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2008年01月のてくてく

08/01/31/thu

■最後の授業

 2008年1月最後の今日、2005年から始まった私の法科大学院生活最後になる予定の授業があった。

 3年生向け基礎法学科目「現代法の基本問題」のひとつである木庭顕先生の「法と記号論」という授業の補講だ。午後1時に始まり、覚悟はしていたが、4時半終了。長くてたしかに疲れたけれど、ローマ法に根ざす「占有」という独特の概念をベースにしながら、縦横無尽に語る木庭先生の空間にいられる幸せをかみしめていた。

 まだ、何もわかっていない。
 そして、何もわかっていないけれど、1994年に樋口陽一先生の講演録を読んで「近代」が気になり、「個の確立」がなければどうしようもないのではないかと感じた20代後半を経て、しかし「強い個人」を求めてしまうことへの懐疑とともに、30代を過ごした。懐疑なのか、諦めなのか、何かへの手掛かりなのかもはっきりしない感覚だった。それを解きほぐす能力もない。でも、「法学を勉強してみたい」という気持ちだけは、樋口先生の講演録を読んだ時から芽生えていたように思う。3年前、30代も終わりに近づいて、やっとその機会を得られた。

 「近代」というキーワードを通して考えたいと思ったことの延長上にあるような内容をも含んだ話を今日、「占有」概念の先に聞いた。そして、前日30日は聴講していた西洋法制史の最後の授業で、東ドイツの法制度の解説を西川先生から受け、社会と人の関係に改めて思いをいたらせていた。さらに一昨日29日には、長谷部先生の情報法の試験を受けて、プライバシー権について考えを巡らせつつ「個人が個人であるということ」を答案にまとめていたように思う。

 たまたま最後がそんな濃密な1週間だった。
 贅沢な時間だったと心から思う。

 ロースクールは、本来「法律」を学ぶところで、「法学」を学ぶところではないのだろう。ただ私個人は「法学」も学びたかった。とくに基礎法学を学びたかった。たまたま東大で学ぶ機会を与えられ、ほんの少しだけ味わわせてもらった程度で、まったく体系的ではないけれど、ずっと抱えてきた疑問を、これからも抱え続けていく体力といくつかの道具はもらえたように思う。そのことに感謝したい。

 来週、試験が3科目ある。そして社会保障法のレポートを書いたら、おそらく卒業できる。長いようで短い3年間、短いようで長い3年間。どれだけのことを吸収できたかはわからないが、我が家の法律関係の本は、数学関連の本よりも確実に多くなった。




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