上越市にあった荻野

  『角川日本地名大辞典15新潟県』によれば、新潟県上越市にも江戸期から明治22年まで「荻野村」があり、その後、昭和37年まで大字として「荻野」が使われていたとあるが、現在は使われていないようだ。
 この地名について、ちょっと調べてみた。
 中頸城郡農會 (編)(1903)『新潟縣中頸城郡諏訪村々是調査書』という本がある。表紙にはこの通りのタイトルの記載があるが、めくったところ(中表紙)には『中頸城郡諏訪村農勢調査書』と書いてある。本の現物は、東京大学経済学部に所蔵されている。この本に、諏訪村の中の大字として「荻野」が2箇所出てくる。
 p.17 では「萩野」という漢字で出てくる。誤字である。p.27 では、諏訪村の農会の会則があり、その第13条で、評議員の出身母体として大字が列挙され、そこに「荻野」がある。
 上越市発行の『高田市史』第3巻(1980)を見てみた。p.15 から明治22年の町村制の話が出てくるが、p.19 に荻野村14戸が他の19村と合併して諏訪村になったことが記されている。
 同書には、明治22年以前、新潟県が大小区に分かれていたことが述べられている。その中には、p.32 で「荻野村」が小9区に属していたことが記されている。
 今も、上越市には「諏訪」という地名があるが、その一部に「荻野」があったと推定される。
 平凡社(1986)『日本歴史地名大系第15巻 新潟県の地名』p.254 によると、荻野村は「文禄(1592-96)ころの頸城郡絵図に「北条能登おきの村 中」とみえ、」 とあり、これが確認できる限りでの最古の用例のようだ。
 2002年6月に、上越市諏訪を訪ねてみた。「荻野」と思われる地域を歩いてみたところ、地元の人(北川さん、女性)が、庭先で花いじりをしていたので、ちょっとうかがってみた。数十年前に、嫁入りした後に「荻野」を聞いたという。その後、堀之内と荻野が合併して諏訪になり、それが大字として使われ、それからは荻野は使われなくなった。看板も何も、証拠は1枚もないそうだ。
 もう一人、近所の男性に聞いてみた。30代のその人は、「荻野」は全く聞いたことがないという。
 そんなわけで「荻野」の使用例は確認できなかったが、一応、元は「荻野」と名乗っていた地域の写真を載せておこう。

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