2007年12月
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2007/12/3 十二月 十二月世上さておき漱石と 世の中、なんでもかんでも前倒しになって、ひと月以上前からクリスマスだの、年賀状だのと騒いでいる。 ま、のんびり行きましょうや。まだひと月ある。 このところ何十年かぶりで漱石を読んでいる。「猫」からはじまって、ともかく長い小説だけでも読み尽くそうと思っているが、さて、どうなることか。もっか、「門」までたどり着いた。 |
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2007/12/7 ゆず湯 ゆず湯して身を責む棘(とげ)を溶かしけり 近所に産直市なるプレハブ建ての売り場があって、近在の野菜が集まってくる。白菜の漬け物が意外にも上出来だったので、調子に乗って次の漬け込みにはゆずを入れてみようと思い立ち、産直市に行った。 一袋四個入り、百円。さっそく買い求め、その晩はゆず湯としゃれこんだ。ゆず湯目的で買ったわけではないので、とりあえず一個だけ使ったが、それでも浴室は芳香がたちこめ、新湯(あらゆ)特有のぴりぴりした刺激も少ない。湯上がりの肌からも香りが立ち上る。 これで一回二十五円。入浴剤より安いのではないか。 |
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2007/12/7 コロッケ 冬空やコロッケ一枚分のしあわせ ときどき無性にコロッケが食いたくなる。昔は、肉屋の前を通りかかって、情けないことに揚げ物の匂いについついつられて揚げたてを買って、そうなれば、きゅうきょ予定変更。ついでに缶ビールも買って、見晴らしのいいところでコロッケをかじったものだが、車を運転する生活になって以来、昼間からビールを飲むわけにもいかなくなった。 それじゃ、コロッケが食べたいのではなく、ビールが飲みたいだけではないか、という見方もあるだろうが、あくまでもビールはコロッケあってのビールなのである。通りすがりの肉屋も、めっきり減った。まちなかで誘惑されることもなくなった。 そもそものはじまりは、小遣いが十円のころ、それでコロッケを買って、おやつにしていたことに由来する。コロッケ好きの歴史は古い。 それはさておき、先日思いもかけず突如コロッケ食いたい病が出た。場所は、コンビニの店内である。いまどきはあるんですね、コロッケが、コンビニに。 肉屋のコロッケの味ではない。けれども、コロッケの味はした。ビールはどうしたか、についてはあえて注さず。 |
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2007/12/14 銀座 あてなきはわれのみ銀座年の暮れ 十二月の週末ともなれば、銀座の歩行者天国はまっすぐに歩けないほど混み合っていた。すべてのひとに目的があり、行くべき場所があるようだった。 どうも四畳半フォークのごとき心情ではある。いささか情けない。啄木的と言い換えてもしょせん同じ。 |
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2007/12/14 甲斐 重畳と石垣の田はしぐれけり 所用で清里に行った。長野側から峠を越えると、急に雪が降り始め、見る見る間によこなぐりの吹雪になった。聞けば、雪らしい雪としては例年よりも遅い初雪だという。初雪が吹雪くか。 清里から須玉へ下れば、山峡のゆるい傾斜地をえらんで、狭い田んぼがちまちまと並んでいる。あぜには石垣が積まれていた。須玉は雪ではなく雨だった。 |
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2007/12/17 チョウゲンボウ 東(ひんがし)の黒雲にらむ鷹の朝 朝の通勤途上の道ばたで、小型の猛禽が電柱のてっぺんにとまっている。姿形からして、チョウゲンボウ(長元坊)らしい。 吹きさらしの高みから、空を凝視していた。 |
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2007/12/19 冬の夕暮れ 木枯らしの尽きて大いなる雲は暮れ 当地は冬の間、天気が安定する。めったに雨は降らず、雪はもっとまれだ。 そのかわり空っ風が吹く。日の中ずっと吹き続けて、日がすっかり傾いた頃、ようやくやんだ。 |
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2007/12/20 オリオン星雲 冬の星身は俗塵となりにけり なにを思ったか、酔余庭に出てみれば、星空がすさまじい。家の外灯を消して、地上の闇を作り、双眼鏡を持ち出した。 肉眼ですばるが見える。双眼鏡でのぞけば、六つ以上の星がかたまっている。オリオン座をのぞけば、三つならんだ星の下の方に、かすかにもやもやした煙があって、どうやらそれがオリオン星雲か。オリオン星雲がどってことない双眼鏡で見えるなんて、いささか感動。 ほこりをかぶっている天体望遠鏡を引っ張り出そうかと一瞬思ったが、そこまでやるともともとが凝り性なものだから天体マニアになってしまいそうで、今回はとどまった。ただし、もう少しちゃんとした双眼鏡がほしい。 かくしてすっかり酔いはさめた。 |
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2007/12/21 声 灯を消してその声を聴く寒夜かな あかりを消して聴覚を敏感にする。 その声のすべてを聴き取りたい。かすかな吐息、こころの揺れまでも。 |
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2007/12/25 公孫樹 天を刺す公孫樹の裸身さびしかり イチョウを公孫樹と書けば、大木をイメージする。銀杏では大きさのイメージが出ない。 |
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2007/12/28 侘助 咲ききらぬ侘助ひとつ触れてみん 侘助(わびすけ)とはツバキの一種だが、一重で花弁が開ききらない。はかないような、寂しげな花である。群れ咲くさまは似合わない。 男性読者諸賢よ、すでにご承知かと思うが、こんな花を見つけたら、近づかぬが上策。触れてみるなどもってのほか、ってなんの花だ。 |
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2007/12/29 年の瀬 急(せ)く脚をなほ追ひ越して年暮るる いよいよ年が押し詰まってきた。もう句を案ずるような状態ではないのだけど、そのあたふたぶりも句材にはなる。因果なものだ。 今年最後の更新になる可能性が大きいので、お礼を述べておきたい。 改めて数えてみると、今年は百八十余の記事を書いたことになるらしい。これもひとえに、読んでくださる皆さまがいるから、ここまで書き続けられた。深く感謝したい。 世上の惑乱なお激しく、どこまで墜ちていくのか先の見えないほど情けない国情ではあれど、読者諸賢のおひとりおひとりにとって、来年がよい年となることを切に願う。 |