長野県上松(あげまつ)町荻野原
2002年6月訪問
ほとんど消えかかっている地名である。
その場所を訪問したが、看板などで「荻野」は確認できなかった。突然ながら、このあたりかと目星をつけたところにあったお宅におじゃまし、話を伺った。Tさんである。Tさんは昭和26年に北海道からここに入植したという。5〜6年後に、静岡からHさんが引っ越してきたそうだ。大原さんが一番古い家だったというが、今は転出してしまったそうだ。
つまり、「荻野」は戦後開拓された地域だというわけだ。名前としては、そんなに古くはない。入植したとき、一番多いときで5軒の家があったが、今はTさんとHさんの2軒しかない。
地元の産業は、農業(畑作)であった。あわせて牛や馬を飼っていたが、牧畜業というほどのことではなかったようだ。農耕用ということである。そういう馬を、忙しいときには原っぱにあずけていた(つまり、勝手に遊ばせていた)という。その場所が「荻野原」(おぎのはら)で、その後、キャンプ場になり、地元の小学生などがよく来ていたが、最近は別のキャンプ場が整備されて「荻野原」は単なる原っぱに過ぎなくなってしまった。地図で「荻野ノ原」と表記されている例もあるが、そういう表記は地元では使われていない。
住所としては、広域名の「小川」を使い、「荻野」は使わなくなってしまったそうだ。もっとも、たった2軒では、住所として識別する意味もあまりなさそうだ。
そこまでお話が伺えたので、その後、町役場に行き、平成5年9月作成の1万分の1の地図「上松町図2」を購入した。大変詳しい地図で、そこでは「荻野原」という地名が確認できた。また、そのそばに「荻野沢」という
1km くらいの川が流れていることもわかった。