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2007年6月のてくてく
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07/06/25/mon
■6年
もはやすっかり気まぐれ日記です。月記のこともあります。
今日、帰り道に、「2007年か。そういえば2001年に東京に戻ってきたんだよなぁ」と、ふと思った。そうしたらやっぱり勢いで引き算をするわけです。
2007ひく2001は6。
えっ? と自分で驚いた。まだ6年だったんだ。なんかもう10年以上経っているような気がしたもんで。時が過ぎるのは早いはずだし、実際早いんだけど、個別な感覚はまた別物なのだね。
だもんで、つい、ざっくりと振り返ったら、10年以上に感じてもしかたない気がしてきた。
2001年は前半に「東京に復帰しましたー」的なノリでちょぼちょぼとやっていて、秋以降はbk1にかなりコミットしつつ、その他細々と手を出さしてもらって、お気楽フリーな状態を楽しんでいたよね。
2002年になると、ちょっとやっかいな案件に巻き込まれながらも、bk1やその他のお仕事をしていたら、夏頃2つお誘いがあって、結局、エンカルタ編集部に秋から就職。就職っていっても1年契約の年俸制だし、当然残業代はないけど、社会保険はついたり。それからは慣れるまで、けっこう忙しかったような記憶がある。いくつかしかかりの仕事もあったからかな。
2003年も前半はふつうに社員編集者をやっていて、夏頃から委託契約になって、社員身分ではなくなるとともに、在宅な状態になって、ほんとハッピーだった。でも、エンカルタがキッズ版をつけることにしたもんで、2003年の秋以降はドタバタしていたなぁ。そういえば、SW友の会が発足したのもこの年の秋だった。
あけて2004年もキッズ版を延々と作っていて、この年の3月から6月くらいはマジメに根詰め作業が続いていた気がする。7月頃に押さえつけていたバネが飛ぶみたいに楽になったけど。夏はお仕事しつつ、ひたすら歩いて、野菜を食べて、ダイエットに励んでいたな。そして畑仲さんはこの4月から大学院生になったのだ。一方で私は、法科大学院のエントリーなぞごそごそしていたけれど。9月ごろからローの試験がパタパタと続いて、ひょんなところにだけ受かったのが現在の始まりである。冬頃から家賃補助がじきになくなるので住むところをどうしようかと考えたりもしていたな。もちろんエンカルタのお仕事もしてます。
2005年は、初っぱなから不動産問題との格闘。結局2月に土地を買ってしまった。一方で、ローの行き先もフィックスしたり。でもって4月には入学してしまったり。1年生になって、1年間で憲法・民法・刑法・民訴法・刑訴法・商法・行政法をやったことにされたのだねぇ。10月には家も建って、引っ越したし。お仕事はほんとうにちょこっとだけさせてもらっていた。
2006年は去年か。進級はできて2年生になって、結局、あれこれ学校の活動にクビをつっこんだり、ひーひーいいながら賢い子らにかまってもらったり。4月にはクルマがきて、5月にはワンコのHALが来た。お仕事は秋に正式にやめて、貧乏になったので、畑仲さんと結婚してみたんだった。畑仲さんが骨折したのはこのころだったっけか。
そして2007年、現在に至る。学校では3年生になった。HALも1歳3か月になった。畑仲さんのお母さんが亡くなった。勉強しているフリ(だけ)がさらにうまくなった。髪が久々に短くなった。
身分と、生活環境が、いろんな意味であり得ないほどにがらんがらんと変わっている。「一寸先は闇」という言葉が、適切に思えてしまうのはなぜだろう。
そういえば、ウェブサイトを作って、この6月で丸6年なんだった。こっちは「えー、もう6年?」てな感覚なのに。
07/06/10/sun
■あれこれ
この1週間、ほんとうに疲れた。
私ですらこれだけ疲れたのだから、近しい畑仲さんの疲れ方は、回復するのだろうかというくらい。5日の朝、畑仲さんの母親が亡くなって、それからこっち、もう頭の中は葬儀のことばかりになった。5日仮通夜、6日通夜、7日告別式。いまは同居人というだけでなく、戸籍上も夫なので、いやがおうにも私はヨメになる。当然、自分ちの葬儀より、何倍か大変なものになる。
斎場で、骨あげのために待っているところで、別のお葬式の人が「二度と葬儀なんてごめんだ」という言葉に、遺族はふかーくうなづく。
なんつーのか、ヨメとしての立ち振る舞いを学んでいないので、私にできることは、体面上の喪主の父親にくっついていることくらい。だって、物の置き場所やら、親戚の人やらを、まったく、1ミリたりとも知らない。結局、「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。妻のクニエです」ということと、どうでもいい買い出しくらいしかできることがない。あとはまぁ、推して知るべし。詳細はダイレクトにどうぞ。
しかし、葬儀やらなんやらは、エリアや家でほんとうにちがうものだねー。いちばん驚いたのは、骨あげのとき、全部の骨を骨壺に入れなかったこと。東京と横浜の斎場では、それこそ一粒たりとも逃してなるものかという勢いのハケ遣いで、骨という骨を全部骨壺に入れる。対して大阪では、身体の各部分を入れたら、あとはけっこう大きいのが残っていてもそのまま。どうするのだろうと不思議に思っていたら、残った骨は共同埋葬スペースにいくらしい。拾い上げた骨と残った骨、どっちが多いんだろうと思ったくらいの感じだった。
四十九日に納骨かぁと思っていたら、それも違うらしい。四十九日は法要というだけで、納骨はその気になったときでいいらしい。だからわりとすぐ納骨する人もいれば、3年とかたってから納骨になる人もいるんだって。へー。
うちはお墓を作らなかったので、結果的に骨をもって歩くしかないのだけど(もちろん家においときますよ)、仏式でお墓があってもそういうエリアもあるんだ。
あと、最近、私が参列するお葬式は無宗教が多くなっていたんだなーと、久々に仏式のお葬式に出て思った。ばーちゃんとかじーちゃん以外で、仏式っていくつあったかなと思い出すのが難しいかもしれない。
そして、ヨメではあるものの、出席の厳しい学校があるもので、告別式の翌朝、始発で東京に戻ってきた。2限と5限を半分寝ながら出てみた。だが、学校にいた金曜日も、エアコン修理の立会やら、なにやらをしていたら学校に行きそびれた土曜日も、使いものにならなかった。いくらでも寝られる気がする。果たして学校というか、勉強に復帰できるのかが、最大の不安だ。
そうそう。土曜日、家にずっといたら、【ギャラップ・オーガニゼーション・ジャパン】からの電話調査があった。ふだん学校にしかいないから、こういうものにも出会いそびれているのね。ふつーの電話アンケートなら断るけれど、ギャラップという名前を最初に聞いたので、即座にググって日本法人のサイトを見ながら相手を確認して、答えてみた。ギャラップならそのノウハウがどういうものか知りたいし。世界最大の調査会社だもんね。
今回のアンケートは、どこかの依頼ではなく独自に全世界的にやっているものらしく、いろいろなサービスへの満足度というテーマのようだった。買い物の利用状況と、ネットプロバイダーのサービスについての満足度、教育機関のサービスの満足度が、私への調査内容として割り振られたようだ。
……どれもこれも、ものすごーく変な回答になっていると、自分でも思ふ。41歳都内在住にもかかわらず、ここ3か月間でデパートでの買い物も、スーパーでの買い物もしていない。あ、5日前にスーパーは行った。でも大阪のだった。やっぱりだめじゃん。この質問で「ないです」と答えた人はほんとに少ないだろうなぁ。もろもろの消費行動は、「どうやって生きているんですか?」と聞かれそうなレベル。次のネット関係は、インターネット・プロバイダーに契約する前の期待度はどうだったかとか聞かれて、えーとえーとと10年以上前の話を思い出す。自分がインターネットに契約する前から、同居人は契約していたし、当時いた職場でもあったし、期待度も何もわかったうえだったからなぁ。ニフティはパソ通のころからだし、そもそも変えるのが面倒だっただけだしなぁ。というような前提で1から10の数値を答えるのはけっこう難しい。
極めつけは、教育機関。「3か月以内に全日制もしくは定時制の短大に在籍していたか?」と聞かれ、いいえ。つぎに「3か月以内に大学に在籍していたか」に、「大学院でもいいですか?」とこちらから問いかけるはめに。OKだったので「いま在籍してます」。「定時制の大学院に在籍ですね」と聞かれたから、「いえ、全日制です」と答えるオマケつき。最初に歳を聞かれていたからねぇ。学費との満足度などをネットと同じように聞かれて、これまた答えるのに困る。だいぶ質がちがうものだから。ただ、最初の方でさしつかえなければ大学名をといわれて、東京大学と答えていたから、あちらさんも回答を先回りしていた気配はあった。
結局、20分くらいは矢継ぎ早に飛んでくる質問に答えていただろうか。そのなかで面白かったのは、「どれくらい期待を満足させましたか。10が非常に満足、1がほとんど満足していないです」という問いに数字で答えてから、「どのくらい期待に反していましたか。10が期待以上、1がまったく期待はずれ」という質問が飛んでくる。あれ? 同じ内容じゃんと思いながら、えーっとさっき8って答えたけど、今度は期待に反していたかという意味では、どうなるんだ? 10が期待以上で、そこそこ期待に応えてくれているから、7とか8とかか。こんなふうに、頭の中で評価のベクトルを確認してから何度も答えた。
いちおう修士1年で統計の単位をとっていた畑仲さんに話したら、「そうそう。ポジティブとネガティブの両方から質問を組み立てるらしいよ。じゃないと、答えが一律になっちゃう人がいるから」とのこと。へー。いろんなテクニックがあるんだねぇ。証人尋問とかにも使えるのかもしらんな、こういうのは。
日常生活を、ふつうに送っていると、ほんとはいろんなものに出会える(出会いたくないのも含めて)のだなぁと思った1週間&週末だった。
07/06/03/sun
■ケ
2001年にこのサイトを作ってから、6年目にしてついに、まるまる1か月、ウェブ日記をすっ飛ばしてしまいました。さようなら、2007年5月。
ここのところどうしていたかというと、1か月を超える咳の風邪を引いていたり、なんか気持ちがざわざわしていて、それを表すために「気持ちがケ」なのといったら、「は?」という顔をされたりしてました。
ちなみに「ハレとケってあるじゃん。そのケ」と答えたのですが、「それは意味がちがうと思う」と言われました。私としてはウツウツしているという意味ではなかったので、「ケ」としてみたわけです。したら、見事におかしかったのですね。広辞苑ではなく大辞林さまによると「改まった場合ではない、日常的なこと。ふだん。平生。」とありました。……日常的に改まっている人の場合、「ハレとケ」はどうなるのでしょう。
そういえば、この前、ある人が「必ずしも、よくわからない」という表現を使っていました。私はすごーく変だと思ったのですが、「必ずしも」は「必ずしも○○ない」という使い方をするものでしょ、と切り替えされました。とっさに、「そこに自動詞が入るのはおかしくないか」と言いました。でも、自動詞自体はいいのかもしれません。
ちょっとだけ日本語教師のアンテナがピクピクしました。
私はOKな例:
1)必ずしも、わかるとは限らない。
2)必ずしも、わかるものではない。
3)必ずしも、わかっていない。
4)必ずしも、学生全員はわからない。
5)必ずしも、考えたとはいえない。
似たような言葉で拾ってくると、こんな感じでしょうか。
私はNGな例:
1)必ずしも、よくわからない。
……こっちもいくつか列挙するつもりでしたが、ネイティブの罠にかかりました。思いつくものを、何回か言っていると「いいような気がしてくる」罠です。この何回かは、3回です。3回以上繰り返した時点で、自分の感覚がわからなくなります。
具体例はさておき、傾向を拾ってみると、OKになるのは「客観的な意味合いのある表現と一緒になっている」ような気がします。とすると、自動詞だからおかしく感じるのではなく、主観的な意味合いのある表現プラス「よく」という修飾語でしょうか。
ほんとは同系列の表現だけじゃなくて、思いっきり違う例を考えて、そことの比較をするのが鉄則なのですが(じゃないとどれもこれも同じに見えてくる)、そういうスキルもどんどん落ちているようです。
仕方ないので、自力での考察はあきらめて、辞書を引いてみます。
大辞林:(副)〔「必ず」に助詞「しも」の付いた語〕(下に打ち消しの語を伴って)一部分はそうであっても、全部がそうではないということを表す。いつでも…ではない。全部が…ではない。「貧乏だからといって―不幸ではない」「―賛成ではない」
広辞苑:副(下に打消の語を伴って) かならず…であるとは限らない。土佐「この人、国に―言ひ使ふものにもあらざなりひ」
表現辞典:連語《下に打消しを伴った全体で》かならず…である、というわけではない。「―楽観はできない」_部分否定で、「絶対に…ではない」とは異なる。
どうやらキモは部分否定ですね。となると、主観的な意味合いの表現を伴うところが問題なのではなく、「よく」との同時使用にひっかかったのかもしれません。
ローに入る前ならもう少しはあれこれこましに考えられたような気がしないでもありません。……法律を勉強しながら、私は何かよくわからないけれどいろんなものを失っているのでしょう。
なんてことをつらつら1か月以上のブランクをあけて書いているのは、いろんなものを失わせる原因になっている法律を勉強する気が、今晩は行方不明だからです。私にとって勉強をする生活は、きっとハレなんでしょう。
ほら。やっぱりケなんじゃん。
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