2007年8月





2007/8/1 甲州路

昼寝覚め中央本線甲斐の国

 例によって出張で甲府に行って来た。もしかすると生まれて初めて中央本線に乗ったのかもしれない。
 中央本線の特急は「かいじ」と言うが、うかつにも甲斐路であることに気づいたのは帰路。


2007/8/2 甲州路その二

八月の背筋伸びたり甲斐の山

 遠望する夏山の姿は、ひたすらに青く美しい。変哲もないような山がこれほど美しいものだとは、今まで気づかなかった。
 甲斐はやはり山の国だった。


2007/8/2 甲州路その三

夏の嶺(みね)ゆくへしれずになりたきほどの

 山登りなどにはいっさい縁のなかった文弱の徒であるが、夏山がわれを誘う。

ほれぼれと甲斐夏山に踏み迷ふ


2007/8/2 甲州路その四

日盛りを奔りくだるや甲斐の川

 盆地を流れる川でも、流れが速い。夏の日がきらめく。


2007/8/3 茗荷

悔いあるもののごとく食ふ茗荷かな

 ようやく、わが菜園で茗荷(みょうが)がとれるようになった。
 菜園の野菜は、およそまともに出来たことがなく、村の古老のお節介心を刺激し続けてるが、茗荷だけは別。
 菜園づくりをするようになった数年前の春、何よりも先にわずかばかりの茗荷の根を荒れた畑から掘り出して、菜園に移植した。今では、畳一枚ほどのもっさりとした茗荷畑となっている。
 朝飯前に茗荷をとり、朝のみそ汁に入れ、昼の素麺の薬味にする。夏の間中、飽きずに食い続ける。そのせいか、夏痩せする。茗荷痩せと言うべし。


2007/8/6 梅雨明け十日

待ちわびて梅雨明け十日部屋ごもり

 梅雨の後半になると、梅雨明けが待ち遠しく思うが、いざ明けてみればすでに八月。いきなり夏本番の暑さとなる。体が暑さに慣れていないせいもあって、この時季の暑さはことさらにこたえる。
 梅雨時十日とは、梅雨明け直後の安定的な晴天をいう。晴れれば猛暑となるが、これを過ぎると、八月八日は立秋。
 しばし、暑さをやりすごそう。


2007/8/6 盲腸線

立葵盲腸線の無人駅

 盲腸線というおもしろい言葉がある。鉄道のネットワークの途中にぶらさがるように出ていて、行き止まりになっている短い路線をいう。
 立葵という花は、どういうわけか線路と相性がよい。


2007/8/9 原爆忌

八月六日そよとも風の動かぬ日

 晴れの特異日ではないか、と思うほどに、例年この日は晴れて暑い。


2007/8/9 遠州灘通過

雲高く雲低き夏遠州は

 例によってあわただしい出張で、静岡県を通過。新幹線の車窓から。


2007/8/9 一瞬の京都

日盛りの信号待てば京言葉

 関西人にはなんてことない言葉なのかもしれない。東北のあらえびすには、何ともいえない風情があるのです。
 とはいえ、京都駅からタクシーで移動し、用件をすませ、タクシーで駅まで戻り、京都滞在時間は4時間。片道6時間もかけて、えっちらおっちら行ったのに。あわただしく日帰りして、一句できたのがせめてもの収穫。


2007/8/12 入道雲

あの下までたどり着きたし大積乱

 とはいえ、ほれぼれするような入道雲の下なんて、とんでもない雷雨になっているだろうけど。わかっていても、行ってみたくなるほどの雲というものは、ある。


2007/8/20 喜雨

喜雨来たりまづ湯気立てる屋根瓦

 わがすみか、ふだんは避暑地などと称しているが、この夏は三十六度をこえ、見たこともない温度計を見てしまった。避暑地失格である。
 猛暑というしかない暑さのさなか、急に雨が来ると、古代人になったように天に感謝したくなる。

雷雨来て山川草木皆歓呼


2007/8/20 夏燕

追ひ越されてその角左折夏つばめ

 暦の上ではいささか時季遅れだが、今年は皮膚感覚に夏が色濃く残っているので、夏の句を続けたい。


2007/8/20 野球帽

西日さす広場野球少年ひとり

 昔は、少年の帽子といえば、Gの文字が入った野球帽だった。野球帽といえば、巨人のものしかなかった。
 ところが、最近はこんな田舎でも、巨人の野球帽を見ることが珍しくなっている。それどころか、キャッチボールをする少年や壁にボールを投げつけている少年を見ることも、まれになった。
 わたしが少年だった頃、広場に野球帽がひとりだけいるなんて、考えられなかった。


2007/8/21 八月

八月や過去の闇見ゆ次々と

 八月に入って、そうそうに広島の日が来て、長崎の日があって、やがて旧盆になる。さらに、地蔵盆なんてものもある。
 八月は過去への通路がいくつも口を開けている。


2007/8/21 念仏踊り

遠く低く念仏踊りとどく夜は

 当地では、旧盆になると念仏踊りの集団が、新盆の家をまわって、供養の踊りをささげる風習がある。正式には、じゃんがら念仏踊り、という。
 太鼓と鉦(かね)だけがリズムを叩き、旋律楽器を使わない単調な踊りだが、素朴で独特の哀調を帯びた風情がある。
 旧盆の夜、どこかの新盆の家で踊っている音が風に乗って聞こえてくる。


2007/8/21 地蔵盆

延命を鯨飲するや地蔵盆

 盆が明けて、一息つきたいところなれど、近所にお地蔵様があるばっかりに、地蔵盆なんていうお祭りがすぐにやってくる。本来は八月二十五日が祭日になるが、前夜祭が遅くまでかかるので、二十五日前の週末に行うことになっている。
 今年はなんと十八日が前夜祭。十六日に盆送りをしたばかりなのに。
 このお地蔵様、延命地蔵尊とおっしゃる。なんともわかりやすく、めでたい御名である。村人はその御威光にあやかるべく、飲み、かつ、食う。
 わたしは、この夏、記録的な暑さにやられて、鯨にはなれなかった。


2007/8/27 処暑

寝(ゐ)ねかねて夜汽車はちかき処暑の夜

 今どき、夜汽車でもあるまいが、夜電車では変だし、夜列車とも言い難い。ふだんは聞こえない線路の音が聞こえる夜。
 処暑とは、暑さがおさまる頃という意味らしい。とはいえ、今年は八月二十三日。いっこうに涼しくはならない。

処暑といひ残暑といひて空模様

 地上の暑さはなかなか引かないが、空はすでに秋模様。


2007/8/27 秋めく

やせがまんでも頭(こうべ)をあげよ空の秋

 今年はすっかり夏バテしてしまい、体力気力ともになし。そのわりには、あれこれと雑事多く、おかげでバテて伏すこともかなわず。


2007/8/27 冷や酒

女ふて寝冷や酒のとき来たる

 夏バテして、食といい色といい、その他もろもろの欲を脱し、たまさか解脱の境にあってもなお、飲むことだけは出来る。
 その気まぐれも、またかわいいと思わせるようなおんなは、業が深い。


2007/8/29 むくげ

人を待つこころありけり白木槿

 ごくふつうの薄紫のムクゲ(木槿)が好きだけど、気品では白がまさる。
 ムクゲは別名、底紅(そこべに)。花心の朱を言うのだろう。底紅忌なんてのもあって、後藤夜半という俳人の忌日。「底紅の咲く隣にもまなむすめ」という夜半の句が歳時記にある。ムクゲを忌日の名にもらった俳人は幸いなるかな。


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