尹東柱を読む @ 「序詩」

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〜 尹くんの霊前に捧ぐ 〜             2004.1.2

(序言)
 「尹くん」と呼びたくなるように、尹東柱の詩は私には親しく語りかけてくる。
 「夭折の特権」というものがある、と茨木のり子は言った。弱冠二十七歳で死んでしまった彼は、人々の心の中では永遠に青年のままである。生前に会ったことはないし、優れた詩を書いた先人ではあるが、「尹くん」と呼んでみたくなる。

 先日、「尹くん」の生涯を描いた芝居を見に行った。獄中で悲劇の死を遂げた彼の生涯に、日本人として胸がふさがる思いで見ていた。劇中、彼の詩が朗読された。あらためて原語で、彼の遺した作品を読んでみたいと思った。
 ハングルはまだまだ不勉強な自分であるが、詩を読みながら勉強するつもりで、拙いながら解釈と訳を加え、また私的に感じたことを書いていきたい。

【原文】(ローマ字表記)

 Seo-si

   Ha-neul kwa Pa-ram kwa Pyeol kwa Si

Jug-neun nal-kka-ji Ha-neul-eul u-reo-reo
han jeom bu-kkeu-reom-i eops-ki-reul,
Iph-sae-e i-neun pa-ram-e-do
na-neun koe-ro-weo-haess-ta.
Pyeol-eul no-rae-ha-neun ma-eum-eu-ro
mo-deun jug-eo-ga-neun geos-eul sa-rang-hae-ya-ji
Keu-ri-go na-han-the ju-eo-jin kil-eul
keol-eo-ga-ya-gess-ta.

O-neul-pam-e-do pyeol-i pa-ram-e seu-chi-un-da.

【試訳】

 序詩

   空と風と星と詩

死ぬ日まで 天を仰ぎ
一点の恥も ないことを、
葉あいに 立つ風にも
ぼくは つらくなった。
星を歌う 心で
すべての死んでいくものを 愛さなくては
そして ぼくに与えられた道を
歩いていかなくては ならない。

今夜も 星が風にまたたいている。

【語句】
jug-neun juk-ta「死ぬ」の現在連体形
Ha-neul 空、天 「神」の意にも用いる
u-reo-reo u-reo-reo po-daで「仰ぎ見る」
han ひとつの(助数詞)  jeom 点、〜滴と数える単位にも
bu-kkeu-reom bu-kkeu-reop-ta「恥かしい」の名詞形、恥
eops-ki eops-ta「ない」の名詞系、ないこと
iph 葉   sae sa-i「間」の縮約形
i-neun il-da「起こる」の現在連体形(r変格)
na 二人称「ぼく」対等か目下 jeo「私」よりくだけた表現
koe-ro-weo-haess-ta
 koe-rop-ta「つらい、苦しい」の動詞形「koe-ro-weo-ha-da」の過去形
no-rae-ha-neun no-rae-ha-da「歌う、歌につくる」の現在連体形
jug-eo-ga-neun
 juk-ta「死ぬ」とka-da「行く」の合成語jug-eo-ga-da「死に行く」の現在連体形
geos 「もの」、ja「者」ではないので無生物の「物」を含め広く指す
sa-rang-ha-da sa-rang「愛」のha-da動詞型、「愛する」
〜a/eo-ya-ji 〜なくては、〜なくちゃ 義務を表す言い方
ju-eo-jin ju-da「与える」の受身形ju-eo-ji-da「与えられる」の過去連体形
keol-eo-ga-da keol-da「歩く」とga-da「行く」の合成語「歩いて行く」
〜ya-gess-ta 〜なくてはならない 義務を示す表現
o-neul-pam o-neul「今日」のpam「晩」で「今晩」
seu-chi-un-da
 seu-chi-da「さらす」にu-daがついて使役形、直訳すると「さらさせる」

【コメント】
 あまりにも有名な、詩集「空と風と星と詩」の序となる詩である。

  死ぬ日まで 天を仰ぎ
  一点の恥も ないことを、

 二十代の青年でなくては書けない言葉だ、と茨木のり子は言う。
 私もそう感じた。今、私はもう四十の半ばにさしかかった。この年まで生きていると、いろいろ人生で失敗やつまずき、人には言えないような悪いことや恥かしいことも、いくつも重ねてきてしまった。どんなに清廉潔白に生きてきたという人でも、長く生きるうちにひとつやふたつは過ちを犯すのではないだろうか。
 最初に読んだ時には、ちょっとそこが鼻についたりもした。むしろ、
 「汚れちまった悲しみに なすところもなく日は暮れる」
 と読んだ中原中也のほうが、うらぶれた中年おじさんには親しいように思えた。
 「一点の恥もない」と、胸を張ってはなかなか言えない。

 まだ若い時、まだ二十代なら、こうも言えるだろう。映画俳優で言うと、交通事故で若くして逝ったジェームス・ディーンのように、夭折することで伝説の俳優となってしまった人たち。詩人でも、石川啄木やランボーなど、早世した天才の作品が今も愛唱されている。「汚れちまった」という中也も、三十半ばとずいぶん若いのだ。
 尹東柱は、ほんとうに心の清い、まっすぐで純真な青年だったのだろう。
 そして、迫害に頭を下げず、空を見上げたまま、なくなったのだろう。
 最近、冬空が澄んでいる。
 この詩は、初めに読んだときには、秋の詩かなとも思った。青空が抜けるような季節と言えば、天高く馬肥ゆる秋、だろう。だが、最近は冬なのかなとも思う。星が澄んで見える、そして、風が身にしみて感じられる季節。これは冬の詩かもしれない。

  葉あいに 立つ風にも
  ぼくは つらくなった。

 「風立ちぬ、いざ生きめやも」
 私の好きな堀辰雄の「風立ちぬ」のタイトルにもなったヴェルレーヌの詩。
 伊吹郷さんの訳では「そよぐ」となっているが、もう少し強い感じではないかと思える。原語ではイルダ、「起きる」という意味なのだが、風が「立つ」という訳もある。
 葉の間に立つ風。もちろん、黄色く色づいたもみじの葉のあいだにそよぐ秋風ととるのも、ロマンチックでよいと思う。
 「秋の日のヴィオロンのためいきの 身にしみてひたぶるにうら悲し」
 「げに我はうらぶれてここかしこ さだめなくとびちらふ落ち葉かな」
 上田敏の名訳で人の口にのぼるヴェルレーヌの「落葉」。
 この「葉の間」というのは、秋の木々の枝に残る黄葉ではなくて、すでに晩秋から冬の地に散らばっている枯葉を巻き上げて立つ風なのかもしれない。

 では、「つらくなった」とはなぜだろうか。冬の寒い風が吹いて、凍えるからつらいのだろうか。そんな表面的な気持ちではあるまい。
 ここでは「つらい」としたが、伊吹訳では「心痛んだ」とある。
 韓国語のkeo-rop-taは、かなりの心痛、つらい心情をあらわす。小学館「朝鮮語辞典」の用例を見ると、「A-deul-eul yeo-euin keu-reul tae-ha-gi-ga keo-rop-ta.息子を失った彼を見るのがつらい」といった例文が挙げられている。「胸の奥がきゅんと痛む」ような、いたたまれない気持ちだろう。
 詩人の若い尹くんは、あるいは失恋でもしたのだろうか。あるいは、だれか親しい人でもなくしたのだろうか。
 ここは「私」ではなくて、「ぼく」としてみた。少し甘くなるかもしれないが、「チョ」ではなく「ナ」だし、二十代の青年の悩みを示すのは「私は心痛んだ」より、「ぽくはつらくなった」がいいような気がする。

  星を歌う 心で
  すべての死んでいくものを 愛さなくては

 伊吹郷の訳は、おおむね悪くはないとは思うのだが、この部分が「生きとし生けるもの」となっていて、ここばかりはいただけない。
 原詩を読んでみると「チュゴガヌン」ゴッとなっていて、ここはどう読んでも「死にゆく」もの、としか訳せないだろう。生きると死ぬでは正反対になってしまう。
 実はこの説は受け売りで、早稲田の先生の大村益夫が書いている。重要なのは、ここの「死んでゆくもの」には、朝鮮の独立運動で犠牲になっていた同胞のことを詠んでいるのだろうという。そこには、尹くんの友人たちもいたはずなのだ。
 なるほどそう読むと、前の節の「つらい」気持ちというのが伝わってくる。
 また、前節では、葉の間の風につらくなる、とある。ここもただの「風」ではなく、韓国語でよく使われる比喩的な意味の、運動の風、時代の風である。とすると、「そよぐ」では弱いから、やはり「起きる」「立つ」とすべきなのだ、と。
 さらに、死んでゆく「もの」も、人以外のものも含む「ゴッ」であるから、国をも奪われ、言葉をも奪われ、名前をも奪われた、すべてを失っていた当時の朝鮮民族を見る読み方もある。その意を汲んで「失われゆくもの」と訳したものもある。
 あまり深読み過ぎるのもどうかと思い、直訳で「死んでゆくもの」としておく。

 ではなぜ、運動の犠牲であるとはっきりと書かなかったのか。それは当時の日本の支配下、ハングルで詩を書くこと自体が抵抗ととられていた時代風潮の中で、やむをえない暗喩であり、韜晦表現であったわけだろう。
 だが、単に官憲の目を逃れるだけというだけでは、詩の奥行きは浅いと私は思う。
 というのは、こうした運動の歌を、声高に政治的表現で訴えることはできたかもしれないが、それではプロパガンダ的なスローガンの詩になってしまうと思うからだ。
 「おまえはあかまんまの歌を歌うな」
 とプロレタリア詩人の中野重治は言った。けれども、「立て万国の労働者」「指導者のもとに団結せよ」といった式の社会主義的文学は、少なくとも私にはなじみの薄いものだし、それはまた、尹くんの詩の本質である抒情とも相反するものであろう。
 もちろん逆に、ただ個人的な恋愛とか花鳥風月を歌っただけの抒情詩人であっても、それは柔弱なばかりでつまらないだろう。
 尹東柱は、抵抗詩人であるととともに抒情詩人でもあることが、その魅力だったと思う。一見、柔らかな抒情であるように見えて、その底には強い信念がある。政治的な信条を、そのまま訴えるのではなく、優しい情緒で包んでいく。
 あかまんまを歌うのだが、その中に、しいたげられた民衆の痛みがある詩。
 「星を歌う心」とは、まさにそのことだと思う。
 悲しさや苦しさを、そのまま嵐や高波のような叫びや嘆きに替えても、詩にはなりにくい。星の美しさを歌うように、人の世の悲しみや苦しみも、静かな湖の淵にたたえられた水のように深い美のなかに歌っていこう。
 そして、そうした抒情的な心で、詩人は死にゆくものを「愛する」のだ。
 伊吹訳では「いとおしむ」とあるが、まっすぐに直訳で「愛する」としておく。

  そして ぼくに与えられた道を
  歩いていかなくては ならない。

 「与えられた道」とは、どんな道だろうか。
 ここには、強い使命感が見て取れる。死んでゆくものたちがいる反面、生きているもの、あとに残されたものたちがいる。
 そして、残されたものたちは、死んでいくものたちのことを追悼し、詩にうたい、そして、彼らを乗り越えて、また前に進まなくてはならないのだ。墓の前で泣いているばかりではなくて、生きている限り、また歩きはじめなくてはならないのだ。
 ひと所にとどまっているのでもないが、さりとて、走るのでもない。息切れがしてしまう。一歩一歩、地を踏みしめて、歩いていかなくてはならないのだろう。
 キム・ミンギの名曲「朝露」を思い起こす。

  太陽は墓地のうえに赤く昇り、真昼の暑さは私の試練か。
  私は行く、荒れ果てた荒野へ。悲しみふりすて私は行く。

 夭折した人々のことを思う時に、いつも運命ということを思う。あるいは天命と言ってもよい。例えば、戦争や地震などが起きたり、事故や病気に遭ったりして、生き延びる人と死んでしまう人がいる。その境目は何なのだろうと思う。
 なぜだかわからないが、とにかく私は生き残ってしまった。それはもしかすると、私に与えられた使命というものがあるのかもしれない。戦争で生き残った人たちは、そういう使命感にかられることが多いという。孔子は旅の途中で襲われたときに、私には天命がある、まだ死ぬわけにいかないと言ったそうだ。
 そしてその天命は、クリスチャンの尹東柱にとっては明らかに、主の与えた詩人としての使命である、といった召命観であっただろう。彼の詩にはそうした意識が常にある。
 そう見れば、冒頭の「一点の恥もないこと」も、主によって清くされているのだ、という信仰があるからこそ、言える言葉なのだと思えてくる。

  ヒソプの枝で、私を清めてください、私は清くなるでしょう。
  私を洗ってください、私は雪よりも白くなるでしょう。
(詩篇51:9)

 かくいうこの私自身は、2年半前に思うところあって洗礼を受けた。
 四十を過ぎて今さらと言われそうだが、いや、四十を過ぎたからこそ、すでに自力ではどうしようもなく罪を重ねてしまったからこそ、他力にゆだねるしかないのだ。
 罪を許すことは、人にはできない。神でなければ、できないことだろう。
 そして、すべてをゆだねてしまった時に、私も、まだ二十であったころのように、「一点の恥もない」ようになって生きていきたい、と言えるような気がする。
 この詩集の題名になっている「空と風と星と詩」の「空」だが、これは韓国語「ハヌル」で、「神」を表す言葉としても使われる。中国語で言えばまさに「天」である。
 尹東柱がこれを詩集のタイトルの冒頭につけているのは明らかにその意識があろう。だから、両義性を持つ「天」と訳したほうがいいと思われる。
 眼に見えない「天」が、私にこの道を行きなさいと命じている。そう信じて、「天」を仰いで生きていくということ。死んだものたちを、神の愛による救いにゆだねながら。

  今夜も 星が風にまたたいている

 今夜も、冬の夜空がきれいだった。
 歩いていると行く手の空に、きらきらとまたたいている、大きく輝く星があった。
 あれはヴィーナス、金星だろう。宵の明星とも言われ、よく目立つ星だ。
 この詩の最後の一行は、星をながめる言葉で終わっている。ここの「スチウンダ」が少しわかりにくかった。星が風に「こすられる」となっている本もあるがこれはいささかこなれない。伊吹訳では星が風に「吹きさらされる」となり、少しわかりやすい。
 ちょうど今夜、金星を見ていて思った。星がまたたいている。そうか、風が星を吹きすぎているというのは、地球の大気によって星がまたたいているように見える、そのきらめきを言うのかもしれないと思った。
 そして、「星を歌う心」との関連で見れば、なくなった人たちが天国で星となってきらめいているのだ。その綺羅星たちの魂のレクイエムを歌っていきたい。
 私の回りでも、すでに多くの友人や知人たちが、世を去っていった。
 空の星に彼らの面影をしのびつつ、自分が数ならぬ身でありながら、まだ地に生かされていることを感謝して、今年もまた1年を生きていきたい。       


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