六月二十五日。朝鮮戦争が起こってから五十四年がたつ。
最近公開の映画「ブラザーフッド」など、今だこの戦争は民族の歴史の記憶に生々しい。
南北が分断されて故郷を失った人は、果たしてどれほどいるのだろうか。
さて今日は尹東柱の「もうひとつの故郷」を読んでみたい。
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〔ローマ字表記〕
Tto Ta-reun 故郷
Ko-hyang-e tol-a-on nal pam-e
Nae paek-kol-i tta-ra-wa han-bang-e nu-weoss-ta.
Eo-dun pang-eun u-ju-ro thong-ha-go
Ha-neul-e-seon-ga so-ri-cheo-reom pa-ram-i pul-eo-on-da.
Eo-dum sog-e-seo kop-ke phung-hwa-ja-yong-ha-neun
Paek-kol-eul teul-yeo-da-bo-myeo
Nun-mul-jis-neun geos-i nae-ga u-neun geos-i-nya
Paek-kol-i u-neun geos-i-nya
A-reum-da-un hon-i u-neun geos-i-nya
Ji-jo noph-eun kae-neun
Pam-eul sae-weo eo-dum-eul jij-neun-da.
Eo-dum-eu jij-neun kae-neun
Na-reul jjoch-neun geos-il ke-da.
Ka-ja ka-ja
Jjoch-ki-u-neun sa-ram-cheo-reom ka-ja
Pae-kol mol-lae
A-reum-da-un tto ta-reun ko-hyang-e ka-ja.
〔試訳〕
もう一つの故郷
故郷へ帰ってきた日の夜に
私の白骨がついてきて同じ部屋に横たわった
暗い部屋は宇宙へ通じ
天からか 声のように風が吹いてくる
闇の中できれいに風化作用を受けていく
白骨をのぞきこんで
涙ぐんでいるのは私が泣いているのか
白骨が泣いているのか
美しい魂が泣いているのか
志操高い犬は
夜どおし闇に吠える
闇に吠える犬は
私を追っているのだろう
行こう行こう
追われる者のように行こう
白骨に気づかれないよう
美しいもう一つの故郷に行こう
〔語句〕
tto また ta-reun 別の <= ta-reu-da 異なる (reu変格)
ko-hyang 故郷 tol-a-o-da 帰ってくる
paek-kol 白骨 tta-ra-o-da ついてくる
pang 部屋 han-bang 同じ部屋
nup-ta 寝る、横になる(p変格)
eo-dup-ta 暗い(p変格) eo-dum 闇
u-ju 宇宙 thong-ha-da 通じる
Ha-neul 天、空、神 so-ri 声、音
〜e-seo 〜から 〜n-ga 〜か、のか
〜cheo-reom 〜のように
pa-ram 風 pul-eo <= pu-reu-da 吹く(reu変格)
kop-ke きれいに <= kop-ta きれいだ
phung-hwa-ja-yong 風化作用
teul-yeo-da-bo-da のぞき見る、うかがう
nun-mul jis-ta 涙を流す
u-neun 泣く(連体形) <= ul-da (L変格) 泣く
〜n geos-i-da 〜ことだ、のだ 〜nya か?
a-reum-da-un 美しい(連体形) <= a-reum-dap-ta
美しい (p変格)
hon 魂
ji-jo 志操
noph-eun 高い(連体形) <= noph-ta 高い
kae 犬 jij-ta 吠える
pam-eul sae-u-da 夜を明かす、徹夜する
jjoch-da 追う jjoch-ki-da 追われる
〜n geos-il ke-da(geos-i-da) 〜ことだろう、〜のだろう.
〜ja せよ、しよう ka-da 行く ka-ja 行こう
〜mol-lae 〜にわからないように、こっそり <= mo-reu-da
(reu変格) わからない
【コメント】
故郷へ帰ってきた日の夜に
私の白骨がついてきて同じ部屋に横たわった
最初からどきりとするような言葉で始まる。
帰郷した自分に、自分の白骨についてきたとは、どういうことだろうか。
ここで茨城のり子「ハングルへの旅」における尹東柱の評伝から引用してみよう。茨木さんが、東柱の弟の一柱さんに、話を聞くところだ。
一柱さんは淡々と言われた。
「このごろ、父のことをよく思うのですよ、どんな思いで兄の骨を抱いて、福岡から釜山、それから汽車にゆられて北間島(旧満州)の家まで戻っていったのかと……。」
朝鮮半島の端から端までの長い道のり、当時はいったいどれぐらいの時間がかかったものだろう。遺骨を抱いて、憤懣やるかたない父君(死亡)の、当時の心情をおもいやる息子の言葉は、どんなはげしい弾劾よりも、ぐさりとこちらの胸を刺した。
ついで、茨木さんは、ひとり船で下関から釜山まで玄界灘を渡った時の思い出を語る。
夕方下関を発して、夜間に釜山に向かうこの連絡船には、私も乗ったことがある。
暗夜であったにもかかわらず、私のまわりを濃霧のようなものが取りかこんでいた。空気が濃密と言ったほうが当たっていただろうか。
なんともいえない哀しみの気。ぞっとするようなものではなく、さりとてさわやかでもない霊気。あえて言えば歴史の悲哀とでも名づけたいような何か。〔中略〕
今にして思えば尹東柱のおもいも、遺骨を抱いて帰った父君のおもいもあのなかに混じっていたのだ。あとで知ったことだが、骨壷に入りきらなかった尹東柱の骨灰を、父君は玄界灘にまきちらしたという。
そして、この文章の後に、茨木さんは尹東柱の「もうひとつの故郷」を掲げている。
するとこの詩が、その文章の内容にぴたりと合っているから不思議な気がする。
いったい、尹東柱自身は、自らの詩を予感していたのだろうか。していたに違いない、そう思わせるくらい照応している。言葉に敏感な詩人は霊感も強いものなのだろうか。
ようやく故郷に帰ってきた自分。しかし、その自分はすでに白骨であった。
そんなイメージが、東柱の心にふと浮かんだのだろうか。
あるいは、官憲の尋問や投獄などによって、すでにこの詩を読んだ時には、生きては帰れないことを予感して読んだのだろうか。
予感として読んだにしても、なんと悲しい予感だろうか。
彼のほかにも、連行や戦争によって、故郷を離れて死んだ人は無数にいた。
太平洋戦争で白骨となって帰郷した人たちは数え切れないくらいだろう。朝鮮戦争もそうだった。そして戦争の悲劇は今も世界からなくならない。いや、白骨であっても帰ることができれば、まだよい。そのまま戦場に野ざらしになって風雨にさらされ、あるいは、異郷の地にあってそのまま人知れず朽ちていく白骨も数知れまい。
この詩の冒頭は、そんな連想にまで通じる、不思議に暗澹とした衝撃から始まる。
暗い部屋は宇宙へ通じ
天からか 声のように風が吹いてくる
ところが次の連に至って、詩はさらに不思議な幻想に飛躍していくのだ。
横たわる白骨と私は、故郷の同じ部屋に、ひとつの密室にいたはずではないのか。
ところが、その閉ざされた部屋の夜の暗闇は、突然、宇宙の深遠の闇に通じるという。
Qooの壁が倒れて宇宙へ開ける部屋、どらえもんの開けば銀河に通じるどこでもドア、不思議のアリスの異空間へのドア、ネバーエンディングストーリーの密室で読む人を宇宙に吸い込んでいく本、部屋の窓をたたき夜空の旅へといざなうピーターパン、秘密の部屋のドアから冥界に入っていくハリーポッターの世界……
いくら類例をあげてもきりがないが、そんな身近なファンタジーのお話を思わせる。
だが、この宇宙へ通じる暗い夜の密室には、それらの話とひとつ違うところがある。
「天からの声」が、宇宙に響くのである。
「天からか 声のような風」とあるが、重きは風ではなくて「声」にある。なぜなら、単なる自然の風ではなくて、それを「天」のものとみなすところに作者のこころがあるから。
「天」は「ha-neulハヌル」であり、詩集のタイトルの「空と風と星と詩」の「空」である。この「ハヌル」は、クリスチャンである尹東柱にとっては「主」であり「神」である。だから「天」と訳すのが適切である。これは前にも述べた。
その「天」からの「声」を「風」に聞こうとする姿勢と発想も、彼の詩に多いのだ。
ということは、ここで彼が密室にありながら、閉ざされた有限の空間から、広い無限の宇宙へとただちに通じて飛翔できるのは、他ならぬ「天の声」、主の導きによるのだろう。
闇の中できれいに風化作用を受けていく
白骨をのぞきこんで
涙ぐんでいるのは私が泣いているのか
白骨が泣いているのか
美しい魂が泣いているのか
たいへん不思議な質問であり、エキセントリックな問いかけである。
まず、白骨が闇の中で風化していく、という。
「風化作用を受ける」とすると堅いがあえてこう訳そう。というのは、原語ですでに「風化作用phung-hwa-jak-yong」という漢語が使われているからだ。単に「風化」すると言ってもいいところを、あえて「風化作用」という言葉を使っていることに、作者の意図があるはずだ。すなわち、白骨が風化するのは単なる物理現象に過ぎないのであり、精神とは別だという意味だろう。それは続きの問いを読んでいく中で、さらに明らかになってこよう。
白骨をのぞきこんで、泣く人がいる、という。ふつうに考えればそれは他人、肉親であったり友人であったり、あるいはどこかの誰か、第三者ということになろう。
だが、ここで「だれが泣いているのか」と三たび繰り返される予想の主語は、不思議なことにそのどれでもないのである。
「私」か「白骨」か「魂」か。
おかしい。「私」はすでにもう死んでいるのではないのか。さらに「白骨」だとしたら、「白骨」が「白骨」を見ているというのは、同語反復でいかにも矛盾している。
この詩は始めから理屈を超えているのだ、だって、私が私の白骨と共に同じ部屋に横たわるなんておかしいじゃないか、と言われそうだ。だが、そうだろうか。
ここで基本的な文章の技巧について確認したいのだが、ふつう、質問による問いかけが繰り返しなされる場合に、正解はどこに置かれるだろうか。
「責任があるのは、私だろうか、それともあなただろうか」
「改めるべきは、われわれ庶民だろうか、それとも政治家たちだろうか」
「最も大切なのは、信仰でしょうか、希望でしょうか、愛でしょうか」
ふつう、最後に最も訴えたい主張がくるのではないだろうか。ことわっておくが、入試問題とは違う。答えを最後に置くと見つかりやすいので、途中に置く場合が多い。そんな姑息な手段ではなく、弁論の術、修辞の抑揚としては、ふつう、Aでもない、Bでもない、それはCだ、とクライマックスを末尾に出して盛り上げていくのが正攻法だろう。
技巧はともかく、この場合、明らかに最後の問いかけが最も矛盾が少ない。
「魂」が「白骨」を見ている、とすれば、話がすっきり通るからだ。
「臨死体験」「幽体離脱」といった心霊現象を連想してしまい、また、霊肉二元といった発想にも一面で通じるのだが、体を離れた自分の魂が、自分の体を見ているというのだ。
遠藤周作の晩年の小品「あの世で」をたまたま先日読んでいたら、やはり臨死体験で自分の体を離れて見ていたという話を、ある女性から聞いて、霊魂の存在を作者が確信していくというくだりがあった。
私の好きな韓国映画「銀杏の木のベッド」でも、こうした臨死体験が証言者たちの複数の話をたたみかけるように示す中で、映像的にも現実化されていくシーンがあった。
あるいは尹東柱自身が、そうした臨死体験や予知夢のようなものを経験したのだろうかとも思えてくる。あまり突き詰めるとオカルト的と感じる方もいそうだが。
ひとつ、詩中の形容詞の違いにふれておく。
「きれいだ」と「美しい」である。
韓国語だと「gop-ta」と「a-reum-dap-ta」、この二つの違いがまったく同じではないが、それに近いように感じる。もちろん「きれいな花」「美しい花」というふうにほとんど同じ意味でも使われる。だが「きれいだ」は、単に「部屋がそうじしてあってきれいだ」「借金をきれいに清算した」といった物理的な秩序、外面的な整頓についても言うだろう。だが、「美しい」は、「美しい心の持ち主」「美しい行い」というふうに、より精神的なものについて言うのではないか。「きれいな人」「美しい人」と比べれば、やはり微妙な差はあろう。
ここで「白骨」は「きれいに風化」していくのだが、それをのぞきこむのは「美しい魂」なのである。自分の魂のことだとすればそれを「美しい」というのはどうかと言う人もあるかもしれないが、この世でどうあれ、魂になってしまえば、みなが美しいのだと思う。
物理的に「白骨」が「風化作用」を受けていくことなど、なんでもないのだ。単なる物であるから朽ちるに任せておけばよい。きれいさっぱりと骨になってしまえばよい。真に美しい精神は肉体から離れ、宇宙に飛翔することができる。
昔聞いた話で、だれの言葉が忘れたのだが、ある牧師の言葉だと思う。
大戦中に、ナチスの犠牲になっていく時に、彼は最期に言ったという。
殺してみよ、たとえ白骨になったとしても、私はその目で見ることができる。私の魂は肉体を離れて飛翔し、ナチスの最後を見届けることができるだろう。
確かそのような意味のことだったと記憶している。
力強い言葉だと感服した。ふつうは、物理的に考えれば、白骨は何も見ることができないし、脳という物質を離れた精神作用などありえない、とされるだろう。
私もかつてはそうだった。しかし今、そうではないのではないかと考えている。世の中には物理法則だけでは説明し切れないものの存在があると、いろいろな経験から思う。
私たちが物質として目に見ているものは、氷山の一角のようなもので、見えない多くのものがその海面下に隠れているのである、それは人智を離れた存在のしかたにより。
見えるものに対する希望は希望ではありません。
現に見ているものをだれがなお望むでしょうか。
私たちは、目に見えないものを望んでいるなら、
忍耐して待ち望むのです。 (ローマ8:24-25)
さて、詩の後半に移ろう。
志操高い犬は
夜どおし闇に吠える
闇に吠える犬は
私を追っているのだろう
ここの「闇に吠える犬」とは、何だろうか。
萩原朔太郎「遺伝」の犬のようでもある。
動物は恐れにふるへ
なにかの夢魔におびやかされ
かなしく青ざめて吠えてゐます
のをあある とをあある やわあ
「犬は病んでゐるの? お母あさん」
「いいえ子供
犬は餓ゑてゐるのです。」
何かにおびえて、あるいは飢えて、そして本能でほえる犬。
犬の遠吠え、夜の叫びには、何かそうしたまがまがしい雰囲気が漂う。朔太郎はそれを犬の遺伝の本能であり、人に敵として対峙してきた狼の時代の記憶としているようだ。
だが、尹東柱の詩では「志操高い犬」という。「志操
ji-jo」とは「堅い志」、だが志の高い犬とはどうも奇妙だ。犬がいったいどんな志を持つというのか。
さらにその犬が「私を追っている」という。すると、この犬は官憲の「犬」かもしれないと読める。主人に忠誠を誓い、飼い主に恩義を尽くすという意味での「志」。
あの犬どもに注意しなさい。よこしまな働き手たちに気をつけなさい。(ピリピ3:2)
「犬」とは悪口に使われることがある。警察やスパイなど権力の手先となって働き、相手のにおいをかぎ回るといった、あまり好ましくないイメージで言われる。
尹東柱は文字通り、官憲の「犬」に逮捕され、尋問と拷問を受け、投獄された後に内容不明の注射を受けて死んだとされている。とすれば、ここもまたそうした予感が彼にあった、いや、実際「犬」たちに追いまわされた実情を踏まえての言葉なのかもしれない。
そうした風刺的な比喩を込めつつも、やはりここの犬の遠吠えは不吉な雰囲気をただよわせていて、霊的に好ましくない存在を示しているようにもとれる。
「エルサレムを瓦礫の山 山犬の住処とし ユダの町々を荒廃させる」
(エレミヤ9:11)
行こう行こう
追われる者のように行こう
白骨に気づかれないよう
美しいもうひとつの故郷へ行こう
「行こう ka-ja」
この言葉の繰り返しで韓国映画のオールドファンがすぐに思い出すのは、名作「誤発弾」だろう。「行こう、行こう」と繰り返す、病気の老母。朝鮮戦争の時に北から逃れてきた人々。彼らは「脱北者」とも「失郷民」とも呼ばれた。ソウルの貧しいスラム街に住んで、いつか北の故郷に帰ることを願っていたが、三十八度線は固定されたままで、ベルリンの壁のように今だに崩壊することもなく、鳥ばかりがその国境を越えることができる。
「行こう、行こう」
これは、なんとか故郷に帰りたいという老婆の切実な願い、そのために神経に異常をきたしてしまった「隅田川」のような哀れな狂女のつぶやきなのだ。だが当時の官憲は映画のこの言葉に、北の共和国に向かおうとする共産思想を助長するといったような名目から、映画の公開に難色を示したとも聞いている。それは「志操高い犬」のような発想ではあるまいか。いつの日か、分断が取り除かれて、故郷に帰ることができますように。
そう言えば、尹東柱自身も、北のほうの出身だった。
だがもちろん、この詩の読まれた当時、南北が分断されていたわけではない。
また、尹東柱は北間島にある故郷に帰ろうと言っているわけでもない。なぜなら、この詩の冒頭にすでに、「故郷に帰ってきた日」とあるから、もう彼は故郷にいるのだ。
そして彼は「もうひとつの故郷」に帰ろうと言うのだ。その故郷とはどこか?
この時代は、朝鮮は日本に国を奪われていた。ということは、朝鮮はほんとうの故郷ではない、という意味だろうか。しかし、いくら統治下とはいえ、朝鮮以外に故郷があるのか。日本がほんとうの故郷、ということは断じてないだろう。あるいは、満州から見て朝鮮半島の本土を指しているか、それもこの詩では不自然な気がする。
「追われる者のように」行こう、という。
作者は、「犬」に追われているのではなかったのか。
追われる者「として」ではなく、「〜のように cheo-reom」という直喩である。この場合は、それに似ているがそうではない、という意味を示すと考えられる。「りんごのように赤い頬」「犬のように走る」、それは「りんご」でも「犬」であるわけでもない。
すると「追われる人のように」というが、実は追われているわけではないのだ、ということになる。理屈からいうと、そういう表現のはずだ。
またもうひとつ、「白骨に気づかれないよう」と言う。ここはあくまで「白骨に」であって、「犬に気づかれないよう」ではないのだ。ここは大切な違いだと思う。
なぜなら、尹東柱はもう肉体を失って、見えない魂になっているのだから、現実の犬、官憲の犬には、見つかるわけがないのだから。彼らには、もう見えない。だから、「追われる」わけでもないのだ。だが、「追われて」でもいるかのように、早く行こうと言うのだ。
どこに行くのだろう。
それは、「白骨」のように、物理的な世界ではない。
「白骨」のような物質を相手に、現世を対象に考えていたら、それは虚無でしかない。
だから、「白骨」に気づかれてはいけない、こっそりと行こう、という。それはすなわち、物質にとらわれず、精神世界を見つけて、そこに行こうという象徴であろう。
どこに行くというのか、もうおわかりだろう。
「美しい」魂のゆく、「美しい」故郷。
クリスチャンである尹東柱にとって、そこは主なる神が、風のような声で呼んでくださるところ、宇宙に通じるところ、犬も追ってこられないところ。
天国。主イエスのいるところ。新しい故郷。
私は、聖なる都、新しいエルサレムが、
夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、
神のもとを離れ、天から下って来るのを見た。 (黙示21:2)
そこで、クリスチャンファミリーであった尹東柱と、その父と家族とは、また再会できるのだ。そこに、クリスチャンの望みがあり、喜びがある。
だから、この詩は絶望の詩のように見えるが、実はまことに明るく輝かしい、未来への希望を歌った歌なのだ。行こう、天国へ、美しい魂の国へ。アーメン。
さて、私事になる。
私も、ひとつの骨をもっている。白く真珠のようにきれいに輝く骨。
これは、なき恋人Rのものだ。
Rがなくなってしばらくしてから、私はご両親にお願いして、これをもらってきた。あつかましいお願いとは思ったが、分骨という習慣もある。Rがなくなってからしばらくの間、毎年、命日になると私は白いシクラメンを持って彼女の家を訪れていた。
しまいにご両親も「もう毎年はたいへんでしょうから」とおっしゃった。
その時に私は、ご両親がかつて彼女の骨を持って四国の生まれ故郷に帰り、彼女の通っていた小中学校の校庭の隅や思い出の場所に、その骨の一部を撒いてきたという話を思い出した。そして、彼女の骨を分けていただけるようにと申し出た。
その時、ご両親は、墓に入れたほかにもまだ骨を少し手元に置いていた。早世した娘と離れてしまう気がして、すべてを埋葬する気になれなかったのだろう。
ご両親は相談のうえ、その一部を分けてくださった。
最初、クリスタルの瓶にいれてあったその骨は、今は、エナメル加工のイースターエッグの中にある。そして、机上の木造りの宝石箱に納めてある。時たまそのふたを開けるとバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」のオルゴールが流れてくる。
白骨を胸に泣いたこともある。
だが今は、私はあまり、骨にこだわることはしない。
私も死ねば、白骨になる。
けれども、骨にこだわっていても、しかたがないことなのだ。
それはもちろん、彼女の形見であるし、思い出の記念にはなろう。
しかし、彼女の美しい魂は、骨の中ではなく、天の上にあるのだから。
いつか再会しよう。美しいもうひとつの故郷で。
神は自ら人と共にいて、その神となり、
彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。
もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。
最初のものは過ぎ去ったからである。 (黙示21:3-4)
遠藤周作の言葉を引いてしめくくりとしたい。
我々の意識は肉体と溶けあって、死によって亡びるのではない。死が亡ぼすことのできるのは肉体という仮着だけである。
意識はまるで蝶が蛹から飛びたつように死者から飛び去って次の世界に向う。
キューブラ・ロス博士(「死の研究」の著者、臨死体験の研究者)もその講演で同様のことを言っている。
「その調査以後、白血病の子供たちに、先生、私たちはどうなるの、と訊ねられるたび、わたくしは確信をもってこう答えるようになりました。あなたたちは蝶とおなじように、蛹をこの地上に残して、飛んでいくのよ、と」
次の世界。
そこには我々が愛した人々、だが先立った親や兄弟、我々を愛してくれたが先立った人、恋人や夫や妻がいる世界である。
その世界は我々にその存在を色々な形で暗示してくれている。だが、我々はあの合理主義というそれ自体だけでは正しいが、全体のなかの一部分にすぎない考え方に捉えられて、それらの暗示に気づかない。次なる世界が送ってくれるサインを見落してしまっている。
だから今こそ、しっかりと気をつけて、そのサインに耳を傾けよう、見逃さないようにしよう。 (遠藤周作「あの世で」より)
さて、6月25日から書き始めたが、もう29日になってしまった。
6月29日は、私の愛するサン・テグジュペリの(そしてわが愛娘の)誕生日である。
サン・テグジュペリよ、君は大戦の空を飛行中、ナチスの犬たちに追われ、この世から姿を消した。君の場合は、白骨さえも見つかってはいない。
だが、君はまだ、天のかなたに風の吹く、もうひとつの故郷に飛んでいることを、信じている。また、共に会える日まで、私たちはこの世の務めにいそしんでいよう。君が、人々の愛と夢の手紙を、危険を冒しながら郵便飛行で運び続けていたように。
たとえ、どんなにそれが小さかろうと、ぼくらが、自分たちの役割を意識したとき、はじめてぼくらは、幸福になりうる。そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる、なぜかというに、生命に意味を与えるものは、また死にも意味を与えるはずだから。 (サン・テグジュペリ「人間の土地」)
2004.6.25.
Korean War Day - 2004.6.29. Saint Exupery's Birhtday