2008年1月





2008/1/3 謹賀新年

今生や母と飲む酒大晦日

 大晦日といってもテレビを見るわけでもなく、ぼんやり酒を飲んでいたら、老母も紅白歌合戦を見る気がない様子だったので、つい酒をすすめてしばしふたりで飲んだ。
 母親と酒を飲むなど、久しくないことだ。記念に一句。

 毎年かわり映えのしない句ばかりだけど、今年もよろしくお付き合いください。


2008/1/4 正月

元旦の正午晴天はや睡魔

 よく見れば、昨日の句は去年の部。正月の句を松の内に載せておきたい。
 この正月、当地は連日の好天。縁側のロッキングチェアで日向ぼっこしながら、本を読んでいると、いつの間にか寝ていた。
 この先一年を象徴するような句、にならないことを願う。


2008/1/7 年男

霜の花しみいるばかり四十八

 今年も昨日誕生日を迎えた。ちょうど年男である。いつの間にか四十八になり、次の年男を迎えることができれば還暦となる。
 ただ、唖然として驚く。


2008/1/10 カキ食えば

牡蠣食へば十九の男くさき顔

 年にまつわる句をもうひとつ。
 昨春、単身上京した長男が正月帰省した。どことなく大人びてきた。ひとり暮らしはさせるものである。
 カキ食えばカネがなるのが通り相場であるけれど、わが愚息の場合、カネは仕送りされるものと決まっている。かくして、親の財布にカネ鳴らず。
 とここまで書いてきて、ふと不安になった。十九歳で間違っていないよね?


2008/1/11 冬ひでり

凡々たる日々にやや倦み冬ひでり

 暮れからこのかた、雨らしい雨も降らず、雪もなし。当地は、真冬の日照時間が自慢できるほど長いそうだから、冬に晴れるのは当たり前なのだけど。
 わたしは何に倦んでいるのだろう。晴天か、風景か、生活か、はては人生か。
 今夜あたり、雨または雪の予報が出ている。さて、降るかしら。


2008/1/12 初雪

御降といふには遅し十日の雪

 天気予報どおり、朝から雨。午ちかくになって、雪がまじってきた。
 御降とは元旦または三が日に降る雪や雨のこと。おさがり、と読む。その年の吉兆、豊作のしらせという。
 もう十二日だし、正確にはみぞれなのだが、ここはリアリズムを捨てて十日の雪とする。
 ところで、正月の雪または雨を吉とする心情は、万葉の昔から受け継がれてきたものだ。

    新しき年の初めの初春(はつはる)の
    今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)

 万葉集の最後に収録されている歌。大伴家持が天平宝字三年(759年)正月に作ったとされる。


2008/1/15 雪の降り方

今生をへだつる闇に雪霏々と

 雪は霏々(ひひ)と降り、雨は瀟々(しょうじょう)と降る。とは限らない。
 また、たまたまそのように降ったとしても、決まり文句は避けたい。
 しかし、十七文字の中では選択肢は限られる。
 つまり、表現の新規さよりも、定型の枠の方が強い。
 むしろ、決まり文句をじょうずに使うことを考えるべきか。


2008/1/18 寒夜

寒き夜や知らざらましをとつぶやける

 ずいぶん古風な言葉をもってきたものだ。知る+否定(ず)+願望(まし)+ものを。知らなければよかった、と。
 古歌にありそうだが、夢と知りせば覚めざらましを、ならば小野小町の歌にある。もしかすると、なんのことはない、小町の合体形か。


2008/1/21 うどん

大寒やうどんの音をことさらに

 今日が大寒だということを知らずにいた。まったくうかつであった。
 そんな有様でよくも俳句などを作るものだ。猛省をうながすほどに、寒い。
 こんな日はあつあつのうどんを、フハフハ言いながら、すするに限る。


2008/1/23 胃カメラ

一本の身は寒の管(くだ)横たはる

 何年かぶりで健康診断を受けた。もともと潰瘍持ちゆえ、胃カメラとの付き合いは長い。これまで何度飲んだことか数え切れぬ。けれども、いっこうに仲良くなれない。毎回拷問のような苦しみを味わい、知っていることも知らないことも洗いざらいしゃべるから許してちょうだい、という情けない気持ちになる。
 が、今回は新式のカメラだという。従来型は口からカメラを入れるのだが、新式は鼻から入れるという。とはいえ、白状すると鼻の粘膜も弱い。子どもの頃からすぐ鼻血が出る。そんな軟弱な鼻が胃カメラを受け入れるだろうか。
 しかし、ここで引き返せば経口カメラという明らかな拷問が待っている。後門はおなじみのオオカミだが、前門がトラとは限るまい。
 というわけで、鼻から入れてもらいましたが、やっぱり待っていたのは虎でした。鼻の奥を無理やり広げられ、キリキリとした痛みが脳みそに突き刺さる。午前の早い時刻に検査をしたにもかかわらず、夜になるまで鼻血が止まらなかった。


2008/1/25 雪

雪という声聞こえけり通学路

 一昨日、東京で雪が降っていると朝のニュースが報じていた。降りはじめたばかりでまだ積もってもいないのに、交通機関の乱れや歩行中に転倒に注意をうながすコメントがさかんに流れる。そのわりには、どこか浮かれているような雰囲気もある。
 雪にはありきたりの風景を非日常に変え、あるいはありきたりの日常を祝祭的に飾る魔法があるらしい。
 当地では、ちらちらと風花が舞った程度だった。もともと雪の少ない土地柄なので、子どもらは待ち望んでいる。


2008/1/28 老い支度

午前三時目覚めてひとり寒に在り

 このところ、挨拶代わりの言葉が「寒いですねえ」である。さすがに大寒というべきか。もっともこの時季に寒くなければ、一年で寒い季節がなくなってしまう。
 昔は三時なんていう中途半端な時刻に目を覚ますことはなかったように思う。
 とにもかくにも、あと一週間で立春。


2008/1/31 寒肥

花開くまで生きてるつもり寒肥す

 寒肥(かんごえ)とは冬の間に植物に肥料を与えておくこと。庭のミカン、キンモクセイ、ムクゲ、ボタン、ツバキ、ワビスケなどに一本一本穴を掘って肥料を埋めた。
 マルチン・ルターだったと思うが、明日この世が滅びるとしてもわたしはリンゴの木を植える、と言ったそうだが、果たしてわたしはどうか、と肥料を埋めながら思う。
 とりあえずは、肥料の効果が出るまでは、当たり前のこととして生きているつもりでいる。もしもそれまでに、いのちがもたないとわかっていれば、そのときは、そのことを了解した上でやはり肥料を埋めるのではないか。そんな事態に陥れば、やるべきことが山積して忙しく、植物にかまっていられないかもしれないけれど。


home