〜 夭折の天才に捧ぐ 〜 2004.1.27.Mozart's Birthday
(序言)
モーツァルトが好きで、昔はよく聞いていた。ケッヘル番号順に、処女作のピアノから遺作のレクイエムまですべて聞いてやろうとしたこともある。
モーツァルトは、夭折の天才だった。今日はその誕生日にあたる。
尹東柱も、やはり夭折の詩人だった。その才を惜しみつつ、また詩を読んでみたい。
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【原文】(ローマ字表記)
Swip-ke sseui-eo-jin Si
Chang pakk-e pam-pi-ga sok-sal-keo-ryeo
六畳房eun nam-eui na-ra,
Si-in-i-ran seul-pheun 天命in jul al-myeon-seo-do
Han jul si-reul jeog-eo-bol-kka,
Ttang-nae-wa sa-rang-nae pho-geun-hi phung-gin
Po-nae-ju-sin hak-pi pong-thu-reul pad-a
Tae-hak no---theu-reul kki-go
Neulg-eun kyo-su-eui teul-eu-reo kan-da.
Saeng-gak-hae-bo-myeon eo-rin ttae tong-mu-reul
Ha-na, tul, joe-da ilh-eo-beo-ri-go
Na-neun mu-eol pa-ra
Na-neun ta-man, hol-lo chim-jeon-ha-neun geos-il-kka?
In-saeng-eun sal-gi eo-ryeop-ta-neun-de
Si-ga i-reoh-ke swip-ke sseui-eo-ji-neun geos-eun
Bu-kkeu-reo-un il-i-da.
六畳房eun nam-eui na-ra
Chang pakk-e pam-pi-ga sok-sal-keo-ri-neun-de,
Teung-pul-eul palk-hyeo eo-dum-eul jo-geum nae-mol-go,
Si-dae-cheo-reom ol a-chim-eul ki-da-ri-neun choe-hu-eui na,
Na-neun na-e-ge jag-eun son-eul nae-mil-eo
Nun-mul-gwa wi-an-eu-ro jab-neun choe-cho-eui ak-su.
【試訳】
たやすく書かれた詩
窓の外には 夜の雨がつぶやきつづけ
六畳部屋は よその国、
詩人とは悲しい天命だとは知りながらも
一行の詩を しるしてみようか、
汗のにおいと愛のにおい ふくよかにただよう
送っていただいた 学費封筒を手に
大学ノートを 脇に
老いた教授の講義を 聞きに行く。
考えてみると 幼い頃の友を
ひとり、ふたりと、すっかり失ってしまい
ぼくは何を望み、
ぼくはただ、ひとりで沈み込んでいるのか?
人生は生きがたいものだというが
詩がこんなに たやすく書かれるのは
恥かしいことだ。
六畳部屋は よその国
窓の外には 夜の雨が つぶやきつづけているが、
ともし火をつけて 暗闇を少し追いやり、
時代のように来る朝を 待っている最後のぼく、
ぼくは ぼくに 小さな手を差し出し
涙となぐさめで握る 最初の握手。
【語句】
swip-ta 易しい、たやすい
sseui-eo-ji-da 書かれる sseu-da書く の受身形
pam'pi 夜雨 pam「夜」+pi「雨」
sok-sak-keo-ri-da ささやく sok-sag-i-daも同じ
〜keo-ri-da 〔音や動作の反復〕
〜i-ran 〜i-ra ha-neun 〜だという
seul-pheu-da 悲しい
連体形+jul al-da 〜すると思う、することを知っている、
〜jul 列、行〔数詞〕
jeok-ta 書き込む、記す
〜l-kka? 〜しようか〔同意を得る、あるいは独白〕
nae naem-sae(におい)の略
pho-geun-ha-da
(寝床、気持ちなどが心地良く)ふんわりしている、柔らかい、ゆったりしている
(日和が)穏やかだ、ぽかぽかしている
phung-gi-da ただよう
po-nae-da 送る
〜ju-da 〜してやる、〜してくれる 〜si〜 〜なさる〔尊敬〕
no-theu ノート kki-da はさむ
neulg-ta 年老いる
teul-eu teut-ta聞く のL変化形 〜(eu)reo 〜しに
saeng-gak-ha-da 思う、考える
eo-rin eo-ri-da 幼い、小さい の連体形
tong-mu 仲間、友達 〔現在は北朝鮮の用語、韓国ではchin-gu(親旧)という〕
joe-da すっかり、残らず
ilh-eo-beo-ri-da ilh-ta失う、なくす+ 〜beo-ri-da〜してしまう
mu-eol mu-eos-eul何を の縮約形
pa-ra-da 望む
ta-man ただ、ただし hol-lo ひとり、ひとりきりで
chim-jeon-ha-da 沈殿する
連体形+ geos-i-da 〜するのだ
sal-gi 生きること sal-daの名詞形
eo-ryeop-ta 難しい 〜neun-de 〜するが、するの
bu-kkeu-reo-un bu-kkeu-reop-ta恥かしい の連体形
teung-pul 灯火
palk-hi-da 明るくする、明らかにする palk-ta明るい の動詞形
eo-deum 闇、暗やみ、暗がり eo-deup-ta暗い の名詞形
nae-mol-da 追い出す、追いやる
si-dae 時代 〜cheo-reom のように
a-chim 朝 〜eul ki-da-ri-da 〜を待つ
choe-hu 最後 choe-cho 最初
nae-mil-da 突き出す、出す
nun-mul 涙 wi-an 慰安、なぐさめ
jap-ta 握る、つかむ ak-su 握手
【コメント】
Swip-ke sseui-eo-jin Si
たやすく書かれた詩
タイトルがさりげないようでいて意味ありげだ。
「swip-ta」は「やさしい」だが、ひらがなで書くと少し紛らわしい。日本語の「やさしい」と違って「優しい」の意味はないからだ。「易しい」、つまり「簡単だ」「たやすい」という意味になる。
「sseui-eo-ji-da」は「書く」の受身「書かれる」の過去形となる。
「Swip-ke Sseui-eo-jin Si」と、「S」の音が三度繰り返されるのは頭韻と思われるが、これをうまく日本語に置きかえるのは難しいだろう。
「簡単に書かれた詩」でもよいが、漢語がやや固いし、「kan-dan-ha-da簡単だ」という語も別にある。「たやすく書かれた詩」という通例の訳に従っておこう。
では「たやすく」というのはどういうことか。詩はそんなに簡単に書けるものなのか。また「書いた」ではなく「書かれた」というのはなぜだろう……。
Chang pakk-e pam-pi-ga sok-sal-keo-ryeo
六畳房eun nam-eui na-ra,
窓の外には 夜の雨がつぶやきつづけ
六畳部屋は よその国、
詩は、きちんと2行ずつ進んでいく。
sok-salは、ぶつぶつつぶやいて言う感じの擬態語、それにkeo-ryeoと継続・反復が続く。詩人はひとり深夜に自分の下宿の部屋にいる。外には雨がしとしと、しょぼしょぼといつまでも降っている。まるで、何かつぶやいているかのように。「ささやく」という訳もあるが、作者に語りかけるというより勝手に雨がつぶやいている感じだろう。
「六畳房」と原文が漢字になっている。韓国では近年ほとんどハングルで書かれてあまり漢字は使われないのが普通だ。この詩では二語だけが漢字だ。なぜここは漢字なのか。何畳と数えるのは畳の部屋だ。韓国はオンドル部屋だ。彼のいる日本の「六畳部屋」というのは韓国語でわかりにくいので漢字にしているのだろう。たぶん六畳一間のうらぶれた小さな安下宿の部屋なのだろう。
そして「nam-eui na-raよその国」とくる。「u-ri na-raわが国」と韓国人は好んで言うのだが、ここは「nam他人」の国なのだ。作者は「よそ者」であり、日本にあっては異邦人なのだ。しかし、実はこの時代には、故郷に帰っても相変わらずそこは「よその国」なのだ。なぜなら、すでに国は奪われていたからだ。朝鮮は日本になってしまって久しかった。だから、ここも故郷も「よその国」なのだ。
深い絶望がある。その孤独をいや増すように、外に雨がしとしと降り続ける。
Si-in-i-ran seul-pheun 天命in jul al-myeon-seo-do
Han jul si-reul jeog-eo-bol-kka,
詩人とは悲しい天命だとは知りながらも
一行の詩を しるしてみようか、
「seul-pheun
天命」、悲しい天命、と言う。まずここで「天命」とふたたび漢字が使われていることに注目したい。ここと「六畳房」と二語だけなのだ。「六畳房」のほうは他に表現がなくてしかたがないとしても、「天命」はなぜだろうか。cheon-myeongとハングルで書いてもよさそうなものだ。それはこの「天命」に、作者が深い意味を込めているからだと思う。詩人を天命、天から与えられた使命と考えている。彼はクリスチャンである。天とはすなわちハヌル、神である。強い使命感がうかがわれる。
それなのに、「悲しい」のである。なぜ「悲しい」などというのだろうか。詩人とは、優れた、香気高い、誇りある仕事ではないのか。韓国では、特に詩人の地位は高いし、数も多い。本屋に行けば、日本では考えられないくらい多くの詩集が並んでいる。
だが、彼は「悲しい天命」と言う。そう思いながら、彼はやはり詩を書かずにはいられない。sseu-da書く、ではなくjeok-ta記す、一字一字と彼は言葉を記し刻んでいく。
Ttang-nae-wa sa-rang-nae pho-geun-hi phung-gin
Po-nae-ju-sin hak-pi pong-thu-reul pad-a
汗のにおいと愛のにおい ふくよかにただよう
送っていただいた 学費封筒を手に
ここは伊吹訳でも他の訳でも、「汗のにおいと愛の香り」となっている。そうだろうか。原文では「Ttang-nae」「sa-rang-nae」とどちらも「nae(naem-sae)」となっていて区別されていない。これは「におい」だろう。「香り」には別に「hyang-gi〔香気〕」という言葉がある。原語で同じ言葉を使っているものを、ことさら訳し分けるのはどうだろう。
おそらく「汗」はくさいかもしれないから「におい」、「愛」のほうはいい香りだから「香り」と訳し分けたのだろう。だが、「香り」はふつう良い場合にのみ使うが「におい」は「くさいにおい」「いい匂い」といいほうにも悪いほうにも使う。このへんは、日本語の語感と同じだろう。同じでなければならない、とあえて強調したい。
というのは、これが「学費封筒hak-pi pong-thu」のにおいだからだ。
両親の送ってくれた学費。今もそうだが、日本に来るアジアの留学生は苦労している。故郷より物価の高い国に学びに来るのは大変だ。習慣もわかりにくいよその国で、つらいアルバイトをして下宿代など稼ぎながら、学業にも精を出すのは厳しい。やむなく、ふるさとから仕送りしてもらうことになる。だが、故郷の家も豊かではない、他に兄弟姉妹たちもいる。そこからなけなしのお金を送ってくれる。
親のまさに、汗水たらして働いて稼いでくれた、その汗のにおいがこもっているのだ。その汗が、くさいにおいなどであろうか、いや、いいにおいなのだ。それはそのまま「愛のにおい」ではないか。なぜ、それを区別などしようか。どうして、「香り」などとよそ行きぶった訳にしようか。ここはやはり「におい」だ。
その「におい」は「pho-geun-hi」ただよう。
「pho-geun-ha-da」を辞書で引いてみた。
「(寝床、気持ちなどが心地良く)ふんわりしている、柔らかい、ゆったりしている、(日和が)穏やかだ、ぽかぽかしている」〔コスモス朝和辞典〕とある。
この語釈を読んでいて、思わず目頭が熱くなる。
そのにおいは、ふるさとのにおい。ぽかぽかとおだやかな日より、朝鮮の故郷の村の民家の庭先、ふとんが日なたにほしてある。オモニ、おかあさんのにおい。子供のころいっしょにふとんで寝た、そのふわふわとしたやさしいおかあさんの、乳くさいふとんのような柔らかいにおい。キムチのにおい、にんにくのにおい、愛のにおい。
外は、しとしとと冷たい雨が降っている。下宿のひと間も、ただひとりで寒い。だが、その中で、この封筒のところだけ、あったかいぽかぽかしたふるさとのにおいがする。封筒のにおいをかいで、親の顔を思い出して心をなぐさめている。
「po-nae-ju-sin」学費封筒、とある。
ここに「si」と尊敬が入っている。ただ「送ってくれた」ではなくて「送ってくださった」「送っていただいた」でなくてはならない。
もちろん、韓国語が“絶対敬語”であることは知っている。敬語の用法はおおむね日本と近いのだが、韓国人は身内にも敬語を使う。「社長は今いらっしゃいません」「両親は故郷にいらっしゃいます」とこのように、外部の人に対して言う時も、目上の人は目上の人、やはり敬語を使う。長上をうやまう儒教のお国柄だろうか。
そこを日本語に訳す時に、日本語は“相対敬語”だからそのまま訳すとおかしいとして「社長は今おりません」「両親は故郷にいます」と尊敬を外してしまう。それもわかる。
だが、この詩に限っては少なくとも「送っていただいた」「送ってくださった」といった訳でなければならない。
その理由は、すでに述べた。
豊かでない家から、兄弟姉妹の世話もあるのに、物価の高い日本に留学してきた自分のために、老いた両親が懸命に働いて、なんとか仕送りしていただた、このお金。
あだやおろそかに、そのへんに投げ出しておくことなど、とてもできない。
ああ、ありがたい、もったいないと、拝むようにして、親の恩に深く感謝しながら、いただいたに違いない。
とすればやはり「送ってくれた」ではなく「送っていただいた」のだ。
Tae-hak no---theu-reul kki-go
Neulg-eun kyo-su-eui teul-eu-reo kan-da.
大学ノートを 脇に
老いた教授の講義を 聞きに行く。
ノート「no---theu」の2文字のハングルの間に「ー」と音を伸ばす記号が入っている。これは今は使わないので珍しい。長音をはっきり示していてわかりやすい。
なつかしい「大学ノート」を、kki-goして行く。kki-daは「はさむ」だが、この場合は脇にはさんでいるのだ。前の連の「学費封筒」は、pad-aして行く。pat-taは「持つ、受ける」で、こちらは手に持っている。「封筒」は手に、「ノート」は脇に、であって逆ではない。貴重な親のお金は大事に持って、ノートは軽く小脇にはさんで行くのだ。
その大学の講義は、面白いのだろうか。あまり面白そうには、見えないのだ。
「Neulg-eun kyo-su」、老教授、とある。別に年をとっているから講義がつまらないこということはなく、その逆ももちろんあるのだが、どうも彼にはつまらなかったのではないかと想像する。少なくとも、はるばる日本に来て、親の貴重な仕送りでわざわざ聞くほど深い内容だったのかは疑問だ。
今でもまだそうだと思うが、アジア系の留学生について、日本の一般の人たちはあまり親切とは言えない。特に当時は戦中のことでもあり、朝鮮人は差別され蔑視されていた時代だ。しかも、理系ではなく文学部だ。茨木のり子さんの随想によると、日本での彼には親しい友人も、親身になってくれる先生もいなかったようだ。
おそらく、気の進まないまま、授業を聞きに行っているのではないか。
その証拠に、次の連ですぐ、彼の深い嘆息の言葉が聞かれる。
Saeng-gak-hae-bo-myeon eo-rin ttae tong-mu-reul
Ha-na, tul, joe-da ilh-eo-beo-ri-go
考えてみると 幼い頃の友を
ひとり、ふたりと、すっかり失ってしまい
「eo-rin ttae tong-mu」は「幼なじみ」と訳されているものが多いが、直訳すれば「幼い時の友」である。「tong-mu」という単語は今、韓国で使うとぎょっとされると言う。というのは、北朝鮮の用語なのでふつう使用を避けるらしい。
これは、尹東柱が北の地方の出身のためだろう。満州のほうの村に家族は住んでいたようだ。とすると、北のほうの方言が入っているとも思われる。当時は南北分断前で、朝鮮民主主義人民共和国があったわけではないから、人民労働党員ということもないだろう。
この「友」は、単なる幼なじみ、竹馬の友ではないだろう。尹東柱は、最後に独立運動の嫌疑をかけられて投獄され獄死してしまう。直接に運動に関わっていたわけではないようだが、故郷で親交のあった学生仲間には独立の志を持っていた若者も多くいたようだ。劇「光の夏」でもそうした友人たちの姿が描かれていた。
その志を同じくする友が、ハナ、トゥル、ひとり、ふたり……と数えて、joe-da、いなくなってしまう。「joe-da」は、ただ普通に「mo-duみんな」、というのとは違う。もっと強い。「すっかり、残らず」という訳になる。例文に、「Yeon-ju-hoe
pho-neun joe-da phal-lyeoss-ta.
演奏会の切符はすっかり売り切れた。」というのが辞書〔小学館〕に載っていた。感覚が伝わってくる。友だちも、売り切れの状態だ。官憲につかまったのか、死神に売られたのか、とにかくすっかり連れ去られてしまった。
あいつも、こいつも、とひとりひとりの面影が、詩人の目の前を過ぎて行ったことだろう。幼い日に遊んだ記憶、青年になってから共に議論し、肩を抱き合って独立の夢を熱く語った想い出の数々に、哀惜の念を込めて、ひとり、ふたりと数えていく。
そして、生き残ったのは、自分ただひとりだった。
Na-neun mu-eol pa-ra
Na-neun ta-man, hol-lo chim-jeon-ha-neun geos-il-kka?
ぼくは何を望み、
ぼくはただ、ひとりで沈み込んでいるのか?
友たちが死んだのに、自分はおめおめと生き伸びている。
生きながら得て、このうえ自分は何を望んでいるというのか。
「chim-jeon-ha-da」は、辞書を引くと「沈殿する」とある。意訳すれば、「沈み込む」「思い沈む」「意気消沈する」ということなのだろうが、もとの意味を知ると雰囲気がじかに伝わってくるようだ。比喩というより、作者の境遇と心境そのものだろう。
雨が降る。外には雨が降り続いている。六畳部屋の水槽に、水はしだいにたまっていく。その水の底に、彼は沈殿している。にごっていた水の澱が、静かにしていると底に沈んで積もるように、深い憂いの心の澱も、夜の空間の底へと沈殿してくる。
詩人は、深海魚のように、光も届かないような深い海の世界に沈み込んでいる。
ぼくは何を望んでいるのだろう、と自問を繰り返しながら
望みは独立の光だろうか、だがその光は、深海の底まで射し込んでは来ない。
In-saeng-eun sal-gi eo-ryeop-ta-neun-de
Si-ga i-reoh-ke swip-ke sseui-eo-ji-neun geos-eun
Bu-kkeu-reo-un il-i-da.
人生は生きがたいものだというが
詩がこんなに たやすく書かれるのは
恥かしいことだ。
eo-ryeop-ta難しい、とswip-taたやすい、が対比されている。
生きるのは難しいことだ、だが、詩を書くのはやさしいことだと言う。本当のところはどうなのだろうか。はたして、この詩は簡単にすらすらと書けたのだろうか。
実は詩人は、深く悩み、呻吟しながらなんとか詩の言葉を生み出していたのかもしれない、と思う。表現上の技巧はともかく、精神的な悩みは深かったことだろう。
だがそれでも、生きることに比べればやさしい、と言う。
そこには、世と戦い続け、敗れていった友たちのことが念頭にあるのではないか。
実戦の現場で、苦闘し力尽きていった者たち。それに比べれば、ペーパーの上に文字を書き記していくことなど、まだまだやさしいことだ、危険や苦労などなく自づから書かれてしまうものなのだ、そういう自嘲の思いがあるのだろう。
そのことを、Bu-kkeu-reo-un il 恥かしいこと、だとまで言い切るのだ。bu-kkeu-reop-taは恥かしい、という形容詞で、名詞形はbu-kkeu-reom、「序詩」で「死ぬ日まで一点の恥なきことを」と詠んだその「恥」である。
また、二行の連の続く中で、ここだけが三行になって、「恥かしいことだ」があえて改行により先頭に出ている。強い羞恥が感じられる。
ここで詩の最初の「詩人とは、悲しい天命だ」という言葉の、理由と心情がわかってくる。実戦の弾の飛んでこない、机上の空論、岡目八目の評論家のような、詩人という仕事に対する恥じらいの気持ち。詩を書いたとて世の中、何が変わるというのだろう、変えられるというのだろう。自らの無力感への、はがゆい嘆きが感じられる。
かくいう私自身は詩人ではないが、口先の話や拙い文章で商売している徒として、やはりそうしたはがゆさを感じることがあるので、少し気持ちがわかるような気がする。
そして、タイトルの「たやすく書かれた詩」の意味もまた、明らかになってくる。
だが、思う。詩人はそんなに、悲しい仕事だろうか。
今、詩人が世を去った今、肉体の滅びた今、それでも言葉は残り、人を感じさせ動かすではないか。時代をふりかえり、現在を見つめ、未来を考えさせるではないか。
「詩人は、すばらしい天命だ」と、尹東柱に私は言いたい、賛辞を贈りたい。
六畳房eun nam-eui na-ra
Chang pakk-e pam-pi-ga sok-sal-keo-ri-neun-de,
六畳部屋は よその国
窓の外には 夜の雨が つぶやきつづけているが、
一行目とほぼ同じ言葉が、ふたたび繰り返される。
詩のリフレインのように、雨も反復して降り続け、つぶやき続けている。
それとともに、詩人のやるせのない懊悩も、堂々巡りで繰り返されていく。
だが、最後に至って、雨がつぶやきつづけている「が」、neun-de、と逆接で受けて、詩は憂鬱のメビウスの輪を、エンドレステープの嘆きの円環を、脱していこうとする。詩の最後に向いながら、そこにたどり着くかもしれない光明を探しながら。
Teung-pul-eul palk-hyeo eo-dum-eul jo-geum nae-mol-go,
Si-dae-cheo-reom ol a-chim-eul ki-da-ri-neun choe-hu-eui na,
ともし火をつけて 暗闇を少し追いやり、
時代のように来る朝を 待っている最後のぼく、
灯火を「palk-hi-da明るくする」とある。「khyeo-da つける」ではないので、今までつけてあったともし火をいっそう明るくしたのではないか。真暗闇の中で詩を書いていたとも思えないから。そして、自分の周囲の暗やみを追いやる。暗やみは部屋の暗さだが、また心の闇でもあり、さらに社会や時代の闇でもあろう。
「Si-dae-cheo-reom ol a-chim 時代のように来る朝」という表現がややわかりにくい。順序を逆にしてみたらどうだろう。
「A-chim-cheo-reom ol shi-dae
朝のように来る時代」、こちらのほうがわかりやすいように思える。朝は必ずやってくる。日はまた昇る。暗い夜の闇を追いやって、朝日のふたたび輝くように、新しい時代が来てほしいという願いではないか。
必ずそういう時代は来る、という確信が前提にある、そこを今目の前に来る現実の朝に重ねて「時代のように来る朝」とした。あるいは、独立運動の意図を探る検閲の目を逃れて、韜晦のために「朝」のほうを「待つ」の直接の目的語としたのかもしれない。
「choe-hu-eui na 最後のぼく」、ここも少しわかりにくかった。
なぜ「最後」なのだろうか。考えてみたが、こうではないか。
「友たちはひとり、ふたりと」いなくなってしまった。ついに「すっかり」いなくなってしまった。ということは、幼なじみの仲間の中で、残されたのは自分だけ、つまり「最後の」ひとりということになる。おそらく、そういう意味だろう。
志を持つ友たちも、みな、新しい時代を見ることを望んでいただろう。光のふたたびの訪れを、光復を。だが、かなわなかった。志なかばにして、倒れていった。残された最後の自分は、友人たちの代わりにも、その遺志を受け継いで、朝のように訪れる新しい時代を、この目でじかに見たい。夜明けを待とう。
だが現在、この詩を読む私たちは、それがかなわなかったことを知っている。
光の来る前、終戦のすぐ前に、詩人が死んでしまったことを。
Na-neun na-e-ge jag-eun son-eul nae-mil-eo
Nun-mul-gwa wi-an-eu-ro jab-neun choe-cho-eui ak-su.
ぼくは ぼくに 小さな手を差し出し
涙となぐさめで握る 最初の握手。
最後の連も、やや難解だ。詩の象徴であり、比喩であろう。
「Na-neun na-e-ge ぼくはぼくに」手を伸ばす。自分が自分と握手するとは、いったいどういうことだろう。
二重人格、ドッペルゲンガーだろうか。自分の分身を見たものは、死ぬという。ポーの短編や、芥川の随筆でそんな話が紹介されている。
だがここは、そういう意味ではあるまい。
「choe-cho-eui ak-su 最初の握手」とある。この「最初の」は明らかに、すぐ前の連の「choe-hu-eui
na 最後のぼく」の「最後の」と対応しているだろう。
「最後のぼく」が、闇の時代の最後に残されたぼく、だとすれば、「最初」は、新しく訪れる時代の最初であるはずだ。古い抑圧の時代は終わり、新しい解放の夜明けが来る。新しい時代「最初」の私が、古い時代「最後」の私と握手をする、というイメージなのだろう。
そう考えると、「Nun-mul-gwa wi-an-eu-ro 涙となぐさめで」という言葉の意味もわかる。今まで苦労してきたね、と解放された暁には、自分で自分にねぎらいの言葉をかけてやりたい、という気持ちなのだろう。
なぜ、自分で自分に言うのか。それは友人がみな死んだからだろう。
友人がひとりでも残っていれば、友人が私に「おつかれさま」と言い、私は友人に「ごくろうさま」と言い、お互いに握手を交わし、肩を抱き合って喜ぶだろう。
だが、新しい時代が訪れても、もはやなぐさめ合う友はいない。だから、自分で自分をなぐさめるしかないのである。それでもやはり、その日は待ち遠しかっただろう。
夜明け前にこの世を去った詩人は、友人たち同様、新しい時代を見ることはできなかった。
しかし、天国に逝った彼は−−天国というものがあれば、いや、きっとあると信じたいのだが−−友人たちと出会ったことだろう。
そして、星空の上から、祖国の解放を見てよろこび、天国で最初の握手をして、地上での労苦をなぐさめ合い、ともに涙を流し合ったことだろう。
長い夜を明かし 草葉に宿る 真珠より美しい 朝露のように……
金敏基「朝露」
夜明けを待ちながら 〜 Don Bosco's Day