The Solar System


天王星・海王星・冥王星


天王星

天王星は太陽系の諸惑星と大きく違い、
横倒しになった異例の惑星である。

天王星以外の太陽系諸惑星では、赤道面と公転面の傾斜角に非常に大きな違いは見られない。地球では両者の傾斜角が23.5度であるが、天王星では97度9分である。このように自転軸が横倒しになっていることはボイジャー2号の観測でわかったものである。

このため地球のように自転毎に昼と夜が変わることはなく、約42年間の周期で昼夜が交替することになる。

自転軸横倒しの原因としてはチェンバリンが1901年に提唱した仮設、氷を主成分とする微惑星が原始天王星に衝突したとする微惑星衝突説が多くの天文学者に支持されている。

天王星はプラス5.6等と肉眼で見える明るさのため、英国の音楽家・天文学者ハーシェルが1981年3月13日に発見する前、既に20回以上も発見されていた。しかし、発見者の誰もが恒星と考えていたため追観測はされなかった。ハーシェル自身も最初は彗星と考えていた。
幸いなことに王立天文台のマスクリン台長から、惑星のようだと助言があり軌道計算の結果、新惑星と確認されたものである。

フランスの奇人天文学者ルモニエは1750年〜1771年の二○年間も天王星の観測を続けその運動をべていたにもかかわらず、学会に報告をしなかったため発見者としての栄誉を得ることができなかった。

太陽系諸惑星の磁場は、惑星の中心核が自転に伴って回転することでダイナモ作用が起こり磁場の発生があると理論づけられているが、天王星の自転軸と磁気軸が60度開いていることからみても、天王星にはこの理論が通用しないようである。

地球では過去360万年の間に10万年から100万年間隔で10回ほど、南北磁場の逆転が起きていることが岩石の分析からわかっている。地球磁場逆転の原因はわかっていないが、天王星の磁場形成の特異性が地球磁場形成に何らかの関連性があるのかも知れない。

天王星は太陽系惑星のなかで土星の次に位置する3番目に大きい惑星である。質量は地球の14.67倍である。公転周期は84.075年、自転周期は平均10時間8分16秒である。木星や土星と同様に速く自転をしている惑星である。

天王星の中心核は木星や土星と同様鉄と岩石で構成されており、この周りに金属水素、アンモニアなどで構成された個体層がある。個体層の上に高圧液体水素層が形成されている。大気層は水素、ヘリウム、メタンなどで構成され、上層には凍ったメタンガスの雲が見られる。

天王星データ・リンク


天王星環

土星の環は早くから知られていたので、太陽系の諸惑星は1977年まで、土星が環を持つ唯一の惑星と思われていた。そのあと1981年までのわずか4年間のうちに、2つの惑星に環が発見されるという記録的な発見があった。

天王星は11本の環を持っていることが確認されている。環の数は土星より多いが、各環の幅が土星の環にくらべて極端に狭いという大きな違いがある。環はボイジャー2号による観測から、炭素質の物質が多量に含まれた岩石で形成され、太陽光反射率が低いため暗く見えることが明らかにされている。

天王星の掩蔽現象が1977年3月10日に起き、観測可能な場所はインド洋を囲む地域であるこることが予測されていた。天王星の掩蔽現象が予測されたのはこの時が初めてであった。天王星の環は、掩蔽現象の観測時偶然発見されたものである。

掩蔽とは、星が太陽の役割をし、天王星が月の役割をして日食が起こると考えればよい。天王星が星を隠すのである。この時の恒星は星番号SAO158687であった。天王星の直径は地球の4倍以上とかなり大きいので、掩蔽現象時に天王星が地平線上に見える夜の地域であればこの現象を見逃すことはない。

恒星と衛星の掩蔽現象を観測するためには、位置決定精度が問題であり正確な計算が要求される。
掩蔽現象は惑星の上層大気温度や直径・偏平率を正確に測定できる絶好の機会である。

天王星の環は、飛行機に設置された空中天文台からの掩蔽現象観測時に発見されたのである。天王星の掩蔽前後に5回づつ短時間の掩蔽が観測され、分析の結果環と判明したのであった。

環の形や傾斜を確認するためには、天王星がある程度移動した後に環を再び観測する必要がある。再観測のために、環の軌道計算の精度を上げる非常に小さな効果まで考慮しなければならない。

アインシュタインの一般相対性理論によれば、物体の周辺では空間が曲がっているために近くを通った光はその進路が曲げられる。

天王星の質量は太陽の質量の100万分の44で、天王星の縁を通った光は0.002秒角で曲がることになる。この角度は天王星間の距離で見れば25kmになる。天王星の環が暗く細く、環と環との間隔が広いために観測のための計算精度を上げるのは困難な仕事である。
可視光よりも赤外光(波長2.2ミクロン)で観測すれば、天王星本体は環より暗く、掩蔽される恒星のほとんどが、この波長域では太陽よりも明るい状態で観測できることから、赤外線観測装置観測を利用することにより環の新しい事実が確認された。

赤外線観測は、ボイジャー1号による木星環発見の確認でも使用されている。

木星の環は1979年3月8日にボイジャー1号が、1枚だけ11分間露出した写真撮影により発見されたものである。
木星にも環があるかも知れないと考えられていたが、地上からの光学観測では検出ができていなかった。
しかしパイオニア11号が検出した苛電粒子の原因不明の放射減少が、ロッシュ限界の内側で起きていることから、環が存在する可能性があると一部の天文学者の意見で、ボイジャー1号が1枚だけ撮影した写真に、環が写っていたものである。

木星の環はきわめて淡いうえに3度以上傾くことがないことから、天王星の環発見と同様な掩蔽現象を利用して検出することは非常に難しい。

しかし、2.2ミクロン波長のフィルターを使用して赤外光で観測すれば、木星の散乱光を減少させることができる。この方法で木星の明るさを1/30に減少させ、長時間露光させた結果環の検出をすることができた。

ボイジャー1号による木星環の発見以前では、赤外線によるこのような方法を試みる人はいなかったし、環の検出があったとしても信用されなかったであろう。

ボイジャー2号は1986年1月24日に天王星に接近して写真撮影を行なった結果、既知の9本の環以外に淡い2本の新しい環を発見、各環の微細構造や微小衛星なども新たに発見された。

天王星の環は大きな岩石の占める割合や粒子の色が黒いことなど以外は、土星の F 環に良く似ていることがわかった。

天王星は15の衛星を持っていることが確認されている。ボイジャー2号の探査で一対の「羊追い衛星」と呼ばれる、直径30kmと40kmの衛星が発見されている。

天王星の環は直径が10万km以上、幅は数km、環の境界は非常にシャープという特徴がある。普通に考えれば、環を構成している膨大な数の粒子は相互衝突により円盤状に拡散すると思われるが、いかなる作用でこのような細い環の形態が保持できるのかが問題である。

ゴールドライクとトレメインの二人の天文学者は、環形成粒子を拡散する衝突効果自身が、逆に粒子を細い環として集積する作用をするという、重力反発作用理論で説明している。この理論は、環の内側を回る衛星と外側を回る衛星の重力作用が粒子におよび、粒子と衛星が相反発したようになり粒子が外側に拡がるのを防いでいるというものである。

土星の F 環が発見された時、2個の付随する衛星(羊追い衛星)が発見されている。天王星でも同様に2個の衛星が発見されたことで、羊追い衛星の仮設が環の形態保持作用をしていると思われる。


海王星

ハーシェルが1781年に天王星を発見した時、その軌道を決定するために木星と土星の影響を考慮に入れた運行表を作成した。しかし、実際の観測値と運行表の数値にはっきりとズレが見られた。

当時学生で、後に英国ケンブリッジ天文台長になったアダムスは、天王星の運動に見られる不規則の原因は未知の惑星にあると指摘した。フランスの天文学者ルベリエも独自に軌道計算をして、天王星の外側に惑星があると予測した。

ルベリエは第1・第2・第3論文を発表して、天王星の不規則な運動は未発見の惑星によって引き起こされた摂動であると、詳細で厳密な方法によるデータを発表した。しかし、フランスの天文学者達はルベリエから新惑星の発見に必要な全てのデータを与えられていたにもかかわらず、新惑星を発見するために行動を起こさなかった。

ルベリエは愛国的な人であったが、自国への科学的忠誠をあきらめて、ドイツの天文学者でベルリン天文台に務めていたガレに予測位置のデータを知らせて観測を依頼した。

1846年9月23日にルベリエから手紙を受け取ったガレは、ベルリン天文台長エンケの許可を得て助手のダレストとともに早速観測を始めた。そして、わずか30分後にルベリエが予測した位置から1度以内の場所で新惑星を発見した。当日は確認するための十分な時間がなかったが、翌日に新惑星とはっきり確認することができた。

ルベリエがフランスの天文学者に無視されたのと同じように、イギリスの若い優秀な数学者アダムスは天王星に及ぼす摂動効果の理論的分析により未発見の惑星の存在を証明したと主張する論文を王立天文台に届けたのであるが、王室天文官エアリーはこの主張を無視してしまった。

アダムスがお互いに全く知らないルベリエと同様な研究をして、新惑星の位置に関する結論がルベリエとほとんど一致していたことがハーシェルによって発表されたことでアダムスの研究が知られた。

ルベリエとアダムスの駆使した摂動法は、両研究者が独自に行ったものであるが84年後の冥王星の発見にも利用されたものである。当時としては新鮮で大胆な方法であった。

英国ケンブリッジ天文台のチェリスは、ガレよりも約1カ月前に新惑星とは知らずに海王星を観測していたようであるが確認できなかったことが後年わかった。

ガリレイの木星観測ノートの中で1612年12月と1613年1月の記録に海王星を恒星として観測したことが記録されている。ガリレイは200年以上も前に海王星を見ていたのである。

ルベリエは1843年に水星軌道の近日点の移動を研究したことでも知られている。水星は100年間に公転方向へ574秒角移動していたが、水星は軌道の離心率が大きく公転速度が速いため、他の惑星引力の影響(摂動)を受けて軌道を変化させており、特に近日点での変化速度は観測できるほど大きい。ルベリエはニュートン力学でこの問題を解明しょうと試み、全ての惑星の重力の効果を検証したが38秒角の移動分を説明することができなかった。

この問題はアインシュタインが1916年の一般相対性理論を基にしてニュートン力学との差を100年につき43秒角と解析することで、近日点の移動の謎が解明されたのである。

海王星の実像はボイジャー二号が1989年8月に近接して観測するまで明確にならなかった。それまでは天王星と海王星は共通点があり、かなり似ている惑星と考えられていた。

海王星は半径24,300kmのうち、中心から1/3が岩石と金属で構成される固体核である。天王星の固体核以上の固体核を持つ海王星は、木星型の惑星の中では相当異質な惑星である。磁極に関しても、天王星は自転軸に対して60度傾斜しているが、海王星も同様に50度も傾斜している。

自転周期は平均して約16時間であり、天王星に次いで速く回転している。


海王星の衛星と環

海王星の衛星8個のうち、衛星トリトンは直径2,710kmで冥王星よりも大きい、ガレが海王星を発見してから27日後に英国の天文学者ラッセルによって発見されたものである。

トリトンは軌道面が海王星の赤道に対して20度も傾斜しており、海王星の自転方向とは逆向きにまわっているという特異な衛星である。このためトリトンは海王星から常時後ろ向きに引っ張られる力が働くため、公転軌道が徐々に小さくなり1億年後には海王星に近づき過ぎて、潮汐力で破壊され消滅することになると予測されている

衛星ネレイドは直径994kmあり、オランダ生まれの米国人カイパー博士により1947年に発見された。
残りの6個の衛星はトリトン、ネレイドよりかなり小さいため地上からの観測では発見することはできなかった。全てボイジャー2号により発見されている。

海王星は、はっきりとした四本の環と淡く不連続な4本の環を持っている。

トリトンの逆行運動が通常の太陽系起源論と相容れないため、もしトリトンと海王星が同時に生じたならば環が生じることにならなかったと思われる。海王星には環があると予測されていたが、トリトンが逆転していることで環の形成が妨げられているのではないかと疑問視する学者もいた。


惑星環の生成

太陽系の誕生については、ガスと微小な塵で形成されている星間雲が収縮することから始まるという理論が多数の学者により支持されている。

星間雲が回転する円盤になり、重力が収縮する結果放出されたエネルギーで高温状態になる。収縮が進行するにつれ中心部に原始太陽が誕生する。太陽からの放射熱で原始太陽系円盤の温度が上昇を続ける。

やがて原始太陽系は冷却凝縮し微粒子として固体化していく。粒子同士の重力の影響により微惑星が誕生する。微惑星は軌道運動をしながら衝突合体し、最終的には惑星の大きさになる。

惑星環が始源的なものと考えるならば、木星は収縮時に放出した熱の影響で環の生成を妨げ、土星のような氷の環を形成できなかったと思われる。また土星は木星に比べて質量が小さいため、木星の1/10しか収縮熱を放出できなかったことも氷の環の形成に影響があったと考えられている。

木星では放出熱の影響で環の生成が妨げられ、環が存在しないと確信していた理論家は、木星に環が発見された時は驚いたようである。また、天王星の環物質は氷であると推定されていたが、それに反してススのような黒い粒子でできていたことも予想外であった。

環形成理論のうちロッシュの潮汐破壊説は、環の形成は始源的なものでなく、外部から大きな隕石が飛来してきたか、衛星が近づき過ぎたために潮汐作用で破壊され環が形成されたものと考えている。この理論の問題点は、破片がどのようにして惑星の軌道に捕獲されるか、どのようにしてが微小な細片になるか、破壊前の天体の大きさ等など、まだいくつかの問題点を含んでいる。

土星の衛星ミマスは土星に一番近い軌道を回っている衛星であるが、その表面には直径の1/3にもなる巨大なクレーターが見られる。このクレーターはミマスが破壊されるほどの大衝突があったことを示している。ほとんどの衛星の表面には天体の衝突による多数のクレーターが見られることから、何らかの理由で天体同士の激しい衝突が起こった結果、環が形成され、同時に残った大きな破片が惑星の重力に捕えられ衛星となり軌道を回っていると考えている天文学者もいる。

惑星の近くでは環を分散させ破壊する様々な力が働いている。衝突で生成した小さい粒子は長い年月の内に惑星大気の中に落ち込んでいくことになる。天王星や土星では直径数cm以下、木星では15cm以下、もし地球に環があったとすれば4m以下の粒子は惑星に落ち込んで行くことになるようである。

環が比較的小さい粒子の形で出現したとしたならば、境界線がはっきりしないぼんやりとした円盤形になるのが自然と思われるが、現実には明白な境界をした環として存在している。環形成の仕組みについては、未知の部分が多く明らかになっていない。

海王星データ・リンク


冥王星

22才の青年クライド・トンボーが、米国のローウエル天文台で撮影した写真乾板で冥王星を発見したのは1930年2月18日であった。

米国の天文学者ローウエルは火星運河の観測と火星文明論で有名であり、海王星の運動の乱れからその外側に未知の惑星が存在することを信じていた。
アリゾナ州に自費で創設したローウエル天文台で、1905年から未知の惑星発見のため熱心な観測を始めた。
しかし、観測露光時間に対する写真乾板の感度や分析技術が低く、新惑星を発見することができず1916年に他界してしまった。

2代目の天文台長になったスライファーも観測を続けていたが。新惑星の発見は困難な仕事であることから、次第に銀河系外銀河の観測に主力を置くようになっていった。

トンボーは伯父の農場で働きながら小さな望遠鏡で天体を観測していたアマチュア天文家であった。彼はスライファー天文台長に天文台員として採用依頼の手紙を出したところ、幸いに採用してくれることになり1929年1月21日にローウエル天文台に着任した。
着任した翌日から、トンボーはローウエルが残した仕事を引き継ぎ新惑星の観測を始めた。同一場所を数日間おいて撮影した写真乾板に数万個〜数十万個写っている恒星を比較して、わずかに移動する天体を見つけようというのである。この中から新惑星を探し出すのは容易な事ではなかった。

1年が過ぎた1930年1月23日に撮影した写真乾板に新惑星が写っていたのであるが、彼はこのことを知らなかった。1月29日に撮影した乾板との比較解析を続けた結果、2月18日になって微妙に位置が違う輝点を発見した。冥王星の発見が発表されたのは、ローウエルの75回目の誕生日にあたる3月13日であった。

ローウエルの没後、恒星と他の天体の移動速度、方向を検出するブリンク・コンパレーターが発明されていたことと、新惑星が黄道上に位置していたところをドンボーがたまたまそこから観測を始めたことが重なり、発見することができたものである。

ブリンク・コンパレーターは、人間の目が移動体に対して注意が働く特性をうまく利用した検出機である。天体観測時間をずらして同一場所を撮影したニ枚のフィルムそれぞれの顕微鏡像を、特殊な光学系で一つに合成しチョッパーを使って左右の像を交互に映し出すように工夫されている。位置を変えない恒星は一つの点として見えるが、位置を変えた小惑星や彗星は飛び跳ねるように見えるため検出が容易にできる。

惑星の太陽からの距離に関するチトス・ボーデの法則によれば、天王星まではその法則が示す予想数値と実際の距離がほぼ一致していたのであるが、海王星と冥王星ではかなりの差が見られる。

冥王星の太陽からの実測距離39.5天文単位はチトス・ボーデの法則の第9惑星に対する予想値77天文単位とは全く合わない。冥王星の実測距離39.5天文単位はむしろ第8惑星海王星の予想距離38.8天文単位に近いといえる。

そこで、冥王星はサイズも小さいので海王星の衛星ではないかという見方がでてくる。また、彗星かも知れないという見方もある。

海王星の衛星トリトンは逆行しているし大きさが冥王星とよく似ていることから、冥王星はもともとトリトンと共に海王星の衛星であったが、未発見の太陽系第10惑星が海王星系に入り込み冥王星をはじき飛ばし太陽を回る軌道に投げ出されたと、大胆な仮説を提案した天文学者もいた。1978年に冥王星の衛星カロンが発見されたことで、この仮説を支持する人は少なくなってきたようである。

仮に太陽系の第10惑星が存在するとすれば、チトス・ボーデの法則予想値77天文単位をそのためにおいておくのが良いかもしれない。

米国海軍天文台のクリスティが、冥王星を撮影した写真乾板上にその衛星カロンを発見したのは1978年であった。この衛星の発見により、平均距離と公転の周期からケプラーの第3法則により冥王星の質量がわかることになった。

カロンの直径は冥王星の約半分である。また軌道面は冥王星の赤道面と120度も傾斜している。カロンは冥王星の衛星というよりも冥王星とともに太陽を公転する2重惑星になっているのではないかとも言われている。

冥王星の赤道直径は2,360kmである。地球の衛星である月の直径が3,476kmあることから見ても、惑星の大きさとしては相当小さい。

冥王星の軌道は、軌道傾斜角が122度と極端に大きく、その上離心率も0.2485と惑星中で最大である。この関係で、1979年1月21日から1999年3月14日まで約20年間、冥王星の軌道が海王星の軌道の内側に入ることになる。この期間中は海王星が太陽系で最遠の惑星ということである。
冥王星の122度の軌道傾斜角は、この惑星が横倒しに自転をしていて北極が公転軌道の南側にあることを意味している。

冥王星は発見されてから約60年しか経過していないので、248年で太陽を公転する軌道の1/4ほど動いたのを観測したに過ぎない。太陽系最遠の小さな惑星であり、現代の探査技術もまだ届いていない。

冥王星データ・リンク


水星から冥王星までの9個の惑星が規則的に並んでいることからみて、未発見の惑星が水星の内側と冥王星の外側にあることが考えられる。

水星より内側の惑星はヴァルカンという名前まで用意されているにもかかわらず、皆既日食等を利用して詳しく調べられているがその存在は確認されていない。

冥王星より外側では80天文単位のあたりに公転周期700年ほどの惑星が考えられる。
冥王星の外側の惑星を探査する方法の一つは、海王星と冥王星の軌道を精密に測定して未知の重力場の影響を調べることであるが、現在のところそのような影響は確認されていない。
惑星探査機パイオニア10・11号、ボイジャー1・2号の飛行軌道に対しても未知の重力場による変化は表われていないようである。

天体観測で未発見の星を発見するには、広範囲の暗い星まで写せることができる光学システムが必要になる。そして、高感度フィルム、露光時間、追尾、撮影場所変更再露光、現像、検出などの多くの仕事が必要である。

天体観測にCCD素子が不可欠である。CCD 素子はトランジスターや集積回路と同じようにシリコン基板上に作られた半導体であり、1970年に米国のベル研究所で開発されたものである。

数ミリ角の小さな面積の中に、ピクセルと呼ばれる1つ1つの画素が光を受け電荷に変換する光電変換素子が何百万個も並んでいる。1個のピクセルは、写真のフィルムに使用されている銀塩写真粒子と同じ位の大きさである。CCD 素子は消費電力が少なく、振動に強く、小型で高性能であることから監視、観察、観測、撮影など身近な生活用品から医療、軍事関係など特殊な用途まで幅広く利用されている。
CCD 素子の特徴は非常に感度が高いことである。開発当初は、銀塩写真にはとても及ばないと思われていたが、技術の進歩で高画素の製品が作られるようになったことで、すでに写真に代わる重要な記録方法としてなくてはならない物になっている。

天体観測写真では対象物が非常に暗いため、高感度のフィルムを使用して長時間の露光をするのであるが、それに連れてフィルムの感度が低下するようになり濃度が得られない。これに対して、CCD 素子は露光時間に応じて信号強度が上がることで高感度の像が得られる。

CCD 素子はデジタル信号として取り出せるので、コンピューターでのデータ処理が容易にできる。データを数値として定量化することでシステムを自動化することもできる。また、可視光域から赤外線域まで幅広い感光特性があり、取り込んだ画像はただちに見ることができ、濃淡の調整も自由にして見やすくできる。

CCD 素子は多くの長所があり、写真に代わり天体観測になくてはならないものになっているが、素子の特性からくる欠点もある。

光電変換素子に光が当たらなくても、素子の中を暗電流が流れるため極端に暗い光を対象にする天体観測では素子自身を冷却しなければ使用できない。

本格的な天体観測では、液体窒素によりマイナス196℃まで冷却している。高感度 CCD 素子の出現で、今までの天体観測の概念が大きく変わっている。

ハッブル宇宙望遠鏡は、位置の決まっている天体観測では驚くべき分解能を示しているが、どこにあるかわからない未発見の天体の捜索には、使用時間の関係で難しいようである。

ハワイのマウナケア山頂は空気が薄く、市民生活に使用する光が少ないことで空が暗いという特徴がある。その上、晴天率が高く気流の流れが良い等の観測条件が良好なため、最新の望遠鏡が多数設置・建設されていることで知られている。
こうした天体観測技術の進歩向上により、もし未発見の太陽系惑星が存在するならば近いうちに発見される可能性が高いと思われる。