山形県大江町荻野
2001年8月訪問
まずは道ばたにあった道標で県道9号線沿いにこの地名があることが確認できた。
さらに行くと、大江町教育委員会による「荻野・堂屋敷地区の地誌」という掲示があった。
これによると、明治6年に荻袋(おぎぶくろ)が荻野になったという。
荻野地区がどんな場所かというと、次の写真で明らかなように、農業中心の「村」である。果実集荷場などがあって、けっこう田舎の雰囲気が漂う。
公民館に当たるのだろうか。ちょっと看板の文字が読みにくいが、「荻野・堂屋敷地区集落センター」とある。
昭和59年3月31日発行の『大江町史』によると、982ページで、「明治6年2月28日、荻袋村が荻野村に(中略)それぞれ村名が変えられたが、その理由は村山郡に同名の村があって呼出しや通報に支障を来たすということからであった。」とある。また986ページには、『県史資料編19』より引用して明治10年の人口と戸数の表があるが、荻野村は21戸、128人であったことがわかる。987ページの記載で、明治22年(1889年)4月1日施行の「市町村制」によって、荻野村は堂屋敷村などと一緒に本郷村に合併され、行政地名としての「荻野」はこれで終わり、あとは大字名として使われるようになる。