2008年6月
|
2008/6/2 六月 たたなづく夕日宿せり六月の田 先月は句にならない月だった。日々句とは名ばかり。足下の状況は何も変わらないけれど、気持ちだけは六月が稔り多き月となることを願おう。 たたなづくは例の「大和は国のまほろば、たたなづく青垣うるはし」の古語。田植えが終わって、稲が育つ前の一時期だけ、田のおもては鏡面のように輝く。 |
|
2008/6/2 三国志 夏めくや子に三国志を買ふてやり 三国志はないかと子に聞かれ、吉川英治の本を答えれば、子はさに非ず、と言う。彼はオリジナルの三国志を求めている。三国志には正史と演義があるが、わたし自身、改めてどちらも読んでいないことに気づいた。 彼が読み終わったら、あるいは飽きたら、わたしが読もうと思って、さっそく注文。幸い、8巻セットの文庫本を買うことができた。 分厚い本を買うのは、初夏にふさわしいような気がして。 |
|
2008/6/4 訃報 梅雨寒の胸底にぽとりぽとりかな 昼飯を食べながら新聞を広げていたら、柳沢信氏の訃報があった。(2008年6月2日逝去) 癌を患っていることは知っていたし、何年か前に写真展があった時にも、これが最後の写真展だろうと思ってはいた。でも、やっぱりいざ訃報を聞けば、心の底が抜けたようにさびしい。 わたしはこの写真家に写真とは何かを教えてもらった。もう彼の新作が見られなくなったということがこんなにもさびしいものだとは、今にしてはじめて知った。 一時期、彼の住まいの近くに住んでいたことがあった。まだ癌をわずらう前だったが、すでに新作はめったに見られない状態だった。電車で一駅。その気になればいつでも訪ねることができた。 何度かお住まいの近くまで行った。何も彼の話を聞きたいなんていう贅沢なことは言わない。ただ、彼の数少ない写真集を大事に持っていたので、それにサインをしてもらいたかった。 でも、彼の静かな生活をわずらわすことが懸念されて、結局は近所の写真を撮るだけで帰ってきた。厚顔を承知で訪ねておけばよかったと改めて思う。 写真集をめくりながら、今夜は酒を飲む。 |
|
2008/6/6 ホトトギス ほととぎす鮮やかに雨呼ぶごとく 気象庁は梅雨入りしたとは言わないけれど、当地もすでに連日の雨模様。民草はだれに言われなくても梅雨が来たと思っている。 それでも、雨が降り続くわけではなく、晴れ間がのぞくと、ここ数日しきりとホトトギスが鳴いている。それが、自宅でも仕事場でもすぐ間近で聞こえるような気がするのだ。 どこかへ誘うように聞こえて仕方がない。 |
|
2008/6/13 麦秋 夕晴れていま上州の野は麦秋 たまに出張に行くと、句の色が変わる。いわゆる写生句などという空念仏をありがたがる気はないけど、俳句という形式は、現実からの刺戟に反応して作るというパターンが、もっとも作りやすい。ただし、現実世界はあくまで刺戟でしかなくて、句の中身が事実かどうか、なんてことは問題にならない。 とはいえ、群馬県では確かに麦が黄色く稔っていた。 |
|
2008/6/13 空豆 さみどりの空豆色のときとなり わが菜園で去年の秋から空豆を育てた。冬を越して、春になってすくすくと伸びた、はずだったが、風に倒されたり、アブラムシの大群に襲われたりして、はかばかしい収穫はない。 店で売っている空豆に比べれば、ひとまわり以上も小さい豆しかできず、空豆栽培はむずかしいと悟った。本来ならば、親指ほども大きい空豆になる予定だったが、人差し指よりも小さい。とはいえ、せっかくの収穫なので、さっと茹でてみた。 そうしたら、これが甘いのだ。天然の甘みが小さな実に詰まっている。買った豆とは別物だった。以来、飲み屋の献立に空豆があると、必ず味見しているが、これもあれほどの甘みはない。わたしの栽培方法が甘みを増した、とは考えられないので、単純に鮮度の違いだろうか。 この味を知ってしまうと、また懲りずに、次の秋にも種をまくかもしれない。 |
|
2008/6/27 夏至 大碗に酒満つ夏至の夜を惜しみ あわただしく日々を送る間に、夏至をすぎてしまった。このところ句を案じる余裕もない。 なにが日々句なものか。 |
|
2008/6/27 夏至の翌朝 夏至の朝血のすきとほる肌ひやり 残念ながら、十七文字では、どこの肌かまでは言及できない。 |
|
2008/6/27 梅雨晴れ 梅雨晴れの暮れて水底の光満つ 当地では梅雨入りが遅れ、その後も雨が続かない。さすがに晴れる日は少ないものの、雨が何日も続くことはない。同じ降雨でも、いちどきにたくさん降るのではなく、少しずつ長い時間をかけて降ってくれると、畑の野菜は喜ぶのだが。 梅雨の晴れ間、夕方になると空気が水のように感じられる。 |