2005年12月


2005/12/12 冬の雷

鳴るほどにさびしさまさり冬の雷

 うかうかしている間に十二月も十日をすぎてしまった。
 今年は秋が暖かかったせいか、紅葉が遅いなどとのんびり構えていたら、いきなり真冬の寒波が来た。晩秋の句を載せる前に、冬到来。
 前回更新以降、写真の近作を整理していた。以前に長崎の句を載せたが、その旅先で撮ってきたフィルムを現像してスキャンしてウェブ用に加工して。なにぶんデジカメではなく、アナログの、しかもモノクロ写真なので手間がかかる。出来の悪い子どもの面倒をみるようなものだ。
 さて、掲載句。先週いきなり寒くなったと思ったら、雷まで鳴った。太平洋側の当地で冬の雷はめずらしい。夏のような景気のいい響きはない。それでも、後から聞くと近在ではヒョウが降ったそうな。


2005/12/14 黄落

がうがうと黄落浴び我を埋めよ

 本家のサイトを写真専用にしてしまったら、数少ない当ブログの読者から不平不満の声あり。俳句のサイトは別に作りますので、いましばらくお待ちください。もっか、旧作整理中。
 今年はあっという間に冬になってしまい、掲載句、時季遅れになってしまった。載せないのもかわいそうなので、ご勘弁を。
「黄落」は黄色の落ち葉。イチョウをイメージすればいい。


2005/12/20 追悼

酒飲みの魂木枯らしの果てにあり

 かれこれ二十年も前、一緒に仕事をし、その後程なく会うこともなくなった人の訃報を聞く。わたしのような凡俗が酒を切り上げることから、腰を据えて飲み始めるような見事な酒豪であった。肝臓ガンとは、帳尻が合いすぎる。
 享年五十一歳。
「魂」は「たま」。


2005/12/22 星

荒星の音する夜となりにけり

 まだ訃報が尾を引いているようだ。どうも湿っぽい。
「荒星」は「あらぼし」。冬の星のこと。


2005/12/22 湯たんぽ

湯たんぽを抱くまつとうに生きよとや

 昔は夏の暑さより、冬の寒さのほうがしのぎやすいと思っていたけど、最近は寒さに弱い。かといって、暑さに強くなったわけでもないところが、かなしい。
 去年だったか、婦女子のものと決めつけていた湯たんぽなるものを使ってみたら、これがなんとも心地よい。いつまでも熱いわけではなく、湯がだんだんとぬるくなるところが、自然でよろしい。
 ただ、これを布団に入れてぬくぬくすると、どういうわけかしみじみとした気分におちいる。ため息なんかついたりして。
 湯たんぽは漢字で書くと湯湯婆となる。そもそも湯婆だけで、いわゆる湯たんぽのことらしい。タンポじゃ何のことか分からないので、頭に湯をつけたか。


2005/12/29 年の瀬

何も成さず何も変らず年尽くる

 十二月に入ってからの時間の流れがはやすぎる。暮れも二十九日になってしまった。
 ふだん、のんべんだらりと暮らしつつ、かつ目先の賃労働に追いまくられて、それが人生なりと達観しているものの、年も暮れるといくばくかの自省はある。
 これが毎年のことゆえ、自省する自分自身を信用してもいないのだけど、それでも年に一度くらいはわが身を振り返ることがあってよい。
 さて、今年最後の更新になりそうなので、ご挨拶を。
 この一年、微々たる日々句におつき合いいただき、ありがとうございます。来年は、当ブログの能書きにあるとおり、句だけでなく写真も掲載したいと思っています。引き続きお暇な折にはお立ち寄りください。どうぞよいお年を。

 国安く冬ぬくかれと思ふのみ(虚子)。


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