カラスの社会学
カラス問題の問題
このところ、カラスが元気です。
私は、中学生のときに野鳥に興味を持って以来35年、鳥と関わってきました。しかし、私がカラスに意識して関わったのは、カラスのシンポジウムをお手伝いした、わずかこの3年間にすぎません。それなのに、マスコミの取材をたびたび受けるようになり、カラスに関する本まで書いてしまいました。
カラスの問題を考えたとき、カラスについては調べている人が少なく多くのことがわかっていないことが、まず問題です。私のような者でさえカラスの専門家になってしまうことが、そもそも問題であるわけです。
さて、カラス問題とはそもそも何なのでしょう。一口で言えば「東京を中心とする首都圏、都市という環境でカラスが増えてしまった。その結果、ヒトとのいろいろな軋轢を生じていること」と言えるでしょう。
東京の都心で見る増えたカラスのほとんどがハシブトガラスです。ごみにたかるもの、住宅地で繁殖しているのも、ハシブトガラスです。都心のねぐらに集まるのは、ハシボソガラスも少数入っていますが、ほとんどがハシブトガラスです。ですので、都市で増えたのはハシブトガラスであることは間違いありません。
東京周辺、たとえば埼玉県川口市や千葉県松戸市のねぐらにはハシボソガラスの割合が多くなりますし、北海道札幌市内のねぐらは、ハシボソガラスが中心とのことですから、一概にハシボソガラスを除外して考える危険はあります。しかし、現在東京などの都市において軋轢を生じているのはハシブトガラスが多くを占めています。
カラスは皆黒くて、大きく、同じに見えます。バードウォッチングの初心者にもハシブトガラスとハシボソガラスの区別は苦労するものです。しかし、この2種類のカラスは生活の仕方が大きく違い、そのためヒトとの軋轢も異なり、問題も変わってくるのです。
簡単にいうと、ハシブトガラスは森林を好み、ハシボソガラスは開けた環境である草原を好むという傾向があります。ハシブトガラスは、森の奥の樹木で繁殖し、木の実を食べます。ハシボソガラスは林縁部の樹木に巣を作り、草の実などを歩きながらついばんで食べる傾向があります。
ハシボソガラスのヒトとの軋轢は、畑に蒔いた種をついばみ、農耕地の真ん中にある送電鉄塔に巣を作ります。草原という環境のゴルフ場で、ゴルフボールを持っていってしまうというのも多くはハシボソガラスです。そのためハシボソガラスの問題は、主に農耕地で発生し郊外から地方で起こっています。
いっぽう、ハシブトガラスは都市環境のなかの樹木や電柱、広告塔で繁殖し、電柱にとまって下にあるごみにねらいをつけて、食べます。ねぐらも都心やその周辺の緑地です。ハシブトガラスは、都市環境のなかの森林的な要素をたくみ利用して、生活していると言えるでしょう。ですから、ハシブトガラスとヒトとの軋轢は都市生活者との問題となります。
ここで種類を見誤ると、対策をたてて実施してもおかしなことになります。たとえば、神奈川県のある自治体で農業被害のためカラスを駆除しているというので視察に行ったことがあります。目的は、トウモロコシの種を蒔くと食べてしまうので、予防的処置として捕獲するというものです。この場合、駆除の対象はハシボソガラスでなくてはなりません。
視察に行ってみると、雑木林と畑のあいだに大きな鳥小屋のような箱わなが置いてありました。10数羽のカラスが捕らえられています。見るとすべてハシブトガラスでした。もう1ヶ所のわなの中もハシブトガラスばかり。それも、口の中が見えるものは、皆肉色が残っている若鳥ばかりです。
わなの置いてあるそばの畑にはカラスの足跡がえんえんとついています。このように歩くのはハシボソガラスですから、ハシボソガラスもいるし被害もあることでしょう。しかし、雑木林に隣接してあるために、木にとまって食べ物を取り付く習性のあるハシブトガラスがわなに入ってしまうのです。
ハシブトガラスもまったく農作物を食べないわけではありませんが、主犯はハシボソガラスでしょう。ハシブトガラスにとっては冤罪ですし、トウモロコシの種を食べてしまうカラスを駆除して問題を解決することには、あまりならないわけです。
また、マスコミの取り上げ方の典型的な例は、仙台市のクルミを自動車に轢かせて割って食べるハシボソガラスや横須賀市の線路に置き石をしたハシボソガラスの映像がでて、つぎに銀座や渋谷のごみをあさるハシブトガラスやヒトを威嚇するハシブトガラスが登場する。そして、このように頭の良いカラスが都会で増え、ヒトを襲うようになりましたとコメント続きます。こちらでは、ハシボソガラスが冤罪だと言いたいところでしょう。
地球では、森のなかをたくみに移動し力が強いサルが、都会で爆発的に増えていますといったら、オランウータンは怒ることでしょう。種類が違うと言うことは、習性が違い生活の仕方が違うわけですから、おのずから問題も違うことになります。まず、種類を確認していないことがカラス問題の問題です。
カラスは増えたか
次に東京のハシブトガラスは本当に増えたのでしょうか。増えたという根拠は、いくつかあります。たとえば、私が1984年以来、調査をしている文京区六義園では確実な増加を確認しています。幸いなことに、六義園では1960年代に江原秀典氏が調査をし、このときは一桁、それも1、2羽でした。1970年代は川内博氏が調査を行い、多いときで10羽代で2桁となりました。私が調査を始めたころは、10羽台が多く、1990年代に入り100羽の時もあり3桁となります。同時に、ねぐらも形成されました。これは、特定の緑地の記録であり、東京全体の傾向を示しているかの疑問がありますが、これ以外に定点で長期にわたり記録のある場所がないのです。
そもそも、私がカラス問題に関わるようになったのもこのオリジナルの記録を持っていたからです。調査そのものは、カラスに限定されたものではありません。都市の緑地における野鳥の生息状況を把握できたらということで記録を録り続けただけです。それが東京のカラスの増加を記録することになるとは思ってもみませんでした。
これ以外には都市鳥研究会が5年に一度、明治神宮などのねぐらに入るカラスの数を数えています。これでも、ほぼ六義園の記録と同じような増加の傾向が報告されていますので、東京のハシブトガラスが増えたこと、さらに1990年代に急増したことは、間違いないと思われます。
ねぐらに集まるカラスを数えることで、冬の東京のカラスの数を把握することができますが、繁殖しているものの個体数は誰も記録していません。
私は、2000年に駒込周辺のハシブトガラスの繁殖状況を調べました。また、隣接する千石地区を星維子さんが調べてくれました。この地区のなかに入る六義園をのぞく、約180haのなかに30個の巣があることがわかりました。近い巣では50mも離れていません。住宅地では100〜200mに1個の巣があるといっていいほどの密度で繁殖していたのです。都心の住宅地における繁殖状況の調査はこれ以外にないで、この報告が都心全体に当てはまるかまだわかりません。しかし、かなりの密度で繁殖していることは、間違いないでしょう。
では現在、何羽のハシブトガラスがいるのでしょう。これが、わからないことが大きな問題のひとつです。カラスの数はねぐらを見つけ、ねぐらに入る数を数えれば、把握することができます。ただし、これは前述のように冬の生息数であること、そして同じねぐらには同じカラスが戻ってきているという前提があります。
というのは、ねぐら入りの数を数えるのは調査員が10人定度、広いところでは20人は必要です。都市鳥研究会が行っているのはボランティアを募っての調査です。都内のねぐらを同じ日に同時に数えるということができないからです。
また、現在小さなねぐらが、あちこちにできていることがわかりました。私が見ただけでも文京区小石川植物園、板橋区城北公園などがあり、100〜200羽程度がねぐらしています。このような緑地はたくさんありますから、もし記録が漏れていれば10ヶ所で1000〜2000羽の狂いが生じることになります。
つぎに、東京のカラスといったときにどこまで含めるかです。山手線周辺、23区内、東京都内などのくくりが思い浮かびますが、カラスは行政区画どおりに戸籍があるわけでなく自由に翼を持って飛び回っています。そうなると、埼玉県、千葉県、神奈川県の隣接地域の状況の把握も必要です。
日本野鳥の会東京支部の川内博さんが、2000〜2001年の冬の季節のねぐら入りカラスの状況を、東京駅を中心に50km圏内ということで、記録を収集しました。まだ多くの漏れがあるとのことですが、ざっと8万羽、漏れを加味すれば10万羽という推定も成り立つものとなりました。
このようなカラスの実状を把握する多くが、ボランティアによっていることが、これまた問題なのです。とくに、個体数の把握は重要です。この実態をもとに対策をたてて施策し、その効果を判定しなくてはなりません。そのときに、出発点の数字が違っていてはなんにもなりません。
あとで述べる東京都がカラス対策事業を実施するにするにあたり、当初掲げていた27,000羽という数字は、5年前のものです。それも、他の期間が調査した数字を掲げて事業の実施です。そもそも、出発点の数字が違っている事業、今後の展開が不安になります。
カラスは、なぜ増えたのか
東京周辺でハシブトガラスが増えたことは間違いありません。おおよそ8〜10万羽がいると推定できる情報は把握できました。では、なぜこのように増えたのでしょうか。
増えた原因は、ごみだといわれています。
では、ほんとうに東京のハシブトガラスはごみを食べているのでしょうか。生き物の食性を調べるのは、捕まえてお腹を裂けば簡単です。しかし、東京のハシブトガラスを捕まえる方法は、銃猟がができませんのでわなということになります。一般的な箱わなでは、捕まるのは若鳥ばかりです。それも、お腹をすかせて餌つられてわなに入ってしまうのですから、こうして捕らえられるカラスのお腹の中は空っぽです。
それに、飛び回っているお腹いっぱいで元気な成鳥を仮に捕らえることができて、お腹を裂くことができたとしても、ごみように形のしっかりしていないものは同定が難しいことでしょう。このように、カラス増加の原因、イコールごみ説を直接的に証明することはできません。
日本野鳥の会研究センターの黒沢令子さんは、カラスの生息数とごみの出し方、地域をボランティア127人を動員して、調査を行い分析しました。この結果、山手線周辺から郊外の私鉄沿線にかけて、カラスが多いことがわかりました。多くはハシブトガラスです。これは、駅前に発達した商店街のごみが、カラスを集め、カラスを増やしていると結論づけています。
商店街はごみが多いこと、それは飲食店があること、そして、飲食店は前夜からごみを出しているケースが多く、早起きのカラスに朝食を提供していることになります。
たしかに、ごみとカラスの量は、右肩あがりで増えています。しかし、ごみはバブルがはじけるとともに減少し、現在ではピーク時の70%くらいにまで減少しています。しかし、カラスは減りません。これは、ごみ出しの仕方に問題がありました。バブルがはじけた1990年に入って、東京都は分別の確認するために黒いビニール袋から半透明のビニール袋を使うように広報しました。本当は、ポリバケツなどの密閉式の容器によるゴミ出しが本来奨励しているのですが、袋に「東京都奨励」と書かれているために、あたかも半透明のビニールでゴミ出しをしなくてはならないような広報となり、実際多くのごみが半透明のビニール袋で出されるようになってしまいました。
結果として、視力にたよっている生き物のカラスにとって、ごみの中から食べられるものを選別して捕ることがたいへん効率的になりました。ごみは、減ってもカラスとごみとの接点は変わらない、あるいは増えてしまったのです。カラスにとってのバブルは今だ続いていることになります。
ここでの問題の捉え方は、ごみの量ではなく、ごみとカラスの接点ということになります。
そして、資源を無駄使いする大量生産、大量消費の生活を改め、ごみを減らすことはカラス問題以前の課題です。そして、ごみ出しマナーの悪さをハシブトガラスにつつかかれることになります。カラス問題を解決するためにごみ問題を考えなくてはなりません。カラス問題の解決には、生態学のノウハウとともに社会学も取り入れなくてはならないのです。
ごみの効果
ごみを食べることで当然、食糧事情のよくなった都会のハシブトガラスは、餓死することがなくなりました。とくに、食べ物の少ない冬にも潤沢にある食べ物は、淘汰されるべき経験の少ない若者が繁殖できる年齢まで生き延びるようになりました。また、老齢なカラスも生き延びて繁殖のチャンスを得ることになります。
カラスの繁殖戦略は、保険の雛がいることです。スズメなどは、卵を生み温めはじめるのはすべての卵がそろってからです。そのため、卵から雛が一度にかえり同じ大きさで育ちます。カラスは、産んだそばから温め始めます。そして、卵からかえる雛がまちまちとなり、大きさに差ができます。こうすることで、食べ物の少ない場合は、小さな雛は死んでしまい大きな雛だけでも生き残させようというものです。いわば、後から産み生まれる雛はダメモト、保険なのです。
しかし、雛にあたえる食べ物が豊富にあることにより、本来ならば死ぬべき雛も巣立って行き、爆発的な増加を見ることになります。
ごみの効果は、こうして食糧事情の好転による増加ばかりではありません。ごみの山にたかることにより、ヒトに近づき、ヒトを恐れるべき存在ではないと知ってしまったハシブトガラスを増やしてしまった効果があります。こうしてヒトを恐れなくなったハシブトガラスは、よりごみにたかり食料を得ることができ、生き延び、雛を育てます。ちょうど、今繁殖しているものの多くは、バブル期に生まれた雛たちです。いわば、ごみの申し子たちが今、東京を席巻しているのです。
昔ならば、森の奥を好むハシブトガラスのことでしたらから公園の緑地で巣作りをしていたのですが、ヒトを恐れない彼らは、街路樹、庭木、電柱など、ヒトのすぐ近くで巣作りをするようになりました。その結果、雛が大きくなると、巣から落ちたり、次の木に飛び移れない雛が地面に落ちたりで、ヒトから雛を守ろうと躍起になり、威嚇や攻撃をして軋轢を生む結果となるのです。
今、東京のハシブトガラスの問題を考えるとき、カラスの数について考えるばかりではなく、こうした変わってしまったハシブトガラスの習性、質についても考えなくては問題の解決を導き出すことはできないのです。
ヒトを恐れなくなったもう一つ原因
ごみにたかる以外にも、ヒトを恐れなくなった原因があります。それは、餌付け行為です。かつて日本人の多くは、鳥を見れば捕ろうとするか石を投げました。その結果、日本の野鳥の多くはヒトとの距離をとるようになりました。しかし近年、多くの人が生き物に餌をやるようになりました。公園や駅前のドバト、池のカモ類やコイ。カラスの調査をして町の中を歩いていると駐車場の隅にネコの餌が置いてあるのをよく見つけます。
このような動物への餌の何割かが、ハシブトガラスの餌にもなり、ヒトに近づく結果となります。
さらに、ハシブトガラス専門に餌付けをするヒトも現れました。上野公園でカラスの取材のときに、一人の中年男性が公園に入っていきました。すると、周辺のカラスが急に騒がしくなったのです。そして、その男性のあとを10数羽のハシブトガラスがついていきます。はじめは、警戒されいるのかと思いましたが、男性が餌を投げながら歩いていることに気がつきました。
頭のよいカラスのこと、この男性が来る時間を待っていたのかも知れません。そして、迎えてくれて慕うようについてくるカラス、これは餌付けをする者にとっては楽しい対象でしょう。
また、カラスを飼育するヒトもいます。カラスのサイトの掲示板には、カラスを飼いたいけどどうしたら手にはいるかなどの質問がきて、サイト管理者が困ってしまいました。また、カラスの話題となると、本人あるいは友人知人でカラスを飼っていたことがあるという体験談を聞くことが多くあります。カラスは、拾われた幼鳥であることが多く、傷ついたものもいます。そして、なかには元気になったので、野生の生き物だから放したという美談になっていることもあります。
しかし、人を見れば餌をもらえることを覚えた餌付けカラスや飼育カラスは、お腹がすいたら人に近づいていきます。それを知らない人は、急に大きくて黒い鳥がやって来たので、びっくりしてカラスに襲われたと思ってしまうことがあることでしょう。
こうして、東京を中心とする首都圏ではハシブトガラスが増え、ヒトに近づき軋轢を生じているのです。
対カラスの動き
こうしたハシブトガラスの増加と軋轢を問題視し、いろいろな動きがあります。
まず鳥業界のなかでは、日本野鳥の会東京支部の川内博さんらによるシンポジウムの開催です。1999年に2回、2000年に1回開催されました。これには、発表者として私も参加し、裏方もやりました。驚いたことに、第1回のシンポジウムは、立教大学の大教室、定員500人程度の席が満員となり立ち見がでたほどです。主催者側一同、関心の大きさにびっくりしました。なかには、このシンポジウムにくればカラスの被害を防ぐ妙案を教えてもらえると思って、参加した一般の方もいました。ある意味で、一般市民のカラスに対する認識の甘さも知ることができました。
シンポジウムには、いろいろな意味があったと思いますが、私が感じた第一番の効用は、カラスを調べている、あるいは興味を持っているヒトのネットワークができるきっかけとなったことでしょう。それまで、私自身カラスを研究などしているヒトはないと思っていました。しかし、川内さんは関わりのあるヒトを集め、発表してもらい参加させました。たとえば、日本野鳥の会の研究センターの黒沢令子さん、目黒の自然教育園の武藤幹生さん、京都大学の松原始さんらの存在と活動が明らかになったことでしょう。これにより、バラバラに行われていた研究が、誰がどこで何を研究しているということがわかり、カラスの研究はここまでわかっている、そして何がわからないかわかったことです。
鳥業界の対カラス
カラス問題に関わってきて、バードウォッチャーが頼りにならないことがわかりました。日本野鳥の会の会員は、一般市民より無関心ではないかと思うほどです。多少カラスを知り問題を理解しているだけに、臭いものには蓋をしている感じさえあります。
バードウォッチングは趣味の世界であり、きれいな鳥、声の美しい鳥との出会いを楽しみ、マニアは珍しい鳥を見ることを信条としています。そういったなかで、黒くてたくさんいるハシブトガラス、ハシボソガラスともバードウォッチングでは、魅力ない鳥となります。山地で、大きな鳥が飛べば「すわ猛禽か!」と双眼鏡を向けますが、ハシブトガラスであれば「なんだカラスか」でおしまいです。
また、一般の人から日本野鳥の会会員、あるいはバードウォッチャーだとわかると「カラスがうるさい」「カラスを何とかして」と言われることに辟易していることもあります。別にバードウォッチャーが、カラスを増やしているわけではないですが、そういわれるのは嫌なもの。その矛先は、カラスに向かいカラスが好きというバードウォッチャーは珍しい存在です。
また、日本野鳥の会研究センターでは、カラスとゴミとの関係などの調査を行いました。このとき、担当者は調査員を集めるのに苦労しました。日本野鳥の会東京支部の会員が5000人を越えているのに調査員のいない区があり、データは空白となりました。それでも、日本野鳥の会会員、バードウォッチャーを動員しての調査でしたが、カラスがいないと調査をやめてしまう人がいたのには、驚きました。カラスがいないというのは、データとしては必要な記録なのですが、バードウォッチャーは鳥がいなければ、お仕舞いなのです。
研究者は、どうでしょうか。実は、2000年秋に東京大学で行われた日本鳥学会では、カラス集会の場がもうけられました。これは、カラスシンポジウムを開催した川内博さんが中心となり、私が司会進行をいたしました。100人ほどの入れる教室を用意したのですが、集まったのは10数人にすぎませんでした。学会そのものには500人集まり、オオタカやクマタカなどの猛禽類の研究発表の教室は満員、なかには立ち見もでるものもありました。
このようにカラスの研究の少なさが、カラス問題の解決を遅らせている原因のひとつになっています。日本の鳥類学の多くに共通していえることですが、さまざまな研究が欧米に比べて遅れています。この原因は、鳥の研究に対して資金を出す所がなく資金が乏しい、単純にいってお金にならない研究部門であるわけです。同様に、カラスについても研究資金を出す機関は少なく、現在まで研究や調査についやされ予算は微々たるものです。
鳥類学を志す者は、さほど金銭的なことにこだわらず研究を行い、成果を上げている例が多くあります。しかし、これもバードウォッチャーと同じで、多くは森林性の小鳥や海鳥、あるいはワシタカ類、希少種に人気があり、カラスに取り組む者は多くありません。
この結果、カラスを研究し注目している鳥関係者は少なくデータも乏しいのが実状です。
カラス問題は、環境問題でもあるわけですが、自然保護に関わる者の対応はどうでしょうか。野鳥の保護に関わってきた者にとっては、今まで鳥を守るもの、保護するものとして声を大にして訴えてきました。その効果が良い面でいろいろ出てきた時代にはなってきています。しかし、ことカラスについては駆除という方法が出てくるので、できたら避けて通りたいと思っている問題ではあるのです。事実、私はそのため腰がひけていました。
しかし、カラス問題をこのまま放置すれば、カラスを駆除する方向に向かうことが懸念されます。事実、東京都の方策はその方向を向いてます。そして、カラスでやったから次はカワウ。そして、かねてから農業との軋轢を生じているマガンやツル類だって、増えたからと言って短絡的に駆除に向かうかもしれません。日本の野生動物を巡る問題は、口では「自然に優しく」「環境を守ろう」と言っていても各論になった場合、すぐに時代が逆行してしまう危うさがあるのです。それだけに自然保護に関わる人間は、カラス問題を監視、チェックしていなくてはならないと思うのですが、動きが鈍い感じが否めません。
また、1960〜1970年代の公害問題、環境問題は、敵がはっきりしていました。水俣病は特定の企業が原因、山の木を木を切るのは林野庁、山岳道路は建設省、干潟の埋め立ては地域の行政や不動産会社でした。しかし、1980年代に入っての環境問題は個人個人にあることが多くなってきました。社会の仕組みそのものが複雑となり私たちの生活そのものが原因であることが多くなってきました。悪いという意識がないままに行った行為が、まわりまわってヒトに害をなす事例が多くなってきたのです。それだけに、問題解決は難しくなってきています。ダイオキシンしかり、南極上空のオゾンホールしかり、我々の日常生活から出た物質が原因です。
カラス問題も同様で、誰もカラスを増やそうとしてゴミを出しているのではありません。それだけに、個人個人のルール、マナーの問題であり社会問題であり、ことは広範囲で根深いものとなっています。そのため一自然保護団体の力だけでは解決することのできない大きな問題となっています。
今、保護団体は、対外的にはカラス問題を契機に現代の消費文明のあり方、野生生物とのつき合い方など、啓蒙のチャンスとしてとらえ真剣に取り組むべきでしょう。さらに、バードウォッチャーや研究者に対しては、身近な鳥に関心を持たせ、データの収集をはかる機会と受けとめてほしいものです。
行政の対応
おそらくカラス問題で、いちばん困っているのは行政担当者ではないでしょうか。実は行政担当者について、私は「我々カラスや都会の野鳥を観察している者から見ると、かなり危機的な状況であると思うですが、一般的には、まだ人が直接的に甚大な被害を被っていないとか、人命にまでいたっていないという認識があるのではないだろうか」(松田道生・1999)などと言っていたのですが、このところいくつかの自治体とおつき合いしてみると、多くの担当者が真剣に悩み、取り組んでいることがわかってきました。前言を取り消し、不愉快な思いをさせてしまった担当者の方がおりましたらお詫び申し上げます。
住民からはなんとかしてほしいと相談があれば、あるいは議員からの要請があれば、担当者は無視するわけにはいきません。さらに、市長や知事などトップダウンの命令であれば、取り組まざるを得ません。しかし、相談する住民も要請する議員、命令する長も、カラスごときもの簡単に解決できると甘く思っていることが問題なのです。石原東京都知事が「捕まえてカラスのパイでも作って東京の名物にすれば良い」といったことなどは典型です。都市という環境では銃器を使うことはできませんから、飛ぶ生き物を捕らえるということは、たいへん困難なことなのです。箱わなでは、かかるのは若い個体ばかり、繁殖して数を増やす成鳥はかからないです。ですから、捕獲して減らすということができない以上、食べ物を減らし繁殖場所をなくすという選択しか今のところ考えられません。繁殖場所をなくすイコール木を切るわけにはいきませんから、食べ物のごみを減らす、カラスとの接点をなくすという、根本的な対策をとらなくてはなりません。これには時間のかかります。
しかし、行政担当者の多くは2,3年で、配置転換されてしまいます。カラス問題のみならず、現在の日本の行政システムは長期にわたる問題に取り組むのみは適していないのです。結局、先送りされるか単年度で効果がとりあえず出る対処療法的な施策しか実行されない傾向があるのです。
また、市民がカラスによってごみを散らかされる、うるさい、あるいは攻撃された場合、なんとかしてほしいと連絡するのは行政です。相談内容によって、ごみを散らかすならば清掃関係、公園に巣を作ったと言うことであれば公園管理、街路樹ならば土木部の道路管理、うるさいだと公害・環境関係、あるいは保健所となります。問題とその問題が起きた場所によってそれぞれの部署に回されることになります。
このことによって、市民が相談を持ちかけた場合、運が悪いとたらい回しにされてしまいます。また、なかには行政や生活に不満があり、カラスをきっかけに難癖をつけてくる人もいると思いますが、多くは相談すれば何とかなる、あるいは切実な問題を抱えて相談です。そこで、たらい回しにされることによって、カラスへの怒りが担当者へ向けられるパターンも多く、回されてきた直接の担当者が矢面に立たされることにもなりかねません。
また、担当部署がまちまちであるために、情報が拡散してしまい、現状の把握ができないという懸念もあります。たとえば、公園と道路の巣の数をそれぞれの部署で別々にカウントしたら全体の巣の数の把握はできません。
縦割りの慣例という日本の行政の弱いところを、ハシブトガラスがうまく利用して問題の解決を遅らせているように見えてしまいます。
これに対し、東京都世田谷区では、住民相談窓口が受け付けて、そこで情報をまとめるなどの動きもありますが、このような体制を取っているのは、一部です。
行政は法律に基づいて施策を推し進めることになります。カラスが関わるもっとも関連の深い法律は「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」です。この法律によって各都道府県は自然保護担当課のなかに鳥獣保護係(東京都の場合は林務課)を設けており、ここがもっとも濃く関わる担当部署と言うことになります。ただし、この法律に基づいてカラス問題を解決しようと思うと、有害鳥獣駆除の方法の選択がまずいちばんに思いつかれしまうことになります。その結果、カラス対策イコール駆除というパターンが蔓延する結果となります。
有害鳥獣駆除で、全国で殺されているカラス類は年間40万羽を超えています。しかし、カラスが減ったという印象はなく、どこでもカラスは増えたという報告をよく聞きます。この駆除による効果は、たいへん疑問なのです。
というか、この法律の元に行われる有害鳥獣駆除では、効果かがあるかどうかの検証を行わないで良いのです。もしふつう対策を講じるのであれば、現状の把握(調査)→対策の計画立案→対策の実施→効果の検証(調査)→判定という流れが必要です。この判定の結果、効果があれば継続し、効果がなければ対策の施策まで立ち返り、再検討を行い方法の変更などの調整を行います。そして再度、対策を行うなどの試行錯誤を繰り返し、目的を達成しようとするわけです。しかし、この法律のもとでは、そのような当たり前のことが義務づけられていません。
そのため、カラスが何羽いるかの現状の把握、そして駆除の後に効果があったかなかったのかを調べる必要はないのです。その結果、いつまでたってもカラスの問題が解決しないと言う悪循環に陥っているのです。
「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」は、狩猟を管理する狩猟法から出発しています。そして、昭和38年の改訂で保護という考え方が大幅に取り入れられました。そのときは、山階芳麿や中西悟堂といった大先輩たちが、減っていく野鳥を少しでも保護しようとご尽力された賜物であります。しかし、38年たって、その間に野鳥を取り巻く世界が大きく変わりました。増えた鳥をどうするかなどといった事態は、考えられていないのです。これまた、時代遅れの法律の不備をカラスにつかれていることになります。
東京都の施策を検証する
東京都経済局林務課では、平成12(2000)年度にカラス対策事業を実施しました。このことについて、詳しく検証してみましょう。
まず、平成12年6月12日に労働経済局と環境局の名前で出されたプレス・リリースから主な要旨を紹介しましょう。
タイトル:東京都におけるカラス対策について−緊急捕獲実施のお知らせ−
[カラス問題の背景と実情]
東京のカラスは1970年代の大量消費時代に区部で餌となる生ゴミが豊富に入手できる等、カラスの生息に適した条件が整ったため増加が始まったといわれています。
区部のカラスの生息数は、昭和60(1980)年には約7,000羽で、平成11(1999)年には約21,000羽と推定されています。
都はゴミの食い散らかしに対処するため、これまで防烏ネット34,000枚を配布していますが、都に寄せられた烏に関する苦情は、平成11年度が514件で、その約6割が繁殖期の4月から6月に集中しており、おもな内容は鳴き声がうるさい、威嚇された、襲われた(頭をつつかれた、超低空飛行での接近) があります。
[都の取り組み]
庁内の9局(政策報道室、総務局、環境局、建設局、衛生局、水道局、港湾局、教育庁、労働経済局)で構成する「東京都野生動物対策連絡会」において、カラスを議題とした検討を行い、当面の目標として、都民から苦情が少なかった昭和60年代初頭の生息数(現在の1/3程度)に誘導することとし、以下に示す取り組みを確認しました。
1 基本的対策としては、餌となる生ゴミの絶対量を減少させ、同時にゴミの出し方を工夫する等、カラスが生ゴミを餌にできない環境をつくり、秤量攻めによる生息羽数の減少を図る。また、都と区市町村の役割分担を明確にし、排出者の都民、事業者及びゴミ集積場の管理を担う地域住民組織等に協力体制を要請する。
2 補助的対策として、増加しすぎたカラスや人に危害を加えるカラスの捕獲等により羽数の減少を図る。
3 「根本対策」及び「補助的対策」の実行に際し、ゴミ処理問題、野生動物との共生問題に対する都民の理解と協力を求め、広範な合意形成を図る。
[今回の労働経済局の取り組み内容・緊急捕獲]
カラスによる被害を防ぐには、ゴミの出し方を工夫するなど、ゴミ問題の解決が何よりも重要であります。
しかし、つついたり、執拗な威嚇をする等、都民に危害を加え生活に支障を与えるカラスの急増に鑑み、今回初めての試みとして「緊急捕獲」を二十三区内で実施します。都が専門業者に委託する方法で、平成12年6月15日から開始する予定です。
実施時期 平成12年6月15日〜平成12年8月14日
実施体制 専門業者(5社)への委託による
実施場所 二十三区内の民有地100ヶ所
2000年度、この事業では、100個の巣を落とすための予算として約500万円が確保されました。この年は、実施が遅れたこともあって、88個の巣を落としがされたと報告を受けています。
翌年の平成13(2001)年度は、約2000万円の予算が確保され、対象地域も23区だけではなく多摩地区まで広げ対応することになりました。2001年6月現在ですので、この年の実績はまだまとめられていません。
この事業の今までにないユニークなことは、有害鳥獣駆除の申請は被害を受けた者が書類を提出して許可を得なくては実施できませんでした。しかし、通報を受けた都が駆除を実施することで、この手間を省き、簡単に駆除ができることです。また、個人で駆除業者に依頼をすると、この申請の手間賃を含め10万円程度かかる費用が、無料でできるというメリットがあります。
しかし、この事業による問題点が多くあります。まず、多くの都民が、東京都がカラス撲滅にいよいよ乗り出し、これでうるさいカラスとおさらばできると思ってしまったことにあります。私が、カラスや野鳥に関わっているのを知っている人からは「いよいよ東京都がカラスを減らしてくれるようですね。松田さんも楽になりますね」と、声をかけられました。
これにともない東京のハシブトガラスの問題は、駆除をすることで解決できるというムードができてしまったことです。ちょっと考えれば、万羽単位いるカラスをどうやって捕獲するのか、思いつくわけはないのですが、東京都がカラス撲滅作戦を実施するというイメージが先行してしまいました。これには、石原知事の「カラスのパイ」発言があったことも影響していることでしょう。多くの人は、知事が言う以上、500万円程度の予算で100個くらいの巣を落とす、零細な事業だとは思うわけはないわけです。というわけで、襲うカラスの巣落としが実施されていきました。さらに、この事業は、確認されているだけでも荒川区、台東区などの区でも区民から要請があったら、区の予算で行うというように駆除事業が普及しつつあります。
そして、いちばん問題なのは、このプレス・リリースにある1と3の項目の根本的な対策がほとんど講じられないままに、巣落としのみ先行していることです。補助や緊急とうたわれた対策をし続けていることに問題があります。
この巣落としによる事業が拡大することにより、どうなるでしょう。まず、出発点のハシブトガラスの個体数は冬のねぐらに集まる数、それも大規模ねぐらのみの数であり、東京都内の繁殖個体数ではないこと。いったい、何つがいが都内で繁殖しているのかのデータもないままに、対策を講じていることです。これでは、この対策の効果が上がったかどうかの判定ができません。ひょっとしたら効果のないままに、無駄な税金を使い続ける可能性もあるのです。
つぎに、すくなくとも東京都の言うとおり、21,000羽のハシブトガラスがいるのならば、繁殖年齢にいたらない若者のカラスの数を差し引いても、万近い巣があるはずです。これを落とすことによって、数を減らすことを考えてみましょう。500万円割る100個で、1個あたり5万円かかります。5万円×1万個の巣で、費用は5億円を確保しなくてはならないわけです。現実問題、短い期間にこれだけの巣を落とす業者を確保することはできませんが、億単位の予算を講じなくては効果のあがらない事業なのです。
また、事業の実施は、攻撃をされたという苦情があったものに対して巣落としをします。ハシブトガラスは、よく見ていると1羽1羽個性があります。人を威嚇しない静かにそっと子育てをしているつがいほど、うまく雛を育てていますし、巣立つ数も多い傾向があります。ということは、巣落としされるものは結局失敗する可能性が高いのです。ですから、人為的に子育ての上手なカラスを選択し、生き残らせる結果となり、個体数の減少にはつながらないことになります。
このほか、巣落とし効果で、威嚇や攻撃がなくなるのか。さらに、カラスの繁殖をあきらめてくれるかわからないままに事業が進められていることです。
繁殖期の初期に巣を落とせば、すぐに作り直します。遅ければ、巣立ってしまいます。巣落としにはタイミングが大切なのです。さらに、巣落としをすることで、来年も巣作りをあきらめてくれるでしょうか。私が調べている六義園では、園内の巣落としを2年連続して行いました。しかし、巣の数は減っていません。その上、巣の中の雛の数は2年目のほうが多く、巣落としの効果は今のところ見いだせません。東京都の事業では、こういった追跡調査もなされていないのです。
さらにもっとも懸念することは「野生動物が人に害を与えたら駆除をすればよい」という風潮が蔓延することです。クマが人を襲うと、必ずハンターが出動し射殺します。クマが里に下りてきた理由、山の森林環境が変化している原因を解明、あるいは解決しないかぎりは、駆除はクマが絶滅するまで続けなくてはならないことになります。日光のサルも、山がスギやカラマツの植林地になったことと人がむやみに餌をやったことに起因しています。それを解決しないで駆除という、安易な方策がとられる傾向を懸念しているのです。
前述のように、カラスの次はカワウかと関係者は戦々恐々としています。つい10年ほど前までは、宮城県伊豆沼のマガンもイネを食うと言うことで毎年駆除する、しないで論争が起きていました。世界有数のツル類の渡来地鹿児島県出水市でさえも空豆をツルが食害するということでトラブルが続いていました。それが、少しずつではありますが「野鳥は守るべきもの」という考え方が普及しよい方向に向かいつつあります。それがカラスの駆除からガラガラと音を立てて崩れていく怖さがあるのです。
カラスの駆除問題を考えると、堤防から漏れる水を指一本で押さえている少年の心境になるのは私だけでしょうか。
襲うカラスの検証
カラス駆除の根拠は、カラスは人を襲うから、危険だからという理由です。自治体担当者からは「市民住民の安全を守るが行政の立場である」という大義名分をよく聞かれます。また、マスコミの取材でまず聞かれるのは「人を襲うカラスはどこで撮れますか」です。現在、カラスは人を襲うという危険な生き物だという考え方が蔓延しています。
では、ほんとうにカラスは人を襲うのでしょうか。私自身は、2年続けてカラスの巣を50あまり調査をしましたが、襲われたことはありません。カラスが体をぶつけてきたことも、その結果けがをしたこともないのです。もちろん、巣に近づけば「ガアガア」鳴いて飛び回る威嚇行動はよく受けます。後ろから飛んできて頭の上をかすめるように飛んでいって風圧を感じたことが、わずか1回あった程度です。多くのカラスは、遠巻きにして見ているか、近くまではくるものの怖くて、また逃げるという行動を繰り返しているように見えます。
ここでは「襲う」と「威嚇」の定義を明確にしておかなくてはなりません。襲われたという人の話をよく聞くと、威嚇であることが多いのです。最近では、カラスは恐ろしい鳥というイメージが先行しているために近くに来ただけでもカラスに襲われたと思う人がいるのは事実です。六義園の管理事務所では、コイに餌をやっていたらカラスに襲われたという苦情が寄せられたことがありますが、話を聞くとカラスが餌をもらおうと近くにやってきたことを襲われたと思ってしまいます。
カラスが人に負わせることのできるけがは、頭を足で蹴っての擦過傷程度です。手や足の骨を折ったという事例が報道されていますが、これはカラスの攻撃にあわてた人が転んだりして負う二次的なものなのです。
まず、威嚇、あるいは襲うのは、カラスに限ったものではないということです。子供連れのクマがもっとも危険だというように、親が子供を守ろうとする行動はカラスに限ったことではありません。ハクチョウだって襲ってきます。ウトナイ湖で雛連れのコブハクチョウに威嚇されたときは、大きな鳥だけに怖い思いをしました。あとで聞いたら地元のバードウォッチャーはけがをしていました。キセキレイなどの小鳥も巣に近づくと「チーッ、チーッ」と鋭い声を上げながら頭の上を飛び回ります。このように、親が子を守ろうとする行動は、勇気ある行動であるわけです。都会に住み野生動物と接する機会のない人にとっては、雛を守ろうとする行動がとても珍しいことになるわけです。
そして、カラスが人を威嚇、あるいは襲うことは、繁殖期に多く見られることで、攻撃してくるのはつがい、2羽であって群れで襲うことはまずありません。
人を攻撃するカラスは、それなりに理由がありそうです。これまた、攻撃を理由にしていながら行政は研究をしてませんが、事例を集めてみると、いくつかのパターンが見いだせます。ひとつは、雄が巣を見守っている見張り場より上に人いってしまった場合や巣よを見下ろす場所に人がたった場合です。マンションの緑地の木に巣があり管理人が屋上で襲われる。校庭の木に巣があり、屋上に人があがる。街路樹に巣があり、横断歩道橋を人が歩く、ベランダの前に巣があるなどがこのパターンに当てはまります。
さらに、巣立った幼鳥が本来ならば木づたい、あるいは電線づたいに移動をしていいくものが、下に落ちてしまい、親鳥が半狂乱になるというのもこのパターンに近いものがあります。
いずれにしても都会のハシブトガラスが人を攻撃するにはそれなりの理由があるわけで、その理由を理解すればさけることも可能となります。
人とカラスの関係
近世、都市空間という新たな生態系ができあがりました。カラスは、この都市生態系の中にうまく入り込んで繁栄している種といえます。さらに、その都市に住む人々の野生動物に対する意識に特有のものがあり、カラスはその人々の意識の中でもたくみに入り込んで生きているともいえます。
野生生物の多くは、狩猟の対象でした。あるいは、農作物を荒らす有害鳥獣として、じゃまな存在であったのです。「権兵衛が種まきゃ、カラスがほじくる」とたとえられるように、カラスは農業を営むものにとっては害鳥以外の何ものでもありません。
ところが、都市生活者にとってカラスは食料でもないし作物をアラされることもありません。そのため大方は、カラスに対しては関心がありません。興味も引かず、その存在すら感じることのない生き物です。それが、今急速に身近な問題になったことに、とまどっているというのが都会に住む人の正直な感情でしょう。
ところでカラスの調査をしているといろいろな人に出会います。その話から都会で住む人の自然、そしてカラスへの感情が理解できることでしょう。いくつか紹介します。
無関心派。駒込には大和郷(やまとむらと読む)と呼ばれる、お屋敷の多い地域があります。大臣経験者も住んでいます。ここも私の調査エリアなので、よく歩きます。一軒の家の庭のヒマラヤスギにハシブトガラスの巣がありました。さほど大きな家(2階建て)でも広い庭でもないのですが、2.5階分くらいの高さの木のなか、2階分ほどの高さに巣がありました。
朝でしたので若い女性が出勤のために出てきてお母様でしょうか、お見送り。そのあと私を見て怪訝な顔をされているので、こちらから挨拶して観察している理由を言いました。というのは、下手に巣があることを言ってしまって落とされては、こまります。しかし、この巣であれば当然、家の方であれば知っているだろうと思っての説明です。
ところが、なんと巣のあることを知らなかったのです。さほど広くない庭といったら失礼かもしれませんが、道に面しているところにある木なので、知っていると当然思ったのです。家の庭の樹木に大きな鳥、カラスの巣があることにすら気がつかない、都会人の自然へ対する関心のなさを改めて知ったしだいです。
愛情派。そうかと思うと、女子高校の校庭の大きなヒマラヤスギに巣がありました。その隣のお屋敷でいつも掃除をしているおばあさんがいます。場所が場所だけに事情を話すと、そのおばあさんは「毎年、巣を作っている」とうれしそうに話してくれました。そして「このカラスは、私のことを慕っていて後をついてくる。そのため、カラスが自動車にぶつかってしまったことがある」などなど、いろいろなエピソードを楽しそうに語ってくれるのです。きっと、孫の自慢話もこんな感じなのでしょう。
私は「慕ってついてくるのではなく警戒して後をつけているのだ」とは、とても言える雰囲気ではありませんでした。
もうひとつ愛情派。調査中に、犬をカートに入れて散歩しているおばあさんに会いました。私がカラスを見ているのを見て、話しかけてきました。たいへんわかりにくい個人の庭のよく茂ったスダジイの中に巣があるのですが、そのおばあさんは巣のあるのを知っていました。そして、お近くのマンションに住んでいるそうなのですが、カラスが巣を作りやすいように、巣材としてハンガーをたくさんベランダにおいてやっているとのことでした。片方で、カラスが巣作りをして困るといっているのに、もう片方で巣材を与える人がいる。都会におけるカラスを巡る人間模様の複雑さを知ることになりました。
被害派。不忍通り沿いに東洋文庫という国立国会図書館の付属の施設があります。この庭は、うっそうとしたスダジイやヒマラヤスギの大きな木があります。カラスにとってかっこうの巣を作りやすい環境です。そのため、このスダジイのなかの巣は比較的早く見つけました。というのは、うるさいカラスだったからです。
あるとき、調査に行くと巣のあったスダジイが剪定されていて、巣は跡形もありません。ちょうど職員の方が、門を閉めているときでしたのでカラスの巣の存在を知っているかどうか聞きました。剪定の理由は、カラスが巣を作ったからでした。巣を作らせないために木を切ったのでした。理由は、ここのカラスが以前、前を通った小学生の女の子を襲ったそうです。たまたま隣が警察署のため、被害者が警察に訴えたそうです。そのため、その職員の上司の方が菓子折を持って謝りに行ったとのこと。それ以来、図書館なので防音効果のある樹木を切るのは忍びないのだが、剪定しているとのことでした。
カラスが巣を作ったら、そしてそのカラスが人を襲ったら、そのカラスが巣を作った敷地の持ち主に責任があるのでしょうか。カラスに襲われた人だって、ごみを出しているわけで、カラスの増加の一助に荷担しているはずです。その説明ができなくて、菓子折を持って謝りにいく。公立の施設ですら、カラス問題も本質を理解していないと思ったエピソードでした。
矛盾派。六義園では、カラスが多くて困っています。静かな日本庭園のたたずまいを鑑賞するために全国、いや海外からのお客さんもたくさんきます。ところが、一歩、園内に入るとハシブトガラスが「カア、カア」と、うるさく鳴いています。その上、池のコイに餌をやろうすると、すぐそばに飛んできてびっくりさせられます。そのような苦情は、帰るときに事務所の窓口に一言、言っていくわけです。ですから、私が鳥の専門家だと知って以来、所長が代わるたびに、あるいは職員から「カラスはどうにかなりませんかね」と言われます。ところが、数年前剪定をしていたらカラスの巣がありました。巣の中には、雛が2羽。かわいそうだということで、この雛は皆で飼い始めてしまったのです。あれだけ、カラスに泣かされているはずなのに、目の前に雛がいるとかわいそうだということになって愛情を注いでしまう。これまた、現代人の心情を物語っています。
その後、この小ガラスは放し飼い状態され、まったく人を恐れない個体が2羽、園内にいることになりました。お腹が減れば、餌をもらえると思って人のそばにやってくるハシブトガラスが2羽増えたことになってしまったのです。将来この2羽が人を恐れない故に、人家のそばで巣を作るかもしれません。その結果、人との軋轢をより顕著なものにさせるかもしないわけです。そのような将来ものことまで考えてカラスを飼ってほしいわけですが、目先のかわいさにそこまで考えが及ばないといったところでなのでしょう。
同様に、巣落としを東京都が行うということで、申し込みが殺到し、実施されています。巣落としイコール殺すわけなのですが、申し込んだ人が実際の作業を見て、カラスがかわいそうだというケースもあるとか。人がゴミを捨てるなどの身勝手がカラスを増やしているわけですが、さらに対策を講じようとしたときの人の身勝手もカラスを増やしているわけです。
おわりに
多くの人にとってカラスの問題はたいしたことではないのかもしれません。たとえば、昨年、取材を受けた週刊誌の記者が、カラス除けグッズが売れ行きを調べてくれました。東急ハンズでは、カラス除けグッズコーナーができているほどだからです。ビニールでできたカラスの死体を模した見せしめカラス、ゴミ袋に吹き付けるカラス除けスプレーなどです。おもしろいことに制作販売しているのは、関西の業者なのです。やはり利に賢いというか、商売になると思って目をつけたのでしょう。しかし、取材をしてみると「あきまへん」「もうかりまへん」とのことでした。考えてみれば、このようなグッズがごみ集積場に置いてあるのを見たことは私はありません。
私ごとですが、拙著「カラス、なぜ襲う」は売れていません。朝日新聞の天声人語に取り上げられるなど、多くの新聞や雑誌で紹介されたのにかかわらず、出版して1年立ちますが初版のままです。
カラスグッズも私の本も、1,000円程度のものです。多くの人にとって、カラス問題は、1,000円程度のお金をかけてまで解決するほど深刻なものではないのでしょうか。その反面、いらなくなったCDをぶら下げればいいとか、竹に鈴をつけて驚かすといったお金のかからないアイディアの効果を聞かれますし、よく紹介もされています。たとえば、ゴキブリ退治の薬品やグッズは1,000円程度ですが、薬屋の店先には山積みなって売られています。それに比べてみると、カラスはゴキブリほど嫌なものではないと思っているのかもしれません。しかし、何度もいいますが、カラス問題から日本の野生動物との関係が崩れていく可能性がある以上、真剣に考えなくてはならない問題のです。
カラス問題は、東京とその周辺の問題ととらえると、たいへんローカルな話題でです。しかし、これはこと東京周辺だけの問題ではありませんし、カラスに限ったことでもないのです。今、日本の生き物の多くが、ヒトからの影響を直接、間接を問わず少なからず受けています。ヒトの作り出した環境、都市や農地、植林地を利用できるものは増えているのです。ヒトにすり寄り、ヒトと共存できる生き物だけが残っていき、ヒトとうまくやれない生き物が減少していることになります。いわば、日本列島すべてが都市化し、生き延びる鳥は都市鳥と同じ位置づけになってしまうのではないかと懸念しています。
今までの野鳥の保護は、数が減った増えたということに重点が置かれていました。これからは、野生生物が野生生物として、どれだけ自立しているかという尺度、野生をどれだけ失わないで生態系を形成しているかという判断をしなくてはなりません。こういった日本の野生生物全体がかかえる問題のなかで、カラスの問題も同時に考えていかなくてはならないことなのです。
カラスの鳴かぬ日は、人の出すゴミがないか、ヒトそのものがいない世界かもしれません。ごみがないのでは、いっけん理想的な社会なように思えますが、想像してみると未来世界をあつかった映画に出てくるような無機質な社会、管理された社会となるでしょう。あるいは、そこにヒトがいない可能性すらあります。どちらも怖い世界であることにかわはありません。いずれにしても、人はカラスとともに生きていかなくてはならないでしょう。ですから、適度にカラスも生活できる自然もある都市生態系の状態と、カラスとの共存を模索しなくてはならないわけです。(「愛鳥教育No. 64」2001.8掲載)
□参考文献
唐沢孝一、他 1995 第3回 都心に於けるカラスの集団塒の個体数調査(1995) Urban Birds Vol.13 No.1 都市鳥研究会
川内博、遠藤秀紀 2000 カラスとネズミ 岩波書店
川内博、松田道生・編 1999 とうきょうのカラスをどうすべきか 第1回シンポジウム報告書 日本野鳥の会東京支部
川内博、松田道生・編 2000 とうきょうのカラスをどうすべきか 第2回シンポジウム報告書 日本野鳥の会東京支部
国松俊英 2000 カラスの大研究 PHP出版
柴田敏隆 1980 カラス−その生態と被害対策− 住環境の有害鳥獣対策リポート
東京都林務課 2000 平成12年度カラス緊急捕獲事業 出動基準等 東京都経済局林務課
日本野鳥の会研究センター 2001 カラスフォーラム2001・配布資料
松田道生 1995 六義園の野鳥 自費出版
松田道生 2000 カラス、なぜ襲う 河出書房新社
樋口広芳、森下英美子 2000 カラス、どこが悪い!? 小学館文庫
由井正敏、阿部禎、他 1992 鳥獣害の防ぎ方 農山漁村文化協会