日韓対訳で読む聖書
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| (14) 天使の軍団 |
日韓対訳で読む聖書
第14回/ 天使の軍団 2007.8.15. 終戦の日
六十二年目の終戦の日ですね。
久しぶりに平和について聖書を読んでみます。
これは以前(第十二回)にも書きましたが、平和と軍備というとすぐに私が思い浮か
べるのは次の言葉です。日韓対訳で掲げておきます。
改訳改訂版
I-e Ye-su-kke-seo i-reu-si-doe
" Ne khal-eul to-ro khal-jib-e kkoj-eu-ra.
Khal-eul ka-ji-neun ja-neun ta khal-lo mang-ha-neu-ni-ra."
新共同訳
そこで、イエスは言われた。
「剣をさやに納めなさい。
剣を取る者は皆、剣で滅びる。」 (マタイ26:52)
英訳NKJ版
But Jesus said to him,
"Put your sword in its place,
for all who take the sword will perish by the sword."
この言葉を読む限り、イエスは武器を捨てなさい、と言っています。
それは、日本国憲法の九条の言うところの、非武装中立の考えにちょうど合っている
のではないでしょうか。憲法の精神はイエスのみ心の現れとも言えます。
ところが、キリスト教では本家に当たるアメリカは、依然として軍事的には強硬派で
あるし、最近はその風潮が日本にまで来て、集団自衛論が浮上し、憲法改正が議論され
るようになりました。それでいいのでしょうか。
さて、このイエスの言葉を今回読み直していて、その続きがあることにあらためて気
づき、注目する思いがしました。それは次のような言葉です。
改訳改訂版
Neo-neun nae-ga nae a-beo-ji-kke ku-ha-yeo ji-geum
yeol-du gun-dan teo toe-neun cheon-sa-reul po-nae-si-ge
hal su eops-neun jul-lo a-neu-nya.
直訳
おまえは私が私の父にお願いして今すぐ
十二軍団以上になる天使たちを送ってくださることが
できないと思うのか。
新共同訳
私が父にお願いできないとでも思うのか。
お願いすれば、父は十二軍団以上の天使を今すぐ
送ってくださるであろう。 (マタイ26:53)
新共同訳のほうが二段に分かれていて歯切れがいいが、韓国訳のほうも文が一息に続
くことで重々しい訳になっている。
つまり、イエス様は武器を持っていないのではない、軍備を有していないわけではな
い。父なる神にお願いすれば、十二軍団もの天使を送ってくれるという。
主イエスのことを、「万軍の主」という表現をすることがある。これを聞いて、ある人が
「キリスト教って好戦的ですね」などと言ったという。
そうだろうか。そうではない。なぜなら、イエスはお願いすれば送ってもらえる天使
の軍団を、あえて送ってもらわないからである。
これは、イエスの単なる虚勢や強がりであろうか。実際は持ってもいない軍団を、あ
るかのように繕って強がっているのだろうか。
断じてそうではない。その理由を、イエスは続けてこのように説明している。
改訳改訂版
Nae-ga man-il keu-reoh-ke ha-myeon
i-reon il-i iss-eu-ri-ra han seong-gyeong-i
eo-tteoh-ke i-ru-eo-ji-kess-neu-nya ha-si-deo-ra.
直訳
私が万一そのようにしたら
こんなことがあるだろうと言った聖書が
どうして成し遂げられると言われるのか。
新共同訳
しかしそれでは、必ずこうなると書かれている
聖書の言葉がどうして実現されよう。 (マタイ26:54)
韓国訳のほうが「万一そのようにしたら」と、実現の可能性の示唆と、その仮定の否
定を強く押し出している訳になっている。
「こうなると書かれている聖書の言葉」とはなんだろうか。
それこそが、イエスの十字架の受難と復活である。そして、それによる人類の贖罪と
永遠の命の保証である。そのように、聖書は教えている。
もし万一、イエスが力を持って力に対していたら、ただ人類の罪を裁くばかりで終わ
りになった。しかし、イエスは世を裁かれるために来たのではなかった。
かえって、人々の罪を背負い贖うためにやってくる。その聖書の言葉が実現するため
に、イエスはあえて力を行使せずに、従容と縄についたのだ。
こうして見ると、現代、力を主張し、武力で敵を制圧しているアメリカ初めキリスト
教国の姿勢は、聖書のイエスの教えとは違っているのではないかと考えられる。
イエスは、あえて軍備を行使しなかった。弟子たちの剣を捨てさせ、剣をとるものは
剣で滅びると、力による力への報復を戒められた。
こうして見れば、現代の日本の平和憲法こそ、イエスの精神にかなっているのだ。私
たちは、太平洋戦争の310万人の貴い犠牲の上に成り立った憲法を守っていこう。
さて、ここから多少、話が横道にそれていくかもしれないが、この訳文中の「軍団」
という言葉について考察してみたい。
ここの箇所は、英訳ではこのようになっている。
英訳NKJ版
Or do you think that I cannot now pray to My Father,
and He will provide Me with more than twelve legions of angels?
How then could the Scripture be fulfilled,
that it must happen thus?"
「十二軍団以上の天使」の部分であるが、「twelve legions of angels」となっている。
すなわち、「軍団」のことを英語では「レギオン legion」と言っているのだ。ちな
みに韓国語でも日本語と同じく「軍団 gun-dan」という漢語を使っている。
ここで「レギオン」と聞いて、聖書をよく読んでいる方なら、すぐに思い浮かべる箇
所がある。それは、イエスが悪霊につかれた男から悪霊を追い出すエピソードで、複数
の福音書に共通しているが、ここではマルコ伝から見てみよう。
イエスが悪霊につかれて暴れる男の所に行くと、男はイエスに向かって、
「神の子イエスよ、かまわないでくれ、苦しめないでくれ」
と哀願する。それに対して、イエスの言葉が次のように続いている。
新共同訳
イエスが、「汚れた霊、この人から出て行け」
と言われたからである。
そこで、イエスが、「名は何というのか」とお尋ねになると、
「名はレギオン。大勢だから」と言った。 (マルコ5:8-9)
何か、子どもの頃に見たオカルト映画「エクソシスト(悪魔払い師)」を思い起こさ
せる、ぞっとする場面である。
ちなみに、これも俗な映画の話になって恐縮だが、怪獣映画でガメラというのがある
が、その怪獣の名前にレギオンというのがいた。いかにも怪獣めいた名前だが、この聖
書の箇所から来ているのかもしれない。
取り上げたいのはここで、悪霊が名を聞かれて、「名はレギオン。大勢だから」と答
えていることだ。しかし、ここで「大勢だから」と書いてあっても、読んでいる人には
それが「レギオン」という名前とどう結びつくのか、よくわからないだろう。
日本語の代表的な訳を見ると、文語訳・口語訳・新改訳・新共同訳、みなここは「レ
ギオン」となっている。文語訳だと、こんな調子だ。
「わが名はレギオン、我ら多きが故なり」
ただし、文語訳には注があって「羅馬の軍隊にて、六千人をレギオンといふ」とある。
以降の訳はこの文語訳を継承しているのだろうが、注がないとわかりにくい。
ここを韓国語訳で見ると、以下のようになっている。
改訳改訂版
I-neun Ye-su-kke-seo i-mi keu-e-ge i-reu-si-gi-reul
"Teo-reo-un kwi-sin-a, keu sa-ram-e-ge-seo na-o-ra" ha-syeoss-eum-i-ra.
I-ye mul-eu-si-doe, "Ne i-reum-i mu-eos-i-nya." ha-syeoss-eum-i-ra
I-reu-doe, "Nae i-reum-eun Gun-tae-ni, u-ri-ga manh-eum-i-ni-i-da ha-go
直訳
これはイエス様がすでに彼に諭されるに
「汚れた鬼神よ、その人から出て来い」とおっしゃったからだ。
そこで、おたずねになるには、「おまえの名は何というのか」
いわく、「おれの名は軍隊、おれたちはたくさんだからだ」と
単純明快な訳だ。「おれの名は軍隊」。そのままである。
とてもわかりやすく、注は不要である。こうしたところに、韓国訳のわかりやすさ、
庶民性を感じさせる。
ちなみに、日本語訳はわかりにくいといったが、例えば、塚本虎二訳や、松村みよ子
訳などの、個人訳を見ると、「軍団」と書いてルビで「レギオン」とふってある。これ
も工夫でなかなかいい。例えば「洗礼」について、日本語訳の聖書は一般に「バプテス
マ」とふってあるが、同様の処置だろう。
ただし、そのまま「軍団」と訳したほうが、よりわかりやすいとは思う。
では、英訳はどうなっているかというと、以下のとおり。
英訳NKJ版
For He said to him,
"Come out of the man, unclean spirit!"
Then He asked him, "What is your name?"
And he answered, saying,
"My name is Legion; for we are many."
そのまま、「Legion レギオン」とあって、「legion 軍団」と語の区別がないから
わかりやすい。
ただし、こちらのほうは固有名詞であるから、頭文字が大文字になっている。
なお、原語のギリシャ語では、
「λεγιωναs レギオナス」「Λεγιων レギオン」
と、それぞれ「レギオン」という語が使われ、やはり固有名詞は大文字である。
こんなところに、英語のもとがギリシャ語であることがうかがわれる。
そう言えば、英訳聖書では「彼」のことを、「He」と大文字で書く場合と、「he」と
小文字で書く場合があるが、違いがおわかりだろうか。前者は、イエスを指している。
もうひとつ、ついでに注目しておきたいのは、「汚れた霊」という言い方。
英訳では「unclean spirit」となっている。「クリーンでない霊」、というわけだ。
ここのところ、韓国語訳では
「teo-reo-un kwi-sin 汚れた鬼神」となっている。
「yeong 霊」と「kwi-sin 鬼神」とは違うものとしてはっきり訳し分けられている
のだ。韓国語で「鬼神」というのは、死者の霊魂とか、災いをもたらす霊、幽霊やお化
けのたぐいを指す。これに比べて「yeong 霊」は「seong-ryeong 聖霊」であり、聖
なる霊、善玉の霊、神さまの遣わした霊、キリスト教の三位一体の霊である。
これは英訳では「Spirit」 「spirit」と大文字と小文字で書き分ける場合もあるが、
語としては同じになっている。日本語訳に至っては、前者を霊≠ニ、引用符付きで表
しているのだが、これはあまりにわかりにくいと思う。確かに凡例を見るとこう書いて
いるが。
「聖霊」あるいは「神の霊」「主の霊」が意味されていると思われる場合には前後に
≠付けた。
こうした区別を語彙レベルでしていることは、先に挙げた「軍団」の明確な訳と同様
に、韓国語訳がわかりやすさを目指しているようで、好ましく思われる。
さて、細かい語釈に陥ってしまったので、もう一度テーマに戻ろう。
イエスが父なる神に遣わしていただけるといった「軍団」は、悪霊や鬼神の軍団では
なくて、「天使の軍団」であった。
そして、それは「十二軍団」の規模だったという。
ひとつの軍団を六千人とすれば、実に七万二千人となる。黙示録で救われるとされて
いる人々の数の約半数であり、とにかく多数ということが実感される。
繰り返したいのは、それだけの規模の軍隊を持っていたとしても、イエス様はその軍
事力を行使されることはなかったということだ。
そもそも、天使の軍団というのは、決して物質的な現世的な軍隊ではない。精神的な
霊的な救いをもたらす神の使いたちの集団なのだ。
もし、力でローマ軍やユダヤの暴徒に反撃していれば、単なる歴史上の反乱事件のひ
とつとして、人々に忘れられてしまったことだろう。
力を捨てたがゆえに、イエスの義挙は、人々に永久に覚えられた。
その弱さゆえに、イエスは強く、人々に勇気を与え続けた。
私たちは、その平和の精神を受け継いでいきたいと思う。
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