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〔※ 原文は77年版の縦書きの本文です〕
【ローマ字表記】
自画像(ja-hwa-sang)
San-mo-thung-i-reul tol-a non-ga oe-ttan-u-mul-eul hol-lo chaj-a-ga-seon
ka-man-hi teul-yeo-da pob-ni-da.
U-mul-seog-e-neun tal-i palk-ko ku-reum-i heu-reu-go ha-neul-i
phyeol-chi-go pha-ram-i pul-go ka-eul-i iss-eub-ni-da.
Keu-ri-go han sa-na-i-ga iss-eub-ni-da.
Eo-jjeon-ji keu sa-na-i-ga mi-weo-jyeo tol-a-gab-ni-da.
Tol-a-ga-da saeng-gak-ha-ni keu sa-na-i-ga ka-yeops-eo-jib-ni-da.
To-ro-ga teul-yeo-da po-ni sa-na-i-ga keu-dae-ro iss-eub-ni-da.
Ta-si keu sa-na-i-ga mi-weo-jyeo tol-a-gab-ni-da.
Tol-a-ga-da saeng-gak-ha-ni keu sa-na-i-ga keu-ri-weo-jib-ni-da.
U-mul-sog-e-neun tal-i palk-ko ku-reum-i heu-reu-go ha-neul-i
phyeol-chi-go pha-a-ran pa-ram-i pul-go ka-eul-i iss-ko
追憶(chu-eok) cheo-reom sa-na-i-ga iss-eub-ni-da.
【試訳】
自画像
山すそを回り 人里離れた田端の井戸を ひとりで訪ねては
そっとのぞいて見ます
井戸の中には 月が明るくて 雲が流れて 天が
広がって 青い風が吹いて 秋がいます
そして ひとりの男がいます
なぜだか その男が憎くなって 帰ります
帰りかけて考えてみると その男がかわいそうになります
引き返してのぞいてみると 男がそのままいます
また その男が憎くなって 帰ります
帰りかけて考えてみると その男がなつかしくなります
井戸の中には 月が明るくて 雲が流れて 天が
広がって 青い風が吹いて 秋がいて
思い出のように 男がいます
【語句】
San-mo-thung-i 山すその角地 tol-a 回る、巡る、経由する
non 田、水田 ga ほとり、端、辺 oe-ttan 離れて(ただ一つの)、人里離れた
u-mul 井戸、井 hol-lo ひとりで chaj-ta さがす、求める、訪ねる
〜seon = 〜seo-neun 〜しては ka-man-hi じっと、そっと、静かに、ひそかに
teul-yeo-da po-da のぞく、のぞいて見る、うかがう
tal 月 palk-ta 明るい ku-reum 雲 heu-reu-da 流れる ha-neul 天、空
phyeol-chi-da 広げる phyeol-chi-go iss-ta 広がっている(状態)
pa-rah-ta 青い pha-ram 風 pul-da 吹く ka-eul 秋
sa-na-i-ga 男 eo-jjeon-ji どういうわけか、なぜだか
mip-ta 憎い mi-weo-ji-da 憎くなる tol-a-ga-da 帰る、戻る、回る
〜da(ga) 〜しかけて、する途中で
saeng-gak-ha-da 考える、思う 〜ni 〜すると
ka-yeops-ta かわいそうだ、気の毒だ、ふびんだ、哀れだ
〜a / eo-ji-da 〜くなる、〜になる
to-ro もとに to-ro-ga-da もとへ引き返して行く
keu-dae-ro そのまま、そのとおり、知らんぷりして
keu-rip-ta 恋しい、懐かしい keu-ri-weo-ji-da 恋しくなる、懐かしくなる、偲ばれる
追憶(chu-eok) 思い出 〜cheo-reom 〜のように
【コメント】
この2月16日は、尹東柱の命日だった。
彼がこの世を去ったのは、ちょうど終戦をさかのぼる半年前だ。昨年は戦後60年ということだったが、終戦の年はすなわち尹東柱の没年でもあるので、彼を追悼する行事もさまざまにあり、それらに出席させてもらうこともあった。
今年は、61年めにあたる。何年目になっても、覚えて祈念したいものだ。
受け持ちのクラスで、筑摩書房教科書の茨木のり子さんの追悼文「空と風と星と詩」を読み、生徒とともに彼のことをしのんでみた。
この機会にまた、久しぶりに彼の詩をひとつ訳してみよう。
「自画像」。
これは彼の没後出版された唯一の詩集『空と風と星と詩』の冒頭、「序詩」の次にある詩だ。まず、彼は自己紹介をもって、この詩集を始めようとしたろうか。
山すそを回り 人里離れた田端の井戸を ひとりで訪ねては
そっとのぞいて見ます
彼は、北間島(ぷっかんど)、昔の満州、今の中国大陸東北部の村で生まれ育った。この詩は、そんな子供の頃であるか、あるいは長じて大人になって、ふるさとの村をまた回ってみた時のことであろうか。いずれにせよ、田舎の農村の情景である。
彼は、村のはずれ、山すそをめぐり、田圃のほとりにある井戸を訪ねる。山歩きが好きで、日本に留学しているときにも山を歩いたと聞く彼のことだが、ここではただひとり散策をしていて、歩くうちにのどでも渇いたのだろうか。
だが、詩人は、水をくんで飲んだ、とは言わない。ただ、井戸をのぞきこんで見た、と言う。のぞいて見れば、そこには水面が見えるのだ。その井戸の中の、水面の上には、何が見えるのか。
井戸の中には 月が明るくて 雲が流れて 天が
広がって 青い風が吹いて 秋がいます
井戸の中には、と言って、彼はいくつかのものを列挙する。
tal-i palk-ko, ku-reum-i heu-reu-go, ha-neul-i phyeol-chi-go,
pha-ram-i pul-go,
「〜ko(go)」の繰り返しのリズムが、心地よい。ここは、
月が明るく 雲が流れ 空が広がり 青い風が吹いて
と句末の音をばらばらに訳してしまうと、その脚韻の感じが出にくい。だから、
月が明るくて 雲が流れて 空が広がって 青い風が吹いて
と「〜て、〜て」と続けてみるのが、原文の素朴な繰り返しを反映するだろう。
そのようにして、詩人は、井戸の中にあるものを並べていく。それは、もちろん散文的に言えば、井戸の中の水面に映るものを列挙しているのだろう。
月が出ている。散策しているのだろう、と言ったが、それは月夜のことだったのだ。月の光に誘われて、ふと歩いてみる気になったろうか。そして、雲も流れている。暗夜なら見えないだろうが、月明かりが明るい夜だから、雲の流れるのまで見えるのだ。そして、空が広がっている。「ha-neul 空」は、「天」とも訳せて、彼の詩の場合にはしばしばそう訳するほうが良いことがある。ここもあるいは、天の父なる神のまします空であろう。
そして、青い風が吹く。道具立ては、詩集のタイトルにある「空と風と星と詩」とそのもので、この場合には「天と風と月と詩」なのである。風の色が、なぜだか青い、と言う。理屈で言えば、風の空気に色があるはずはないが、色が感じられるような風なのだ。
もしかすると、ここもただ見たままの情景で、月の明るい夜空が、雲の流れる夜空が、その天の色が青く見えるのであり、その天を吹く風も青く見えるということかもしれない。だが、それだけでなく、やはり見た目だけでなく、気分も反映しているようにも思える。その雰囲気は青なのだ。ブルーなひやりとした冷ややかな気分なのだ。
そして、月、雲、天、風と並べて、最後に彼は言う。
「秋がいます」
詩の書かれた日付を念のため見れば、九月なのだが、並べられた道具立てを見ただけで、日付なんぞ見なくても、秋の詩に決まっている。それもおそらく、中秋の名月のころではないか。あまりに月が見事で、それに誘われて、ふらりと夜の田園の道を散歩してしたくなるような秋の夜なのだ。
ka-eul-i iss-eub-ni-da.
ここはあえて、「秋がいます」と訳してみた。もちろん、ごく普通に訳せば
「秋があります」
だろう。「iss-ta」は、「ある」とも「いる」とも訳せる。英語のBE動詞と同じ存在詞であり、これは現代日本語では、無生物の場合「ある」、生物の場合「いる」と訳す、というのが文法どおりのお約束の理屈っぽい訳である。
だが、「秋がいる」と訳しても、おかしくはないと思う。そう訳せば、擬人法となる。「小さい秋見つけた」という、よく知られたサトウハチローの童謡があり私は大好きなのだが、あの「だれかさんが見つけた」「小さな秋」というのは、「目隠しおにさん」が見つけた秋、というのは、やはり多分に擬人的だと思う。
あえて、ここをそう訳したいのは、次の連につながるからだ。
Keu-ri-go han sa-na-i-ga iss-eub-ni-da.
そして ひとりの男がいます
「ka-eul-i iss-eub-ni-da.」「sa-na-i-ga iss-eub-ni-da.」
と、きれいに脚韻で続いているのだ。ここを
「秋があります」「男がいます」
と、ばらばらに訳するのは、避けたい。
「秋がいます」「男がいます」
ずっと美しいではないか。どちらかにあわすならせめて、
「秋があります」「男があります」
でも、いい。そう、「昔、男ありけり」の言葉が、すぐに口をついて出る方も多いだろう。『伊勢物語』の冒頭だ。昔は日本語でも、「あり」は韓国語の「iss-ta」同様、生物・無生物どちらでも言えた。「秋あり」「男あり」でいいのだ。
だが、そう訳すと文語調になる。それに、日本人には逆に古典のイメージがじゃまをするかもしれない。この詩は口語なので、それよりは、いずれをも「います」と訳して、秋の擬人法としたほうが、きれいではないかな。
井戸の中には、秋がいます。
そして、そこには、ひとりの男がいます。
この男は、だれか。と、くどい野暮な解説をすることもあるまい。タイトルの「自画像」の意味も、ここでわかる。井戸の中の水面に映ったのは、彼自身の、詩人本人の、尹東柱の顔だ。月や雲や天や風と、そして秋と並んで、男が、そこにいる。しかし、
「私が、います」
とは言わない。「ひとりの男」と言う。それは、自分を客体化して見ていることになる。そう、鏡を見るように、自分を他者であるかのように、その存在をその鏡面、水面に映して見るのだ。あるいは彼の目的は最初からそうであったかのように。
秋の煌々と照る月に照らされて、「男」の顔はありありと見える。
そして、そこに映った「男」の顔について、彼はこのように感じる。
なぜだか その男が憎くなって 帰ります
自分の顔のはずではなかったか。
だが、その顔を、彼は「憎く」感じると言うのだ。なぜだろう。
鷲田清一は「身体、この遠きもの」で言う。
「他人がわたしをわたしとして認めてくれるときのその顔、それをわたしは終生、じかに見ることはできない。」
「じぶんで見ながら制御することのできない顔をむきだしにしておくのは、きわめて無防備なことだ。だから、わたしたちは、表情を繕い、化粧をし、たえず鏡をのぞき込んで、じぶんの顔を微調整する」
「じぶんでイメージしているじぶんの顔との誤差が、気になってしようがないからだろう。」
私は時々、鏡を見て、自分の顔がみっともないので、がっかりすることがある。少なくとも、自分がふだんイメージしている自分の顔と、少し違うなと思うことはよくある。
みなさんは、そう言うことはないだろうか。
あれ、おれって、こんな顔してたっけ、私、こんな顔だったかしら、と。
まるで、自分ではない、他人の顔のように感じられることはないだろうか。
そんなことはない、という方も、もし時間があったら、自分の顔をじいっと、十分ぐらい鏡に映してにらめっこしてみるといい。いつまでも見つめていると、しだいに、自分の顔が、なんだか生れてからいつも見慣れた顔と違うように見えてくることだろう。
なかには、いくら見ても、自分の顔ってすてきだ、と思える人もいるかもしれないが、たいていはちょっと変な顔かもしれない、と感じるのではないか。
私は最近、年をとったせいか、鏡を見ると、ああ、おっさんになったなあ、と思う。だんだん、親父の顔に似てきたりもして、血は争えないものかなと、なにか憮然とした思いにかられることもある。
いや、年をとって、顔が老けてくるのは、いたし方ないことだ。年月に逆らって、年齢に抗して、いたずらに美容したり化粧したりすることはない。どうせ年をとって、みなおじさんおばさんになっていくのだ。
だが、年をとって、品のない顔になってくるのは、とても嫌だし、できれば避けたい。年輪を重ねて、「人らしい」顔に、人格を感じさせる顔に、風格のある、人品いやしからざる人相になってくる人もいる。温厚な風格の紳士の顔、超俗の風貌の仙人の顔になれる老人もいる。
ところが、私は最近、鏡を見て、どうも品のない顔になっていくような気がしてならない。近ごろあまり本を読んで勉強しないからだろうか、それとも心の中にやましいこと、まだ世俗離れできないことでも考えているせいだろうか、
「四十を過ぎたら、自分の顔に責任を持て」
とリンカーンは言った。子供のころは、親からもらった生まれつきの顔だからしかたがない。だが、成人したら、そして熟年になったら、自分の顔は自分の責任だ。教養を感じさせる顔、人柄を感じさせる顔、それは自分の修養に、自身の生き方によるものだ。
尹東柱自身は、いい顔をしていると思う。
遺された彼の写真を見ると、そう思う。
二十七歳で世を去った彼は、若いころの写真しかないのでよけいにそう思うのかもしれないが、ただ外面的な若さばかりではなくて、内面的な精神の若さ、人柄のりりしさの感じられる顔のように思える。茨木のり子さんは、先にあげたエッセイの中でこう言う。
「写真を見ると、実に清潔な美青年であり、けっして淡い印象ではない。ありふれてもいない。
実のところ私が尹東柱の詩を読みはじめたきっかけは彼の写真であった。こんなりりしい青年がどんな詩を書いているのだろうという興味、いわばまことに不純な動機だった。
大学生らしい知的な雰囲気、それこそ汚れ一点だにとどめていない若い顔、私が子供のころ仰ぎみた大学生とはこういう人々が多かったなあというあるなつかしみの感情。印象はきわめて鮮烈である。」
同感であるが、そのような彼が、なぜ自分を見て、「憎い」と思うのだろうか。
あるいは、それは彼が「たやすく書かれた詩」の中で、自分の生き方を「悲しい天命」、詩を書くことを「恥ずかしい」と言った気持ちに近いのかな、という気もする。
自分自身の、詩人であるということの、ある無力感。詩など書いても、世の中を変えることはできない。詩人として名前もあがらず、読まれもしなければ、影響も与えられない。生前、全く無名であった彼は、そのように思ったかもしれない。
だが、そこまで考えなくとも、人間だれしも、自分に対する自己嫌悪に陥ってしまうことはあるだろうと思う。日常生活の中でも、ああ、あんな失敗をしてしまった。こんな過ちをしてしまった。そして、自分自身を愛せなくなってしまうことがあるだろう。
ことに、彼がクリスチャンであったことも、少し考えていいのではないかと思う。
クリスチャンというのは、その教えに意識的、自覚的であれば、絶えず自分自身を内省し、自身の過ちを反省し、罪を悔い改めて生きるものだからだ。
洗礼を受けたからといって、過ちがなくなり、罪が消滅するといったものでは、およそない。かえって、それ以前より自分の過ちや罪を強く自覚するようになる。
だが、無自覚であるより、自覚的であることによって、それを悔い改め、そこから抜け出す可能性が出てくる。生き方のベクトルが、世の罪ではなく、神様のほうに向くようになる。もともと、「悔い改める」というギリシャ語の言葉は、「向きを変える」という意味だと聞く。神様のほうに、顔を向けなおすこと、それが「悔い改め」なのである。
そして、尹東柱は、明らかに自覚的なクリスチャンであり、それはその詩のはしばしにうかがえる。彼は、努力して、自ら前向きに清く正しく生きようとする人物だった。だがそれでもなお、失敗をし、過ちを犯してしまう。人間とは、そういう弱いものだ。
かくいう自分も、一念発起して洗礼を受けてから、すでに三年半が過ぎているのに、まだまだ世俗の思いから抜けられない。いやかえって、洗礼を受けた当時のまっすぐな強い思いが薄れ、どうも気弱に堕落してしまいそうになりがちな自分を感じる。
日曜ごとに、教会に行って説教を聴いても、その教えを生活の中で行えない自分がいる。
人をゆるせ、と言われているのに、どうしてもゆるせないことがある。
悪口を言うな、と聞いているのに、つい悪口を言ってしまうことがある。
隣人に親切にしろ、と教えられているのに、冷たくしてしまうことがある。
いつも、ああ、おれはまだまだだめだなあと、あとで反省してしまうことになる。
そんな状態の時に、鏡を見たりする勇気はない。もし見たら、自分の顔が自分で憎らしくなってしまうに違いない。
尹東柱がこのとき、どうして自分の顔を憎らしいと思ったのか、短い詩の言葉からはうかがい知れないが、きっとそうした悩みを持つこともあったのではないか。
そして彼は、憎らしいと感じる自分の顔を見ているのが嫌になって、のぞきこんでいた井戸を離れて、帰って行こうとする。
このように考えるとき、私の心に浮んでくる、聖書の言葉がある。
み言葉を聞くだけで行わない者がいれば、
その人は生まれつきの顔を鏡に映して眺める人に似ています。
鏡に映った自分の姿を眺めても、立ち去ると、
それがどのようであったか、すぐに忘れてしまいます。(ヤコブ1:2324)
あるいは尹東柱のこの詩には、この聖書の言葉がひとつの発想の契機になっているのではないかとも思わせるのだが、いかがだろうか。
教えを聞くだけで行わない人、そういう人の顔は生まれつきの顔のままで進歩していない。鏡を見る時には自分の至らない姿が目で見てわかり、ひととき反省するのだが、鏡の前から立ち去ったとたんに、すっかり反省したことも忘れてしまう。
アウト・オヴ・サイト、アウト・オブ・マインド。去るもの、日々に疎し。
人というのは、そんなものかもしれない。
だが、尹東柱は、ここで立ち去ったままでは、いられないのだ。
帰りかけて考えてみると その男がかわいそうになります
引き返してのぞいてみると 男がそのままいます
「Tol-a-ga-da」の「〜da-ga」は「〜しかけて」、動作が途中までで中断することを示す。帰ろうとするのだが、帰りかけて、足を止めてしまう。すっかり見限って、見捨てて、帰ってしまうことはできないのだ。まるで未練のように、心が残る。
「saeng-gak-ha-ni」「考えてみると、思いやってみると」、足を止めてひと時、思案をする、行こか戻ろか、思案橋。そして思いめぐらせているうちに、その「男」が、ということはつまり、自分自身が「ka-yeops-ta」「かわいそうだ、気の毒だ」という気持ちになってくる。情けない、ふがいない、見捨ててしまいたい自分だが、しかしそんな自分のことを見捨ててしまうことができない。そして、また引き返してしまう。
のぞいてみれば、当然のことながら、自分はまだそこにいる。
自分から離れることはできないのだ。たとえ、その井戸を立ち去ったとしても、違う井戸をのぞいても、そこらの水たまりをのぞいても、家に帰って鏡をのぞいても、そこに自分はいる。まるで、月の光に照らされてできた影は、自分がどこまでいくら歩いても、自分の足元にぴたりと寄り添っているかのように。
人は、自分にいくら嫌なところがあっても、自分を愛さなくてはならない。自分を愛することができなくては、他人をも愛することはできないのだろう。そうした気持ちは、同情であるか、憐憫であるか、あるいは諦念に近いものであろうか。ここの「かわいそうに思う」はそうしたものであるのか。
いったんは、自分を哀れむが、ふたたび詩人は、自分が憎らしくなってしまう。
また その男が憎くなって 帰ります
帰りかけて考えてみると その男がなつかしくなります
だが、繰り返すが、詩人はクリスチャンであった。
天の父なる神は常に、私たちを愛してくれる。弱い、罪深い私たちを愛してくれる。
そうした神が、キリスト教の神であり、それこそがアガペー、神の愛である。
「あなたは、私の目には貴いものだ」
そのように、聖書の神はおっしゃっている。
こんな罪深い私を、こんな弱く頼りない私を、神は愛してくださっている。
天の父なる神はひとり子イエスを世にたまわり、神の子なるイエスは、我々の罪のために死んでくださった、そう信じるときに、クリスチャンである詩人は救われる。
神が私たちを愛してくださったのだから、私たちも自分を愛そう。
神が私たちをゆるしてくださったのだから、私たちも自分をゆるそう。
そしてその時に、私たちは、人をも同じように愛して、ゆるすことができるだろう。
二度目に彼は、自分を「かわいそうだ」とは言わず、「なつかしい」と言う。
この「keu-rip-ta」は「恋しい、いとしい」とも訳す。胸にきゅんとくる、恋しくなるような感情だ。それは、いとおしみ、慈愛のこころだろう。
ここでは、あとで「追憶」が出てくるので、それに合わせて「なつかしい」としたが、「いとおしい」でもいいと思うし、そちらのほうがいいのかもしれない。
このとき、彼は自分自身を、いとおしくなつかしく、貴いものに思っていよう。
井戸の中には 月が明るくて 雲が流れて 天が
広がって 青い風が吹いて 秋がいて
思い出のように 男がいます
ふたたび、詩の初めと同じ、秋の風物が並べられていく。
月が、雲が、天が、青い風が、そして秋そのものが、いる。
そして、最後に「男」がいる、と詩人は自分自身の存在を確認する。
だが、それは「思い出」のようであるという。韓国語の「追憶 chu-eok」は日本語の漢字語の「追憶」よりも、「思い出」というのに近い言葉だ。
それではそれは、消えゆく思い出のように、はかない幻像なのだろうか、心の中の記憶のように、やがてうつろいゆく過去のイメージに過ぎないのか。
いや、ここで私は、次の聖書の言葉を連想するのだ。
わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。
だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。
わたしは、今は一部しか知らなくとも、
そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。
(コリント一13:12)
私の好きな象徴的な寓意に、プラトン「国家論」にある、洞窟の比喩がある。
有名なたとえ話だからご存知と思うが、念のため簡単に紹介しておこう。
私たちが見ているこの世界の現象というのは、洞窟に移った影のようなものだというのだ。本物、真実、イデアは、別の世界にある。洞窟にいる我々は、洞窟の外にあるそれらを直接に見ることはできない。我々は、入り口に背を向けて、洞窟の奥を見ている。すると、背後の洞窟の入り口から光が差し込み、本物の真実がそれに照らされて、その影が目の前の洞窟の壁に映るのだ。我々は、その影から真実の姿を類推するしかない。
だが、いつの日にか、私たちは振り返って、その真実を直接に見られる日が来よう。
以上は、ギリシャ哲学風の解説だが、それをキリスト教風に言えば、上に掲げた聖書の言葉になるのだと、私は解釈している。
聖書の神は、言う。私たち人間は、生きている間は、神と直接、顔と顔を合わせて会うことはできないのだと。かの偉大な預言者モーセすらもそうだった。私たちが、天国に、神のまします世界に召される時に、初めて私たちは神と顔と顔を合わせて会えるのだ。
であるから、井戸の水の面に、鏡のような面に、映った月も雲も風も秋も、そして、「男」の自分自身の顔も、すべて、おぼろに映った一部の像に過ぎない。すなわち、思い出のようなものに過ぎない。
だが、その物象の背後には、永遠に変わらざる真実がある。その真実をしたう心こそ、目に見える物象を通じて、目に見えない真実をなつかしくいとしく思う心なのであろう。
今年、戦後六十一年となり、没後六十一年を迎えた、尹東柱。その凛々しい遺影を通じて、清澄な詩を通じて、私たちは、真実の彼の魂のありかを、なつかしみいとおしむことできる。彼のために祈ろう。そして、いつか彼とも顔と顔を合わせて会うことができますに。神のみ前にて。アーメン。
2006.2.16. 〜尹東柱 61回目の命日に〜