|
2008年02月のてくてく
|
08/02/22/fri
■最後の試験とレポート
今日、卒業がかかっているレポートを提出してきた。これで、答案用紙への名前の書き忘れがなければ、9割方卒業できる見込みになった。
1月31日に木庭先生の最後の授業を受けた後、2月に3つ試験を受け、1本レポートを書いた。このうち2つの試験とレポートが卒業にかかわる科目だった。卒業に必須の単位は4科目だけだったのに、履修で7科目、聴講を入れると8科目、しかも基礎法学や試験と関係ないものばかりという司法試験直前の学期とは思えない法科大学院最後の学期もほんとうに終わった。
学生生活とはいえ、自分で意識している以上にかなりの負担があった3年間だったようだ。一昨日、一通りレポートを書き上げたあと、解放感がほわんと襲ってきた。ちなみに、このレポートを書いているときのBGMがずっと、クラスメートのYさんにもらった「ソウル・フラワー・ユニオン」のCDだった(じつは書いていたレポートと内容的にもぴったり)。インプットするときは静かな方がいいが、アウトプットするときは音がほしいらしい。
そして、そのCDの何曲かを夜にもどった家でかけて、きゃーきゃー踊ってしまった。沖縄民謡やスウィング・ジャズやチンドン、さらにはアイリッシュが折り混ざったバンドは音楽も詩もとても好みで、自然と身体が動いてくるのだ。ただ、家の2階できゃーきゃー踊ったら、「家が揺れている」と畑仲さんに言われたのが悲しい。弁解しておくと、私でなくて、畑仲さんが踊っても家は同じように揺れる。かなり驚いた。
さて。あとは5月にどーんとある試験の勉強だけです。「トンネルを抜けたら、そこは新たなトンネルの入口だった」という、翻訳者忠平美幸さんの至極正しい表現をお借りしよう。
そういえば、最近、忠平さんは『戦場から生きのびて ぼくは少年兵士だった』(イシメール・ベア著、河出書房 →[bk1|amazon])を訳書を出されただけでなく(いただきました。ありがとうございます)、神楽坂にある【シアターイワト】の隔月刊リトル・マガジン【イワト】の校正もしているとのこと。「さっすが平野甲賀」と思わせる造本の冊子は、かなり所有欲がみたされる。
……科学書もいろいろいただいている。ありがたいかぎり。そして、ちゃんと紹介できないのが申し訳なくて仕方ない。どれもこれも読みたいのに。新たなトンネルの入口にいるけれど、せめてアンテナだけはいろいろな方面にたてておきます。じゃないとトンネルの出口でダメダメな状態になっていそうだから。
■これから
できない自慢、やってない自慢はしないぞ。事実でも。ちょっとでも、やったことを自慢しよう。
先月のてくてく→2008年1月