(1)わが国への紙の伝来
すなわち、西暦3世紀代には当時北九州にあった倭奴国と、中国(漢代)との間に国書が往復し、使節が往来していますから、当然漢字も伝来し、中国産の紙も舶来していると考えられ、その頃に日本人は「紙」という漢字と、そのものを知っていたものと思われます。そこで中国で発明、改良された紙は朝鮮半島を経由して、わが国には西暦3〜4世紀頃には、すでに渡来人によっていろいろな文化とともにもたされていたのではないかと考えられております。 また、「日本書紀」によれば、「応神天皇15年(西暦405年)頃に百済王が阿直岐をつかわしてよい馬二匹を奉った。阿直岐はよく経典を読み、太子莵道雅郎子の師となった」とあります。読んだとされる「経典」が紙に書かれたものか、竹簡または木簡かは不明ですが、これがわが国における書物の初伝とされております。さらに「翌16年、百済王が王仁をつかわして論語10巻・千字文1巻を献上」とありますが、この「書巻」も紙であったか、竹簡または木簡かは不明ですが紙であろうとの説が有力であり、わが国における紙の初伝とされております。
(2)和紙の誕生
わが国に伝わった曇徴の造った紙は、弱くて裂け易いのみでなく、虫が好んでこれを食い長い保存に耐えないことや、わが国の場合、清浄を尊ぶ気風からボロ布(麻)を原料とする「蔡侯紙」よりは、以前から織物に使っていた楮などの靭皮繊維を使って作った「紙」のほうが好まれました。 そこで、飛鳥時代に聖徳太子が紙作りの保護育成の政策を強力に推進し、わが国在来の楮の栽培と製紙を奨励した結果、楮の皮の繊維を用い雲紙、縮印紙、白柔紙および俗薄紙の4種の楮紙が多く製造されるようになりました。これが製紙業の始まりであり、わが国の製紙の基礎を築いたわけです。 このため聖徳太子を「和紙づくりの祖」とする説がありますが、太子信仰からきている神秘化された伝説として、これらのことは事実でないとする説もあります。 ところで、この紙がさらに改良され、麻や楮、雁皮などの靭皮繊維を原料とする紙の誕生となり、日本独自の紙(後で言う「和紙」)として開化していくことになります。 紙は、初め一般の公文書や膨大な量が必要な戸籍や租税に関する文書用に用いられましたが、国家鎮護を祈る写経事業が盛んになるにつれ、経紙など高級な紙の需要が増えてきました。さらに中央ばかりでなく地方でも紙の生産が行われるようになり、これは紙の普及と製紙技術の向上に拍車をかけることになりました。 ところで、わが国で漉かれ、年代の明らかな最古の紙は、正倉院に伝わる702年(大宝2年)の美濃、筑前、豊前の戸籍用紙です。また、正倉院に保管された奈良時代の文書には、紙名や和紙名が数多く記されており、当時でも約20の地区で紙漉きが行われていたことがわかります。なお、770年に完成された「百万塔陀羅尼」(麻紙)は、現存するわが国最古の印刷物です。
また、奈良時代には官立の造紙所が図書寮という役所に付属して設けられ、専門の技術者が製紙に専念しました。『正倉院文書』に詳しく書かれておりますが、その中に記入されている紙の名前は、主として原料によって名付けられたものが多くあります。 麻紙・黄麻紙・白麻紙・緑麻紙・常麻紙・短麻紙・白短麻紙・穀紙・縹紙・加地紙・加遅紙・梶紙・檀紙・眞弓紙・長檀紙・斐紙・肥紙・荒肥紙・竹幕紙・楡紙・朽布紙・布紙・白布紙・本古紙・藁葉紙・波和良紙・杜中紙・松紙など、麻を原料としものや、楮、斐、竹、楡、藁のほか、布や使用済みの紙などを原料としたものなどがあったことがわかります。 主要な製紙原料は、麻や楮(当時は穀(こく))、雁皮(斐(ひ))ですが、最も古い麻紙は、繊維が長くて強靭ですが、紙の肌理(きめ)は粗く、筆で書きにくく、また、原料処理に難しさがあるなどのために、平安時代半ばころにはその製法が廃れてしまいました。一方、楮や雁皮は、繊維の長さが適当で、紙は肌理細やかなために長く使われてきております。 さらに、平安時代に入ると927年(醍醐天皇の延長5年)に『延喜式』が制定され、製紙作業の大綱が定められ、産紙国(製紙地)は42か国に及んでいる記録が残されておりますが、わが国の隅ずみまで紙漉きの製法が伝わったことを示していることがわかります。
伊賀・伊勢・尾張・三河・駿河・甲斐・相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸・近江・美濃・信濃・上野・下野・若狭・越前・加賀・越中・越後・丹波・丹後・但馬・因幡・伯耆・出雲・石見・播磨・美作・備後・安芸・周防・長門・阿波・讃岐・伊予・土佐・日向・大隅・薩摩
今日、全国にまたがる和紙の産地の多くは、このころにさかのぼることができます。 こうして育っていった日本古来の紙は、明治の初めに欧米から到来した「洋紙(西洋紙)」の呼称に対応して「和紙」と呼ぶようになりました。 ところで、中国の紙がシルクロードを通って欧米に伝わり、長い年月の間にその姿を変えて洋紙となりましたが、わが国に洋紙技術が伝わり、洋紙生産が初めて行われたのはさらに遅く、19世紀後半の1874(明治7)年のことです。 やはり元は同じ中国の紙で、伝播し日本で改良され生まれ育った和紙は、この洋紙と出会うこととなりますが、洋紙はわが国でも次第に発展、定着していきます。そして拡大する紙の消費とともに、1912(明治45)年には、洋紙の生産と消費が和紙と肩をならべ、それ以降、和紙を追い越し洋紙の時代となっていきます。 一方、わが国で生まれ、育まれた「和紙」は、逆境を乗り越え、和紙の持つよさを生かして、今日、それぞれの紙漉き場で生きる道を探り、一条の光明、明るさを見出そうと強い意欲が感じられます。 長い歴史をもつ和紙、長く引き継がれてきた和紙、これからも永く生き延びてほしい和紙、「魅力ある和紙」を目指して、頑張ってほしいものです。 (参照ウェブ) ・財団法人 紙の博物館 和紙の歴史 紙の講座10 ・和紙屋 杉原さんwww.washiya.comの「和紙の質問箱FAQ」 和紙の歴史 http://www.washiya.com/faq.html#Anchor312464 へどうぞ さらに詳しく知りたい人は http://www.washiya.com/washinomokuji/0012.html へ 3.和紙の特徴 わが国独特の和紙は、世界の手づくりの紙のなかで、最も薄くて、しかも強くて、風合いが美しい紙であるといわれています。 この和紙のすばらしさの要因は、原料とその漉き方に見ることができます。 原料としては楮(こうぞ)、三椏 (みつまた)、雁皮(がんぴ)などの長繊維である靱皮(じんぴ)繊維を用いており、これらは洋紙が主に木材パルプを原料にしており、中国紙の主流である竹やわが国でも話題になっている非木材質のケナフなどと比べて、いずれも繊維が長くて繊維どうしが緊密に絡み合い、ねばり強く、あるいは光沢があり美しく滑らかで、しかも薄くても強靭な紙をつくることができるなど、きわめてすぐれた特質を備えております。(参照)紙の特徴 これらの植物の樹皮を原料にしておりますが、楮や三椏は蒸してはぎ、雁皮は生はぎですが、比較的容易に木芯部からはがれ、その樹皮の表皮をそぎ除いた部分に多量に靱皮繊維が含まれております。 楮の繊維が長く10〜20mmほどもあり、絡み合いやすく、網の目のようにネットワーク状に繊維同士がつながりを持ち最も強靭です。雁皮の繊維は5mm内外とそれより短いですが、半透明で光沢があり、ねばり強く、平滑なきめ細やかさを持ち、三椏の繊維も雁皮と同様に短いですが、腰が柔軟で、しかも優美な紙が得られます。[参考]木材繊維の長さ・・・0.8〜4mmくらい(広葉樹:0.8〜1.8mm、針葉樹:2〜4mm) さらに和紙の大きな特色は、寿命が長いことです。この保存性・耐久性については次の章で述べます。 また、今ひとつ和紙のすばらしさの要因を、漉き方に見ることができます。 すなわち、トロロアオイ(黄蜀葵)の根や、ノリウツギ(糊空木)の樹皮などから抽出した粘剤「ネリ」を使い、「流し漉き」という日本独特な技法を取り入れた製法を採用しているところにあります。 製紙の方法には溜め漉きと流し漉きとの2通りがあります。 溜め漉きとは、古来、中国の紙やヨーロッパなどに伝わる方法で、それがわが国に伝わってきたものです。 その方法は紙料液を漉桁に汲み上げてから、繊維の均等の分散をはかるために簀桁をわずかに揺り動かして、水が自然に切れるまで暫く置くと簀(す)の上に紙料の薄い層(湿紙といいます)ができます。この方法が溜め漉きです。できた湿紙を紗(しゃ)などの布にはさんで、湿紙同士がくっつかないように板の台(紙床)の上に積み重ねていきます。重ねた紙に重しをして水分を切り、その後、一枚ずつはがして張り板(干し板)に張り伸ばして張り付けゆっくりと天日乾燥します。 わが国では主流ではありませんが、現在でも溜め漉きは、透かし紋様を漉き込むときや高級な証書用紙を作るときなどに行われております。
ー方、流し漉きは、わが国で開発された紙漉き法で、現在の和紙作りはほとんどがこの方法です。 流し漉きは、よく叩解(こうかい・・・木棒で手打ちするなどの方法で繊維を解(ほぐ)すこと)した繊維からなる紙料液の入った漉き舟に、トロロアオイ、ノリウツギなどから採取したネリ(粘状物質)を加えることに特徴があります。 漉き網から水が滴り(したたり)落ち脱水されますが、繊維がシート内で配向するのに早すぎないように、ネリを添加して水の粘度を高めて脱水をコントロールし、繊維を水中でよく分散し、浮遊し沈殿しにくくします。しかも均一に絡み合わせて簀の上に紙層が残るようになります。 逆に粘性が増加すると、紙料液を漉桁に汲みあげたとき、竹ひごやカヤ(萱)ひごを編んだ簀を使って漉きますが、簀からの水の濾過速度が遅くなり時間がかかるようになります。そこで漉桁を前後左右に、すなわち、縦(天地)方向や横(左右)方向に勢いよく十分に揺り動かして、繊維同士をよく絡み合わせる方法が行われました。 この揺り動かす動作を何回か繰り返すうちに繊維は絡み合って紙の層ができます。紙の厚さはすくい上げる回数で決まりますが、余分の紙料液を簀桁の前先から勢いよくサッと漉き舟の中に流し捨てます。これを「捨て水」と呼んでいますが、この操作によって、繊維は簀桁の縦方向に並び、かつ繊維の不規則な塊や塵、皮屑などの夾雑物が除かれきれいな紙が出来上がります。 さらに漉き上げた湿紙を積み重ね、重しをのせて水切りをするのは溜め漉きの場合と同じですが、流し漉きでは紗などの布をはさみません。これがなくてもネリの効果で、湿紙同士はお互いにくっつかないで、一枚ずつ容易にはがれるようになります。その後は、溜め漉きと同じように張り板に張り伸ばして張り付けゆっくりと天日乾燥します。 以上のように、ネリを使う高度な流し漉きを完成したのは、わが国の紙漉きの極め付きといえます。 4.和紙と洋紙との比較 わが国の紙・板紙の年間生産量は、およそ3,000万tですが、その中で和紙は量的には0.3%くらいに過ぎませんが、洋紙にない風合いや美的な感性を求めたり、高付加価値化の部分で重要な役割を担っているといえるでしょう。そう意味では和紙は洋紙と競合するのではなく、うまく棲(す)み分けていくことが重要であるといえます。 次に主な項目ついて和紙と洋紙との比較(相対比較含む)し、まとめます。 紙発祥の地は中国ですが、その紙が東西に伝播し、欧米で洋紙になり、わが国では改良され和紙になりました。 紙漉きの原理は、今も変わりませんし、和紙と洋紙とも基本的には差はありません。和紙は今でこそ抄紙機による機械すき和紙がありますが、ずっと昔から手漉きです。人の手による一枚一枚の、まさに手作りで、より人の心と技が支配的になります。一方の洋紙は、高速で広幅な機械抄きによる大量生産であり、生産性が比較できないほど非常に高いわけです。この点は大きな違いです。 なお、和紙が楮、三椏、雁皮などの表皮部の白皮から取った、いわゆる非木材パルプである靭皮繊維を主原料にしているのに対し、洋紙のほうは、木材である松やブナなどの針葉樹、広葉樹の表皮は取り除き、内側の木質部を原料にした木材繊維(いわゆる木材パルプ)が主体に使われております。 また、手漉きであるとか、しかも前述のわが国独自に開発された技法である流し漉きを採用し、トロロアオイなどのネリ(粘剤)を使用していること、および原料に繊維の長い楮、三椏、雁皮などを使用していることが、洋紙と品質的に特異な差をもたらしております。 その主な点は、和紙のほうが、折りを繰り返しても、引き裂いたり千切ろうとしても、折ったところが割れにくかったり、千切れなく破りにくく、耐折度、引裂き強さなどの紙強度(紙力)が強いことです。 また、緊度(密度)が小さく、仕上げ程度が緩く、表面の肌理(きめ)粗い、このため鉛筆やペンなどでの書き具合が劣ります。さらに表面の強度も劣るため印刷機で紙剥け(かみむけ)が発生しやすく、かつ印刷インキの付きが悪く、いわゆる印刷適性が劣ります。 なお、一般に和紙はインクや水に対する抵抗性に乏しく、いわゆるサイズ性が劣るため万年筆で書いてらにじみが発生します(ペン書き適性不良)。逆に、墨汁を使い毛筆などで書画を書くと、適度ににじみがあり趣があり、落ち着いた柔らかさや風合いと合わせて、いかにも和風的で好まれます。こういった良さを和紙は持っております。 もう一つ大きな差は、和紙の保存性・耐久性が良好なことです。この和紙の丈夫さは、繊維の長い原料を使っていること、原料の叩解も温和な手仕事で処理されるために、損傷は少なく、繊維の切断もほとんどなく、自然のままの丈夫さを保っていること、さらに漉くときの酸性度(pH)がアルカリから中性にあることなどから生まれています。 酸性紙が多い洋紙の寿命が、100年くらいでボロボロになるのに対して正倉院に残る紙が示すように、和紙は1000年以上を経てもしっかりしており、今なお使用可能なことから知られるように、和紙の寿命は驚異的といわざるを得ません。 このように和紙は、品質的に洋紙に比べて、大きな特色を持っていますが、手漉きのため生産性が低く、少量供給にならざるを得ません。そのため特殊性・芸術性的な用途が主体になり、希少価値的で価格も高くならざるを得ません。
和紙・・・平滑や強度付与のために表面処理したものもあり
・まず楮を蒸して皮を剥き、外側の黒皮を取り除き、内側の白皮を原料にします。
・次に白皮を釜の中に入れ、ソーダ灰(無水炭酸ナトリウム)を加えて煮ます(蒸煮)。ここで不純で不要な成分を取り除き、繊維をほぐれやすくします。 これをよく水洗いをし、薬品を洗い流すと同時に、混ざっているゴミなどを取り除きます。なお、必要に応じて漂白を行います。
・この繊維を木棒などで平たい石か、厚い板の上で叩き、柔らかくし湿った綿のようにします(叩解、「こうかい」と読みます)。
・水を入れた漉き舟(四角な箱=漉槽)の中に、繊維とネリ(トロロアオイの根を砕き、水に浸して出てくるドロドロの液)とを加えてよくかき混ぜます(攪拌)。 これを紙料液といい、紙漉きの原料となります。
・簀桁(漉桁)で、漉き舟の中から紙料液をすくい上げ、簀桁を前後左右に揺り動かします。これを何回も繰り返すうちに繊維は絡み合って紙の層ができます。 紙の厚さはすくい上げる回数で決まりますが、漉く時に、余分の紙料液を簀桁の先から漉き舟の中に捨てます(これを捨て水といいます)。 なお、この漉き方を「流し漉き」といいます。
これに対して、紙料液をすくい上げてから、簀桁をわずかに揺り動かして、水が切れるまで暫く置いて紙の層を作る方法を「溜め漉き」といいます。 ・簀の上の紙層すなわち湿紙を板の台(紙床、しと)の上に積み重ねます。重ねた紙に重石をするか、機械を使うかしてゆっくりと水を絞って脱水します。 ・水を絞り終わった紙は、一枚ずつはがして張り板に張り付けます。
・張り板に張り付けた紙は天日でゆっくりと乾かした後に、剥(は)ぎ取り良紙を選別します。
・大釜に湯を沸かし、白皮をほぐしながら入れます。そのなかに白皮についた不純物を溶かすため灰汁(あく)[主にソーダ灰のアルカリ性溶液]を加えて高温度で煮て、軟かな繊維にします ・煮熟を終えた後、繊維を籠に移し替え水中に放置するか、川などでよく水洗いしアルカリ性分を除きます・・・灰汁抜き
A次に、第2回目の紙料をすくい取りますが、初水よりはやや深く汲み、漉桁を前後(場合によっては左右にも)に揺り動かします (求める厚さになるまで、数回汲み込みと揺りを繰り返します) B汲上げた紙料が簀の上で、適当な厚さになったならば、漉桁を傾けて、残った紙料を捨てます。これを捨て水といいます (この捨て水によって、簀上に浮いている塵や結束繊維などの不純物が取り除かれます)
(参照ウェブ) ・財団法人 紙の博物館 紙のすき方 作り方 紙の講座3 ・王子製紙株式会社 紙のエトセトラ 「自分で紙を作ってみょう」 http://www.ojipaper.co.jp/p_m/p04/p04_04.html ・日本製紙株式会社 紙の豆知識 「手漉き体験」 http://www.npaper.co.jp/shiyukan/hand.html
次に主な和紙の原料と特徴を表にまとめます。 なお、楮、三椏、雁皮ばかりでなく、補助原料のトロロアオイ(粘剤)や参考までに洋紙の原料である木材やケナフ、それにパピルスについても説明します。 (参考文献)世界大百科事典(第2版)・・・CD-ROM版 日立デジタル平凡社 広辞苑(第五版)・・・CD-ROM版 岩波書店
先端で3本に枝分かれしており、球状に黄金色の花が咲くじんちょうげ科ミツマタ属の落葉低木(成木は2m余り) 。中国中西部、南部からヒマラヤ地方が原産。 枝が三叉になる特徴からこの名がきている。楮、雁皮とならんで、現代の和紙の代表的な原料の一つで、江戸初期から使われはじめた。 繊維は、3〜5mm(別資料では1.2〜5.1mm、平均3.6mm)の長さで、雁皮ほど光沢はないが、柔軟で細かくて光沢があり、優美できめの細かい紙肌をつくる。また、しわになりにくく虫もつきにくく、印刷適性にも優れている。 そのため局納三椏として大蔵省印刷局に納入され、日本銀行券(紙幣)に使用されているが、この他に証券用紙、金糸銀糸用紙、金箔合紙、かな用書道用紙、美術工芸紙などの高級で重要な用途に用いられている。
(参考) ・『延喜式』にある産紙国(製紙地) 平安時代に入ると927年(醍醐天皇の延長5年)に『延喜式』が制定され製紙作業の大綱が定められ、産紙国(製紙地)は42か国に及んでいる記録が残されています。
伊賀・伊勢・尾張・三河・駿河・甲斐・相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸・近江・美濃・信濃・上野・下野・若狭・越前・加賀・越中・越後・丹波・丹後・但馬・因幡・伯耆・出雲・石見・播磨・美作・備後・安芸・周防・長門・阿波・讃岐・伊予・土佐・日向・大隅・薩摩・・・(現在のどのあたりの地域か見当がつくと思います)
−和紙関係− ・(国の)伝統的工芸品(経済産業省指定)…9銘柄
因州和紙・阿波和紙・土佐和紙・大洲和紙・内山紙・越前和紙・美濃和紙・越中和紙・石州和紙
・(国の)重要無形文化財(文部科学省指定)…三団体
石州半紙(島根県三隅町)…石州半紙技術者会 本美濃紙(岐阜県美濃市)…本美濃紙保存会 細川紙(埼玉県小川町・東秩父村)…細川紙技術者協会