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2005年11月のてくてく
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05/11/30/wed
■視点
日付は変わってしまったけれど、まぁ、まだメンタルには霜月だということで。
ところで、今学期は刑事訴訟法の授業がある。じつはほかの科目に比して、この科目だけは妙に親近感がある。もちろん理論的なことはわからないけれど、なんとなーくなじみがある言葉とか、問題点とかがあるからかもしれない。
昔、マスコミ受験講座の講師と一緒になったとき、受講生で新聞社に決まった子(理系)に対して、「刑訴だけは少し知っておいた方がいい」といった場面があった。新聞記者は基本的に最初は地方でサツ回りだからね。
私自身は新聞社にもいなかったし、基本は事件報道と関係ない畑を歩いてきたのだけど、まぁ、やっぱり興味関心は最初につとめた会社でいろいろ育てられていたことに加えて、同居人が元社会部記者だというのもあって、あれこれ話していたのが大きいのかもしれない。
で。起訴しなかったことに「ちょっとおかしいんちゃう?」といった文句をつける検察審査会の話などが先日、出てきた。さすがに一通りのことは知っていた。でも、一緒に出てきた「付審判請求」というのは、「そういえば、そんなんも聞いたことはあったな」程度だった。ケーサツ官とかが職権濫用の罪をなさってくださったときに告訴とか告発しても不起訴にされちゃうことがある。そんなときに裁判所に「(ちゃんと)調べて」という仕組みだ。ま、身内の犯罪にはどうしても甘くなるのが人ってもんだからでしょう。
そんなことを習ったので、家に帰って聞いてみた。「付審判請求って知ってる?」。
ほんのちょっととはいえ京都で司法担当していただけあってか、「うん。一度、公安事件で付審判請求しただか、するだかっていう話があった」。ほー。生の体験は大きいね。
と同時に、あれれ? 私、授業で「実際は、ほとんど学生事件のときの話ですね。学生事件っていっても、40歳とか50歳とかの人が大半なんですが」というような説明を受けた。
そっか。取材する側の意識では「公安事件」でも、裁く側の意識では「学生事件」なのか。たとえ付審判請求絡みの話であったとしても。
05/11/25/fri
■ケガの功名
どないなるかと思った。
今朝、パソを立ち上げたら、パスワードを要求される設定に。しえええ。そう、私はログオン・パスワードを忘れきった女。これまで何度その壁の前で涙してきたか。
昨晩、ネットワークプリンタにこいつもつなごうとして、同居人があれこれ設定してくれた。で、挫折。当然、途中で基本的な設定もいじる。そしたら、記憶させていた(そしてこの子しか覚えていない)パスワードを自動認識しない設定にしてしまったのだ。
朝からあせるあせる。授業は大きなノートを持って行けばどうにかなるし、授業のデータは全部バックアップとってあるし、当面、しのぐことは(ふべんだけど)できる。同居人は同居人で「会社休んでこれからワカマツに行ってくる」とか言い出すし。つい、「ひどーい。パスワードが変わると入れなくなるってわかっているのに。ひどーい」と鬱憤晴らしをしてしまったのだ。
でも、それほどの労力を費やしても、結果が吉と出るわけではないのがこの手の問題。私は「いいよ、そこまでしなくて」となだめてみる。そろそろ買い換えたいし♪ データは「おにゅう」が来たらどうとでもなるだろうし♪ 比較的こまめにバックアップとっていると、こういうとき痛手が少ない。……しかし「おにゅう」ってなんか死語だな。
とはいえ、同居人が救済方法を調べてくれる間、私がぽけっとするわけにもいかない。大きいパソにいちおうの授業関係ファイルをコピーして準備を終えたら、あとは徒労だとわかりつつ、いろんな文字列をパスワード欄に打ち込んでみる。
……と、20個目くらいのパスワードで、いきなり「個人設定を読み込んでいます」窓があああああああああああ。
えらくおでれーたっす。まさかあんなのだったとは。いや、忘れなさそうなのではあるけど、なんかちょっと意外。忘れなさそうなのを忘れてたんで意味ないけど。いままで都合100個以上トライしたけど、1回も入れていなかったのかー。そうかー。
ケガの功名。今日は悲しい朝から、幸せな朝になりました。というわけで、こんなんなりながらも生きてます。中だるみが続いてますが。
05/11/12/sat
■準備が大事
1階と3階で見つかった「床鳴り」の補修工事があった。予定とは違う方法で補修できることがわかり、大幅に時短。昼前に終わった。ありがたやありがたや。
その様子を見ていて、つくづくと「準備が大事」なんだなと思った。床材を根太と呼ばれる固定用の木材に改めて打ち付けたのだが、ビスをいきなりは打たない。ちゃんと少しドリルで掘ってからビス留め。じゃないと、留めたいところ以外の床面もへこんでしまうから。でもって、そのドリルでほったところのふちを、カッターできれいにする。当然凹みを埋めて、その上から目立たないように塗料を塗るのだが、その仕上がりが、この作業の影響を受ける。もちろん、事前に「養生」をして、周囲をテープで隠す作業もしっかりしないといけない。
ビスを留める、掘った穴を埋めて塗るというメイン作業の裏に、細かい作業があるからこそ、職人さんならではの仕上げになるんだな。
だいたい家の後工事や直し作業は終わったが、シャワーホースの交換で、足りない部品が発覚。後日、それだけ付け替えに来てくれるそうだ。これで一連の家関係は完了。とりあえず、ではあるけれど。1年くらいはなんやかやあるものらしい。
■連想ゲーム
【「料理のレシピ」は「科学実験の手順書」だ】という平林さんの話を読んで、ごもっともと思うと同時に、脳の一部が発火した。発火を慎重にたどると、野矢茂樹さんの大ヒット作『論理トレーニング』で例文としてあげられていた料理本の話だった。
ちなみに野矢茂樹をして「驚異的に理屈っぽい」と言わしめたのは、河野友美の『「料理・食べもの」ものしり雑学』(三笠書房知的生きかた文庫)。こっちも買おうとしたような気がするが、買ったかどうか定かではない。かつ文庫なので、買っていたとしてもいまの我が家では発掘不可能。残念。野矢さんが挙げていた例文で、「理屈っぽさ」を堪能ください。
「目玉焼きを作るとき、水を入れず、弱火でゆっくり焼かなければいけない。強火で熱すると、卵のタンパク質は温度上昇に敏感だから、強く収縮し、結果として、口あたりがザラザラしてしまう。さらに、焼くときに水を加えると、卵白は水に溶けやすいため、目玉焼きが水っぽく仕上がってしまうのである」
「塩を加えてジャガイモをゆでてはいけない。塩を加えると、細胞膜のペクチン酸カルシウムからカルシウムがとれ、食塩のナトリウムと入れ代わり、その結果、細胞膜が柔らかくなる。また、塩を加えると、水の沸点が100度以上となり、ジャガイモを100度以上の高温でゆでることになって、ジャガイモの繊維が柔らかくなってしまう。結果として、できあがりがべたつくのである」 (『論理トレーニング』p.87より)
この文章のうち、たとえば「収縮し」を「縮み」にしたら、ほぼ述語での漢熟語はなくなる。それでも論理的な理屈っぽい文章は書けるってことを声を大にして言いたい私は、法律用語の無駄な漢語にめげています。もちろん無駄な漢語(やカタカナ語)が多いのは、科学系も一緒だけんどもさ。
05/11/10/thu
■わくわく
やっと加湿器到着。寝室がやたらと乾燥しているようで、朝、のどがからから。口呼吸の私はマスクをしているが、寝る前に濡らしても、朝はカラカラになっている。口呼吸じゃない同居人も「もう限界」といっていた。戸建てだとマンションより気密性が落ちることの証左がこれなんだろうか?
いま部屋にある加熱式の加湿器を使ってみればよかったのではあるが、寝ている間はあんまりうるさくない方がいいので、超音波式にしてみた。あと、加熱式だとひたすら上記が上に行ってしまうのも、少し気がかりだったので。雑菌問題は気になるが、フィルターがしっかりしていそうなのを通販生活でみつけたので、トライする。
しかし、寝室にはクローゼットもあり、毎度、この二律背反問題には頭を抱える。人間は湿りたい、洋服類は乾きたい。やっぱ、夜は加湿器、昼は除湿器を励行するしかないか。面倒だけど。いざとなったら人間優先。
■さびしんぼ
夕べは、ご近所かつ中高時代の友人かつご同業が新居祝いに来てくれた。その結果、自業自得気味の今日である。うげげ。
さすがに高校を卒業して20年以上たつと、お互い重なっていない時間の方が長いし、それぞれの来し方があるので、「そうだったんだ」の連続だった。でも、そういう話ができる貴重な友人でもある。……ちょうど一昨日あたり、「小中高大の学生時代の友人ではなく、同業者(およびその周辺)じゃない、友人はいるか?」と考え、「あー、やっぱり私は友達が少ない」と改めて感じていたところなので、ばっちり重なっている友人と話しながらしみじみしてしまった。
仕事だけのつきあいじゃない人はそこそこいる。が、それは広めにみるとやっぱり同業だったり、仕事をきっかけにというパターンがほとんど(私の場合は著者、取材相手はこのなか)。一般的には、どうなんだろう。学校が同じでもなく、仕事絡みでもない、異業種の友達って、いるもんなんだろうか。そっか。育児や趣味の集まりがある人は、いっぱいいるのかもしれない。……趣味、ないしなー。子供、いないしなー。寂しい老後を送ること決定な気がする。いや、老後に限らんか。すでに、まんま定年後のお父さんである。あはは。
05/11/08/tue
■理不尽
かゆい、眠い、痛い。
なのに授業がある。ひーん。
なんか学生って理不尽な気がする。お金をもらっているならまだしも、お金を払っているのに(しかも自分の金)、体調不良の時まで勉強に追われるってさぁ。おかしいんでないかい。あ、会社で働いていると、たいてい有給休暇ってのもあったな。お金もらっているのに休める。ますます理不尽。
考えたら忌引きもないんだよね。出席が平常点にカウントされるんだとしたら、ほしいかも。
支払の滞らない、優良なお客さんでもあるのに、なんでこんなに立場が弱いんだぁぁ。
……眠いせいか、愚痴っぽくなっております。
05/11/07/mon
■6feet=182cm
我が家のテレビは、ニュースかスタートレックしか写してないかもという気になる。新居になって、CATVの人になったので、スタトレが復活したのだ。前の家ではスカパーのアンテナの前に障害物が出来てしまい、CSとサヨナラしていたので、へなちょこトレッキーの同居人が喜んでいる。
で、日曜日の夜にやっているスタートレックが始まる前に、なんか変なドラマをやっていた。「アメリカですごく人気らしいよ」と同居人はいう。ものは、これ、【six feet under】。この前の7月に日本でも放送し始め、10月から再放送が始まったところだった。
えーと。久々にドラマを継続して見てしまいそうな気配。脚本は映画「アメリカン・ビューティー」のアラン・ボール。あの映画のケビン・スペイシーはほんとによかった。ああいうふうに死にたいかも。このドラマもなんともいえないひねくれ感とリアルさがあって、好みなのだ。しかも、キャシー・ベイツが監督をする回がたまにあるらしい。へー。昔はキャシー・ベイツというと「ミザリー」だったが、最近は「ドロレス・クレイボーン」の印象が強烈に残っている。このドラマとも相通ずるか? いや、それはないか。
「six feet under」は、「ほんとにアメリカのドラマ?」と思うほど、喫煙シーンもおっぱいカットも出てくる。それがOKなのは、ペイTVで放映されたドラマだかららしい。セクシャリティ的な視点からも興味深いエピソードがたくさんあるみたいで、自分がどういう受け止め方をするか、楽しみでもある。というわけで、当面、ニュース+スタートレック+six feet underなテレビになりそう。
あ。週末は久々にNスペを2本とも見た。パーキンソン病の治療成果はテレビで見ると劇的で、改めて驚いた。「脳」って、やっぱり不思議だなぁ。私の脳はどういう特徴のある脳なんだろう。
【森山さんのところでBS1の共感覚ドキュメンタリー情報も仕入れた】ので、頑張って昨日見ていたんだけど、床暖房を入れたらせっかくBBCのだったのに途中で寝てしまった。脳と不思議といえば登場するのは、ラマちゃーん。私のBは緑色。Aは赤。9は焦げ茶、8は群青色。でもやっぱりだいぶ薄れているなぁ。番組に登場する人たちほど、強烈にはないです。薄ぼんやりしている。ごくありふれた色の共感覚だけだしね。まぁ、音に味があるなんて共感覚じゃなくてほんとよかった。それはかなり大変そうだった。
共感覚は遺伝しやすいみたいなんで、この前、妹や親に会ったときに、確認すればよかった。毎回そう思っているけど、忘れている。100人に2人くらいはいるらしいから、いまの同級生の中にもいるかも。が、共感覚っていっても、探しようがないのが難点ではある。
なんか、土日でけっこうテレビを見たんだな。発見。
05/11/05/sat
■遊んでもらう
11月は霜月というのだっけ。時が過ぎるのが早いような遅いような、両極端な思いが交錯する時期でもある。基本的には「はやすぎー」なのでありますが。
昨日は、後期が始まって初めてのクラスコンパだった。先生方も3人ご出席。授業のときとは違う表情を拝見したり、授業のつらさを訴えたり。……仕事以外でというか、学生という身分で先生と一緒の飲み会は、じつはまだ慣れない。ふつうは研究室やゼミのコンパがあるらしいが、学部時代に1回もなかったので、そういうもんだと思っていた。ちがったのね。取材するようになって、何度か先生を囲んで飲んだり食べたりしている場面にご一緒させていただくと私が珍しいケースだったとわかってきた。
で、ややこじんまりした感じの2次会があって、その後、ご近所メンバーの家を行き来してみたり。わりと学生っぽい行動に、まぜてもらいました。うち→近所その1ルームシェア→近所その2お一人暮らし部屋、と回って自分ちの布団に潜り込んだのは3時半過ぎていたかも。ま、たまにはね。
■こ・と・ば
ウィークデイは、やっぱり授業に追われていてなかなか備忘的なメモが残せない。今週は木曜日に家の追加工事と直しが入って朝から夕方までつぶれたのも痛かった。
でも。水曜日の午後、授業が終わってから、学内で開かれている法律と医学の先生方によるワークショップに飛び込んだもんね。タイトルは「医行為概念の再検討」。救急医療界の気鋭論者である箕輪良行先生の講演を聴けなかったのが残念だ。私が入った時は、すでに医学方面の方々の話は終わっていて、法律の先生たちのお話になっていた。
……3年前に【公開シンポジウム『医療事 故の問題点』】を聞きに行ったときも同じことを感じたが、法律・法学と医療・医学のコミュニケーションは難しいと改めて思った。お医者さんに限らず、一般的に法律についての関心が低いため、なかなか対話が成り立ちにくい。
そして、なにより法学者は自分たちの業界用語で話しすぎる。法律の業界用語が日常的にも使われている言葉と重なっているのが、いっそうたちの悪い齟齬になっている気がする。あと、「違法性阻却とはどういうことですか?」と聞かれて、私たちローの学生に授業で話すのとほとんど変わらない説明になってしまうのは、大きな問題だと思う。私なんて、まるで授業を受けているかのような気になったもんね。
「緊急避難」も「主観」「客観」も「過失」、もろもろの言葉が、法律とは関係ないレベルで圧倒的多く使われている。そのことを法律サイドの人はもう少し自覚しないと、伝わるものも伝わらなくなるなーと思う。
水曜日に再発見した違和感用語は、法律家同士でのコメントになると即座に出てくる「構成」。フルでいうと「法律構成」。じつはいまだに慣れなくて、私は「観念」並にあんまり使えない言葉でもある(ちなみに「観念」は、「○○を観念できない」とか使うんだよ。ぞわ)。もし助詞を加えるとしたら、なんだろう。「法律の構成」じゃないんだよ。「法律で構成」かな。いや「法律的に構成」か。漢字も一つ増えてしまいました。これも法律を知らない人にはわかったようでわからない言葉の一つだと思う。法律も構成も言葉としてはありふれているのに、つながって法律家の口から出てくるともやがかかりそ。
そんな雰囲気だけは若い人らにもばっちり伝わったのか、ローの上級生らしき人びとが「話が全然通じていない」ということを、会場の外に出てから、口々に話していた。
でもね。この対話の難しさは、何も法律と医学だけではないのですよ。数学と物理でもあること。その自覚があるかないかが、まずは大事なんじゃないかな。自分たちの専門分野を、「特殊」という逃げ場にしないためにも。
先月のてくてく→2005年10月