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| 東日本大震災で―世銀 経済損失、最大19兆円 |
全国、掛川市なみに、ガン 減少で3兆円の国家予算削減 |
60.6万人船橋市は、消費者庁・フコイダンのガン予防 で社会保障給付費94兆848億円は削減可能と計算 |
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| ノーベル 賞 |
フコイダン 食品 |
抗酸化物質 食品 |
長寿 遺伝子 |
抗がん剤 の副作用 |
ボランティア 講師 |
厚労省: 糖尿病予防 |
糖尿病たん ぱく質特定 |
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| 医師等のフコイダン食品臨床例 @例、A例 | フコイダン 機能 |
機能 動画 |
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| 日本通販トンガ王国モズク・フコイダンの摂取例です。 | ||||
NPO がん治療ホットライン 医師29名、あきらめない医療討論は、2007年8月24日産経新聞に掲載。 NPO・統合医療・動画、 機能・動画 |
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| 11.ガン患者 13.アトピー 10.糖尿病 12.膵臓ガン 14.尿毒症 1.胃癌 2.大腸癌 3.乳癌 4.糖尿病 5.子宮体がん 6.肝炎 7.胃癌 8.肝炎 9.アレルギー性発疹。また、心臓の脈がときどき飛ぶ「期外収縮」 |
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| 11. 九州K病院―闘病中のガン患者、奇跡的生還例多数 K病院では入院患者の約1割、20人がガン患者です。痛みに苦しむ患者さんのために、何か痛みを伴わない治療法はないものかと模索していて、行き当たったのがフコイダンでした。 20人に対して、1人1日2グラムを2回に分けて投与しました。通常の病気であれば0.5グラムから1グラムですから、2倍あるいは4倍の量です。フコイダンは多く摂りすぎても害になることはありません。 その結果、短期間のうちに、19人の患者が驚くべき回復を示しました。ガンの転移・増殖作用がまったく見られなくなったばかりか、快方に向かっている人さえ出てきました。中でもAさんは、フコイダン投与開始後わずか2ヶ月で回復、通常の生活に復帰できるようになりました。フコイダンのもつ能力―病原細胞の転移を防ぐ、免疫性を高める、など―が示されたわけで、今後の医療に大きな希望をもたらせてくれました。 このページトップ 13. 山下美子さん(福岡県直方市・22歳・学生) その他、抜粋 高校のときに巡り会った「フコイダン」で効果が現れ始め、小学校のときからアトピーは、1年でよくなった。 このページトップ 10. 糖尿病で投薬の必要性が皆無に 喉が渇き多量の水分を欲しがる、トイレで排尿すると白い泡がたち体から糖分の排出されているのが確認できる、体がだるくてたまらない、など糖尿病特有の症状が出て、私は中期程度の糖尿病に陥っていました。 ある日、同級生の医師からフコイダンの話を聞いたのです。通院や食事制限のわずらわしさがないのならと、ほんの試しのつもりでフコイダンに手をだしました。 そして摂取をはじめてから1週間、驚くほどの体調の変化を私は感じるようになりました。 爽快で気力の充実するのがわかります。久しくなかった気持ちの張りを感じます。無論この間、フコイダン以外の特別なものを口にしたことはありません。 定期検診に参りますと、どうでしょう、あれほど長く自分を苦しめていた数値が、健康体の人とまったく変わらなくなっていました。たった1週間で体質改善できた見事な例だと誇りにもし、感謝しています。 このページトップ 12. [O.Hさん 医師] 私は、某医科大学の教授を定年退職後しばらくして膵臓ガンにかかりました。ガン特有の痛みに加え、患部が著しくだるく、鈍痛が絶えずおそってきます。5時間余りの手術によって患部摘出、幸いにも退院できた。 しかし、術後の後遺症と、毎日繰り返し襲ってくる痛みには耐えがたいものがありました。腰から背中にかけて痛みが走るのです。それは当事者でなければ分からないものです。その痛みのさなかにふと浮かんだのがフコイダンでした。 早速、フコイダンを研究している人に相談しました。それから1週間後、早くも体調は好転。そして、知人に言いました。 「一日3グラムほど飲んでいるのだが、膵臓ガン特有の痛みがまったく消えた。嘘のようだ。」 私のこの言葉を聞いて、知人は喜んでくれました。病理学の専門家として、フコイダンの作用と効能を早くから知っていたおかげで助かることができました。 このページトップ 14. 中野健一さん (大分市・46歳・会社員) 42歳、尿量がかなり減り。44歳、私の病名は腎不全(尿毒症)でした。週3回の人工透析を受けるようになった、「フコイダン」を飲み始めると、3カ月後には透析を受けない週が出てくるようになり、完治も夢ではない。 このページトップ 1. ■ 福岡県・男性・67歳(胃癌) 今から約8ヶ月前、おへその上部がもたれ、食欲がなくなっていきました。年齢のせいと思っていましたが、一向に改善の兆しがなく、遂には鈍痛を覚えるようになりました。食欲はますます減退し、体が衰弱するのがわかりました。 その後、吐き気をもよおし、背中にまで痛みが及びました。また、真っ黒のかりんとうのような便しか出ないし、悪臭がありました。さすがに、病院を受診し、検査をしてもらいました。すると即入院の必要があると医師に言われ、他の病院を紹介していただき入院をすることとなりました。健康には自信があったのですが、先日、友人が癌でこの世を去った後だったので、自分も癌ではないかと不安がよぎりました。 その後、検査が続きました。その結果、私の病名は胃癌で、胃の下部に6センチ大になっており、十二指腸の部分で、癒着している状態で、また外科手術ができにくい状態との事でした。この後、入院をして1週間後、友人が面会に来てくれたとき、フコイダンと言うもので肝臓癌が治ったとのことを聞きました。とにかく試してみようと思い、次の日から飲み始めた。 1日に300CCを4回に分けて、空腹時に飲むだけでしたが、そんなに飲みにくいものではありませんでしたので、わらにもすがる気持ちで飲み出しました。 3日後驚く変化が起こりました。食欲が出だし、出された食事を平らげました。また、便秘気味だった便通が1日2回になり、便の状態も、健康なときの便と同じように変化していきました。主治医の先生も驚いておられました。実はこの時体重が増えていたのです。 主治医の先生は、あまり抗癌剤を使わない先生でしたので、このまま経過を診ましょうと言うことになり、ひょっとしたら治るのではないかと、思うようになりました。 その後、波がありましたが、入院から1ヵ月半後、驚くような結果が出ました。エコー検査の結果、7センチあった癌が2センチ以下になっているとのことでした。この頃から、癌である自覚症状はほとんどでなくなり、食欲は、普通どおりになっていました。その後は順調に改善し、1ヵ月半前、血液検査の結果や、MRIの検査の結果、完治と告げられ退院する運びとなりました。 現在も月1回の検査で病院を受診していますが、再発するような気配はないようです。フコイダンの効果にはびっくりいたしました。 このページトップ 2. ■ 福岡県・男性・67歳(大腸癌) 抜粋 トイレで、便の状態がおかしいことに気付きました。よく見ると便に血が混じっているようでした。そして、便が以前より細く、何かすっきりしません。よく吐き気に見舞われるようになったのもこの頃です。1週間後に病院を受診しましたが、病名は大腸癌の中期だと宣告を受けました。取りあえずX線や内視鏡の検査をし、ほぼ1ヵ月後に、手術の日程が決まりました。
知人に相談いたしましたところ、フコイダンと言うものを勧められました。アガリクスやプロポリスは知っていましたが、全くはじめて聞く名前でした。しかし、フコイダンで癌治療しておられる医師がおられると聞き、早速次の日に病院を受診しました。 先生は、何例も治療をされていると聞き、安心致しました。そこで大腸癌についての説明とフコイダン治療の内容を、丁寧に説明していただき、太鼓判を押していただきました。また、その日から、手術を避けるために1日300cc以上の飲用を開始しました。 飲用を始めて3日目には、血便が改善し、1週間後には、細かった便が徐々に太くなっていくのを確認できました。それと同時に吐き気や便秘症状も徐々に改善していきました。便の太さが元に戻ったのは、腫瘍による圧迫が無くなったからと聞き、フコイダン治療で改善すると確信しました。 その後、腹が痛むこともありましたが、順調に改善し、手術予定日の前には腫瘍の大きさが1/3程になっていました。手術は中止になり、様子を診るという事になりました。 その後飲用量を増やし、約1ヵ月後には完治にいたりました。 このページトップ 3. ■ 鹿児島県・女性・32歳(乳癌) 抜粋 ある日、わきの下を触ったときに、わきの下のリンパ腺が腫れていることに気付きました。鏡の前で乳房を見て、右側の乳房がつっぱった感じがするので、触ってみると、わきの下から乳首にかけてしこりがあるのが分かりました。その中でも外側の上部にしこりがあり、心配になり病院の検査を受けました。 その結果しこりの大きさは4cmで、他にも2ヶ所見つかりました。中期の乳癌と診断され、入院して放射線療法と化学療法の併用で治療をすることになりました。それから放射線療法が始まりました。1クールが終わって、2週間後に検査してもほとんど癌の大きさは変化しませんでした。抗癌剤も3種類飲みました。すると抗癌剤の副作用が出て、吐き気と脱力感、それに脱毛に苦しめられ、1ヶ月以上耐えましたが、精神も肉体も限界でした。 そんな中、友人が見舞いにきてくれました。その時友人がフコイダンの話をしてくれました。実は、いろいろな方からいろいろな健康食品を勧めていただきましたが、何がいいのかさっぱりわかりませんでした。友人は数日後、フコイダンを持って来てくれました。実は会社の先輩が初期の乳癌がメスを入れずに治ったとのことで、軽い気持ちで飲み始めました。 飲み始めてから3日くらいから食欲が戻り、長年の冷え性が改善していきました。その後、非常にひどい便秘だった私が、毎日きちんと出るようになり、しかもトイレの滞在時間もみじかくて済むようになりました。さらに驚いたことに、腫瘍が柔らかくなり、小さくなっていくのが確認できました。入院してから2ヵ月後、検査の結果腫瘍が小さくなり、血液検査の結果も改善し、週1回の通院治療に切り替わりました。 それから2ヵ月半後、私の癌は完全に治癒していました。 このページトップ 4. ■ 福岡県・男性・56歳(糖尿病) 抜粋 中年に差し掛かったころから太り始め、50歳を過ぎた頃、逆に痩せ始めました。喉が渇き、トイレの回数も増え、いくら食べても空腹感があり、典型的な糖尿病の初期症状です。親父も糖尿病だったので、半ばあきらめていましたし、治る病気ではないと言われますので、気長に付き合うしかないかと思い、糖尿病についていろいろ調べると合併症の多いことに驚きました。今後はこまめに血糖値の検査に行くことにしました。 最初、空腹時血糖値は175あり、基本的に食事療法しかないとのことでしたが、昼と夜は外食がほとんどで、食生活を改めるのには限界がありました。飲酒は減らしても、まったく飲まないわけにもいかず、喫煙は思い切ってやめました。 その後1年間は、徐々に血糖値は上がっていきました。このままだったらインスリンの投与が必要といわれたころ、取引先の方からフコイダンのことを聞きました。この方も糖尿病だったのがフコイダンで改善したとの事でした。そして数日後、すぐに飲み始めました。フコイダンを飲むこと以外は特別なことはしておりませんでした。 1ヵ月後検査のため受診しました。すると血糖値が148まで落ちていました。私よりも先生が驚いていました。それから検査のたびに徐々に血糖値は減り、約1年後には、正常値に下がりました。もちろん完治とはいえないとは思いますが、ひとまず合併症の恐怖から解放されたと安心しました。 フコイダンを飲み始めて1年半が過ぎました。現在数値は安定しており、上がる気配はありません。私にとって、このフコイダンは手放せないものになってしまいました。
5. 「統合医療で、進行がんに打ち勝つことができた!」 倉田麻子さん 38歳 滋賀県大津市 「5年生存率、32%以下との宣告」を跳ね返す 私ひとりの体験が、必ずしも皆様に有効とは思いませんが、がんで苦しんでいらっしゃるご本人やご家族のために少しでも、希望や勇気を取り戻すきっかけになればと思い、思い切って正直にご報告させていただきます。 はじめは、風邪をひいて近くの病院へ行き、なにげなしに受けた血液検査で、異常な貧血が見つかりました。いろいろ調べてもらったところ、お腹に大きなしこりあることがわかりました。自分ではまったく自覚していませんでした。 すぐに大学病院を紹介され、CTやMRIなどの専門的な検査を受けました。 「画像で見る限り、ほぼ子宮体がんです」と言われました。リンパ節もパンパンに腫れていて、血液検査では、腫瘍マーカーも明らかに異常な数値を示していました。 どの程度、がんが進行しているかは、開腹手術をしてみないことには正確なことはわからない、と。恐怖心が次から次への湧き上がってくるのをどうすることもできません。 治療を始めるにしても、ベッドの空き状況やいろいろあって、すぐには入院できず、それまでの間、家でどうして過ごそうか、何も手につかないとオロオロするばかり。主人は、「泣くのはいつでもできる。まず、何ができるか考えてみよう」と必死に考えてくれました。 インターネットでいろいろ調べて、西洋医学で難しいと言われてもそれがすべてではないということ。それ以外にもまだまだ方法はあるということ。科学的な証明は不十分だけれども「代替療法」で末期がんと宣告された人でも何人も助かっている事実があることなどを教えてくれました。 その中で一番納得できるのが「フコイダン療法」でした。主人は、「よし、フコイダンを飲んでがんをやっつけよう」と私を励ましてくれました。 それでも私は、そんな健康食品のひとつで、主治医が難しいと考えているがんをやっつけることなどできるはずもない、という気持ちでした。 しかし、一生懸命に情報を集めてくれている主人にそんなことは言えません。実際、たくさんの種類のフコイダンがあり、費用もまちまちでした。 主人は、「代替医療でお医者さんが使っているものにかけてみよう」ということで、思い切って、代替医療を行っている先生のところへ、ひとりで相談に行ってくれました。 今振り返れば、主人がきちっとお医者さんに相談しながら、自分の言葉で、私に教えてくれたことがすごくよかったのだと思います。 主治医の先生が、悲観的な見方をする中でも、「大丈夫、やってみないと!」「フコイダンの可能性を信じて、治療を迷わず受けて、絶対によくなるんだ」という主人の言葉がどれほど私を勇気づけてくれたかわかりません。私は主人が言うがまま、その通りにするだけでした。 そして、入院の日を迎え、1週間後に手術をすることになりました。入院をしても、先生の許可を得て、フコイダンを飲み続けました。 手術をしてわかったことは、私の子宮体がんは、卵巣、リンパ節にまでまで転移していて、「ステージVC」という最悪の結果でした。 「5年生存率は、32%以下」と説明されました。 もう生きられない。 涙さえ出てきませんでした。 「7種類の抗がん剤の感受性テストをしましたが、倉田さんのケースの場合、あまり効く抗がん剤はありませんでした。副作用のこともあります。ですから、その治療をやってもやらなくても判断の難しいところです。ご自分で決めてくださいね」 先生の説明は、淡々と行われました。 主人は、先生が提示してくれた抗がん剤の「パクリタクセル」とフコイダンの相性がすごく良いので、今まで飲んでいるものは続けて、抗がん剤治療もするようにしようと言いました。 後から考えてみると、フコイダンとその抗がん剤の相性なんて、主人がわかるはずもなく、私に治療の望みを与え続けるためのやさしい「うそ」だったと思います。でも、これで、私も抗がん剤治療に希望をもって望む決心ができました。 抗がん剤は、週に1回点滴をして、それを3週間。その後2週間休む。これで、1クール。これを3クール受けました。同じような治療を受けている人たちは、どの人も体力が低下して具合が悪くなり、食欲がなくなり、吐き気の苦しみも激しいものでした。みるみるやせ細っていく人もいました。 私はまったく副作用がない状態でした。点滴の2日目からはき止めの薬を処方してもらうこともなくなりました。先生は「大丈夫?無理していない?」と心配して声をかけてくれますが、私は、まったく平気でした。 腫瘍マーカー(CA125)も当初は、193もありましたが、どんどん下がってきて、最終的には3という数値になりました。基準値が0〜34なので、先生もびっくりしていました。 そして、117日間の長い入院生活を終えました。しばらくして、CT画像検査とエコー検査を受けました。以前の画像では、リンパ節が、パンパンに腫れた状態で写っていましたが、その影はすっかり消えていました。 「きれいに消えて、どこにもがんがないですよ!」 主治医の先生から信じられないような言葉を頂くことができました。 「抗がん剤治療でがんが小さくなったりするのはあるけれど、このようにまったく影も形もなくなるというのは、珍しいケースです」 とまで、言われました。 主人が必死に私のためにとことん尽くしてくれました。入院中は、仕事が終わってから毎日見舞いに来てくれました。 また、代替医療は保険がきかず、お金もかかるので、一時は、主人に「私のことはもういいから、お金のかかるフコイダンはもうやめる」といったとき、主人は泣きながら、頼むから飲んでくれ、お金のことはあとからなんとでもなる!」と言ってくれました。 本当に大切にされているんだという気持ちで、涙がとまらなくなりました。それからというもの、毎日「ありがとう」という言葉が私の口からでるようになりました。 (実は、それまでの私は、本当にわがまま放題だったのです) 主治医の先生をはじめ、セカンドオピニオンの先生や看護婦さんたちが、本当に心から私のことを心配してくださったこと。抗がん剤治療も主人の一言で、積極的に受けることができるようになったこと。また、抗がん剤の1滴、1滴が、私のがん細胞を無くしていく想像をいつもいつもしていました。 そんな風に、治療に取り組めたのも、フコイダンという強い味方とそれを支えにがんばれと励ましてくれた主人のおかげだと本当に感謝しています。 今は、主人やお世話になった人への恩返しが少しでもできるような自分になろうと思っています。 とても厳しい状況でしたが、「心まで病気ならず」に、治療に専念できたことが、本当に良かったと思います。 もし私の体験が、これからがんと闘っていこうと言う人が希望や勇気を取り戻すきっかけになるのなら、こんなにうれしいことはありません。 希望こそ、本当に大切だと私は思います。 このページトップ 外敵要因から体を守るフコイダンがガン細胞をアポトーシスに誘導する抗ガン物質であることを研究している会 抜粋 6. 1ヶ月で回復、家に籠もりきりから外出を楽しむまでに 肝炎の中でも最も厄介と言われるC型肝炎性血小板減少症という病気に悩まされていた私は、毎日を大変に危険な状態で暮らしていました。血小板がどんどん減少してゆき、体の抵抗力・免疫力が著しく低下します。 当初、医師から病名を告げられたときも、一体どんな病気に罹ったのか見当もつかず、落ちてゆく体力と不安で、生きる希望も何も粉々に打ち砕かれた思いでした。仕事はもちろん、通常の社会生活あんど望むことが一切できない状態でした。 家庭の主婦として子供たちを育て上げ、つつましい生活を送ってきただけで、別段の野心があるわけでもなく、格別の不摂生をしてきたわけでもありません。にもかかわらず、どうして自分がこんな目に合わなければならないのかと、胸がふさがれる思いでした。 1日中引きこもって世間と無縁のところでひっそりと暮らす毎日だったのですが、昨秋知人を介してフコイダンの話を耳にすることがありました。詳しいことは知人も理解してなかったようですが、フコイダンはエイズを制圧する力(抗HIV作用)があるというものでした。それだけの力をもつ物なら、ひょっとしたら私の病気にも効くかもしれないと、藁にもすがる思いで飲み始めたところ、驚く威力をフコイダンは発揮してくれたのです。 わずか数日で体調がすこぶる軽快な感じに変わったと思うとともに、今までになかった良質な自覚症状を感じ始めたのです。 私はびっくりしました。驚くと同時にひょっとしたらと思っていたものが確信に変わり、さらに1ヶ月ほど続けてみたところ、信じられないことに全くの健康体を取り戻したのです。 まさしく奇跡でした。神がかりの気分でした。何もかも諦めていた私の体に神が降りてきた気持ちでした。 体の調子がよくなると気分に張りが出てきます。気持ちが前向きになって行きます。私は体調と相談しながら、それまでじっとしていた生活から外出を試み、いろいろな会合にも参加する機会をもつまでになったのです。 外に出る―屋外を歩く―健康な人にとってはなにげないこうした営みが、いかに眩しく幸せなものか、同じような病気で苦しんだ方には理解できることでしょう。フコイダンと出会ったことで私は人生を拾ったのです。フコイダンのお陰で、私にとって21世紀の幕開けは、まさに輝く新世紀にとって変わったのです。 このページトップ 7. フコイダン飲んで3週間で退院、現在は農作業の毎日 私の家は、瀬戸に浮かぶ小島にあります。農業と漁業の穏やかな島で、斜面に広がる農地からは瀬戸の海が見はるかされ、病気とは無縁の日々を過ごしておりました。 60歳になったときでした。胃の痛みで病院に駆け込んだところ、胃ガンの宣告。それまでは病気とは無縁に働きづめで生きていましたので、突然のことに茫然としていました。ショックと失望で目の前が黒く塗りつぶされていくようでした。しかしこのときは、丸山ワクチンを投与して何とか乗り切ることができました。 ところが20年後、安心しきっていた私を再びガンが襲いました。完治したものと思っていただけに再発の宣告を受けたショックは一度目を上回るものでした。その後数年間、私の体は徐々にガン細胞に侵されてゆきました。若い人と違って進行は遅いながら、それでも確実にガンは広がっていたのです。 ある日、主治医から言われました。 「親しい人をよびなさい」 「えっ!」 「それも、できるだけ早いうちに」 事実上の死の宣告。最後の望みを打ち消すような響きさえもっていました。私は医師に従うしかありませんでした。 ところが、連絡した長男(東京在住)から、「効くらしいから」とフコイダンを勧められたのです。長男は言いました。 「父さん、このまま死にたいのか」 もちろん、いやに決まっています。私は首を横に振りました。 「じゃ、僕のいうことを信じて、このフコイダンを飲んでみるか」 必死の息子の言葉に、私は黙って従いました。 そうして、フコイダンはほんのわずかな日数で私の体に奇跡をもたらしてくれました。 フコイダン投与後、死直前にまで追い込まれていた私の体からガン細胞がにわかに消失し始め、日を追うごとに加速度的に減退していったのです。目を見張るほどの速さでした。毎日変化してゆく体のリズムが確認できるのでした。 3週間後、奇跡的な回復で私は退院を果たしました。ガン再発という最大の危機にも拘わらず、100%回復したばかりでなく、普段の生活に戻ることさえもでき、今も農作業に従事する日々を送っています。 このページトップ 8. 肝炎を短期に改善 生来の酒好きの上に仕事のストレスからか量を過ごすことが多く、とうとう急性肝炎になり、入院を余儀なくされました。ガンマGTPをはじめ全ての数値が4桁台でした。 勧められてフコイダンを試してみることにしました。二週間ほど飲んでみたのです。 結果は驚くべきものでした。4桁台の数値を示していたガンマGTP・GOT・GPTが摂取開始直後から下がり始め、あっという間に3桁台になり、2週間後には通常の健康体となんら変わらない数値にまで回復したのです。 薬効があると言われる物が私たちの周囲には種種雑多にあります。しかしこれほど顕著な効果を示すものはないでしょうか。 このページトップ 9. フコイダンを飲んで 55歳の男性です。10数年前から、秋から春にかけて出るアレルギー性の発疹という病に悩まされ、医者の薬の世話になっていました。でもこの薬は強い薬なので、医者から、1週間も続けて塗ってはいけないと言われ、塗っては休み、休んでは塗るという状態を続けていました。 また、心臓の脈がときどき飛ぶ「期外収縮」という病も持ち、憂鬱な毎日を過ごしておりました。 そんな時、「フコイダン」を知人から知らされ、飲み始めてみました。 毎日2包み、2週間経ったころ、以前より尿が多くなったことに気が付き、さらに1ヶ月経過したころ「期外収縮」がおこっていないことがわかり、体調も目覚めもよくなっていることに気が付きました。 そして、1ヶ月半経過したころ、人がアレルギーの話をされていたとき、「あれ!!」と思い、帰って裸になってあちこち触ったところ、あれだけ悩んでいたジンマシンが治っているではありませんか。しかもジンマシンで荒れていた肌がすべすべになっていました。 こりゃーホンマモンじゃと確信し、女房に話したところ、風呂までやってきて「どうしたん!すごいじゃ!」と言いながら触ったりして、歓喜しました。 このフコイダンとめぐり合い、近年騒がれている「成人病」なんかひとつも怖くない心境です。これから先、夢を負い続けながら生きる希望が湧き活力が出てきました。 ほんとうに、ありがとうございました。 このページトップ |
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