Rangiroa

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スケジュール

1/19(土) JR高松駅発 JRハイウエイバス 13:30 → JR大阪駅前着16:39
JR大阪駅発 シャトルバス 17:00 → 関空着 17:50
関空発 20:25 → ホノルル着 09:25
ホノルル 18:10 → パぺーテ 23:45
1/20 (日) パペーテ発 10:00 → ランギロア着 1055
午後1DIV(Raie Manta Club) 夜 Chez Nanua泊
1/21 (月) 2DIV Chez Nanua泊
1/22 (火) 2DIV Chez Nanua泊
1/23 (水) 2DIV Chez Nanua泊
1/24 (木) 2DIV Chez Nanua泊
1/25 (金) 午前 1DIV Chez Nanua泊
1/26 (土) ランギロア発 11:00 → パペーテ着 11:55
1/27 (日) 深夜パぺーテ発 01:05 の飛行機がトラブルの為、パペーテのシェラトンホテル泊
終日シェラトンホテルで滞在
パぺーテ発 11:00 → ホノルル着 04:00頃
1/28 (月) ホノルル発 12:00 → 関空着 16:25
1/29 (火) 関空発 シャトルバス 17:45 → JR大阪駅前着
JR大阪駅前発 JRハイウエイバス 19:30 → JR高松駅前着 22:41
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ハワイ経由にしたおかげで現地での滞在が1日多くなりました。
(実際は飛行機のトラブルで2日多くなったんですけど)

1月19日
ハワイ到着、朝から雨風がすごい、雨男はいつも大変!
ワイキキに寄って写真をとった。

パペーテへの乗り場はハワイの空港航空の向かって右端でまあまあ遠い。
JALは左の方だったと思うけど。
ハワイの警備はテロのおかげで異常にきびしい状態。
飛行機は夕方6時頃やっと離陸。
24:00 飛行機の窓から下を見るとパペーテの上空では雷が光っている。
どこへ行っても雨男はつらい・・・けど、旅のはじまりはやはりうれしい。

1月20日
24:30 パペーテに到着、夜中なのに歓迎がすごい。

円をパシフィックフランに両替した後ビール片手にそのまま空港のベンチで寝る。
向かい側ではヨーロッパ人のアベックがお休み中。
朝5時に空港の事務所が開くのでちゃんと起きなければ・・・

タヒチの女性はみんな耳の上に花をつけている。
その辺に咲いている花をもぎ取って耳の上にさしているんだけど、
みんなよく似合っている。
右の耳の上が既婚者で、左が未婚者とか・・・逆だったかも。
空の上からのランギロアの眺めはほんとうにすごい。
 
まるまる二日がかりの移動になった。
宿泊はランギロアで一番安いというペンション。名前は「シェナヌア」ナヌアの家という意味。
ナヌア氏が空港まで迎えに来てくれた。すごくいい感じの空港。
ナヌア家はいろんな人(子供達)が大勢いる大家族。
マルガリータが切り盛りしている。
  手前はナヌア氏、左後ろがファイティニ、右後ろはアフペヴァ
13:30 レイ マンタクラブから電話が入りペンションナヌアまで迎えに来てくれた。
  
今回最初のダイビング、特に何もいなくてさみしい、といってもいつも柏島でよく見る
いろんなカラフルなさかなはたくさん当たり前の状態でいるんだけど・・・
カメは目の前まで近づいても全然逃げようとしない。
  
今日はフランス人3人、日本人2人+ガイドさんでの1チーム。
17:00 壊れかけの自転車で公衆電話をさがしにいった。
帰りは一本道なのにシェナヌアへ帰る道がわからなくなり困ってしまった。
暗くなるし、犬には追いかけられるし、帰りつくまでの間にチェーンが20回位もはずれるし。

20:00 夜、となりに住んでいるフランス人(ミッシェル)と一緒に食事。
眠くて頭がふらふら。もうはや3日目の夜も終わってしまった。

1月21日
朝は7時に食事。夜中に目が覚めたので部屋のすぐ前の海へ南十字星を見に行った。
よく似たのがたくさん有るのでどれがそうかわからない。銀河もすごくきれい。
部屋に帰ると蚊の襲来、結局朝まで眠れなかった。

朝のダイビングが終わった。スーパードリフトは快適。
 ゾディアックというゴムボートで

昼、炎天下を自転車で30分位走り、学校の前まで電話をかけに。
最初はうまくつながらなくてどこかのフランス人が出てしまった。
タヒチの専用テレカで 00−81−87(高松の市外局番)−局番 でOK。


ここの島はほとんどがサンゴでできている。舗装の合間にもサンゴが見えるので道が白い
   道を横断するにわとり
昼間は暑いのでみんな寝ている。犬も人もみんな寝ている。日陰で32度。
 
海岸で貝を拾い、その後ビールを買いに。ランギロアではやはりHINANOビール。

夜はナヌアさんがギターとかマンドリンとかいろいろ持ち出してきて
ミッシェル(写真手前)も一緒にタヒチの歌のミニコンサートになった。

みんな歌が好き、特にすることもないし。
夜はテレビもラジオも何もない、聞こえるのは波の音だけ。
蚊取り線香は10巻入りで1箱が125フラン。1日でちょうど2巻無くなる。

1月22日
きのうは結局11時頃に寝た。
またまた夜中に目がさめたので南十字星を窓からながめる。
磁石の針が、北が上向きかげんに、南が下向きかげんになる。
結局そのまま朝になった。朝はいつもくちばしの長い鳥が水辺で大きい声で鳴く。

きょうは朝からすごいスコール。
で、朝一番のダイビングはスコールの中。日本でいうと台風状態。
しかし、いつも1時間たらずでおさまる。

水中カメラのハウジングのシャッターボタンがおかしくなって、水深15mくらいになると
シャッターがきれなくなってしまった。
昼からは、カメラ無しののんびりとしたダイビングができた。

しかし、そんな時に限ってサメはでるし、カメはでるし、イルカは出るし
バラクーダの群れは出るし。。。。。
昼過ぎに斜め前のコテージに50歳くらいの女性がきた。パペーテから泊りに来たみたい。
夕方、いつものように洗濯をして、水を買いに行く。(ここの水道から出る水は危なくて飲めない)

今回はとにかくパンツが一枚と海パンが一枚だけなのでいつもどちらかをはいている状態に
なってる。水1リットルとウォッカジュース1本を買った。両方で900フラン。
夕方は空の90%は晴れているのに水平線の上だけ曇っているが、
少しの夕焼けでも夕焼けはやはり美しい。

又、マルガリータの歌声が聞こえてくる。
夕方だんだんと家族が増えてくると自然にだれかが歌い出す。ほのぼのとした時間がはじまる。

1月23日
きのうは10時半に寝たけどやっぱり夜中に目がさめる。
昼も眠らないから平均睡眠時間は3時間くらいかも。今日も朝3時頃すごいスコールになった。
やっぱり朝まで眠れなかった。しかし、いつも見る夢は強烈な夢ばかり。だけど覚えていない。
 私の家  天井がスカスカ
フランス語で朝食はプチディジョネ。いつも80cmほどあるフランスパンを半分、
それにジャム、バター、コーヒーと水。昼も同じにしてもらっている。
しかし、夜はちゃんと食べないと体がもたないです。

いつも一緒に食事をしているミッシェルはフランス人。彼の休暇は年間5ヶ月もあるそうだ。
12月からずっとタヒチの近辺にいてここのペンションには1月の初めから泊まり込んでいる。
彼との夕食はいつも乾杯(ソンテ)からはじまる。
今夜のメインは鳥の煮たもの。鳥がおいしかった。
最後にはいつもデザートが出てくる。今夜はアイスヨーグルト。
食事中にミッシェルにフランス語を教えてもらった。

ところで、今日のダイビングはフランス人(お店の人も含める)、オランダ人、ブラジル人、
日本人、それと現地のボートの運転手で10:2:2:2:1の構成になる。
ブラジル人のアベックはどこででもキスをするので困ります。
オランダ人のアベックはおとなしいので少し助かった。

ここランギロアへ来るダイバーはヨーロッパ系の人がほとんどで、やはりフランス人が多い。
フレンチポリネシアだし、フランス人は安心してこれる。
  
で、ここで出会うほとんどのフランス人は、初めて会ったり久しぶりにあった人とかには
男女、年齢関係なく頬と頬を合わせて挨拶をする。よくテレビとか映画でみるアレです。
しかし、毎日会ってるのに、いちいち頬を合わすのは大変だとも思うし
凄いコミュニケーションだとも思うし。日本人にはなかなかできないけどまあフランス人でも
しない人もいるし、いつもそうなのは日ごろテンションの高い人が多いみたい。

ランギロアに来てダイビングのつぎに良かったのはそのコミュニケーションかもしれない。
けっこうドキドキするし、やっぱりうれしい。
自転車ですれ違うときや道ですれ違うときはみんなお互いに何かしらのあいさつをする。
狭い島だし、現地の人はみんながそうしている。日本でも田舎へ行くと同じかも。
 椰子の実は拾って石鹸を作るとか

ここのダイビングの方法は島と島の狭い海峡の水深10m〜20m位をサメとかバラクーダとか
ナポレオンとかに出くわしながら超快速で流れていく。流れに乗るとすごく楽チン。
流れに逆らうときは近くの岩につかまるしかない。
   
朝のダイビングが終わり、ボートに上がってすぐジョジョ(ボートの運転手)が
遭難して助けを求めている人を見つけた。彼が見つけなければもうダメだったかもしれない。
彼らはフランス人の男性1名、女性2名で、ガイド無しで潜っていたらしい。
彼らは私たちとは逆方向に流されていたようだ。

今日はここへ来て初めての夕焼け。
ビールを買いに行くときに教会の裏の空き地から夕焼けの写真を写した。
 
今は夜の10時、さっき部屋の中に子供のトカゲが(ヤモリかも)出たので記念写真をうつした。


1月24日
最近寝るのを少しでも遅くずらそうと思って、たとえばランギロアが夜11時の時、
日本時間ではまだ夕方の6時。今夜はすぐに寝付いたけど夜中の2時頃にスコールがきて
また目がさめてしまった。もう一度うとうと寝なおして、こんどは朝5時に目がさめた。
日本時間ではまだ夜の12時。

朝は毎日6時25分に起きることにしている。
朝一番にまず蚊取り線香を洗面所に持って行き、顔を洗い洗濯物を干し、ひげをそり、
朝のダイビングの用意をする。そんなことをしているとちょうど7時になり、朝食の時間になる。
おなじみのフランスパンを半ぶん。それにジャムやバターをはさみ、うすいコーヒーで流し込む。
まあ少し痩せたいとも思っているからちょうどいいかもしれない。
 いつもここで朝食、景色は最高
で、7時45分にはもうレイマンタクラブのトラックが迎えに来る。
今日の朝からガイドが変わった。今まではエリック、今日からはゴネのガイドになった。
(文字で書くとRENEだけどフランス語の発音ではゴネに近くなる)
ゴネはエリックより若い、ガンガン凄いところにつれていってくれる。

今日は50才位のスイス人が加わり、ゴネと私と私の友人(N原さん)の4人だけが
他のチームとは別のポイントに行く。流れの無いポイントも有るらしい。


今日の昼からのダイビングは今回のランギロアの中で一番凄いポイントだった。
潮の流れも一番強かったけど、今までの私の中でも一番よかった。
  
海底の巾5m位の亀裂の中に入って泳いで行く。強い流れはこの岩の亀裂の上を通りすぎていく。
そこから上に顔をだすと水流でパージボタンが押されエアーが入ってくる。
もちろんスノーケルはあらかじめはずしてどこかにでも挟んでおかないと水流でマスクがずれるし
引っ張られてこまる。
  コバンザメがくっついた
岩陰を抜けると急にハンマーヘッドと出くわしたりする。
筋肉隆々のハンマーヘッドが強い潮流に逆らって泳ぐさまは本当にすばらしい。
 ご満悦
ところで、今日は日本時間では25日で私の誕生日。小さなスーパーで、紙パックのワインを買った。
夜、急に海の音が変わった。どうもスコールのようだ。
っと、書いてるうちにあっさりともうおさまってしまった。
今夜は12時に寝ることに。
たぶんその頃日本では、誕生日をお祝いしてくれているハズなんだけど・・・たぶん

1月25日
今日は現地時間での私の誕生日
朝からN原さんが腹痛、下痢、嘔吐、もしかして水道の水?・・・

午前中は部屋の前の海でスノーケリングをしたり、自分で自分の写真を撮ったり、

昼からはスーツケースの片付けをしながら近くの店へおみやげを買いに行ったり、でまた
ダイビングショップに支払いに行ったりと。あれこれ片付けばかりで半日がつぶれてしまった。
ところで、ここにいるあいだにゆっくり読もうと思って日本から持ってきた本
「何も無くて豊かな島」は4〜5ページ読んだだけで全然進まない。
とにかくここにいると本を読む気がおこらない。
ついついあしたが有るからとかと思ってしまう。それに暑いし・・・
本を読む時は寒い部屋で、炬燵に入って読むのがいいなあ
 沖の方に時折走っているカヌー

夕食時のデザートは私の誕生日の為の大きいケーキだ。
私に切ってくれという。ナヌア家の人数も含めて12分割したけどまだ大きい。
なんとか切るとファイティニが大きい葉っぱにひとつづつ乗せていってくれた。
12人ぶんのお皿がなかったのかもしれない

マルガリータが小さい貝で作ったネックレスを首にかけてくれた。
3日前に「何作ってるん?」と、私がのぞきこんでいたものは、私の為の物だった。
なかなか読めなかった本のタイトルそのままのような気もしたりて。
来年は家族で来いとか言っているけど、お金かかりすぎるのでちょっとむり。

誕生会も9時半にはおひらきに。ファイティニが片付けの当番らしい。
誰かがナヌアにしかられたようだ。泣き声が聞こえてくる。たぶんアフペヴァ?。

1月26日
今日でナヌアのペンションはもう最後、朝掃除をして、片づけをして、朝食。
10才のアフペヴァがN原さんのぞうりを隠したりして、どうも別れたくないみたい。

ミッシェルにも挨拶をして、朝10時過ぎにマルガリータがトラックで空港まで送ってくれた。
また手作りの小さな貝の首飾りをくれた。
フランス流のお別れの挨拶がぎこちないないけどできるようになった。

飛行機は11時に離陸、50分後には再びパペーテに到着、空港に荷物をあずけて街中をぶらついた。

ル トラックというバスはどこで降りても一回が120フラン(約120円)。
夜は18時から200フランになる。
ベンチでマンゴーを食べると手がベタベタに。

ル トラックに乗り少し離れたマーケットでおみやげを買う。
空港で買ったカレンダー(1400フラン)と同じものがだいぶ安く(1150フラン)買えた。
しかし、帰りに空港の免税店では880フランで売っていたので、ちょっと大ショック。

夕方ポートサイドには屋台がたくさん出る、そこの中国料理の店でエビのたくさん入った焼きそばをたべた。
観光客相手なのか値段は結構高い。量が多いからまあいいか。

夜、暗くなってからル トラックに乗り、もう一度郊外のマーケットにビールを買いに行く。
そこから空港までN原さんとボチボチ世間話をしながら歩いて帰った。
夜でも治安がいいのか、悪い人も見当たらない。

飛行機の離陸予定は夜中の1時ころ。
しかし、1時になっても飛行機の搭乗がはじまらないので何しているんだろうと思っていると
飛行機が飛ばないとのアナウンスが。
「え〜?、帰れない〜! ハワイでテロでもあったのかも・・・」
どうも飛行機の故障らしい。

ハワイアン航空が今晩のホテルを手配してくれた。
またまた今通ってきた税関でパスポートを見せ(3秒で終わったけど)、
もう一度荷物を受け取り、外で待機している2台の大型バスに乗り込んだ。
なんと、シェラトンホテルに行くらしい。N原さんと喜んだり悲しんだりしながら、
ホテルに到着、チェックイン。広い部屋、広い浴室、きのうまでのナヌアのペンションとの落差が大きい。

8日ぶりに風呂に入れた。
片付けをしてビールを飲んで、ベッドに入ったのはもう朝の4時。

1月27日
朝、7時に目が覚め、顔を洗い、ひげをそり、朝食をとりに。
実はなぜか蚊の襲来を気にしながら眠ってしまった。

夜中の3時半ころにフロントから朝食と昼食はどうするかという電話があり、
最初はいらないと答えると、実はハワイアン航空が費用を持つという・・・
それでは、としっかりたのんでしまった。

結局、早目に朝食をすませ部屋に帰るとフロントから電話。いつも英語でしゃべりかけてくるが、
私が適当に「ウイ」と返事をすると急にフランス語にきりかわる。
フロントの人はいったい何ヶ国語しゃべれるんだろ。

出発の時間が決まった。 ホテルのチェックアウトが19:30で、飛行機の出発が21:30。
とりあえず眠ることにした。

13:00 ボケボケの状態でレストランに行くとタヒチアンダンスをレストランの中でやっている。
外ではウインドサーフィンもしている。
ここの海はランギロアとは違って緑色で汚い。どちらかというと瀬戸内海を連想してしまう。
まあ港に近いからしょうがないけど、大きいホテルとかができて、観光化がすすんでくると
きれいな海でもこうなるんかなあと思った。
ましてランギロアの海をみたあとだからなおさら「ここの海では潜れんの〜」とか思ってしまった。

ちょうど一日ここでゆっくりとした時間がとれてよかった。この一日がなければ、
そのままタヒチから眠れないままハワイ経由で日本に帰り、翌日すぐに仕事・・・という事に。
ま、テロ事件じゃないようなので一安心。今夜にはハワイに飛びたてるかな。

1月28日
朝4時、ハワイに到着。寒いし、雨も少し降っている。雨男はつらい。 N原さんとはここでお別れ。
早朝のハワイの空港は巡回する警備員(警察)しかいない。
6時過ぎに人が増えてきたので、チェックインをすませる。
タヒチからの乗り継ぎの手配がうまくできていたのでよかった。

出発は12時なのでだいぶ時間があるけどザワザワと人が多くて寝られない。
空港の中の小さいレストランで簡単な朝食をゆっくり時間をかけて食べる。
日本人の団体客がすごく多い。JALの乗客は日本人ばかり。
アメリカの兵隊も各所に2名ずつマシンガンを持って立っている。
手荷物の検査を時間をかけて念入りにしているので、すごい混雑状態だ。 早くすませといてよかった。

JALの帰り便は関空まで9時間かかる。ジェット気流が向かい風になる為、行くときよりも
一時間多くかかるらしい。

しかし、なにはともあれ帰れるようになったのはうれしい。