|
2007年9月のてくてく
|
07/09/20/thu
■「シッコ」byマイケル・ムーア
昨日、社会保障に関心のあるクラスメートを誘って、【マイケル・ムーア】の【「シッコ」】をやっと観てきた。
今回のお題は「医療保険」。そういえば新人弁護士奮闘映画「レインメーカー」もマット・デイモンが闘う相手は医療保険会社だった。「レインメーカー」をご存じの方は、あの保険会社が全編テーマになっているようなものだと思っていただければ、それほどははずれていないかと。
「ボーリング・フォー・コロンバイン」や「華氏911」でほんとうにメジャーになったんだなぁと思ったのは、「シッコ」の引っ張り方がわりとあっさり目になって、端的には編集がよくなったと感じたことから。あと、ムーア自身がなんだか「キレのあるデブ」になっていた。少し細くなったんだろうか? いいな、キレのあるデブ。見習いたい。
映画自体は、政治的な色彩は前作より少ないこともあって、わりと一般受けするんじゃないかな。なんてたって、テーマが誰もが直面する医療だからね。その分、話題性が若干減ってしまったので、ブレイク度合いは弱まるだろうけれど、それは致し方ない。
あいもかわらず突撃場面満載で、アメリカ以外の国で「お試し」をしてみる。その結果、カナダ、イギリス、フランス、キューバは天国、アメリカは地獄のように、わざとわかりやすーく描かれているもんで、どうしてもそぎ落とされているものはなんだろうと気になってしまう。フランスもイギリスも医療費はタダということだけど、そのためにかかっている医療費が国家予算のどれくらいなのかとか、税金はどうなっているのかとかは、映画だけではあまり詳しくわからない。フランスは、古き良き民主的労働運動があるかのようなイメージだけど、その背景にあるイスラム教徒住民との摩擦は出てこない。そういうことはどうしても気になってしまうものなんだなぁ。
あとは、10年くらい前からアメリカ医療についてレポートしてきていた医師の李啓充氏(いまや大リーグ評論家だ)の話が思い出される。たしか彼のレポートで、メディケアとマネージド・ケアという言葉を知ったような記憶がある。たとえば【週刊医学界新聞:連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(12)】あたりかな。
この「マネージド・ケア」が「シッコ」でさんざん出てくる「管理型医療」で、アメリカでは国民皆保険のような「社会主義医療」の対極にある、よき医療制度としてアメリカ国内で喧伝されているものだ。
それにしても、すっかりこの手の話題から遠ざかっているから、単語一つ思い出すのが大変。あんまり上映しているところは多くないけれどみておいて損はない映画だと思います。けっこう笑えるしね。
……なんかすっごい雑な紹介で申し訳ない。ちゃんと紹介するつもりははなからなかったけれど(おい)、身体がしんどいときは突然「ああめんど」という感覚が襲ってくるらしいのです。おやすみなさい。
07/09/19/wed
■鬼門
あ〜あ。10月にならないでほしいなぁ。
1年のときからわかってはいたけれど、私にとって法律の鬼門はいつまでたっても商法。
しかしその商法でも、英単語の意味がわからなくて問題文を理解し損ねることになるとは思わなかったなぁ。どこかの条文に日本の裁判は日本語でって書いてあったような気がするんだけど、学校を出るには必要らしい。しかもなぁ。その言葉が「内容不知約款」的なものだったらしいっていうんだから、浮かばれないなぁ(問題文を二度と見る気になれないので確認できず。ただ意味がわからないと思った記憶だけは蘇ってきた)。私、たとえ法曹になってもこの単語を二度と見ないで生きていくだろうになぁ。「別の表現にすればよかったのかも」と出題者が不可を出しそうだと心配していうくらいなら、カッコ書きで日本語を入れてくれればいいのに。
さらにこの科目にかかりきりになっていたから、ほかの科目の勉強ができてないからなぁ。これがだめだったら、ほかの科目たちに与えた影響を考えると、そのトラップと結果のギャップが大きすぎる。
まぁ、もちろんその単語がわからなくても、全体から察することができればいいわけだし、ちゃんとわかっていればそれくらいできるはずなんだろうし、それに、その問題ができなくても他の問題ができていれば最低限単位はくるだろうから、どうしたって自分がだめなだけなんですけどね。
もともと4年計画だったんだから、その予定通りにさせてもらえそうだということで納得するか。考えたら、4年計画だったときは、この科目をあえて落とそうと思っていたんだし。あえて落とすか、強制的に落とされるかの違いは大きい気もするけれど、結果においては大差ないし。当座の金はどうにかなるし、同居人の博士課程ものんびりさんだし。あちらさんは長期履修制度を活用しているから学費が増えないのんびりさんだという違いはありますけどねぇ。
半年延びるのか、いっそのこと1年延ばすのか、はたまた万が一延びないで済むのかまだはっきりしないけど、卒業が延びるんだったら、冬学期に履修する科目増やそうかな。いろいろ興味深い科目もあるし、履修する科目をしっかり勉強もできるわけだな(実際しっかり勉強できるかどうかは別)。あー、でも履修単位数の上限があるんだった。夏学期に8単位も卒業にも試験にも関係しないエリアで登録しているから、あんまり余白部分がないじゃん。ま、そしたら聴講にすればいいか。あ、そうだ。それに冬学期とろうと思っている科目で、ほんとだったらリサーチペーパーのテーマにしたかった内容をとりあげるものがあるんだった。それリキ入れてやるっていうのもよいな。うまくテーマ設定をできなくて、リサペにするのは諦めたから。
なんだかんだいって、10月の成績発表日が深刻に憂鬱。もらいにいけないかも。同居人は会社がある日だし、去年は履修登録最終日だったらしいから、人がいなくなってからなんて悠長なことを言っていられないだろうし。もし今年も履修登録最終日だったら、法曹倫理が金曜4限に入っているし、3限に別の科目が入っているから、人がいなくなってから成績をもらいにいくとか以前の話で、かなりやっかいなんだけど。……こういう事務的なことでかかるストレスが大きいのも、この学校の変わらないところだから滅入る。
変な時間に目が覚めたら、こんなくらい内容になってしまいました。でもとりあえずはき出しておこうと思って。がんばりもす。
07/09/17/mon
■CGと映画
そういえば、畑仲さんの希望(←ココ重要)で「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」を見に行ったんだった。
いわゆるエヴァ・ブームのとき、畑仲さんもそこそこはまってらして、いちおうヲタクの入り口くらいにはいた。あの世界は深すぎるので、畑仲さんを真正のヲタクといったら本物の方々に申し訳ないので、ヲタク見習いくらいといったくらいだと思う。そんな人の近くにいたら、否応なく一通りのストーリーは知っている状態に私もなってまいます。
そういう状態だったから、けっこういいと思った。つまり、前にある程度見ていることが前提であれば、いい感じでスタートしているんじゃないか。やっぱり絵のセンスは、庵野さん、めちゃくちゃにいい。そこへものすごい作り込みをしているから、画面がかっこいいことかっこいいこと。その点は素直に脱帽。
ただ、終わって畑仲さんと私がした会話のキーは、一言にまとめれば「老けたね」。あれから10年。画面の中に登場する人物は変わっていなくとも、作り手も見る方も老けた。絵柄も大人びているように見えるけれど、そこはさっぴいても、各人の性格付け、その見せ方等々がやっぱり「老けた」。
面白くないわけではないし、老けたのが悪いわけでもない。老けたというのは、ニュートラルな印象でしかない。
だからきっと4部作というヱヴァの次作も次々作も完結作も見るんだろう。
ヱヴァそのものよりも、じつはショックだったことがある。木場のイトーヨーカドーに入っている109シネマまで見に行った。いわゆるはやりのシネコン。7つくらいスクリーンがありました。
たまたまヱヴァだったせいもあるとは思うけれど、予告編で流れる映画がもう全編CG使いまくり、客追い込みまくり、金使いまくりの映画だった。たとえば「バイオハザードIII」とか。これはまだいいほうだと思えるくらいだった。どれもこれも、つるりーんツルツルとした画面がこれでもかというほどにつないであって、3作か4作分の予告編を見終わったときには、「映画ってこういうもんだったっけ?」と誰かに確認したくなるほど吐き気がしてきた。
つくづく私はマイナー好きなんだなと思う。ああいう予告編の束が流れてくる映画館に行くこと自体なかったのだと。わりとよくいくところで大きめは日比谷シャンテ。ほかは渋谷のユーロとか、あとはどこだろう。ここ3年はだいたいその辺で収まっている気配があるかも。
やっぱり、CGにダダ頼りした映画は、映画の質感をもっていないと思う(「ダダ頼り」は、「ダダ漏れ」を意識した造語)。久々に買った今週の週刊文春の小林信夫が映画館のことを書いていたけれど、なんか気分的にシンクロニシティ。よければ立ち読みでもしてくだされ。
07/09/16/sun
■生きてます
あはは。ついに7月と8月が飛んだよ。まぁ、朝7時すぎに学校にいって、そのまま夜10時半までいる生活をしていれば、それも仕方ない。
というわけで、この2か月間何をしていたかというと、同居人に「テレビチャンピオンに出る人たちと同じに見える」といわれるような感じで勉強してました。たぶん、大食いのことをいいたいのでしょう。たしかに大勉強。問題は、勉強してもできないことだけど。勉強してもできない現実は、3年前から突きつけられていますが、改めて「あたまわるい」確認作業にいそしんだことになりますね(爆)。
やらなくてもできるカシコイ人たちが多い中で(さすがに言い過ぎか。費用対効果がよい人たち。そういう素養があるのに勉強することも得意な人たちもたくさんいるのは脅威だ)、やればできるカシコさがあるけれど量的にはそれほどでもない人もいて、私のテレビチャンピオン的状況は結果において後者の人たちとあまりかわらない、もしくは劣るのですよ。ま、こういう不平等はいろんなところにいろんな形であって当然だから、だからどうだというものではないのだけど、試験のたびに毎度毎度「ワタシハアタマガワルイ」をしっかり確認することはないのになぁと思ったりはします。
以下、単なる愚痴です。
上級商法2なる一発アウト科目(=3年次必修)の試験勉強があるのは心に悪いです。しかも「1年棒にふらないように」なんてことで、プレッシャーを余計に与えるからなぁ。つくづくと教壇に立つ人はファシリテーターであってほしい。大学で教壇に立つ人は、必ず進学校ではないところの中三くらいを相手に、ふつうの授業を3か月くらいしてもらってからにすべきなんじゃなかろか。
そんな科目がしかも、試験が終わったら絶対にみないであろう内容ばかりで、心が萎える萎える。あ、ここでいう試験は新司法試験。私、民法はしょうがないけど、商法は開かないですむ世界で生きていく予定。おそらくカイシャホウすらいらないだろうに、テコギもブツリュウもいりません。せいぜいがホケンくらいだけど、ホケンにいたっては新司法試験にゃ出てもくれないからな。しかもホケンは面白い。もう少し頭がよくて、余力があったら、もっとちゃんと勉強したい。ホケンはつくづく大事だと思うのですよ。夏にレポートのために調べていて、R・ドゥオーキン(法哲学の人)もホケンがどーたらといっているらしいと知って、感化されてるだけですけどね。しかもかなり意味合いがちがうホケンですけどね。
こんなことを思いながら卒業がかかった試験の準備をするのはつらいぞ。この内容なら選択にしてほしい。まじで。ビジネスローをうりにしてもいいから、基礎法学も勉強できるしってことで東大に進んだ人間に妙なプレッシャーを与えないカリキュラムにしてほしいのだけど、むりだろうな。少数派だし。少数者の人権ということを教える法学の中にいて、少数者は顧慮されません。こういう教育課程をみていると、どうやって少数者を顧慮する法律が現実になるんだろうと思いますだ。
そんな理不尽な思いをかかえながらも3年夏学期の期末試験が終わったわけで、この間に42歳になっていたり、畑仲さんは46歳なんで、足すとフルムーン院生になったり。電車じゃなくて、学費の割引にしてほしい。
そういえば94歳にもなっていた、ばーちゃんが大往生を遂げたりもしていた。あ、実家もリフォームしたんだった。私の部屋はもう影も形もありません。女三界に家なしとか適当なことを言ってみる機会ですね。
とりあえず2本司法試験とはまったく完全に関係ない分野のレポートを書く途中で、遠藤比呂通さんを知ったことがこの夏最大の収穫だったと思う。元東北大学助教授で、現在は弁護士。開業場所は大阪・釜ヶ崎。専門は憲法。2分が一卒業できて、万が一司法試験を通って、許されるならこの遠藤さんか、副島洋明さんのもとで丁稚見習いしたいと感じている自分を確認しました。
さて、日常に戻ろう。
先月のてくてく→2007年6月