ラテン・アメリカでのセックス・ワーカーたちのたたかい 【2005年4月】
ラテンアメリカで活動するSYNの仲間から、現地のセックスワーカーたちの取り組み報告が送られてきました。いきいきとした彼女たちのたたかいの報告を以下に掲載します。
●Prostitutionsは、れっきとしたシゴトのひとつで、他のシゴトと同じように扱われるべき●
※日本語訳の「売春−買春」、が不適当な訳であると考えるため、ここではそのままprostitutes, prostitution(s)とする
グァテマラ市の中央広場から東に歩いて15分、La Linea (線路)、と呼ばれるレッド・ライト地区がある。旧線路沿いのガタゴト道3ブロックに延びる一帯、Prostitutesは崩れかけたドアの前に立ち、客をまちながら、寄り合い話に盛り上がっているかのようにもみえる。線路沿いをこそこそとぶらつくオトコ達は、徒歩で、バイクで、ときにはクルマでここに立ち寄る。オンナ達は、ここで小さい貸し部屋を一晩Q40(約500円)で借り、客ひとりからだいたい10分Q20(=250円)を請求して生活をたてている。グァテマラには12,000から17,000人の女性がバーで、クラブで、路上で、あるいは閉じ込められた小部屋で・・・この地区には160人程のオンナたちがSex
Workerとして働く。La Lineaの11人はサッカーチームを組んだことによって、国内外に波及を起こすことになる。その名もLas Estrellas de
La Linea(線路上の星☆)権利主張の方法として、輝く☆たちのLa Lucha(闘い)が始まった。
11人のメンバーは、5人がグァテマラ(Maribel,
Vilma, Lupe, ErikaとSusy)、4人がエルサルバドル(Valeria, Mercy, AndreaとCarol)、で、2人がニカラグア(Kimと
Beatriz)で、メンバー全員が母親、合わせて39人の子供たちがいる。彼女たちにとって、SEXをシゴトとすることは、限られた選択肢の中のひとつで、もうひとつの選択は貧窮を意味する(注1:以下に彼女たちの現実を紹介)。彼女たちの要求のひとつは高等教育をうけられ、SEXとは別の労働選択機会を勝ち取ること、そして世界中のSex
workerがそうであるように、社会的地位、労働権利、人権の向上を求めている。The tracks の私生活をとらえたドキュメンタリーフィルム(この5月にマドリードのフィルムフェスティバルに出展予定;
フィルムメーカー:Jose Maria Rodrigues and Jesus Velasco, ジャーナリスト:Andres Zepeda)を共に作り出す過程で、従来のデモよりも意味アリ的に社会の注意をひくだろう、との思惑から‘サッカーチーム’を結成することになった。コトは彼女たちの思うツボに・・・(?)。
2004年9月に結成したザ・スター、Futeca(グァテマラでの男女、ユースアマチュアサッカーアカデミー)が運営するトーナメントに初参加。首都内の上流階級地域でプレーするはずだったが、初ゲームで見事に追い出されてしまった。相手チームはエリート、アメリカンスクール。 彼女たちは戦う相手を知ると、“prostituteチームとゲームして病気が感染したらイヤ”と、トーナメント管理委員会に苦情を訴えた。委員会は、ザ・スター及び支持者は、冒涜的方法で自らを捏造していると、トーナメントから彼女たちを追い出しておきながら、参加費のQ1000(約1300円)はそのまんま。
もちろんこのスキャンダルは、国内外のプレスに大きな波紋をなげることになった。BBCは英語とスペイン語での記事を載せ、ロイターもいくつかのオンラインソースでストーリーを紹介。 Miami Heraldと、Huston
Cronicleは、彼女たちのフルストーリーを紹介した。グァテマラでは9月26日にPlensa Libreがストーリーを載せ、翌日には同紙上の批判的社説で彼女たちを攻撃した。社説の著者、Dina
Fernandez(♀;スペイン系支配者階級)は、「Prostitutesは、子供たちの目に見える公共の面々でプレーする権利はない」、と書き、ザ・スターの支持者を非難した。彼女たちをトーナメントから排除したことには言及せず、Fernandezは、「職種に係わらず、個人にはある程度の権利は与えられるべきであるが、Prostitutesの場合、彼女たちのシゴトは法に引っかかる間際のものであり、特別な例外となるでしょう」と、放言。つつけて「・・・コトの始まりは、自発的におこったものではなく、『Estrellas』の支持者たちが、『人類最古の職業に属する』彼女たちが、コトを意識的に隠して、トーナメントに受け入れられないことを知りつつも、登録することを手伝った、というのが事実」。当紙はその後も、メンバーのプライバシーを損害するような取材方法をとり続けた、と彼女たちは嫌悪感を示しながら語った。
ここから難しい法律に触れてみる。グァテマラでは、SEX売買自体、刑法にも記されていないし、法律違反ではない。 しかし、Prostitutionsを奨励、促進、育成したり、Prostitutionsをする第一人者から利益を得て生活することは、不法である。言い換えれば、第三者の立場がここでは問題となる。例えば、Prostitute宿のオーナー、客を連れて行くタクシーの運転手、そして彼女たちの扶養家族もまた、この法律上では犯罪者となる。第三の人間が犯罪者となるようなこの法律は、彼女たちの権利が奪われたときの法律上の補償を獲得するのに、大きな障害となる。さらにこの法律は、Sex
Worker団体に圧力をかける。例えば、「Sex Worker組合は、Prostitutionsを奨励している」と、とらえられる。その後、この「第三者」のとらえ方、また「trafficking=人身売買」の問題にかんして、国内外での討論が盛り上がることになる。現在、特に女性と子供、身体的に強制されるか、もしくは生活向上約束などの詐欺的宣伝によって釣り上げられ他国・隣国へ売り飛ばされ、別社会での「奴隷的」生活をしいられている現状が、ここで真剣に問われるべき問題である。奴隷的現状が各産業内で問題視されるなか、特に、SEX産業に注目を払う必要があるのは、この産業が社会に位置する場を考えれば当然のこと。
女性・子供が強制的、あるいは虚偽的にProstitutionsやポルノにまきこまれる状態の存在を、現在否定するものはいないと思う。最大の注意を必要とするのが、まさにこの問題である。あるものはProstitutionを完全廃止する目的として、人身売買のフレームワークをProstitutions全体を非難する手段として利用しようとしている。この視点からだと、すべてのSex
Workerは救助を必要とする「奴隷」となり、独立したSex Workerの存在、彼女たちの権利は認められない、ということになる。この視点から生じる際立った例として、USAID(US国際支援機関)の指針を変えることとなった、2002年12月のブッシュによる大統領指令がある。(妊娠中絶を支援するプロジェクトすべての資金援助カット、さらに節制を基準にするプロジェクトと同類化することで、HIV予防プロジェクト資金をカット、に加えて)この指令は、反人身売買に対してのプロジェクト資金援助が、労働選択自由の権利としてProstitutionを援護する団体、もしくは、Prostitutionsを合法化しようとするサポートグループへ及ばないことを、発表した。ブッシュ政権は、「合法的Prostitutionsなるものは、組織犯罪の悪行をうまくかくすだけのものである」と、非難する。 彼らは、「Prostitutions」と、「Trafickings=人身売買」を入れ替えて使い、「強制」と「同意」の境界線を今以上に曖昧なものにする。
2000年12月、特に女性・子供の人身を売買することを抑制、防止、処罰する協定がUNで通過した。現在、グァテマラ、USを含む117カ国が署名している。この協定は、人権団体、Sex
Workersの尽力により、人身売買であるかを確認するために欠くことのできない要素となる‘強制’の存在が、定義に含まれることになった。これによると、国家の枠を超えて、正式な職種としてProstitutionsが認められると社会が同意し、Sex
Workersが、他の職種の人間と同じ権利をもつことが認められるようになった。けれども実際は、協定それ自身、人身売買被害者にたいしての保護が含まれていなく、詐取、強制されてない、Sex Workersに対しての保護は何も含まれていないのも事実である。
グァテマラでの現在の風潮は、このUNの協定に関係なく、雲行きは暗いままである。 当政府はSex Workersの権利を認めるふりもみせなければ、彼女たちが受ける弊害から彼女たちの身を守るのではなく、逆に、加害者の一人として存在する。国際的流れに従い、昨年、公務省、国家警察は、prostitute宿の「ガサ入れ」を行った。宿主に事前に報告することによってチップを稼ぐというエセ作業で、これらの「ガサ入れ」は、「女性救出」をうそぶき、SEX強制労働という問題の核にはかすりともしない。たとえその「救出作戦」が実際あったとしても、警察の諸行動は、今以上に残忍な取り扱いを受ける彼女たちをさらにおおきな暴力のサイクルへと混乱に導く、という別の要因がある。
現在進行するグァテマラでの女性への暴力が猛威でふるうなか(過去2件間で700件の無差別殺害)、Sex
Workersは不相応な見方をされている。2004年夏、グァテマラ刑法学比較研究(ICCPG)の発表したリポートによると、「女性はストリート上の過失犯によって攻撃され、レイプされるだけでなく、性暴力を拷問のひとつとして実行する警官によっても攻撃を受けています」。ICCPGのLucia
Moranによると、「一番この手の攻撃を受けやすい位置にいるのが、Sex Workersです」。 The Stars のMercyとValeriaによれば、SEX産業で不法滞在者が一番弱みを握られていて、拘置、追放のかわりに、SEXを要求してくることがある、と話す。彼女たちは、昨年10月から12月までの間での2人の女性の殺害がthe
tracksがあったと、話してくれた。国内での女性殺害事件の40%が全く手を付けられないということもあって(Prensa Libre 19/11/04)、Sex
Workersが関係する事件はまったく注目されないまま。この暴力と差別の底から、Prostitutesの権利を求め立ち上がったのが、彼女たち‘the
Stars of the Tracks’。33歳になるMercyはthe tracksでいままで15年働いていて、ユニオンに加盟したいといままで考えてきたが、彼女たちを受け入れるユニオンの存在を知らない。彼女のアイデアは、イデオロギー的でもなければ、‘すばらしい’といわれるまでのものでもなく、当然の権利。さまざまな障害が存在する中、Sex
Workerの団体は世界中に存在する。The Network of Sex Workers of Latin America and the
Caribbianだけでも、メキシコ、グァテマラ、エルサルバドルなど11カ国に支部局がひろがる。そのなかでも、ArgentineのSex
Worker ユニオン、AMMARは戦闘的活動をつづける、組織されたグループ。 グァテマラ支部である、Mujeres en Superacion(克服する女性)はla
Sala (グァテマラ市内のSex Workerのための窓口センター)をしながらの汚名返上ロビー活動もつづける。La Salaがオープンしたのは7年前。 オランダの団体からの支援で始まった。現在グループは、経済的に困窮しており、コンドームも売らなければならない状態。La
SalaでソーシャルワークとしてMujeres en Superacionの部長もかけもつYanira Tovarは、「グァテマラにはSex
Workersを支援するグループは、公・私のどちらにも存在しません」、と落胆的に話す。
彼女たち☆は、労働時間、家族との時間を見計らって、不定期的にサッカーの練習をする。現在までに、彼女たちは、多くのゲームをこなしている。対高校生チーム、San Salvador Prostitutesチーム、地方のチーム、女性警官チームからも試合の声がかかり、ゲームには惨敗するが、彼女たちは、プレーする間に感じる「新しい気持ち」を、強調して語る。「満足感でいっぱい!こんな気持ちは、生まれて始めてだもの。相手チームは、礼儀もあり、わたしたちに偏見で対応することなし、あくまでフェアにプレーしたって感じ」。−Susy
Sica;7人の子供を持つ41歳女性。彼女たちは、フェミニスト論文の古典、Mary Wollstonecraftsの「女性権の弁明」を引用して、ゲームごとに、「La
Linea Prostituteの弁明」と呼ぶ10の要求を読み上げ、配布する。その弁明はこう始まる、「la LineaのProstitutesは、Prostitutesである前に、女性である」「私たちは弁明する、私たちの権利は尊厳を持って認められるもので、それは何人が与えられるべきものである」と。彼女たちは、子供たち養育義務の保護、暴力からの保護、ポリスの移民労働者へのいやがらせをやめさせること、を求める。その他の要求として、強制的prostitutionsの告発、避妊具使用の重要性をひるめる公的キャンペーンなどをあげる(注2:以下全訳あり)。
SEX産業から抜け出すこともまた彼女たちの願望である。個人の必要・努力に見合った威厳的労働条件・賃金を伴ったシゴトを持つこと、またそれができるようになる技術トレーニング、アシスタントを要求する。これらはthe
third worldに住む多くの労働者の要求でもあり、the first worldに住む私たちの要求でもある。がしかし、Sex Workerがおかれている極度に険悪的状況(生活・労働)自体は、SEX産業の一部として簡単にとらえるべきものではない。これらの状況は、The
Starsや同業者達が、女性として、人間として自主的意欲、自己意識をもつことを否定される社会の中の道徳的考え方のなかにあり、政治的意思のなかにつくられるものである。Sex
Worker団体を否定する人間への挑戦として、「成人としての正式な職業選択としてのProstitutions」が認められることも彼女たちの要求のひとつ。「他の仕事となんら違わない」シゴトとして。
もし、La lineaの彼女たちが「奴隷」として生活し続けるのなら、「誰」が奴隷を養い続けているのかを、まず問うべきであり、そこから、誰がどうしたら「奴隷である」彼女たちの鎖を解放できるか、そして自分につながる鎖とどういう関係があるか、責任ある社会に生きる我々一人一人が導きだすべきである。
※注1
☆たちの現実世界
Vilma(34歳)には8人の子供がいる。 長女(19歳)は、2年前、彼女のパートナーだったオトコと家出し、一年後、オトコのコ(彼女の孫息子であり、義理の息子)を連れて戻ってきた。いま、Vilmaはレズビアン。アルコール中毒。彼女の新しいパートナーも弟も、窃盗を常習しながらの生活をつづける。基本教育もなし、破滅的家族、不安定な収入、社会福祉プログラムも受けられない、子供たちがまともに育つ状態ではない。シゴトは続けなければならない。
SUSY(40歳)には5人の子供がいる。一番下はすごくカワイイ双子の女の子で、コンドームを使用するのを最後まで拒否し続けた客との間に生まれた。中ノコはいま11歳で、いつも問題を起こしている。酒を飲み始め、家には戻らないし、たまにしか行かない学校では、クラスメイト、先生とけんかばかり、従兄弟をナイフで脅したりするのも数回。
BEATRIZ(38歳)にも子供が8人。彼女と共に屋根があるだけの小屋で生活する子供たちを閉じ込めっぱなしで、La Liniaにいかなければならない。彼女のほかの子供たちははニカラグアの彼女の家族のところで生活する子供たちに会うことが出来ない−法律はProstitutesに厳しい。
Estrellasの他の彼女たちは、Beatrizと同じような立場にあり、離れ離れの生活を強いられている。
Mercy(35歳)には二人の子供がいて、パートナーはシゴト場から30メートル先、線路の向い側のところに住んでいる。長男のマリオ(17歳)は彼女のシゴトについて同意できないでいる。次男のJoshua(10歳)は意識はマリオほどではないが、クラスメートからは、馬鹿にされる毎日。
子供たちの将来はギャング、ドラッグなど、高いリスクを持って育つ。
※注2
Reivindicaciones de las prostitutes de La Linea
la Linea Prostitutesの弁明
La Lineaのprostitutasは、Prostitutesである以前に、女性であり、母親である。他の人間となんら変わらない敬意、待遇をもとめる権利回復のための弁明をここにする。
私たち子供たちの養育権の保護せよ
一成人が自己の意思で決定する正当な労働としてのprostitutionを認めよ。Prostitutionは他の労働と同様、一労働であり;秘密的ではあるが、男性人口の多くが利用する、または利用したことがある社会サービスである。
社会的差別なく労働を実践できる自由をもとめる。
労働を放棄する自由。十分な労働条件をともなった労働選択機会、また必要に応じた賃金をもとめる。
個人が自立して生活できるための支援、トレーニングをもとめる。
私たちが受ける暴力からの保護をもとめる
不法滞在労働者に対しての警察の脅迫をやめさせる
強制的prostitutionを迫害すること
避妊具使用の重要性を広めるキャンペーンの実施すること
Madrid Film Fest のサイト www.documentamadrid.com
彼女たちへの便りは estrellasdelalinea@yahoo.com c.c.
lacajaboba@gmail.com.
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