2007年3月
三月や龍太の雲をさがしをり
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2007/3/1 龍太追悼 たましひは光の春に透くばかり 飯田龍太氏が亡くなった。 先月下旬、毎月の名前をよみこんだ句を案じている間、龍太氏の句、 いきいきと三月生まる雲の奥 が頭から離れず困り果てた。 そうこうしている間に訃報を聞き、句を拝見するだけの縁ではあるが、句をささげることにした。あまりの駄句に、今頃、氏は苦笑しておられるだろう。 |
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2007/3/5 春雷 女手の転居のたより春の雷 女手という言葉を使うこともなくなってきた。今どきははがきの文面もあて名も、すべてパソコンが印字したものになりつつある。 そんな折だからこそ、ことさら親しい人でもないけれど、たおやかな文字でわが名を書いてもらうと、妙にうれしくなったりする。おかしな時代になったものだ。いや、わたしがおかしいのか。 彼女の新生活を祝って、春を告げる雷をあわせた。 「雷」は「らい」と読む。 |
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2007/3/6 シジミ 冷凍の蜆も春を迎えけり 先日、シジミが冷凍になっているのを見た。生きた貝でないと加熱したとき口が開かないと信じていたので、冷凍になるとは思いもかけなかった。 これでシジミ汁になるのか、と半信半疑でやってみれば、あら不思議。ちゃんとシジミの口が開く。 冷蔵庫の冷凍室の中には季節もないだろうから、シジミ汁になって、ようやくやつらにも春が来たことになるか。 ちなみに、シジミは春の季語。季重ねの句ではある。 |
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2007/3/13 男所帯 ひな祭り男所帯もほのあかり わが家には娘がいない。昔娘なら居る。 ひな祭りを迎えても、特段何もしない。わたしなどはひな祭りを失念していたりする。 それでも朝の食卓にはまぜ御飯が出て、何事とかと聞けば、桃の節句だという。昔娘の意地か。 余計なことは言わず、ありがたくちょうだいした。色のついた御飯は好物なり。 |
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2007/3/28 江払い 江払いや春田は春の水を欲し 先般の日曜日、春の農繁期を前にした、毎年恒例の共同作業があった。田地を持つ家ごとに一人ずつかり出されて、農業用水にたまった泥をえっちらおっちら上げるのである。当然すべて人力。わが村ではこうしたオール人力作業を、人民解放軍方式と呼ぶ。 十人ほどが集団となり、数メートル間隔でいっせいに用水路に降り立つ。底の泥をあぜに上げながらすすむと、前の人が作業し終えた箇所に行き着き、ひとまず自分の担当箇所が終わる。そこであぜに登り、泥上げしている仲間をすべて追い越して、先頭に降り、また泥上げをはじめる。こうして後ろから順々に前に繰り出して、集団は少しずつ進んでいく。当然、歩くよりはるかに遅々としている。 当地では、これを江払い(えはらい)という。江戸時代から続く村の賦役である。実際、クワを持った小集団が、水の落ちた田が広がる耕地のあちこちで、蟻のようにうごめいている様は、とても二十一世紀の風景には見えない。 折悪しく、この日はみぞれ混じりの冷たい雨。小雨の予報だったので簡易な防水ジャケットを着込んでいたが、そのうちに本降りとなり、風も強まって横なぐりのざんざん降りになった。ジャケットから雨がしみて、全身ずぶ濡れ。濡れたズボンをつたって、ゴム長靴の中にまで水が入る始末。体温が低下していき、雪山で遭難した人のつらさが想像できた。 というような、あんまりつらい経験だったので、きれいな句にした。 「江払い」の「江」は、当地特有の言い方かもしれない。人為的に引いた用水路を「江筋」といい、略して「江」。「払う」は「ととのえる」「きれいにする」というような語感。「焼き払う」などと同じ。 |
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2007/3/28 借家 緋桃燃ゆ小さきまちの借家かな 高校を卒業した愚息の行き先がようやく決まったので、過日部屋探しに行った。その私鉄沿線は、昔わたしが上京して最初に住んだところ。おおよその土地勘がある。 息子はそんな事情を知ってか知らずか、珍しく素直についてくる。わたしの住んでいたまちを電車が通り過ぎるとき、思わず窓の外を食い入るように見てしまった。確かにあのまちではあった。 ほどなく目指す駅に降り立つと、ホームから目に痛いほど鮮やかな緋桃(緋色の桃の花)が見えた。 あっけないほどさっさと物件を決めて、また駅まで戻ってくると、各駅停車しか停まらない駅は閑散としていた。 ホームにて父子語るなし緋桃燃ゆ いよいよはじめての一人暮らしを迎える彼が、そのとき何を思ったか知らない。わたしは、その緋桃に感謝したいような気持ちになった。一人暮らしをはじめたばかりの頃の、頼りないほど解き放たれすぎた浮遊感と腹の底にしみ出してくるような心細さを思い出しながら。 |
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2007/3/28 ジャガイモをまく 薯まけばまた一年を生きんとす 父祖伝来の田畑を抱えながら、ほとんど百姓仕事ができない。祖母は跡取り孫の教育を誤った。 それでも、実家に戻って以来、ジャガイモだけは毎年作っている。何のことはない。ジャガイモは自力更正力が強く、無能なわたしでも作れるのだ。 早く種イモをまけば、梅雨入り前に収穫できるが、例年三月は年度末の沸騰状態。仕事、雑用がひしめき合って、とてもイモまきをする余裕がなく、いつも三月もおしつまって、ようやく畑に出る。 その上、手を掛けないインカ文明方式の育て方なので成長が遅く、わがイモは梅雨が開けてから収穫とあいなる。収量にもよるが、それから冬が来るまで食べ続けることになる。 「薯」はイモと読み、ジャガイモ(馬鈴薯)のこと。芋と書けば里芋、山芋のたぐい。わが国古来のイモは芋のほう。 |
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2007/3/28 日曜日の朝に 日曜の車の音の春の雨 いつの頃からか、休日でも寝ていられなくなった。いつまでも寝ていられるのは、若さの力であるか。 目覚めると、いつもと違う音がする。ふとんの中でしばらくぼんやりとその音にひたる。 |