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2008年03月のてくてく

08/03/25/tue

■雨・学位・修了

 雨の3月24日、修了式を迎えた。
 式典は昔から苦手で、全学の学位授与式、学科の学位授与式、謝恩会、2次会と続いた1日が終わり、一夜明けた今日、その疲れが出ている。

 考えたら、ちょうど20年前の3月、ICUの卒業式でガウンを羽織っていた。
 昨日も、最近東大でも導入されたアカデミックガウンを来ていた。ただ、ICUとは違って、卒業の瞬間に帽子の房を左から右へ変えるということはないらしく、学生も先生方もみんな左側に下げたままだった。左から右へ変えるというのはICUのローカルな風習だったのか。

 前の晩から久々にマニキュアを塗ったり、ブローをしたり、かかとが平らではない靴を出したりして、非日常の準備をし、当日は朝からやはり珍しい化粧をして、10年ぶりのワンピースを着込んで、出かけていった。あとはバタバタとなんやかやのお手伝いをしたり、写真をとったり。みんなが「一緒に写真を撮りましょう」と声をかけてくれるのが嬉しかった。自分でもいちおうデジカメは持っていったものの、人のカメラに収まるばかりで、結局、自分では撮らなかった。写しながら写ることができない。考えたら、これまでカメラを持つ日は写らない日ばかりだった。

 いろいろな人と挨拶やメインにお仕事をしてくれている人たちのお手伝いをしながらも(中途半端で申し訳ない)、時間があいたとき、来てくれた親と畑仲さんとお昼を食べていたら、「ああ、なんか満足」と思ってしまった。ほっとしたのだろう。卒業をしても、これから試験を受ける身分としては、区切りがなかなかつかない。そんななか、いろいろな事情を何もわからない両親とご飯を食べた時間が、ひとつの区切りとなったようだ。受験生的にはまずいのだろうが、ちゃんと修了できたことに「満足」していた。そして、法務博士という専門職ではあるが学位をもらったことに、不思議な感覚をもっていた。学士から、修士を飛び越して博士だったからかもしれない。畑仲さんは学士をとって、ちゃんと修士をとって、いま博士課程だから、自分だけ急行に乗ってしまったような気分。日本ではあまり意味はないだろうが、前に日本語教師の勉強をしていたとき、「なんでもいいから、修士か博士をもっていると海外では圧倒的に有利」と言われたことを思い出したりした。いつか私にとって有意義が働きをしてくれるかもしれない。

 やり残したことも、勉強の足りない部分もものすごく多い。でも、もとの「なんでもない立場」に戻れるのが、少し嬉しいのかもしれない。長らくフリーランスで仕事をしてきたためか、所属があることに違和感があったのだろう。所属がなくなることに不安感を覚える人が多い中、所属がなくなってほっとする自分を見つけると、なんとなくおかしい。ちゃんと自覚したのは今朝だけど、やっぱりなにがしかの窮屈さを覚えていたらしい。なんでもない分、なんでもできる。

 ああ、自由だ。ちょっと元気になった。
 3年間ありがとうございました。そして、なんでもない私ですが、これからもよろしく。



08/03/12/wed

■あまのじゃく

 修了間際になると、近隣が気になってくる。
 そういうわけで、ちゃっちゃとしたお昼ご飯のあと、クラスメートのUさんと正門から本郷通りを北に少しあがったところにある喫茶店「こころ」に行ってみた。いかにも昭和レトロな店。そしてコーヒー一杯350円。いろいろと昭和で懐かしい感じだった。コーヒーは酸味がないのが好みではある。あの、鍋から注ぐのはなんだったんだろう? またいこう。

 ちなみにその後、情報法の講評会があり、ついにサインをもらってしまった! 1年のときから、クラスメートのかなりの人が、いろいろな先生のサインを著書にもらっていることが続いていたが、なんとなーくその波に乗り遅れていた。本にサインをもらう習慣がないのかもしれない。個人的に、本は作るもので、買ってもらうもので、使うものだという感じかな。
 でも、やっぱり最後だったので、お願いしてみたくなった。というか、ほしかった。だから、お気に入りの『比較不能な価値の迷路』を持って行った。『憲法第4版』と悩んだ末、『憲法』は書き込み等々でマジメに使い倒す本なので、やっぱり記念としては『比較不能』。ものすごく恥ずかしかったけれど、名前も覚えていてくださってとてもとても嬉しかった。これを支えに頑張ろう。

 なんか今日はいろいろ気分的に盛りだくさんな日だったんだ。だからお勉強は進まないわけだ。すらすらとわかる頭ではないため、インプットしたい知識以外の刺激があると何もできなくなるとわかってきた。もう少し知識の基礎体力があれば、刺激もよい効果を生み出すような気がするけれど、まだ無理みたい。静寂な詰め込み生活、か。

 あ、前回書いた「未受験」の件は、単位認定要件の理解に齟齬があり、ほんとうに未受験でした。そして一蓮托生で畑仲さんも未受験扱い。いや、不慣れなところの単位を履修するときは注意しよう。表から裏から手を回してくださった方々、ほんとうにありがとうございます。

 そして、今日は、Rちゃんと根津の交差点からちょこっとだけあがったところにある「KIZUKA」でランチデート。豪勢にランチコースをいってみました。たっのしいな。2回目だけど、やっぱりオーソドックスな落ち着いた料理を出してくれるレストランだね。
 ふらふらとローに戻ろうとすると、正門前に昨日のUさんとはちがうUさんが。お久しぶりでございます。お元気そうで何より。

 ここまでの話と、まったく関係ないけれど、この前ふとした拍子に思い出して、しみじみしているのが、私はものすごい「あまのじゃく」ということだったりする。小学生高学年になった子供の頃、母親に「私に勉強させたかったら、勉強しろっていわないでね。勉強しろといわれると、絶対にやるもんかと思うみたいだから、損だよ」と言っていた。そして実際、母親は言わなかったので、私は自分が好きなように勉強していた。そして、していなかった。
 いまも一緒なんだな、これが。人間成長しません。

 さすがにその辺のことを畑仲さんはわかっていて、「無理しないでね」「そんなに勉強しなくても」的なものいいをする。策士だ。どう頑張ろうか考えちゃうじゃないか。

 ただ、おまけがある。私は、あまのじゃくだけじゃない。あまのじゃくで、しかも、意志が弱い。決定的に弱い。遊びのお誘いには、あまのじゃくにならずに素直に乗ってしまいます。あまのじゃくであることにも、あまのじゃくを組み合わせているかのようだ。



08/03/07/fri

■修了認定

 今日、修了者の発表がありました。
 少しだけ心配だった名前の書き忘れもなかったようで、2005年に入学した法科大学院を、この3月に無事、卒業できることになりました。右往左往しながらの四十の手習いではじめた法律のお勉強も、とりあえずは一区切りがつきます。いろいろ励ましてくださったみなさん、ほんとうにありがとうございました。

 ものすごく頑張ったとはいえないけれど、自分なりには頑張って3年間過ごしてきたつもりです。ただ、正直なところ、頑張り方が中途半端だったような気がしています。司法試験に向けてがむしゃらにやるでもなく、もともとの興味があった基礎法学系にできるかぎりチャレンジするでもなく、どっちつかずだったなぁという思いが残りました。どちらもセンスがあるわけではないので、どっちかにちゃんと重点をおいても満足できはしなかったでしょうから、このどっちつかずな自分をそのまま受け入れたいと思います。味見的にでも「楽しみきる」レベルまでいけなかったにしても、いろいろ味見はできたんですから。しかも、これまでにない味をたくさん。

 今学期は、あいかわらず「民がつくとC」というジンクスを民事執行保全法で踏襲し、情報法・法と記号論・社会保障法でAという、いかにもな結果でした。情報法でプラスがつかなかったのは、かなり悔しいですが、それが実力なんでしょう。ちなみに、倫理感はほどほどだったようでBでした。この倫理感、「倫理」といっても、懲戒されないようにするにはどうするかというところで効いてくる倫理感なので、話が生々しいです。あとは合否とかなんですけど、ひとつ他研究科のゼミが「未受験」となっています。うーむ。卒業には必要ないものなんですけれど、そもそも試験もレポートもないゼミで未受験とはこれいかに。成績を某学府の某先生がまだつけていらっしゃらないだけかしらん。

 あとは24日に学位授与式があります。それで学生証を返して、ほんとうに学生の身分は終わり。畑仲さんと足して「フルムーン院生」な身分も終了です。映画館の窓口などで、二人揃って学割とする気恥ずかしい、申し訳ない、でもちょっといたずらっぽくて楽しい瞬間がなくなってしまうのはつまらないけれど、仕方ありません。

 そして5月に司法試験がありますが、「今年どうなるか/どうするか」はかなり微妙です。こればっかりは、そのときに考えることにします。

 でも、この前ふと思い出したんですが、「卒業しても試験受けなくていいかなぁ。迷惑かなぁ」といいながら、3年前、入学を決めたのでした。最近、まわりに流されて、すっかりお受験モードになっていたのですが、そうでした。そして入る前には、「受けないなんて言わないで、受けようよ」的なことを言っていた畑仲さんは、最近、「やりたくないことはやらなくていいんじゃない?」という気遣いをしてくれます。お互い、あまのじゃくなんですねぇ。とりあえず反対のことをいう人と暮らすのは楽しいです。

 ここのところ、わかりやすく「刑事弁護人になるためにローに入りました」というフレーズを言っていましたが、ちょっとずれていました。法曹になるなら刑事弁護、でした。それは入る前から変わっていません。そして、これからも変わらないでしょう。
 まずは、しばらく新しいトンネルに入って、せっかくなのでがむしゃらに試験的なお勉強をできるところまでしつつ、自分がどうしたいのかも考えていきたいと思います。「気が多い」タイプなので、こういうときにはやっかいです。




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