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イエメンの旅から

 

2008/07/20発行

サナアから始まったイエメンの旅は 古都タイズを経て 

旧・南北イエメンの国境を通って 旧南イエメンの首都 アデンに向います。

南北に分かれていたイエメンは 1990年に統一されましたが

その後 内戦が勃発 1994年7月になってやっと平和を取り戻しました。

南北の国境だった道路脇に バラックの家が並んでいます。

税関や免税店として使われていた建物です。

ちょうど右手の建物の下の崩れた石のあたりが国境線でした。

いまはその名残のようなものは何もありません。

 

ロバにポリタンクを背負わせて 黒衣の女性が水汲みに出かけます。

 

国境から10分ほど

走ったところで車は脇道へ入り

ガタガタの道を走って

アルフェイミー温泉に向います。

山羊の群がる

この小川はかなり熱い

お湯が流れていました。

 

この草の上で

子供たちが飛び跳ねると

ウオーターベッドのように

草の地面がぷよぷよと

揺れます。

子供たちはそれを見せ

写真に写され

できれば小遣いを貰おう

としているようでした。

 

私たちが 温泉場をひと回りしているうちに 

ドライバーさんは ちゃっかり入浴していました。

 

ラヘジ砂漠。

コース中 砂漠らしい風景が広がっている唯一のところです。

アデンまで あと 小1時間かかります。

● ● ●

アデンは海に面した イエメン第3の都市です。

紀元前から海運の栄えた町です。 1990年の統一まで 南イエメンの首都でした。

アデンのアイダルース・モスクには

14世紀に シーア派を広めた聖人アイダルースの聖廟があります。

このきれいな円天井の下に 聖人アイダルースをはじめ

10あまりの布で覆われた棺が置いてあります。

 

南イエメンはソ連に後押しされた共産主義国家でしたから

古い建物は非効率という理由でほとんど壊されたといいます。

海沿いの町は 3月でもイライラする真夏の暑さでした。

 

フランスの詩人ランボーは南の国にあこがれ

イエメンにたどり着き アデンの貿易会社で仕事をしていました。 

この建物の2階にランボーの部屋が残っています。

 

ランボーの写真が掛っている

右手の106号室で

ランボーは暮らしていました。

ピンク色のカーテンに囲まれた

奇妙な感じの部屋でした。

 

アデン・タンクと呼ぶ昔の貯水池のあるところへ

家族連れがピクニックをしているようでしたので・・・・

 

アデンの中心から離れたホテルに宿泊しました。

正面に大きな太陽が沈みます。 あいにく雲の多い空でしたが。

ご鑑賞ありがとうございました。

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