秋の詩だ。
秋分の日に書きあげようと思っていた感想が、いつか立冬を過ぎ、クリスマスの季節となり、今日は尹東柱の誕生日12月30日だ。
だが、それもまたよかろう。冬は星の美しい季節。
救い主の訪れを待ちながら、エルサレムの星を仰いで歌う賛美歌のように読んでも、クリスチャンであった尹東柱なら怒りはしまいから。
【ローマ字表記】 (ハングルをローマ字で置き換えたものです)
Pyeol he-neun Pam
季節(Kye-jeol)i ji-na-ga-neun ha-neul-e-neun
Ka-eul-lo ka-dok cha iss-seub-ni-da.
Na-neun a-mu keok-jeong-do eops-i
Ka-eul sog-eui pyeol-deul-eul ta he-il deus-hab-ni-da.
Ka-seum sog-e ha-na tul sae-gyeo-ji-neun pyeol-eul
I-je ta mos he-neun geos-eun
Swi-i a-chim-i o-neun kka-talg-i-yo,
來日(Nae-il) pam-i nam-eun kka-talg-i-yo,
A-jik na-eui cheong-chun-i ta-ha-ji anh-eun kka-talg-ib-ni-da.
Pyeol ha-na-e 追憶(chu-eok)kwa
Pyeol ha-na-e sa-rang-gwa
Pyeol ha-na-e sseul-sseul-ham-gwa
Pyeol ha-na-e 憧憬(tong-gyeong)gwa
Pyeol ha-na-e 詩(si)wa
Pyeol ha-na-e eo-meo-ni, eo-meo-ni,
Eo-meo-nim, na-neun pyeol ha-na-e a-reum-da-un mal han-ma-di-ssik
pul-leo-pob-ni-da.
小学校(So-hak-kyo)ttae 冊床(chaek-sang)eul kath-i-haess-teon a-i-deul-eui
i-reum-gwa,
佩(Phae), 鏡(Kyeong), 玉(Ok) i-reon 異國(i-guk) 少女(so-nyeo)deul-eui
i-reum-gwa,
Peol-sseo yae-gi eo-meo-ni toen kye-jib-ae-deul-eui i-reum-gwa,
Ka-nan-han i-us sa-ram-deul-eui i-reum-gwa,
Pi-dul-gi, Kang-a-ji, Tho-kki, No-sae, No-ru,
“Pheu-rang-si-seu Jam”,“Ra-i-neo Ma-ri-a Ril-khe”
i-reon 詩人(si-in)eui i-reum-eul pul-leo-pob-ni-da.
I-ne-deul-eun neo-mu-na meol-li iss-seub-ni-da.
Pyeol-i a-seul-hi meol-deus-i,
Eo-meo-nim,
Keu-ri-go tang-sin-eun meol-li 北間島(Puk-kan-do)e kye-sib-ni-da.
Na-neun mu-eos-in-ga keu-ri-weo
I manh-eun pyeol-pich-i nae-rin eon-deok wi-e
Nae i-reum-ja-reul sseo-po-go,
Heulg-eu-ro teoph-eo-beo-ri-eoss-seub-ni-da.
Ttan-eun pam-eul sae-weo u-neun peol-le-neun
Bu-kkeu-reo-un i-reum-eul seul-pheo-ha-neun kka-talg-ib-ni-da.
Keu-reo-na kyeo-ul-i ji-na-go na-eui pyeol-e-do pom-i o-myeon
Mu-deom wi-e pha-ran jan-di-ga phi-eo-na-deus-i
Nae i-reum-ja mut-hin eon-deok wi-e-do
Ja-rang-cheo-reom phul-i mu-seong-hal ge-oe-da.
【試訳】
星をかぞえる夜
季節が過ぎゆく天には
秋がなみなみと満ちています
私はなんの心配もなく
秋の中の星たちをみな数えられそうです
胸の中にひとつふたつと刻まれた星を
もうみな数えられないのは
まもなく朝が来るためであり、
明日の晩が残っているためであり、
まだ私の青春が終わっていないためです。
星ひとつに思い出と
星ひとつに愛と
星ひとつに哀しみと
星ひとつに憧れと
星ひとつに詩と
星ひとつに母よ、母よ、
お母さん、私は星ひとつに美しい言葉を一言ずつつけてみます。
小学校の時に机をともにした子供たちの名前と、
ペ、ギョン、オク こんな異国の少女たちの名前と、
もう子の母となった娘っ子たちの名前と、
貧しい隣人たちの名前と、
はと、子犬、うさぎ、ろば、のろ、
フランシス・ジャム、ライナー・マリア・リルケ
そんな詩人の名前をつけてみます。
この人たちはあまりに遠くにいます。
星がはるか遠いように、
お母さん、
そしてあなたは遠く北間島にいらっしゃいます。
私はなんだかなつかしくて
このたくさんの星明りが降る丘の上に
私の名前の字を書いてみて、
土で覆ってしまいました。
なるほど夜を明かして泣く虫たちは
恥ずかしい名前を悲しんでいるわけです。
でも季節が過ぎて私の星にも春が来れば
墓の上に青い芝草が萌え出るように
私の名前の字を埋めた丘の上にも
誇らしく草が生い茂ることでしょう。
【語句】
pyeol 星 pam 晩、夜
he-da 数える 北の方言でsae-daより柔らかい語だという
kye-jeol 季節 ji-na-ga-neun 過ぎてゆく ha-neul 空、天 ka-eul 秋
ka-dok たっぷりと、ぎっしりと、なみなみと cha 満ちる
a-mu 何の keok-jeong 心配 eops-i ない
連体形+ deus-ha-da 〜らしい、ようだ、そうだ 推量
ka-seum 胸 ha-na ひとつ tul ふたつ
sae-gi-da 刻む、深く記憶する、銘じる sae-gyeo-ji-da 刻まれる
i-je 今、もう ta みんな mos〜 〜できない
swi-i たやすく、わけなく、遠からず、もうすぐ
a-chim 朝 kka-talk ため、わけ 原因・理由
nae-eil 明日 nam-da 残る、余る a-jik まだ
cheong-chun 青春 ta-ha-da 終わる、尽きる 〜ji anh-ta 〜しない
chu-eok 追憶、思い出 sa-rang 愛
sseul-sseul-ham 悲しみ <= sseul-sseul-ha-da 悲しい
tong-gyeong 憧憬、あこがれ si 詩 eo-meo-ni 母、お母さん
eo-meo-nim お母さま nim 〜さま 敬称
a-reum-da-un <= a-reum-dap-ta 美しい mal 言葉 ma-di 〜節 ssik 〜ずつ
pu-reu-da 呼ぶ、称する、言う (reu変格) => pul-leo-po-da 呼んでみる
so-hak-kyo 小学校 chaek-sang 机
kath-i-ha-da 共にする、同じくする teon 〜だった、していた 過去回想
a-i 子供 ae その縮約形 ae-gi 坊や
Phae ペ・佩 Kyeong キョン・鏡 Ok オク・玉 いずれも姓らしい
ii-guk 異国 so-nyeo 少女
peol-sseo もう、すでに toen なった <= toe-da なる
kye-jib 女、娘、かかあ(俗)
ka-nan-ha-da 貧しい i-us 隣、隣人
pi-dul-gi 鳩 kang-a-ji 子犬 tho-kki 兎 no-sae 騾馬 no-ru のろ、のろ鹿
Pheu-rang-si-seu Jam フランシス・ジャム
Ra-i-neo Ma-ri-a Ril-khe ライナー・マリア・リルケ si-in 詩人
i-ne-deul この人たち neo-mu-na あまりにも
meol-li 遠く meol-da 遠い. a-seu-ra-ha-da はるかだ
deus-i 〜するように、〜ごとく 比喩 kye-si-da いらっしゃる
mu-eos-in-ga 何か、何だか keu-ri-weo <= ker-rip-ta 懐かしい(p変格)
manh-ta 多い pyeol-pich 星の光 nae-ri-da 降りる、降る eon-deok 丘
i-reum 名前 ja 字 sseo <= sseu-da 書く 〜a/eo po-da 〜してみる
heulk 土 teoph-ta 覆う、かぶせる 〜a/eo beo-ri-da 〜してしまう
ttan-eun なるほど、言われてみれば pam-eul sae-da 夜を明かす、徹夜する
u-neun <= ul-da 鳴く、泣く peol-le 虫
bu-kkeu-reo-un <= bu-kkeu-reop-ta 恥ずかしい
seul-pheo-ha-da 悲しむ seul-pheu-da 悲しい kka-talk わけ、理由
keu-reo-na しかし kyeo-ul 冬 pom 春 ji-na-da 過ぎる na-eui pyeol 私の星
mu-deom 墓 pha-ran 青い jan-di 芝、芝草 phi-eo-na-da 咲き出る、萌え出る
mut-hi-da 埋められる、埋もれる mut-ta 埋める
ja-rang 自慢、誇り 〜cheo-reom 〜のように
phul 草 mu-seong-ha-da 茂生する、生い茂っている
〜l ge-oe-da = geo-o-i-da = geos-ib-ni-da 〜のでしょう、ことでしょう
【コメント】
季節が過ぎゆく天には
秋がなみなみと満ちています
秋がなみなみと、たっぷりと満ちています。
「秋たけなわです」とした訳があるが、それでは語感が出ない。
この表現は、あたかも秋冷の気が澄み切った透明な水のように、秋の大空のグラスに満たされているかのようだ。天の杯を満たすのは、神だろう。
だが、見えない冷気というより、この詩の場合には、空をいっぱいに満たしているのは、星☆たちなのかもしれない。いや、きっとそうだろう。
私はなんの心配もなく
秋の中の星たちをみな数えられそうです
都会で星をあまり見なくなった。
今、外には冬の月が煌々と白々と輝いている。月の明るい晩には、星の輝きは力を失せることがある。ただそれだけではなく、都会にはあまりに人工的な照明が多いのだ。ほとんとうの自然の光は、柔らかく優しく、しかし真実のシグナルを遠くの宇宙のかなたの世界から何万光年の旅をして届けているというのだが。
プラネタリウムが好きで、前にはよく通っていた。都会の中でも、きれいに満天の星が見えるところ。しかし、館の外に出れば、そこはまた街頭の喧騒の昼。
以前には、よく山にも出かけたものだ。アルプスの山稜のテント場に泊まり、夜ふと目覚めると、テントの外がなんだかほの明るいように感じる。
外に出てみると、足もとの岩場からかなたの花畑にかけて、さらに遠くの巌の峰々にかけて、足元の地が一面が青白く光っている。
これは、と見上げると、山の月と星が輝いている。それが、満天の星というどころか、
なんだか仰いで大空を見つめていると、星の海の中に逆に自分が落ちていきそうな、吸い込まれてしまいそうな気がする。
この詩の感想がなかなか書けなかったのは、忙しかったということもあるが、それだけではない。今の都会ではあまり星が見えないから。星のきれいな秋の晩に感想を書こうと待っていても、そんな夜は東京じゃなかなか訪れてこない。
近頃、夜空に向かって強烈なサーチライトを投射している所がある。空襲を警戒しているわけではなく、ただのパチンコ店の広告用だったりする。クリスマスの都会のきらきらしい電飾も確かにきれいだけど、かんじんの星空はかすんで見えやしない。
空の星を、返してほしい。
尹東柱の故郷、満州では星がきれいだったのだろうな、と思う。
中国大陸の広野が見渡すかぎり広がって、都会のように街の灯りもなくて、ほんとによく晴れた秋空の夜には、大地と対峙してどこまでも続く天球の星が続いていたろう。
数えられそうだと、彼は言う。
ぼんやりとスモッグの空にかすんでいる、あるいは、都会のきらびやか過ぎる電飾の明かりも無い、山あいの田園の農村の空は、漆黒の闇の暗幕を星の舞台の背景に引いてくれる。
東京ではせいぜい、明けの明星や宵の明星として知られる金星がよく見えるくらいで、でも一番星でなくて、それひとつ限りの一つ星だったりすることがある。あるいは、冬の澄んだ空でもせいぜい、四角に三ツ星のオリオンなどよく目立つ星座だけだったりする。
大空いっぱいに、あまりに星がある時には、数えられない、数えるのをあきらめてしまうものだ。でも、彼は、数えられそうです。と言う。
ひとつひとつの星が、あまりにクリアに鮮明にはっきりと見えるから、たとえ数は多くても、宝石箱から漆黒のカーペットの上にころがった貴重なダイヤの粒をひとつふたつとすべて拾うことができるように数えることができる。
星の数が少なくてもぼんやりと曇って空との境界もわからない都会の空ではないから、いくら数は多くても数えられるというのだろう。
胸の中にひとつふたつと刻まれた星を
もうみな数えられないのは
まもなく朝が来るためであり、
明日の晩が残っているためであり、
まだ私の青春が終わっていないためです。
ところが次の連に至って、詩人は急に「もう数えられない」という。
やはり、いくら輝きの強い目立つ星でも数が多すぎたということなのだろうか。
そこで詩人は、そのわけを述べようとする。
三つの理由が挙げられている。
まず、朝が来るため。これは空が明るくなって星が消えてしまうからだろう。つまり時間をかければいくらでも数えられるが、時間切れということだろう。
明日の晩が残っているため。これは明日になってまた続きを数えればよい、まだ時間はあるということだろう。ここまでは単なる合理的な理由である。
ところが、最後に「青春が終わっていないため」という。ここが少し難解そうだ。だが、複数の理由を挙げるとき、最も大切な理由は最後にあるものだ。詩「もうひとつの故郷」でもそうだった。ではここはどういう意味なのか。
逆に考えてみると、青春が終わってしまっていれば、星はみな数えられる、限られてしまうのだ。つまり青春の星はすべて数え切れないほど多いということだ。ここで「星」を他のものに読み替えてみたらどうか。すなわち、青春の「夢」や「希望」である。
とすると、青春にはあまりにも「夢」や「希望」といった思いが満ち満ちていて、とてもすべてを勘定できるものではない、ということになろう。そうした、精神的なものの象徴が「星」であり、若いほどそうしたこころの「星」は多いと言うのではないか。
「人は若いうちに人生の問題をすべて発見する。大人になるにつれて、それらを解決するのではなくて、ひとつひとつ忘れていくのだ」と、どこかの哲学者が言っていた。
星ひとつに思い出と
星ひとつに愛と
星ひとつに哀しみと
星ひとつに憧れと
星ひとつに詩と
星ひとつに母よ、母よ、
「星に願いを」と歌った名曲があった。
ハリウッド、とひとくくりにするのは大雑把だが、ハリウッド映画の娯楽主義には否定的な私も、ディズニー映画はなぜか手放しで好きになってしまう。単なる子供時代の郷愁というだけではない。大人になってからもそうだ。最近見た「トイストーリー2」も「ピーターパン2」も、むしろ大人になったからこそわかるほろ苦い人生の味に泣けた。
「星に願いを」。あれは「ピノキオ」だったなあ。
願いはいつかかなえられる。星に祈りを、それはすなわち、神に祈りを、星を造りし方に祈りを、ということなのだと今は思える。
日本でも、流れ星が流れているうちに願いをかけると叶えられるという信仰は昔からあるようだ。月でも太陽でもそうだと思うが、特に夜空の満天の星たちに神秘を感じ、祈りを託した古代人の、いや現代人でも、気持ちはわかる気がする。
ベツレヘムの星。
季節柄、もうクリスマスは過ぎたけど、クリストの星の話もしよう。
いつかメシヤが現れる、そして、世界から争いをなくして平和をもたらし、貧困や病から民衆を救って富や癒しを与え、憎しみを取り去って愛をもたらしたまう。
救世主の信仰は古くからあったのだし、それと星への信仰が結びついたとしても不思議ではない。神が、月星を造りたもうた神が、みしるしを顕したとて不思議はあるまい。
占星術に、星に運命を読み解こうとした人たちはこれまた古今東西いた。
東アジアでは中国でも盛んだった。諸葛孔明が五丈原に無念の死を遂げたとき、紅い彗星が落ちたというが、帝王の運命と星の運行を重ね見ようとした。
こうした占星術が、近代に天文学に発展したのは明らかである。ケプラーとかニュートンとかいうパイオニアの科学者が、こうした信仰を持っていたのは、錬金術が近代の化学の元となったことと同じである。
今でも星占いは人気なのだが、科学者は非科学的だと非難し、クリスチャンは魔術的だと嫌な顔をする。だが、神秘的な星に自らの先のわからぬ運命を読もうとし、現在の苦境の解決を祈ろうとした、庶民のこころを笑うなかれ。
人はなぜ、星に祈ろうとするのか。
ただ、光がきれいだから、ただ、神秘的だからからだろうか。
それは、あるいは過去に彗星が衝突した記憶か。まがまがしい恐怖の記憶か。
恐竜の絶滅は、小惑星が地球に衝突した衝撃と、粉塵が空に舞い上がって太陽の光をさえぎったゆえの、氷河期だというではないか。恐竜絶滅以前にも、哺乳類のほとんどが滅亡しかけた、小天体との衝突事件があったと、最近の地球考古学は語っている。
星よ、地表に落ちてくるなかれ、われらをほろぼすなとの祈りか。
いやいや、それでは、マイナス過ぎる。
あるいは過去に彗星から生命が到着した記憶か。生命がどこから着たかはまだ謎だ。
万物を造りたまいし造物主がいたことを私は信じている。だが、主が造りたましいは、進化論と矛盾せず、科学と信仰は矛盾せず、というのが私の立場だ。
ひとつの科学の説に、宇宙からの飛来説がある。彗星に原初のたんぱく質、アミノ酸が乗ってきたと。地球上の自然発生では説明がつかず。偶然による自然発生論だけでは、いくら計算しても無に等しい。だが、それではその彗星はどこからと考えれば、結局は堂々巡り、やはり神に登場いただかざるを得ない。
さすれば、星こそ、生命の根源。
万物の、そして人間の故郷は、星にあり。
そうすれば、星にふるさとを見るこころも間違いとはいえまい。
そして、夜空にそれをよみとこうとするメッセージ。
映画「コンタクト」のように。
宇宙人からのメッセージをよみとこうとする、アメリカの「オズマ計画」。
宇宙の億万の星の中には、地球の人間のような高等知的生物がいる、彼らがメッセージを発しているかもしれないと考え、無数のアンテナを砂漠に立てて宇宙を探った。
だが、メッセージは、ついにある日、届いた。
しかし、それは実は「神」からのメッセージなのではなかったか。
それがこの映画のテーマ。それって、絵空事ではなくて、本当にあるかもしれない。
宇宙の星の解明にこそ、万物の創造のヒントが有るのではないか。
「天文学者になればよかった」という、さだまさしの歌があった。
私も昔、さだまさしに似ていると言われたもんだが。
今でも時々、望遠鏡を眺めて一生を送ってみたかったな、と思うことがある。
夜空をみつめながら、見えないときは、プラネタリウムに行って、行けないときには、子供の宇宙図鑑を眺めて、今もほうっとため息が出てくる。
神よ、あなたは宇宙の、天の、いずこにおわしますのか。
クリスチャンであった、尹東柱。
敬虔な、といってよい。その彼が、星に祈りを託した。
星に、思い出【追憶】、愛、悲しみ、憧れ【憧憬】、詩を祈った。
特に、キリスト教の根本精神である「愛」と、そしてその体現として自ら天職であり天命であると考えていた詩人としての「詩」を祈ったことは、深い意味を持つ。
時間軸が過去にむかえば、それは「思い出」となり、未来にむかえば「憧れ」となる。「愛」が裏返しになれば、いや、それはマイナスではなく、「慈悲」の方向にむかえば「悲しみ」になる。
こうしてみれば、五つ捧げられた祈りも、クリスチャンとしての根本の「愛」の精神に行き着くといってよい。そして、最後に「愛」はその最も具体的な対象に現れる。
「母」よ、「母」よ。母性愛、母なる愛、愛の具象化よ。
彼はカトリックではなかったが、聖なる母、マリアにも通じようではないか。
大地の母、万物の母、ここで彼は臆面もなく、童心にかえって「母」と呼ぶ。
お母さん、私は星ひとつに美しい言葉を一つずつつけてみます。
小学校の時に机をともにした子供たちの名前と、
ペ、ギョン、オク こんな異国の少女たちの名前と、
もう子の母となった娘っ子たちの名前と、
貧しい隣人たちの名前と、
はと、子犬、うさぎ、ろば、のろ、
フランシス・ジャム、ライナー・マリア・リルケ
そんな詩人の名前をつけてみます。
この長い連に至って、いよいよ尹東柱の夢幻の独壇場となる。
夜空の星の一大カンバスに、星の想い出を豊かな色彩で描いていく。
母、オモニ、と呼んでいたのが、ここでは「お母さん」オモニム、と敬語になる。
それは、童心にかえりしことのあかしか。
小学校の時代に彼は戻っていく。くもりなき星空を見上げた子供のころに。
星のひとつひとつに、彼は名前をつけていく。数えられそうで実は数え切れない、無数の星々の満ちる天空、いくらたくさん名前をつけようが尽きないくらいの沢山の星々。
小学校の時に、机を並べた同級生のみんな。
小学生のクラスって、いったい何人の学級だったのか。東柱の育った旧満州の安東、村の小学校だから多くはあるまい。東京の都会の高校のような、一学級四十人、十クラスあって四百人、そんな規模ではなかったろう。都心では今、過疎で子供は少なくなっているが、そんな小さな学校、クラスも少なく人数も少なければ、名前をひとりひとり覚えていたろう。わんぱくなやつ、おてんばなやつ、まじめなやつ、おとなしいやつ、いじわるなやつ、やさしいやつ、とひとりひとりの顔が眼にありあり浮かび、名前が口をつく。
ペ、ギョン、オク、と三人、ここで異国風の名前が出てくる。
これは満州という土地柄だろう。中国の子供たちがいた。「異国の少女」と詩人は言う。日本でも、外国人生徒がいれば、それは差別どうこうということではなく単に数的に少なくて珍しく、名前も異国風ならそれは子供ごころには、エキゾチックな思い出として残ったろう。彼女らに対して持った感情は、憧憬であったか違和感であったか、はたまた恋心でもあっただろうか。
なお、この箇所、もとの詩集のテキストはハングルであるのに、伊吹郷の訳詩のほうでは佩(Phae), 鏡(Kyeong),
玉(Ok)と漢字が当てられていたのが不審だったが、最近、謎が解けた。最初の尹東柱の原稿には、ちゃんと漢字が当てられていたのだ。
第三版【七十七年版】の詩集の現物を最近、神田の三中堂で手に入れたのだが、そこにはここの箇所のほかにも漢字表記があり、しかも縦書きである。
近年の韓国での出版物は、ほとんどハングル化しているのだが、尹東柱の時代にはまだかなり漢字が混じって使われていた。それで、元の詩が漢字の箇所もほとんどハングルに変えられてしまった。また、元の原稿は縦書きだったのに、横書きにされてしまった。
他国の国語の表記に口出しするつもりはないし、まして韓国であればなおさら、過去の歴史からしても日本人が言うべきことではない。ただし、詩に限っては、原作者の表記を大切にすべきだと、これはいつの時代のどこの国の詩でもそうだと私は思う。
今までこのサイトで書いた尹東柱の詩についての小生の感想も、原稿の詩集の表記に基づいて書いたので、話が食い違うところがある。それは順次、訂正したい。
話をもどそう。異国の少女に続けて、詩人は呼ぶ。
子の母となった娘っ子たちの名前を、
原語「キチベ」は、「乙女」という訳ではなく、「娘っこ」だの「あまっ子」だのいう訳が適切だと思う。乙女と訳せば雅語で詩的かもしれないが、ここは元の言葉が俗語であり日常会話の言葉なのだ。はっきり言うと、田舎もんの娘たちなのだ。
その田舎もんであることを、悪口ではなくて、自らも田舎もんである尹東柱がなつかしくで親しみをこめて呼んでいる。それは地方出身者なんてよそいきの名称ではなくて、「ふるさとのなまりなつかし」とわざわざ上野駅に田舎の言葉を聞きに行った石川啄木のような故郷をなつかしむ心から呼んでいる。満州は北のほうなので、日本で言えば東北あたりの方言のとびかう田舎といったイメージがぴったりくる。
最近話題になった本で、聖書を東北の一方言である、気仙地方の方言で翻訳した「ケセン語」訳聖書というのを訳した方がいて、ローマ法王からも認められたんだけど、イエスもヘブライ語ではなく当時としては方言であったアラム語でしゃべっていた「田舎もん」だったんで、そこのリアリティと親近感が、方言にするとよく出てくるのだろう。
次に、詩人は貧しい隣人たちの名前を呼ぶ。
ここに至り「貧しい隣人」が出てくること、これまたクリスチャンである尹東柱らしいと言わずしてなんであろう。
「おのれを愛するごとく、おのれの隣人を愛せよ」
「汝らのうち最も小さいものに良くせよ、貧しいものに施しをせよ」
そのように、隣人愛を、慈善を解いた、イエスの精神。
あの貧しかった、隣の太郎さ家の家族らは、今ごろ元気でやってるかなあ。まさか飢えたり病んだりしてはいないだろうなあ。
そのように、遠い故郷の、昔の思い出でありながら、つい貧しい隣人のことが浮かんでしまい、心配し気がかりになって、お祈りに覚えてしまう。
クリスチャンらしいクリスチャンは、まず自分のことより人のことを祈ってしまうものなのだけど、そうした一般的な信条だけでなく、個人的なお人柄のようなものも感じられる。この詩のひとことに、詩人の優しさをしのぶ。
はと、子犬、うさぎ、ろば、のろ
人々の名前から一転して、動物たちの名前が並ぶ。
それも、子供の絵本にでも載っていそうな動物たちばかり。ここは、小学生の話の続きして、昔、幼稚園や小学生の頃に絵本や図鑑や教科書で親しんだ動物たちの思い出なのだろうか、それとも、満州にはこうした動物たちが本当に身近に見られたのだろうか。
あるいは、さそり座とか白鳥座のように、星の並び方を動物たちの形になぞらえて自ら星座を作るように名づけているのだろうか。そうともとれる。星座に初めて名を与えたのは夜の草原の羊飼いだったろうか、彼らは詩人だった。
さらに、これは彼が詩人であったことから、言葉の語感そのものを味わっているのかもしれない。東柱が東舟(発音は同じドンジュ)というペンネームで、好んで童詩を書いていたことからもそんな気がしてならない。
茨木のり子さんに「隣国語の森」という長詩があって、尹東柱のことも出てくるのだが、その最初のほうで、ハングルのやさしい単語が羅列されていくところがある。隣国語すなわちハングルの森に、ハングルの単語の生き物や森羅万象や感情たちが登場してくる。
茨木のり子 「隣国語の森」より
森の深さ/行けば行くほど/枝さし交し奥深く
外国語の森は鬱蒼としている/昼なお暗い小道 ひとりとぼとぼ
栗はパーム/風はパラム/お化けはトッケビ/
蛇 ペーム/秘密 ピーミル/茸 ポソッ/ムソウォ こわい
入口あたりでは/はしゃいでいた/なにもかも珍しく
明晰な音標文字と 清冽なひびきに
陽の光 ヘッピッ/うさぎ トキ/でたらめ オントリ
愛 サラン/きらい シロヨ/旅人 ナグネ
それはハングルという言葉の初学者のよろこびでもあり、詩人が言葉の語感そのものを楽しんでいるようなところがあり、そこが尹東柱のこの詩と似ているように思える。
フランシス・ジャム、ライナー・マリア・リルケ
ここで詩人は、他の詩人たちの名前を挙げる。
ここで名を呼ばれているジャムとリルケは、特に彼の愛読した詩人のようだ。
二人とも、敬虔なクリスチャンの詩人であり、鎮魂歌や祈りの詩など宗教的な題材をよく詠んでいる。それを好んで読み、作品にも影響を受けている尹東柱の、信仰の篤さもしのばれるであろう。
ジャムはフランスの詩人であり、彼が延専(延世大学の前身)在学時にフランス語をよく勉強してフランス文学に親しんでいたことがうかがえる。
リルケはドイツの詩人で、私は堀辰雄が引用している「ドゥィノ悲歌」が好きだ。恋しい人が死んだときに人々が放った悲しみの声が天に昇って歌の始まりとなったという。
ここでは、秋の星の歌ということで「秋」を挙げておこう。これもいい詩だ。
秋 リルケ 富士川英郎訳
木の葉が落ちる 落ちる 遠くからのように
大空の遠い園生が枯れたように
木の葉は否定の身ぶりで落ちる
そして夜々には 重たい地球が
あらゆる星の群から 寂寥のなかへ落ちる
われわれはみんな落ちる この手も落ちる
ほかをごらん 落下はすべてにあるのだ
けれども ただひとり この落下を
限りなくやさしく その両手に支えている者がある
それでは東柱に倣って、私も私の好きな詩人の名を、星を仰いで呼ぶとしよう。
日本の詩人、宮沢賢治よ。
「銀河鉄道の夜」は、特に好きな作品だ。
よだかの星は、さそりの星は、どこに輝いているだろう。東柱が名づけたように、動物の星も空にある。賢治は、星の世界の空想に遊んだ人だ。
しかも、単なるおとぎ話のいわゆる子供だましの他愛ない話としてではなく、大人をも感動させる人間愛のヒューマンなドラマをもそこに描きこんでいる。
星祭りの夜に、身を挺して川に落ちた友人を助けたカムパネルラの魂、タイタニック沈没の際に自らのボートを人に与えた牧師の青年の志、そして、飢えたいたちに自らの身を捧げればよかったと悔いたさそりの火、それが銀河鉄道の乗客となり、そして夜空の星となって輝いているのだ。天に召されて、神のみもとに昇りゆかんことを。
星めぐりの歌も、子供に空の星座の見方を教えるような詩でありながら、それにとどまらず、星の世界の広がりと神秘さを伝える、簡潔でありながら奥深いポエムだ。李政美さんが好んで歌われるが、空から露や霜が降りてきそうな、青い目玉のシリウスの犬や紅い心臓のアンタレスのさそりが空を闊歩する姿が見えそうな気がする。
もうひとり、敬愛するフランスの詩人サン・テグジュペリよ。
五か月前、今年の7月30日は、あなたの命日だった。
44年、戦争が終わる年だから、ちょうど六十年目になる。
尹東柱がなくなったのは45年2月だから、同じ頃になくなっているわけだ。どちらも戦後六十年、十干十二支の暦で言えばはやひと巡り、還暦とやらになる。
でもね、サン・テックス、あなたは死んだとはどうも思えない。偵察飛行中に行方不明になったあなたは、ナチスの戦闘機に撃墜されたのだろうと言われているけど、実はつい空高く飛びすぎて、星の世界に行ってしまったのではないかな。
星の王子様と知り合いだった君のことだ、王子様の国に遊びに訪れたのではないか。あるいは敬虔なカトリックの信仰を持っていたあなたのことだ、主に愛されてエノクのように天にそのまま挙げられたのではあるまいか。
そう思っていたとき、ある方から紹介されて読んだ本に、「サンテグジュペリ最後の飛行」というのがあった。ドイツ軍のパイロットが、サン・テックスと知り合いになり、その最期のようすを見届けたという手記なんだが……。
読み終わって、あまり読みたくなかった、という気もした。星の世界に飛んでいると、信じていたかったような気がする。
でもね、それでもまだ信じている。空に飛ばずに海に落ちたとしても、死体は見つかっていないのだし、仮に肉体は海の底にあったとしても、魂は星空にあるに決まっている。
賢治も、サンテックスも、きっとどれかの星になっているのだろう。
こうしたひとりひとりのストーリーを、ひとつひとつの星に名づけてみる。
尹東柱の気持ちが、わかるような気がしてくる。
この人たちはあまりに遠くにいます。
星がはるか遠いように、
詩人は、先達の詩人たちの名を呼び、恋い慕う。
みんな、いってしまった。魂の世界に。天国に。
Rよ、あなたの魂は今どこに。
あなたと共に、夜の公園を散歩して、ともに星を見上げたこともあるのに。
あなたは、ミッション系の女子大に通っていた。文化祭でチャペルを訪ねたことも、年末の女子大主催のメサイアを共に聞いたことも。
主にお祈りしていたこともあっただろう。魂は天に召されていないだろうか。カシオペアの王妃の座に、あなたは腰掛けていないだろうか。
そして、ティンカーベルよ、妖精の星はどこに。
ピーターパンの童話に出てくるような、気ままな妖精、フックの手を離れて、ともに子供のおとぎ話の世界に遊んだことも。
だが、時の時計を食べたわにの口にあなたは落ちてしまったのか。いや、きっと魂は逃れて、どこか遠い星のネバーランドで今も妖精の金粉を振りまいているのでは。
わが罪を赦されんことを祈る。わたしがいつまでもピーターバン症候群、モラトリアム人間であったことが、あなたたちを不幸にしてしまったのだろうから。
お母さん、
そしてあなたは遠く北間島にいらっしゃいます。
記憶は過去に、思いは故郷にもどる。
「遠くに」いる。それは、時間的に、そして距離的に離れているということ。
なくなった人をこの世で取りもどすすべはない。天国での再会を帰すしかない。
だが、現実に生きていて住む所が離れている人には、また会う機会もあるし、助けてあげることもできるのだ。ゆきし人を悼むばかりではいけないのだろう。
発見した星に自分の名前をつけてみる習慣が天文の世界にはある。
天文学者にあこがれていた自分は、自分の星をひとつでもほしいと思ったものだ。
だが、この試みも、星の王子様には笑われそうだ。
なぜって、童話の中で、星空を毎日ながめて星を見つけてはそれをすべて文書に記録して自分のものだと言っている人が出てくるから。王子様は言うんだ。
「あなたは、その星のために、何かしてあげたというの? ぼくは、ぼくの星にいるバラに水をあげたり、おおいをかけたりしてあげているよ」と。
そう、遠くの星のことばかり見ていないで、足元のこの星で、宇宙人を探すのではなくて、自分の身近な人たちに、隣人に、やさしくしてあげなくちゃいけない。
アフリカでアラブ人の奴隷となっていた友人を、飛行士仲間でお金をカンパして解放してやり、飛行機でフランスまで運んでやったという実話。あれには感激したものだ。
王子様、そしてサン・テックス、あなたたちは優しい、愛を知る人たちだった。
天には神の栄光を、地には人の平和を。みこころが天になるように、地にもなりますように。それはすなわち、神の愛が、隣人にもなされるようにということ。それが主のお祈りの要点だから。
ここで、故郷の星の話になり、詩人のお母さんが出てくるのはなぜだろう。
それは七夕の記憶だろうか。だが、北斗七星の祭は朝鮮にもあるようだが、現在は日本ほどポピュラーではないらしい。まして彼の故郷はクリスチャンの多い村だった。
あるいは、母に背負われてみた、夜空の星の記憶だろうか。負われながら、口伝えに母から教えられた星の名前の記憶だろうか。
あれが鳩の星、あれが子犬の星、そんなふうに教えてもらったのかもしれない。
そして、星、この地球。わが母星という、生命の母なる星よ。
遠く故郷を離れた留学先の日本で、いかに母が恋しかったか。
いや、詩の詠まれた時期を考慮しなくてはならないのだが、日本に留学していたときには特に、母が、そして故郷の人々が、故郷の星空が恋しかったことだろう。
詩人は詩を詠んだ時期を常に併記していて、実はこれまで小生が尹東柱について書いたことは、その時期を考慮していないので、不正確な所がある。順次、訂正したい。
この詩は時期から言うと、ソウルに在学していたころだろう。日本ほど遠くはないが、北間島、旧満州の北部はやはり距離的、心理的には都ソウルからはずいぶん遠い。
日本で言えば、東京の大学で学びつつ、東北の果ての片田舎にいる実家のおふくろのことをなつかしんでいる、といったくらいの感覚だと思う。
私はなんだかなつかしくて
このたくさんの星明りが降る丘の上に
私の名前の字を書いてみて、
土で覆ってしまいました。
なぜ、書いた名前に、土をかぶせてしまうのだろうか。
これは自分自身の埋葬の儀式でもあろう。
いつか自分が殉国あるいは殉教する予感に満ちている箇所だ。朝鮮の墓は土饅頭の形、日本の古代にも見られる古墳と同じような形である。
埋葬の丘が、空から青く降る弔いの星明りに照らされているのが、美しい光景だ。
名前、と言わず、名前の字、と言っている。ハングルであったか、漢字であったか、署名は漢字でよく書いているので、漢字だったかもしれない。
その「名」を、書いて埋めてしまう。これは、先に空の星に「名」をつけていったことと対応している。かたや、空に輝く「名」であり、かたや、土に埋もれる「名」である。
空の星の輝きに比べて、自分の名はとるにたらないということだろうか。きら星のような、文字どおりスターのような、尊敬する詩人たち。星のように、遠いが美しい思い出。
それに比べて、自分の星は土の中。
ここにはあるのはしかし絶望ではあるまい、絶望にしては優しすぎるし、絶望は罪だ。むしろ謙遜ではないか、自分などとるに足らないものであるという。
クリスチャンに大切なことは、一に謙遜、二に謙遜であると、確か聖アウグスティヌスが言っていた。自分が謙遜と思うものはすでに謙遜ではないと、これはルターの言葉。
なかには、自分は正しいという選民意識から思い上がる高慢なクリスチャンもいるようだが、イエスは「上席を好むなかれ」「自らを低めるものは高められる」と徹底して謙遜を説いている。尹東柱の詩に見られるのは、この低い態度である。
なるほど夜を明かして泣く虫たちは
恥ずかしい名前を悲しんでいるわけです。
虫が泣く。ウルダ。「鳴く」が「泣く」と同じなのは、日本語と同じだ。
虫が鳴いているのは、泣いているようにも聞こえる。虫の声に注目して聞き取るのは右脳思考とやらだったか、これは日本的とも言われるが、韓国でもそのようだ。昔、インドネシア映画を見ていたら、同じように虫の声を聞くところがあった。
虫はただ無心に鳴いているのではなく、悲しんで泣いている、という聞き方。虫の擬人化でもあるが、情緒をよみとろうとする。冬に雪がふれば雪見、春に花が咲けば花見、秋に月が出れば月見、その日本人の東洋的な感覚は、秋の虫が鳴けば虫の声を鑑賞し、それは朝鮮とて同じ感覚で、そこに自らの情緒の反映を無意識に感じとるのも同じだろう。
虫が泣く。では一体、何を悲しんで泣いているというのか。
タヌン、「なるほど」と、ここで初めて気がついたように詩人は言う。
虫は、最初からずっと鳴き続けていた。ふと、ここで人が意識して気をつけて聞くと、それは泣いているように聞こえる。その理由に初めて思い至るのだ。
それは、自分がとるに足りない無名の者であることに、そして、無名のまま死んでゆくだろうという恥に、殉国し殉教していくだろうという予感に、そして、あらかじめ自分が自分自身の埋葬の儀式をしている心情に、虫も同情してもらい泣きしている、悲しみのレクイエムの歌を、合唱してくれていると聞いているのだろう。
だが、なぜ恥ずかしいのか。誇りをもって殉教するのではないのか。
これは「たやすく書かれた詩」と同じ心情だろう。詩人を「悲しい天命」と言い、たやすく詩の書けることを「恥ずかしいこと」と言った心情に通じる。
まだ無名である自分の名が恥ずかしいともとれるのだが、決して単なる名誉心ではなく、詩人としての羞恥心であり、クリスチャンとしての謙遜であろう。
ただ、「序詩」の「一点の恥なきことを」と詠んだこころから言えば、恥はないのだろう。良心に恥じるところはない。節を曲げて生き延びるわけではないのだから。だが、自ら「恥じるところはない」と胸張って堂々と言えるかというとそうではない、恥のないことを望むが、弱いものであるからそうは言い切れない。恥のある者だが、神に罪を洗われることによって、清い者となれるということなのだろう。
でも季節が過ぎて私の星にも春が来れば
墓の上に青い芝草が萌え出るように
私の名前の字を埋めた丘の上にも
誇らしく草が生い茂ることでしょう。
冬来たりなば、春遠からじ。
ラストの連の、なんと美しくも救いに満ちていることか。
秋が過ぎ、冬には埋められた墓の上には雪がふり積もり白い丘となるのだが、春になれば土饅頭の上に古墳のように美しい緑の丘となるのだ。
「私の星」とは、ひとつには地球、私たちの生まれた母星だろう。空に多く輝く億万の宇宙の、神の天地創造により創られた大銀河、小銀河、星座と星雲、恒星と惑星たち、その中のひとつの太陽系の第三惑星、この星にも神の定めた公転の周期が一巡して、めぐみの命のいぶきが訪れる春が再びやってくる。
と同時に、「私たち u-ri」ではなく「わたし joe」の星というところに着目したい。韓国語では「私たち ウリ」をとてもよく使う。私たちの国、私たちの民族、私たちの故郷、私たちの学校、私たちの会社、私たちの家族、私たちの言葉、とても「私たち」が好きなのだ。ここも普通なら「私たちの星」となるだろう。
だが、「私の星」である。ここは、先に空に輝く星たちに、それぞれ思い出の人たちや詩人たちの名前を当てていったことから考えれば、それらに対して、私も私の星を持つだろう、というだ発想になってしかるべきだし、事実そういう表現だと思う。
とすれば、いったんは土に埋められた恥ずかしい名前も、いつか星となって輝くという気持ちでなくてなんであろうか。
「わたしの名」は、やはり「名前の字」となっている。そこに「誇り」を感じている。いったん、衰えて葉が散って木が枯れて埋められて冬の雪に埋もれた植物が、ふたたび春の息吹に草の芽となって新しい命としてよみがえるように、自分の命もよみがえる、そこに同じように、比喩として象徴として同じ「誇らしさ」を覚えるというのだ。「生い茂る」は「茂生ハダ」で、春の季節と共に、若々しいエネルギーとともに芽が萌え出る感じをよく示している。
ここにあるのは、「復活」のイメージだ。
詩人の名が復活する、そればかりではなく、朝鮮にとっての「光復」、独立の光の時代の復活である。暗い夜の時代、侵略され征服され、自由と尊厳を奪われた、光明のない忍従の時代が終わって、時代の夜明けが春のように来る。
「奪われた野にも春は来るのか」
そして何よりも、キリスト教の発想が見られる。
イエスは十字架につけられ処刑されたが、墓に入ってから三日後によみがえられた。自分も信仰により、そのように永遠の生命を得てよみがえりたい。
そこにこそ、クリスチャンの希望がある。いくら苦難に遭い試練に遭い、この世では報われない生活を送ろうと、非業の最期を遂げようと、主はわれわれを救ってくださる。
その確信に、キリストにならう者たちの光明のすべてがある。
キリスト教の「復活節」、「イースター」はもともと春のお祭りで、植物が芽吹き花咲き、生物が生命力を取り戻す時期に、イエスの復活が祝われることは偶然ではない。
芝草の緑をよみがえらせる力を持つ神は、私の命をもよみがえらせてくれるに違いないのだ。そして、その名もまた。
尹東柱の希望は叶い、無名のまま死んだ彼の名は、今や韓国で日本で、みなの記憶によみがえることができたのだ。
復活の望みよ。再臨の栄光よ。
主よ、人の望みのよろこびよ。
尹東柱の魂が救われしことを、我々も救われんことを、祈ります。
み名をたたえ、すべてをあなたの手におゆだねします。アーメン。
では最後に、彼の愛した詩人フランシス・ジャムの詩の一節を挙げておこう。
「最後ののぞみのための祈り」より フランシス・ジャム 手塚伸一訳
ぼくの生活にざわめきはなく、
ぼくの死にも光栄はあるまい。
ぼくのひつぎは、村人と白衣を着た小学生たちに
つつましく守られてゆくだろう。
ぼくの名前だけがほられた目だたない石が、
おお、神さま、子供たちに、祈る場所を示すでしょう。
そして、もしもある日ひとりの詩人が村にやってきて
ぼくのことをたずねましても、神さま
みなが答えますように、知らないね、と。
でも、もしも――(おお、拒まないでください)
もしもひとりの女が、彼女がその名を知っている花を供えるために、
ぼくの墓がどこなのかとたずねてきましたら、
ぼくの息子の一人がなにも問わずに立ちあがって、
その女性を
ぼくの休んでおります場所に連れていきますように、涙ながらに……
2004.12.31. 〜 美しい大雪の大晦日に