近世(江戸〜明治)年表



 1600 4月 オランダの探検船リーフデ号が豊後(大分県)の臼杵湾(うすきわん)に漂着 

      ウィリアム・アダムズ(イギリス人)→三浦按針  ヤン・ヨーステン(オランダ人)→耶揚子 

 1600
 9月 関ヶ原の戦い 石田三成(五奉行の1人)と徳川家康の対立 → 東軍の勝利

        <東軍> 徳川家康(五大老)、福島正則、黒田長政ら 

        <西軍> 毛利輝元(五大老)、石田三成、小西行長ら      

 1603 家康、征夷大将軍→江戸幕府を開く これより江戸時代 

 1605 家康、将軍職を秀忠(〜在職23)に譲る

 1609 薩摩藩(藩主:島津家久)、琉球を征服   オランダ商館を平戸(長崎県)におく

 1609 己酉約条(きゆうやくじょう) 朝鮮と宗氏(対馬)との間に結ばれた条約

 1610 家康、商人の田中勝介をメキシコに派遣 → 田中勝介は太平洋を横断した最初の日本人

 1611 家康、後水尾天皇を擁立

 1612 禁教令 家康、天領でキリスト教を禁止する

 1613 全国に禁教令  イギリス商館を平戸(長崎県)におく

 1613 慶長遣欧使節 伊達政宗(仙台藩主)、家臣の支倉(はせくら)常長をローマ教皇のもとに派遣

 1615 大阪の陣(14冬→15夏) 家康→豊臣氏を滅ぼす(秀頼、淀君自刃)

 1615 一国一城令、武家諸法度元和令(起草者:金地院崇伝)、禁中並公家諸法度を制定 

 1616 徳川家康没  ヨーロッパ船の来航を長崎と平戸に  清国成立

 1622 元和の大殉教

 1623 家光、3代将軍(〜在職51)となる  イギリス、平戸商館を閉鎖

 1624 スペイン船来航禁止 

 1627〜9 紫衣(しえ)事件 後水尾天皇が与えた紫衣を幕府がとりあげ、抗議した大徳寺の沢庵が

      処罰された  後水尾→明正天皇(女帝)  幕府の朝廷に対する優位が明らかになった事件

 1633 奉書船以外の海外渡航、在外日本人の帰国禁止(鎖国令T)

 1635 外国船来航・貿易地を長崎・平戸に限定(鎖国令V)

 1635 武家諸法度寛永令(起草者:林羅山) → 参勤交代を制度化する

 1637〜8 島原・天草一揆 天草四郎(益田時貞)

 1639 ポルトガル船来航禁止(鎖国令X)

 1641 平戸のオランダ商館を長崎の出島に移す → 鎖国体制の確立

 1643 田畑(でんぱた)永代売買禁止令

 1649 慶安の御触書  幕府→農民の心構え

 1651 家綱(家光長男)、4代将軍(〜在職80)となる

 1651 由井正雪の乱(慶安の変) 倒幕を企てたが、計画がもれ自刃

 1657 明暦の大火 江戸城本丸や江戸の大部分が焼けた大火事

 1665 諸社禰宜(ねぎ)神主法度 神社に対する統制

 1669 シャクシャインの戦い 松前藩の交易独占に反対して、アイヌが起こした戦い

 1680 綱吉(家光四男)→5代将軍(〜在職1709)となる  元禄時代 儒学(朱子学)奨励

      天和の治 柳沢吉保 生類憐みの令 質の悪い貨幣

 1702 赤穂事件 吉良義央(きらよしなか)が、浅野長矩(ながのり)の遺臣、大内良雄らに殺された

 1709 家宣(綱吉養子)、6代将軍(〜在職1712)となる  新井白石の政治

 1713 家継(家宣三男)、7代将軍(〜在職1716夭逝)となる

    6代・7代の時 新井白石(正徳の治)→金・銀貨改良 外国貿易制限  間部詮房

 1715 海舶互市新例 新井白石 長崎貿易に関する条例 金銀貨の流出を抑える

 1716 徳川吉宗(紀州藩主)、8代将軍(〜在職1745)となる 

   享保の改革質素倹約 上げ米の制(参勤交代をゆるめ、米を献上) 新田開発

               目安箱 公事方御定書 養生所設立 医学・洋学の奨励 定免制

 1732 享保の飢饉

 1745 家重(吉宗長男)、9代将軍(〜在職1760)となる 言語不明瞭 

 1760 家治(家重長男)、10代将軍(〜在職1786)となる

 1772 田沼意次老中となる

      田沼の政治株仲間奨励(税を徴収) 蝦夷地の開発 銅・海産物の輸出 

  印旛沼(千葉県)の干拓  賄賂

 1776 アメリカ独立宣言 ジェワァーソンが起草  ジョージ・ワシントン→アメリカ合衆国初代大統領

 1782 天明のききん(〜87) 百姓一揆、うちこわし→ 田沼失脚

 1783 浅間山の噴火

 1787 家斉→11代将軍(〜在職1837)となる  松平定信(吉宗の孫)老中 寛政の改革

       米を備蓄  倹約令 旗本・御家人の借金帳消し(棄損令)人返し 人足寄場

 1789 フランス革命 → 人権宣言 旧制度と絶対王政(ルイ16世)を倒し、共和制が成立

 1791 林子平が「開国兵談」を著すが、幕府によって処罰される

 1792 ラックスマン根室に来航  大黒屋光太夫を帰国させる

 1804 ロシア使節レザノフ、長崎に来航 追い返される

 1806 文化の撫恤(ぶじゅつ)令  対外融和策

 1807 蝦夷地全域を幕府直轄地とする

 1808 間宮林蔵、樺太探検 →間宮海峡を発見

 1808 フェートン号事件 イギリス軍艦長崎港で暴れ回る

 1811 ゴローニン事件 幕府、ロシア軍人ゴローニン監禁

 1812 ロシア、高田屋嘉兵衛を抑留      (ナポレオン、ロシアに敗れる) 

 1813 ゴローニン事件解決

 1825 外(異)国船打払令(無二念打払令) 

 1828 シーボルト事件 日本地図をドイツに持ち帰ろうとした事件

 1833 天保のききん  百姓一揆 打ちこわし

 1837 大塩平八郎の乱 大阪で救民・幕政批判の兵を挙げたが、敗れて自殺

      
→ 生田万の乱(越後柏崎で塾を開き、救民のため柏崎代官を襲ったが、自刃)

 1837 モリソン号事件 アメリカ船モリソン号 浦賀に渡来 砲撃を受け退去

 1837 家慶(家斉次男)、12代将軍(〜在職53)となる

 1839 蛮社の獄 渡辺崋山(慎機論)自刃  高野長英(夢物語)自刃

 1840 アヘン戦争(〜42) 清朝のアヘン禁輸措置に対し、イギリスが軍艦を送り清国を屈服

 1841 天保の改革(〜43) 老中水野忠邦 

       外国船打払令緩和 倹約令 株仲間解散 人返しの法 上知令→反対 失脚

 1842 南京条約 イギリスと清国の間に締結 香港の割譲、広東や上海の開港

      賠償金の支払い、不平等条約 → 中国政府は農民に重税 → 太平天国の乱(1851)

 1842 天保の薪水給与令(異国船打払令を緩和)

 1844 オランダ国王ウィルレム二世、開国を勧告する

 1846 アメリカ東インド艦隊司令長官、ビッドルが浦賀に来航し通商要求 → 幕府拒絶

 1851 洪秀全が太平天国を建てる 辮髪を禁じ、清朝打倒を宣言 李鴻章らに滅ぼされる

 1853 家定(家慶四男)、13代将軍(〜在職58)となる 病弱で跡継ぎなし→継嗣問題

 1853 6月 ペリー来航 浦賀(神奈川県)  7月、プチャーチン(ロシア)長崎来航

 1854 日米和親条約 アメリカに最恵国待遇 下田(静岡県)と函館を開く  

      
オランダ・イギリス・ロシアとも条約を結ぶ <老中首座:阿部正広>

 1856 下田在住の初代アメリカ総領事のハリスが通商条約の締結を求める → 

      老中首座の堀田正睦(ほったまさよし)は、条約調印の勅許を求めたが失敗

 1856 アロー号事件 イギリス船アロー号の臨検問題から清国と英・仏間で起きた戦争

 1857 インドの大反乱 インド兵のイギリス人上官に対する反乱

 1858 天津条約 アロー号事件の結果、清国が英・仏と結んだ条約 →ハリス、英・仏の脅威を説く

 1858 日米修好通商条約(ハリス) 大老井伊直弼、勅許を得られないまま調印を断行

       函館、神奈川
(→横浜)、長崎、新潟、兵庫(→神戸) を開く (下田は閉鎖)

       オランダ・イギリス・フランス・ロシアとも条約を結ぶ(安政の5カ国条約) 

       不平等条約(領事裁判権認め、関税自主権なし)

 1858 徳川家茂(紀伊藩主、慶福(よしとみ)) 14代将軍(〜在職66)となる

 1859 安政の大獄 大老井伊直弼が反対派を処罰

 1860 遣米使節が、条約批准のため渡米(全権は外国奉行新見正興、咸臨丸艦長は勝海舟) 

 1860 3月 桜田門外の変 井伊直弼が江戸城桜田門外で水戸藩浪士に暗殺

 1861 和宮降嫁 孝明天皇の妹和宮を将軍徳川家茂の正室に迎える

      → 公武合体論の具体策として(老中、安藤信正が推進)

 1861(〜5) アメリカで南北戦争

 1862 1月 坂下門外の変 安藤信正が水戸藩浪士に坂下門外で襲撃される

 1862 3月 寺田屋事件 島津久光(薩摩藩主後見役)が、藩内の尊攘派を一掃した事件 

 1862 8月 生麦事件 島津久光一行が江戸で幕政改革を成功させ、薩摩に帰る途中

      生麦村(神奈川)で、イギリス人を殺傷した事件
 
 1863 3月 新撰組、京都で発足 京都守護職配下

 1863 
5月 長州藩、下関海峡を通過する外国船に砲撃  

 1863 7月 薩英戦争 生麦事件の報復のため鹿児島に進入したイギリス艦隊と薩摩藩との戦争

 1863 8月18日の政変 薩摩・会津藩→長州藩や急進派の公家、三条実美を京都から追放

 1864 6月 池田屋事件 長州、土佐藩の尊攘派が池田屋で会合中、新撰組に襲われる

 1864 7月 蛤御門の変(禁門の変) 池田屋事件を知った長州藩内の過激派が京都御所を包囲、発砲

      幕府側と戦争となる 長州藩は惨敗 久坂玄瑞(くさかげんずい)ら、自刃

 1864 8月 四国連合艦隊下関砲撃事件 英・仏・米・蘭 →長州藩へ報復攻撃 下関が占拠される

      高杉晋作、攘夷は不可能と悟る 

 1864 第一次長州征伐 蛤御門の変で御所に発砲した罪を問われる 長州藩の実権を握った保守派が

      幕府に謝罪 →高杉晋作の挙兵により、再び急進派(=倒幕派)が政権をとる

 1866 1月 薩長同盟が結ばれる 坂本龍馬の仲介

 1866 6月 第二次長州征伐 長州藩は新式の鉄砲(龍馬の仲介で薩摩藩より入手)と大村益次郎の

      軍制改革によって征長軍を打ち破る 幕府の権威、急速に失墜

 1866 徳川慶喜→15代将軍  慶喜就任直前に孝明天皇急死

 1867  「ええじゃないか」騒動  坂本竜馬、暗殺される

 1867 10月14日 大政奉還 慶喜、政権を朝廷に返す

 1867 12月9日 王政復古の大号令  その夜の小御所会議→辞官納地

 1868〜69 戊辰戦争(旧幕府軍VS新政府軍)→鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍敗れる



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