和紙めぐり
和 紙 紀 行
(2002年1月1日記録)
| 洋紙の場合、外国から伝わってきた明治時代の初めころは、原料はボロ布などであったから、いわゆる今日で言う再生紙であったから、その生産地は発生量が多く、集荷しやすい都会か、そこに近いところであった[例えば、東京日本橋に1872(明治5)年設立された有恒社(1924年王子製紙に併合)が1874年6月、最初に製造。75年には、三田製紙所が東京で、蓬莱社が大阪で製紙工場を開業。また1873年には渋沢栄一らが抄紙会社(後の王子製紙)を設立し、75年7月に操業を開始(東京府下王子村)]。 その後、木材から製紙用のパルプを作るようになり、工場は木の多い山の近くに建設されるようになった。さらに紙の生産量が増えるにつれ原料(木材、チップ(木片))が、国産では賄いきれず次第に輸入品が増加してきたため、製紙メーカはチップ専用船を保有するようになり、大型船が寄港できる港近くに、工場を内陸立地から臨海立地に変えてきた。またリサイクルの高まりから古紙の配合が紙全体の平均で55%以上ある今日、しかも古紙配合がほぼ90%ある板紙のような生産工場は、明治初期のころのように都会地か、そこに近いところが好適である。このように原料条件の変化で大きく動いてきている。このような環境変化に対応しながら、加えて紙パルプ産業は水の多消費産業といわれるように、きれいな河川があり用水が豊富で、交通の便がよく、しかも製品・商品の消費地に近ければこの上もなく好条件となっている。 和紙は、楮などの原料が栽培でき、きれいな川があり用水が確保できることなどが立地条件のようである。そのために都会、人が沢山集まっているところから離れた人里や静かな山麓に近いところに和紙の漉き場があることになる。美濃和紙も然り。その生産地である美濃市は、1889(明治22)年に町制がしかれたときに美濃町が誕生、1954(昭和29)年には美濃町と近隣の洲原、下牧、上牧、中有知(なかうち)、藍見、大矢田の 6村が合体したもの(人口 約2万5千人)。川は板取川である。 |
きょうの泊まりは、2つ先の湯の洞温泉口駅から近い「湯の洞温泉」であるが、天気がよく時間もあったので美濃市駅で降りる。駅前はそうでもなかったが、町の中は落ち着いた風情で、しばらく散策をした後、宿に向かう。明日もう一度訪れる予定である。 翌朝、タクシーにて美濃市蕨生(わらび)にある「美濃和紙の里会館」へ向かう。途中、きれいな長良川のわきを通り、しばらくするとその支流である板取川に出て、今度は板取川に沿って車は走る。会館に到着である。晴天である。青空がいっぱい広がっている。すがすがしい。
9時の開館と同時に入館[開館時間:9:00〜16:30、入館料:500円、休館日:火曜日(祝日の場合は翌日)]。
まだ新しい。市制40周年を記念して1994(平成6)年に建設され秋にオープンしたという。館内は明るい。(写真右)美濃和紙の里会館
建物は鉄筋コンクリートの地下1階、地上2階(延べ面積 2840u)になっており、地下1階は研究フロア、地上1階はパブリックフロア、2階は展示フロアと呼ばれ、それぞれ地下には売店・ショールームや手漉きができるワークショップ、アトリエ、会議室などが、地上1階は吹抜けになっており、ロビーがあり、レストランやテーマを決めて臨時的に開設する企画展示室があり、また2階には常設の紙関係の資料展示室、ハイビジョンホールや図書室などがある。地下1階、地上2階はもちろん、階段はあるがエレベーターで結ばれている。
和紙の歴史、製造工程、道具など、和紙に関するすべてが理解できるようになっており、ひととおり館内を見た後に、地下1階の手漉き体験のできるワークショップに行った[紙漉き体験:1回500円]。
中に入ったが手漉きは初めてなので、戸惑いと上手くいかなかったときの恥ずかしさを思って、やめようか、どうしようかと考えた。しかし、ここで止めたらこれからもやれないだろうと思い意を決して申し込んだ。
そこの漉き人の指導により、初めての手漉きによる和紙作りは終わった。案ずるより産むが易しである。縦と横の揺りである。ただ難しい。斑(むら)ができる。止むを得ないか、初めてである。
あとは乾燥し出来上がりであるが、乾燥までに多少の時間がかかるということで売店・ショールームに行く。
売店で各種美濃和紙のサンプル付き「美濃紙の伝統」(著者 久米康生、編集 美濃市役所、平成6年10月発行)という本とビデオテープ「美濃紙のできるまで」(著作 美濃市)を買う。
さすがは伝統ある美濃和紙の地にできた会館である。新しさを求めた和紙の殿堂である。頼もしさを感じるとともに、これからの和紙、美濃和紙の伝承と発展、後継者の育成に積極的に頑張ってほしいと思う。
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美濃和紙は、現在、岐阜県美濃市で漉かれている和紙である。かつて和紙といえば「美濃紙」といわれるほど有名で、ポピュラーな紙となった。伝統と名声があり、質量ともわが国、和紙のトップクラスを君臨した美濃和紙であり、手漉き和紙の業者数も近年(1980年代初め)まで全国最多であったのが、漸次減少し、1995年データであるが、美濃和紙の生産県である岐阜県は、福井県53、鳥取県42、高知県の35に次ぐ33で第4番目になっている。これ以上衰退しないよう、逆に以前のようにこの和紙の世界をリードしていってほしいと願わざるを得ないが、この殿堂「美濃和紙の里会館」を見ていると大丈夫だという意気込みと心強さを感じる。 美濃和紙が名声を得たのは、美濃和紙は書院紙(美濃書院紙…障子紙)といわれるように、最高品と評価されて書院造りの明り障子に用いられにふさわしい紙であるように品質が優れているうえに、障子紙のような生活と結び付いた日用紙を中心として多く生産され、一般的に広く使用されるようになったからである。 種類と生産量の面で美濃紙は和紙を代表する銘柄となり、江戸時代にはその判型である美濃判(9寸×1尺3寸=273×393mm)は、徳川御三家専用のものとされて、他の大名や庶民はその使用は禁止され、この寸法より小さいものでなければならなかった。 しかし、明治維新になって皆平等ということから、解禁となり、美濃判やそれより大きい寸法へと流れ、それが各地に広まり、美濃判はわが国、和本の標準的な寸法として親しまれ、定着していった。このように美濃和紙は、全国的に名声を得ていく。 ![]() ![]() ![]() ![]() 旧今井家住宅 美濃史料館展示でから |
もう少し美濃和紙について触れる。
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美濃紙の歴史は1300年と古い。和紙の中でももっとも起源の古いものの一つで、奈良時代までさかのぼることができる。 なお、都(京都)には、官立製紙所である紙屋院があったが、都以外では唯一、美濃国だけに「紙屋院の別院」が設けられ、「美濃国紙屋」と呼ばれていた。これらのことからも美濃国は、わが国の和紙作りの中心的な存在であったといえる。 ところで紙の手漉き方法には、紙料を枠内の簀の上にすくいあげたまま放置する「溜め漉き」と、紙料を簀の上に放置しないで、簀を縦・横に揺り動かす「流し漉き」があるが、美濃和紙の漉き方は、「流し漉き」で通常の紙の縦(天地)方向ばかりでなく、左右にも紙料液を揺り動かす「横揺り」をするのが特徴である。そのため紙質は、漉きむらがなく繊維が絡んでいるため、丈夫でしかも美しいのが特色で、日光に透かして鑑賞される障子紙などには最適であるとされている。![]() 全国的に評判となり広く広まった美濃紙は、明治時代ころから各地で模造されるようになり、また地元でも粗悪なものが作られるようになった。美濃紙の評価が落ちてきたため、伝統技法を守った本来の美濃和紙の継承のために、本美濃紙保存会が組織され、1969(昭和44)年に国の重要無形文化財として認定された。 (注)本美濃紙…原料は楮のみを用いる(今は茨城県産の通称、那須楮を使用)。美濃の伝統的な製法と用具によって漉かれた高品質の紙(和紙文化辞典 久米康生著、1995年10月発行)。 また、1985(昭和60)年には、国の伝統的工芸品に指定されている。(写真左)旧今井家住宅 美濃史料館「本美濃紙」の説明 |


| 入館料 | 大人 300円(250円)、小人 100円(50円)、( )内は団体料金 |
| 開館時間 | 9:00〜16:30(10〜3月は16:00まで) |
| 休館日 | 火曜日、祝日の翌日、12月29日〜1月3日 |
| お問合せ先 | 今井家住宅・美濃史料館 TEL 0575(33)0021 |

さらに旧今井家住宅美濃史料館で、「手漉き和紙のできるまで」などの展示を見学しそこを出る。かなり充実しており満足した。
美濃市内を歩きながら美濃市駅まで行き、昨日の逆コースで長良川鉄道に乗る。美濃太田駅でJR高山本線に乗り換え、きょうの宿泊地、高山市に向かう。
参考までに美濃和紙関係のウェブを紹介します。ご覧ください。
(参照ウェブ)
・美濃和紙
・美濃紙とは
・宮西先生の美濃和紙
・美濃市立上牧小学校の紙漉き体験(美濃和紙)
・長谷川和紙工房(美濃和紙)
・ようこそ紙イングのホームページへ
・「紙ing」資料 和紙
・河合中学校 山中和紙「いなか工芸館」体験
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和紙紀行「越前和紙」へリンク
和紙紀行「小川和紙・細川紙」へリンク
和紙紀行「軍道和紙」へリンク
和紙紀行「和紙の旅」(訪問先、日程など)(1999年4月25日〜5月2日 8日間)へ
和紙紀行「和紙の旅 番外編・・・高山市(岐阜県)」へリンク
和紙紀行「八尾和紙(越中和紙・・・富山県・八尾(やつお)町)」へリンク
和紙紀行「五箇山和紙(越中和紙…富山県東砺波郡平村)」へ
和紙紀行「和紙の旅 番外編・・・金沢市(石川県)、永平寺(福井県)」へリンク
和紙紀行「石州和紙(島根県鹿足(かのあし)郡津和野町)」へリンク
夢の和紙めぐり 因州和紙(鳥取県)・・・(その1)はじめに
夢の和紙めぐり 因州和紙(鳥取県)・・・(その2)青谷町
夢の和紙めぐり 因州和紙(鳥取県)・・・(その3)佐治村
夢の和紙めぐり 因州和紙(鳥取県)…(その4)因州和紙、永遠に!
[資料] 美濃和紙関係 ←クリックしてどうぞご覧ください
(引用文献)世界大百科事典(第2版 CD-ROM版)…日立デジタル平凡社発行 (項目)文献などから引用したものですが、文献名・著者が不明なものがあります。
調査しており判明次第、明確にします。それまではご容赦をお願いします。
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美濃紙 みのがみ
美濃和紙(岐阜県美濃市)・・・文献名不明
美濃[市]
武芸川[町] むげがわ
美濃本 みのぼん
判型 はんけい
中本 ちゅうほん