自衛隊機年表

 

 1950年 昭和25年

   6月25日 朝鮮戦争勃発。
   6月    国内航空運送事業運営に関する連合軍総司令部覚書が出され、日本人の航空機搭乗の再開見通しが立つ。
   7月 8日 マッカーサー連合軍最高司令官の吉田茂首相宛書簡で、警察治安部隊の創設が示される。
   8月10日 警察予備隊令が出され、警察予備隊が設置される。

 1952年 昭和27年

   7月    警察予備隊の飛行経験者に、米軍指導による訓練が始まる。米軍はこのため、エアロンカL−16を20機、
        スチンソンL−5を38機を用意。
   8月 1日 保安庁法成立。警察予備隊は保安隊へと改編。
  12月    生産再開を認められた川崎航空機がKAL−1低翼単葉機の試作を開始。

 1953年 昭和28年

   7月21日 川崎KAL−1の1号機初飛行。
   7月27日 朝鮮戦争休戦協定成立。
  10月    保安庁、富士重工にビーチクラフトB45メンターの部分組立発注を内示。
  10月    川崎重工で、ノックダウン式生産のベル47D−1ヘリコプター1号機が初飛行。
  11月    新三菱重工で、シコルスキーS55ヘリコプターのノックダウン生産が開始される。
         この年末に、富士重工でメンター練習機をモデルにした連絡機生産計画が立てられる。
         この年、保安隊へスチンソンL−5A、B、C、E、Gの38機とパイパーL−21A、Bの62機が米軍か
        ら提供される。

 1954年 昭和29年

   2月11日 川崎KAT−1練習機が初飛行。
   3月 8日 MSA協定成立。
   3月 8日 富士重工、ビーチクラフトB45メンターの試験飛行を行う。
   4月    川崎KAL−1の2号機とセスナ170Bが台湾を訪問飛行。
   7月 1日 自衛隊法、防衛庁設置法が成立し、航空自衛隊、海上自衛隊、陸上自衛隊が発足。
   7月    海上自衛隊へPBY−6A水陸両用飛行艇が米軍から提供される。
   9月 3日 富士重工、ノックダウン組立によるビーチクラフトB45メンターの1号機が初飛行する。
  11月25日 川崎KAL−2連絡機、初飛行。
  11月    新三菱重工がノースアメリカンT−28Bを1機購入し、研究を始める。
  12月    アベンジャー対潜哨戒機10機が海上自衛隊へ提供される。
         この年、グラマンUF−2救難輸送飛行艇の海上自衛隊供与開始。

 1955年 昭和30年

   1月    ロッキードハープーンPV−2哨戒機17機が提供される。
   2月    空幕は、国産ジェット練習機開発のT−1計画を決定し、新三菱重工、川崎航空機、富士重工、新明和興業に
        開発を依頼。
   4月    川崎重工で、国産ベル47Gヘリコプターが初飛行。
   6月 7日 富士重工メンター改の試作機完成し、初飛行。LM−1と名付けられる。
  10月15日 富士重工、国産ビーチクラフト機の1号機を完成させ、初飛行。
  10月    協定により、川崎でロッキードT−33Aジェット練習機の生産が開始される。
  11月    グラマンJRF−5グース連絡飛行艇2機による訓練が海上自衛隊で開始される。
         この年、海上自衛隊へ米軍からアベンジャー対潜哨戒機4機が供与される。
         この年、カーチスC−46輸送機23機が航空自衛隊に引き渡される。

 1956年 昭和31年

   1月    防衛庁、航空自衛隊用に英国デ・ハビラントDH115バンパイア・トレーナー練習機1機を購入。
   3月    海上自衛隊へ提供するロッキードP2V−7哨戒機の最初の2機が到着する。
   3月    防衛庁技術研究所第6部でSTOL実験用として、サーブ91Bを1機購入。
   3月    航空自衛隊はノースアメリカンF−86F戦闘機を導入。
   4月    新三菱重工が、先に手に入れたノースアメリカンT−28Bを航空自衛隊に提供する。
   8月 9日 三菱ライセンス生産F−86Fの1号機が初飛行。
   8月    川崎重工で、国産ベル47G2ヘリコプターが初飛行。
   9月 8日 富士重工メンター改、量産1号機初飛行。
         この年、海上自衛隊へ米軍からアベンジャー対潜哨戒機6機が供与される。
         この年、カーチスC−46輸送機7機が航空自衛隊に引き渡される。

 1957年 昭和32年

   2月    防衛庁は、「F−86F後継機種決定に関する意見書」を提出し、マッハ1.6を越えるソ連爆撃機を要撃す
        るために、マッハ2クラスの戦闘機が必要と定める。
   5月    輸送機設計研究会が、YS−11の設計を開始。
   8月    防衛庁は、次期超音速戦闘機調査団6名を米国に派遣。調査対象は、ロッキードF−104、ノースアメリカ
        ンF−100、ノースロップN−156F、コンベアF−102Aで、後にグラマンF11F−1Fが追加され
        る。
   9月    富士重工にセスナ連絡機を発注。
  12月 6日 富士重工のL−19Eが初飛行。
         この年、カーチスC−46輸送機6機が航空自衛隊に引き渡される。
         この年、海上自衛隊へビーチクラフトSNB−4/5の供与を開始。
         この年、海上自衛隊へグラマンS2F−1対潜哨戒機の供与を開始。

 1958年 昭和33年

   1月19日 富士重工ジェット練習機T−1F1試作1号機が初飛行。
   1月    全天候型F−86D戦闘機の航空自衛隊供与が開始される。
   4月    国防会議は、次期超音速戦闘機をグラマンF11F−1Fスーパータイガーに内定。
  12月 1日 富士重工LM−1の2号機改KM連絡・練習機が初飛行。
         この年末、ダグラスR4D−6輸送機の海上自衛隊への供与を開始する。

 1959年 昭和34年

   6月    国防会議は、次期超音速戦闘機に内定していたグラマンF11F−1Fスーパータイガーを白紙に戻し、再調
        査団派遣を決定する。
   6月    YS−11の設計開発が、輸送機設計研究会から日本航空機製造に受け継がれる。
   8月    次期超音速戦闘機再調査団が出発。対象はロッキードF104C、グラマンG98J−11C(F11F−1
        F改)、コンベアF−102、同F−106、ノースロップN−156F。
  11月    国防会議は、次期超音速戦闘機にF−104C改(改とは日本向けの改造型、いわゆるJ型)を採用決定。1
        80機導入とする。
  12月 9日 富士重工KMがC−1C(軽量飛行機)の高度記録を更新する(9917m)。
         この年、カーチスC−46輸送機4機が航空自衛隊に引き渡される。
         この年、国土地理院がビーチクラフト65Pを購入。その後、日本航空、航空宇宙技研、海上自衛隊が採用。
         この年、陸上自衛隊で、バートルV−44ヘリコプターを2機購入。また同年暮れまでに川崎重工は、バート
        ルV−107のライセンス生産の製造協定を結ぶ。
         この年、海上自衛隊で、シコルスキーHSS−1ヘリコプターを導入。

 1960年 昭和35年

   5月    バートルV−107のデモフライトを日本でも行う。
  10月    海上自衛隊は、新設計の国産4発対潜哨戒飛行艇開発のため、供与されたグラマンUF−1双発飛行艇を新明
        和に渡し、試験を行わせる。
         この年、カーチスC−46輸送機6機が航空自衛隊に引き渡される。
         この年、ロッキードハープーンPY−2哨戒機が退役。
         この年、航空自衛隊に、バートルH−21B救難機10機が供与される。
         この年、新三菱重工は、シコルスキーS−61(HSS−2)のライセンス生産仮契約を行う。

 1961年 昭和36年

   3月    国内8社がF−104J、F−104DJの生産契約を結ぶ。
   6月30日 F−104Jがロッキードの工場で初飛行。その後分解されて日本へ搬送される。
   9月    富士重工は、ベルHU−1Bヘリコプターの国産化に関する技術援助契約を結ぶ。
         この年、カーチスC−46輸送機2機が航空自衛隊に引き渡される。

 1962年 昭和37年

   3月 8日 F−104Jが小牧基地で日本初飛行。
   7月16日 富士重工KM−2(KM並列複座型)が初飛行。
   7月    富士重工でノックダウン生産のベルHU−1Bヘリコプター1号機が初飛行。
   8月31日 YS−11試作1号機が初飛行。
   9月    千歳第2航空団にF−104配備が始まる。
  12月20日 新明和UF−XS実験飛行艇が初飛行。
         この年、三菱重工は、シコルスキーS−62ヘリコプターのノックダウン生産を開始。

 1963年 昭和38年

   3月    F−104Jの飛行隊が初編成される。
   3月    富士重工のベルHU−1Bヘリコプター2号機が陸上自衛隊に納入される。
  12月 2日 三菱で国産のシコルスキーHSS−2対潜哨戒ヘリコプターの1号機が初飛行。

 1964年 昭和39年

   8月    富士重工で、国産ベルHU−1Bヘリコプターが初飛行。

 1965年 昭和40年

   6月    川崎でのロッキードP2V−7哨戒機のノックダウン生産が終了する。

 1966年 昭和41年

   4月    防衛庁第3次防衛力整備計画原案が発表され、F−104J後継機FXの選定が始まる。
   7月21日 川崎P−2J哨戒機の試作1号機が初飛行。

 1967年 昭和42年

   6月29日 川崎重工とヒューズ社でOH−6Aヘリコプターの国産化技術援助契約に調印。
   8月15日 三菱MU−2Sの1号機が初飛行。
   9月    国産ジェット輸送機の基本設計が、日本航空機製造で完成。
  10月17日 新明和PX−S哨戒飛行艇試作1号機が初飛行。
  10月    新型の超音速ジェット機開発を目的とした、国産の超音速練習機エンジニアリング・チームが、三菱名古屋航
        空機製作所に置かれる。
  10月    新型超音速戦闘機FX選定のため、調査団を欧米に派遣。対象は、マクダネル・ダグラスF−4、ジェネラル
        ・ダイナミックスF−111、ロッキードCL−1010−2、ノースロップF−5、同P−530、マルセル
        ・ダッソーミラージュF1、サーブ37ビゲン、BACライトニング、及び英仏共同開発のジャギュア。

 1968年 昭和43年

   4月    FX企画室発足。ロッキードCL1010−2、マクダネル・ダグラスF−4E、ダッソーミラージュF−1
        Cの検討にはいる。
   6月    P−2J対潜哨戒機の後継機選定が始まり、調査団出発。
   7月    FX再調査団出発。
   8月    新明和PX−S哨戒飛行艇が海上自衛隊に納入される。
  11月    新型超音速練習機XT−2の基本設計審査合格。

 1969年 昭和44年

   1月    国防会議は、FXをF−4EJに決定。104機生産とする。
   3月    川崎重工で国産のOH−6Jヘリコプターが陸上自衛隊に納入される。
         この年、海上自衛隊の輸送機をダグラスR4D−6から国産のYS−11Mに転換。

 1970年 昭和45年

   1月    P−2J対潜哨戒機後継機の装備品調査団が出発。
  10月    新明和PX−S哨戒飛行艇が、海上自衛隊で制式採用され、PS−1飛行艇となる。
  12月18日 航空宇宙技術研究所で、VTOL飛行実験機の飛行に成功する。

 1971年 昭和46年

   7月20日 新型超音速練習機XT−2初飛行。
   7月    F−4EJが2機到着し、実用試験にはいる。

 1972年 昭和47年

   8月    F−4EJによる臨時第301飛行隊の編成を開始。

 1973年 昭和48年

   3月    YS−11の生産終了。合計で182機。
   8月    新型超音速練習機XT−2をT−2とする。

 1974年 昭和49年

   9月26日 富士重工KM−2B初等練習機初飛行。
  12月    新明和US−1救難飛行艇1号機初飛行。

 1975年 昭和50年

   3月    T−2量産1号機が航空自衛隊に引き渡される。
   5月    P−2J対潜哨戒機後継のP−3C調査団渡米。P−3Cの他にホーカー・ニムロッド、ダッソー・ブレゲー
        1150アトランティック、ロッキードS−3A、CP−140など。
   6月 3日 三菱FS−T2改が初飛行。
         この年、F−4EJの後継次期主力戦闘機機種選定が始まり、新戦闘機企画室発足。

 1976年 昭和51年

   1月    次期主力戦闘機機種選定で、F−14、F−15、F−16の検討が始まる。
   9月 6日 ソ連軍のMiG25が低空で北海道に侵入し、函館空港に強行着陸、亡命を求める。航空自衛隊の防衛システ
        ムが問題になる。
  10月    T−2訓練隊が、正式に第21飛行隊となる。
  11月    三菱FS−T2改をF−1と命名し、部隊使用を承認する。
  12月    次期主力戦闘機にF−15が決定する。

 1977年 昭和52年

   2月15日 航空自衛隊美保基地でC−46輸送機の退役式が行われる。
   6月16日 生産型F−1の1号機が初飛行。
   8月    防衛庁は、次期対潜哨戒機をP−3Cに内定。
   9月    F−1の航空自衛隊引き渡しが始まり、第3飛行隊へ配備。
  12月    国防会議は、対潜哨戒機にP−3Cを制式採用。

 1978年 昭和53年

   1月17日 富士重工KM−2Bの航空自衛隊制式採用機T−3が初飛行。
   4月    T−2第22飛行隊編成。

 1979年 昭和54年

   3月    川崎P−2Jの生産終了。合計82機。
   3月    F−15の三菱重工での国内生産が決まる。
         陸上自衛隊は、ベルAH−1S攻撃ヘリコプターを1機購入し運用研究を始める。

 1980年 昭和55年

         この頃まで、海上自衛隊でジャイロダインQH−50Dダッシュ無人対潜ヘリコプターの試験が行われる。

 1981年 昭和56年

   3月27日 F−15J2機が空輸され岐阜基地に到着。実用試験にはいる。
   4月    P−3Cの日本向け1号機が、海上自衛隊に引き渡され、ジャクソンビル基地での訓練が始まる。
   5月    F−4EJの最終生産機が、三菱重工から航空自衛隊に納入される。国内生産140機目。
  12月11日 国産F−15Jの1号機が初納入。F−15臨時航空隊が新田原で編成。
  12月    P−3Cが厚木に到着。
         この年、ロッキードC−130H輸送機4機を発注。

 1982年 昭和57年

   5月    川崎重工で、国内生産のP−3C1号機が納入される。
   5月    富士重工は、ベル社とAH−1S攻撃ヘリのライセンス生産契約を結ぶ。
   7月    国防会議でF−15Jの10年間100機生産を155機に修正する。
  12月    F−15Jによる第202飛行隊が編成される。

 1983年 昭和58年

   8月 9日 T−2改(29−5103型)CCV実験機が初飛行。
  11月    E−2C臨時警戒航空隊編成される。
         この年、岐阜国際航空宇宙ショーで、航空宇宙技術研究所のSTOL実験機が、動力無し機体で公開される。
        小中学生対象で、名前を公募し、「飛鳥」に決定する。

 1984年 昭和59年

   3月    ロッキードC−130H輸送機2機が空輸され小牧基地に到着。
   6月28日 富士重工KM−2ターボプロップ改造試作機が初飛行
   7月 2日 富士重工で、国産のAH−1S攻撃ヘリコプターが初飛行。
   8月    CH−47大型ヘリコプターのライセンス生産のため、富士重工と、ボーイング・バートル社、アブコ・ライ
        カミング社との間で契約を行う。
         この年、陸上自衛隊と航空自衛隊で、ボーイング・バートルCH−47大型ヘリコプターを制式採用。

 1985年 昭和60年

   7月29日 T−4中等練習機の1号機が初飛行。
   7月    シコルスキーSH−60Bシーホーク対潜ヘリコプターを1機購入し研究を開始。
  10月28日 STOL実験機「飛鳥」初飛行。
  12月    ゲイツ・リアジェットU−36A訓練支援機の特殊艤装1号機が空輸される。

 1986年 昭和61年

  11月25日 CH−47ヘリコプターの1号機が陸上自衛隊に納入される。

 1987年 昭和62年

   3月    ゲイツ・リアジェットU−36A訓練支援機の新明和での改装型が海上自衛隊に納入される。
   8月    国産対潜哨戒装置を備えたXSH−60Jが初飛行。
  10月 8日 STOL実験機「飛鳥」STOL離陸を行う。

 1988年 昭和63年

   3月23日 STOL実験機「飛鳥」STOL着陸を行う。
   3月    航空輸送団は、第1輸送航空隊第901飛行隊をC−130H8機で編成。
   4月27日 自衛隊向けKM−2改1号機が初飛行。
   8月    KM−2改が海上自衛隊に納入される。
   9月    T−4中等練習機の1号機が完成。
  11月    FS−XをF−16ベースで開発することで日米政府間開発覚書締結。

 1989年 平成元年

   3月    KM−2改をT−5として配備。
   7月 6日 シコルスキーMH−53E掃海ヘリコプターの1号機が到着。
  11月30日 シコルスキーMH−53E掃海ヘリコプターが防衛庁へ引き渡される。

 1990年 平成2年
   3月    三菱重工に支援戦闘機設計チームが発足。
  12月    「中期防衛力整備計画(平成3年度〜7年度)」決定。
        早期警戒管制機×4機の整備を規定する。

 1991年 平成3年
   8月    予定されていた早期警戒管制機E−3(B707型)の生産ライン停止。

 1992年 平成4年
   2月    早期警戒管制機の機種について再調査・検討。
  12月26日 早期警戒管制機をE−767に決定。

 1995年 平成7年
  10月    FS−X試作1号機初飛行。
  12月    FS−Xの正式呼称をF−2とする。

 1996年 平成8年
   3月    F2試作1号機を防衛庁に納入。

 1999年 平成11年
  10月    F2量産1号機初飛行。

 2000年 平成12年
  10月    F2量産1号機、航空自衛隊三沢基地に配備される。

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