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〔※ 原文は77年版の縦書きの本文です〕
【ローマ字表記】
Nae-il-eun eops-ta
--- eo-rin ma-eum-i mul-eun
Nae-eil nae-il ha-gi-e
Mul-eoss-teo-ni
Pam-eul ja-go tong-theul ttae
Nae-il-i-ra-go
Sae-nal-eul chaj-teon na-neun
Jam-eul ja-go tol-bo-ni
Keu-ttae-neun nae-il-i a-ni-ra
O-neul-i-deo-ra
Mu-ri-yeo! tong-mu-yeo!
Nae-il-eun eops-na-ni
............ 1934.12.24.
【語句】
nae-il 明日 eops-ta ない
eo-rin 幼い(連体) <- eo-ri-da 幼い ma-eum 心
mul-eun 尋ねた(過去連体) mul-eoss-ta 尋ねた(過去) <- mut-ta 尋ねる
ha-da = mal-ha-da 言う、話す 〜gi-e 〜ので、〜だから
〜(teo)ni 〜すると、〜したら pam 夜、晩 (jam-eul) ja-da 寝る、眠る
tong(東)i theu-da 空が白む、夜が明ける 〜l ttae 〜する時
〜ra-go 〜と、〜だと(引用) sae nal 新しい日 chaj-ta 探す、捜し求める
〜teon 〜していた
tol-bo-da 手伝う、助力する、世話する tol-a-bo-da 顧みる、ふり返る
keu-ttae そのとき 〜i a-ni-da 〜ではない 〜ra 〜だという
o-neul 今日 〜deo-ra 〜だったよ、〜したんだよ
mu-ri 群れ tong-mu 友達 〜yeo(名詞に付いて) 〜よ(呼びかけ)
〜na 〜だが 〜ni 〜だから
【試訳】
明日はない
――幼な心の問い
明日明日と言うので
聞いてみたら
夜眠って 夜が明けた時が
明日なのだと言う
新しい日を求めていた僕は
眠って起きてみたら
その時は明日ではなくて
今日だったよ
仲間よ! 友よ!
明日はないのに
…………
【コメント】
明日はない
明日はない、とはどういうことでしょうか。
短く、そして、あどけない子供心の感じられる詩ですね。
尹東柱が中学校の時に書いた詩で、残っている作品としては最も初期のものの一つです。
サブタイトルに「幼な心の問い」とあります。「mul-eun
尋ねる」は動詞なので、「幼い心が尋ねた」ですが、連体形なので「尋ねた問い」といった含みがあります。現代日本語の動詞は連体形と終止形の区別が消えているのでニュアンスが伝わりにくいので、「問い」としておきます。
明日明日と言うので
聞いてみたら
夜眠って 夜が明けた時が
明日なのだと言う
明日明日と言うのは誰でしょう、聞いてみたのは誰でしょう。
日本語と同じく韓国語でもしばしば主語は省略されるので、補って考えましょう。
その際、子供から見た詩だということを念頭に置かなくてはなりません。
すると、明日、明日と言うのは、大人でしょう。
大人はすぐに、明日延ばしにします。
「遊んでよ」「今日は忙しいから明日ね」
「おかしちょうだい」「今日はごはん食べたから明日ね」
「おもちゃ買ってよ」「今日はお金ないからまた明日ね」
そうやって先延ばしにされるけど、実は次の日になっても約束したことは聞いてもらえない。そうした不満が下敷きにあるのではないかな。「明日の千金」というやつです。
ちなみに、この詩の書かれた日付は、クリスマスイブになっています。つまり、「明日」はクリスマス、するとクリスマスプレゼントの約束のことかしら。
そこで、子供が大人に聞きます。
「いったいいつになったら明日になるのさ」
「一晩眠って、夜が明けて朝が来たら、明日になるのよ」
新しい日を求めていた僕は
眠って起きてみたら
その時は明日ではなくて
今日だったよ
新しい日が来ることを楽しみにして、僕は眠ってみた。
「tol-bo-da」は「手伝う、助力する」ですが、意味が通らないので、「tol-a-bo-da 顧みる、ふり返る」として、「起きて、振り返ってみると」としておきますね。
一晩寝て、起きてみると、やっぱりその日は今日だったのです。
これって、考えてみれば当たり前のことですけど、明日という日はいつまでたっても来ないのですね。「明日という日は明るい日と書くのね」なんて懐メロがありますが、「明日は明くる日」であって、夜が明けたらそれは明くる日ではなくなってしまう。
いつもあるのは今日であって、明日という日は永久に来ないのです。
それに子供であった東柱は気付いたのでしょう。
それは新鮮な発見でした。というより、そうした常識を、当然のことではなくて、新鮮な驚きをもって迎えることができるというのが、詩人のこころだと思います。
私がこの詩を読んで、すぐに思い浮かべるのが谷川俊太郎の「今日」です。
今日 谷川俊太郎
ふたたび日曜日が そうして
ふたたび月曜日が
ふたたび曇り ふたたび晴れ
してその先に何がある?
その先など知りはしない
あるのはただ今日ばかり
僕の中にふたたびではなく
今日だけがある
思い出は今日であった
死は今日であるだろうそして
生きることそれが烈しく今日である
今日を愛すること
ひとつの短かい歌が死に
今日が小さな喪に捧げられるまで
なかなか良い詩でしょう。若い時の詩集「六十二のソネット」に収められたソネットのひとつで、三省堂の高校教科書にも載っています。
私たち、毎日毎週、同じような日の繰り返しと思っている。また月曜で仕事か、とか、雨の日が続いて憂鬱だな、とか、晴れが続いて暑いぞ、とか、きりがないですね。
でも、考えてみたら、その先、明日という日は来ないのです。
この発見は、尹東柱と同じですね。
谷川さんはそこで、だからこそ、昨日でも明日でもない、今日を激しく生きること、今日を大切にすること、すなわち、今日を愛することが人生だというのです。
そうして一日一日を充実して過ごし、毎日の終わりに、今日はいい一日だったとその日をふり返ることができれば、良い人生が送れるだろうというのです。
これは、希望が見える終わり方ですね。
でも、東柱の詩の締めくくりは、もっとシンプルで、そして悲哀を含んでいます。
仲間よ! 友よ!
明日はないのに
mu-riは「無理」という意味もありますが、あとに「〜yeo よ」と呼びかけが来ていますので、「無理だよ」ではなくて「群れよ」でしょう。
なお「mu-ri」が「mu-re むれ」、「tong-mu」が「to-mo とも」と、それぞれ日本語の固有語に似ているというのは、同系論の語例に使えそうな気もしますが、西欧比較言語学の方に叱られそうなので、やめておきましょう。
ここは「群れよ、友らよ」と、二回同じような言葉で繰り返しているのでしょう。「はらからよ」とひとつにまとめている訳もありますが、二回はやはり二回、リフレインにしたほうが、呼びかけの強さが出るでしょう。そのメッセージは、
「明日はない」
というタイトルと同じ言葉です。
単純といえば単純な詩なのですが、基本の精神は、明日はないのだから、今日を生きようということになり、谷川さんの主張と一脈通じるところがあると思います。
聖書で「明日」というとすぐに思い出すのは、この言葉です。
明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日が思い悩む。(マタイ3:34)
イエスさまは、けっこうボヘミアンだったんだなと思います。この前の箇所に
「何を食べるか、何を飲むか、何を着るかと、思ひ悩むな」(マタイ6:31)
「空の鳥を見よ。蒔かず、刈らず、納めない。だが、天の父は養ってくださる」(マタイ6:26)
といった言葉が続きます。詩的ですね。そうはいっても、衣食住の生活の心配はしないわけにはいかないと思うのですが、それでもなお、
「人はパンのみではなく、神の言葉で生きる。」(マタイ4:4)
「まず神の義を求めよ。他の物は添えて与えられる。」(マタイ6:33)
というのが、聖書の立場なのですね。
東柱はクリスチャンの一家に育ちました。小さい時から聖書は読んでいたでしょう。
もちろんまだ中学の頃だから、まだ表現も信仰も未熟ではあるでしょう。でも、明日のことを思い煩ってもしかたない、とりあえず与えられた今日を生きるという考えはしっかり持っていたのではないでしょうか。
しかし、谷川さんの詩ほど、そこをはっきり言っていないのはなぜか。
私が思うのは、当時の朝鮮民族が置かれた立場です。
国を奪われ、日本の植民地下にあった時代背景を考えると、明日がある、とは気楽に言えないような状況だったのでないか、とも思えるのです。
そんなの、考えすぎだよ、と言われるかもしれません。
それでは、なぜ、「仲間よ」「友よ」と二回も繰り返しているのでしょうか。ただ、自分ひとりの発見や内省に終わらず、みんなに語りかけているのでしょうか。
「はらからよ」とした訳は、そこの精神をとらえていると思います。
「兄弟よ」ではなく、「同胞よ」なのでしょう。
すなわち、民族の同胞よ、と呼びかけているという解釈です。
明日になったら、いつの日か、民族の解放と独立の日が訪れるというのか。
そんなに甘くはない。ただ明日延ばしで過ごしていても、状況は変わらないのだと。
だから、今日を生きるしか、選択肢はないのだと。
「TOMORROW 明日」という映画があります。
ちょうどこの原稿を書いているのは、2006年の8月8日ですが、今日テレビで放映されていました。
61年前のこの日、1945年8月8日の長崎の一日を描いた作品です。
現在の時点で、その日を振り返れば、それは翌日の8月9日、すなわち原爆が落ちる前の日なのです。しかし、当時の長崎市民はそのことを知るよしもないのです。
先ごろ惜しくも逝かれた、黒木和雄監督の遺作です。戦争映画ですが、監督はいつも声高に政治的なメッセージやイデオロギーを訴えるのではなく、淡々と、静かに、しっとりと、庶民の日常生活のディテールを、細やかな哀歓を、丹念にリアリティをもって描写していきます。
描かれるのは、ある若い夫婦の平凡な結婚式と、そこに集う人々の暮らし。戦争末期の物の乏しい、つつましやかな生活ですが、そこにはっきりと確かに人々は生きていて、ささやかながら喜びと幸せと希望を抱いている。それが肌に伝わってくればくるほど、原爆というものの非人間性がひしひしと感じられるのです。
「ああ、この人たちに、明日はないのだ」
戦争は特に、人々から確かな日常を奪います。今日と同じ平穏な明日が来るだろうと、確信を持って言えなくなる。一発の爆弾が明日の世界を破壊する。それが戦争です。
同じ聖書の箇所には、こういう言葉もあるのです。
「今日は生えていても、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、
神はこのように装ってくださる。」(マタイ6:30)
「あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、
寿命をわずかでも延ばすことができようか。」 (マタイ6:27)
すなわち、神だけが命をつかさどるのであり、明日を知っているのです。
そして、私たちはただ神を信じて、明日の平和を祈り、すべてをゆだねるしかありません。
2006.8.8. Tomorrow for Nagasaki