尹東柱を読む 21 「哀れな同族」

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〔※ 原文は77年版の縦書きの本文です〕

【ローマ字表記】

Seul-pheun 族屬(jok-sok)

Heuin su-geon-i keom-eun meo-ri-reul tu-reu-go
Heuin ko-mu-sin-i keo-chin pal-e keol-li-u-da.

Heuin jeo-go-ri chi-ma-ga seul-pheun mom-jib-eul ka-ri-go
Heuin tti-ga ka-neun heo-ri-reul jil-ggeun tong-i-da.


                        1938.9.

【語句】

seul-pheun <- seul-pheu-da 悲しい、哀れな jok-sok 一門、身内

heuin <- heui-da 白い su-geon(手巾) 手ぬぐい、タオル
keom-eun <- keom-ta 黒い、汚れた meo-ri 頭 tu-reu-da 巻く、巻きつける
ko-mu-sin ゴム靴 keo-chin <- keo-chil-da 粗い、滑らかでない、ざらざらした
pal 足 keol-li-da かかる、かかっている、ひっかかる
-u- (語幹がe,ae,iで終わる動詞に付き)使役を示す

jeo-go-ri チョゴリ、上着 chi-ma チマ、スカート
mom-jib 体つき、体格 ka-ri-da 覆う、さえぎる
tti 帯 ka-neun <- ka-neul-da 細い heo-ri 腰
jil-ggeun ぎゅっと、固く縛る様子 tong-i-da 縛る、くくる

【試訳】

  哀れな同族

 白い手ぬぐいが 黒ずんだ頭を巻き
 白い靴が 荒れた足を隠す。

 白いチマチョゴリが 哀れな体つきを覆い
 白い帯が 細い腰をぎゅっと縛る。

【コメント】

 前二行、後二行、あわせて四行のごく短い詩です。
 タイトルは「哀れな同族」。「哀しい同族」でもいいでしょう。
 筆者から見ての「同族」ですから、朝鮮民族のことを示しています。それが、「哀れな」「哀しむべき」「かわいそうな」状態だというのです。
 これは日本人からは言えない言葉ですが、自民族を見て、その置かれた境遇を自ら哀れんでいるのです。「同類相哀れむ」といった感じでしょう。

 四行とも、冒頭に「白い」という言葉が付いています。そしてそれらが、
 「手ぬぐい」「靴」「チマチョゴリ」「帯」
と四つとも、身につける衣服に関する単語を主語にしています。
 「白」は朝鮮民族の色、と言われています。
 そこにはどのような情感が込められているのでしょうか。

 各行が「白い何かが、何かを、何かする」という主語、目的語、述語の構文の繰り返しから成っています。その「何を」というところには、それぞれ
 「黒ずんだ頭」「荒れた足」「哀れな体つき」「細い腰」
と四つとも、好ましくない評価のものが入っています。
 顔が黒ずんで汚れている、足の肌がざらざらと荒れている、体つきが貧相で哀れだ、腰もやせ細っている、といずれもあまり良くないイメージですね。
 例えば「keom-ta」には「黒い」のほか「汚い」という意味もあります。髪が黒いのは(韓国人や日本人には)普通なので、ここは「黒ずんだ」と訳したほうがいいでょう。

 これは朝鮮民族の置かれた境遇が、とても厳しいものであることを示しています。
 かつて「日鮮同祖論」が唱えられ「同文同種」などと言われました。それが友好的な交流につながるならいいのですが、もとは同じ民族だから日本人が統治し監督してやろう、などととんでもない方向にいったのが、近代の日韓の歴史でした。
 それでもまだ、日本人と同じ扱いをしてくれるのならましだった。実際には、就職や進学や、居住や財産など、あらゆるところで、朝鮮人は劣等民族として差別された扱いを受けていたのが実情です。弱い国だから、といった先入観がそこにあった。
 そのようなわけで、朝鮮人は貧しい暮らしを強いられていたのです。

 中原中也が、「朝鮮女」という短い詩を書いています。

  朝鮮女の服の紐
  秋の風にや縒れたらん
  街道を往くをりをりは
  子供の手をば無理に引き
  顔顰めし汝が面ぞ
  肌赤銅の乾物にて
  なにを思へるその顔ぞ
  ――まことやわれもうらぶれし
  こころに呆け見ゐたりけむ
  われを打見ていぶかりて
  子供うながし去りゆけり……
  軽く立ちたる埃かも
  何をかわれに思へとや
  軽く立ちたる埃かも
  何をかわれに思へとや……

 通りすがりの朝鮮人の女をそのまま描写しています。秋風の中を、むずがる子供の手を無理に引きながから引くその女は、いかにも貧しそうな印象を与えます。
 よれよれになって風に吹かれている服の紐、しかめっつらをした顔は、日に焼けて赤銅色となり、肌は乾物のようにがさがさに荒れているのです。「貧苦の跡を額に印せし」と鴎外がいったような表情でしょうか。
 しかし、中也は決してその女を見下すような意図で描いているのではありません。むしろ逆です。ああ、うらぶれた女よ。しかし、私の心もこのようにうらぶれているのではないか。そして、私に何か考えろと、この女は訴えているのではないか。
 そのように、他者の観察から、自らの内省へと転換し、思索を深めていく姿勢が、いかにも中也らしいと思えます。尹東柱は中也を読んでいたと思えるふしがあります。

 もちろん、中也も東柱も、だから朝鮮人の置かれた境遇を改善すべきだ、という方向にはいきません。社会主義、プロレタリア文学の詩ではないのです。
 そこを弱いというなら、弱い。中途半端だというのなら、そうかもしれません。
 しかし、悲哀の感情は人を動かします。
 朝鮮人の置かれた窮乏した境遇を、このように赤裸々に描くことは同情を引くであろうし、同情は何とかして助けてあげたいという隣人愛にもつながるのではないでしょうか。

 さてしかし、東柱の詩は、哀れさばかりの弱い詩ではないのです。
 確かに、頭は黒ずみ、足は荒れ、体つきは哀れで、腰は細いだろう。
 だが、それらを、白い衣服が、覆いかばってくれるのです。
「白い手ぬぐい」が頭を包み、「白い靴」が足を隠し、「白いチマチョゴリ」は体つきをふわりと覆い、「白い帯」は腰をきゅっと締めてくれる。
 それはあたかも、白い雪が降ることで、地上の暗い汚れた世界が覆われて、一面のきれいな銀世界と化していくように。
 もちろん、雪が積もったからといって、その下の汚れたものが消えてなくなったわけではないように、白い衣服を着たからといって、その下のやせた体が太ったわけでもない。
 しかし、物質的には変わらなくても、精神的には白い色によって、外面だけでなく内面までもが、浄化され昇華されていくように思えるのです。

  私を洗ってください。
  雪よりも白くなるように。
 (詩篇51:9)

 「白」は、朝鮮民族の色。
 それは、李朝の白磁の色。
 伝統的な朝鮮の喪服は、白です。黒ずくめの背広ではなくて、白い麻の服を着て、白い麻の帽子をかぶり、腰には麻の荒縄を巻いて、「哀号、アイゴー」と慟哭します。
 「白」は、どの他の色にも染められることなく、無垢で純粋でありながら、内側にはさまざまな色を、悲しみの思いや嘆きの心を秘めています。

 「白」は「恨(ハン)」の色です。日本の「もののあはれ」に対して、朝鮮の心を一語で示すなら、「恨」だと言われます。パンソリや身世打鈴(シンセタリョン)で、わが身の宿世の運命、八柱(パルチャ)を嘆き、恨む思い。
 「恨」は、日本語の「うらみ」とは違います。「うらみ」は「晴らす」もの、しかし、「恨」は「解くもの(ハンプリ)」です。忠臣蔵のような仇討ちとはなりません。「恨」は、相手を憎むよりも、自分自身の弱さを嘆くもの。
 「うらみ」が「黒」だとすれば、「ハン」は「白」でしょう。

 しかし、「白」は、哀しみの色ばかりではなく、希望の色でもあります。
 すべての色を混ぜ合わせると黒になると言われます。しかし、それは絵の具の世界のこと。光の世界では、すべての色の光をあわせれば、「白」になるのです。
 李政美さんが一度、コンサートで白いチマチョゴリを着て歌ってくださったことがありました。美しかったです。はっと息をのむほど、似合っていました。その白装束で、チャンゴ(長鼓)をひと打ち打擲し、裂帛の気合いでひと声歌えば、場内は森閑。
 歌うにつれ、「恨」はとかれ、白く浄化されていくのでした。

  心の貧しい者は幸いです。天国は彼らのものです。
  悲しむ者は幸いです。彼らは慰められるでしょう。 
(マタイ5:3,4)

                                     2006.8.15. 光復節                                                                                                                                                                                                                                        


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