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2005年5月のてくてく

05/05/25/wed

■好きだけど苦手というのは悲しいね

 憲法が始まったりしている今日この頃。
 【主婦と科学。「好き・キライと、得意・苦手は違うのかも?!」】を、【あらきけいすけさんが引いている】

 きつぱり。得意・苦手と好き嫌いはちゃいます。

 数学は大好きだった。いまでも好きだ。でも、得意だったのは高校2年生まで。3年生からは不得意(というかフツー)科目になった。大学に入ってからも、やっぱり苦手なままだった。落とした単位はぜんぶ数学だってあたりにもそれは現れている。成績は極悪だった。GPAは哲学で上げた。
 でも好き。授業は楽しかった。もちろんわからないこともたくさんあるけれど、少しはわかったし、何より、少しわかったところから見える数学にうっとりしていた。かいま見させてくれるだけで私は満足です、てな気分。

 だから、「問題を解こう」とか、「ばっちりわかろう」とか、大それたことを考えてはいなかったんだと思う。よく言えば。
 実際は、授業を聞いて理解すればいいと思っていて、解けることが求められているとは考えもしなかったような気がする。仕事をするようになって、小学校の算数の先生たちが集まる場で「わかることとできることは別だ」という話を聞いたときに、ふかーくうなづいてしまったことよ。それじゃダメだとなんで最初の線形代数の試験が終わったときに気づかなかったのだろうか。

 でね。大問題は今もそうなんすよ。法律は好き。法学も好き。これは確実にそうだと思う。いろいろと戸惑ったり、困惑したり、オチコボレたりしているけれど、基本書といわれるたぐいの本を読んでいて、社会学でもつような違和感はない。でもね。苦手かも……。まだ「かも」をつけさせてください。「わかることとできることは別だ」ということだけはどうにか学習しているから。それに……。(性懲りもなく)夢を見ていたい年頃なのですよ。

 世の中には「好きこそものの上手なれ」というフレーズがある。迷惑である。
 私は当然こっち。「下手の横好き」。



05/05/21/sat

■「を」から「で」に

 昨日は、久々にサイエンス・ライティング方面の皆さんと集まった。例のごとく【植木不等式さん】に、Wさん、Nさん、Sさん、Fさん改めYさんと、今回はお初の【内田麻理香さん】。お会いできてとってもうれしい。

 はい。この1ヶ月半、法律以外をほとんど断ち切っていたことが、わずか3時間で無に帰しました。はっはっは。やっぱりねー。そうなると思っていたんだー。古巣の話題に耽溺すると、無理矢理詰めていることがリセットしちゃうんじゃないかなーって。法律頭かむばーっく。

 というほどに楽しかった。今回のお題は『進化しすぎた脳』(池谷裕二著、朝日出版社→[bk1amazon])と『ヌカカの結婚』(森川幸人著、新紀元社→[bk1amazon])。どちらもイトイ系というか、ヒットメーカーである。森川さんは本よりももちろんウゴウゴルーガ等々のCGアーティストとしてのが知られているけど。

 『ヌカカの結婚』は、虫たちの性戦略を元にして思いっきりイメージをふくらました物語。いろんな性戦略がおとぎ話になっている。前作『テロメアの帽子』(→[bk1amazon])と一緒で、半分が森川タッチのイラストなので実際の印象は絵本である。これにはけっこう大きなミスや細かいミスやらがあって、その辺が批判されやすい。もっともな批判なので、それは仕方がない。前にも触れた【ボルバキアが出てくるべきところでミトコンドリアに行ってしまう】というようなドカンとしたことだけじゃなくて、カタツムリが「昆虫」になっていたりで、あれやこれや細かいこともあったりする。

 えー、私もさすがにカタツムリが「昆虫」とは思わないけど、「でんでんむしだし虫でもいいじゃん」とは思いました。てへ。ちなみにカタツムリは「マイマイ目の陸生有肺類巻貝の一群の総称」(大辞林)というわけで、「貝」でした。それは知らんかった。
 そこで当然のことながらさらなる疑問が……。「じゃぁ、ナメクジは?」。ちゃんと答えてくださるWさん。答えは「貝」。えええええっ? あやつ、貝も持っていないのに、貝だと。水の中にいるわけでもないのに、貝だと。塩かけると縮むくせに貝だと。最後のは関係ないですね。

 というような問題もあるのだけど、基本的に私は「科学遊んでいる希少な存在」として、大評価している。科学普及系って、「科学学ぶ/遊ぶ」に走りがちで、森川作品みたいなのを「入り口」なんて位置づけちゃうことが多い。でもね。全然逆だと思うのだ、それ。だってさんざ遊んだ結果でしょ。だから「出口」なのだ。人によって出方はいろいろだろうけれど、こういう出口もありでしょ。「科学を」ベースでしか考えてこなかったから、科学系の読み物って教条主義的なものが大半を占めていて、いろんな角度で楽しめないんじゃないかな、っと。好きに遊んでもらう度量が必須。
 もちろん、遊ぶ際には大原則がある。「神は細部に宿る」。だから問題点は問題点としてちゃんと批判すべきだとは思う。でもその批判は、「ううー、私も混ぜて」というノリがあるといいなー。

 なんてことをあれこれ楽しく、美味しくやりとりさせてもらっていたら、すっかりできあがってしまって強大な眠気が。帰りの電車は立っているのもしんどかった。みなさんにご心配をおかけしまして、情けないことこの上ない。やっぱり気疲れしていたんだなぁと実感した。旧知の気の置けない方々と会って、気がゆるむにしても限度がありますです。はい。どうにか無事帰還して、速攻で寝ました。



05/05/19/thu

■カシミアのストール

 クリーニングに出そうと思っていた、カシミアのストールが活躍している。学校が寒すぎる。もちろん原因は冷房。


■動機の錯誤その1

 法学部卒でもなく、司法試験を受けていたわけでもなく、仕事で法律に関係していたわけでもない、また法律を知らなくて困ったことがあるわけでもない私のような背景の人間が法科大学院に進学するのは、自分でも不思議といえば不思議だ。

 で、「なんで法科大学院に?」と聞かれる。
 毎回、ちがう内容を答えている気がする。

 まぁ、人間がどうしてそういう行動をとったかなんて、すぱっと言い切れる方が少ないとは思うので、答える内容が日替わりになるのも仕方ないだろう。とは思いつつ、自分でも混乱しているのもなんである。そこで、まずは今日思いつくところをメモしておくことにする。とりあえず些末系から。……どっかですでに書いたっけ? ま、いっか。現に私が忘れているのだから。

答え1 近くにあったから。
 うーん、これはあんまりだねぇ。法科大学院とは関係ないし。でも基本的には乗り換えなしでいけるような通いやすいところしか受けなかった。とはいえ、早稲田とどっちにするかでは、かなり大きな要因にはなった。

答え2 そろそろ環境を変えたかったから。
 飽きっぽいらしい。で、大学卒業以来、だいたい3年ごとに環境を変えている。社員編集者→フリーライター(ほんとに何でも屋時代)→フリーライター(科学系中心時代。含むサイアス常駐)→大阪時代(仕事したり勉強したり)→東京カムバック時代(科学系とエンカルタ)→そろそろ環境を変えたくなり、現在に至る。

答え3 勉強したかったから。
 必ずしも法律とは限らない点がミソというか、最大の錯誤かも。学生時代はほんと見事に勉強しなかった。で、20代は勘違いしていた。30代になる頃、やっと人並みのはたちくらいになった気がする。で、その後うろうろしながら、改めていろいろ知ること、考えることが楽しくなった。でもいまさら理系ワールドには戻れない。よくある社会人パターンとしては社会学系。でもどうもそりが合わないと感じ始めていて、少し勉強した言語学方面か仕事で若干だけつきあった法学系かなーとか思ってみたり。言語学方面は日本語教師のお勉強結果を使えば、院へ潜り込むことももしかしたら可能かなとか思ったけれど、法律はいきなり院はどうあがいても無理で、そうすると学士入学になったりするわけだけど、それはやっぱりかったるいような気がしていたのはたしか。なんて思っていたところへ法科大学院ができたものだから「ぐったいみんぐ」なのでした。

 もうちょっと中身のある動機の錯誤はまた後日。



05/05/18/wed

■復活

 4月はまだ溺れかけながらも、たまに水面まで上がっていって息継ぎができたような気がするが、5月は、すっかり定置網にひっかかってしまった東京湾のクジラと化している。水底で固まってます。はい。

 でも、我が家には復活したものもある。

 デロンギ。

 あんまりに寒い日が続いていたので、しまったばっかりのデロンギを再び出してはや1週間。さすがに今日は使わずに済んだが、いつまた寒くなるかわからず不安だ。今度こそしまって大丈夫かなぁ。


■反芻

 【最小葉月氏が朝日新聞の書評で『自閉症裁判』を取り上げていた】。この本が多くの人に知られるのは、ほんとにうれしい。

 でも、違和感が一点だけある。刑事事件で問題になる「取り調べの可視化」や、「出所後支援」についての指摘はもっともだ。【『季刊刑事弁護』】などでもずっと訴えられてきたことで、はやいところ実現してほしいなぁと思う。ただ、それが「責任能力論議に明け暮れる司法に一石を投ずる」ことになんでつながるのかが、よくわからない。単に「司法に一石を投ずる」ならわかるのだけど。可視化や支援の先にも、やっぱり現実的な責任能力論議が出てくるわけだよなー、と。

 前に、同居人がてきとうに言った「法律のキモは線引きにあるといえるのかもね」という一言を改めてあれこれ考えてみている。



05/05/14/sat

■私的トリビア

 こんなことを調べるんじゃなくて、ちゃんとしたお勉強をしないといけないのだけど、ついつい気になって……。

 ここんところ、必然的に判決文なんぞを読むことになっていて、判決文を読むたびに、「このワってなんのワ?」とか、「このオってなんのオ?」とか、思ってしまうのだ。そう、事件番号っす。裁判ごとについている番号。裁判を傍聴しようと思うと、これがわからないと傍聴がとっても難しくなることこの上ない番号でもある。そう、「昭和○○年(わ)第××号」とかっていう、あやつです。

 周りの未修仲間さんに聞いてみると、やはりわからないという。「昭和のワ?」という、同じ発想のコメントが出てきて、うれしい私。どうやら民事はカタカナで、刑事は平仮名らしいというところまではわかったけれど、そこから先はさっぱり。「裁判所ごとにちがうんじゃないの?」「でも盛岡でも東京でもワだよ」「昭和と平成で違うとか?」「いや昭和でも平成でもワ」。とりあえず手元にあるコピーの事件番号なぞを見比べてみるが、傾向はつかめん。

 で、今日、ぐぐってみました。「事件番号」。

 【事件番号記号一覧】

 ばっちりなのがいきなり一番に。URLを見ると、かの【おかだよしひろーぐ】さんぽいじゃないですか。「ぽい」も何もそのまんまだ。
 というわけで、わかった。「わ」は「刑事事件・地方裁判所・公判請求事件」で、「ワ」は「民事事件・地方裁判所・通常訴訟事件」だったのね。この2つが一般的なのだねー。一般的なのが両方「わ/ワ」だったのは、ねらっていたんだろうか? 刑事事件は「いろはにほへと…」で並べているから偶然かな?

 あと、おかだよしひろーぐを読んでいたら、やはりここのところ気になっていた判例データベースというか、判決文の公開のことも少しわかってラッキー。この事件番号とお金を持ってその裁判所に行きさえすれば、いちおうは判決文を閲覧させてもらえるようだ。コピーはダメ。これで公開はされているってわけやね。非現実的ではあるけれど。

 法曹関係の「おか」ときたら、やっぱり【岡口基一氏のボツネタ】のことも脳内で発火せざるをえない。やっぱりおもしろいなー。「岡口」でぐぐったら、あまたの岡口をおしのけてトップでしたよ。
 そこでも紹介されている【中山研一の刑法学ブログ】はいつもしみじみと読み、そして古稀記念論文集も出された世代である中山先生のブログを読める時代(ともちろん中山先生)に心から感謝している。ここのところ取り上げられている心神喪失者等医療観察法の話は、ずっと気になっていたものでもあってひとしお。



05/05/13/fri

■天中殺

 そうか、13日の金曜日だったのか。

 だから、ロッカーキーをつけているケータイを充電器に置いたまま学校まで来てしまったのだよね(休みで家にいた同居人に持ってきてもらってセーフ。感謝!)。
 だから、ICレコーダーも忘れてしまったのだよね(お昼に銀行で落ち合ったら、「これ忘れていたでしょ」とやっぱり持ってきてくれていた。感謝感涙!)。
 だから、住宅ローンの契約であれほど待たされたんだよね。正確には住宅ローンに伴う口座の解約と振り込みで、だけど(午後の授業に間に合わなくなりそうだったので、あとは同居人にまかせた。これも感謝)。
 だから、あんなに刑法がわからなかったのだよね(これほど全編わからずだと笑っちゃうくらい。わはは)。

 うう。頭が悪いのはほんとに不便だ。というか、最近、「頭が悪い」というのを通り越して、「それ、人としてどーなの?」というレベルになっている気がする。まずいなぁ。いくらヤク中ダメダメ週間でも、リピート機能くらいはつけたいものだ。なんかなぁ。


■里心

 最近、某個室の中にだけ、法律以外の本が置いてある。いま置いてあるのは、『進化しすぎた脳 中高生と語る〈大脳生理学〉の最前線』(池谷裕二著、朝日出版社→[bk1amazon])。ちびちびちびちび読んでいる。至福かも。
 「ああ、こういう世界はいいなぁ」と、ちょっと里心がついてきた。

 それは、「客観」という言葉の違和感が明確になったから。
 法律では、いろんなところで「客観的」という言葉が出てくる。それはもちろん「主観的」と対になっている。ずっとずっとなんとなくわだかまっていたことが一昨日あたり、明確になった。どうやら、法律でいうところの「客観的」というのは、「いろんな人がそう思うこと」といった感じみたい。対して「主観的」は「その人がそう思うこと」になるような。

 「それ、全然客観じゃありません」とか、「客観って言っても、結局、人かい」とか、ツッコミを自分で自分に入れちゃったよ。もちろん自然科学系でも自己言及的なものとか、観測効果が発生するものとか、いろいろと「客観」がやっかいな場面があるのもわかるけれど、まぁ、広くは「人間の外側にあるもの」的な感覚があるんじゃないだろか。人間の外に基準を求めているというか。

 当たり前のことなんだけど、法律ってのは人間の内側にあるもんなんだなーと、今更ながら感じていて、そうすると改めて、「自然科学は外側にあるものを追い求めているんじゃないかな」とか感じてみたりしている。たとえ人体内を対象としていても、それはやっぱり外側にあるものとして扱っているというか……。ちゃうかな。

 半分寝ながらテキトーなこと書いてます。おやすみなさい。



05/05/08/sun

■音

 相変わらず、休みになると目の前の道路が掘り起こされる。見てみると、前と同じところを再び掘り返しているような気がする。なんで? しかも日曜日の昼前に? さすがに9時とかではなくなったけれど、延々とひどすぎる。

 家の中では同居人の声も聞こえにくい。テレビは当然ボリュームをあげないとただの動画のみ状態。これじゃ、いくらなんでも勉強にはならんなぁ。

 にしてもなんで同じところを掘り返してはアスファルト舗装して、また掘り返しているんだろう? 気になる。

 私は音に強かったはずなのだけど、ここのところ変わってきたのかもしれない。都心を飛ぶようになった飛行機の音も気になるし。……ちょうど昨日、大阪空港騒音事件の話を判例集で読んで、いたたまれない気になった。いま私が「前に比べて飛行機の音が増えたし、大きくなった」と感じているのとは比べものにならない状態だろうし。
 都心部飛行のことをあれこれネットで調べてみても、国会の航空委員会(みたいなところ)で羽田空港離発着機のコース検討がちょっとだけされていたくらいしか見あたらない。これって、ほんとは都議会や区議会で取り上げるべきことなんじゃないだろうか。取り上げていたのかな? 私がネットで探した範囲では見あたらなかった。

 という状況で、結局、学校へ避難した。M2の同居人も【ルーマンと苦闘中】なので、二人して総合図書館で粘ってみた。日曜日だというのに、けっこうな学生さんがお勉強をしている。途中、すぴーすぴーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきたので、音源を確認したら同居人だったけど。二人合計で80歳オーバーになる院生たちは、集中力が続きません。
 帰りがけにローのロッカーへ荷物を置きに行ったら、自習室は総合図書館以上に混んでいた。オチコボレは寝る時間も削らないと並になれそうもありません。



05/05/07/sat

■最終確認

 ついに、工事着工前の最終確認まできた……。長かった、というか途中から学校でいっぱいいっぱいで、「いかようにでも」になっていた気がする。残っていたのが屋内LANがらみとかだったくらいなので、基本的には同居人マターだったのもあるけど。3月中に照明含めてだいたい終わっていて、4月に入っての私に関わる実際的なことは請負契約くらいだったからね。ほんっとによかったと胸をなでおろしている。正確には冷や汗か。

 しかし、コンセントの位置から、電灯のスイッチの位置まで、とにかく細かいことをひとつひとつ決めないといけないのは、はっきりいってメンドーだった。悩みながらもあれこれ想像して楽しいことは3月前半に通り過ぎ、後はひたすら細かいことだったからなぁ。こういうのが戸建ての大変さなんだろう。
 ふと振り返ると、この物件に出会ったのは2月の頭。とすると約3ヶ月で、ここまで来たことになる。たまたま4月から学校に通い始めたり、ばーちゃんが死んだりしたことが挟まったせいか、あれがわずか3ヶ月前のこととは思えない。なんだか、もう半年以上前のことみたいだ。

 そして、うたかたの夢のようにすぎたGW中。5ヶ月後くらいには引っ越しているはずの場所へ行ってみた。ちょうど各戸の高さに土地が整備され、境界杭も位置指定道路に面したところには打ってあった。
 大工さんもいない時期なので、初めて、自分たちが買った土地に立ってみた。その第一印象はもちろんこれ。

 せ、せまい……。

 最初、境界を間違えていたせいもあるのではあるけれど、やっぱりせまいなー。一瞬、「ベッドを置いたらほかになにもはいらないのでは?」という気がしてしまったことよ。はたして、人が暮らす空間になるんだろうか?
 ここでオママゴト。1階の間取りにあわせて、玄関ドアをあけて、部屋のドアをあけ、クローゼット付近に行き、奥の洗面所へ入ってみる。洗面台の前で歯を磨き、お風呂場でシャワーをあびる。出てきて、階段を上がって……。1階よりは少し広いんだよね、と確認してしまう。我が家でいちばん広い2階はぜんぶ書斎というか、お勉強部屋。どうなるのかなー。あ、ちょっと楽しみが戻ってきた。

 夏休みには、冷蔵庫、洗濯乾燥機、ダイニングテーブル&椅子、ソファ、同居人の机あたりを買い換えないといけないんだった。椅子はYチェアなんぞを生意気にほしがってみているものの、あとはどうしよう。それに、いまの部屋から大量に発生する本棚たちの処遇も考えてあげないといけない。あ、カーテンもあった。マンションならついているカーテンレールから自力で選ばないといけないのは、おっくうでもある。

 本音をいえば、「ああ、しんど」になってます。



05/05/04/wed

■回顧趣味

 おお、(勝手に)懐かしい話題だ。>【三中さんの初原稿料は「AIジャーナル」】

 私は、この雑誌を大学1年から2年にかけてちょこちょこと買っていた。創刊号の表紙がやたらとかっこよくて、中身を読めないのは承知したまま買った気がする。その後もたまに買っていた。で、かっこいいので、以来20年くらいずっと我が家にある。
 大学4年の頃になって、やっと少し見返したりしてみた。なんでかというと、UPUを受けようと思ったから。

 『AIジャーナル』だけでなく、『エスクァイア日本版』も出したりしていて、こういう雑誌を作っているところはおもしろいかもとウブな学生は思ったわけです。大手出版社ももちろん受けたけど、比較的小さいところが気になって、UPUやら工作舎やらにも問い合わせをしていたのだ。工作舎は新卒をほとんどとらない時期だったようで、問い合わせの電話をしても手応えがなかった。一方、UPUは説明会があった。ラッキーと思って、説明会に行ったら簡単な説明のあと、いきなり「この後引き続いて試験をします」という流れになってしまった。アンラッキー。
 こういう流れの入社試験は初めてで思いっきり面食らった。いちおう筆記用具はもっていたが、試験になるとは……。しかも作文の制限時間は30分800字。まだ字数が倍でも1時間あればと思ったことであったよ。

 はい。あっさり落ちました。

 そんな『AIジャーナル』を2000年くらいに、とある所用でひっくり返していたら、三中さんハケーン。思わず、当時のbk1書評者内部MLでハケーン報告しちゃいましたねー。
 UPUは、説明会で「国籍による差別はしません。能力次第です」と明言していたのが新鮮であり、頼もしかった。在日韓国籍の先輩が就職時にいろいろ苦労していたのを聞いたからかもしれない。UPUの場合、創業にかかわった人たちに在日韓国(か朝鮮)の人がいて、たしか当時の代表か副代表かが説明に立ってふれていたと思う。「ああ、それではっきり言うのかな」と思ったりしていた。事業内容が従来の出版社ではなく、いわばリクルートと似ている様子だとわかって、少し希望度合いが減ったのではあるが、説明会でのこの明快な物言いにはとても惹かれた記憶がある。

 というわけで、UPU側の柴谷篤弘人脈もなんとなく納得したりしていたのだった。


■リンクメモ

 刑法が休講になった理由の様子。

 【「法と常識の狭間で考えよう」より「これからの刑事司法の傾向を是認できるか?」】
 【「人権・報道・インターネット」より「国連第11回犯罪防止会議に参加して」】 念のため【トップ】も。
 【桐蔭横浜大学竹村典良助教授による海外出張レポート第10回国連犯罪防止会議】
 【「国連第11回犯罪防止会議」のサイト】

 関連:【日弁連による前回の会議報告】

 なんか不安が去来したりする……。それにしても英語が読めればなぁ。そもそもの公式サイトが単なる背景画像になってしまう。残念。
 もう少ししたら報告等々が若干は増えるかもしれない。見つけられたらまたリンク先を増やそう。



05/05/03/tue

■互助

 ちょっとすっきりして前に進めそうな気になっていた刑法が、昨日、再び混沌の淵へ。うう。
 そんなもんもんを抱えていたのは私だけではないということがわかり、GW中の中日なので、クラスメート10人ほどで飲みにいってみた。みな頭を抱えていることはわかったが、問題はこっから先だ。さてどうしよう。でも、こういう情報交換や互助努力をできるのはとてもとてもありがたいし、うれしい。

 私の心の支えも思い出した。「いろいろあっても、数学よりはわかる」。


■誤植

 学びはじめの違和感、とまどい、混乱をできるだけ新鮮な感覚のうちに残しておきたいなーと思う。

 その第1弾。
 判決文にはけっこうな誤植があった。

 業界の方には「何をいまさら」なことだとは思うけれど、法律の条文番号をきれいに通して間違えていたり、登場人物「○岡」の名前が、一部「○田」に変わっていたり。これくらいは誤植があきらかだとわかる、とってもかわいいレベルだそうだ。ものによっては事実関係が変わってくるような誤植があったり、まったく明かではない誤植が忍んでいたりするという。

 「かわいい」と言われる条番号の誤植で、私がどれだけ悩んだことだろう。まさか条番号がまちがっているとは思わなかったので、「法改正があったの?」「ちがう法律をみている?」「私が読み間違えている?」とひたすら自分の方のミスを捜した。
 それは無駄な努力だとわかったのは、2審の判決文を読んだとき。冒頭に1審判決文の訂正がずらずれとあった。

 えっと。1審は2審で直してもらえるかもしれない。2審も最高裁で直してもらえるかもしれない。じゃ、最高裁は? もしくは上訴しなくて確定しちゃった場合は? 永久に誤植満載な判決文だけが残るってことになるわけだよね。

 裁判官は徹底的に独立しているので、たとえ新人裁判官の判決であってもほかの人が読んでどうこうというのはないそうだ(建前かもしれないけど)。
 判決内容に影響を与えるような検閲は論外ではあるけれど、せめて単純な誤植くらい、だれかほかの人の目を通すことで減らしてもよいのではないかと……。単純な誤植でも場合によっては内容の読み方に影響がありそうだし。ダメ?

 判決文には、内容そのものだけでなく、公開性やアクセスのしやすさなどいろんな問題がたくさんありそう。たとえば、【弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」】のこの日のコメント欄で、【奥村弁護士】が指摘している点は今後も要注意しておく価値大。



05/05/01/sun

■暦通りでカバン探し

 明日は当然、学校です。ありがたやありがたや。

 でも、さすがに3連休×2ということで、仕事を少し片付け、課題(他力本願ではあった。実力不足痛感)や予習も終わらせたので、カバン問題解決の端緒を探しに行く。キーワードのひとつは、Sさんから教えてもらった「メッセンジャーバッグ」。自転車乗りにはおなじみの肩掛けカバンである。少し調べたところ、「ティンバック2」とか「クランプラー」とかいうメーカーが有名らしい。お山系のバックパックとあわせて、神保町から小川町をうろうろしてみた。

 おっと。その前に。「とんかつ いもや」に初めて入りました。てんぷらは前に経験していたのだけど、とんかつは気になりつつ行ってなかった。無性にとんかつが食べたくなり、「お昼はがっつりでいいよね」と自己肯定をして、ほとんど男性しかいない店に同居人と並んでみた。たまたま後ろが女子2人組だったけど、女子率はトータルしても5%未満だろう。
 700円という値段を考えると、ひじょうに満足な定食。ただし食べ過ぎになります。最後は最初の「お、なかなかいけるじゃん」を忘れて、義務感にかられることになるのだ。ははは。
 それと、とんかつ定食は、ラーメンみたいにはちゃっちゃと回転しないものだとわかった。そりゃそうだ。それでも後ろに行列があるので、ちょっとあせって食べていたら、しっかり口の中をパン粉で切ったし。危険。ちなみに一瞬早く出てきた同居人よりも、同じ量を早く食べ終わり、早食いの面目躍如。躍如したくない。

 で、カバン探しの旅は、自転車系のスポーツショップとお山系のアウトドアショップを何軒かまわった。うーん。どれも悪くはないのだけど、なんとなく決め手に欠く。ほしいことはほしくなるデザインや機能があるけど、必ずしもいまの私の学校向けではないかなぁという気がしたり。いくつか候補をリストアップだけして、あとは生粋のカバン屋さんも見てみた。靖国通り沿いのマカラズヤとすずらん通り沿いの大野屋。このあたりはもう吉田カバンの独擅場という雰囲気だ。たしかにいいんだけど、やはり決め手に欠いて、候補を見つけるにとどまった。

 あれこれ見ながら、なんとなく自分がほしいカバンがわかってきた気がする。「A5サイズの教科書を縦に2列で入れられる(最低でも4冊は必須)」「やっぱりショルダーよりは背負子がいい」「できれば小物系を入れるポーチを別に持ちたくない」「カバン自体は軽くあってほしい」「可能なら底に足(なんていうんだろう?)がついているとうれしい」「開け閉めが煩雑なのはつらい」「雨に強い」といった感じだった。ぜいたくな注文。

 じつは、こういう希望をだいたい満足してくれるカバンがある。それはランドセル。あれは良くできたものだ。しみじみ。大人向けの横型ランドセルないかなー。
 大野屋にあった皮のカバンは近いのだけど、けっこう本体が重いのと、ストラップ部分を留めるところが引っかけ式の金具だからすぐに摩耗しそうでちょっと心配なのだ。

 カバン探しの旅は続く。




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