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2008年12月のてくてく
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08/12/27/sat
■顕著な事実
2008年が終わっちゃうので、なんとなくいちおう更新しておかないといけない気分になりました。
というのはウソで、なんとなくやる気がでないので現実逃避です。
というのもウソで、やる気がでない理由はわかっています。予想よりも模試がちょびっとよかったんです。だもんで、気が抜けてます。まだ足キリされるレベルなのに。
直前の日記が自分の誕生日の「引き算できない」という現実だったことからすると、おそれ多い物言いになるやもしれませんが、腑抜けの戯言とお許しください。
種類は若干違えど追い込まれ仲間の【由紀子さん】(がんばろーねー)が、【香山リカ連続トーク「話題の著者と語る」 第一回 「科学 vs. スピリチュアル!?」】に、行ってらした。
残念。行きたかったなー。ちょうど民法判例集で賃貸借とかその辺のことを読んでいる時間とぶつかってしまったのであるよ。ただ渡辺政隆さんの本も、植木不等式さんの本も読んでないので、ちょっと合わせる顔がない。
今、禁映画・禁他の本なのです。
なぜかというと、私にはスイッチがないから。自分のためのお勉強場面では、「切り替え」に必要なスイッチがついてないということが、ここ2年くらいでよっくわかったので仕方ない。
さて。本題です。
由紀子さんのエントリーについたブクマコメントが追記されていた。「高卒程度の科学知識があることを前提とするし。でも実情=小6辺りを前提にすると紙幅が足らん(汗」というご指摘。
そうなのかな。そうなのかも。
サイエンスライターの書く記事の前提になっていることは奈辺にあるのだろう。
もちろん記事によっても、書き手によっても違うだろうから一概にはいえない。
ただ振り返ってみると、編集者として意識的にお願いしていたのは、「四則演算まではOKですが、それ以降はなるべく説明してください」だったような気がする。
そう。前提にしていいのは四則演算。その心意気こそ大事だと思う。
実際には、完璧にできないまでも、四則演算以外は前提にならない気持ちでいく。
そしたら「代数幾何」なんて項目をどうやって説明するんだという無理難題である。が、いちおうお願いはしてみる。
絶望的に気持ちにならないで。よくよく考えれば、因数分解は無理でも、四則演算は前提にして大丈夫だというのは、心強い。だって、足し算や引き算だけじゃなくて、割り算もかけ算もみんなだいたいわかるんだから!
そしたらあとは書き方次第なんじゃないかな。
大学の数学科の学生のように代数幾何をわかってもらうための記事を書くわけじゃない。もちろん場面にもよる。でも、たいていは「どんなことをやっているのか」こそが求められている。そして、それはきっと高校で習ったことを前提にしなくても、前提にした以上のことをふつうに読める長さで書ける人もいる。「だれに」「なにを」さえ、しっかり意識できれば、そうやって書ける人は少なくないと思う。
問題は、そのために労力がかかりすぎる点かもしれないけれど。
話を拡散させる方向でつけくわえれば、別に「サイエンス」に限った話ではなく、歴史でも、経済でも、政治でも、文学でもなんでも一緒だと思う。
私は高校レベルの政治経済世界史がほとんど身についていないので、前提にできることが少ない。だからか、同居人が1年くらい前にシグマベストを3冊買ってくれた。そして、レポートのたびに、しょっちゅうシグマベストの世界史のページを繰っていた。
ちなみに、意味なく最初に書いてしまった「顕著な事実」とは、『法律学小辞典』によると「広義では,裁判所が知り尽くしている事実をいい,これには,公知の事実と,裁判所がその職務上の経験に基づいて,その存否について確信をもっている事実(職務上顕著な事実)とが含まれる」で、裁判官は、法廷に出された事実が顕著な事実であれば、被告や原告によっていちいち証明されていなくても、判決を出すときに使っていいとされているもの。
とある酒席で、「ピタゴラスの定理は顕著な事実ですかねー」と聞かれて、「もちろん違います」ときっぱり答えてみた。裁判官のみなさまごめんなさい。
ついでに。肩書き出世魚は、業界的にまだ顕在なんでしょうかねぇ。どっかに書いたと思っていたんだけど、見つからん。元ネタは、15年くらい前に佐高信とバトっていた相手の人が言っていたことじゃなかったかな。
「フリーライター→○○ライター→○○ジャーナリスト→評論家→作家」
というやつ。最終的には肩書きの場合、漢字2文字が最強らしいんです。
みなさまよいお年を。あと4カ月半(うぎゃ!)ほど不義理しますが、2009年がみなさまにとってよい年となりますよう。
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