ときわ台教会 早天祈祷会にて 〜 2005.3.25. 聖金曜日
【証し】 イエスの十字架とユン・ドンジュ(尹東柱)
はじめに讃美をいたします。ご一緒に歌いましょう。
手元に讃美歌集のある方は、お開きください。
讃美歌 「ちしおしたたる」 (教団讃美歌136 新生讃美歌221)
血しおしたたる 主のみかしら
とげにさされし 主のみかしら
悩みとはじに やつれし主を
われはかしこみ きみとあおぐ
主の苦しみは わがためなり
われは死ぬべき 罪人なり
かかるわが身に かわりましし
主のみこころは いとかしこし
なつかしき主よ はかり知れぬ
十字架の愛に いかに応えん
この身とたまを とこしえまで
わが主のものと なさせたまえ
主よ主のもとに かえる日まで
十字架のかげに 立たせたまえ
み顔をあおぎ み手によらば
いまわのいきも 安けくあらん
では、聖書をお読みいたします。今朝の箇所は以下のとおりです。
手元に聖書のある方はお開きください。新共同訳から引用いたします。
聖書朗読 ルカによる福音書 23章32〜49節 (新共同訳)
ほかにも二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も一人は右に一人は左に、十字架につけた。
そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているかわからないのです。」
民衆は立って見つめていた。議員たちもあざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、言った。「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。
十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシヤではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」すると、もう一人のほうがたしなめた。「お前は神を恐れないのか。同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」そして、「イエスよ、あな
たの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。
するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。
既に昼の十二時ごろであった。全地は暗くなり、それが三時まで続いた。太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。
イエスは大声で叫ばれた。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。
百人隊長はこの出来事を見て、「本当に、この人は正しい人だった。」といって、神を賛美した。見物に集まっていた群衆も皆、これらの出来事を見て、胸を打ちながら帰って行った。イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た婦人たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた。
証し 大田雅一(てじょん)
おはようございます。
受難週の早天祈祷会の金曜日にお話しする機会を与えていただき感謝します。
まず、ある詩人の詩をひとつお読みいたします。
十字架
追いかけてきた陽の光なのに
今、教会堂のてっぺん
十字架にかかりました
尖塔があんなにも高いのに
どうやったら登っていけるでしょうか
鐘の音も聞こえてこないのに
口笛など吹きながらうろついてみましたが
苦しんだ男
幸福なイエス・キリストへのように
十字架が許されるのなら
首をたれて
花のように咲き出る血を
暗くなっていく空の下で
静かにお流ししましょう
この詩を読んだのは、ユン・ドンジュという韓国のクリスチャンの詩人です。
韓国はクリスチャンが多く人口の三割を占めています。先の大統領のキム・デジュンご夫妻もそうでしたし、最近ヨン様ブームで人気のペ・ヨンジュンもそうです。文学者にも多くいます。
ユン・ドンジュは今からちょうど六十年前になくなりました。今年は戦後六十年にあたります。つまり彼は終戦の年、1945年になくなったのです。終戦をさかのぼるちょうど半年前の2月16日、つい先月ですが、没後六十年の命日でした。しかし彼は、事故や病気で逝ったのではありません。福岡の刑務所に入れられて二十七歳の若さで獄死したのです。
ユン・ドンジュの生涯について簡単にご紹介しましょう。
彼は1917年、満州で生まれます。一家はメソジスト系のクリスチャンホームでした。彼も子供のころに洗礼を受けました。
中学のころに、たいへんなことがありました。彼はミッション系の中学に進んでいたのですが、当時、日本政府は植民地の朝鮮人に対して、神社参拝を強要しました。中学側がこれを拒否したために、廃校になってしまったのです。このように日本は国家神道を強制し、クリスチャンを弾圧しました。中学生の彼の心はいかばかり痛んだことでしょう。
1938年、彼はソウルの延世大学に進みます。延世大学は、韓国の代表的なミッションスクールです。そこでの四年間の大学生活がもっとも充実した時代で、多くの詩作を生み出しました。卒業後、1942年に、彼は太平洋戦争の始まったばかりの日本に留学しました。東京の立教大学で半年間、そして京都の同志社大学で一年間文学を学びます。
彼はこの時も朝鮮語で詩を書き続けました。当時、日本は朝鮮人に日本語を強要していました。宗教ばかりでなく、言葉も奪ったのです。さらに、名前も奪われました。日本名も強制しました。そのためユン・ドンジュは、平沼東柱と名乗っていました。
ところが1943年に彼は朝鮮の独立運動をはかった嫌疑で逮捕されてしまいます。おそらく禁止されていた朝鮮語の詩を書き続けたためでしょう。やがて有罪判決を受け、福岡の刑務所に送られて二年間を牢屋で送った後、衰弱して獄死してしまいました。死ぬときに彼は何か朝鮮語で大声で叫んで死んだといいます。
ではなぜ、ユン・ドンジュは、殺される危険のある日本にわざわざ留学したのでしょうか。研究者の中には、このユン・ドンジュの日本留学を、イエスのエルサレム入城になぞらえる人がいます。すなわち、あくまで信仰と民族の誇りを守るために、あえて命をかけて敵地に入ったというのです。私もそうだろうと思います。
なぜなら、最初にご紹介した詩のように、ユン・ドンジュは、十字架上の死、すなわち殉教を初めから望んでいたからです。ですから彼がその信仰を貫いた死は、決して無駄ではなく、崇高な尊いものだったと思います。
もうひとつ、詩をお読みします。長い詩ですので、最後だけ読みます。
星を数える夜
お母さん、あなたは遠い満州におられます。
私はなんだかなつかしくなって
このたくさんの星の光が降ってくる丘の上に
私の名前を書いて
土でおおってしまいました。
夜どおし鳴いている虫たちは
私の恥ずかしい名前を悲しんでいるのです。
でも季節が過ぎて、私の星にも春が来れば
墓の上に青い芝草が生えるように
私の名前を埋めた丘の上にも
誇らしく草が生い茂ることでしょう。
彼の死は絶望ではありません。彼は復活を信じて死にました。
イエス様が墓からよみがえられたように、自分もよみがえることを信じて死んだのです。
彼は最後に何を叫んで死んだのでしょうか。日本人をうらむ言葉でしょうか。しかし、イエス様にならおうとしていた彼のことです。日本人のために祈ってくれたのではないでしょうか。
「彼らをお許しください。彼らは何をしているかわからないです」「私の魂を御手にゆだねます」そう言ったのではないでしょうか。そしてその時に、イエス様はそばにいらして、「今日、あなたは私とともにパラダイスに入るであろう」と言ってくださったのではないでしょうか。
その後、彼の名前は見事によみがえりました。やがて春が訪れ、朝鮮に独立がもたらされた後、その詩作は多くの人々に愛され、「国民詩人」「抵抗詩人」そして「信仰の詩人」として今でももっとも人気のある詩人です。そして最近は日本人のみなさんにも知られるようになりました。
私が初めて彼の詩を知ったのは、教科書でした。茨木のり子という日本の詩人が彼を紹介したエッセイが、筑摩書房の高校の現代文の教科書に載っていたのです。私は高校の国語の教員をやっているので、生徒に教えるなかで彼の詩に親しむようになりました。
昨年、こんなことがありました。
私が職員室にいると、ひとりの女性が入ってきました。筑摩書房の営業の方で、教科書の見本を置きに来たのです。本を置いて去ろうとするときに、ふと私の机の上を見て言いました。
「あ、聖書がありますね」。
ギデオンで配っている聖書が、机の上に置いてあったんです。
「先生、もしかしてクリスチャンですか」「そうですが」
「うれしいですね。実は私もクリスチャンなんですよ」
そこから話が弾んで、お互いの教会の話になりました。一度、彼女はこのときわ台教会の水曜の祈祷会にも来てくれました。
その彼女から最近連絡があって、教科書の指導書を書いてくれないか、と言うのです。この四月からカリキュラムの改訂で、新しい教科書が出ます。教材のさしかえもありますが、筑摩の現代文には今までどおり、ユン・ドンジュの話が載ることになりました。そこで、ぜひ私にその教材の解説を書いてほしいと言うのです。
もちろん、お引き受けしました。指導書を書くにあたって、特にクリスチャンとしての彼の生涯を、日本の若い高校生たちに知ってもらおうと思って書きました。そして、おとといその製本された指導書が届きました。
今度のことが、私には偶然のこととは思えません。
イエス様はよみがえって、そして今も、生きて働いていらっしゃる。そして、私にこのような機会を与えてくださったのだと信じています。
これは私だけの自慢話ではありません。
イエス様は、ここにいらっしゃるすべての方にも同じように、聖霊をつかわして、生きて働いていらっしゃると思います。
私の場合はそれは教科書でしたが、みなさまにもそれぞれのタラントが与えられ、それぞれの使命が与えられ、そしてそれぞれの十字架が与えられていると思います。
私たちはみな、それぞれの十字架を背負って、イエス様の与えられた道を、イエス様とともに、歩んで行こうではありませんか。
最後にもうひとつ、短い詩をお読みします。「序詩」と言いまして、ユン・ドンジュの死後に発行された、唯一の詩集である「天と風と星と詩」の、序に掲げられた詩です。
序詩
死ぬ日まで天を仰ぎ見て
一点の恥もないことを
木の葉を吹きちらす風にも
私は心を痛めた
星をうたう心で
すべての死んでゆくものを愛さなくては
そして私に与えられた道を
歩んでいかなくては
今宵も星が風に吹きさらされている
では、お祈りさせていただきます。
天のお父様に、イエス様のみ名を通じてお祈りいたします。
受難週の金曜日に、あなたの十字架のみわざを思い、そのお苦しみをしのび、私たちにくだされた恵みを深く感謝いたします。
今年、戦後六十年にあたり、日本が過去に、韓国朝鮮やアジア諸国に犯した罪を思います。あなたのみわざによって、われわれのこれまでの深い罪がゆるされますように、またこれから二度と同じ過ちを犯すことのありませんように。
世には韓流ブームの起こる一方で、竹島/独島の領土問題や、日本人の拉致問題で、日韓日朝の外交問題も生じております。どうぞあなたが間に働かれて、これらの問題が解決し、友好的な関係が結ばれ、アジアの、そして世界の平和が実現しますように。
また、私たちひとりひとりが、それぞれ与えられた使命をにない、与えられた十字架を背負い、与えられた道を歩んでいくことができますように。そして、ときわ台教会の働きがこれからも祝されますように、世界の平和のために、人々の救いのために、私たちの教会が、そして、私たちひとりひとりが、あなたに用いられ導かれますように、お祈りします。