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| 第 1 章 島 の 自 然 | ||
| ■ 6 ■ 四 季 と 自 然 現 象 | ||
| 小笠原は東京の南約千キロメートルにあり、亜熱帯性気候で年平均気温22.9度、海洋性で気温の年較差が少ない。10度を下回る事がほとんどないため、霜や雪はまったく降らず、雪に慣れさせるために中学生を姉妹都市のある長野まで毎年連れて行くそうだ。 亜熱帯と聞くと内地の人はさぞかし暑いのだろうと思うが、実は夏の最高気温は東京の方が高い。小笠原は海に囲まれているので、高くても31、2度までなのだ。島で天気予報を見て「ひゃー、今日は東京35度だって。暑そうだねー」と話したり、札幌よりも小笠原の方が涼しい日さえある。夜も、小笠原では日が暮れるとすーっと涼しくなり、熱帯夜でクーラーをかけないと寝られない、という事も少ない。ただ、湿度が高くて寝苦しいなど、湿気には悩まされる。 ゴールデンウィーク明けから6月上旬が小笠原の梅雨の時期で、すっきりしない空模様が多く、ときおりスコールがざーっと降るが、内地のように雨が降り続くことは少ない。それでもこの時期気温が上がるせいもあり、湿度は急激に高くなる。 内地でも梅雨の時期は除湿機能付きのクーラーが売れ、テレビや雑誌でかび対策の掃除方法などが取り上げられるが、小笠原の湿度は半端じゃない。 小笠原では皮革製品は御法度。靴やかばん、ベルトにいたるまで革製品はとにかくかびる。だから、財布も昔流行ったビニールのマジックテープ付きのやつを使ったりしているので、たまに内地のレストランなどでバリバリ言わせながらお金を出す時は恥ずかしい。他にも竹や木製品がかびやすい。台所の壁につるしてある菜箸がかびたり、竹のカーペットを敷いたフローリングの床まで黴が生えた事がある。靴や菜箸は捨ててしまうしかないが、除湿剤のポットなどあっという間に限界になってしまうこの湿度と戦うため、小笠原では冷蔵庫が活躍している。 冷蔵庫は、小笠原の生活での必需品だ。どこの家にも大きな冷蔵庫があるし、建設会社の飯場のように食事の用意をしないところもたいてい一部屋に1台はみんな持っている。特に家庭の冷蔵庫はみんな大型で、2台以上持っているうちも珍しくない。 どうしてそんなに冷蔵庫が普及しているかというと、ひとつには食材の買い出しがほぼ週に一度に限定されているから。1週間分を保存するために大きな冷蔵庫が必要になる。ふたつめに、冷やす目的ではなく除湿のために物を入れておく。小麦粉や乾物をはじめ、乾燥した状態に保たなければいけない物を入れるため、これまたスペースが必要になる。 湿度が高く、昼と夜、夏と冬の気温差が小さいので、乾物などを戸棚やシンク下の収納に入れておくと、いつのまにか生き物やかびがわいてしまう。私は一人暮らしで消費量が少なかったので、お米も野菜室に入れていた。友達はやはり虫がわくからと、かつおぶし削り器まで冷蔵庫に入れている。 また冷やしたり乾燥させる必要がなくても、テーブルや台所に置いておくとアリが集るので、しかたなく冷蔵庫に入れることもある。内地なら冷蔵庫に入れてはいけない根菜類なども外においておくとすぐに腐ったり黴が生えるので、持ちが悪くなるのを承知で冷蔵庫に入れる。こうして小笠原の冷蔵庫はいつも満杯になる。 梅雨前線が日本列島の方に上がると、小笠原の真上に高気圧がはり出し、いよいよ小笠原の夏本番だ。この小笠原高気圧と呼ばれる気圧配置になると、海は鏡のように静まりかえり、空は青空がすこーんとぬけて「これこそ南の島の夏だぜ!」という感じになる。スコールもあまり降らないから、湿度も少し下がって、かびも一段落、洗濯物もパリパリになるほどよく乾いて気持ちいい。 夏も気温はそれほど上がらず、日陰に入れば涼しい小笠原だが、いい事ばかりではない。まず油断ならないのがその強烈な日差し。 亜熱帯の紫外線は強い。どのくらい強いかというと、まだまだ夏にはほど遠い3月、私がホエールウォッチングで船に乗ったとき、冬だからと油断して日焼け止めを塗らなかったら、1週間後に顔の皮がベロベロとむけてしまったほど。 それ以来特に顔は日焼け止めを塗るようにしているが、特に内地からの仕事関係のお客さんには口が酸っぱくなるほど日焼けに気をつけるように言っている。内地の人は日ごろ日に焼ける機会がなく下地がないので、小笠原の太陽に当たると大変なことになるのだが、私たち島民が日焼けしているのを見て、そんな大袈裟なと思うらしい。たいていの人は日焼けを甘く見て、せっかく小笠原に来たのだからちょっと黒くなって帰ろうと、わざわざビーチで寝転がったりする。そんなことをするとどうなるか。昼間のうちはよくても、夜寝るころになると体中がほてりひりひりして、ひどい人は熱まで出る。私の対応した客の中には、足がひどい日焼けで紫色になって曲げられず、ロボット状態で帰っていった人もいた。 日焼け防止策としては、まず日に当たらないこと。ひなたに出る場合は日焼け止めを塗り帽子をかぶって、できれば長袖長ズボンでいる。白いTシャツは紫外線を通してしまうので、できれば色の濃いものを着る。こんな格好をしていると熱を吸収してとてもひなたにはいられないのだが。 中でも一番焼けるのは海で泳いでいるときだ。陸上で日に当たっていると暑いので日陰に入ろうという気になるが、水の中ではそれがないのでつい油断して日焼けしてしまう。実際私も泳ぐときは、ラッシュガードという体にぴったりしたTシャツ状のものを着て泳ぐようにしている。そして海から上がってシャワーを浴びた後は肌に油分を補給する意味でクリームを塗っている。小笠原での日焼けは、カーマインローションなど生やさしいものでは役に立たないので、まず氷や水で冷やし、油性のものを塗って肌が乾燥しないようにする。 大人になってからの日焼けは皮がむけるだけでなく、その後しみになってずっと残る。私の場合もともと肌が丈夫できれいに焼ける方だし、日焼け止めが嫌いで最低限顔にしか塗らないのだが、それでもしみを作らないために皮がむけないよう肌の手入れをする。友達は海に行くときは手足にも必ず日焼け止めを塗っている。島民でさえこれだけ気を使っているのだから、日焼けは生命にも関わる危険なことだと、内地の人は心してほしい。 強い太陽は、肌以外にも被害を及ぼす。洗濯物を外に干すときには必ず裏返しにしないと色褪せてむらができてしまうし、洗濯挟みや植木鉢などプラスティックはひなたに出しておくとボロボロになる。島のお年寄りは強い日差しのせいで目を病む人が多いとも聞いた。私もコンタクトレンズを使用していて目が疲れやすいので、車の運転のときなどに使うサングラスだけは高くてもいい物を使うようにしている。 もちろん悪い事ばかりではなく、恩恵も受けている。例えば、南の島はみんなそうだが、小笠原も植物や動物の色が鮮やかである。船から1歩降りると原色のハイビスカスが咲き乱れ、木々も元気に青々と茂っている。それらに強い日差しが降り注いでいるので、内地から来た人にははるばる南の島に来たのだと感激ものだ。 動物も、魚も派手なものが多いし、オガサワラトカゲのように色はグレーで地味だが体表がメタリックの光りもの系もいてなかなかオシャレだ。 そんなカラフルな島の中で、私のオススメは空の色。真っ青にぬけていて、雲は純白の入道雲だ。東京あたりではスモッグのせいか、天気予報で快晴となっていてもどこか白っぽくて薄雲がかかっているような青空だが、小笠原では青く澄んでいて吸い込まれそうだ。たぶん紫外線の量が多いといった根本的な違いもあるのだろうが、汗を拭き拭き日陰で涼しみながら広がる青空を仰ぎ見るのも楽しい。 私達にいろいろな影響を与える太陽も、日が沈むときは主役になる。夕日ポイントとして有名なウェザーステーションは、夏ともなれば日没のころは車も置けなくなるほど人が集まり、太陽が沈む瞬間を眺めている。太平洋の孤島とはいっても水平線のあたりにはいつも雲が出ていて海に沈むことは珍しいのだが、雲の間に入っていけば今度は雲がピンク色に染まってまたそれも美しい。 8月に入るとスコールが多くなり、下旬には台風シーズンに入る。亜熱帯で、夏が気持ちよく楽しく遊べた分小笠原の台風は強力だ。秋になると、テレビなどでも沖縄や内地の台風接近のニュースが流れるが、小笠原の場合ニュースにはほとんど取り上げられず、ラジオも遠すぎて受信できないため情報が少ない。そこで島の人達は天気図を見て自分達で情報収集する。 小笠原は、テレビの天気予報にはあまり登場しない。確実にやってくれるのはNHKだけだが、これもニュースの中の短いコーナーではあまり役に立たない。なぜなら、予報は外れることが多いからだ。的中確率は、日本で一番低いのではないかと思えるほどだ。 しかし島の暮らしでは、農業漁業をはじめ、サーフィンや遊びの計画など、天気は無視できない。台風シーズンでは被害も出る恐れがある。そこで島民は天気図や雲の写真を見る。 この時、関東地方だけのものは範囲は狭すぎて小笠原は入らないので、日本列島から沖縄、台湾まで写っているものでなくてはいけない。テレビ放送なら、朝昼晩のNHKの詳しいお天気コーナー。父島にある都の水産センターに貼り出す天気図もわざわざ見にくる人もいる。 そこでのチェック事項の一番は風だ。内地のように雨を気にしても、島では雨はスコールがざーっと降ってすぐにやむことが多いのであまり気にはならないが、風力や風向きは、海に囲まれている場所では大きな問題なのだ。天気図を見れば前線や低気圧の位置から、翌日から2、3日後、1週間後まで大まかな予想がつく。なかには気象庁の職員や漁業関係者など専門知識を持つ人もいるが、たいていは今までの経験から自分で天気を予想している。 強い台風が来る前には、皆それぞれ台風養生で忙しい。船を持っている人は普段舫っている他に二重三重にロープをかけ、農業者は収穫できるものは収穫し潮風が当たらないようにシートをかぶせたりする。一般の家や民宿も雨戸を閉めたり飛ばされそうな植木や荷物を中にしまう。ここの都営住宅など団地には雨戸やシャッターがついており、台風の時にはそれを閉めるのだが、そうしないとたとえ5階でも台風の時は風で物が飛んできてガラス窓が壊されるからなのだ。 これらの準備が済んだころ、天気予報で小笠原に台風が接近中と流れ、島内には村の防災無線で台風情報が伝えられる。 私が経験した中で一番すごい台風は96年に来たものだ。この年は台風の当たり年で、例年8月から10月にかけてのシーズンを外れて、まず初めに6月に強力な台風が来た。毎年台風シーズンを見越してそれまでに収穫を終え、11月を過ぎてから苗を植えたりしているため、この季節外れの台風は農業にも大きな被害を与えた。 最大瞬間風速5、60メートルがどのくらいの強さか、皆さんは想像できるだろうか。道路標識の丸い板の部分はもちろんまず飛ばされて、残ったポールだけでも風の勢いで根元から折れてしまうのだ。またこの年東京電力の電柱は風に揺さぶられてひびが入ってしまい、交換しなければ危険だと判断されたものが父島だけで200本近くもあった。この話を内地の人にしたら、「小笠原はまだ木柱を使っているのですか」と言われたが、もちろんすべてコンクリート柱である。 私も、仕事で管理していた施設が大きな被害に遭った。それは海沿いの道に立っている電柱に設置されたプラスティックの箱に入った精密機械で、その扉が鍵がかかっているにもかかわらず強風に煽られて開いてしまい、雨水をかぶったのだ。この年、シーズン中には連続して3個台風が来たため、崖沿いを走る都道が雨で土台を削られ、丸々1車線が一晩のうちに崩れ落ちてしまった事もあった。 小笠原に住む者にとって台風よりも恐い天災は、津波だ。伊豆七島での群発地震のニュースを見て、内地の人は「小笠原も大変だね」と心配してくれるが、実は内地の地震は地下のプレートの関係で小笠原にはほとんど影響がない。小笠原付近でもたまに地震があるが、島民にとっては揺れよりも津波の方が深刻である。 父島、母島とも集落が港のある湾に面しているので、万が一津波に襲われると大きな被害が出る可能性がある。実際チリ津波のときも大変だったようで、高台に逃げる暇がなく高い木に登って一命を取りとめた人の話を聞いたことがある。その人の腰まで波が押し寄せて、水が引くときズボンや下着まで脱げてしまったそうだ。 村で行われる避難訓練も津波を想定して、高台にある学校などに集まっている。私自身は津波を直接体験したことはないが、津波の警報が出たときに海の潮位が異常に下がったのを見たことがある。それだけでも港に泊めてある漁船などが壊れる危険があるわけで、もし津波が襲ってきたら小笠原全滅になりかねないなと思った。小さな島に住んでいると、自然の素晴らしさとともにその力の恐ろしさも実感する。 小笠原で冬といえるのは、12月下旬から3月上旬くらいだろうか、もちろん暖かい、が年に何日か寒い日もある。10度以下にならないなら寒くないはずだが、それは暖房もセーターもある場合。常夏の島では生活も夏仕様なので、子供やお年寄りのいる家庭ではこたつやホットカーペットを持っているが、私のように一人住まいはあまり暖房器具を持っていないし、住んでいる部屋もフローリングに冷房のみのエアコンだ。セーター類は、クリーニング屋がない、着ていて虫がわきやすい、昼間ひなたに出るとゆだる、などの理由で、これも持っている人が少ない。そして一番の原因は部屋が狭く、暖房器具も冬用の衣類も閉まっておくスペースがない事。 そんなわけで、寒い夜はフローリングの床の上にお風呂マットを敷き、毛布に包まって夕飯を食べたりしている。わびしい光景だが夏が長いせいか、なんとなく「ああ冬だなあ」としみじみできたりして、本人は楽しんでいたが。 昔タイのバンコクに旅行した時、むこうでは雨季で比較的涼しい気候だったため、タイの人達が嬉しそうに皮ジャンをいそいそと着込んでいたのを目撃し、その時は「こんなに暑いのにおっかしいの」と思ったが、小笠原に住んでタイ人の気持ちがよく分かる。 小笠原の冬は暗い。空はどんよりと曇り、海は時化ることが多く荒れやすい。亜熱帯で気温が高いわりには水温が冷たいので、内地の観光客はともかく島民は海で泳がなくなる。夏は天気も海もよく楽しく遊べる分、冬になると鬱状態に落ち込む人もいるほどだ。 そんな中、冬のレジャーとしてオススメなのが、山登り。暑いし虫が多いので、夏に山に行くのは大変だが、冬はベストシーズン。真冬でもリュックをしょった背中がびっしょりになるほどで寒くないのがいい。小笠原は平地が少なく山がちなので、山登りのポイントには事欠かない。 山といってもハイキングに毛が生えたようなものだが、内地の山のように登山道が整備されているところは数箇所だけで、あとは経験者の道案内で薮をこいで歩く。これが結構きつく、先頭の人が背が高いと後から続く私などはすっかり薮の中に埋もれてしまい、顔に引っ掻き傷を作る始末だ。 小笠原は戦前にかなり開拓された歴史があり、現在鬱蒼と生えている木々も植林されたり強制疎開で放置された後に回復した森が多く原生林ではないが、山の斜面に昔栽培されていたユリが満開だったりして苦労して登ってきた私たちを迎えてくれる。 また戦争の遺物もいたるところに残っている。海に面した崖には戦時中に造った壕が多く山側から入れるのだが、中に入ってみると驚くほど広いものもある。大砲の台が残されていたりして、当時たいした土木機械もなく運搬も大変だったのだろうと思う。それと同時に、こんな南の果ての島のありとあらゆるところに壕を整備する、戦争というものの力を考えさせられる。 私は山登りは友達に連れていってもらう初心者なので、毎回擦り傷や打ち身を作るのだが、そんな傷で済んでいることが幸運だと思う。海に面した崖の谷間を渡るとき、つかんだ枝が折れてそのまま海に落ちそうになった時は、足元の石ががらがらと転がって海に落ちる様子を見ながら「私もあそこまで落ちていったのか・・・」と思わず血の気がひいた。海岸に降りていく道で足を滑らせて、そこで転げ落ちたら岩に体をたたきつけるところをロープ1本で助かったこともあった。 登山の行程自体はたいしたことはないのだが、危険な場所はとんでもなく危険であったりする。でも他の人が怪我をした話は山好きの友達からは聞いたことがないので、ただ単に私が鈍くさいだけなのかもしれない。 慣れた島民はぎょさんでさくさく登っていくので楽に見えるが、危ない目にあった私から言わせると「小笠原の山をなめちゃいけない」という事で、靴や飲み水の装備、そして必ず山を知っている人の案内で山登りを楽しんでもらいたい。遭難して、村の消防団に捜索してもらう事のないようにね。 |
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