韓国映画とキリスト教

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(2) 「その年の冬は暖かかった」

新連載 韓国映画とキリスト教 (2)「その年の冬は暖かかった」

 新しいシリーズ「韓国映画とキリスト教」の二回目です。

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 「その年の冬は暖かかった」

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韓国映画とキリスト教(2) 「その年の冬は暖かかった」

 コリアキネマ倶楽部の、今年一月の上映会でこの映画を上映した。
   「その年の冬は暖かかった」
 ペ・チャンホ監督の作品であり、ちょうど一月で冬の映画と時期が合う。
 もっとも、今年の冬は寒かった。よく雪が降った。上映会の日も大雪だった。
 この映画も、冒頭から雪が降っている。延々と雪の降りしきる銀世界の雪原の
中のひと筋の道を、たくさんの人々が列をなして行進している。行進などという
意気の上がるものではない。老人や女子供まで、傷つきよろぼい歩いている。
 朝鮮戦争の避難民たちだ。
 そこに「敵機だ」という叫び声。逃げまどう人。機銃掃射に倒れる人。白い雪
が血にまみれ、たちまちあたりは、阿鼻叫喚の図となる。

 その中に、二人の幼い姉妹がいた。妹は五歳、姉は八歳。ちょうど、うちの
息子と娘も同じ年で、幼稚園の年長と、小学校三年くらい、まだ子供だ。
 空襲の混乱の中、母親が絶命する。とりすがって泣くが、すべもない。父親
はすでに共産スパイの疑いを受けて亡くなっていた。天涯孤独の身である。
 飢えと寒さの雪中行軍、いたいけな幼児にはつらい。道に倒れている犠牲者
の食料を奪って食べたりするが、それだけでは生きていけない。
 ひもじいと泣く妹。姉はその姿を見て思う。このままでは共倒れだ。自分が
生きていくためには、妹を見捨てるしかない……。
 「食料を仕入れてくるからね、ここで待っていてね」
 妹を廃屋に残して、姉は雪の中を出ていく。そして帰って来なかった。

 雪というと、私には忘れられない思い出の光景がある。
 13年前の1987年、あの年も東京は大雪だった。クリスマスイブ、仕事が終わる
と私はケーキを買って、新妻の待つ家へ夜道を急いでいた。
 郵便受けに一枚の黒枠の訃報が届いていた。学生時代の恋人、Rだった。
 ケーキをそこに置いて、アパートの玄関先に座り込んで、泣いた。雪は、遠い
漆黒の空から、私とRを埋葬するかのように、いつまでも白く降り続いていた。

 「火垂るの墓」というアニメ映画がある。
 野坂昭如の同名小説をもとにしている。やはり、戦争で焼け出された幼い
兄と妹。極端な食糧不足の中、兄は妹を餓死させてしまう。
 冬ではなく、夏である。白く輝く蛍が、粉雪の舞うようにとびかう光景を
見ると、野坂氏も、死なせた妹のことをいつも思い出してしまうのだろう。
 愛する人を見捨ててしまったという罪の意識は、生涯消えることがない。

 さて、その後、姉妹たちは成人して出会う。
 最初は、孤児院だった。姉はその後、兄と再会していっしょに暮らして
いたが、妹は孤児として施設に引き取られていたのだ。
 その後、妹は工場の貧しい工員と、姉は金持ちの若社長と結婚する。
二人は演奏会で出会い、姉は妹の胸に形見のペンダントを見る。
 だが、名乗ることができない。妹を見捨てた罪悪感からだった。

 この連載のテーマは、「キリスト教と韓国映画」だ。
 この映画は、一見キリスト教とはあまり関係ないように見える。だが、
教会の十字架の出てくるシーンが一箇所ある。
 妹と結婚した工員は、とても気持ちの優しい男だった。だが、ベトナム戦争
に従軍して、ベトコンの攻撃に会い片足を失ってしまう。傷痍軍人だ。
 また、従軍中に出産した妻の、月足らずの息子に、その貞節を疑う。不信と
自棄の念から、彼は酒におぼれて、妻や子供に暴力をふるうようになる。
 しかし、ある晩、いつものようにバラック小屋の外で夫婦喧嘩をしていると
見かねた隣家のおばさんが男を叱責する。
 「身重の奥さんをなぐるような男は、人間じゃないよ」
 はっとした男は会心して、真人間に戻る。見ていると「甘いんじゃないか」
と思う人がいるかもしれない。そんなに簡単に、人が変わるものだろうか。

 このシーンで、背景に十字架が見えている。
 貧乏人のバラック小屋は丘の斜面の地にひしめいて立っている。だから、
小屋から見ると、見下ろす位置になって見晴らしがいい。夜景に街の灯が遠く
見える。その夜空に、赤く光る十字架が立っている。
 赤い十字架。そう、韓国には教会が多いが、その十字架は赤いネオンになっ
ていて、夜は光るのだ。初めてソウルに行った時に、夜の街のあちこちに赤い
十字架が輝いている情景が、一種不思議な美しさを感じたものだ。
 ここには、明らかに敬虔なクリスチャンであるペ・チャンホ監督のメッセー
ジがある。彼の映画は、いつも肯定的なヒューマニズムに満ちている。人間は
信じられるものだという、キリスト教的な性善説が根底にある。

 ほかに、金持ちの姉が、慈善事業に精を出すことにも注目したい。
 社長夫人なのだから、金もひまも充分あるのだが、それにしても熱心だ。
 そのうち、旦那の社長から
 「育児や家事もろくにせず外出ばかり、いい加減にしたらどうだ」
と文句を言われ、夫婦仲が悪くなるくらいだ。
 これはひとつには、妹を見捨てた自責の念からだろう。肉親に注げなかった
愛情の代償を、他人への奉仕の形で昇華しているような感さえある。
 そもそも日本では、あまり慈善ということが一般的でない。以前テレビで、
 「宝くじで一等が当たったら、何に使いますか」
という街頭アンケートをとっていた。その際に、欧米では必ずベスト3くらい
に入るのに、日本ではベスト10にも決して挙がらない項目がある、それは
何だろうか、というクイズがあった。答えは「寄附」である。
 欧米の道徳の基礎となっているキリスト教で、慈善、施しを強く勧めている
ことと、これは無関係とは言えない。明らかにそのためだろう。

 「貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう」
 「金持ちが神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうがやさしい」
                     (マタイ19:21,24)

 さて、映画の話に戻ろう。
 金持ちの姉は、その後も妹に会う機会がある。だが、やはり名乗れない。
 最初に名乗らなければ、あとでますます言いにくくなるのは当然だ。また、
姉の夫の社長が、若い時に妹と関係していたらしいということも、話しにくく
なった原因だ。こうして、二たび、三たびと、姉は妹を否定する。
 この映画は以前にも見たが、ここがどうも歯がゆい。
 最初に名乗らないのは仕方なかったとして、妹の家族が貧困にあえいでいる
のに、あまりに冷たい他人行儀だ。そのためにますます悲劇が大きくなる。

 今回、再度16ミリで上映しながら、同じ思いを持って見ていた。
 「私は、ふたたび、妹を知らないと言った。」
 そのように、姉のナレーションが流れた。
 その時に、私は、はっとした。
 この映画はもしや、あのペテロの故事に基づいた話なのではないか。

 イエス・キリストは、よく知られているように、ユダの裏切りによって、
銀三十枚で売られ、十字架について刑死することになる。
 イエスはそれをあらかじめ知っていて、予言する。それを聞いた弟子たちは
みな驚き、悲しみ嘆く。その中でも愛弟子であるペテロが、前に進み出る。

   ペテロはイエスに答えて言った、「たとい、みんなの者があなたに
  つまずいても、わたしは決してつまずきません」。
   イエスは言われた、「よくあなたに言っておく。今夜、鶏が鳴く前に、
  あなたは三度わたしを知らないというだろう」。
   ペテロは言った、「たといあなたと一緒に死なねばならなくなっても、
  あなたを知らないなどとは、決して申しません」。
                    (マタイ26:33−35)

 そう話しているうちに、裏切り者ユダに引き連れられて、捕り手の者どもが
イエスを捕らえにやってくる。そして捕らえた後、なぐるけるの暴行をする。
今で言えばリンチだ。そして、暴徒と化した群衆は叫ぶ。
 「他にこいつの仲間はいないか。」
もしそこで名乗れば、自分もリンチを受ける。殺されるかもしれない。
 見ていた群衆の一人が、ペテロを指して言う。
 「こいつはさっき一緒にいたぞ。仲間だろう。」
 ペテロは否定する。そして、二度、三度と、彼は追及される。

  彼は「その人のことは何も知らない」と言って、激しく誓いはじめた。
  するとすぐ鶏が鳴いた。
  ペテロは「鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と
  言われたイエスの言葉を思い出し、外に出て激しく泣いた。
                    (マタイ26:74−75)

 あなたは、愛する人が、友人が、危難に遭っている時に、名乗れますか。
 関東大震災で、たくさんの朝鮮人がデマのために虐殺されました。
そんな時に、手に手に武器を持って殺気だった暴徒の前で、
 「この朝鮮人は私の知り合いだ、助けてくれ」
と言えますか。そう言えば、自分も殺されてしまうかもしれない状況で。
 ナチス占領下のポーランドで、ユダヤ人をかくまった者は、同罪として
処刑されました。そんな時、あなたは友人のユダヤ人をかくまえますか。
ワイダの「聖週間」はそんな映画だった。

 私は、いつもそんなことを考える。そして、私も言えないかもしれない、
と思う。そう考える時、この場のペテロの気持ちがわかる。そして胸が痛む。
 ここでは臆病だったペテロも、イエスが昇天した後はその教えの伝道に
生涯をささげ、最後には殉教するのだけど。

 映画「その年の冬は暖かかった」で、姉に三度まで妹を「知らない」と
言わせたのは、この故事を下敷きにしていることは、間違いないだろう。
 監督は、他の映画でも、聖書の話を使っていることがあるから。
 この再発見は、私を感動させた。
 映画の上映が終わった時に、挨拶の中で私はそのことを観客に告げた。
 実はその前の月、イ・ヂャンホのキリスト教映画「低き所に臨みたまえ」を
上映した頃から、私はキリスト教に深い愛着を覚え始めていた。だから、この
聖書の話を伝えられることがとてもうれしかった。

 さて、このことには、まだ不思議な後日談がある。
 私は本当に起きたことしか語らないので、信じて聞いていただきたい。

 上映の翌日の日曜、私は十条に出かけた。
 ここで、在日の歌姫・李政美さんのミニ・コンサートがあるのだ。出身校の
朝鮮中等学校である。雪のふりつもった校庭の眺められる食堂のホールで、
ダウン症の子供たちを相手に歌ったコンサートは、政美さんの優しいお人柄が
しのばれて、心あたたまるものだった。
 終了後、私と何人かのファンが、李政美さんを囲んで打ち上げの会に出た。
その中には、前日の土曜に、上映会に来てくれていた人たちもいた。その中の
一人、無法松さんが、飲みながら私にこう言うのだ。
 「いやあ、てじょんさんの解説は、すごいと思ったよ」
 「とんでもない。どうしてですか」
 「今朝の日経にね、昨日話してくれた、ペテロの話が載ってたんだよ」

 その時は、そんなことがあるものだろうか、と思いつつ聞いて、そのままに
していた。一ヶ月ほど後、私は図書館に行く機会があり、古新聞を捜した。
見つからない。あれは何かの勘違いだったろうか。と見るうち……あった。

 日本経済新聞 2001.1.28.日曜朝刊 連載小説「発熱」第290回
 てっきり、何かの特集か文芸記事かと思いきや、連載小説だった。
 龍と綾という男女の、普通の会話である。その最後にある。少し引用する。

>>「……あら、聖書。読むの?」
>> 龍は慌てて立ちあがった。中に小型ピストルを隠してある。綾は背表紙
>>に指を這わせる。
>>「福音書のペテロの話が好きよ。ごぞんじ?」
>>「いいえ。こちらにきて、聞かせてください」
>> 龍は大して興味はなかったが、綾を書棚から引き離そうとしてそういった。
>>−−最後の晩餐のとき、イエスがペテロに、今夜、鶏が鳴く前に、おまえは
>>三度私を知らないと言うだろう、と予言する。……

 このあと、この故事が詳しく説明されている。
 私は新聞から目を上げて、呆然とした。土曜の夜の上映会で私が話したこと
が、次の日曜の朝刊の連載小説に載っているのだ。私が、翌日の新聞の内容を
知るはずがない。上映会の場にいた人たちが、証人になってくれるだろう。
 しかも、次の日の朝に、無法松さんが、この新聞を見なかったら、そして、
私と会うことがなかったら、私はこの新聞にこの記事が載っていることを、
知らないまま過ごしてしまっただろう。

 私に、このことを知らせたものは、なんだろう。
 神であり、イエスではないか。
 この時から、私はその実在を確信するようになっていった。ハレルヤ。
 その後も、こうした形の文章を通した啓示を、私は繰り返し受けている。
 私はもう、イエスを知らない、とは言えないのだ。
 あなたは、信じてくれますか?
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