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2007年10月のてくてく
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07/10/27/sat
■雨の日のてのひら
前からずーっと不思議だったことがある。
雨の日は、てのひらがするするする。
……あ。“するするする”は、“「するする」する”と読んで。
しつもーん。なんで、するするするの?
検索キーが悪いのか、ネットではうまく出てこない。ただ、多汗症の人も雨の日は汗をかきにくいんだそうだ。これもわりと不思議だ。湿度がなんか関係するんだろうけれど、夏でも冬でも、雨の日はてのひらがするするする。
するするするっていう語感は好きだけど、するするする感触はあまり好きではない。
そういえば、するするするって、ちゃうちゃうちゃうと似ているね。
07/10/14/sun
■聴覚と視覚
私は視覚の人で、畑仲さんは聴覚の人らしい。
なんでそう思うようになったかというと、我が家のテレビが横長になったから(2年も前ですけど)。新しくなった当初は、ちゃんとケーブルテレビで地上波のテレビ番組も見ていたので気づかなかったのだが、ケーブルテレビで見るにはリモコンが2つ必要で、電源を2カ所入れないといけないので、だんだんと面倒になり、テレビの方のリモコンだけでちょっとした番組は見るようになった。
そうしたら、そのルートで画面に映すと、従来のテレビ画面のサイズの映像がびよ〜んと横に伸ばされて映し出される。ケーブルテレビ経由だとちゃんと横長テレビにあわせた映像なんだけど、なんか違うらしい。その結果、縦横比が変な映像になる。
私はこれが気持ち悪くてダメ。すぐにワイド比を変えるボタンを押して、横長テレビで両サイドを黒くしてふつうのサイズにする。このときの感覚が「気持ち悪い」とか「酔っぱらう」とか「イライラする」とか、映っているものやそのときの私の感じでもかなり違うけれど、ほぼ即座に「イヤだ」と拒絶反応的なものを感じる。ゆがんだ形を見せつけられて、それはすなわち肉体的苦痛なのだ。あえていえば平衡感覚がなくなる感じかな。
でも、畑仲さんはあんまり気にならないらしい。私がぎゃーぎゃー文句をいうと、「ぼく、気にならないというか気づかないんだよね」。
たしかに端っこの方にものが映っていなけばあまり気にならないし、角度にもよる(ナナメになるとてきめん歪みが強く感じられる)。ただ、彼の場合は映っていても気にならないという。
私の感覚では、そんなことあり得ないと思ってしまうのだが、【ニキ・リンコさん】の本を読むと感覚の個人差がじつは極めて大きいとわかるわけで(→たとえば【こんな感じの感想】)、きっと脳の中の神経の接続やら何やらが、外からは見えないけれどミクロのレベルで激しく違うんだろう。
畑仲さんからすると、私は音にとても鈍いと映るはず。実際、鈍い。人によっては、音やメロディを、痛いとか不快と感じることがあったりしても当然だ。私がちょっとゆがんだ映像を苦痛に感じるように。
嫌な音とか、嫌な映像にだけ、こういう違いが出るわけではなさそう。よい音、好きな音への感覚も畑仲さんは鋭いと思う。私は動きや形への反応がそれなりにあるように思える。
そんな二人だからか、あまり「鑑賞モノ」の傾向があわない。基本的に、私は見るものが好きで、畑仲さんは聞く方が好き。もちろん私も聞くことは好きだし、畑仲さんも見るものに興味がないわけではない。どちらかというと、というレベルではある。
私は建築や絵を見るのも好き。私の場合は、自然より人工が好みなので、人の手が入っていないところは、関心がさして強くはない。
一方畑仲さんは、建築や絵にはあんまり関心がない。それより音楽がどんぴしゃ。
両方が満足できる鑑賞モノは、文楽だった。私は人形を見て、畑仲さんは浄瑠璃を聞く。もちろん私も住太夫さんの浄瑠璃でほわーんとなるし、畑仲さんも玉男さんの人形にドキドキはできるから、お互いの満足度はかなり高い。あ、玉男さんはもういないんだった。
もう3年くらい、観にいっていないなぁ。せっかく法律婚1周年だし(パスポートの有効期限が12月だからそろそろいったん別れたいのだが、この時期年度末調整だなんだと危険)、今日行けたらよかったな。
07/10/07/sun
■最後の学期
冬学期が始まって1週間たちました。
そして、この学期を最後の学期にできる可能性は残りました。
というわけで、現在の危難であった上級商法2は、先生が下げてくれたバーにかすりながらどうにか越させてもらえたようです。それが吉なのかどうかはよくわからない、司法改革真っ最中の昨今ではあります。ただ、今学期に「民事法総合」という枠に入れられている「社会保障法」か「民事執行保全法」でミスすると、卒業要件が不足して、来学期もいないとなりません。もう一つの卒業要件科目である「刑事政策」はきちんとやれば落とされないと思うので、実質的な卒業の可否は民事法総合の2つにかかりますね。
夏学期の成績は見事なくらいにボロボロ。3年になると得意な科目をとったり、楽目の科目をとったりする傾向が増えて、みんなの成績は相対的によくなっている感じ。に対して、相変わらず見事なほどの一人正規分布。A6単位、B12単位、C6単位。正確にはA+が1つあったので、Fが1つあれば完璧だった。しかし、まぁ、それはなくてよかった(たぶん)。労働法がAだったので個人的には満足。選択科目はやっぱりこれにしよう。科目への違和感も少ないし。知財がBだったのは残念だけど、著作権が感覚的に近すぎて、しかもいちばん出てほしくないこだわりのあるところが試験に出てしまってドボンだったから、いたって納得。法医学と法哲がBだったのは悔しい。これも理由はわかっているからしゃーないけど。というわけで、Cには司法試験的に大事な科目があります。うーん。いいのだろうか。これで。←いや、もちろんよくない。
そういえば、この大学の場合、学校の成績と司法試験の合格の相関関係があまり強くないという話をよく聞く。そうなのかなぁという印象はなんとなくある(除く自分。私は試験も成績も両方ダメ)。でも実証的なデータが出ていないのでなんともいえないし、まだ2回しかやってない試験だから統計的に意味がある数字は出せないだろう。
それより。最近あんまり話題にあがらないような気がする適性試験との相関はどうなのだろう? 昔、ある学校(私立)の先生が初年度の半年くらいすぎたところで、「適性試験と学校の成績は無関係なような気がする」という感触を話していたけれど、適性試験と司法試験の相関調査データは出ないのかな。出ているのかな。そこって入り口のふるいだから、確認しておいた方がいいような気がするんだけどな。ちなみに、いろいろお手本にしたらしいアメリカの適性試験LSATは相関があるという話らしい(未確認)。
さて。冬学期は、タイトに4コマだけにすることも可能だったが、結局履修登録で7コマ。プラス聴講1コマの計8コマにする予定。このなかでいわゆる司法試験関連科目は、民事執行保全法くらいかな? ほかは情報法がかする程度。「法と記号論」という名の木庭先生ステージ、「法曹倫理」という名の先が見えない立場にはつらい科目(中身は刑事弁護志望者には重要で、個人的にも興味大)、「法制史」という名のナチスなどドイツ近現代の法制、「社会保障法」という名の医療保険その他実生活上大事な分野、さらに「情報法の現代的課題」という情報学環・M田センセのゼミ。なんか忘れている……。あ、上にあげた「刑事政策」だ。政策ですからね、試験的な意味での法律ではないです。でも、どうしても取りたかった科目だった。
結局、夏学期に引き続き趣味全開。だって久々の学生生活最後の学期だから、がまんせず、わさわさと楽しむことにした。ほんとは卒業を延ばしたかったけれど、若干住宅ローンとのかねあいによる貯金残高&同居人の博士進学による手許不如意があり、出るだけ出ることにしました。あ、民事法総合の単位がくれば、ですけど。
それにしても夏学期に12コマもとっていたからか、8コマだとスカスカした印象がある(ただの勘違い)。12コマ24単位を通したから、自分的にはえらいのだ。
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