モガと断髪

一九二〇年代から三〇年代はじめ(大正末から昭和のはじめ)にかけての一時期、日本では
モダンが流行しました。西洋の風俗が続々と入ってきて、活動写真館(映画館)や劇場、
ダンスホールやカフェバーが続々と誕生し、和服から洋服に着替えた人々が銀座界隈を
闊歩する姿が目立つようになります。

アメリカの女優、ルイーズ・ブルックスやメリー・ピックフォードが短い髪型でスクリーンに
登場したこともあって、「女の命」と言われた長い黒髪をバッサリと切り落とし、オカッパ頭に
する女性が出てきます。流行の最先端をいく彼女たちは「モダン・ガール(モガ)」とマスコミに
もてはやされます。

断髪にした女性の多くは職業婦人でした。教師、看護婦、女工だけでなく、タイピスト、
アナウンサー、デパートの店員、婦人記者、女給、エレベーターガール、車掌など、
あらゆる職種に進出していきます。良妻賢母という家庭に閉じこめられた女性像から解放され、
髪形や服装の束縛を振り払い、自らの意志で社会に進出した強くて新しい女性がモガでした。

モガは新しい時代を象徴するイメージとして多くの女性たちから羨望の眼差しを集めます。
と同時に、封建的な価値観を持った人々からは「毛断害有」などと揶揄されたり、「西洋かぶれ」、
「はねっかえりの女」、「あんな女は嫁入り先もない」などと悪口をいわれることもしばしば。
羨望と侮蔑、二つの相反する感情がモガに向けられました。それだけ、モダンガールは
社会のなかで目立った存在だったのです。

断髪は日本だけでなく、アメリカ、パリなど同時代に世界規模で流行しました。
しかし日本ではその当時、一般の女性は着物を着る習慣がまだまだ主流であったため、
日本髪を結えないような髪型にはなかなか手が出せず、髪型の主流は、「耳隠し」や「耳出し」
だったというのが実状でした。

(参考文献)
青木英夫『洋髪の歴史』雄山閣 1971.8.
高橋康雄『断髪する女たち モダンガールの風景』教育出版 1999.9.
ポーラ文化研究所編『モダン化粧史 粧いの80年』ポーラ文化研究所 1986.11.