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2008年5月のてくてく

08/05/30/fri

■諦念プシガンガ

 【頭音】の始まる瞬間はどういう瞬間なのだろう。

 そんなことを考えるのは、ここのところ、ある頭音がしょっちゅう登場していたからかもしれない。登場していた頭音は、なぜか戸川純がリフレイン。学校の前にあるam/pmでは、なぜか、朝、たまに椎名林檎がかかっていることがある。そのときに「戸川純みたい」と思ったことがあって、それがきっかけになったのだろうか。でも、椎名林檎がかかったときに居合わせたのは、だいぶ前だった。
 やっぱり、どういうきっかけで頭音リストに入り込んだのか、とても不思議だな。

 リフレインしているのは、これ。
 「そのぼうぎゃくのしうちさえ、もはやただあまんじてゆるす」。

 そして、曲名が思い出せない。
 あきらめて、ぐぐってみた。

 諦念プシガンガだった。

 これはさすがに思い出せないタイトルだ。でも、タイトルを見て、今度は「プシガンガって、なんだろう?」と思う。この問いを、なぜ20年以上、持たなかったのだろう。

 私の歌手・戸川純との出会いは、大学時代だった。ドラマではたまにみかけていて、いわゆる個性派女優としてだけ認知していた。その戸川純の曲を、あっちゃんがベースをひいて、としゆきさんがギターをひいて、もっちゃんがピアノをひいて、さとこがタイコをたたいて、【つつい】が歌ったときに、たぶんこの「諦念プシガンガ」を初めて聞いた。ほかには何をやっていただっただろう。「怒濤の恋愛」と「蛹化<むし>の女」だったかな。戸川純以外に泉谷しげるも歌っていた気がするけれど、それは2回目のときだったかな。

 ものすごいな、と思った。

 私は【聴覚の人ではない】し、高校時代までは、わりと一般ウケするセンを好んでいた。たまに中途半端にマイナー系を拾ってきたものの、あれこれ刺激を受けたのはやっぱり大学時代だった。少しずついろいろな音を吸収して、苦手だったパンクっぽいものも受けつけるようになったからかもしれない。音についても、ちゃんと刺激を受けられるようになり始めたような気がする。

 今日、諦念プシガンガを聞くために、久々にCDを引っ張り出してみたら、うちに2枚ある戸川純のうち『東京の野蛮』に入っていた。諦念プシガンガも戸川純の作詞だったんだ。
 たぶん初めて、CDのノーツをよく見てみたと思う。そうしたら、「さよならをおしえて」があって、これはやっぱりフランソワーズ・アルディのあの曲だよねと思いながらかけてみた。やっぱりそうだった。作曲者のところにS・ゲーンズブールとあったから、当然ではある。でも、このCDを買ってからたぶん20年近く経つと思うけれど、初めて気づいたような気がする。

 「諦念プシガンガ」の作曲者は、A.M.Villafaneとあった。頭音でなく、改めてちゃんと聞いてみると、元の曲があるなと感じさせるものだった。ぐぐってみると、たぶん「EL BORRACHITO」という名前のアンデス民謡らしいとわかる。
 このCDには沖縄民謡もあり、「蛹化の女」もハッペルベル版&パンク版の両方が入っていて、そのいろいろな集め方が「東京の野蛮」なのかもしれない。

 「母子受精」という曲の作詞は佐伯健三。これはやっぱりサエキけんぞう。

 やっぱりいろいろと、ものすごいな。



08/05/27/tue

■十年一昔で無成長

 藤井由紀子さんのところで、【サイエンスコミュニケーションで食べていく?】という話題があって、「なるほどなー」と思いつつ、有能な仲間を一人減らしてしまったのではないかという気がしなくもなくなっている(何重否定だ?)。

 そう。修士時代の彼女とやりとりしてたのは、この私です。
 途中で、彼女が甘いと思ったことは全然なかったし、リアクションもレスポンスもよくて(これはとっても大事な資質だと思う。打てば響く感じがあると、当然こっちも気分が乗るのだ。そして話を聞かせてほしいと言ってきて、私よりレスポンスが遅い人が少なくないので、そういう人は「向いていないかも」と思うことが多かった。なんというか、“間”ですかね)、とても楽しくやりとりさせてもらったので、「おいでよー」という気分だった気がするのだけど、それは私の体内で過去が都合よく美化されているだけかもしれない(爆)。

 懐かしくなって、当時のやりとりの様子を見返してみた。1999年の秋ごろから、冬にかけてのメールの束。

 残っているのです。楽しかったからでもあるけど、たいていのメールは残してある。
 当時は、まだdosマシンを使っていて、wtermユーザーだったから、個別に切り出しておいたりしたんだなぁ。それがいまやウィンドウズxpですよ(vistaじゃないのが唯一の救い)。
 しかし、時間の経過を通信ソフトの種類やOSで感じるって、どうよ。なんか間違っている気がする。

 正しくはこうだな。「修士1年のお嬢さんが、いまや2歳児の母。時間が過ぎるのは、いやになるほど早い」。

 そのメールの束の1通で、私はこんなことを書いていた。

 ……これはいまだから言えることですが、(略)勉強はいつでもできます。本人にその気があれば。北欧ほど勉強しやすい環境ではありませんが、10年前に比べれば、30代で新しいことを学ぶのも本人次第になりつつあります。個人的には少し前から法学に興味があり、どうしようかとずるずるいまも悩んでいるくらいです。

 中略

 ひとつここ数年抱えているテーマはありますが(抱えているだけで何もしていないけれど)、それは科学とは全然関係なくて「推定無罪」ということです。(略)近代の枠組みに興味あるのでしょう。ただしこれ、興味はあるんだけど売れそうにないから商売になりにくいんですよ。

 てなことを、サイエンスライティング系の進路相談をしてきた学生さん相手に、よくもまぁ。このときとばかりに、由紀子さんを、いい整理相手として使い倒してましたね。

 でも、しみじみする。このころ結局、同居人の異動の可能性含め、いろいろな事情を勘案した結果、日本語教師の勉強をし始めたのだけど、一方で、勉強したいものとして「法学」を挙げていた。いちおう司法試験予備校のパンフレットだけは、たしか一緒に集めた。でも、そちらには食指が当時は動かなかったようだ。大学か大学院がいいなぁと思っていた。しかし法学でいきなり大学院は無理だし、学部からはかったるい。

 そんなときに、数年経ったら法科大学院ができた。ありがたいことこの上ない。
 というわけで、現在の私となる。

 ただ、問題は、1999年当時からなーんにも成長していないことだ。すでに、入って、出たのに。



08/05/23/fri

■おかっぱ

 暑くなってきたせいか、HALが臭いやすい気がする。

 っていうこととは関係なく、前から美容師さんと、「おかっぱにしたいね」と言っていた。
 でも、「今日はどうします?」と聞かれると、つい「うーん、気分転換したい」となって、切ってしまいがちで、どうしてもボブにならない。しかも、一時期、左を見ても右を見ても前下がり系ばっかりだったので、逆に横や前は短くしたくなるもんで。

 でも、なんやかやと言っているうちに少し伸びた。
 だもんで、「そろそろいけるかな」と相談して、とりあえず切ってもらった。

 前髪パッツン状態。

 ふふん。初めて見る顔が、変で楽しい。

 切りあがったとき、「この間、wowowでやっていた映画の菊池凛子だ」と、美容師さんが言った。

 それは持ち上げるにしても、無理があります。そこで私が言った。

 「女子高校生はちょっと……。それになんか違う。どっちかっていうと……。あ、向井万起男ヘアだ」。

 残念ですが、反応なし。「ほら、宇宙にいった向井千秋さんの旦那さん」といってみたが、「あー、あの人の旦那さん、マキオっていうんだ」で終わった。外見は思い出してもらえなかったようだ。

 で、家に帰って、「向井万起男さんでしょ」といったら、「ちょっとちがう」と言われた。たしかにヒゲは生えていない。
 うーん、じゃあ、誰だろう。中野翠は細いからちがうし、田嶋陽子もちょっととんがっているし。「サイバラのマンガに出てくるかんじ」らしいが、それって、『まあじゃんほうろうき』の頃のサイバラのことだよね。あの絵はたしかに丸い。

 しかーし。その後、どんぴしゃりを見つけた。
 なんかの拍子に、目が笑っていない状態で、にらんだ。
 そしたら、いわれた。

 「草間弥生だ!」

 おおおおお。なるほど。目もギョロっとしていて、そうそう。というわけで、現在、草間弥生モードです。

 その後、もひとつ発見。サイバラのマンガじゃなくて、奈良美智の描く女の子だ。そして、畑仲さんの反応。

 「やーん。こわいー」。


■通分

 いやー、やっぱりそうなのかー。
 ミヤノさんが【通分と四捨五入】が通じなくて、「そんなもんなの?」と不安に感じていらっしゃいますが、「通分」や「約分」はどうやら「なつかしー」と感じられるものみたいですよ。さすがに天下のT大だと、「四捨五入はどうやるか」は説明しないですみましたが、エクセルでラウンドはけっこう高度なスキルかも。

 前に、「どうやら、ひし形と長方形の区別がついていない」という状態の人とやりとりした人の話は聞いたことがあって(この日記のどこかにも書いた)、「へー、そんなもんなのか」と思ったことがありました。人を見くびってはいけない。「人生に不必要なものはすべて砂場に置いてきた」。

 たぶん、大事な能力です。私も、通分ワールド以外のものをかなり置いてきてしまい、あまり世界が広がらないでおります。



08/05/20/tue

■1年

 そろそろ1年が経つ。
 今日、畑仲さんとお昼を食べながら、「まだ1年なんだ、って感じだね」と言い合った。お互いバタバタとした生活をしているからか、もう2〜3年前の話に感じられる。

 義母が亡くなったのは、去年の6月5日だった。
 それからずっと、畑仲さんは一人で、いや正確には義理のお姉さんと二人で、あれやこれやのことをやってきた。東京と大阪の距離は、こういうときにはうんざりするほど大きくなる。にもかかわらず、残されたお父さんの様子を見ながら、家ではHAL(と私)の面倒をみて、研究室のお手伝いもして、もちろん仕事もして。どうして、こんなにすごいんだろう。なんにもできなくて(しなくて)、ごめんなさいという気になる。というか、ごめんなさいです。はい。

 という、自己反省も大事だが、業務連絡でした。
 上記の理由で、一周忌があり、5月の恒例イベント2つとも欠席です。

 それと、カメ的にゆっくり勉強してます。もうしばらく、ゆっくり勉強してみます。




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