2005年9月


2005/9/5 新涼

留守中の新聞積むや涼新た

 出張している間に月が変わってしまった。一週間分も新聞をためこむと、今さら読む気も失せるが、それでも義務のように見出しだけでも眺めておく。
 出張先はいまだ残暑が厳しかったが、当地はかなり涼しくなってきた。取り急ぎ、帰宅のご挨拶に一句。
「新涼」は秋のはじめの涼しさを言う。


2005/9/6 ハリケーン

秋空狂乱荒野に返るジャズ聖都

 先週、米国南部をおそったカトリーナ台風の被害が連日報道されている。被災者はもっぱら貧困層らしい。世界で唯一の超大国と自負する国が抱える暗部が、大災害によってあばかれている。世界一金持ちのあの国では、他国を攻撃する軍はあっても、自国民を救う軍は持たないらしい。
 ジャズ発祥の地という歴史的な栄光につつまれたニューオーリンズは、壊滅的な被害を受けた。廃墟をそっくりそのまま放棄して、別の土地に再建するプランが出ている、とか。米国では数少ない行ってみたい場所だったが、遅きに失した。
 この現実とそれに対するわたし自身の反応を忘れないために。


2005/9/7 カレー

残暑には三十年来チキンカレー

 先日、東京出張の折、山手線から私鉄で少し出たところにあるカレー屋に行った。表札の店名の横に「1973」の文字がある。開店時期なのだろう。
 昔からカレーしかないそっけない店で、チキン、ビーフ、ポークの各カレーがあり、それぞれが順に辛口、中辛、甘口と決まっている。チキンカレーの甘口などという組み合わせは存在しない。チキンカレーを食べたかったら辛口カレーのみ。
 かつてよく通った店である。その頃からすでに四半世紀が過ぎた。大竹まことという俳優に似た店長は、もともと老け型なのか、当時とあまり変わらないように見える。店長の奥さんは、年相応か。などと人様のことを行っている場合ではない。年月は等しく流れるのだ。
 夏になると、同じカレーでも香辛料を増やすという。つまり、辛口カレーは少しだけ大辛口カレーにする。それで人間の味覚にはちょうど合うらしい。
 例年、秋口になると夏の疲れが出るのか、心身ともに水っぽくなる。そんな時、少しだけ大辛になったチキンカレーが食べたくなるのだ。
 カレーだけで三十年店を続けられるというのは驚くほかないが、それ以上に、最初に食べてから、ほかのさまざまなカレーを食べてきて、今もってわたしの中のカレーランキング一位を維持しているのは、奇蹟というほかない。
 店長と奥様に感謝の意をこめて。


2005/9/8 ねこじゃらし

ねこじやらし猫になりたき昼下がり

 台風一過。魂が吸い込まれるような、とんでもない青空。
 ただ、下界は南風が入って暑い。残暑払いの辛口カレーも利き目は一過性だったようで、いっこうに意気があがらない。ごらんの通り、このところおのずと句にも生彩がない。
 近所の路上、アスファルトの継ぎ目にネコジャラシが生えている。ただの雑草にしか見えないし、忙しい日々を送っている人にはそもそも見えないかもしれないが、かすかな風に揺れる風情はこの草にしかないおもむきがある。夕方、日が傾けば、逆光の中ちいさな穂がちいさな輝きを宿す。
 猫じゃらしといい、狗尾草(えのこぐさ)ともいう。狗は犬のこと。猫になったり犬になったり、忙しい草だ。
 今日は猫。じゃれついて遊びたい。


2005/9/9 われもこう

泣きたくなってうたう歌あり吾亦紅

 古い友人が、花屋でワレモコウを見たという。何でも安かったそうで、さっそく買ったらしい。
 当地では買うまでもない。わが家の近くの里山に自生する。とはいえ、昔はあちこちにあって、気にもとめないほどだったが、昨秋、改めて探しに行ってみたら、ポツリポツリと貧相な株があるばかり。その付近から消滅してしまいそうで、持ち帰れなくなった。今年は、殖えているといいけど。
 もともとがドライフラワーのような花だが、生花の時は深い赤に染まっている。素っ気ない姿形に似合わず、気品さえ感じられるような赤なのだ。ドライフラワーになると、その赤の底光りするような輝きは失せる。
 それにしても、吾も亦た紅なり(ワレもまたクレナイなり)と名付けた昔の人はえらいものだ。


2005/9/12 スズムシ

鈴虫や志野につぶやく愚痴ひとつ

 八月の半ば頃、老母がどこからか鈴虫をもらってきた。食卓の上に置かれた虫かごには、成虫になる前のちいさなスズムシがウロウロしている。
 ひとしきりその様子をながめ、ふと我に返って誰が世話をするのかを老母に問うと、すでに姿見えず。ややこしい話はごめんとばかりに、彼女はすでに逐電していた。毎度のことながら、あっぱれなり。
 仕方なく、以来わたしが毎朝世話している。近頃、ようやく鳴くようになった。
 志野は愛用している猪口。ひとりで飲んでいると、スズムシの声が妙に大きく感じられる。


2005/9/13 虫の声

ソプラノもハスキーも居て虫の闇

 スズムシは羽根を立てて鳴く。正面から見ると、風をはらんだ小さな帆船のよう。なかなかの雄姿である。が、上から見ると、羽根の下に隠れていた胴があらわになる。これが、情けないほどに、かぼそい。
 ヨロイの下には貧弱な肉体があるばかりなのだ。しかも、よく見れば音を出すため羽根をこすり合わせる際に、痩せた胴体もけいれんするようにふるえる。身を削って鳴いているようにも思われる。
 そんなことをしているのは、オスだけ。メスは、オスの鳴き声など聞こえない風情で泰然自若としている。いや、聞こえないはずはないから無視しているのだろう。スズムシにおける両性のあり方には、いささか憮然とさせられる。
 そういえば、ハリケーンの名前はもっぱら女性のものだった、などということも連想する。いや、関係ないか。
 飼っているスズムシに呼応するように、窓の外でもにぎやかに虫が鳴く。単に「虫」といえば秋の季。


2005/9/14 秋草

秋草は日のやはらかさ空の紺

 九月も中旬だというのに、依然として日中の暑さが続いている。これもまだ残暑というのかと友人が問うので、彼岸あたりまではそれで行けるんじゃないかとは答えたものの、そんなに長い期間使われようとは、当の残暑氏も想定していないだろう。
 とはいえ、周囲の草木はやはりそれなりに秋色を帯びてきた。しばらくは秋の草花を詠んでみようと思う。


2005/9/15 朝顔

三番方の鉱夫迎えん牽牛花

 九月も十日過ぎになって朝顔でもあるまいが、季語上では秋の花になる。
 今から四十年ほど前までは、このあたりは全国有数の石炭産地であった。炭鉱労働者は三つの勤務時間に割り振られ、昼夜兼行で石炭を掘り続けた。朝早くからの勤務が一番方(いちばんがた)、午後からが二番方、夜から翌朝までが三番方となる。
 朝、炭坑住宅のはずれに立って待っていると、三番方を終えた鉱夫たちが、空のアルミ弁当を鳴らしながら帰ってきた。炭坑住宅の節穴だらけの板塀に咲いていた紺色の朝顔が、今でも時々、何かの拍子に浮かんでくる。
 わたしが迎えに行った人は、炭坑閉山後ほどなく突然亡くなってしまった。精のつくものを食べなければならない重労働をしているのに、レバーが嫌いで、顔をしかめながら無理やり食べさせられていた。眉の上にマッチ棒がのるほど眉の濃い、やさしい人だった。その人の膝の間で、ずいぶん長い時間をすごした気がする。
 牽牛は、織り姫彦星の彦星。朝顔が咲く頃、牽牛星が輝きを増すから、朝顔の別名となった、という由来を聞いたことがあるが、定かではない。


2005/9/16 葉鶏頭

雨あがりいま葉鶏頭は輝けり

 昨日今日とようやく涼しくなった。当地では薄手の長袖でちょうど。
 陋屋の庭のススキが、いつの間にか穂を出している。庭にススキがあるところなど、いかにも陋屋というにふさわしいではないか。(やけくそ気味)
 そういえば、西日本の暖かいところから、彼岸花が咲いたという便りをもらったばかり。東北でまだ咲かないのに、よほど気の早い株なのだろう。
 とはいえ、うかうかしていると秋の花が続々と咲き出しそうな気配はしている。
 秋の花は総じて地味だ。その素っ気なさが何とも言えない魅力に見える。こうなるには、四十年くらいこの世の飯を食わねばならなかった。迂遠なことだ。
 葉鶏頭は、秋の花というより夏の空気を色濃く残している。ちなみに、とさかのような鶏頭とは同種らしく、どちらもインド原産。あの赤茶けた亜大陸に咲く鶏頭類を見てみたい。全然違う花に見えるのではないか。むしろ、そちらの方が鶏頭類の本性かもしれない。


2005/9/20 おしろいばな

少年の背を見失い夕化粧

 先日、牽牛花と書いたら、あまり奇をてらったような名前を使うのは好ましからずというご指摘をいただいた。仰せの通りである。わたしも、そう思う。
 という舌の根も乾かないうちに、また花の異称を使う。懲りてないみたい。
 いや、そうではない。牽牛花はいささか突飛な命名だけど、白粉花を夕化粧というのは、何とも風情がある(でしょ)。一度、使いたいと思っていた。
 その昔、はな垂れ坊主だった頃、こまっしゃくれた乙女子たちは白粉花でママゴトをしたものである。もっとずっと昔には、白粉花をほんとうに女の化粧に使ったこともあるらしい。
 帰りが遅くなった少年の背は、初秋の夕闇の中。


2005/9/21 秋の蚊

あはれ蚊や六七箇所も食はれけり

 朝晩、めっきり涼しくなってきた。道ばたのコスモスが咲き、田んぼの稲穂が黄熟している。
 あんまり空が青いので、カメラを持って庭に出る。そう、ススキの生える荒れ庭だ。秋の草花が控えめに咲いている。水引草、萩、猫じゃらし、野菊、それから藪からしまで。
 どれも地味な花で、写真映えしにくいけれど、日の光の当たり具合を見ながら周囲を巡ると、必ずひとところ、花の表情が変わる角度がある。
 おもむろにファインダーをのぞき撮影する。このとき、どんなに急いでも、小さい花にピントを合わせてシャッターを切るまで、数秒はかかる。風が吹いて花が揺れれば、その間じっと待つ。人の感じない微かな風にも、花はそよぐ。じっと待つ。
 その時間。手はカメラでふさがっている。意識は花に向かっている。動かない。すなわち、無防備な肉塊がそこにある。
 これを飢えた吸血鬼が見過ごすはずがない。わずか十分間も外にいれば、手といわず、首といわず、額、あご、果てはまぶたまで吸血鬼の餌食となりはてる。
 わが家の庭だから油断して、サンダル履きでなど出てみたまえ。足の指の先、足の外側の皮の厚いあたりにも、吸血鬼の歯形がつく。こういう神経の鈍いところを刺されると、猛烈にかゆい。
 かくして、秋草の写真は高価な代償を払って撮影しなければならない。
 あわれ蚊とは、なんともはかなげな呼び名で、秋まで生き残った蚊をいうのだろうが、昔から秋の暴れ蚊ともいい、立秋すぎの蚊は始末におえぬ。
 これほど苦労して撮っても、あの一瞬、確かにかいま見た秋草の気品ある表情は、フィルム上に残っていない。写真とは、写らないものだ。


2005/9/22 芙蓉

光の朝に話しかけたき芙蓉あり

 今週は月曜と金曜が祝日で、なんともあわただしい。
 なんのことはない。平日五日分を三日でやろうという根性がさもしいのだ。五日かかる仕事は、五日かかるのだ。そうでなければ、今と同じ仕事を週休四日制でできることになってしまう。
 さて、芙蓉(ふよう)。初秋の花である。濃いのから薄いのまで、色とりどりだけど、作者としては薄紅色の芙蓉をイメージしている。


2005/9/22 むくげ

誰にも言はず朝の木槿を眺めゐし

 芙蓉と木槿(むくげ)。似ている。それもそのはず。どちらもアオイ科らしい。
 そういえば、立葵も好きなのだった。この種の花に弱いのは、何かあるのだろうか。
 芙蓉、木槿、どちらも朝がいちばん。


2005/9/27 秋の彼岸

傘ひとつ白き雨降る秋彼岸

 彼岸をすぎたら、やっぱり涼しくなった。朝晩は肌寒いほどだ。
 ただ彼岸といえば春の彼岸のことで、秋には「秋の」とことわりをいれなければならない、と歳時記にあったような気がする。
 確認すればいいのだが、その歳時記が手許に見あたらない。仕事の資料に埋もれて行方不明。このところ開いてやらないので、へそを曲げたようだ。
 秋の彼岸は台風シーズンにもかかわらず、よく晴れたと記憶しているが、今年は雨だった。珍しい彼岸の雨を記念して。いささかくどいけど。
 傘は他者でも、自分でもいい。


2005/9/27 水引草

風を知る水引草やかんざしに

 陋屋の庭があまりに荒れ果てていて、口さがない雀どもが兼好の庭などという。徒然草の作者、つまり世捨て人の庭だというのだ。
 何と言われようといっこうにかまわないのだけれど、過日、ふと気が変わって、庭をきれいさっぱり刈り取った。ススキはもうありません。
 ただ、一隅に咲いていた水引草は刈り残した。そのうちの数本切って、細首の花瓶にさし、机に置いてある。
 赤い花だとばかり思っていたが、あれはつぼみの状態らしく、開くと白い花になる。紅白とりどりになるところから、その名がついたようだ。
 人の感じない風にもこの花は揺れる。


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