築請負契約ですか。どきどきどき。今日、契約するのにぃ。そもそもどっちの義務が不定量なの? わからん〜。請負の契約書はこれから初めて目にするのに、どうしたらいいのだ。
と、まぁ、思いっきりなんでも自分の例で考えてみるのは悪くないかもしれない。家を建てると、ものすごく細かいところまで決めないといけなくて、けっこうな労力と時間がかかるけれど、それもこれも民法の実地訓練だ。請負契約の次は、消費貸借契約! つまり住宅ローン。結局、某T銀行からは「個人事業主はこのキャンペーン商品の連帯保証人にはなれない」という返事を2週間も待たされたあげくにもらったので(しかも当初は同居人はキャンペーン商品と私はふつうのローン商品と別々に組めば個人事業主でもOKだからとむこうから紹介されたのに!)、私だけ縁を切ることにした。私は個人的に同居人と消費貸借契約を結んでやる。税務署にも確認したし。この消費貸借契約書も自力で作ってやる(真相はクラスのみなさんに頼る)。ほら、とってもいい勉強! とでも思わないと、とてもじゃないが銀行さんに関係することどもは、やってられんのよ。はぁぁ。
■人騒がせ
昨日、妹から連絡が入り、入院しているばーちゃんが肺炎らしいという連絡が入った。御年93歳。「延命措置とかなんとか言っている……」。う、それはかなりヤヴァイ。1月に手術が必要になって入院したのだが、まだそのまま。途中、当然のごとく院内感染らしき発熱もあったし、今度の「肺炎?」は誤嚥らしいとか。
これから病院に行くという父親に、病院とのやりとりの際に必ずやっておくべきことを伝えた(カルテは早い段階で開示してもらう。どんなことも日付と時間をつけてメモにする。医者から「説明します」と言われたら、できれば許可をとって録音する)。ふだんは頑固で聞く耳をもたん父親も、神妙に繰り返していた。
その後、「とりあえず待てといわれたが、私も行った方がいいんだろうか」「なんかあったら知り合いの弁護士で誰に相談するといちばんいいかな」とか、もんもん。いつお亡くなりになっても大往生なのでそれ自体はいいのだが、やっぱり病院側のずさんな看護が原因だと子供たち(私の親世代)はいろいろつらかろうし、納得もできないだろうから、残った子供らにとって必要なことはしなきゃなぁとか。個人的には何も授業の第1週にあたらんでも……、だいいちいきなり喪服で授業かという非常に利己的な考えばかり。読んでいた予習教材も文字面だけおいかける状態。まずい。
でもほかにすることもないので予習していたら、再び妹から電話で「いま、親たち帰ってきたー。大丈夫だってー。おばさんも『元気よ、元気』と言ってた。ばーちゃん、しゃべってたって」とのこと。年齢が年齢だからこれからも何があるかはわからんが、とりあえずはよかった。にしても延命措置って、なんだったんだろう? 伝言ゲーム状態だったのかな? お願いですから、情報伝達は確実に。
05/04/07/thu
■赤絨毯
もうちょっと寝ているつもりが、小型機かヘリかが飛びまくっていて、予定より1時間半早く目が覚めてしまった。なんだろう? 事件でもあったのかな。
早速に予習課題がどちゃどちゃと出て、ひーひー言っている新入生です。【お祝いありがとうございます】。法科大学院の数も適正数が問われているところですが、私のようなできそこないの大人のためにも大学はある程度必要かも(爆)。オッサンにはなれたが、うまく大人になれていないなーと日々思う。とりあえずは、大人になることより、最低限の予習復習ができる学生になりたい。ちゃんとした院生になれたら、荷物が多いのが特徴の法学系としては、ゼミの発表などで私も【発表内容を印刷した布を風呂敷にして】みたい。
……でも。ここ2日でちょとだけ違和感も。赤絨毯が敷いてある廊下をもつ校舎には、かなりの数の大学をまわった私でも面食らった。理系の研究室・教授室周辺では考えられない。総長部屋の近くはどうだったかなぁ。応接室は広くて荘厳だった記憶はあるけど。
歴史的な建造物であるのもあいまって、「ここは貴族院の議員室かなにか?」というのが正直な感想である。この違和感は「市民と法律の距離を縮める」という司法制度改革のお題目との齟齬から来ていることはあきらか。いろいろな業界流儀や環境になれてしまうだろうけれども、少なくともこの違和感はいつまでも忘れないでいたい。
05/04/05/tue
■いちねんせい
行ってきました、入学式。間違えて父兄控え室に入りそうになる。というのはウソだけど、どうもそっちの方が似合いそうな自分にくじけそう。でも、晴れてよかった。
去年は堂々と父兄控え室だったのだけど面倒なので入らなかったので、今年、【同居人が潜入リポート】。スクリーンに向かってカメラを向ける父兄は、たしかにじーんとくるかもしれない。ところで、総長と研究科長の式辞が微妙に相反していると感じたのは気のせいでしょう。
懸案のお友達は……。きょうは、あたらしいおともだちごにんといっしょにおひるをたべることができました。よかったとおもいます。
というわけで、「寂しかったら電話するからそれまで待機していて」と、キープしていた同居人には連絡をしないですんだ。けっこう極悪非道な扱いをしているかもしれない。
さっそく生協の会員になって、あとはガイダンスを受けたり、ガイダンスを受けたり、歓迎式辞を聞いたり、ガイダンスを受けたり。
初めてのところは、やっぱり緊張するらしい。夕方、家に戻るとけっこう疲れているのに気づいた。当分、こういう状態が続くのは仕方がない。
考えたら(考えなくても)、金曜日から授業が始まる。予習をしないといけないってことなのだなー。きゃー。
でも今日はバタム。おやすみなさい。
05/04/04/mon
■前夜
ついに来てしまった。明日は入学式。どきどきどきどきどき。なんかこわいよ〜。
読み終わりたかった『実定法学入門』は、序のところまでしかいかなかったし、だめだめ。しかも、昨日、久々に内幸町までの往復ウォーキングをしたせいで、悲しいことに今日の夕方から筋肉痛だし。これは関係ないか。
明日はこれまた久々にお化粧もしないといかん。久々のスーツだからねぇ。どっちも今年に入って初めてである。これでほんとに社会人入学なんだろうか。
いちばんの心配は、正直なところ、やっぱり友達になってくれる人がいるだろうかということかもしれない。浮いたらどうしよう。幼稚園を卒業して、小学校に入る子供みたいだ。でもほんものの子供みたいにかわいくありません。
まだ顔を知らない同級生のみなさんへ。これから3年間、どうぞよろしくお願いします。えーと、最低3年間は同級生でいられますように。はっきりいえば、中退も留年もなく3年まで過ごせますように、です。まずは1年、どうか大過なく。
■身長縮め器
という前日にもかかわらず、仕事、家関係フォロー、机周りの整理など、細かいことをあれやこれやする。合間に少し先輩のお手伝いなどもしてみる。でも中途半端にしかできなかった。大ごめんなさい。
教科書を買いに行って、もっていったトートバッグがいっぱいになってしまったことに唖然とする。これでも3冊はあきらめたし、すでに3冊は家にあったし、という状況なのに。えいやっとトートバッグをかついで歩いていると、一歩踏み出すごとに肩にめり込む。さらに踏み出すと、身長が縮んでいくのが実感できそうな気分になる。もう、一晩寝れば軟骨が元気に回復してくれる年齢でもなく、縮んだら縮みっぱなしなんだから、こんなめり込む状態になるほど教科書地獄にしないでほしいとちょっと思う。
しかも。帰ってきて並べたら、同じ本を2冊買っていたことに気づいた。ショック……。どうしよう、このコ。
ただ、トートバッグいっぱいになって、身長が縮むほどの重さになっても、トータル約23000円。本は高いと言われるけれど、安いんじゃないかと思った瞬間だった。
05/04/02/sat
ウソをつけない体質なので、4月1日はすっ飛ばしました。というのは、果たしてウソになるのか?
■ハト情報
ちょっとバタバタしていたときにメールをいただいたのだが、そのまますっかり忘れてしまっていたものがあった。申し訳ない。昔からここを読んでいただいている方はご存じだと思うけれど、私は、ハトが気になっています。たとえば去年、【ハトも飛んでくれない】なんてことを書いたように、「ハトはなぜ首を振って歩くのか」が不思議でならないのだ。
そういう私に、ちょっと違う種類のハトの様子を観察している方から、さらなる情報が! 【アオバトは首を振るか?】である。【私のアオバト仮説】の田端裕さん、お知らせありがとうございました。同じハトの仲間でもいろいろありそうだなぁ。
今日、私が見かけたハトは、家具屋さんの店先をいつまでもじっと見つめていた。帰りがけにもやはりハトがその家具屋さんを見つめていた。ただし、同じハトかどうかは見分けがついていない。なぜ家具屋?
■ケイ素な人
このタイミングで書くのもなんではあるのだが、【シマネコさん】は「ケイ素(Si)」だったんだー。惚れてしまいそう。
以下、蛇足。もしなにか一言発するとすれば、送り手に必要なのは【TMP】かなと私は考えています。反応しない自由も、ほかにはたとえば誤読する自由も、受け手はもっているわけだし。こう考えるべきだと押しつけるつもりは、もちろんありませんです。
■入手本
「写楽」編集部編集『日本国憲法』小学館
→[bk1|amazon] なぜかいまさら買ってみました。その昔、この本が初めて出たとき、大いに話題になったなぁ。なつかしい。小学館の名物編集者・島本修二氏編集。それは知っていたけど、「写楽」編集部編だというのは知らなかった。届いた本をめくってみると、想像していたのとちょっとちがって、あてははずれた。でも、いいや、見やすいし。「写楽」というだけあって、写真ページが多いのです。
井上薫著『司法のしゃべりすぎ』新潮新書
→[bk1|amazon] はたして今頃買って読めるのだろうか。というのはさておき、裁判官が判決文と論文以外にいろいろ書けるようになったのはいいことだなと思う。『裁判官は訴える』という本が出た頃からすると隔世の感があるよなぁ。あれは6年くらい前だっけ。いまや裁判官もブログをもっていたりするわけで、こういうことがやっとこさ当たり前になってきたのは、憲法が変わったことに由来する世代の交代がほんとにすんだってことなんでしょうかとか適当なことを言ってみる。
先月のてくてく→2005年3月