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2005年9月のてくてく
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05/09/29/thu
■そうくるか
今日29日の午後に予定されていた講評会が、29日の午前に変更になっていた。その掲示が出たのが27日。私は偶然、昨日の夜に片隅の掲示をみつけ、「むむ、これはきっとみんなしらんな」と思ってクラスのMLに流した。さすがにこの変更はあんまりだ。だったらクラス全員に伝わる方法を考えて欲しいと思う。
そんななかでも約半分が出席するあたりがローです。
05/09/28/wed
■わからないことがわからない
昨日は、2か月ぶりにサイエンスライティングな集まり。酒の肴は、『量子力学と私』(朝永振一郎著、岩波文庫→[bk1|amazon])で、「寺田より中谷、湯川より朝永」な私はうれしい晩餐だった。場所はチャイナハウスで、ちょっと疲れていた身体にすっと染みこむ品々に、「ああ、すごい」と感じることもプラスされてお得感倍増。
朝永はほんとに比喩のうまい人で、かつ遊び心もちゃんとある。だからこそ「光子の裁判」なんていう話も書けたのだろうし、街頭の「電光ニュース板」を使った量子の説明(これはほんとに見事。3年前に読んだときページの端をちゃんと折っていた)なんてのも出てくるのだろう。
でもそういうところだけではない。話の中には、当然、朝永が留学先のドイツでつけていた日記に出てくる「なんて自分はダメなんだー、なんて頭がわるいんだー(大幅に要約)」という嘆きが出てくる。私ら凡人と比べるのはおこがましいのだが、それでも親しみを覚えるところである。
とはいえ、親しみを覚えるだけじゃなくて、「センセ、あなたがそういったら、私ら立つ瀬がありません」というのもあるよね。
で、日々の生活を振り返り、ふと思いついた。「わからないことがわからない」の意味!
新しいことを勉強するとき、あまたいる凡人たちはよくこういう思いにとらわれる。「どこがわからないかわからない」「わからないことがわからない」。7月まで何度こう思ったことか。みなさん、経験ありません? 私は何が何だかわかりませんでした。
でも、なまじ頭のよろしい方々がずらっと教壇に揃っている学校でお勉強すると、教壇の上にいる方々は、たぶん、別の意味で「わからないことがわからない」なのだな。ちょっと言い換えると、「なんでわからないのか、わからない」。
同じフレーズでこうも極端に違いがある現実は、とてつもなく厳しい。だって、教壇にいる方々は、ふつうのレベルの内容ならば「読めばわかる(し、できる)」という頭の構造をお持ちの方が多い。私ら凡人以下は初歩的なことであっても、「読んでもわからない、わかってもできない」。マリアナ海溝より深い深い溝が横たわっている。
頭のよい方々は、凡人らの「わからないことがわからない」が、不可思議な現象なんだろうな。「そう書いてあるじゃない」「そこに書いてある」というフレーズはたまに聞くような気がする。
「わからないことがわかる」先生、希望。
05/09/27/tue
■ネコのいない日々
シラバスをみては冬学期を乗り切れないような気がして、くらーくなる。来週の昨日から、またあの日々が始まるのだということから逃避する生活。ほんとはできるだけ予習をしないとならんのだが、これまで何度か経験したマンションtoマンションの引っ越しと違って、準備が妙に大変。おまかせパックにしたからかも。当日、てんやわんやになるのが嫌で、つい事前準備に力が入る。ちゃんと指示を出せる状態にしたいと思うと、新居の細々したサイズをきっちり把握して、必要な収納用品をそろえないとならないわけで……。こんなところで編集者気質がじゃまになるとは。
それにしてもネコがいない。わずか1泊だったのに、昨日の朝には、私の姿が見えなくなるとミャーミャー鳴くようになっていて、妙に愛着がわくもんなのであることよ。
それと、2匹いっぺんに捕獲したので、その性格の違いがわかって興味深かった。
白と黒の2匹なのだが、白はすぐに哺乳瓶からミルクの飲み方も覚え、ガシガシ飲む。元気になると、必死に首を伸ばして、ダンボール箱の外の様子をうかがう。ふちに飛びつきそうな勢い。実際、昨日の朝にはダンボール箱からの自力脱出に成功していた。外に出すと、あれこれ部屋の中を移動してみて、みるからに好奇心旺盛だった。
一方の黒は、最後の最後になってやっと哺乳瓶からのミルクを無理矢理じゃなくて飲むようになった。お腹がよっぽど減ったんでしょう。それまでは必死に口を閉じて、顔を背けていた。ダンボール箱の中でも、ひたすら隅っこに顔を押しつけて、うずくまっている。外に出すと、私の足の間に潜り込んでじっとしたり、多少動いても、ダンボールの陰から音のするテレビの方向を首を伸ばしてうかがう程度。慎重派・神経質という言葉がぴったり。
夜中におしっこをしたらしく、タオルがびちょびちょになっていたのを取り替えてあげたのは同居人。でも、無理矢理であろうと、ミルクを飲ませていたのは私。そすると、エサをくれる方を強く認知するらしい。役得なのか?
なんかネコがいなくなってちょっと寂しい。同居人は「犬のかわいさは段違いだよ」となだめる。そう思うことにする。
■読み方と数式
『素数の音楽』(マーカス・デュ・ソートイ著、新潮社→[bk1|amazon])を読み中。
おもしろいし、内容的にはかなり満足しているのだが、翻訳で1点だけ不満足。なんでわざわざユークリッドを「エウクレイデス」とするかな。もちろん英語読みしたくないっていうんでしょうけど、ユークリッドならもっとぱっといろんな人がわかりやすいはずなのに。初出で「エウクレイデス(ユークリッド)」とはなっているけど、ほかでそんなに凝ったことをしていないのだから、ユークリッドだって、そのままユークリッドじゃダメだったんだろうか。この点はやっぱり気に入らない。
あと、これで【ふしぎなほど数式が出てこなかった】というのは、かなーりディープな読者ではないかと……(笑)。オイラー積もあれば、虚数iの話もあるわけで、それは縦組みに入れ込まれている程度のものではあるけれど、やっぱりちゃーんと数式がそこそこ……。というのが一般人の感覚でしょう。もちろん後ろに行くに従って暗号メインになるはずだから(ちがったらごめん)、数式度合いはいっそう減っていくとは思います。
ま、数式は適度に読み流せる扱いなので、万人向けの本であることはたしかです。「素数」という「日常(のみならずその他の学問領域)からかけはなれた」と思われがちな数学の話が、こんなにもいろいろな世界と深いつながりがあるとわかると、ある種哲学的な雰囲気も漂ってきて楽しい。
05/09/25/sun
■子猫
捕獲した。2匹。
生後どれくらいだろうか。3週間くらいか? とりあえず目はちゃんと開いていて、いちおうちゃんと歩いている。やや覚束なさが残るくらいといったところ。この前、うちの部屋のエアコン下でミャーミャー鳴いていたのとは別のやつ。あんまりにもミャーミャー鳴くので出てみたら、隣の敷地の犬走りで鳴いていた。同居人と挟み撃ちにしたら、前よりも小さいので、ダンボールの中へあっさり捕獲成功。前のくらい大きくなっていたら、きっとどっちかの足下をすり抜けていただろう。やっぱりかなりな子猫。
雨に濡れていたときはひたすらミャーミャー鳴いていたのに、捕獲後はほとんど鳴かない。不思議。とりあえず、洗うことにする。お風呂場と洗面台で、いやがる子猫をじゃぶじゃぶ。仕方がない。タオルドライをしてから、ドライヤーで乾かす。もっと嫌がる。けど仕方がない。牛乳を与えてみたが、飲まない。まだお皿からは飲めないのかなー。餓死されると困ると思いつつ、今日は竣工立ち会いなので、取り急ぎ、タオルを敷いたダンボールに2匹を入れ、家を出てみた。4時間後、戻るとけっこう元気で、ほっとした。
なんか竣工立ち会いより、子猫が気になる。明日には、里親運動をしている管理人さんに渡すのだが、子猫用のミルクやら哺乳瓶やらを買ってきている我ら。なんか、母ネコから引き離した罪滅ぼしの気分。ほんとは親子水入らずで勝手に生きていただきたいのだが、近所のネコが増えすぎているので、放置もできない。やってくるネコにエサをやるんだったら、一緒に虚勢ないし避妊手術ももしてほしいな。
母ネコと離れていても特に鳴きわめいたりしないのがとっても不思議。子供のうちはどんな動物もかわいいのは常で、けっこう里心がついているのではあるが、「飼わないよ」という同居人の声で我に返る。そうそう、我が家はいずれ犬を飼う予定なのだった。
ただねー。犬でも猫でもノミは一緒なのだよねー。今日、初めてノミがはねるところを見ました。毛のある動物は人間しか飼ったことがなかったので、ノミがあんなに早くネコの身体を這っていくというのも初めて知って、驚いた。人生の経験値を上げる40歳の秋。
05/09/24/sat
■雑感
雨かぁ。昨日、カーポート部分のコンクリ打ちをしていたはずなのだけど、翌日の雨なら問題はないのかな。明日、竣工立ち会いです。なんか実感がないなぁ。実感があるのは、戸建ては大変ということだけ。
この日記の上の方についている、bk1の検索窓を直さないといけないのだな。ホームページのやつも。わかりつつ、放置している。
私の座右の書はなんだろう。【「自分を正当化してくれるもの」を好む】という指摘は、まったくもってその通りだなと感じる。
ところで、“この指摘が書かれた部分が「座右の書」です”と言った場合も、「自分を正当化してくれるもの」だから好んでいることになるのだろうか。私の場合、「単なるメタ思考好き」という習癖が現れているだけのような気も若干。
秋休みを満喫する合間の時間は、ひたすら本の整理と処分。新しい家の本棚に、ここにある本たちは収まってくれるでしょうか。不安です。それに、今度の家で本があふれたら、どうしたらいいのでしょう。新しい重点分野もでき、確実に本は増えていくのに。
本を処分しているというのに、昨日、届いた本は以下の3冊。
『自由は進化する』ダニエル・C.デネット著、NTT出版→[bk1|amazon] 山形訳が吉とでるか。訳者後書きだけとりあえず読んだ。そのままになりそうな悪寒。釘のようにはまった憲法の、というか長谷部さんの本を読んでいたら、昔、気になっていた自由意思、自己決定がふたたび意識の上の方にあがってきたきらいがあって。上級憲法の授業が始まるまでには読んでおきたいな。半年後だ。
『9.11 生死を分けた102分』ジム・ドワイヤー、ケヴィン・フリン著、文藝春秋→[bk1|amazon] 【森山さんが熱く紹介していて】、「買わなきゃ」と思いつつ忘れていたが、先日、本屋さんで「先月出た本だと思うんですが、9.11についての本を探しています」と、若いお兄ちゃんが店員さんに聞いていたのを聞いて、「ああ、それはきっとあれね」とタイトルも出版社も忘れていたが、本の存在を思い出した。で、夜に【ミヤノ日記】にも登場していたことを発見し、うれしくなってつい注文。訳が直訳らしいというアマゾン・レビューが気になるけれど、あまりに9.11の話題を自分の中で遠ざけてきてしまったので、このタイミングでの出版をありがたいと思う。
『脳のなかの幽霊、ふたたび』V.S.ラマチャンドラン著、角川書店→[bk1|amazon] とりあえず買っておかないとという強迫観念があるのは、最初の『脳のなかの幽霊』がずっと増刷されずに品切れだった苦い経験をしているからでしょうか。
今日は、そんなこんなで学校に行き、クラス対抗バスケの応援などしてみる予定。ああ、お腹減った。
05/09/23/fri
■引っ越しモード
あれ? 月曜日に新宿で家具を見てから、私は何をしていたのだ? あっという間に金曜日も終わってしまったではないか。
うーんと。えーと。昨日の木曜日は、午前中、講評会なるモノがあって、傷口に塩を塗り込まれていた。なにをするかというと、期末試験の内容を担当教員が解説したりサンプル答案を読み上げたりする時間なのだ。法学入門なのでわりと気楽に出たのだが、自分の頭が全然、まったく、完璧に、見事に、なんにも法律頭になっていないことを痛感させられた。ぐっさり。「もしかしたらAこないかな〜?」と浮かれていた気分は月よりも遠くに飛び去りました。あわよくばB、でもやっぱりCかも、という状況です。ただ、F=不可はいなかったということなので、小躍りして喜ぶ。
お昼に生協書籍部へ、ついに出た教科書の改訂版を買いに行く。どどーんと積み上げられた通称『内田民法3』は、小柄なクラスメートの背よりも高かった。もちろん平台を占拠する底面積で。なんじゃ、この積み方。ほかの書店じゃ、見たことないぞ。
で、一緒に行ったクラスメートに「お昼食べる?」と聞いたら、もう一人とダ・ヴィンチ展に行くという。ううううう、それは行きたい。ということで、いきなり合流させてもらって、棚ぼたのように【レオナルド・ダ・ヴィンチ展】へ行った。MSのゲイツ夫妻が所有するダ・ヴィンチが書いた18枚の研究ノート稿が展示されている。水の流れや天体について、ダ・ヴィンチの絵が差し挟まれながら、鏡面文字でびっしり書かれている媒体は、「紙」! 約500年前の紙! なんでこんなにいい状態なの?! 我が家の紙なんて、5年でカビが生えたり、思いっきり変色したりしているのに。うーん、最初の300年くらいにどうやって保管していたら、こんなにいい状態で残るのかなぁ。
しかし、見ていた3人で、「この展示品にかけられた保険はいくらだろう?」(保険業界出身者)、「あ、あの透かしは商標なんだ」(特許方面出身者)、「この渦ってカルマン渦でいいのかな」(いい加減なことをいうウソツキ理系出身者)と、その反応の仕方が微妙にずれていて面白い。
勢いでついてきてしまったが、ほんとに見られてよかった。久々に高いところから東京の様子を眺めることもできたし、森ビルらしい企画である東京模型も見ることができたし。
あわてて帰って、リサイクルショップの人に引き取ってもらえそうなもののご相談。わー、かなりお願いできそうで助かる。その後、あれこれ竣工直前まできていながら、発生した問題に対処する。でもあまり私らでできることはない。これが思いっきり疲弊の原因。つかれてます。
その前の水曜日は、えーと。あ、そうだそうだ。昼前に学校に行って、やっぱり生協書籍部にいったら、買ってしまったのだ。『素数の音楽』(マーカス・デュ・ソートイ著、新潮社→[bk1|amazon])です。で、そのまま自習室で、1章分だけ読んでいた。その横には『民主主義対民主主義』(アレンド・レイプハルト著、勁草書房→[bk1|amazon])も置いていたり。基本的には同居人のリクエストで一緒に買った本だが、私も興味がある(が、ちょっとこむつかしくて読みにくそうな気配。へたれ読者なもんで)。
いちおう刑訴のお勉強もちょっとはしてみたけど、えらーく眠かったなぁ。あ、そいでもって夕方、有楽町のビックカメラに行ったのだった。同居人と落ち合って、洗濯機だの掃除機だの電話だの、買い換えないといけない家電をがしがし決めて歩いた。冷蔵庫は引っ越し屋さん経由なので、パス。ある程度あたりをつけていたのと、悩みそうなテレビはデジタルチューナーがない廉価タイプをよく知らないメーカーが10月中旬に出すとわかり、それを待つことにしていたので、さっくりと6つくらいの家電を1時間程度で買い回った。
でも、あれこれ買ってももはや値引きしないのねー、ビックカメラ。あろうことか「ポイント制でサービスしてますから」って言うんだけど、それって値引きじゃないです。そのポイント、ヨドバシカメラで使えます? 正確には「囲い込み」って言うんです。
その後、無印良品で机をチェックして、ビックカメラの6Fに入ってた千房に触発された同居人が「お好み焼きが食べたい」と言いだし、またビックに戻る。が、予約客で満席のため、入れない。私は別にお好み焼きへの思い入れはないので、さっさと「じゃ、今度こそインディカ米で味わうために、ダバ・インディアにいこう」と1週間ぶりで南インド料理を食した。ちゃーんとちゃんとバスマティライス。むふー。まんぞくー。
食べ過ぎで、帰ったら二人ともコテっと寝てしまった。そのまま朝まで。結局10時間ぐらい寝たんじゃなかろか。……ね、疲れているんです。
さらにさかのぼると、火曜日か。えーと、この日は。あ、ローの映研で一挙3本の上映会があったのだ。しかもてんでんばらばらなセレクションで、気持ちが忙しいことこの上ない。とはいえ、『カリガリ博士』『デカローグ 「第1話 ある運命に関する物語」』『雨に唄えば』なわけで、個人的には楽しかった。くらーいくらいデカローグも、もっと救いがない仕上がりにしてほしかったなーとは思うけれど、なんかじめじめと暗くてよい。この暗いのが10話のトップバッターというのがそそるかも。『カリガリ博士』と『雨に唄えば』は有名なのに見ていなかった作品なので、ありがたくこの機に見せていただく。
ほー、こういうウィークデーだったのか。頭の中は、引っ越し&新居の話でいっぱいいっぱいになっているので、すっかり忘れていた。容量少なすぎ。
ちなみに今日は、朝から本の整理と処分、粗大ゴミの縮小化(=組み立て家具をばらす)等々で過ぎていった。本を処分する先から、3冊も買ってしまったのはナイショだ。
05/09/19/mon
■久々の読書
家具などを見に行く合間に、本などを読んでみている。しあわせ。活字はいつもいつも見ているが、たいていというか9割方が法律書になっていたので、バランスが悪いことこの上ない。
めくっているのは『量子力学と私』(朝永振一郎著、岩波文庫→[bk1|amazon])で、今度のSW的な集まりに向けてだったりする。これは【3年前に1回読んでいる】ので、気になったところをなんとなくめくり返している感じかな。でも大半を忘れ去っているので、読み直さないとダメそうでもある。
もう1冊は、『言論統制列島』(鈴木邦男・森達也・斎藤貴男、講談社→[bk1|amazon])。鼎談なのであっさりとすぐに読了。
彼らの心境には共感する部分も多い。だからか、至極当たり前のことを3人が言い合っているように思うが、一般的にはそうじゃないらしい。「危ないこと」なの? その辺の感覚、よくわかんなくなっているかも。
この本の中で、いちばん気になるのは「自由より安全という監視を選ぶ人びと」という副題がつけられたところで、森達也が「倫理であるマナーを法で縛るなんて、戦中さながら」と言っているところがある。それはいわゆるマナー条例で、歩きタバコをしたら過料をとられるとかそういうのなのだが、森達也の発言では電車の中で化粧したり、公共の場所で大声を上げちゃいけないとかそういうのも入ってくるらしい。
具体的にどういうことまで適用範囲になるのかは調べてないからわからなけど、ものすごい違和感がある。
その昔、『法学セミナー』のお仕事をしながら、初めて法律に少しだけ触れ、興味をもった。なぜなら「近代法は倫理ではない」と聞いたから。もちろん重なるところはあるのだと思う。でも、「倫理」と「法」はちがうというのが、私にはとても心強く思えた。
ずっと、「思いやり」という言葉を隠れ蓑にすることが多い、そして、実態としては「倫理の押しつけ」が苦手だった。「あなたのためを思って」という言葉が出てくると、身体がこわばる。
そんなときに、どうやら近代法は、この倫理とは一線を画したところで成立しているらしいと聞いたのだから、気にならないわけがない。「“あなた”の倫理で裁かれたくない」。私が法律の勉強をしたかったことのひとつは、この点への関心がやっぱり強い(だから刑法では必然的に結果無価値と親和性が高い)。
でも、この『言論統制列島』を読んでいると、そんな思いとは関係なく、モノラルな方向性を押しつけられることを世の中の多数が望んでいるかのような気になる。事実そうなのかもしれない。
05/09/18/sun
■ギョーカイ用語
すっかり久々になったが、ときどき思い出したようにメモしておく法律のお勉強で感じた「違和感シリーズ」その3を、少しばかり。
どこかで「客観」や「実質」という言葉の使われ方に違和感をもったことを書いたけれど(【実質は4/29】、【客観は5/13】)、もう一つ、もやもやしていた違和感が言語化された。
それは「意義」。
もちろん人にもよるとは思うけれど、「意義」って、ふつーに使うと「意義深い」とか「意義がある」とか、すでに「価値がある」「重要性」といったイメージが一緒にやってきやすいんじゃないだろうか。だもんで、憲法の問題のように「意義を書け」と言われると、ついついその価値や重要性を論じないといけないような気分になってきてしまう。
が、ここのところ出会う「意義」は、まんま「意味」とか「定義」とか、そういう感じだ。でも辞書を引くと、まずこの意味が書かれてはいた。そうすると、学究系では後者の意味での「意義」が法律に限らず多いのかもしれない(ような気もしてきた)。
この「意義」は「そっかー」と納得できたので、問題は大きくない。けれど、いつまでたっても慣れないのが、まるでテレビ屋さんというか、芸能界というかな業界用語だ。「メシ」を「しーめ」、「スシ」を「しーすー」というらしいアレです(ほんとにテレビの人たちが言うのかどうかはわからん)。
法律だとこうなる。「継承」は「承継」。これはまだいい。「推定無罪」が「無罪推定」もあったなぁ。ま、これもいいでしょう。私的には、だんだんぞわぞわしてくるぞ。「様態」ではなく「態様」。で、「消費」するんじゃなくて、「費消」なんだそうだ。
ひー、なんじゃぁ、それ。漢熟語で言わないといけないらしい(なんのため? かしこびっちに見える? 大事なことを言っているようにみえる?)とはいえ、こういう用語は裁判員制度が始まったら絶対に伝わらない表現だと思っていた方がいいだろう筆頭格でしょう。せめて「費消した」じゃなくて、「消費した」に。ひっくり返して意味を限定しているのかもしれないけれど、あんまりその必要性がない場面で使われていることもけっこうあるように感じるし。
【違和感シリーズその2】 論文の出典
【違和感シリーズその1】 誤植
05/09/17/sat
■よかれと思う危険
今日は見積もりデー。いくつかの引っ越し会社に今度の引っ越し見積もりに来てもらう。朝から同じことを繰り返して聞くのは、だんだん飽きてくる〜。でも2件目にしてけっこう値段差があってびっくり。今回は、もう断然おまかせパックにするもんね。金にイトメはつけん、っていっても限界がかなり低いところにあるので、けっこうなイトメになっているかも。ところでイトメって何だ? 「―を付け_ない:〔糸目をつけてない凧が風まかせに飛ぶことにたとえて〕制限を加えない。金品を惜しげもなく使う」(大辞林)だそうだ。糸目もつけないけど、私の凧はそもそも小さいようです。
それにしても疲れが抜けない。昨日、NTTがらみで新居に行ったら、ネット用の配管を、現場の勝手な判断で予定と違う敷設にしていたことが発覚。設計者交えて、対応策を考えていたら、結局、現場から「全員集めて、明日、やり直します」とのこと。工期のつまり具合を考えると申し訳ないというか、そういうのも危険かなぁと思うのだけど(仕上がりが雑にならないかなぁという不安はある)、すでに現場はやり直すという方向で決めてしまったらしい。
もちろん「よかれと思って」やってくれたことではある。たいていはその判断の方がうまくいく。それもわかる。でも、ふつうとちがうことをあえてやっているケースだってあるわけで、そのためにあれだけの打ち合わせを繰り返してきているわけで、ということもあることはわかってほしい。
現場の勝手な判断で変更する前に一言相談してくれたら、「やっぱりそっちがいいですね。ありがとうございます」とも、「メリットはわかるけれど、私たちはこうしたいので今回は予定通りで」とも返事ができたはず。そうしたら、天井の張り直しなんていう作業をせずに済んだわけだ。幸いなのはクロスがまだだったから。というか、クロスがまだだったからやり直すという提示をしてきたのだろうけれど。
同じようなことは私だってしているだろう。特に今回のようなネット関係という動きや変化が早いことに関しては、商品知識含めて様子を追いかけるのだけでも負担が大きいだろうし。
ここまでほとんど問題なく来ていたのだけど、伝えられていないだけで、何か知らないうちに変更されているところが他にもあるんじゃないかと疑心暗鬼になるのがいちばんの弊害かもしれない。信頼感がなくなると、どんな仕事もやりにくくなるんだろうな。
夕方から夜にかけては、ひたすら処分品を袋詰め。洋服もカバンも靴もがさがさ捨てることにした。私は捨てる靴が多い。畑仲さんは捨てるスーツが多い。それってサラリーマンとしてどうよと思うが、ここ何年も、ネクタイをして会社に行くのは、葬式で黒いネクタイをする回数と同じくらいだからねー。
私の昔に買ったスーツのたぐいも、何着か。だって入らないのだもん。しょぼんぬ。あと、ラインが全然違って、いまは着にくいというのもあるにはある。同居人以上に着ないけど。しかもたいていの服はくたびれているし。ひとつだけほとんど着ないうちに成長してしまったのがあったので、引き取り手を募ってみることにした。
あとは本の選別。なんとなく気分は餞別。いや惜別か。すでに段ボール5箱分はブックオフ行きになったというに、それでも1割にみたないかも。
05/09/16/fri
■ぽけっ
昨日、無事、前期期末試験が終了しました。いや、単位的に無事かどうかはわかりませぬ。いちおう身体が無事だったということで。
それにしても疲れた。これまで受けてきた試験とは、ちょっと負担感が違う感じ。 これに比べたら、去年のローの入試自体も、前に受けた日本語教師の試験も、なんでもかんでも楽だった気がする。
進級がかかっているし、単発じゃないし。10日間はもう持ちまっしぇん。試験前日から丸1週間経ったこの前の日曜日、不法行為の見直しを終えた時点で、ぷちっと何かが切れたのが自分でわかったし。それ以降はほんとにダメダメでした。1日1科目、科目間は中1日は空いている、計5科目の試験だというに……。上級生たちのスケジュールなんてみたくないみたくない。
昨日は終わったら、ほっとしたのか気が抜けたのか疲れたのか(きっと全部だ)、涙がじわっと。
でも、さっさと身支度をすませて、予定通り、クラスの人たちと東京・八重洲に向かう。ひっさびさの【ダバ・インディア】(全然関係ないけどリンク先である「オールアバウト」のTVCMをみたときはぶっとんだ)へ。脱本郷。ランチだから当然コミコミだけど、9人で並ぶ。ランチミールスをもちろんいただく。みんな「美味しい」と喜んでくれて、私もとてもうれしかった。
そいでもって、かなりまずい状況になっていた白髪を染めるために、中野へgo。2ヶ月ぶりの美容院で切ってもらってヘナしていたら、途中でぽやんと寝ていたのは試験終了直後だから仕方ない。夕方、とって返して家の近所で、一人暮らしするクラスメートと待ち合わせ。今度の引っ越しで大量に廃棄される本棚類をひきとってもらえそうかどうか、実物をもてもらうために、試験終了直後かつ引っ越しのために整理作業が始まったどうしようもない状態の我が家へご足労いただいた。せめて脱ぎ散らかした洋服だけはと片付けたが、ホコリはそのままでごめんね。
お目当てのモノは、長ささえ部屋のサイズにあえばほぼ理想通りだったらしい。サイズがあうといいなぁ。その後にはどう運ぶかという難題があるけれど。本棚は大きい。ほかにももらってくれそうなクラスメートがいるというので、情報を託しておいた。
彼女を送りがてら、会社から帰ってくる同居人と駅で落ち合って、夕ご飯。近所のイタリアンで、まずはビールをぷはぁっとやる。もちろん一人で(同居人は下戸である)。とってものどが渇いていたのも加わり、こんなに美味しいビールも久々。おかわり。そしたら、けっこうまわるまわる。前日が3時間睡眠だったしね(勉強じゃなくて妙に疲れて寝られず、かつ早く目が覚めてしまった)。
でもって途中で話に出たカラオケへ、半年ぶりに行ってみた。相変わらず私は下手であるが、大きな声を出したらすっきりした。
自分でも驚いたことがあった。パフィーの話がお昼にあって、懐かしくて「アジアの純真」を入れたら、歌いながらほんとに涙が出てきた。10年ほど前の曲で、初めて連載をさせてもらった時期であり、畑仲さんが大阪に行って相互単身赴任状態が始まった時期であり、いまの自分と大きく違う。試験終了日カラオケボックスで、改めて時間の移り変わりを感じる自分におかしみを覚えたり。感慨深い。当時の私は、今の私のカケラでも想像できただろうか。
何がいいか悪いかなんてわからない。でも、40歳の今、30歳のころを振り返ってその変化の大きさに驚ける機会をもらえたことをありがたいなと思う。しかも、「×2」である。横にいる畑仲さんも同じ。同じような時期に同じ大学で、分野は違うけれどそれぞれに社会人大学院生をしている。想定外のことをしてしまう、こんなに不思議で、面白くて、わくわくすることがあろうか。
というわけで、怒濤の試験も終わり、しばしの休息です。休息しつつ、メインは引っ越し準備。ひー。これはこれで試験並みに大変なのじゃ。ひっこしきらい。
■第1回目
一部に、「第1回目はいったいなにをするのか?」と疑問に思わせてしまった、上級生の民法(一昨日の話)。ここを読んでいただいている方は、当然気になりますよね。n=1のときがなくなってしまうんですから、先に進めません。
実際はとってもつまらない話で、「授業の進め方の説明」や「準備の仕方」「資料の調べ方」等々、いわばガイダンス的な話をやってくれて、次の回にやる課題を与えるんだそうです。つ、つまらなすぎる。
05/09/14/wed
■やけっぱち
明日、最後の試験があります。やっぱり、私は民法がきらいだー。
ここで叫んでも事態は何も改善しない。勉強するに限る。でもなんか仕返し(?)したい。
というわけで、「民法の先生はもしかしたら数学ができない?」を。以下、某法科大学院のシラバスでみつけた上級生が受けている民法の説明っす。
「授業は2回を1ユニットとして、以下のように進める。
第n回 事前に与えた課題Aにつき学生の議論を通して論点を整理し、論ずべき問題・方向等について議論する。
第n+1回 学生がペーパーを用意して出席することを前提に数名の学生を指名して、その一部を報告させ、自由な質疑応答を行う。最後にペーパーを提出させ(その講評は次回の冒頭に行う)、次回の課題Bを与える」
これを読んで、私は当然、こう思いました。「そっか、授業の後半で論点整理をして、次の回の前半で議論するのね」
でも大違い。第2回目に論点整理、第3回にその議論、第4回に論点整理、第5回にその議論、……。だったら「第2n回 第2n+1回」って書いてくれよぉ。じゃなきゃ、せめて「n=2,4,6……」って添えてよぉ。
ほんとのところは、無理してnなんて使わずに「偶数回目の講義で論点整理をして、その次の奇数回目の講義で報告議論」って言ってよぉ、というのが私のひそかなツッコミです。ぜんぜんヒソカじゃない。
これを、学部で数学をやっていたクラスメートに言ったら、「気持ちはよくわかります。でもそこで共感したら、変な奴で少数派になってしまうので、ここで共感してはダメだとぼくは思っているということだけはぜひわかってください」と言われました。大人です。
05/09/13/tue
■一日二膳もとい一日二善
あんまりひどすぎて、自分で自分が情けない。
ここはひとつ……、(´・ω・`)ショボーン
でも、今日はひとついいことをした。
あんまりな出来に、気分転換をかねて根津へお昼を食べに行った帰り。クラスメートの女の子と学校へ戻る道を歩いていたら、自転車の横にかがみ込む女性がいた。どうしたのかなと思って、通り過ぎるときに振り向くと、プリーツスカートの裾が乗っていた自転車後輪のスポークと車軸の間に巻き込まれてしまって、にっちもさっちもいかなくなっている。スカートは膝の上までたくし上げるしかなく、とてもつらいだろうなという体勢だ。
思わず、「大丈夫ですか?」と声をかけると、ぜんぜん大丈夫そうではない。
細い隙間に4重5重に巻き込んでいるわけで、逆回ししようが、力ずくで引っ張ろうが、うんともすんとも言わない。「ハサミで切るしかないかもしれませんね」というと、クラスメートが近所に住んでいるので、「ハサミと替えのスカート持ってきます」と行ってくれた。なんていいところに住んでいるんだ!
返事の様子から留学生だろうなと思って聞いてみると、「北京。中国です」「明日、北京へ帰ります」。うわあ、秋休みでふるさとに帰る前日に、なんてかわいそうな。
自転車を支えながら、少し話しているうちにクラスメートが戻ってきた。「じゃ、切りますね」とザクザク。なるべくスカート部分を長く残そうと、一生懸命引っ張って、極力巻き込まれた先で切ろうとするがなかなか難しいものだ。どうにか切り終わって、留学生さんが立ち上がると……。見事にぱっくり斜め前の部分が切り取られてしまった。いくら裏地は無事で、昼間とはいえ、応急処置ではやっぱりちょっと無理、というか無惨な状態。クラスメートが持ってきてくれたスカートを上から羽織り、無惨なスカートは脱ぐことにした。
でも、まだ難題が残っている。巻き付いたスカート生地を取らないと、自転車がまったく動かない。必死に引っ張り出すが、なかなか進まない。「自転車屋さん、近所にあるかなぁ」と言いつつ、引っ張り出した余計な部分をまた切ってとしながら、地道に取り去り作業をしていたら、どうにかこうにか抜き取れた。ほっ。喜んで、私たちに抱きついて感謝する留学生さん。そりゃ、一人で座り込んでいたときは、心細かっただろうしねぇ。よかったよかった。
スカートを貸してあげた子と連絡先の交換をすると、「北京でおみやげ買ってきます」と言い、学校に戻る私たちをじっと見送ってくれた。
帰り道、「なんか私たち、人の役に立ちましたよね」と二人で、心が満たされた会話。いいねぇ。そこで思わず、「神様より、この様子を今日の試験のN先生に見て欲しいかも。そしたら単位くれないかな。試験はダメだったけど、人の役に立ってます」とつぶやく私は、邪心の塊です。しかも、私はハサミもスカートもなく、実はただの傍観者だったのに。
あ、でももうひとつよいことを人知れずしているような気がする。
ブービー賞狙いの民法2の単位、きっとどなたかにその地位をお譲りしているでしょう。うわぁぁぁん。
05/09/11/sun
■マルをつける必要はありません。バツだけです。>国民審査
うう、民法2が、2がぁぁぁ。
でも、今日は選挙です。【国民審査】もしまっす。「白票で投票しろ」なんて言ったのはどこのバカじゃ。鳥栖市の市長なんだけど。
民法2だけでもいっぱいいっぱいなのに、選挙結果にまたうら悲しい気分になりそうな気配……。
05/09/09/fri
■順化
ふぅ。基本科目刑法が終わりました……。今日の夜7時〆切のいきなり降ってわいた仕事も終わりました……。ええ、仕事はさっくり終わりますよ(フォローも入るし)。でも、試験は、ねぇ。
うーん、単位来るかなぁ。来てくれるといいなぁ。微妙だなぁ。第1問は小問4つ、第2問は事例の記述式。憲法は「うまく書けない」と自分を責めたが、刑法は「やっぱりちゃんとわかってない……」と落ち込む。
私、森を見るのは得意なんです。ただし、「森を見て木を見ない」タイプ。森なら3つも4つもいっぺんにOK。なのに、木はどれも一緒に塊になってる。細かなことは気にしない、一般生活ではふつうにウケがいい性格なんでしょう。これって、法律の試験では通用しませんね。木をちゃんと見ないとお話になりません。身に染みました。
「わかっているのに書けない」じゃなくて、「書いてはみたけどわかってない」ってことが突きつけられると、落ち込みます。どんより。終わった後、クラスの子らと話していると、思いっきり違うことばかり書いていたことを見せつけられるわけでして。いまだにわからんっす。復習しよう。でももっとやばい民法が来週2つ待っているので、当分は憲法も刑法も忘れて、ウソでもいいからにわか民法ファンにならねば。
お金払って、あんなに時間も使って勉強して、あんなに一生懸命スペースを埋めるくらいに書いているのに、単位がもらえなかったら悲しいなぁ。
それより。【学校のサイト】に劇的な変化が! なんと、それまでただ単にアップしてあるだけで、いちいち保存しないと開けなかったお知らせ等のpdfファイルが、少し前からそのままクリックして開くようになりました。進歩です。4月からずっと「html化するのがまっとうだけど、ここではそこまで要求しない。せめてpdfのまんま開けるようにしてくれ」と思っていたのですが、人知れず開けるようになってました。すごいすごい。
いまだにユーザビリティという言葉が存在しないことになっているサイトの作りではあります。でも、「法科大学院概要」が出来たりしていて、ちょっと進歩(去年まではなかった)。独立行政法人化したことの影響かっ? っていうには微々たる、微々たるすぎる(←変な言い回しで気に入ってしまった)進歩。
にもかかわらず、pdfが開けるようになったことを「わっ、すごい。見てみて。クリックだけで開けるようになってる! かんげき〜」と同居人に伝えた私は、はい、東大にならされています。まずい、社会人としてのサービス精神を忘れて、この程度で喜んでいてはいかん。いかんぞ。自分には適用しないよう、心せねば。
■おへんじ
お祝いありがとうごうざいます。>【麻理香さん】
麻理香さんは6日だったんですね。えーと、やっぱり大台かな? いや小台か。
にしても誕生日ご近所が増えていく。6日麻理香さん、7日畑仲さん、8日私、たしか10日植木さん(違ったりして)……。数珠繋ぎにするには、どなたか9日に生まれていただかないと。
05/09/08/thu
■はっぴぃばぁすでいpart2
大台おめでとう!>自分。
というわけで40歳になりました。40代の諸先輩方、どうぞよろしくお願いします。それにしてもあまりにもふがいない40歳。惑いまくってます。が、これで正真正銘の「四十の手習い」だっ。
そういえば、私の直後に【植木不等式さん】もお誕生日。たしか10日だったかと。一足先におめでとうさんでございます。なにはともあれ1年無事(かどうかは判断によるが)に過ごせたことをお互い喜びましょう。
しかしあと3回はこういう精神衛生上よくない日々に誕生日を迎えるってことだな。あと2回じゃないかというツッコミには、あと3年半いる予定なのだとお答えします。無事2年生、3年生になれても、1年前向きに留年して、気ままにいろんな講義を受けようと思ってまーす。ロー以外の講義もおもしろそうだもんで。休学して聴講ができればそれもいいけど、それは矛盾を指摘されそうである。
問題は、そういう余裕ではなく4年生、5年生になる羽目に陥る可能性が少なくないことだな。……明日は刑法。まずは各論の残りを見ないと。えいえいおー。
05/09/07/wed
■はっぴぃばぁすでい
44歳おめでとう!!>同居人
今年の誕生日祝い、以上終了。せめてと思った好物のバナナパイは、お店が臨時休業でゲットできなかったし。こういう誕生日がしばらく続きます。かんにんえ。
■2/5終了
科目数で言うと5分の2が終了したのだが、単位数で言うとまだ16分の4、つまり4分の1だけじゃ。
というわけで、基本憲法を受けてきました。表裏いちおう埋めてきたので、単位はたぶん来るでしょう。Cでいいから来てください。出題は予想通りというか、いかにもというかな1行問題。1番が「表現活動に伴う間接的付随的規制の意義と、それに妥当する違憲審査基準について論じなさい」で、2番が「いわゆる部分社会論について、具体的事例を挙げながら論じなさい」。山は思いっきりはずれましたね。ははは。勉強会をしてたころは、「司法権を部分社会に絡めて出すんじゃないか」とか言っていたのに、直前は他に走ってました。
まぁ、統治機構は議院内閣制以外ならそこそこかけると思っていたので、部分社会は願ったり。まずこっちから書いたくらい。具体的な判例で、却下なのか棄却なのかわかんなくなって、適当にごまかすあたりに実力が現れちょります。
だーっと書いても大きめの字で、行もぜいたくにつかったからか、ほとんど用紙の最後まで行っても、ゆっくり書いたつもりなのにまだ試験開始から40分くらいだった(試験時間は2時間)。時計が狂ったのかと思って確認したかったけど、教室の時計は後ろ。あれ、やっぱり理不尽だわ。先生たちは時計が後ろにあっても延長したい人はするんだから、前にもぜひ時計を。
まぁ、さっきまであっていた時計はくるわんだろうと、ゆっくり1番へ戻る。でも、人権分野はいまいち苦手な私。うーん。どうやって書けばいいのかなーと悩んでみたりする。時間があると余計な不安が到来しちゃうんである。
で、あれこれ悩みながらゆっくり書いたが、やっぱり1時間以上はかからない。というわけで、座っているのもつらくなったので10分前に退室。と、ここで大問題発生。箱に提出しようとした解答用紙が、手に持っていたペットボトルとこすれ、答案の一部がにじんでしまった……。ひゃぁ。下の人には迷惑をかけていないようだが、何カ所かにじんでしまっている。「大丈夫ですかね」「たぶん大丈夫です」と係員とやりとりをしたが、まだ水分も乗っている。というわけで、「タオルで押さえた方がいいですか?」「持ってます?」「持ってます」と、ごそごそ取り出して、ずらさないように真上からプッシュ。字が書いてないところの水分も吸い取って、上に載せる人の迷惑にもならないことを確認。ほっ。先生、にじんじゃってごめんなさい。涙の跡だと思って読んでください。
これから残り3科目。刑法、民法2、民法1。どれも4単位科目。どどーん。
刑法はまだしも(でも全然自信なし。グレードがどうのではない。単位の可否だけの問題)、民法2つはほんとどうしようもない。ひーん。これからの1週間の私に幸あれ。
05/09/06/tue
■寝不足
試験勉強故ではない。
生後1ヶ月くらいではないかと思われる子猫が、家の横に張り付いてミャーミャーなく。朝6時前から。昼間もなく。何度か捕獲に乗り出したが、すばしっこくて逃げられた。部屋の前の生け垣にいるか、横の犬走りにいるか、寝室のベランダにあるエアコンの下にいる。そりゃ雨をしのぎたいのはわかるけど、雨宿りだったら静かにしてくれ。おかーちゃんを呼ぶ声がうるさくてかなん。寝かせてくれー。
■序盤戦
昨日は、「法学入門」なる基本科目の試験だった。怒濤のように書いた。おそらく単位は来るんじゃないかと。グレードは……。悪いと悲しいけど、あの手のものは相性が大きいので、それほどよくないかも。個人的には気持ちよく書いたんだけどねー。あんまり法学っぽくなかったかもしれん。
そして明日は基本憲法。これが深みにはまっている。憲法自体はとっても好きなのだが、試験に答えられるかどうかはまったく別問題だし。たとえば、「あああ、外国人の人権共有主体の話がわかってなーい」とあせって見直す。少し納得して落ち着く。とすると、「あっ、国会の事前承認のない条約の話はどうなっていたんだっけ?」と焦る。またそこを見る。見終わると、「うーん、やっぱりあの陪審制の合憲性はわかってないかも」と飛んでみる。ひーっ、と思って一段落つくと、「そういえばナシオン主権の話って」と不安がよぎってしまって、そこを見直す。「ああ、じつは表現の自由がわかってないんだった!」と再び焦る。で、表現の自由の人になる。「違憲審査基準がわけわかんないよー」と落ち込み、あっちをめくりこっちをめくり。
……さてそのころ私の脳みそはどうなっているでしょう?
当然あふれてます。最初の「外国人」や「条約」の話はすでに外に追いやられてしまいました。振り出しに戻る。こんなんであちこちつまみ食いしているとでんでん終わりません。ひー。
よし、山を張ろう。2問出るはずなので、1つめは「内容中立規制と内容規制」の話、2つめは「唯一の立法機関としての国会」の話。どうかなー。1つめはほんとはちがうかと思うのだけど、去年の出題テーマからひとつずつ後ろにずらしてみた結果が上記2問なのだ。だって、去年は人権分野と統治機構分野の初っぱなの話が出ていたから。……まじめにはると人権は「外国人の公務就任権」、統治機構は「陪審制」。どうかな。
私がいちばん出て欲しくないのは、議院内閣制の話です。ここ、記憶もないし、興味も湧きにくいのだ。
05/09/02/fri
■首を洗うしか
クニエです。
質問会に出ると、悲しくなるとです。
質問の意味がわかりません。
なんの話をしているか見当をつけたころには、回答が終わっていました。
クニエです。
質問会も全部終わりました。
試験が始まってしまうとです。
時季はずれなのはわかっています。許してください。テンぱっているとです。
……しかし質問会ってシステムは初めて。こういうの、どこでもやっているんだろうか? その心は、バラバラ質問に来られたくないってことかなと睨んでいるのだが。ちがうだろうか。
■国民審査のおとも
【今度の国民審査はちゃんとやってみたい!】
【国民審査のための最高裁判事紹介】
ありがたいページ。とりあえず一人マルをつけてみようかなという人をみつけた。これまでで初めてのマル初めての無印になりそうな気配。
05/09/01/thu
■いきなり
9月に入って早々……、こけた。
夕飯を食べ終わって学食から出てきて、生協でお茶を買って、階段を上がりきったところに、予定外の段差があったのだ。つかかった左足を引きあげて、前に出そうと思ったけれど、思いのほか段差があって、2度、同じ段差に左足をぶつけた。結局、左足は上半身を支えるところまで出てくれず、「お、あ、っと……。(どて) イタタ」と転んだ。
後ろから上がってきたお兄ちゃんが、「大丈夫ですか」と声をかけてくれたのが救いかも。「あはは。はい、大丈夫です。すみません」となぜか笑いながら答える私。はずかしーのだね。
でも、コケた後って、なんでかしらんがつい後ろを確認しちゃうね。
■不経済
『ブリキの太鼓』のオスカルじゃないが、「釘のようにはまった」。わずか2単位の憲法に。民法も刑法もやらないといけないのに、ついつい、長谷部憲法を読みふけってしまう。そんでもって、ついつい『法学教室』の連載なんぞも読みふけってしまう。そうすると、注が面白い書き手なので、注も熟読していると、さらに読みたい記事や本が出てきたりしてしまう。そして、読んでしまう。はい、はっきり言っておっかけです。
『比較不能な価値の迷路』(東京大学出版会→[bk1|amazon])
『憲法学のフロンティア』(岩波書店→[bk1|amazon])
『テレビの憲法理論』(弘文堂→[bk1|amazon])
は、学期中に買ってパラパラめくっていたので、再読したり、拾い読みしたり。夏休みも終わりに近づいたころ、
『権力への懐疑』(日本評論社→[bk1|amazon])
も買ってしまった上に、昨日は、【学部学生さんのブログ】で見つけた
『国家と自由』(日本評論社→[bk1|amazon])
も買ってしまいました……。図書館で借りればいいのに、つい、ほしくなるとダメなのだ。
こんだけ投資しても単位がくるかどうかはっきりしないのが、期末試験。っていうか、これらで読んだ内容は、今年はほっとんど関係ないし(爆)。
おろおろ。飲み込みが悪い、回転が悪い、記憶力が悪いと、頭の不具合が三拍子揃っている私はとーってもスリリングな2週間を過ごします。
■これは興味深い!
サイバラがまた学校と闘っている。リンクがいつまでもつかわからんが、とりあえずyahooで【「毎日かあさん」論争、表現の自由か教育的配慮か】。
もちろん既刊2冊とも持ってます。>『毎日かあさん』
この中に、学校に呼び出された話もある。でも、フィクション作品だと主張する必要があるのだろうか? 読んでいる限りではそれは感じなかったなぁ。【落合弁護士】によると大きい差があるみたいだけど……。今後の成り行きに注目。
先月のてくてく→2005年8月