(25)イタリア・サンマリノ (2002年) 

 観光の第一歩はポンペイから。紀元前8世紀にはロ−マの植民地になっていたポンペイは紀元79年、ベスビオ火山の突然の噴火で埋もれてしまい、19世紀までほとんど手つかずのままであった。火山灰に覆われ荒されることがなかったために、2000年後の貴重な歴史的遺産になった。アポロの神殿、ジュピタ−の神殿、フォ−ラム、浴場、パン屋お屋敷、売春宿等・・・・・毛織物の製造と港中心の交易地として栄えていた都市であったともいう。次はカメオの工房見学である。  
 次の観光はカプリ島である。数万年もの海の浸食の洞窟の入り口に射し込む日光が屈折反射しながら海水になんとも言われぬ紺碧の色調を与え、神秘的な雰囲気が広がる。去年のマルタで体験済みであったが、カプリの方が良かったという話を聞いていたので期待した。私の感想は色はカプリであるが、遊覧時間が短かすぎ、堪能するほどの時間が無かったといったところ。 
 ナポリを出発。ロ−マに向かってドライブ。食後のロ−マ観光はコロッセオの外観、フォロ・ロマ−ノも遠目の観光だったが、前回見学済みであったので・・・慌ただしく、次の観光というよりブランド品が集まっているお店へと案内された。  
 次のスポットはトレビの泉である。10数年ぶりのトレビの泉であった。 
 4日目の観光はヴァチカン市国訪問である。私達にとっては2回目なので私の趣味の国カウントにはならないが、今回はガイド付きなのでお勉強にはなるだろうと期待した。システィ−ナ礼拝堂に入る。天井画と祭壇画「最後の審判」が飾られた礼拝堂の中は、人人で一杯である。入り口でのガイドの説明を思い出しながら、天井を仰ぎ見ながら1こまこまを確認していった。ミケランジェロが目が見えなくなったとか神経がおかしくなったとかを読んだことがあったが、5年間も仰向きながらの制作を想像し、無理からぬことだったかもしれないと、変な納得の仕方をしてしまった。 

 その後は、アッシジに向かう。トスカ−ナ丘陵にたたずむ、第2のキリストといわれる聖フランチェスコを生んだ聖地アッシジはバラ色の家が並び、その間の中世の石畳の坂道の参道を登っていく。両側にお土産屋が並んでいたので視線を泳がせていたら、刺繍やレ−ス物が視角に入ってきた。近づくと刺繍はクロス・ステッチのようである。     
 ガイドの誘導に遅れないように付いて上り、サン・フランチェスコ大聖堂についての説明を堂前で聞くが、心は刺繍の方に残っている。堂内は自由に見物だとのことである。私はさら−っと見学してゆっくりしないで、バスの集合時間までに、もう一度、刺繍の店をゆっくり見たい。夫をせき立てるようにして、店に入った。見慣れたクロス・ステッチの作品の他に、珍しい刺し方をしたクロス・ステッチ作品が目に止まった。輪郭を黒色のバック・ステッチで刺し、中は刺さないで背景をクロス・ステッチで刺し埋めている。キャンバス地はデンマ−ク刺繍と同じ細かい目のものである。何だろう。集合時間にせき立てられるようにして、とりあえず1作購入しておこう。 
 観光最後のミラノでイタリアの手芸が網羅された本が手に入ったが、その中に、アッシジ刺繍の分野が記載されていた。購入した作品はアッシジ刺繍だったのである。内容についてはイタリア語のため分からない。詳しく知りたいが、辞書を買うほどの意欲いや費用がない。図書館で購入してくれないかと、期待半分で頼んでみたら、購入された報告を受けた。しばらく、図書館通いをして、アッシジ教会の修道女が100年前から作りかけたもので、現在はその地の特産品として土産物になっているらしいことがわかった。最近、イタリア旅行をした生徒さんに頼んで、大き目のものを買ってきてもらった。

 フィレンツェの朝は早い出発である。近郊のピサに向かう。城壁の門を入ると、3点セットの点観が迫ってきた。洗礼堂・ドゥオモ・斜塔である。近づくにつれ、本当に倒れそうに見える。今では中心から5メ−トル近く傾いているらしく、1年に1ミリは進行中であるという。フィレンツェに戻って、午後の観光はウフイッツイ美術館・ドゥオモ(花のサンタ・マリア大聖堂)である。扉の金細工「天国の門」(ミケランジェロ作)の印象の方が強く残った。 
 フィレンツェの市内観光の最後は、トイレ休憩を兼ねて免税店へ案内された。前日のフィレンツェに入る前にも、近郊にあるアウトレット・ショップへ導かれた。イタリア旅行は買い物旅とは耳にしたことはあるが、トイレ休憩を兼ねていることはわかるが、本当に買い物のチャンスを用意してくれることよと思わないでもない。    
 免税店で自由解散になったので、ガイドブックに載っていた刺繍の店へ夫に付き合ってもらうことにした。アルノ川に渡る有名な2階建ての橋、ベッキオ橋を渡って、暗い道を15分程歩いて目的の店にたどり着けたが、休日で閉店。ウインドウ越しに見られるかなとの期待も薄暗くよく分からなかった。残念。  
 フローレンス刺繍とはどんな刺繍か、また、フロレンタイン・ステッチの実物との出会いに期待したのに・・・・ 

 フィレンツェを早立ちしてサンマリノ共和国に向かう。9世紀終わりに主権を持った世界最古で最小の国サンマリノがイタリア国内にあるのを知り、1ヵ国とカウントできるので出かけてきたのである。標高755メ−トルの頂上に、紀元301年にロ−マ皇帝の迫害から逃げてきた聖マリノが伝道を始めた地であるという。サンマリノでラザニアの昼食をすませ、ラベンナへの100キロのドライブである。  
 モザイク芸術の宝庫といわれることが納得したのは、八角形のサン・ビタ−レ教会もさることながら、側の外見が質素なガッラ・プラチディアの霊廟内であった。繊細なモザイク、深い青を基調とした色調は目を見張る思いである。宝物を仕舞い込んでいるよな教会である。街中のモザイク工房に案内された。今、見てきたモザイク模様が絵はがきになっているのを目にし記念に1枚購入した。私の趣味の糸のパッチワ−クの参考になりそうである。ラベンナからベネチアに着いたのは7時過ぎであった。500キロを走ったとは思えない程、早くホテル入りして、10時過ぎ床についた。 

 7日目の観光はベネチアのサン・マルコ寺院、サン・マルコ広場、ドゥカ−レ宮殿とイタリア人の男性がガイドしてくれた。日本語が流暢でジョ−クも上手く取り入れての説明また、顔も声もいい。「なぜ、そんなに上手なジョ−クが言えるの」と尋ねたら、「お客さまに教えていただいた」との上手い返事には恐れ入りました。      
 ベネチアン・ガラスの専門店に入る。まず、入り口で職人のお手並みを拝見。その後は商品陳列室へと導かれた。きらびやかなシャンデリアを見上げ、ショウケ−スの中を覗いた。イランからの影響だといい、イランの旅先でル−ツも見ていたので、現在の技術の素晴らしさだけを見せてもらって、店を後にした。   
 ベニスのゴンドラ遊びも旅の1つの楽しみである。ベルギ−でのブル−ジュでの運河遊びと比較してしまった。ブル−ジュの方が庶民の家からはお花が溢れ素敵であった。  
 ミラノに向かうが、途中のベロ−ナ観光をする。シェイクスピアの悲劇「ロミオとジュリエット」の舞台として有名な街で、物語ゆかりの建物見物である。集合場所近くに手芸品が置いてある店があると夫がいったので覗いてみた。クロス・ステッチの作品ばかりであったが、ミニ・タペストリ−を購入。

 イタリア観光の最終日はミラノとコモ湖観光である。まず初めに、レオナルド・ダ・ビンチ作「最後の晩餐」を見に、サンタマリア・デレ・グラッツェ教会を訪れた。    
 ア−ケ−ドを通り抜けたら、左前方に目を見張るようなドウオモが現れた。大きさだけでなく美しさにも驚きである。500年の歳月をかけたというイアタリア・ゴシック建築の最高傑作で、サン・ピエトロ大聖堂に次ぐ規模だというが、私はミラノの方に軍配を上げた。沢山の尖塔が大中小と天に向かって伸びているだけだなく繊細である。まるで石の糸でできたレ−スのような建物である。  
 ミラノの午後は、フリ−・タイムである。昼食付きのコモ湖観光のオプションを選ぶ。ツア−の待ち合わせまでの30分余りの間に、ア−ケ−ドの入り口で視角に入っていた本屋を覗いてみたいと夫に申し出て付き合ってもらった。手芸関係の棚の前に座り込み、出しては内容を見ての繰り返しをしていたら、編み物と刺繍だけが集められたイタリア製のハンドブックが見つかった。1冊だけでも入手できたのだから満足。         
 50キロのドライブでコモ湖に着き、遊覧船で湖畔に建つ家ウオチングをする。アルプスの山麓にある湖水地方の1つである。古くからの避暑地で別荘が並ぶ。遠目に変化に富んだ山々、近景には色々と特徴のある素敵な家が見られる。表玄関が湖面を向いているので華やかである。しかし、以前、ジュネ−ブのレマン湖で同じ体験をしたことがあるが、世界のレマン湖であるためか、家のスケ−ルが違っていたように思った。これも私の初体験感激者の癖だろうか。     
 街中のドウオモに入った。絹製の緞帳が下がっていたので、近くで見たら、織物の上に金色の糸というよりロ−プ状のもので刺繍が施されていた。以前、ヨルダンで求めた刺繍のクッションの1つと同じ技法であるようだ。どこの国の何刺繍なのだろうか。疑問が1つ残った。  

ミニタペストリー (購入) アッシジ刺繍 (購入)

アッシジ刺繍 (依頼購入)



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